SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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常に殺伐としている本作ですが、皆様誤解されていると思うので今の内に解きたいと思います。

本作は甘くもほろ苦い少年少女の純粋無垢な恋模様を描いた『ファンタジー風味ハートフルスクールラブストーリー』です。
オムニバス形式で主人公が友人や初恋の女の子の恋の悩み相談に乗り、自分の恋心と友情との間で苦悩しながらも光溢れた未来を模索します。
初恋の女の子の恋人が担任教師だったと明かされた場面で、コメディタッチに彼らのデートを見守り応援しながらも2人の関係が周囲にバレないように嘘を重ねていく主人公を見て、本作を悲恋型のラブストーリーと勘違いされた方も多いと思います。
ですが、本作は『全員がいかなる形であれハッピーエンドで終わる』を目指しているのでご安心ください。
登場キャラは1人も死ぬ事もありませんし、主人公が狂ってしまう事ももちろんありません!

ですので、改めてここで本作は『ファンタジー風味ハートフルスクールラブストーリー』と明言しておきたいと思います。




ノルマ完了。ヒントは投稿日です。


Episode10-2 傭兵達の黎明

 かつて人の言葉は一つだった。だが愚かな王が天に届く程の塔を造り、神の逆鱗に触れた。そして、塔は崩れ、人の言葉は分かたれた。

 旧約聖書でも有名なバベルの塔。オレは文字通り雲を貫く程に巨大な塔を目にしながらそれを思い出す。巨大な塔は12本の巨大な鎖によって縛られ、支えられ、天を貫いている。その頂点は人の手によって創造された太陽と月があり、この地の王は自由気ままに昼と夜を操作できる。

 時に夜ばかりの日が7日間続いたかと思えば、次は昼ばかりの日が10日間続く。【蛇の口のモラムの記憶】はそんな世界だ。分類で言えば『王の時代』であり、あらゆる王が君臨し、時として神を崇め、時として神と敵対し、時として神も人も関係なく『王』であらんとする時代だ。

 この記憶の主であるモラムは何代もの王を支える宰相であり、人間ではなく蛇人だ。外見は蛇頭の人間という凶悪なモンスターのようであるが、その実はそこら辺のヤツらよりも理性と知性に富んでおり、ここ最近の王の神を蔑ろにする蛮行に心を痛めている。

 モラムは様々なイベントのキーパーソンとして活躍してくれる他、一定の条件を満たせばメインダンジョンのボス戦にNPCの部隊を援軍として派遣してくれる。

 現在オレが愛用としている両手剣【聖歌の音剣】もモラムのイベントをクリアして得たものだ。ゾンビなどのアンデッド系や怨霊などのゴースト系のモンスターに高い威力を発揮する光属性を持つ。また隠し性能である【聖歌の解放】によって、一時的に秒間回復のオートヒーリングを半径20メートル圏の全てのプレイヤーに発動させる事ができる優れものだ。ただし、一度しか使用することができず、また同じく一度でも同じ効果を得たプレイヤーは二度目の恩恵は得られない。とはいえ、常時ソロ野郎のオレからすれば宝の持ち腐れの隠し性能であり、専らオレの場合は光属性として有用な両手剣として扱われている。

 現在のモラムの記憶は夜の世界だ。昼と夜の移り変わりは完全ランダム要素であり、12時間ごとに変更される。人の手によって生み出された夜の天蓋には星の光はなく、ただ味気のない月を模した造形物が淡い光を放っているだけだ。

 そして、このステージ全体の特徴だが、昼と夜によって開店する店、モンスターの種類、イベントまでがらりと変化する。

 昼は武器屋や雑貨屋が中心に開き、モンスターも好戦的ではない獣系や植物系、イベントも比較的安全なものが多い。

 夜は酒場や賭博場に光が灯り、モンスターも攻撃的なゴースト系が跋扈し、イベントも危険なものが増える。更に安全圏ではない街では暗がりで一定の確率で強盗が登場したり、大通りではスリに遭ってコルがいつの間にか減っていたり、入った店で怪しげなイベントをNPCに持ちかけられて罠にはめられたりと、とにかく心が休まらない。

 だが、夜は夜でモラムの記憶には幾つか有用な点がある。それは『王の時代』の王のお膝元ともなれば、文化的にかなり発展しており、目玉が飛び出る程に高額なメシが食えるレストランが次々と開店するのだ。

 オレが現在向かっている『星屑の園』もその一つだ。いわゆる貴族御用達であり、入店する為だけでも軽く10以上のイベントをこなし、【貴き血族の指輪】をモラムから入手しなければならない。しかも攻略必須のイベントの大半が素の頭脳を酷使するパズル系やクイズ系のイベントであり、毎回問題も変化するので明確な攻略法が無いというオマケ付きである。

 だが、一方で貴族御用達の店は全て安全圏であり、DBOでもなかなか味わえない豪勢な料理を堪能できるという破格の特典がある。更に貴族からイベントも受注することもでき、そこでしか得られないレアアイテムも多数あるという噂だ。

 では貴き血族の指輪を持たないプレイヤーはどうすれば入店できるのか? これは簡単だ。所有するプレイヤーから招待状を貰えば入店することが許可される。オレが堂々と門番の間を抜けて、レッドカーペットを歩んで店内に入ることができるのもそのお陰だ。

 とはいえ、まるで嬉しくないのが本音だ。これが可愛いおんにゃのことのデートならば気合も入るというものだが、待っているのがあの糞女だと思うと、いかに高値の料理を食って財布を軽くしてやろうかという邪悪な食欲以外に湧かない。

 ウエイターに案内され、オレは金糸が縫い込まれた白のテーブルクロスが敷かれ、金の燭台の上で怪しげに三つの灯が踊る席へと案内される。

 そこで待っていたのはブルーのナイトドレスを着た、オレがこの世で会いたくない女性ぶっちぎり第3位に君臨するミュウだ。ちなみに2位は鼠女で、1位は【閃光】様だ。2位はいろいろと厄介事を運んでくるという意味で、1位はトラウマ的な意味でだ。

 

「お待ちしておりました。どうぞお掛けになってください、【渡り鳥】さん」

 

 相変わらずの営業スマイルのミュウに、オレは無言で荒々しく席に腰かける。足を組み、頬杖をついて、わざとらしく機嫌が悪いアピールをする。だが、この女はそんなオレを気にせず、ウエイターに手早く料理を頼む。

 

「まずは依頼達成のお祝いに。どうぞ」

 

 ミュウのグラスにはシャンパンが、オレのグラスには炭酸水が注がれている。この女との会食もこれで数度目だ。オレが酒を飲まない事を承知で事前にこうして飲めるものを頼んでくれる。

 

「どーも」

 

 グラスとグラスを合わせて小気味いい音を鳴らし、互いに中身の液体を口にする。

 

「此度の1件は本当に助かりました。危うく貴い三つの命が失われるところでした」

 

 美辞麗句を並べて報酬の残りを渡してくるミュウに、オレは白々しいと苛立ちを強めながら報酬が入った封筒を受け取る。

 この女は滅多に本心を語らない。常に営業スマイルで鉄壁の防御を備え、腹の奥底を見せようとしない。しかも、コチラが自分の胡散臭さを見抜いていると分かれば、即座にそれすら利用してくる強かさまで持ち合わせているからタチが悪い。

 

「で、今回の依頼の謝礼として天乃岩戸の連中から、お前らはサブダンジョンを美味しくいただくって算段か?」

 

「ふふふ。我々太陽の狩猟団はあくまで『プレイヤーの健全で利益ある営み』と『DBO完全攻略』を掲げるギルドです。いかに下位ギルドとはいえ、恩着せがましく無償でサブダンジョンの利権を譲っていただこうと思いません。ただ……」

 

「ただ?」

 

 ミュウの目が妖しく細くなり、シャンパンを揺らして中身の気泡が渦巻く様を観賞する。それは盤上の駒全てが白も黒も関係なく、自分が思うままにワルツを踊る様を楽しんでいるかのような、オレでは到底到達できない『指揮者』の目だ。

 

「ただ……我々が『保護』したイワキリさんは太陽の狩猟団の下部組織として『是非とも参加させていただきたい』と申し出ているようです。もちろん、ギルドをそっくりそのままというのは何かと不都合も起きますし、適材適所という言葉もあります。イワキリさんにはリーダーを辞任して頂いた上で『なるべく安全で前線に出る必要が無い鉱物系アイテムの採掘現場管理官』になっていただいて、天乃岩戸には『正しく組織運営できる人材』にリーダーとして収まっていただく事になりますね」

 

 えげつない。オレは身震いをなるべく隠す為に炭酸水を一気に飲み干す。

 あの双子の部下が天乃岩戸のメンバーを介抱していたように、連中は徹底的にメンバーを骨抜きにし、自分たちの傘下に収めるべく『甘い汁』を啜らせる。邪魔者であるイワキリはリーダーから引きずり下ろし、もう二度と再起できないように程々安全な場所で組織全体に利益をもたらすポジションで飼い殺しにする。後は別の傀儡の人物をリーダーとして据え、サブダンジョンのギルド拠点を『組織の全体利用』だが何だかの名目で太陽の狩猟団に譲渡させる。天乃岩戸のメンバーからすれば既に太陽の狩猟団の下部組織なので拠点権利を放棄しても痛くも痒くもない。むしろ天乃岩戸のメンバーからすれば『あの太陽の狩猟団の傘下になれた!』という大企業への内定がもらった学生よろしく小躍りする宴会状態だろう。

 だが、待っているのは『DBO完全攻略とプレイヤー全体の安寧を守る太陽の狩猟団を支える重要な仕事』という概念を刷り込まれた、自由という言葉が『自由』ではなくなった私兵の日々だ。まぁ、それに気づかない内は幸せだろうし、『自由』の中の方が存外気楽なものでもある。首輪が付いた犬はメシを喰いっぱぐれることもなければ、家を失う事も無いのだから。

 太陽の狩猟団は対外的には『平和的な吸収』を果たした。そして、他の潜在的敵対組織に対して、サブダンジョン一つの占有というアドバンテージを得た。更に人員確保と『何ら接点が無い、弱小ギルドの為に大金を払って傭兵を雇って生命を救う』という組織イメージの良化にも成功した。いや、むしろあの天乃岩戸ってギルドは野心的なリーダーを抱えているらしかったから、むしろ『敵対の意思すらあったギルドにも温情を以って救った』というイメージ戦略の方が今回の依頼の肝かもしれない。

 

「……今後ともご贔屓にどーぞ」

 

「はい。もちろんです」

 

 そして日和るオレ。こんなヤツ相手に正面から挑むとか、馬鹿&阿呆&馬鹿&阿呆だ。オレと太陽の狩猟団(というかミュウ)とはWinWinの関係だ。いや、オレは思いっきり利用されているが、少なくともオレは傭兵としての自由意思を持っているし、傭兵は報酬分だけで好き勝手に利用される駒みたいなものなので気にしない。

 運ばれてきた料理はよくわからないが、何やらミディアムの肉に赤みかかったドロリとしたソースがかかっている。ナイフとフォークで切り分けて口にしてみたが、DBO始まって以来の『高貴な料理』にオレの脳髄は蕩けそうになる。

 

「しかし、意外でした」

 

「何が?」

 

「いえ、スーツが様になっていますので。髪もきちんと整えられたら紳士然としているので驚きました」

 

 クスクスと笑うミュウに、オレは気恥ずかしくなって観賞用植物と人工池で造られた中庭へと視線を向ける。今のオレはこの糞女が準備したスーツ&ネクタイで、癖だらけの髪プラグインも強制整髪アイテムによって整えられ、それ程長くはない髪なのだが青のリボンで後ろで小さく纏められている。

 

「馬子にも衣装とか言えよ」

 

「いえいえ。本当にお似合いですよ。ご実家はさぞかし裕福なのでしょうね。どれ程粗野な態度を演じても、しっかりとテーブルマナーを守られていらっしゃいますし」

 

 ……本当に、コイツはどんだけ人様を観察してるんだよ。オレは一生コイツ相手に口と知略では勝てないと再認識する。武力ならば余裕で勝てそうだが、それは社会的秩序に反する最終手段だ。

 もう良い。どれだけ高かろうと奢ってくれるタダメシだ。メシはメシとして存分に味わうのがストレスない生活だ。仮想世界のストレスで現実世界のオレが白髪増えて禿げても堪らない。

 

「それで、今回のメシの理由は? 傭兵様相手にこの待遇は理由無しにねーだろ?」

 

 さっさと本題に入りたい。オレは残りの肉をわざと咀嚼音を立てて食す。まだ半分近くあった肉のブロックを一気に頬張ったのは正直勿体ないが、気にしていられない。

 

「親睦を深めたいから……では駄目ですか?」

 

 営業スマイルのミュウに、オレはあり得ないと鼻で笑って返す。それをわざとらしく傷ついたという表情でミュウは受け取る。

 

「最近になって、貴方の同業者が随分と増えました。ご存知ですか?」

 

「……噂はな」

 

 トーンが一段低くなったミュウに、オレはその事が本題かと納得する。

 傭兵業と言えばSAOではオレの専売特許みたいなものだったのだが、DBOでは『傭兵』と名乗るプレイヤーの数は増加傾向にある。実在数は定かではないが、幾つか確定の情報だけを手に取っても確実にオレ以外に5人は存在する。そして、その全員が恐らくミュウの画策を真似て、パートナー契約によって意図的に生み出された傭兵だ。それに刺激される形で次々と傭兵の看板を掲げているという状況が始まっている。

 オレも一応ミュウとパートナー契約を結んでいるが、他から依頼が来れば無論引き受ける。あくまでオレとミュウの関係は『優先的に太陽の狩猟団の依頼を引き受ける』というものだからだ。

 そして、あらゆるギルドがなるべく優れた傭兵と友好関係を持とうとする。当然だ。傭兵は使い潰しが利く駒であり、ギルドのメンバーではさせられない汚れ仕事を引き受けてくれる便利な歯車であり、緊急時に最大のパフォーマンスを発揮してくれる外部保留の戦力でもあるからだ。

 

「私が確認しているだけでも既に11名の傭兵がいます。その中には貴方の知人である【魔弾の山猫】さんもいらっしゃるようですよ?」

 

「シノンが? まぁ、意外ってわけじゃねーな。アイツってGGO出身だろ? だったら傭兵も慣れっこだろ」

 

「ええ。11名の内、実に8名がGGO経験者です。彼らは極めて高い実戦的かつ豊富な対人戦の経験を保有しています。必ず難敵として貴方に立ち塞がるでしょう」

 

 ガンゲイル・オンライン。銃の仮想世界か。DBOは多くのデメリットがあるとはいえ、武器として銃器が存在する。今のところ、オレが知る中で最強の銃器使いはスミスだ。自衛隊として銃器の運用に慣れ親しみ、抜群の接近戦センスを持つプレイヤーだ。オレの直感だが、ヤツの性格からして傭兵になっている確率は高い。だとするならば、協働の仲間として、あるいは敵対勢力が雇った敵として対峙することもあり得るかもしれない。

 だが、それ以上にシノンが傭兵になったとすれば、オレは今後一層の≪狙撃≫に注意を払わねばならない。接近戦はともかく、シノンの射撃精度はスミスの比ではない。遠距離戦に持ち込まれれば、オレは成す術なく彼女に敗北するだろう。

 

「我々が貴方を利用して得た利益は莫大です。下部組織は拡大し、あなたが護衛依頼や救助依頼をこなす度に中堅・下位プレイヤーからの人気も増しています。また、多くの鉱山ダンジョンを確保し、鍛冶職人プレイヤーによる『開発部門』による武器防具の開発や生産も順調です。商人プレイヤーの1割を我々の影響下に置く事に成功しました」

 

「……ま、マジ?」

 

「冗談は言いません。全て計画通りではありましたが、『計算に入れていたイレギュラー』が起きなさ過ぎたのが最大の問題となりました。他のギルドが軽視していた傭兵の運用のメリットを認識させてしまう事、これこそ私が貴方の運用で最も危険視していた問題でした。どうやら想定よりもかなり早く他のギルドも傭兵の本格的運用に乗り出したようです」

 

 順風満帆過ぎて逆に問題が起きるとか異常事態じゃねーか。つーか、オレが淡々とこの3ヶ月ほぼフルタイムでミュウの依頼をこなしていた裏に、それほどまでに組織拡大の策略があったとか背筋に寒い物を覚える。

 傭兵として最低限の依頼の背景は聞く事はあるが、先程の天乃岩戸の今後のように軽い好奇心を満たす程度のものだ。後はせいぜい依頼内容に『だまして悪いが』が無いか情報屋を通して精査をしてもらうのがせいぜいだし、オレの場合はターゲットの情報を重視する為に依頼背景は軽視する傾向がある。

 好奇心は猫を殺す。偉大な諺にもあるように、下手に首を突っ込んで藪蛇もつまらない。傭兵は無言で仕事をこなし続ける事が1番の生き残る方法なのだ。これはSAO時代にオレが培った知識の一つである。お陰で聖竜連合に何度暗殺されかけた事やら。

 

「普通なら傭兵みたいなリスキーの塊を雇うデメリットの方が目立つだろうからな。糞が。少しくらい依頼失敗した方が良かったか?」

 

「依頼を失敗されては傭兵としての『信用』に関わります。貴方に非はありません。組織拡大を焦り過ぎた私の失敗ですね」

 

 意外だ。あっさりと自らのミスを認めるミュウに、オレは彼女への評価を改めてる。てっきり人を駒扱いするばかりのプライド高い女かと思えば、どうやら想像以上に柔軟性に富んだヤツみたいだ。余計に厄介になっただけだが、人間的には好感を持てる。

 思えば、オレはひたすらに護衛だろうと救助だろうと立ち塞がる敵を薙ぎ倒し続けただけだ。それが傭兵の本分と言えばそれまでだが、依頼主であるミュウからすれば、常に対外折衝の連続であり、他のギルドとの知略と知略の応酬だったのかもしれない。太陽の狩猟団の内政を一手に引き受ける彼女の労力は計り知れないだろう。

 よくよく見れば、ミュウの目元はどんよりしている気がする。さすがにデバフが付くような睡眠不足には陥っていないだろうが、アバターは正確に彼女のコンディションを測定して表情や血色パラメーターに反映させる。ならば、オレが見て取れた疲労感は本物である確率は高い。

 

「……少し休んだらどうだ? あの筋肉馬鹿は戦う以外にできないんだろ?」

 

「ええ。団長はひたすら前線に立たれる御方ですから。ですが……団長が『闇』の部分を持たれては困ります」

 

「…………」

 

「団長は常に最前線で命を擦り減らし、味方を鼓舞し、最大限の戦果を挙げる。それこそが太陽の狩猟団が何よりも強力な組織であるという広告塔となります。そして、彼の曇りないカリスマ性こそが人を寄せ付け、私がどれ程策を練っても決して成せない組織運営に不可欠な『情』の部分を補完します。団長は組織に巡る『温かい血液』であり、私は組織を支える『冷たい鉄の骨格』であらねばなりません」

 

 それはミュウという女が見せた、初めての内心の吐露だったのかもしれない。あるいは情を誘う為の演技か。今のオレには区別が付かない。

 だが、ミュウが言わんとする事は何となく分かる。『情』がない組織はいずれ崩壊し、『情』しかない組織もまた瓦解する。肥大化すればするほどにバランスを保つのは困難になるだろう。

 

「そうかよ。だったら何も言わねーさ。だけど、依頼主に倒れられたらオレも仕事が無くなるからな。たまには思いっきり羽を伸ばした方が良いぞ」

 

「フフフ。そうですね。貴方の忠告に従い、明日は1日オフにするとしましょう」

 

「絶対嘘だろ」

 

「さぁ、どうでしょうね?」

 

 両手を組んで顎をのせ、オレの反応を鑑賞するミュウに、オレはもうどうでも良いと嘆息を吐く。

 パートナー契約は半年更新だ。ようやく太陽の狩猟団との契約も折り返しである。オレは更新する気はないし、ミュウもその腹積もりのはずだ。オレみたいな爆薬の塊をいつまでもご丁寧に抱えるような女じゃない。何せコイツは『冷たい鉄の骨格』なのだから。

 ならば、こうしてコイツと顔合わせて食事するのもせいぜいあと3ヶ月ってところだろう。ならば、今の内にタダメシを存分に堪能しておくとしよう。

 

「ところで、ディアベルさんと個人的な友好があるそうですね」

 

「突然だな。まぁ、否定はしねーよ。アイツとはデスゲーム開始以来の仲だからな。ちょいとまずい別れ方はしたけど、それなりに交流はあるさ。もちろん『ギルドリーダーと傭兵』としてじゃねーから安心しろよ。それにお前らの情報も流してない。傭兵の流儀だからな」

 

 どうせ情報をつかまれているのだ。オレは嘘を吐く労力もハッタリを利かせる精神力も惜しいとあっさり認める。

 だが、もしかしたらそれは失敗だったかもしれない。眼鏡越しでミュウの眼差しに氷の1粒と蛇の如き影が混じったのをオレは感じ取る。

 

「これは仮定の話ですが……仮に太陽の狩猟団と聖剣騎士団が全面戦争に発展した場合、貴方はどちらに加勢しますか?」

 

「…………」

 

「未確認ではありますが、聖剣騎士団には貴方が保護したプレイヤーが身を寄せているという情報もあります。貴方が失踪した4日間。その間に何があったのかはさすがにつかめませんでしたが、随分と過保護になさっているプレイヤーのようですね。時々ディアベルさんと密会して様子を伺っているとか」

 

 やっぱりコイツの事は好きになれない。オレはデザートが来る前に席を立つ。もちろん、それを止めるようなミュウではない。

 

「個人的な感情ではディアベルの味方に付く。依頼があればお前らに付く。それだけだ」

 

「では、どちらからも依頼があった場合は?」

 

「報酬が良い方だ。パートナー契約を結んでいたら、報酬に関わらず結んでる方を優先する」

 

「ならば……その過保護になさっているプレイヤーさんから懇願された場合には?」

 

「…………依頼が優先だ。依頼で聖剣騎士団を潰せと言われたら潰して来てやるよ。相応の報酬は貰うがな」

 

 これで満足か? オレは不機嫌にアイスを運んできたウエイターの横を抜け、店外に出る。

 相変わらずモラムの記憶は夜の闇を湛え、冷えた空気を運んでいる。

 だが、オレの吐息はまるで熱が籠っているかのように熱かった。そして、その熱は自然と暗がりへと足を運ばせる。

 どれだけ美しい王都であろうとも、一歩裏通りに入れば浮浪者が身を潜め、暗闇では病を運ぶ鼠が跋扈する。そして、影と同化するように、オレを獲物だと勘違いした強盗共も這い寄って来る。

 どうせ『命』が無いNPCだ。オペレーションに従うだけの機械人形だ。オレは背後からナイフで斬りかかった1人目の顎に左肘を打ち込み、即座にシステムウインドウを開いて左手に【爪撃の籠手】を装備する。

 青銅のような鈍い青色をしたこの籠手のカテゴリーは異質の≪盾≫と≪暗器≫だ。防具ではなく武具扱いであり、盾のガード機能と暗器としてのデバフ攻撃機能を備えた武器だ。ハルバートのように二つのスキルカテゴリーを持つ者をプレイヤーはキメラウェポンと呼んでいるらしいが、これもその一つだ。太陽の狩猟団の鍛冶集団が開発に成功したレア武器であり、ミュウの依頼によって試験運用させてもらっている。オレはこの武器の運用データを全て提供すると引き換えに無償でこの新たな暗器を得た。

 ミュウは恐らくこの暗器をダウングレードしてより生産性に適したタイプの生産レシピを作り上げ、私兵に装備させるつもりだろう。暗器を装備した私兵ともなれば、いかなる運用が成されるかは考えるまでも無い。

 オレの籠手の指の先端は爪になっており、より凶悪な格闘攻撃が可能になっている。しかも暗器の利点である薬物セットももちろん可能であり、鉤爪や四方手裏剣と違ってレベル2までの薬物セットができるようになった。

 強盗の右腕を絡み取り、そのまま肘を反対に折り曲げる。アバターと言えども人間と同型である限り骨格はある。それに反すればどうなるかは言わずとも知れるだろう。

 折れ曲がった腕に悲鳴を上げる強盗の喉を左手の爪で裂き、その間に左右で浮浪者のフリをしていた2人の強盗へと新調した鉤爪を振るう。ドレスコードの関係上装備を外さねばならなかったが、いかに安全圏とはいえ装備を怠っていたわけではない。単純に籠手を装備したのは、この強盗たちに『武器を装備していない』という誤情報を与える為だ。

 鉤爪を顔面に受けて悶える残り2人の強盗の内の1人は鉤爪で心臓を貫き、そのまま壁に押し付ける。まだHPが残っている以上加減はしない。左手の爪で横腹を貫き、内部へと指を侵入させる。もがき苦しむ強盗の顔を見ながら、オレは内臓にも似た赤黒い光の塊を引き千切りだながら取り出す。

 仲間がまた殺され、もう1人の強盗は背を向けて逃げ出す。それをラビットダッシュで追いかけ、後頭部をつかむとそのまま石畳に叩き付けた。

 

「今機嫌が悪いんだ。ちょいとストレス解消に付き合え」

 

 オレは『命』無いNPCを暗闇に引き摺り込み、左手の爪を煌めかせた。

 強盗の……それもNPCなどを誰も救いになど来ない。悲鳴はすぐに閑散とした闇に溶けて消え、赤黒い光が小さく、そして長く暗がりを舞い続ける。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

(どうやら地雷を踏み抜いてしまったようですね。彼が保護したというプレイヤー【ユイ】に関してはより慎重に扱う必要がありますね。下手に逆鱗に触れて敵対されても困りますし。ですが、【渡り鳥】に関するカードをこのまま聖剣騎士団の手の内に置いておくのも面白くありません。どうにかして引き抜ければ良いのですが)

 

 ミュウはシャンパンを揺らしながら、その黄色味を帯びた液体越しに、先程までクゥリが座っていた席を見つめる。

 最初の出会いの段階で御し易いと思っていた【渡り鳥】だが、彼は彼女の想像を超える狂犬だ。確かにSAOでPoHと並んで恐れられたというだけの事はある。

 

(内面は子供っぽく、容姿をそのまま反映したような幼さなさが残る思考は先見性にやや欠ける。戦闘スタイルは理詰めよりも本能型。団長と同じタイプですね。下手な奇策を用いるよりも圧倒的数で押し潰す。それが最適でしょう。現状ならばレベル20程度のプレイヤー15人もいれば確実……ただし死者はどれだけ出るやら)

 

 淡々とミュウは仮にクゥリが敵対した場合、いかなる手法ならば確実に仕留められるかシミュレーションする。

 現在の手駒では犠牲無しではまず不可能だ。サンライスが『本気』で参戦すれば勝ち目もあるだろうが、彼はクゥリを気に入っている。この前も傭兵としてのクゥリの活躍を耳にした時に『やはり彼は狩猟団に必要な戦士だな!』と豪快に笑っていた。もちろん、それはミュウが彼には護衛や救援に関する依頼の報告しかしていない事もあるが。

 そうなると、やはり望ましいのはクゥリを単体で限りなく仕留められる戦力だ。それを加えた上での数の暴力。質による補助があれば、数の力はより崩れ難くなる。特にクゥリが得意とする対集団戦は自ら相手の陣地内部に斬り込み、撹乱し、確実に1人ずつ仕留めるというものだ。同士討ちを誘い、三次元戦闘で以って捉えさせない。やはり数だけでは潰しきれないかもしれない。

 

(彼は合理的に命を取捨選択できる。ですが、一方で極めて感情的な部分もある。合理性と感情、その危ういバランスは彼の強い精神力によって強引に支えられている。仮にバランスが崩れる事があれば……それも感情の方に傾くような事があれば……それは最大の障害となって太陽の狩猟団に立ち塞がりますね)

 

 報告では必ず付け加えられる『バケモノ』という単語。ミュウは実際に目撃した事無いが、密偵の情報が確かならばクゥリの戦い方は他のプレイヤーとは決定的に異なるのだろう。

 だが、何となくだがミュウにも想像が付く。恐らく、それはサンライスの『本気』と同程度のものだろう。あるいはそれ以上かそれ以下か……どちらにしても、まさしく常人では立ち入れない狂気の世界、『バケモノ』の領域に違いない。

 今でもミュウは瞼を閉ざせば思い出せる。『本気』のサンライスの圧倒的な、全てを焼き尽くす業火のような、その鬼神の如きプレッシャーを。あれはまさしく絶対的な捕食者のみに許されたものだ。

 

(団長が太陽ならば、さしづめ【渡り鳥】は黒点……ヤタガラスといったところでしょうかね。どちらも焼き尽くすものではありますが、団長は常に人々を照らす恩恵の光。一方は吉凶を告げる者。せめて我々に吉報を告げる存在であり続けて欲しい物ですが)

 

 だからと言って、希望的な願望に従って対策を怠るような真似はしないが。ミュウは先程までのクゥリとの晩餐などまるで無かったかのようにテーブルを整える。

 そろそろ時間だ。予定よりもクゥリが早めに帰ったが、それも想定の範囲内である。

 ようやく現れた本日の『本命』に彼女は笑顔を向ける。

 

「貴女があの名高い太陽の狩猟団の副団長ミュウさん?」

 

「ええ。本日はご足労頂きありがとうございます。さぁ、お掛けになってください」

 

 やや子供っぽいドレスを着た『本命』は、こうしたレストランは初めてなのだろう。周囲を落ち着き無さそうに見回す。ミュウのリサーチ通りの反応だ。これならば有利に話を進められるだろう。

 商談の基本は相手のペースを乱し、こちらのペースを『自分のペース』だと錯覚させる事。そういう意味では【渡り鳥】もまだまだ甘い雛であるし、目の前の『本命』も子猫のようなものだ。

 

「う、うわぁ……なにこの値段。本当に全部タダ?」

 

「ええ、もちろん」

 

 ミュウはにっこりと、空色の髪をした、まるで猫を思わす大きな目が特徴的な可愛らしい……そしてDBOでも屈指の凶暴性と実力を誇る狙撃主へと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではシノンさん。使いの者がお話ししました通り、本日は我々太陽の狩猟団とのパートナー契約に関して聞いて頂きたいのですが」

 

 

 

 

 

 

 

「パートナー契約ねぇ……。私、まだ傭兵初めて1ヶ月も経ってないのだけど?」

 

「我々はあなたの将来性を見込み、今の内に契約すべきと判断を致しました。そこには何ら他意はありません。もちろん、シノンさんにとってもパートナー契約ともなれば傭兵業を営む上で大きな一つの岐路となります。ですが、我々にはシノンさんに納得していただけるだけの条件を出す準備があります」

 

 こちらの意図を読もうとするシノンの眼に、ミュウはごく自然に、もはや本来の笑顔の仕方など忘れたかのように、営業スマイルを浮かべる。

 たとえ【渡り鳥】の正体が全てを焼き尽くす凶報のヤタガラスであろうとも、鳥を狩るならば1発の銃弾があれば十分であり、それは必中の魔弾であるならば尚の事良い。そして、その引金を引くのが狩りの名手である山猫であるならば極上だ。

 

「太陽の狩猟団はあなたを高く評価しています。良いお返事が聞けるものと信じています」

 




Q.傭兵に必要不可欠なものは何でしょうか?
A.オペレーター。これ無しではACの魅力は語れません。ちなみに筆者のお気に入りはやっぱりマギーちゃんです。オペが的確で初見プレイでは助けられました。

それでは、素敵な傭兵ライフと共に56話でお待ちしております。

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