SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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筆者がソウルシリーズで許せないボスTOP3

1位 混沌の苗床(ダークソウル)
余りにも酷過ぎた。タイミングを計ることができず、何度も落下死させられてソウルロスト。挙句に本体直前で炎の嵐を多段ヒットで何度も殺される。

2位 鐘守のガーゴイル(ダークソウル2)
数を増やせば良いというものではないと思います。

3位 乙女アストラエア(デモンズソウル)
ボスとしての性能ではなく、シナリオのせいで心が折れました。アストラエア様とガルの救済ルートが欲しい。


Episode9-5 ケダモノ

 飛び回る感知体の中をオレは駆け巡り、成り損ないの苗床を観察する。

 攻撃方法は主に二つ。一つは10メートル範囲内に入った際に仕掛けてくる炎で構成された蟷螂のような鎌。これは2本あり、柔軟性に富み、ほぼ全方位をカバーできる。もう一つは感知体を使った遠隔攻撃。感知体は50個近い数が自律的に動いているが、その攻撃は炎を纏っての突進と火炎放射。接触自体には攻撃判定が無い。

 倒れた石柱から石柱へと跳んで移りながら、オレは何はともあれ1回斬ってみるかと成り損ないの苗床へと接近する。

 攻撃が襲う10メートル圏内。そこに飛び込んだ瞬間、炎の鎌は水を蒸発させながら斬り上げられる。確かにスピードは悪くないが、見切れない程ではない。

 だが、厄介な事に蒸気が視界を覆う。もちろん、その程度で攻撃力に比例した輝きを持つ炎の鎌を見失う事は無い。問題なのは、この間に接近してきた感知体の奇襲を受けてしまう事だ。

 恐れるな。思考が撤退を指示するが、オレはそのまま突撃する。左右から交差するように放たれた火炎放射を前方へと突進することで回避し、そのまま成り損ないの苗床の懐に飛び込む。

 まるで古木だ。8メートルほどの高さを持つ、複数の幹が捻じれながら融合したような印象を受ける、枯れ果てたその樹木へとオレは斬撃を放つ。

 だが、オレの斬撃は接触と同時に炎によって弾き返される。驚きながらもオレは成り損ないの苗床から離れ、悠然とハルバートと片手剣を左右の手に装備したダークライダーの脇まで退去する。

 

『まるで猪武者だな。斬る以外にしらぬ狂犬か』

 

「うるせーよ。斬り続ければどんなヤツだろうと死ぬ。それが道理だ」

 

『真理だな。しかし、どうやらヤツはその真理から外れた存在のようだぞ?』

 

 ダークライダーの指摘通りだ。オレはカタナから双子鎌に武器を切り替え、左足の爪先で数度足下を叩く。

 そもそもレベルが不適合しているダンジョンのボスだ。HP、攻撃力、防御力も高いだろうと思ってはいたが、今の手応えはそれらとはまるで異なる。

 何かが変だ。オレはダークライダーに情報を求めようとするが、それよりも先に新たな変化が起きる。

 これまで飛び回るだけだった感知体。それらが複数集まり始める。10個程集まるとそれら炎の塊となり、蠢きだす。

 炎の巨人。全身を炎で構成し、暗い空洞のような3つの目を持つ、3メートル級の炎の巨人が総勢5体出現する。いずれもHPバーは1本だが、その1本にどれ程の高濃度のHPが凝縮されているかは想像も難しくない。

 数でも不利。火力も不利。継戦能力も不利。もはや死しか待つものはない絶望的な状況だが、オレには微塵も恐れは生まれない。

 

『なるほどな。そういう訳か』

 

 一方のダークライダーはオレと同じように慄いている様子はないが、何かしらの納得した様子を見せる。

 

『自己進化プログラムか。基礎オペレーションから戦術・戦略を発展させるのみならず、新能力まで作り出すか。カーディナルとセカンド・マスターの認可が取れているとなると……なるほどなるほど』

 

「なにか分かったのか?」

 

『多少な。少なくとも、成り損ないの苗床は私の情報とは異なる。全くの別物だ』

 

 どういう訳だ? オレは成り損ないの苗床を守るように、あるいはこちらを観察するように動く気配が無い炎の巨人達を睨みながら、ダークライダーの言葉に耳を傾ける。その間にユイがふらふらと、やや虚ろではあるが戦意は衰えていない目でオレ達と合流する。

 

『与えられたリソース内で自らを組み立て直している。言うなれば、設計者が作り上げた攻撃手段以外を自ら編み出した。自己進化の猶予というのも考え物だな。ゲーム開始と同時に自己進化も停止させられているだろうし、進化の許可にはカーディナルの認可が必要だろうが……いや、しかし、実に面白い。このダンジョンがスキャンされていなかったが為に、よもや不測の事態というのを楽しめるとは』

 

 カーディナル? オレは何故この場面でダークライダーが、SAOの管理システムの頂点にあった存在であるカーディナルという単語を出したのか眉を顰める。だが、今は余計な思考に割いている暇はない。

 

「ユイ、お前はなるべくボス部屋の隅で水中に潜ってろ。炎攻撃が主体のヤツらだ。水中なら攻撃は届きにくい」

 

「嫌です。私も戦います」

 

 杖を構えたユイはオレの忠告に否と答える。だろうとは思った。このお嬢さんが、こんな窮地の場面でオレ達だけに任せて自分は隠れ潜むなんてできる性格ではない。

 

「……そうかよ。せいぜい死ない程度に援護しておけ。ヘイトはオレ達で稼ぐ」

 

 炎の巨人達が動く。まずは1体目がオレに向かって飛びかかり、鋭い爪を振るい抜く。オレは前転しながらそれを避け、巨人の左足を鎌で薙ぐ。どうやら完全な炎ではなく、ある程度の肉体を保有しているらしく、物理攻撃も十分に有効だ。加えて双子鎌には闇属性も含んでいる。純粋な物理攻撃よりもダメージの通りは良いだろう。

 ダメージ量は1パーセント以下。まるで減っていない。オレはスタミナ残量を気にしながら、なるべく同士討ちを狙うべくあえて3体の炎の巨人が密集する敵陣へと斬り込んでいく。

 今この場面で最も恐ろしいのは炎の巨人との接触だ。恐らくだが、触れただけで火炎属性のダメージがオレには与えられるはずである。攻撃どころか接触すらもダメージ判定があるならば、立ち回りにもより注意を払わねばならない。

 炎の巨人の蹴り上げをバックステップで回避し、背後の炎の巨人の回し蹴りを身を屈めて寸前で躱す。その間に天井を蹴り、頭上からハンマーの如く両手を組んで振り下ろす3体目の炎の巨人から危険を感じ取り、水中へと飛び込む。

 強烈な爆発が3体目の炎の巨人のハンドハンマーの接触点から放たれる。それは仲間を巻き込むものだが、元来炎の塊である彼らがそれで大ダメージを受けるはずがなく、HPも目に見えて減少していない。

 だが、オレへの連携攻撃で密集したところにユイの渦巻くソウルの塊が直撃する。巨体であるが故に余すことなく嵐のように回転するソウルに次々と直撃し、炎の巨人たちは僅かに怯む。その間にオレはムーンジャンプを発動させ、1体の炎の巨人へとネームレスソードを振り上げる。

 ヘルムブレイカー。限りなく天井ギリギリまで跳んだオレの10メートル近い落下をしながらの斬撃。莫大なスタミナを消費する、オレが持つソードスキルでは最大級の火力を持つ技だけに、さすがの炎の巨人もHPを1割失う。

 落下速度と落下距離に比例して火力を高めるヘルムブレイカーですら1割程度か。オレはスタミナ危険域に達したアイコンを確認し、しばらくはスタミナを温存させる事を決める。

 一連の攻撃で分かった事だが、コイツらは火力と攻撃力に傾倒しているが、一方でスタン耐性自体は差ほどのものではない。少なくとも渦巻くソウルの塊がフルヒットすればスタン状態になり、2秒ほど動きが停止する。

 問題はユイの魔力の残量と魔法使用回数だが、ユイは積極的に魔法を使わないところを見ると、もはや撃てる回数は多くないだろう。

 対してダークライダーはと言うと、襲い掛かった2体の炎の巨人を無視し、そのまま成り損ないの苗床へと攻撃を仕掛けている。ハルバートを振るった勢いで体を反転させながら跳び、成り損ないの苗床へと片手剣で斬りつける。だが、その攻撃はやはり炎で弾き返され、逆に炎の鎌で狙われそうになるが、ハルバートをその場に突き立てて強引に体を揺すって宙で軌道を変えて炎の鎌を回避する。

 だが、ダークライダーはオレのように攻撃圏から離れず、再度成り損ないの苗床へと迫る。ハルバートを突き刺そうとするが、やはり弾かれ、そこにカウンターを狙った炎の鎌が迫る。

 それをダークライダーは≪歩法≫のバックスライドで避けるが、それを見越したもう1つの炎の鎌が彼の左側から迫る。

 

『遅すぎる』

 

 絶技。それ以外に『それ』を表現する方法など存在しないだろう。

 バックスライド中に≪歩法≫のラビットダッシュを上掛けしたのだ。バックスライドの発動による後退の勢いを、ラビットダッシュの発動によって前進への切り返しへと変貌させたのだ。

 成り損ないの苗床からすれば、後ろに下がったと思った敵がいつの間にか突進してきたようなものだ。

 差し詰め、連弾ソードスキルといったところか。攻撃系ではなく補助系ソードスキルだからこそできる硬直の短さを利用した、それでも精密極まりない、ソードスキルによる速度と勢いに体の主導権が持って行かれた状態から別のソードスキルの発動モーションが成せる正確な肉体のコントロールが無ければ不可能だ。

 だが、それほどの絶技を見せつけてもダークライダーの攻撃は炎で弾かれるばかりだ。まるでダメージが通らない。

 

「クーさん、一つ訊きたいことがあります」

 

 と、そこにユイが1度後退しながらソウルの矢を放って牽制をかけながらオレに問う。3体の炎の巨人は深追いする気配無く、オレとユイを見逃す。

 ヤツらは『命』があるわけではなく、あくまで巨人の姿をした炎の塊であり、AIとしての制約から抜け出すことはできないのだ。だとするならば、オレ達はヤツらの攻撃圏内から外れたというわけだろうか?

 

「HPが無いモンスターはいるんですか?」

 

「基本的にいねーな」

 

「そうですか。だったら、あのボスには何でHPが無いのでしょうか?」

 

 ユイの指摘に、オレは目を細めて訝しむ。確かに、成り損ないの苗床にはHPバーが見られない。本来ボスならば複数本のHPバーが出現するはずなのだが、1本すらも見て取れない。

 それに不思議な事がもう一つある。ボスの間合いの中で戦い続けるダークライダーだが、そのダークライダーに残り2体の炎の巨人が襲い掛からないのだ。同士討ちを恐れなかったヤツらが、何故ボスの間合いでは暴れ回ろうとしない? それに、今オレ達を指を咥えて攻めてこない理由は何だ?

 そして、オレは『それ』に気づいた。途端に、全てのパズルのピースが揃い、思わず笑いが零れる。

 ボス部屋とダンジョンの特徴、ボスやモンスターと相反する環境、そしてあの研究書に記録されていたボスの誕生の経緯。

 

「ようやくだ……ようやくだぞ、茅場の後継者!」

 

 お前はオレ達を嘲笑い続けた。常にヒントはそこにあると。それに気づけぬままに、死に呑まれる直前になってようやく気づくオレ達はさぞかし滑稽だっただろう。

 腐敗のコボルド王の時も、苦痛のアルフェリアの時も、常にヤツはオレ達に勝ち目を残してくれていた。プレイヤーを追い詰める展開を密やかに提示し続けた。それこそがヤツの流儀であり、『絶対的な無敵』による勝利など認めないという意思表明だった。

 そして、ようやくたどり着いた。オレはお前が仕掛けた罠に。勝利への活路に!

 オレはカタナを抜き、オレ達のすぐ傍で起動していた排水機へと切っ先を突き立てる。強引に金属板の間にカタナを刺し込み、捩じり、内部へとダメージを与える。強烈な火花を上げたそれは耐久値がゼロになったようだが、ポリゴンの欠片となって砕けることなく、『破損された状態の』オブジェクトへと変じる。

 

「ユイ! ダークライダー! 排水機を全て破壊しろ! 一つ残らずだ! 巨人はオレが引き受ける!」

 

「は、はい!」

 

『何か考えがあるようだな。良いだろう!』

 

 オレが排水機を破壊すると同時に3体の巨人は待っていたと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくる。その丸太のような足の蹴りを、オレは足下をネームレスソードで叩き付けた反動で回転しながら跳んで避け、続いて火球を放つモーション中の巨人を目にしたらネームレスソードを放棄し、双子鎌の片方を半ばから折れた円柱の、天井に残された上部へと投げる。突き刺さると同時にオレは魔法の紐を発動させ、イルガを攻撃した時に使った収縮作用を利用して宙で真横に移動し、火球の回避する。

 天井に到達すると同時に2体の炎の巨人が拳を振り上げながら跳躍して左右から挟み撃ちをかけるが、オレは天井を蹴ってその場から離脱し、彼らは互いを殴り合って終わる。最後の5体目は先程のハンドハンマーで爆発攻撃を狙っているようだが、ダークライダーが投擲したハルバートを顔面に受けて僅かに狙いが逸れ、オレが離脱するのが僅かに間に合う。

 危うかった。ダークライダーの援護が無ければ、ハンドハンマーの爆発範囲から逃げ切れなかっただろう。背筋を撫でる死の息吹にオレは笑いがこみあげる。

 そうしている間にも2人は次々と排水機を破壊し始めている。その度にボス部屋は給水量と排水量のバランスが崩れ、少しずつだが足場が水没し始める。

 巨体で必要とする足場が広い炎の巨人たちが次々と片足を水に浸し始める。すると急速にHPが減り始め、炎の巨人たちは薪が焼き砕けるような音に似た悲鳴を上げてオレ達に襲い掛かろうとするが、動けば動く程により深みはまり、HPが奪われていく。

 とはいえ、オレ達とて条件は同じだ。寒冷状態にする冷水によって足場を無くし、次々と水の中に沈んでいく。だが、オレ達は少なくとも即座に実害は出ない。

 このボス部屋が水没して最も被害を受けるのは炎の巨人……そして成り損ないの苗床だけだ。

 そもそも不思議だったのは、何故このダンジョンにこれ程までの水が必要なのか、という点だ。ユイがいた【朝霧の魔女の牢獄】はもちろんだが、混沌の三つ子に奇襲された機械が並んだ部屋、オレが侵入した排水路、とにかくこのダンジョンは水没しているエリアが多過ぎる。

 では、これ程の水は何処から供給されているのだろうか? 当然上から下へと水が流れている以上、上層の何処かに水源は存在するはずである。だが、少なくともプレイヤーがたむろする想起の神殿1階には水路一つ無かった。ならば、必然として地下の何処かに水源が存在していたことになる。

 そこであの機械の部屋だ。あの部屋が水没していた理由はパイプからの漏水だった。水源は、パイプによってボス部屋から排出された水であり、地下に放水する為にパイプは伸ばされたのではないだろうか?

 排水路はオレが侵入した時に感じた印象は、元々は排水路として設計されたものではない、という点だった。つまり、後から水源ができ、水を排出せねばならない事情が生じたという事だ。これならばパイプの先の放水先とオレが侵入した排水路の関係性に辻褄が合う。

 そして、オレ達がボス部屋に侵入した際に確認したのは、成り損ないの苗床は自らが生らせる2つの青い果実から水を放出していた事だ。ボス部屋には幾つもの排水機が取り付けられ、パイプによって排出されていた。

 これまでの情報全てを繋げて分かるのは、水源は成り損ないの苗床であるという点だ。

 では何故成り損ないの苗床は多量の水を生み出さねばならなかったのか? これは研究書から読み解くことができた。

 研究書によれば、成り損ないの苗床の制御には『種子』を植え付けられた2人の聖女が用いられたとあった。そして、青い果実は2つ。恐らく、あの青い果実こそが元は聖女なのだろう。

 制御の為に水が……それも冷水が必要だった。何故? 簡単だ。アイツは『成り損ない』だからだ。

 パソコンと同じだ。過ぎた熱は内部から破壊する。機械の天敵は常に熱であるように、ヤツ自身もまた植物であるが故に自らの攻撃手段である炎への耐性が無かった。あるいは、それを克服することはできたのかもしれないが、ヤツは『成り損ない』だからこそ、別の制御ユニットが必要だった。

 青い果実は外付けの冷却装置だ。ヤツが暴走しないように、普段は冷やし続ける事を目的としたものだ。その為に冷却に用いた水を排出する為の排水機が設置された。

 では、その排水機が無くなったらどうなるのだろうか? これは皮肉にも炎の巨人自体が教えてくれた。ヤツらはオレ達に執拗に攻撃してくる。それは先程の連携からも見て取れた。だが、2つの場合に限って攻撃を停止する。

 1つはボスの間合い、そしてもう1つが排水機の近くだ。

 前者の理由は簡単だ。同士討ちを恐れないヤツらだが、仮に青い果実にダメージが蓄積し、破壊するような事になってしまえば成り損ないの苗床は自らの炎で滅ぶ。この発想に至るには、他でもないシャドウイーター戦が役立った。シャドウイーターは自らの肉体から炎を吹き出し、ダメージを受けながら高速攻撃でオレに特攻を仕掛けてきた。つまり、ボスであろうとも自分の限界を超えた能力を発揮すればダメージを受けるのだ。そう『ゲーム』として設定されてしまっているのだ。

 この事から推測するに、ボスを斃す1つ目の方法は青い果実の破壊による自滅だろう。オレ達は幹ばかりにダメージを与えようとしていたが、それがそもそもの間違いだったのだ。

 だが、このボスを斃す方法はもう1つある。それが排水機の破壊による水没だ。炎の巨人が水没によってダメージを受けたように、炎を主体とする成り損ないの苗床が本来以上の冷却効果を受けて何ら影響を受けないとは予想し辛い。その証拠に、『命』がなく消滅を恐れないはずの炎の巨人たちは排水機を破壊しないようにと、排水機の傍にいたオレとユイへ攻撃を仕掛けることができなかった。

 オレやダークライダーが攻撃した時には炎で弾かれた。まさしく炎の結界であり、無敵の象徴だ。だが、『ゲーム』である限りお決まりがある。

 

 無敵のボスの攻略など……大抵は謎解きなのだ。

 

 そうしてオレが頭の中で答え合わせをしている間に水深は既に8メートル。天井までは2メートル程度しか余裕が残っていない。寒冷状態で些か意識が朦朧としているが、オレもユイもダークライダーも上手く水面に顔を出して溺れるのを免れている。こんな状況にもなっても甲冑を脱がないダークライダーは見事というべきか。

 既に炎の巨人は全て消滅した。思えば、炎の巨人を構成していた感知体はオレとユイが水の中に隠れていた時、水中まで探そうとしなかった。あの時点で炎と水の関連性というボスとダンジョンの密接な関係を解き明かすべきだったのかもしれない。

 

「そんじゃ、ちょいとトドメを刺してくるな」

 

 オレは意味が無いと分かっていながら大きく息を吸って潜り、完全に水没した成り損ないの苗床へと近寄る。

 成り損ないの苗床の絡み合った幹の中心部、ボス部屋に入った段階で確認できた、鼓動するように輝いていた何か。オレは幹の傍まで寄ると周囲の水が熱く滾っているのに気付く。瞬く間に寒冷状態は解除され、替わりにオレのHPがじわじわと削れ始める。

 水底に立ち、オレはネームレスソードを絡み合う幹と幹の間に突き立てた。先程までは炎によって弾かれていたが、今は僅かな抵抗ばかりであり、簡単に刃は潜り込む。

 捩じり、破壊する。オレは幹を砕き、その奥に隠されていた光の正体を目にした。

 醜い獣……いや、虫か。辛うじて女性のような面影がある頭部と芋虫ような胴体、複数の節足が百足のように蠢き、丸々と太った50センチばかりの、かつて人間だったろう虫が横たわっていた。

 そう言えば、ユイは話が通じるかもしれないと言っていたな。ボスの事を可哀想だとも言っていた。救いの為に自ら『種子』を喰らい、そして実験に利用された、哀れな女ではある。

 よくよく見れば、その腹部には痛々しい傷がある。そういえば、研究書を記した人間が魔法で『種子』の本体にダメージを与えたとあった。だとするならば、この虫自体が『種子』と同化した女である事はやはり明確なのだろう。そして、傷を負ったからこそ、制御に欠け、なおかつ身を守る為に炎の結界を生み出さねばならなかったのだろうか。

 考えてもしょうがない事だ。だが、オレから言える事は1つだけだ。

 

 

 まだ混沌の三つ子との戦いの方が幾分か気分が高揚した。この程度のボスだったなど、退屈なだけだ。

 

 

 オレはカタナを虫のバケモノに突き刺し、その身に刃を抉り込ませる。虫は悲鳴を上げ、血を澄んだ水に吐き出して暴れるが、オレはそれを踏みつけて更にカタナを押し込んでいく。

 死ね。さっさと死ね。この程度でオレの前に立ち塞がるな。

 オレが欲していたのは、もっと魂が満たされる戦いだ。お前みたいな這う事しかできない虫ではない。

 虫が赤黒い光となって砕けると同時にボス部屋を閉ざす結界が失われたのか、ボス部屋に溜め込まれた水は『出口』と『入口』から排出されていく。オレは自身のHPがイエローゾーンにある事を確認し、不満を覚えた。

 確かに1発でも受ければ即死の戦いだったが、まさかボス戦で混沌の三つ子も合わせて1度も回復アイテムを使う事無く終わるとは思わなかった。

 

「おいおい……茅場の後継者、この程度じゃねーよな? こんな物がお前の取って置きじゃねーよな?」

 

 早く地上に戻ったらミュウから依頼を斡旋してもらうとしよう。

 この血管に残った濁りのような不完全燃焼の本能はストレスになるだけだ。

 

「なぁ……そうだろ? く、くは……あは……あはは……あははは」

 

 喰うか食われるか。オレが望んでいるのは『狩る側』同士の戦いだ。オレが望んでいるのは……もっと『満たされる』戦いだ。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 勝ってしまった。ユイはその場に座り込む。

 ダークライダーが水底に片手剣を突き立て、ユイを脇に抱えてくれたお陰でボス部屋から排出された水に押し流されることなくその場に留まることができた。

 混沌の三つ子からボス戦という乱戦だったが、何とか生き残ることができた。ユイはホッとしたあまり足に力が入らなくなってしまったが、何とか杖を使って立ち上がる。

 

『つまらん。どれ程の強力なボスかと思えば、謎解き型とはな。誰の発案か知らんが、万死に値する』

 

 だが、隣のダークライダーは腕を組んで不満を漏らしている。ユイからすれば、無事に3人とも生き残れたのだからダークライダーの言い分がまるで理解できない。

 ユイは濡れた髪を軽く梳いて、ゆっくりと塵なっていく成り損ないの苗床がいた場所に立つクゥリに近寄っていく。

 何と伝えようか? ユイはナルガを殺した罪悪感を呑み込みながら、クゥリにどんな感謝の言葉を告げるべきか迷っていた。

 このボス部屋を突破すれば、後は脱出を待つだけだ。その前にユイはクゥリに何としても、これまでのお礼を言いたかった。

 クゥリがいたから地下から出る決心が付き、自分と向き合い、覚悟を決めてここまで生き残ることができた。

 確かに『良い人』ではないが、『優しい人』ではある。そして、ユイからすれば身を焦がされるように『強い人』でもあった。

 

「あ、クーさ……」

 

 ユイは声をかけようとする。だが、クゥリの後ろ姿を見て、思わず躊躇した。

 今、彼に1歩、更に1歩踏み込めば、斬られる。そんな喉元を食い千切られるかのような、彼女が体験した事がないような殺気が全身を呑み込んだからだ。

 仮想世界であろうとも現実世界であろうとも、『命』ある者ならば怯えずにはいられない死の気配。それが、今まさに無差別にユイへと向けられていた。

 

「く、くは……あは……あはは……あははは」

 

 そして、それを助長するように聞こえてきたのは、クゥリの声であるはずなのに……まるで涎を垂らして獲物を貪りながらも空腹が満たされぬ憂いを咆えるケダモノを思わす乾いた笑い声だった。

 死にたくない! 頭の芯から、胸の奥底から湧いた願望にユイは思わず1歩後退する。だが、背後に金属の感触が触れ、慌てて振り返るとダークライダーがさも当然のように立っていた。

 彼らの気配に気づいたのだろう。ゆっくりとクゥリは振り返る。だが、ユイは彼の顔を見たくなかった。今ここで彼の顔を見てしまえば、これまで信じていたクゥリという人間の姿を自らの手で否定してしまいそうで恐ろしかった。

 

「何とか無事に終わったな」

 

 だが、振り返ったクゥリは普段と同じ調子で、まるで大いに疲れたとアピールするように溜め息を吐いた。

 殺気も何もかも霧散し、全てはユイが勝手に体験していた幻想であったかのようであり、ユイはへなへなとその場にへたり込んだ。俗に言う腰が抜けたと言われる状態である。

 

『実に退屈な戦いだったな、【渡り鳥】。これでは何の為に時間をかけてあの小娘を殺したのか分からん』

 

「退屈も何も誰も死なないのが1番だろ。つーか、やっぱりお前、わざとタイムアウトを狙いやがったな!?」

 

『……さっさと行くぞ。脱出は目前だ』

 

「あ、オイ! お前、この落とし前はきっちり着けさせてもらうからな! ほら! 行くぞ、ユイ!」

 

 背を向けて『出口』へと歩を進めるダークライダーを指差して怒鳴ったクゥリは、ユイへとその右手を差し出す。

 ユイが幻視したのは、数多の血で汚れた悪魔の手だ。だが、それも一瞬の事だ。ユイは頭を振ってそれを振り払い、だがクゥリの手を取る事ことなく、自らの足で立ち上がる。

 

(クーさん。私はあなたの事を何も知りません。だから、少しでも知りたいと思っていました。でも……でも……今は)

 

 恐怖心が胸を締め付ける。ダークライダーに文句を言いながら彼を追うクゥリを目にしながら、ユイはボス部屋を見回す。

 あれ程の死闘があったにも関わらず、今は静寂に、何事も無かったように、彼女らを見送っている。

 




名前の通り、ダークソウル屈指の作業ボスである萎え床をイメージしたのが今回のボスでした。
どう料理しようとも元が萎え床なので、こんな物だと思います。
なので三つ子戦は本番で、むしろ萎え床モドキさんには主人公覚醒表現の餌になってもらいました。

順調に主人公の精神面が、ファットマン流に言えば『イカれ野郎』になりつつありますが、53話でもどうぞ見守ってあげてもらえると幸いです。

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