SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ダークソウルの月光剣も好きですが、デモンズの月明かりも大好きです。
本作もフロムの慣わしに倣い、月光を登場させたいと思います。
さて、どんな性能にしたものでしょうかね。


Episode10-10 盗賊団アジト侵入

 絶壁を背にして建造された古き要塞。それを無作為に補強し、増築された歪な城のような姿をしたのがファルコン盗賊団のアジトだ。

 荒野のステージに相応しい砂色の造りのアジトなのだが、所々に木々を繋ぎ合わせた橋や物見やぐらがある。また、要塞の頂点に当たる部分には大きな青銅の鐘があり、元は宗教的な意味合いを持った要塞だったのではないかとも考えられる。

 岩陰に隠れながらオレとスミスは作戦開始の予定時刻を待っている。

 今回の依頼は必ず正午に盗賊王の結界を破壊せねばならない。アジトを迅速に攻略するスピード戦であるのと同時に時間指定がある厄介な仕事だ。

 盗賊王の結界の正体も分からない以上、リーダーである【隻眼のファルコン】を確保し、情報を引き出す必要がある。その為にはアジトにいる50人近いNPCを相手取らねばならないのだ。

 方法は大きく分けて2つ。潜入と強襲だ。

 潜入ならば、交戦を限りなく抑える必要がある。だが、そもそも戦闘特化の余り補助スキルが不足しているオレ達では、せいぜい≪気配遮断≫程度しかない。盗賊NPCならば、それを看破する事ができる≪気配察知≫を保有する見張りもいるだろう。そうなるとスキルの熟練度の差によって発見されるか否かが決まる。1人2人の≪気配察知≫ならば何とかやり過ごせるかもしれないが、それ以上の数になると発見されるリスクは飛躍的に高まる。当然、潜入中に発見されれば包囲される為、戦闘はより厳しいものになるだろう。

 強襲ならば、文字通り全ての戦力を相手取る必要がある。当然ながら相応のリスクを背負う事になる一方で、先制攻撃を仕掛けて相手を混乱させる事が出来る。

 

「強襲でいこう。相手は盗賊だ。隠密行動に特化していない我々の装備では元より潜入は不向きだ」

 

「だな。だけど、プランはあるのか? まさか昨日みたいにオレが正面切って、お前が裏から回り込む気じゃねーだろうな?」

 

「近いな。正確に言えば、敵に『襲撃者は1人』と錯覚させる」

 

 どういう意味だ? 双眼鏡を覗いてアジトの戦力を確認しながら、オレはスミスの計画を脳髄に書き込む。

 

「まず我々は≪気配遮断≫を用いてアジトに侵入する。だが、キミはすぐに発見されてもらう。そうする事でNPCに『襲撃者は1人』と思い込ませる。彼らは多大な戦力で以ってキミを包囲し、撃破しようとするだろう」

 

 つまり、≪気配察知≫で侵入者は『2人』だとバレる前に、先にオレだけが見つかることによってNPCのロジックを周囲警戒から侵入者撃破に傾けようというわけか。

 

「キミはとにかく派手に暴れ回りながら逃げ回れ。回復に専念し、限りなく大多数の敵をあの建物に誘導しろ。ただし、300秒は必ず時間を稼いでくれ。その間はあの建物には近寄らないようにするんだ」

 

 スミスが示したのは、アジトの中でもドーム状になった建物だ。外観的に増築されたものではなく、砦の1部だろう。元は礼拝堂か何かなのだろうか。今は屋根の上でファルコン盗賊団の旗、髑髏と隼が組み合わさったエンブレムが靡いている。

 しかし、スミスの意図が分からない。オレは彼にこの作戦の真意を尋ねる。

 

「あの建物を爆破する」

 

「は?」

 

「今回の作戦の為、回復アイテムを削って多量の火炎壺を準備した。密閉空間での大爆発だ。相手はどれだけ数が揃っていようともレベル15程度で軽装型の盗賊NPCだ。まず耐えられんさ」

 

「待て。それってオレも巻き添えじゃねーか」

 

 当然のオレの指摘なのだが、それは勘定に入れていなかったという顔をスミスはする。コイツ、マジでオレを『餌』として切り捨てる気だったのか。

 煙草を咥えたスミスは火を点けようとするが、さすがにこの状況では敵に察知されかないと判断したのか、自重して名残惜しそうに懐に戻す。

 

「……オーソドックスに潜入しよう。昨日殺害した盗賊NPCがドロップした装備がある。これを使えば上手く騙せるかもしれん。バレた時は強行突破するだけだ」

 

「それが普通だろうな。ゲーム的にもさ」

 

 大抵の潜入イベントというのは、相手と同化して怪しまれないようにするのが展開的にベターだ。そして、敵幹部に看破されるまでがお決まりである。

 

「それ以前にアジトへの侵入はどうする? アジトの背後は絶壁、正面は隠れる場所が無い開けた土地。これじゃ≪気配遮断≫を使っても一目瞭然でバレるぞ。同じ格好してても合言葉とかあったら、どうしようもねーからな」

 

「古典的な方法を使おうじゃないか」

 

 スミスが指差したのは、『仕事』から帰って来たとみられる盗賊NPCだ。馬車のテントが張られた荷台には盗品が山積みされている。護衛は馬車の周囲に馬に乗った盗賊が2人だ。

 なるほど。確かに古典的な手法だ。まずオレが適当な石を遠投する。それは荒野ゆえの静寂な大地を響かせた。それは馬車と護衛の足を止める。護衛2人は馬に跨ったまま、石が投げられた岩場へと赴いていく。その間に≪気配遮断≫を用いたオレ達は馬車の荷台にこっそりと乗り込んだ。

 盗品の石像や毛皮の間に潜み、オレ達は無事にアジトへの侵入を果たす。そのまま馬車は倉庫らしき場所に赴いた。そこで盗品を下ろすのか、護衛の2人は馬を下りて荷台に歩み寄って来る。

 オレとスミスは頷き合うと同時に荷台から飛び出し、盗品を下ろそうとした盗賊NPCに襲い掛かる。オレは1人目の口を塞いでその喉をカタナで斬り裂き、スミスはレーザーブレードで喉を貫く。まずは声を奪う。襲撃の基本だ。

 喉を破損した盗賊NPCは首を押さえてよろめきながら曲剣を抜くも、オレはモーガンの鉄槌槍で1人目を叩き潰し、もう1人の側頭部を打つ。更にスミスがレーザーブレードで2人の腹を薙いでトドメを刺す。

 馬車を操っていた盗賊NPCが慌てて逃げ出そうとするが、オレはモーガンの斧剣をその後頭部へと投げつける。見事命中してよろめいている隙に背後からレーザーブレードで心臓を貫かれる。悲鳴を上げそうになった盗賊NPCの口をスミスは手で封じ、更にレーザーブレードの光り輝く刀身を押し込んだ。

 盗賊NPCはレーザーブレードによって焼き切られ、赤黒い光となる。倉庫での生存者はこれでオレ達だけだ。やはり盗賊NPCのHPは低い。ソードスキルを使わずとも適切に急所を突くか、高火力武器を叩き込めば斃せる。

 オレはカタナと爪撃の籠手以外の装備を外し、【ファルコン盗賊団のマント】と【盗賊の覆い】を装備する。盗賊の覆いは口元を隠す、まさしく盗賊や暗殺者らしい装備なのだが、見た目以上に毒耐性が高い為に有用だ。スミスも同様に装備を変更した。

 そして、オレとスミスは≪気配遮断≫を外す。下手に≪気配察知≫に引っ掛かるよりも堂々としていた方が良い。

 倉庫を出たオレ達は早速巡回する盗賊NPCと鉢合わせする。これが現実世界ならば倉庫には計3人分の死体が転がっていて弁解のしようもない状況なのだが、DBOでは死体も残らずに砕け散る。赤黒い光はしばらく残留するが、それも完全に消えた事を確認してから出発したので問題ない。

 巡回の盗賊NPCは何も言わずに、侵入者であるオレ達の鼻先を通っていく。だが、倉庫の内部を一瞥すると立ち止まり、歩き出そうとしていたオレ達に近寄って来た。

 

「おい、お前ら」

 

 心臓が跳ね上がる。やはり、こんなオーソドックス過ぎる手は通じないのだろうか。腰のカタナを意識しながら、オレは緩慢な動作で振り返る。

 顔の下半分を覆いで隠した盗賊NPCはゆらりと倉庫を指差した。今ならば先制攻撃で確実に首を斬れる。だが、攻撃衝動を抑え込み、オレは盗賊NPCの言動を注視する。

 

「盗品は地下倉庫へとちゃんと運べ。あと馬は馬小屋に戻せ。倉庫の中に放ったらかしにするんじゃない」

 

「…………」

 

「おい、聞いてるのか?」

 

「あ、ああ! すまない。すぐに運ぶ」

 

 やれやれ、と呆れた様子で盗賊NPCは去っていく。胸を撫で下ろしたオレは改めてアジトを見回した。目につくだけでも盗賊NPCは6人いるが、いずれもオレ達に特別な反応を示していない。

 潜入はひとまず成功と言ったところか。スミスと顔を見合わせて頷き合う。

 

「まずは適当なヤツに【隻眼のファルコン】が何処にいるか訊くか?」

 

「いや、接触は限りなく避けた方が良い。恐らく今の私達は隠蔽ボーナスを貰っているのと同じような状態だ。何か行動を取る度に疑いは強まり、気づけば包囲されていたという事態になりかねん」

 

 スミスの言う通りか。まだ予定時刻まで3時間以上ある。隻眼なんて言われているくらいだ。眼帯を付けた分かり易い外見に違いない。歩き回っていれば、その内見つかるかもしれない。

 だが、それは賽を振るのと同じで天運に任せる事だ。綱渡りをするのは良いが、可能性を全て気まぐれな女神に預けるのはよろしくない。

 

「そう言えば、さっきのヤツが地下に盗品を運べって言ってたよな?」

 

「言っていたな」

 

「ボスがさ、わざわざ出張って来る時ってどんな時だろうな」

 

 今、オレはかなり悪い笑みを浮かべているに違いない。覆いに口元が隠されているのが残念にならないくらいだ。

 オレの意図をスミスは理解したのだろう。喉を鳴らして笑う。

 

「キミは本当に悪い奴だな。だが、その作戦には大いに賛成だ」

 

 オレ達は屋内へと立ち入り、地下への階段を探す。盗賊NPC達は木箱の上に腰かけて酒を飲んでいたり、居眠りしていたり、武器を研いでいたりと、いずれもリラックスしている。当然だ。彼らからすれば、かつては砦でもあったこのアジトは母の腕の中のようなものであり、自身を害する者が侵入しているなど露とも想像していないはずだ。

 幸いにもすぐに地下への階段は見つかる。元は砦だ。地下と言えば武器庫か牢獄といった所だろう。今は分厚い鉄の扉が強引に取り付けられ、また警護と思われる2人の盗賊NPCによって守られている。

 

「どう突破するかい?」

 

「強行突破……と言いたいが、今回の所は穏便に行こうぜ」

 

 オレとスミスは1度馬車まで戻り、適当な盗品を担いで警護の2人の前に姿を現す。こうすれば、警護の2人は疑いもなく、オレ達が盗品を運び入れに来たのだと勘違いするはずだ。

 想像通り、警護の2人は気怠そうな緩慢な動きで扉の鍵を開けるとオレ達を奥へと通す。

 乱雑に盗品が放り込まれているのかと思ったが、意外にも整理された地下空間には所狭しと棚が配置され、毛皮や貴金属など分類されて保管されてある。幾つか高値が付きそうなアイテムもあるのだが、失敬して敵陣のど真ん中でバレても困るので我慢するとしよう。

 

「無駄にならなくて済んだと言うべきかな?」

 

 鼻歌でも歌い出しそうな程に、ご機嫌にスミスはありったけの火炎壺を並べていく。

 オレが提案した作戦は単純明快だ。盗賊とは、結局のところ、金欲しさで盗みをする連中だ。彼らにとって何よりも大事なのは盗品であり、それに被害が及べば必ず様子を見に来るはずだ。1番分け前を貰うボスならば尚更である。

 火炎壺のセットを終えたスミスは油を浸したロープの先端に火を点ける。火が火炎壺に届くよりも前に地下を悠々と脱出したオレ達は、屋外で大爆発の轟音を耳にした。

 

「な、何だ!? 何が起こった!?」

 

「地下だ! 盗品保管庫が爆発した!」

 

「駄目だ! 全部ぶっ壊れちまってやがる!」

 

 大慌てする盗賊NPC達の中、事態を引き起こしたオレ達は冷静に集合した盗賊NPCの1人1人を確認する。その中で1人、茶色の髪をした眼帯を付けた露出の多い女が悠然と地下倉庫へと向かってきた。

 よもやボスが女とは思わなかったが、問題ない。オレ達は物陰に隠れ、ボスの視界に映らないように息を潜める。

 

「何事だい?」

 

「ぼ、ボス! 地下の盗品保管庫が爆発しちまいました!」

 

「爆発した?」

 

 さすがはボスといったところか。慌てる素振りを見せずに、冷静に振る舞っている。というか、NPC同士の会話なのに凝ってあるな。いろいろな状況対応のパターンが組み込まれているのだろうか。

 それに何よりもあのボスの立ち振る舞い、眼光、存在感……間違いない。彼女は『命』あるNPCだ。

 面倒な事になった。『命』あるNPCはその知性も思考力も他のNPCの比ではない。限られた条件下でしか対応できない普通のNPCと違い、常に柔軟な行動と選択を取ることができる。

 

「鼠が紛れ込んだようだね。お前ら、警戒を怠るな。必ず3人1組で行動しろ。鼠炙り出すんだよ! 誰1人としてアジトから出すんじゃない! 外壁を中心にして見回りするんだ。鼠を捕まえるまで『仕事』はお預けだ!」

 

 指示を飛ばした女盗賊のファルコンが背を向けて去っていく。オレ達は彼女の後を追った。幸いにも護衛を付けていない。ボスと名乗るくらいだから強敵だろうが、オレとスミスの2人ならば斃せないレベルではないだろう。

 そこは彼女の私室なのか。アジトの最も高い場所にある部屋だ。本来ならばこの砦の主の寝室だったのかもしれない。

 

「隠れているのは分かっている。さっさと入りな」

 

 青銅の両開きの扉を開けながら、女盗賊のファルコンはオレ達が隠れる通路の角を睨む。どうやら尾行はお見通しらしい。オレとスミスは素直に姿を現す。もちろん、オレはカタナを、スミスはレーザーブレードを構えている。距離にして数メートル。オレならばラビットダッシュで間合いを詰めて斬れるし、スミスのDEXならば武器を構えていない彼女に十分に先制打を与えられる。

 だが、意外にもファルコンは敵意が無いと言わんばかりに微笑んで手招きした。

 

「罠……にしては品があり過ぎるか」

 

 さすがのスミスも困惑しているようだが、すぐに平静さを取り戻す。

 警戒心を解かず、オレとスミスは武器を構えたまま青銅の扉を潜る。部屋の内部は砦という事もあって質素であるが、貴族の為に拵えられたと思われる木製の丸テーブルやベッドがある。床には紺の絨毯が敷かれ、金糸で隼と狼が描かれていた。

 窓の縁に腰かけたファルコンが、挑戦的な笑みでオレ達を待ち構える。武器らしき物は装備していないが、呪術の火など隠蔽が容易な魔術武器も存在するし、暗器ならば外観から装備しているか否か判断つかない場合も多い。

 油断すれば殺される。相手は『命』あるNPCだ。これまで戦った盗賊NPCとは格が違う。

 

「まずは顔を見せておくれよ。折角退屈だった日々を終わらせてくれるヤツが来てくれたんだ」

 

 オレは指で引っ掛けて口元の覆いを外す。すると意外そうにファルコンは目を見開いた。

 

「驚いた。女みたいな顔をしたガキだね。それに、そちらさんはちょいと渋めだけど好みかな」

 

「良し。ぶち殺す」

 

「アハハハ! 威勢が良いガキは好きだよ。でも、殺すのはちょっと待ってくれないかい?」

 

 おちょくる様にファルコンは中指が1本ない右手でオレの顎を撫でようとする。触れられるより前にバックステップを踏み、オレはカタナで突きの構えを取った。

 その仕草、口調、視線、その全てに生命が宿っている。こうしてお喋りする事自体が何らかの策略である事も考えられるのだ。スミスは開けっ放しの青銅の扉を閉め、システムウインドウを操作してライフルを装備する。これで射撃戦の準備もできた。オレが前衛で接近戦を務め、スミスが後衛で射撃に終始する陣形だ。

 

「アンタらの狙いは盗賊王の結界だろう? 盗品を爆破したんだ。金目当ての襲撃じゃない。かと言って、アタシの首が欲しいなら、わざわざお天道様が昇っている内に忍び込むのもおかしい。何よりも、アタシには『盗賊王の結界の情報を喋らないといけない』っていう義務感みたいなのがある」

 

 いつか出会った幽霊の聖女ステラをオレは思い出した。そう言えば、彼女もまた何かしらの運命のようなものを感じ、『誰か』を待ち続けていたと言っていた。

 いかに『命』あるNPCと言えども、その自由な思考には命令が組み込まれ、行動が制限されているのだろう。そうでなければ好き勝手に行動し、ゲームを破綻させかねなくなるからだ。

 

「ふむ。特異なNPCがいるとは聞いていたが、どうやら彼女もそのタイプのようだな」

 

 さすがに7ヶ月以上も仮想世界に捕らわれていれば、オレ以外にも『命』あるNPCの存在に気づくプレイヤーも出現しているという事だろう。スミスも心当たりがあるように呟く。

 窓の外を眺めるファルコンは退屈そうに目を細めて話し始める。

 

「アタシはさ、このアジトから出ることができないんだよ。どんなに出たいと望んでも、この体は決して外に出る事を許さない。そう『何か』によって組み込まれちまっているのさ。気づいたのは最近の話だ。部下はどいつもこいつも人間と同じ見た目をした、心が無い人形みたいなヤツらだって事にもね。何人かは幾らか感情に富んだ連中もいるけど、大半は同じ行動と言動を繰り返す連中ばかりさ。毎日が違うようでいて、幾つかのパターンが組み合わされたループなんだって気づくのにも時間はかからなかったよ」

 

 なるほど。そういう捉え方によって、この世界が『ゲーム』とは分からずとも、何かしら異常な世界であるとは理解できているのか。

 気候パターンはある程度のランダム要素によって支えられているが、時間の経過を体感できる『命』あるNPCだからこそ、自分に与えられた使命……『イベントで果たさねばならない役割』に縛られている事に気づける。

 恐らくはイベントの役割を果たさねばならない使命感と同様に、『異常』を感知しないような処置も施されているのかもしれないが、ファルコンは幸せとは決して言い難い事に、この世界の『異常』を感じ取ってしまったのだろう。

 

「アタシの役割は『盗賊王の結界を守って死ぬ事』だ。でも、その為に戦って死ぬなんてご免なんだよ。アタシはアタシの好きなように死にたい。アタシは何の為に生まれ、何の為に育ち、何の為にこんな場所で盗賊のボスになっているのか、その理由を生まれ持った『使命』なんかに奪われたくないのさ」

 

「ほう。ならば、キミはどうしたい?」

 

「……そうだね。出来れば穏便に済ませたいけど、アタシの中の『使命』はそれを許しちゃくれなさそうなんだよ」

 

 悲しげにファルコンは壁に立てかけられた曲剣を手に取る。だが、その動きは鈍く、まるで斬ってくれと言わんばかりだ。

 戦闘開始。その感覚が肌を舐めた。盗賊団のボスとは思えない、まるでキレが無い動きでファルコンがオレに曲剣を振るう。その一撃を軽々とカタナで弾き、逆にオレは彼女の喉元に切っ先を突き付けた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「これがアタシの考え抜いた『答え』ってわけさ。『使命』からは抗えない。ならば、せめて死に様は自分で決める。アタシは『イイ男に殺されたい』のさ」

 

 覚悟はできている。その瞳を浸すのは、死への渇望と絶望だ。そして、それはオレにではなくスミスに向けられている。

 ああ、そうか。彼女は繰り返される日々に牢獄を見出してしまったのだ。この先も、人形のような部下に慕われてアジトから抜け出すこともできない日々を想像し、退屈な未来しか無い事に気づいてしまったのだ。

 オレはスミスと視線を交わす。オレがファルコンの曲剣を蹴飛ばして無力化すると、スミスが彼女の額に銃口を向けた。

 1発、2発、3発とファルコンの頭部に銃弾が撃ち込まれる。その度に彼女は無言でノックバックし、そのHPを減らす。

 さすがは盗賊団のボスといったところか。HPは大幅に減っているが、3発ものヘッドショットを受けてもファルコンのHPは2割も残っている。

 

「盗賊王の結界は……アジトの屋上にある青銅の鐘だ。だけど、青銅の鐘はガーゴイルに守られている。ベッドの上に屋上に続く隠し階段がある。それを使って行きな。そこまでは……部下も追って来れない」

 

「情報に感謝する。安らかに眠りたまえ」

 

 更に1発を撃ち込まれ、今度こそファルコンの肉体は赤黒い光となって飛び散った。血飛沫のようなそれを浴びたスミスは、静かに敬礼を捧げる。

 まだまだこの世界の謎は多いが、それでも1つだけ理解したことがある。

 迷い、苦しんでいるのはプレイヤーだけでは無さそうだ。




今回はあまり派手ではない回でしたので、次の話で大暴れさせたいと思います。

それでは、53話でお会いしましょう。

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