まさかのOPムービーに出演していない、だいたい四人の公王が1番厄介とは思いもしませんでした。特に周回プレイは鬼畜過ぎます。
ベルカの槌を逆手に持ち、スケルトンの側頭部を打ってよろめかせる。
2つの頭部を持った双頭スケルトンはバランスを崩しながらも右手のシミターを振るい、オレの左頬を浅くだが裂く。更に左手に持つ骨の杖で【乱れるソウルの槍】を放つ。無数の小さいが尖ったソウルが至近距離で襲い掛かり、オレは寸前で直撃を回避するも右肩に数発貰う。
とはいえ、乱れるソウルの槍は1発の威力は大差ない。どちらかと言えば牽制用の魔法だ。オレは双頭スケルトンの足を払うべく足首に蹴りを入れるが、それを双頭スケルトンは跳躍で回避し、宙で体を回転させながらシミターでオレの首を狙う。それを背後に重心を移して倒れることで回避したオレは左手で地面をつかみ、開脚するとそのまま独楽のように回って蹴りをスケルトンの横腹に打ち込む。
濡れた鍾乳洞の壁に叩き付けられた双頭スケルトンが復帰するよりも先に聖歌の霊剣を抜き、≪両手剣≫の回転系ソードスキル【ウォール・タイフーン】を決める。全身を回転させながらの3連続回転斬りはスケルトン系が弱点とする光属性も合わさり、双頭スケルトンをあと1歩まで追い詰める。
だが、双頭スケルトンは2つの頭部、それぞれの口から青い炎を吐いてオレの追撃の踏み込みを防ぎ、距離を取ると魔法【追尾するソウルの塊】を使用する。
4つの浮かんだソウルの塊と共に再突撃してくる双頭スケルトンに対し、オレは左手の爪の籠手で相対する。
まずは4つのソウルの塊がオレをロックオンして飛来する。それを急ブレーキと急反転をかけて回避し、更に双頭スケルトンが放った≪曲剣≫の単発系ソードスキル【フラッシュ・アリゲーター】を、左手の爪籠手でシミターの側面を全力で裏拳を打ち、攻撃軌道を僅かにズレさせる。
上段からの鋭い縦の一線たる必殺のソードスキルを紙一重で回避し、ソードスキルの不発で隙ができたところをベルカの槌で双頭スケルトンの胸部を破砕する。
粉微塵となって消え去る双頭スケルトンを確認し、リザルト画面の表示と共にオレは片膝をついた。
「もう出てきていいぞ」
オレの合図と共に、後ろで背後数メートルのところにある壁が揺らぐ。いや、正確に言えば、『壁と全く同じ配色となった』グリムロックが姿を現す。
「大丈夫かい? ほら、燐光紅草だ」
「要らねーよ。自分のHPくらい自分で回復する」
「護衛料だと思ってくれ」
断るも無理に押し付けてくるグリムロックの誠意を無駄にするのも悪いと思い、オレは燐光紅草を口の中に放り込む。
これで鍾乳洞に入ってから戦闘は6回目。敵は巨人スケルトンのような大型ではないが、厄介なモンスターばかりがオレ達の前に立ち塞がっていた。
死神のように黒いローブを纏った鎌持ちのスケルトン、子供のような80センチくらいの体長をした毒攻撃を得意とする小型スケルトンの群れ、大盾を装備したスケルトンと両手剣を装備したスケルトンの攻防のコンビネーションが優れた2人組、まるでピンボールのように壁を跳ねる巨大な頭蓋骨だけのスケルトン、魔法【防護】を多用して大きく防御力を挙げた戦槌持ちのスケルトン、そして今回の双頭スケルトンはソードスキルと多様な魔法を駆使する強敵だった。
雑魚レベルで平然と魔法とソードスキルを、それも高いレベルで運用してくるのだ。必然として長期戦となり、またグリムロックを背後で守らねばならないという課題もまたオレに大きな負担をかけている。
グリムロックは【迷彩の指輪】という、動いていない間に限り、カメレオンのように周囲に溶け込むことができる指輪を装備している。スケルトン系は音に反応する為、限りなく物音を殺し、目を騙すことができれば高確率で発見される恐れがないのだが、それでも絶対ではない。
「しかし、これ程のモンスターが雑魚とは恐れ入るね」
「ああ。気を抜いたらこっちが殺される。注意して進むぞ」
事実上の1本道である鍾乳洞は迷う要素がない。だが、替わりにハイレベルのモンスターが出現する。逆に回り道などができない事が連続の交戦を強いていた。
「キミはやはり強いね。私にもそれだけの力があれば……」
羨ましそうに呟くグリムロックを、オレはふざけるなと視線で射抜く。アイテムストレージから取り出した水筒で喉を潤し、スタミナを回復させる為に壁にもたれてしばしの休息をとる。
スタミナを消耗するソードスキルにはなるべく頼りたくないのだが、護衛任務はある種のスピード勝負だ。緩慢に戦っていれば新手の登場によって護衛対象が攻撃されかねない事態に陥る。
救援依頼もそうであるが、護衛依頼もオレはあまり好きな部類ではない。やはり我が身以外は全て敵であり、何も考えずに殲滅する依頼の方が性に合っている。とはいえ、護衛依頼はメジャーな部類なので慣れねばならないのだが、こればかりは幾らこなしても心臓に悪い。
現金輸送車を守る世の警備員さん、お疲れ様です。貴方達の日々のストレスがどれだけ毛根にダメージを与えているのか、オレは実感します。昔から傭兵と言えば酒や煙草、色欲といったインモラルなイメージが付きまとうが、アレは多分ストレス解消しないと自己崩壊しかねるからなのではないだろうか。
「別に強くねーよ。オレより強いヤツは腐るほどいるさ。もっと上手く、もっと綺麗に、もっと圧倒的な……そんなヤツらはさ」
事実として先程の双頭スケルトンを無傷で倒せるヤツはいるだろうし、1分足らずで始末できるプレイヤーも幾人か候補があげられる。
たとえばディアベル。堅実な盾によるガードと剣術は模範的であり王道だ。だが、王道こそが極める事難しく、また真価を発揮すれば何よりも崩れ難い。
たとえばシノン。徹底した射撃攻撃に終始し、相手の出鼻を挫いて近づかせず、また高いDEXを活かした三次元機動の中距離戦でいかなる相手も翻弄できるだろう。
たとえばサンライス。重量級の槍を用いた突撃戦法は単純であるが故に強力無比だ。防御を捨て去った一撃の破壊力は他の追従を許さない。
この3人はできれば相手にしたくない。この3人以外にもオレよりも強いと言えるヤツはいるが、特にこの3人は圧倒的だ。
「それに、アンタにはアンタの仕事がある。オレみたいな猪武者にはできない仕事がな」
「……そう言ってもらえると、少し救われるよ」
アインクラッドでも心の無いプレイヤーが鍛冶屋や商人を志したプレイヤーを『腰抜け』とか『金の亡者』などと罵倒していた事がある。オレも実際にそんな場面に出くわした事がある。そのせいで自殺したプレイヤーも知っている。
だが、彼らがいるからこそオレ達は戦える事を忘れてはならない。鍛冶屋プレイヤーがいなければ、オレ達は強化成功率の低いNPCに頼らねばならない。商人プレイヤーがいなければ流通が生まれず、レア度が高いアイテムを自分自身で入手せねばならない。それがどれだけのロスになるのかは馬鹿でも分かる。
……まぁ、資本主義に走り過ぎたヤツらがいなかったわけじゃないし、そのせいで不愉快な思いをしたプレイヤーもいた。そういう意味では『金の亡者』って部分はあながち否定しきれない実情もあったけどな。
「やはり、キミは『強い』な」
「だから強くねーよ」
「そういう意味ではないよ。ユウコが言っていた意味が分かった気がする。キミは確かに『誰よりも強い』」
まるでなぞなぞに悩む子供でも見るような、父性を感じさせる目をグリムロックはしている。良く分からんが、今のコイツならばグリセルダと上手く歩んでいけそうな気がしないでもない。まぁ、死人と一緒になるなら死ぬ以外にねーけどな。
スタミナ回復も十分だろう。オレは鍾乳洞の奥へと進む。
しかし、グリセルダは一体全体どんな風にオレの事をグリムロックに語っていたのだろうか。変に美化されて話されている事だけは確かなので、今後の為にも誤解を解いておきたいのだが、その為には話を聞きださねばならず、そうなるとグリムロックの地雷を踏み抜きそうで怖い。
と、オレが悶々とどうでも良いことを考えている内に、あろうことか鍾乳洞は行き止まりにたどり着く。
より正確に言えば、石棺の上に腰かける1体のスケルトンがオレ達を待っていた。何ら装備をしていない普通のスケルトンなのだが、その威圧感は他とは異なり、またオレはこの血肉が無い骨から『命』を感じ取る。
コイツは生きている。オレは隠れようとするグリムロックを手で制し、なるべく敵意と戦意を見せずに、だがいつでもカタナを抜けるように指の先まで神経を走らせる。
『6つの試練を超えてきた者よ、ようこそ。私は【ラージアイ】。死を貴ぶ者だ』
やはりNPCか。グリムロックは胸を撫で下ろして安堵している。そこまであからさまだと嘗めれるぞ。
ラージアイの双眸の穴には黒い光が灯り、更にその中心部では白い靄のようなものが渦巻いている。それは瞳のように感じられるのは勘違いではないのだろう。
『ここは3番目の試練の道。それを制覇した貴様らにラージアイの名の下で【最初の死者】への謁見を許そう。さぁ、棺の中へ』
ラージアイが指を鳴らすと周囲に転がっていた人骨が組み合わさり、数体のスケルトンとなる。グリムロックが緊張で身を強張らせるが、スケルトンたちはオレ達を攻撃する素振りも見せずに石棺の重々しい蓋を開ける。
石棺の中身は空であり、その大きさから大人2人ならばなんとか一緒に入れるだろう。特にオレは小柄であるし、グリムロックも比較的痩身の部類だ。
「これに入るのか?」
『そうだ。安心しろ。試練を超えた者を罠にかけるような下賤な真似はしない』
その点は問題ない。むしろ大いに問題があるのは、オレとグリムロックが同じ棺の中で密着して入らねばならない事だ。
何が悲しくて野郎と添い寝せねばならないのだ!? これがまだおんにゃのこならば大歓迎だが、人生の終着点である棺の中まで女っ気無しというのはさすがに御免被りたい。
だが、ラージアイの無言の圧力に負け、オレは棺の中に足を踏み入れる。この様子ならば、1人1人棺に入りたいと頼んでも無駄だろうし、グリムロックを安全とも言えない場所に1人残すわけにもいかない。
オレとグリムロックはせめてものと互いに背中をくっ付けて、顔を棺の側面に向けて横になる。これで『もしも』の事故が起きる事も無いだろう。
棺の蓋は閉ざされ、闇の中でオレは浮遊感を一瞬感じる。恐らく棺を持ち上げられたのだろう。
そのまま揺れ動く事十数分。意外と安全運転のスケルトン石棺タクシーでオレは睡魔に襲われ、瞼が徐々に重くなる。だが、完全に眠りに落ちるよりも先に石棺の蓋が開かれた。
『立つのだ、試練を超えた者よ』
石棺の外ではラージアイが後ろで手を組み、オレ達を待っていた。数体のスケルトンもまた直立不動でオレ達が早く出るのを待っている。
石棺を出ると足首まで冷たい水が浸す。やはり多くの骨が転がっているが、これまでとは異なり、複数の異なる骨が転がっている。人のみではなく、動物のような骨もだ。
『気になるか? ここは試練を超えた者たちの最期の安住の地。人、獣人、魚人、巨人……あらゆる種族の信徒が最後に自身の「命」を捧げて安息の終わりを得るのだ』
「……アンタは違うみたいだな」
『私もいずれ眠りにつく。かれこれ2600年も守り人をやっているのが、いい加減に後進に引き継いでもらいたいものだよ。だが、幾ら武勇はあっても、それだけでは守り人は務まらん。あと1000年は私が眠れる日は来なさそうだ』
「ご愁傷様だな」
コイツが『命』あるNPCならば、本当に2600年という『経験』を味合わされたのだろう。それは想像を絶する地獄なのか、それともこの態度から察するに退屈なだけの時間の消費に過ぎないのか。というか、コイツはアレだな。後進に譲りたい譲りたいって願いながらも、後輩に求める能力が高過ぎてなかなか引き継がせる事ができない爺さんだな。
忙しなくオレの1歩後ろではグリムロックが視線を動かしている。丸眼鏡越しでハッキリと不安が覗いているが、それも仕方ないだろう。グリムロックは戦いには向いていないのだ。基本的に彼のスタイルは隠れ、潜み、やり過ごす事にある。真っ向勝負は不向きのはずである。
やがてラージアイは巨大な棺の前に立ち止まる。それは巨人の棺よりもさらに巨大であり、また装飾もより荘厳だ。だが、今まで見たいかなる棺よりも古びている。
『【最初の死者】たるニト様のお言葉は生者たる貴様らには余りにも猛毒。故に私が通訳する。ニト様は寛大な御方だ。言葉遣いを気にする必要はない。だが、虚言は申すなよ。ニト様は何よりも嘘と偽りをお嫌いになる』
もしも嘘を吐いたら? オレはそんな質問をラージアイにはできなかった。
巨大な棺が開き、その中身が露わになる。途端にオレの全身を冷たい死の息吹が駆け抜けた。
死ぬ。オレは何ら躊躇なく、自分の中に生まれた死の直感に呑まれそうになる。今ここで、僅かでも敵意を見せれば、戦意の牙を剥けば、まるで虫を踏み潰すようにあっけなく殺される。
それを感じ取ったのはオレだけではないのだろう。グリムロックは尻餅をついてガタガタと歯を鳴らしている。その様子を、まるで我が身の過去を懐かしむようにラージアイは見つめていた。
『ほう。気概のある若者だな。ニト様の御姿を初めて見て立っていられた者は3人しか知らぬぞ。いずれも勇敢な者達だった。あるいは何も感じぬ阿呆だ』
「そりゃどうも」
オレは今にも膝がくの字になりそうなのを堪えながら、【最初の死者】の姿を改めて確認する。
無数の骨の塊。それが黒のボロボロのローブを纏っている。唯一、顔と思われる頭蓋骨が異様な存在感を持っている。たったそれだけだ。
それだけであるにも関わらず、そこに満たすのは濃厚な死の……まるで体温と同化するぬるま湯のような、余りにも自然すぎる『死』だ。
これ程のものが本当に仮想世界で再現できるものなのだろうか? 否。これは断じてクリエイターの技術だけで生み出せるような代物ではない。
かつて、日食が神の御業と信じられていた頃の人々の気持ちがわかる。確かに『神』は存在したのだ。常にすぐそこにいたのだ。現在は無粋な科学によってその姿が曇らされただけだ。
『ふむ……ふむ……畏まりました。ニト様の御言葉をお伝えする。「よくぞ参った、勇敢なる生者よ。【最初の死者】の名の下に汝らに褒美を授ける」との事だ。受け取るがよい』
白と黒の光。それがニトの前で混ざり合い、オレの手元で指輪となる。黒真珠のような宝石が付けられた銀の指輪だ。黒真珠の中では不気味な白い光が宿っている。
指輪の名前は【7つの邪眼の指輪】だ。モンスターを撃破する事にHPを吸収することができる、それなりにレア度が高い指輪のようだ。
対してグリムロックが得たのは短剣のようだ。同じく銀であるが、悪趣味な髑髏の装飾が鍔の部分に付けられている。
「これで終わりか?」
恐る恐るオレはラージアイに尋ねるも、馬鹿を申すなと彼は顎の骨を鳴らす。
『ニト様はこう仰られている。「勇敢なる生者よ、汝らに2つの任を与える。好きな物を選ぶがよい。1つは【眷属】、1つは【墓守】」とな』
「具体的に詳しく」
『【眷属】とはその名の通り、ニト様の眷属となり、生者でありながら死の従者となって生ける者達に死の呪いを振り撒く事。そして【墓守】とは死を見守る安寧の使徒となる事だ』
どちらも嫌だ。これがオレの嘘偽らざる本音なのだが、どうやら【最初の死者】はオレ達が自分の信徒となりたくて訪れたと勘違いしているらしい。
さて、どう回答したものだろうか。そうオレが悩んでいる間に、腰を抜かしていたグリムロックが立ち上がってオレより1歩前に出ると、恭しくニトの前に跪いた。
「わ、私を【墓守】にしていただきたい!」
『ふむ……良かろう!』
ニトより白と黒の光が溢れ、グリムロックを包み込む。その後、彼は何やらシステムウインドウで確認したようだが、無言でオレの後ろへと下がった。
グリムロックは【墓守】を選んだ。その意図は何となくだが分かる。【眷属】は何やら物騒であるし、それならば何となく穏健そうな【墓守】の方が害は無さそうだ。何よりもグリセルダを殺してしまった彼は心情的に【墓守】を選びたいだろう事も理解できる。
ならばオレは? 深呼吸して反芻したのはラージアイの先程の言葉だ。ニトは嘘偽りを嫌う。その寛大なる精神を信じて『答え』を示すしかない。
「オレはどちらも選ばない。アンタの信徒にはなる気はねーよ、ニト」
挙句の果てに呼び捨てだ。我ながら思い切った真似をしてしまった。だが、ラージアイはオレを咎めず、またニトも死の気配こそ呼吸のように出し続けるが、そこに戦意は混じっていない。
『良かろう。ニト様はこう仰られている。「それが汝の選んだ道ならば致し方なし。だが、忘れるな。汝の旅の終わりは我が懐。ひと時の生の果て、いつか訪れる安息の日を汝に約束しよう。その日が来た時、汝の旅の話を聞かせてくれ」との事だ』
「寛大な御心に感謝する」
ゆっくりとニトの棺が閉ざされていく。どうやらオレの不敬は許されたようだ。だが、残念そうにラージアイが嘆息する。
『久々に気概ある若人が来たと思ったらこれだ』
「そいつは悪かったな」
『全くだ。これでは老骨を休められる日はまだまだ来そうにないな』
その後、帰りは巨人墓地ならば何処でも連れて行ってくれるというラージアイの言葉に甘え、オレ達はパッチに突き落とされた崖の上まで運んでもらう事にした。
棺から出たオレは即座に黒魔女の蝋燭を灯して周囲を照らす。だが、パッチの姿は見当たらない。恐らくあの横穴で今頃は呑気にメシでも食って次の獲物が来るのを待っているのだろう。
「グリムロック、大丈夫か?」
あの白と黒の光がどんな影響を与えたのかオレには分からない。だが、グリムロックの顔は少なからず晴れやかだ。
「クゥリ君。どうやら私は『誓約』をニト様と結んだようだ」
「誓約?」
つーか、ニト『様』? オレはあえて敬称付けには触れないでおく事にした。
「ああ。どうやら神との約束のようなものらしい。私が結んだ誓約は【死の守り人】だ。他にも幾つかアイテムも貰っているが……確認は後で良いだろう」
「そうだな。まずは……あの糞野郎の始末が先だ」
オレは抜刀し、足音を殺しながら横穴の方へと向かう。巨人墓地の特殊な闇によって光は失われているはずだが、横穴からは黒魔女の蝋燭特有の薄暗い光が漏れている。まず間違いないだろう。
オレはグリムロックに横穴のすぐ傍で待っているようにジェスチャーで支持する。彼は躊躇いながらも頷き、迷彩の指輪で周囲と同化する。≪気配遮断≫スキルも持っている彼ならばまず巨人スケルトン達に発見される事は無いだろう。
横穴に入り込んだオレは、黒魔女の蝋燭を傍らに焚火を囲んでいるパッチに先制攻撃を仕掛ける。その喉に蹴りをお見舞いし、そのまま壁に押し付ける。
「ぐげぇ!?」
カエルが潰れたような声を漏らすパッチに、オレは最大限に非友好的な笑顔を向ける。
「どーも。お久しぶり……って程でもねーよな」
STRはパッチの方が上らしく、喉を押し込むオレの足を振り払い、慌てて武器を抜こうとするが、それよりも先にオレはカタナでパッチの右肘を貫き、そのまま壁に串刺しにする。その衝撃でパッチは槍を落としてしまった。ファンブル状態だ。再装備の為にはシステムウインドウを開かねばならないが、そんな動きを見せればその時が自分の最期と分かっているのか、左手に持っていた盾もまた自ら落とす。
「よ、よぉ! あ、アンタ……!」
「よくも騙してくれたな、糞野郎が」
カタナを更に押し込み、傷口を広げる。痛みは無いはずであるが、相応の不快感は伴うはずだ。パッチの顔が歪む様を楽しみながら、オレは左手の爪でパッチの顔を覆う。
顔を圧迫される事に人間は強い恐怖心を抱く。それはたとえ仮想世界であろうとも変わらない。オレは爪を立ててパッチの頭皮に食い込ませる。セットしてあるのはレベル2の麻痺薬だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ま、ままま、魔が差しただけなんだ! ほ、本当だ!」
「知らねーよ。そういう命乞いは殺した調査員にするんだな。じわじわと嬲ってやるから覚悟しとけ」
いや……ここは四肢を奪ってネイサンに突き出した方が良いだろうか? その方がクラウドアースの連中も納得するだろうし、何よりも自分の手で制裁を加えられる。そうなればボーナスが出るかもしれない。
パッチの四肢を切断して連れ帰る労力とリスクを算盤で弾く。結果、オレは面倒だから麻痺状態にして巨人スケルトンの前に放り投げてやろうと方針を決定した。
「待ってくれ、クゥリ君」
じわじわとパッチにレベル2の麻痺が蓄積する中、横穴に入り込んでオレに待ったをかけたのは、オレと同様のこの糞野郎の被害者であるグリムロックだ。
まさかパッチとグルなのか? オレは返答次第では斬るという意思を込めてグリムロックを睨む。彼はたじろぐが、それでも更に1歩踏み込んでオレの肩をつかんだ。
「彼はまだ誰も殺していない」
「は? 馬鹿言うんじゃねーよ。コイツはクラウドアースの調査員を殺した。それはお前の証言からも分かる事実だ」
「その通りだ。でも、彼が殺したのは【ギルドNPC】だ」
オレは頭の中の辞書を捲り、最近になってヘカテちゃんから教えられた1つの知識を思い出す。
ギルドはギルドポイントとコルを用いる事によって様々な特権を行使することができる。その1つがギルドNPCだ。
ギルドNPCとはその名の通り『ギルドが保有できるNPC』の事である。一切のレベルアップができない代わりに、雇用した段階でNPCのレベルやスキルを決定し、様々な命令を与えることができる。余程コストをかけない限り戦闘で優位に立てる優れたNPCは保有できないが、雑用やギルド拠点の防衛などの数合わせには有効な存在だ。
オレも幾度かミュウから受けた偵察任務でギルドNPCとは交戦した事がある。恐らく最低雇用コストだろう、レベル5程度でスキルも1つしかないギルドNPCであり、敵にもならなかったが、ギルドNPCが保有していたスキルが≪気配察知≫であったのだろう、こちらの存在を勘付かれて厄介な事態になった覚えがある。
「殺したのがギルドNPCという証拠は? 実際にオレもお前も現場も見てないだろーが」
「ドロップアイテムだ。落ちていたのは武装と少量のアイテムだけさ。だが、プレイヤーならばその中に必ず望郷の懐中時計が混じっているはずだろう。違うかい?」
正論だ。オレは完全に怯えきったパッチの耳元で、限りなく優しい声音で囁く。
「確かにそうかもな。だが、お前はオレ達を殺そうとした。そうだろう?」
だったら、殺したのがギルドNPCだろうと何だろうと、オレはコイツを殺す。
とはいえ、誰も殺してないのであるならば、嬲り殺しは止めだ。一思いに斬り殺してやろう。そう思ってオレはパッチの右肘を貫くカタナを抜く。
再武装の時間くらいは待ってやろう。傭兵ならばそんな隙も与えず斬っても良いのだが、せめて小汚い悪党としてではなく戦士として死なせてやろうというオレなりの情けだ。
「俺が悪かった!」
だが、あろうことか、パッチは恥も外聞もなくその場に土下座する。これにはさすがに予想外であり、オレも思わず振り上げたカタナの動きを止めてしまう。
「本当に! 本当に魔が差しただけなんだ!【渡り鳥】! それに帽子の旦那! 本当に悪かった! だから、どうか命だけは! 命だけはご勘弁を!」
「え、あ……えと……」
土下座の上に命乞い。さすがにこの状況でオレも一刀両断とはいかない。いや、別にグリムロックがいなければ即殺していると思うのだが、それはあくまでオレが1人だった場合だ。
人情という物もあるし、何よりもグリムロックの言葉通りならばパッチはまだ誰も殺していない。だが、魔が差したという理由だけで人殺しをしでかすようなヤツを野放しにできるかと言えば、それはそれで不安だ。
……って、オレ自身が人殺しだから、あまりコイツの事を責められないか。いや、オレは魔が差したで殺すような通り魔ではないから、気にする必要はないのか?
悩むオレに対し、パッチは土下座からゴキブリのように這ってオレの足に縋りつく。
「どうか頼む! それに、まだアンタらは生きている! ノーカウントだ! ノーカウント! なぁ、分かるだろ? 同じ傭兵じゃないか。ここは1つ温情を! どうかお頼み申し上げる!」
コイツは間違いなく大物だ。感動した。ここまで見事な命乞いをできる人間は世の中そういないだろう。
ぺろぺろとブーツを嘗めるパッチの顎に蹴りを入れ、オレは疲れ切った眼差しでグリムロックに問う。
「馬鹿馬鹿しくなった。アンタの好きにしてくれ」
バトンタッチされたグリムロックは土下座するパッチの肩に優しく触れる。
顔を上げたパッチに、グリムロックは全てを許すような微笑みで小さく頷いた。
「パッチさん。私は貴方を許す。だが、どうかもう2度と人を殺さないと誓ってくれ」
「へ、へへへ! も、もちろんだ、帽子の旦那! それに【渡り鳥】! あ、アンタにも誓う! もう2度殺しはしない! 本当だ!」
「どうでも良いさ。殺したければ殺せよ。その時はどうせお前の討伐依頼をオレが引き受けるだけだ」
その時は今度こそ嬲り殺しだ。グリムロックに涙を流して何度も頭を地面に叩き付けて土下座するパッチを横目に、オレは今回の事の顛末を分析する。
結果として調査員はギルドNPCであり、パッチがそれを崖下に突き落として始末していたというのが事の真相なのだろう。だが、オレの記憶が正しければ、現状のギルドNPCはせいぜいレベル12が限度であり、スキル枠も3つ程度のはずだ。いかに装備を整えたとはいえ、ギルドNPCだけで巨人墓地の深部までたどり着けるはずがない。
何よりも彼らは『命』が無い、無制限に生産されるNPCだ。オペレーションに従うだけの機械人形と同じだ。複雑怪奇なダンジョンをギルドNPCだけで攻略するには柔軟な思考が欠ける。ならば、彼らをここまで連れてきたプレイヤーの指揮官がいたと考えるべきだ。
ならばパッチが嘘を吐いている? 指揮官のプレイヤーを殺して証拠を隠滅した? ハッキリ言ってあり得ない。ギルドNPC3人だけならばまだしも、巨人墓地深部までたどり着けるプレイヤーと、この情けないパッチが正面から戦って勝てるとも思わない。まぁ、奇策を用いて勝ったとも考えられるが。
「パッチ。1つだけ訊きたい事がある。今回の1件だが、お前の独断ってわけじゃねーんだろ? 誰に頼まれた」
同じ傭兵とパッチは名乗った。ならば、パッチもまた誰かの依頼で巨人墓地に居座り、調査に来たギルドNPCを始末したはずだ。
本来ならば裏切られでもしない限り依頼主を明かさないのが傭兵の流儀だが、パッチが律儀にそれを守るとも思えない。オレは軽くカタナをチラつかせると、パッチは壊れた人形のように首を縦に振って答える。
「し、知らない! 依頼主は分からないが、金払いが良かったんだ! ほ、本当だ! 信じてくれ! ほら、俺の目は正直者の目だろう!?」
「まさか文面だけで引き受けたのか?」
「いや、サインズを通した依頼じゃない! 酒場でいきなり良い儲け話があるって持ち掛けられたんだ。ちょいと賭け事で負けが嵩んでたんだ。だからつい……」
典型的な屑の顛末ではないか。オレはこれ以上パッチの話を聞きたくないと頭を抱える。
だが、大よそ裏は見えた。なるほど。確かにこれは『試金石』だな。オレはネイサンのエリートスマイルを思い出す。
真実を追求する手段は無い。武力で脅す手もあるが、相手が大組織では個人の力で脅すなど無理だ。全ての真実はこの巨人墓地の闇の中ってわけか。
オレ達はすっかり胡麻擦り状態のパッチに案内され、巨人墓地の脱出へと歩き出す。彼曰く、この先に地上まで続く長い階段があるとの事だ。
少しはまともな依頼は来ないものなのだろうか。オレの傭兵ライフはまだまだ波瀾万丈のようである。
ニト様はよくニートとか引きこもりとか言われていますが、他の王のソウルを持つ連中に比べれば害がない善良な王だと思います。
なのに問答無用で雑魚扱いされるニト様は可哀想でなりません。
それでは59話でまたお会いしましょう。