SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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筆者のダークソウル時代の侵入コス↓

・ずた袋
・亡者兵士の腰かけ
・茨鞭
・ハンドアックス
・骸骨車輪の盾

これでアノールロンドを暴れ回っていました。
勝率は聞かないでください。


Episode8-4 そして傭兵と魔女は冒険を始める

 今回の『想起の神殿‐地下区画脱出作戦』の肝は、いかに戦闘を最小限に抑えるかである。

 第一の理由として、ユイは回復アイテムを一つも所持しておらず、在庫はオレが保有する分しかない。

 アイテムストレージはSTRとCONの2つのステータス、あるいは≪所持重量増加≫スキルで増やせる。だが、オレはスキルを取っておらず、STRも高い訳でもなく、CONだけがスタミナ対策で多めに振ってある程度である。決してアイテムストレージの容量は大きくない。

 回復アイテムはソロの関係上多めに保有しているが、それでもユイの分を十分に担えるほどの蓄えでない。この事から、回復は基本的に時間経過によるオートヒーリングと食事による微量回復を中心に行う必要がある。回復アイテムは万が一、避けられない強敵との戦いの為に残存させて置かねばならない。

 第二の理由として、これはオレの問題だが、武器の耐久値の問題だ。

 オレの武器は現在、2本の小型の鎌である【双子の魔爪】、入手可能なカタナでは高めの耐久値と高火力を誇る【羽織狐】、落下死を防ぐ為に破損状態になってしまった両手剣である【ネームレスソード】、そして修復不可の折れた【鉤爪】だ。

 強化によって双子鎌は耐久値が増幅しているが、それでも継戦能力が高い部類ではない。カタナは言わずもがな。最も長期戦に向くはずのネームレスソードも刃毀れや亀裂が入っている上に火力にも下方修正を受けている状態。鉤爪などあと数回も使えば耐久値ゼロで砕け散ってしまうだろう。

 これらを踏まれば、たとえ無傷で勝てようとも戦闘を繰り返せば繰り返す程にオレは脱出できる確率が下がる事になる。

 対してユイの装備する失楽園の杖はバランスブレイカーとも言える、破壊不能とも見紛う程の耐久値を持つユニークアイテムだ。ただし、魔法攻撃も無限に使える訳ではない。

 ユイとの話によって分かった事なのだが、スタミナ同様の隠しステータスとして【魔力】が存在するようなのだ。

 魔法の火力自体はINTが大きなウエイトを占める。火力の増加と共に魔法の使用回数は増えていくが、使用回数を使い終えるより先に魔法が使えなくなってしまうのだ。

 つまり、魔法を使用すると【1回分の魔法使用可能回数】と【魔法に応じた魔力と武器耐久値】が減少する。たとえ使用回数を温存できても、魔法を行使する為の魔力が足りなければ発動せず、逆に魔力が残っていても魔法使用可能回数がゼロならば魔法は行使できない。オマケに魔法の度に媒体の武器まで損耗していくという鬼畜使用だ。

 これは恐らくプレイヤー側の『魔法無双』を防ぐ為の処置だろう。魔力回復スピードもスタミナと比べるまでも無く鈍足であり、かなり厳しく魔法の使用には制限がかけられている。

 幸いにも使用回数は噴水に咲いていた蓮、【白魔女のロータス】を使えば回復することができる。だが、この白魔女のロータスというのが曲者だ。と言うのも、使用回数を1割回復できるのだが、アイテム説明によると1回使用する度に微量の魔力も減少する仕様のようなのである。しかも1度使用するとクールタイムが発生し、60秒は白魔女のロータスを使用する事は出来ない。

 逆に魔力を少量回復させるアイテムである【黒魔女のロータス】というものもある。だが、これはこれで厄介で、1度使用するとスタミナが大幅に失われる上にスタミナ回復速度が鈍足化し、更に60秒間は一切の魔法使用が禁止になるデメリットがある。もちろんクールタイムが存在し、180秒も再使用は不可だ。

 魔法使用回数はオートヒーリング同様に自動回復するが、とてもではないが実用的ではない。正直な話、魔法がここまで厄介な産物とは思ってもいなかった。

 だが、逆に言えば、これ程までに制限が課せられている魔法はその多くが有用なものは確実だろう。

 ユイが所持していた魔法は純魔法属性の光球を放つ【ソウルの矢】、広範囲を攻撃できる【渦巻くソウルの塊】だ。そして呪術の火でのみ使用可能である『魔法』ではなく『呪術』というカテゴリーに厳密にはなるらしい、前方に火炎を放つと言う【発火】だ。POWの増加に伴って記憶可能な魔法枠も増えたが、肝心要の魔法自体をこれ以上習得していないのでユイの攻撃手段はこれだけとなる。

 これだけでは不十分である為、オレは彼女の家を勝手に漁らせていただき、何とか見つけた【粗鉄の短剣】を装備させる。≪短剣≫のソードスキルはスタミナ消費が少ない為使いやすく、もしもの近接戦での護身としても役立つ。さすがにユイにいきなりシノンやシリカのような腕前を期待する事はできないが、それでも無いよりマシだ。

 

「何とか形になったな」

 

「……そう、ですね」

 

 2日間に及んだオレのスパルタ訓練により疲労困憊となり、ぐったりとベッドで横になっているユイを眺めながら、オレは椅子に腰かけて纏めた情報を暖炉の火に当たりながらこの2日間で消化した事項を確認する。

 ユイはレベルの高さこそオレより上だが、圧倒的に実戦経験が不足し過ぎていた。モンスターに対しても魔法で先手必勝を心掛けていたようで、まともな立ち回りをした事が無かったのである。

 そこでオレがまず行ったのは、徹底的な戦闘訓練だ。これはオレ自身が魔法を使用するプレイヤーとの交戦経験がない事から、対魔法特化プレイヤーにおける戦術の開発も兼ねたものでもあった。

 魔法の使用方法は杖と呪術の火では大きく異なり、またソードスキルとも大きく違う。

 まず杖による魔法だが、ソードスキルはシステムに定められたモーションによって発動可能だが、魔法の場合はモーションを自分で決定できるのだ。

 杖を掲げる。バトンみたく回す。地面に対して平行に構える。このような基本モーションが幾つかあり、独自のモーションも開発が可能だ。つまり、モーションを見てもいかなる魔法を発動させるのか見切れないのである。

 次に呪術だが、これは右手か左手に呪術を装備した上で、人差し指・中指・薬指・小指を親指で擦り、拳を握って開くという動作によって発動する。どの指を擦るかによって呪術を発動させるかは設定でき、また暗号のように擦る順番を決定する事で4つ以上の呪術を記憶しても問題ない。これもまた、いかなる指、いかなる順番にどのような呪術が設定されているか対戦側には分からない為、事前に見切ることができない。

 つまり、対魔法・呪術戦と1対1では、いかなるモーションにいかなる魔法を設定しているかを見切る戦いになってくるわけだ。発火のような近接魔法もある事から、単に近接戦に持ち込んでボコれば良いという訳ではないらしい。

 話は戻るが、オレと出会うまでユイはシステムウインドウの存在を知らず、自身の左上にあるHPバーすらも理解できていなかった。オレはそれら戦闘における必須知識を教えつつ、ユイにスタミナや魔力配分を叩き込んだ。

 相変わらず呑み込みのスピードが異常ではなかった為、あっという間に中堅プレイヤー程度の動きはできるようになったのは、今も終わりつつある街の周辺で四苦八苦するプレイヤーからすれば嫉妬の殺意を抱くレベルだろう。

 だが、ユイの致命的な弱点は、人に攻撃する事に対して躊躇う事だ。攻撃的な人間ではない事は元来社会秩序を維持する上では喜ばしいかもしれないが、プレイヤーや人型モンスターを相手にした時に躊躇すれば、それはそのまま死に直結する。これは修正点だが、指摘したからと言って直るものではない。

 オレとの練習の時も、幾度か隙を作って魔法を撃ち込ませるタイミングを与えたのだが、毎度のようにユイは1テンポ遅れていた。

 地上に着いたらディアベルに保護を頼むべきかもな。幾らレベルが高くとも、これでは命が幾つあっても足りない。パーティならば珍しい魔法特化型として活躍できるだろうが、彼女の特殊な事情を考えれば普通のパーティでは馴染めないだろう。だが、ディアベルならオレの言葉を頭ごなしに否定しないだろうし、ユイの意思を尊重した上で上手く彼女に居場所を与えてくれるだろう。

 ……ったく、オレはコイツの保護者かよ。妙に庇護欲をそそるというか、ユイの年齢不相応な無邪気さと仕草のせいか、オレはまたしても自分らしくない事に頭を働かせてしまっている。だが、これも命の恩人の為だ。苦労を惜しむわけにはいかない。

 

「クーさんって不思議な人ですね」

 

 と、いつから復活したのか、ベッドに寝転がったままユイはオレに話しかけてくる。

 

「何が不思議なんだよ」

 

「普段は軽くて粗暴で、戦い方を教えてくれる時とはとても怖くて、今は優しい顔をしていました。まるで万華鏡ですね」

 

「そいつはどーも」

 

 優しい顔……か。オレは自分の頬をユイに見えないように触れる。

 面倒な事。オレはそう思いながらも、ユイに指摘された通り、頬を緩めていたのだろうか。

 だが、人間は多面的な生物であり、様々な角度によって抱ける感情が変化する稀有な存在だ。ユイが見ているのはオレの『人が良い』部分に過ぎない。

 純粋で無邪気な少女。善なる心の持ち主。だからこそ、ユイはオレが何百人も殺した事実を知れば軽蔑するに違いない。

 いつの間にか眠ってしまったのだろう。寝息を立てるユイに毛布をかける。仮想世界で風邪をひくなどは無いだろうが、それでも寒さは脳が体感している偽物の本物であるのだ。

 明日からは大変になるのだから。今はぐっすりと眠って疲れを取ってもらうとしよう。命懸けの戦いになる。可能な限りオレが矢面に立つが、ユイのサポート無しでは厳しい戦いになるだろう。彼女には存分に働いてもらわねばならない。

 オレは椅子に腰かけながら、暖炉の火で温まって眠るとしよう。冷たい石の上で横になるよりもずっと楽だ。

 

 

「……パパ……ママ」

 

 

 だが、オレの足をユイの寝言が止める。

 振り返れば、ユイの目元を隠す前髪、その隙間から涙が零れ落ちていた。

 オレはテーブルの上にあった、幼稚園生が描いたように下手糞な絵を思い出す。今は暖炉の上に丸めてあるそれを手に取り、オレは炭で描かれた3人の人間を見つめる。

 真ん中にいるのは小さな女の子がユイだろう。ならば右側の男性っぽいのが父親で、左側の髪の長いのが母親か。

 真ん中の女の子は笑っている。幸せそうに……笑っている。だが、同時にその絵からは濃い苦悩と悲しみを感じる。ユイが孤独の中で、失われた記憶の中で、必死に縋ろうとした『記憶』なのだろう。

 幾らオレの事を信用してくれているとはいえ、ユイは自身の事を全て話していないはずだ。ならば、彼女はもしかしたら、一つだけ記憶しているのかもしれない。

 愛する両親との記憶。だが、それすらも完全ではなく、残酷なまでに欠落してしまっているのかもしれない。

 

 

 何故ならば、その両親の顔は黒く塗り潰されているのだから。まるで、何度描こうとしても叶わなかったように、幾度となく上塗りされて真っ黒になってしまっているのだから。

 

 

 翌朝、オレとユイは手早く朝食を済ませ、彼女に案内されて上の階へと続く階段の前に立つ。

 三角帽子を被り、杖を持つユイはまさしく魔女といった風貌だ。その面持ちは緊張し、僅かに手は震えている。

 怖くないはずが無いだろう。ユイからすれば、まさしく一大決心の大冒険の始まりだ。

 

「気楽にいこうぜ、気楽に」

 

 緊張をほぐすようにオレは自信満々である様子を装う。もちろん、オレも決して余裕があるわけではない。むしろユイよりもオレの方が長期戦は不利なのだ。魔法の使用回数や魔力と違い、武器の耐久値は自動で回復しない。戦闘できる回数は限られている。

 だが、オレの演技が上手くいったのか、心なしかユイもリラックスしたようだ。小さく笑んで頷いてくれる。

 オレとユイは≪気配遮断≫を発動させ、上層へと移動する。階段も相変わらず木の根と苔に覆われているが、【朝霧の魔女の檻】とは異なり、首筋に痺れようなものを覚える。

 ダンジョンがオレ達を『殺し』に来ている。それを肌で実感する。やはりユイに≪気配遮断≫を習得させて正解だったな。他にも幾つか有用なスキルを彼女の好みに合わせて習得させたが、まだ使いこなせていない部分が些か不安ではある。だが、それを上手くオレがカバーすれば何とかなるだろう。

 繰り返すが、最低限の交戦が大前提だ。上の階に到着したオレは慎重に歩を進める。

 剥げた石タイルや崩落した天井、壁を突き破った木の根など、地上の想起の神殿よりも有機的なデザインである為か、植物の侵蝕はマッチングしている。

 

「止まれ」

 

 オレはユイに制止をかけてしゃがみ、木の根に身を隠しながら廊下の角から顔を出す。

 植物人間。それ以外の表現など不要だろう、破損した甲冑を身に纏った人を模した植物が3体もいる。得物はそれぞれ片手剣、ハルバート、それに槍だ。

 通路の幅はおよそ4メートル。3体を同時に相手にするには狭過ぎるし、未知のモンスター相手にどのような戦術が通じるかは不明だ。

 

「ユイ、あのモンスターに心当たりは?」

 

「1度だけ戦った事があります。この階に初めて来た時に襲われました。とても強いです」

 

 少なくともユイは人肉花を、それもレベル1の状態でソウルの矢と渦巻くソウルの塊を使って封殺して斃してきた実績がある。そのユイの証言だ。間違いなく強敵なのだろう。

 だからと言って、このまま1回も交戦しないまま地上にたどり着けるはずが無い。今は退くが、単体の時は1度戦い、どの程度の強さなのか調べるに越した事はないだろう。

 来た道を引き返し、崩れた壁から書庫らしき部屋を抜けて3体の植物人間を上手く避けてオレ達は先に進む。マッピングは順調だが、元が想起の神殿であるだけに一つのフロアが広大過ぎる。オマケに迷宮のような構造のせいで何処に上層に続く階段があるのかも定かではない。

 SAOと同様にDBOはダンジョンをプレイヤーがマッピングし、地図を完成させるシステムになっている。つまり、地図系のアイテムは存在しないのだ。一つも無いわけではないが、少なくともダンジョンの見取り図など入手できるはずが無い。

 確かオレが落下した距離が300メートルくらいだから、地下区画も同程度の全高だろう。想起の神殿の面積はどの程度か分からないが、少なくとも1万人以上のプレイヤーを余裕で収められるのだ。その辺りのビルとは比較対象にもならないだろう。

 天井の高さが大よそ10メートルだから、大体30階くらいだろうか? だが、オレが格子を壊して侵入した排水路は天井がせいぜい5メートル程度だったな。恐らく7階か8階は上ったはずだ。

 排水路分が40メートル、【朝霧の魔女の牢獄】が10メートルの合わせて50メートル分は上り終えた。更にこの先も1階ごとに10メートルならば、地上まであと大よそ25階の計算になる。

 面積が広いダンジョンを25階分。SAO時代では珍しくなかったし、終わりつつある街の北にあったダンジョンはより広大だっただろう。それを踏まえれば、長さ自体はそこまで特筆すべきものではない。

 だからこそ厄介だ。この手のダンジョンはギミック系……つまり謎解きを前提としている物が多く、モンスターもボスも癖があるものが多い。

 階段替わりの天井を破壊して伸びた根を登る。先に次の階に到着したオレが安全だと合図を送り、根をよじ登るユイに手を伸ばして引き上げる。

 

「ここは厨房でしょうか?」

 

 ユイが震える声でオレに意見を求めるが、正直何と答えるべきか分からない。

 窯や包丁、貯蔵庫のような物があることから、ユイの意見通り厨房である事は間違いないだろう。四方の壁は石壁だが、鉄壁を内部に含んだ複合型だ。恐らくは火事の対策だろう。

 青い顔をして目を背けるユイを無視して、彼女が何故ここが厨房だと言いきれなかった『理由』へとオレは近寄る。

 それは凄まじい数の遺体だった。4,5人ではない。軽く30人分はあるだろう。いずれも白骨だが、その死に方は大半が妙なのだ。

 というのも、衣服を着ているのは3人程度の白骨遺体だ。恰好からして聖職者だろう。そのいずれもが白い聖職者の衣も血で汚している。凶器はいずれも包丁や太い串といった調理器具だ。そして、水瓶の隣には山のような白骨が積み重ねられている。

 

「全部、頭蓋骨が切断されて穴が開けられてるな」

 

 まるで手術でもするかのように、人為的に、恐らく肉厚の包丁か何かによって頭蓋骨は割られている。それに骨も多くが削がれた痕跡がある。

 最後に水瓶の中を確認すれば、中身は赤黒い染みがこびり付いている。決して葡萄酒ではないだろう。

 

「共食いだな。飢えて殺し合ったのさ」

 

「と、共食い、ですか?」

 

 口元を押さえてユイはよろける。さすがに、最初の冒険でいきなりコレを見せ付けられては精神に来るものがあるだろう。

 厨房は木製だが、武器や木箱を山積みにして封鎖してある。何らかの侵入を恐れての事だろう。あの植物人間か、それとも別の何かか。

 オレは聖職者の服を着ている白骨の内、最も金糸が多く使われた高位の人物だっただろう白骨死体を確認する。

 恐らく貯蔵庫の食料を食い尽くし、水も無くなり、共食いの殺し合いへと発展した。衣服を着ている者たちはついに殺して食える『弱者』がいなくなり、生き残りをかけて殺し合ったのだろう。そして、皆傷ついて全滅してしまったといったところか。

 高位の聖職者だろう白骨死体の致命傷は首の傷だ。傍らに落ちている短剣によってだろう。だが、即死ではなかっただろうな。

 飢えと渇きを満たす為に同じ人を喰らう。それは人によって醜いと取るかもしれないが、彼らは精一杯生きたのだ。未来の生を信じ、弱者を喰らい、殺し合ってでも、たとえ1人だけになろうとも、生に縋ったのだ。哀れな死人が眠るこの場に道徳における善悪の定義など無粋なだけだ。

 黙祷を捧げ、オレは彼の腕が抱える本を手に取る。

 

「何かの研究書みたいだな。オレでも読めるか」

 

「見せて貰って良いですか?」

 

 まだ顔色は悪いユイがオレの後ろから日記を覗き込む。

 

「……大丈夫かよ? 無理しない方が良いぞ」

 

 オレの質問にユイは答えないが、その気合だけは認めるとしよう。

 ゆっくりとページを捲る。どうやら、この人物は小まめな人物ではなかったらしく、大半がよく分からん魔法陣やらアイテム名の記述やら数式で埋まり、所々に日記のように起こった重要な出来事が記載されていた。

 

 

●  ●  ●

 

 

 滅びは免れない。だが、我々は諦めない。必ず人類再生の方法は残されているはずだ。

 この朽ち果てた想起の神殿は完全に目覚めていない。何かが不足しているのだろう。

 闇の血を持つ者……あの汚らわしい呪われ人でなければ、記憶と記録の世界を渡り歩く事はできないと言うのだろうか?

 方法はまだ残されている。幸いにも我々は『種子』を4つ確保することができた。これによって世界を人類の手に取り戻すのだ!

 

 

●  ●  ●

 

 

 駄目だ。また失敗だ。赤子に『種子』を植え付ける実験が行われたが、『種子』の養分には成り得なかった。

 強い生命力をもつ者……たとえば、世界の始まりからあったとされる竜ならば宿主になるだろう。

 だが、想起の神殿に竜などいない。元の世界に戻り、幼体の竜を捕らえる事ができれば良いのだが。

 

 

●  ●  ●

 

 

 故郷が霧に呑まれ、消滅した。

 もはや私に帰るべき場所は無い。憂うべき者もいない。全ては人類再生の為。我々が成すべきは、あの【大いなる穢れ】が生み出し続ける霧を消し去る事だ。

 その為には匹敵する力が必要だ。その為の『種子』だが、4つしかない内の1つが失われてしまった。愚かな女だ。逸って力を得ようと『種子』を食し、醜いバケモノに姿を変えてしまった。

 殺し切ることができない為、地下17層に投獄しておくとする。どうやら知性は残っているようだが、話の内容が要領を得ない。

 まぁ良い。これで『種子』の力を研究する事ができる実験動物が手に入ったのだと、そう割り切るしかない。

 竜は手に入らなかったが、かつて竜がいたとされる場所で興味深い書物を得た。今後はこれを参考に実験を推し進めるとしよう。

 

 

●  ●  ●

 

 

 聖女と呼ばれる神の加護を先天的に持つ者、彼女らを捕らえるのは、人類総数が減り続ける現状では難儀だった。

 既に世界は荒廃化が進み、文化も技術も後退し始めている。いずれ彼らは自らの歴史を忘れ、何故滅びに直面しているのかさえ気づけぬまま霧に呑まれるだろう。

 哀れな人類だ。だが、それでも救わねばならない。

 その為に得た【白竜の書】だ。これに記された数々の魔法と実験の記録、これによって聖女の改造による『種子』の制御を思い付いたわけだが、実験の結果は概ね成功と言えるものだろう。2人の聖女にそれぞれ『種子』を植え付けたが、無事に定着した。

 だが、その力が『種子』元来の力を発揮できているとは思えない。より研究を推し進め、彼女らを強化せねばならない。

 

 

●  ●  ●

 

 

 ふざけるな! 私の研究に間違いなどない!

 ヤツは闇の血を持つ者ではあるが、人類再生の意思は同じであると信じていた! 私の研究に協力してくれるはずだ!

 栄誉のはずではないか! ヤツは闇の血を持つ者でも特に強い! ならば私の研究を元にした『種子』との融合により、人類再生の力が得られるはずだ!

 ……落ち着け。ヤツはあの黒猫の乙女に唆され、記憶と記録を渡り歩いて【大いなる穢れ】を討つという夢想に取り憑かれた弱者だ。それまでの者だったのだ。今の人類の大半を見捨てるような悪行を許すわけにはいかない。

 さて、どうやら聖女の見張りの者が粗相を起こし、1人を孕ませてしまった。

 産まれたのは三つ子であり、先天的に『種子』の力を引き継いでいる。貴重な研究対象だ。

 

 

●  ●  ●

 

 

 三つ子は私の理想を正しく理解し、『種子』より得た力と知識を提供してくれた。

 なるほど。『種子』が完全なる力を解放できないのは、その起源が聖女ではなく魔女であるからなのか。

 私は白竜の書を調べ直し、『種子』の大本である『混沌』の正体にたどり着いた。なるほど。これ程の力ならば、霧を払い除け、世界を取り戻せるかもしれない。

 だが、肝心の魔女が私の手元にはいない。魔女も聖女と同様に生まれながらの存在だ。

 一体どうすれば良いのだろうか?

 

 

●  ●  ●

 

 

 幾人かの魔女を捕らえ、排水区画上層に牢獄を設けて閉じ込める事にした。

 だが、全ての魔女が『種子』と適合する事が無かった。魔女の力が弱過ぎたのが原因だろう。じっくり、丹念に、なるべく幼い魔女を育てる必要がある。

 もう時間はあまり残されていない。霧に呑まれていないのは、せいぜい街が二つか三つと聞いた。魔女を育てる時間は無い。

 そこで三つ子に意見を求める事にした。人間よりも『種子』に近い者達ならば解決案に見当があるかもしれなかったからだ。

 なるほど。代案としては申し分ないだろう。あの愚かな女は長い時間をかけて『種子』と馴染んだはずだ。代用品としては申し分無い。なおかつ、制御用として比較的安定した聖女達を付属品とする。残された最後の『種子』を植え付けるとしよう。

 これで人類再生は成せる! ようやく悲願は達成できるのだ!

 

 

●  ●  ●

 

 

 すまない。許してくれ。

 全ては私の過ちだった。ああ、なんと愚かだったのだろうか。

 母を苦しめ、なおかつ人間ではなく『種子』に近い三つ子が、我らに救いをもたらすはずが無い。

 全ては『混沌』を復活させる為の策謀だったのだ。

 だが、私とて『アレ』の再誕を指を咥えて見ていた訳ではない。私の魔法で『種子』の本体に十分なダメージを与えた。復活するにしても不完全だろう。

 それに記憶と記録を渡り歩く聖域の結界を破る程に『アレ』は力を取り戻せないはずだ。ならば地下に閉じ込められたまま、栄養も不足した状態ならば、新たな種子を生み出す事も叶わぬに違いない。

 夢を見ていたのは私だったのだろう。ならば醒めるべき時もまた今だ。

 いかなる手段をしても生き残り、『アレ』を滅ぼさねばならない。

 

 

●  ●  ●

 

 

 最後のページにはインク……ではなく指で血文字が書かれているが、その内容は読み取れない。

 死に際にこの愚か者が何を抱いたのかは分からない。だが、生に縋りつかねばならない理由は大よそ理解できた。

 

「酷い話ですね」

 

「どういう意味でだ?」

 

「実験に利用された女性達も、世界を救おうとして狂ってしまったこの人も、母の復讐で『何か』を蘇らせた三つ子も……皆、可哀想です」

 

 驚かされた。オレとしては、ユイがてっきりこの男を外道だと罵るものだと思っていたのだが。

 まぁ、ハッキリ言って、共食いはともかく、生前の行いは道徳的にはマイナス評価だけどな。だが、コイツはコイツなりに世界を救おうと必死だったわけなのだろう。過去の人間の行動にとやかく言うつもりは無い。

 それに、この研究書に登場した『アレ』というのがこの地下区画のボスと見て間違いないだろう。『種子』というキーワードからも、この根や植物がボスに由来するものであるのは間違いない。

 

「クーさん。この人たちを……ちゃんと眠らせてあげて良いですか?」

 

 アイテムストレージに研究書を仕舞ったオレは、ユイの強い芯が通った意見を聞き入れる。

 厨房ならば油くらいあるだろう。オレは棚に残されていた油を全ての遺体にかけ、出入口を塞ぐ武器や木箱を動かしてユイと2人で厨房から出ると、マッチを擦って放り投げる。

 激しく燃え上がった厨房は、次々と耐久値が削られて破壊されていく音が響く。それは遺骨も例外ではない。

 彼らはダンジョンのオブジェクトだ。演出だ。ならば、この火葬も一時的な物に過ぎないのかもしれない。しばらくすれば、まるで何事も無かったかのように復活するのかもしれない。

 だが、手を組んで真摯に祈りを捧げるユイを見て、これはそういう問題では無いのだろうと気付かされる。

 確かにユイには、まだこの世界が仮想世界だと教えていない。ならば、ユイにとって現実世界も仮想世界も区別など無く、そこにある『死』はオレが感じるものと異なる。

 この世界で『命』を持つNPCとそうでないNPC、そんな線引きでさえユイには存在しないのだ。彼女にとって、『死』とは等しく死なのだ。

 

「そろそろ行くぞ」

 

「……はい」

 

 炎が完全に鎮火するより先に、オレはユイに出発を促す。炎の音と熱気を察知してモンスターが寄ってこないとも限らない。

 心なしか、ユイの足取りには先程までには無かった、戦う事への目的意識のようなものが芽生えているような気がした。




休暇も終わって再び冒険へ。
ここからはダンジョンもモンスターもボスも、どんどん高難易度化させたいと思います。

それでは、45話に冒険の続きを求めて、

Let's MORE!

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