SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

黒陣営はいつも通りです。


※今回は前編・後編の2本立て! 筆者、分割の2文字を学習しました!


Episode18-55 決戦前夜・後編

 雷鳴が轟き、暗雲が空を覆い尽くす。

 湿った泥の地面を高速で駆けまわるのは、全身に風を纏った猛獣。外観は馬に近く、だがその身は竜の如く鱗に覆われ、1本角は幾多にも枝分かれしている。

 その四肢を動かせば宙に力場を発生させ、泥に足を取られることなく軽やかなフットワークを披露する。そして、角が発光すれば光属性だろう白いレーザーが周囲に放出されて無造作に刻む。

 

「ぬぐぅ!?」

 

 厄介な! 頬を裂かれたユージーンは、まだHPに余裕があることを確認しながら、ネームド<竜鱗の光馬>へと左手の剛なる呪術の火で火蛇を発動させて襲い掛からせる。連続で発生する追尾性を伴った火柱に、光馬は高々と跳んで躱すことを選び、そのまま宙で続々と光柱を発生させる。光属性特有の染み込むようなダメージフィードバックに耐え抜き、ユージーンは着地を狙って大きく踏み込み、≪剛覇剣≫を纏った魔剣ヴェルスタッドによるかち上げ斬りを繰り出す。

 竜属性に特効がある≪剛覇剣≫の一撃に光馬は鱗を裂かれ、血飛沫を撒き散らして怯む。それを見逃すことなく、≪剛覇剣≫の連撃系ソードスキル【レイズド・バックウェーブ】を発動させる。大きく×印に斬ってから中心点に突きを入れる特に珍しくもない連撃系の型であるが、最後の一撃の跡に剛覇剣特有の纏う赤いライトエフェクトが津波となって解放されて更なる多段ヒットをもたらす、正面に広範囲攻撃と化す強力なソードスキルだ。

 3本あった最後のHPバーが削り尽くされ、光馬は四肢を振るわせて天を貫くように上半身を逸らすも、そのまま泥の中に沈んで動かなくなる。

 リザルト画面が表示され、ユージーンは激しく点滅するスタミナ危険域のアイコンを見ながら鼻を鳴らして大剣を背負う。一撃離脱の高速攻撃、環境に左右されないスピード、光属性の多種多様な攻撃と厄介な相手ではあったが、彼は傲慢不遜に自らの勝利を疑わずに斬り伏せた。

 それはアルヴヘイム西方の奥地、人里から遠く離れた山岳地帯。魔族グリフィスの棲み処である。深淵狩りと契約を結んだ、頭部と脚部は鷲の姿をした有翼の魔族である。鋭い槍を用いる勇敢な戦士であり、また種族として風の刃による中距離攻撃を得意とする。

 

「赤き剣豪よ、見事! よくぞ我らの領地を荒らし回っていた『名前持ち』を倒してくれた!」

 

「長よ、このオレにかかればあの程度の輩、造作もない事。それよりも約束の返答はいかに?」

 

「無論、了承しよう。我らは古き契約に従い、深淵に挑む戦士たちとの誓いを果たす」

 

「感謝する。では、オレはこれにて」

 

 グリフィスが暮らす、山に穿たれた横穴に築かれた集落。その最奥にある神殿の如き族長の館にて、ユージーンは煌びやかさを失い、色褪せと亀裂が目立ち始めた鎧姿で胡坐を掻き、勇猛なる戦士の如く頭を下げる。

 幾多の骨で作られた玉座に腰かけるグリフィスの族長は、ユージーンが早速出立する旨を伝えると顔を顰めた。

 

「貴公の武勲を謳うべくこれから宴を催す手筈になっているのだが、先を急がれるか?」

 

「オベイロンとの決戦は近い。1つでも多く契約を集めること。それがオレの急務だ」

 

 サクヤの死後、ユージーンはアルヴヘイムの各地を回り、深淵狩りの契約の履行交渉を行っていた。だが、深淵狩りではないユージーンが信頼されるはずもなく、その度に族長から言い渡される試練や魔族が抱えるトラブルをクリアしていた。

 2足歩行をするハードパンチャーのキノコ人、デバフ攻撃に優れた樹人、武器の扱いに長けた蛇人の1種である【鱗のある者たち】サーペント=エト、毒ガスの谷に潜むゴーストの幽鬼の軍勢、魔法・呪術・闇術・奇跡の全てに長けた全身が岩のような体を青布で覆い隠すマギなる異端の魔族、そして航空戦力として期待できる鳥人のグリフィスの契約をついに獲得した。

 

「早速だが、貴様らにはこの地図に記した地に暮らす魔族への伝書とオレの移動補助を願いたい。次にアルヴヘイム各地に発生した転移の光だが、モンスターである貴様らには適応されない」

 

「では、どうやってアルンに攻め入る? 我々は妖精たちのように誓約書さえも届いておらん。この決戦に参加する権利はないようだぞ?」

 

「フン。策はある。そうだろう、『後継者』?」

 

 忌々しくユージーンが呼べば、グリフィスの女たちに囲まれて巨大カエルの丸焼きを頬張っていた、このアルヴヘイムではあまりにも異常な、汚れ1つない白スーツを来た金髪碧眼の男はケタケタと笑った。

 

「鋭意ハッキング中さ♪ 各所に散らばった『ボク』が座標計算をし、転移ポイントが狂ったシェムレムロスのダンジョン脱出転移機能を拝借。『ボク』のネットワークを利用して連動させ、一時的に転移対象カテゴリーを拡大させ、モンスターカテゴリーの魔族を転移可能にする。扱いとしては騎獣に偽装ってところかな? ただし、アルヴヘイムにいる『ボク達』は管理者権限が低いものでね。ハッキングに参加した『ボク達』は権限逸脱で残らず破壊されるだろうねぇ。だけど、たった1度に限れば可能だ。条件のオールクリアまで決戦開始の明日の午前零時……+5時間49分12秒11かねぇ」

 

「間に合わん。短縮しろ」

 

「無茶言うねぇ。努力はするさ☆」

 

 Vサインで右目を囲んでウインクした、ふざけた態度を貫く後継者に苛立ちながら、ユージーンは話の内容を理解できていない族長に、ともかく明日の決戦に備えてもらうように再度願うと、グリフィスの集落から出発すべく族長の館を後にする。

 慌てた様子もなく後を追いかける後継者に、ユージーンは眉間に皺を寄せながら振り返った。

 

「貴様、どういうつもりだ?」

 

「おやおやぁ? そんな口の利き方をして良いのかい? ボクの手助けが無ければ、キミの深淵狩りの契約集めは徒労に終わるところだったんだよ?」

 

 ぐうの音も出ない程の正論を突きつけられ、ユージーンは唇を噛む。

 目前にいるのは全プレイヤーにとって不俱戴天の仇、デスゲームを催した張本人、茅場の後継者だ。ユージーンは今すぐにでも激情のままに斬り捨てたい衝動に駆られる。

 全ての『証』が解放された時に、突如として接触してきた後継者はユージーンに協力を申し出た。このままでは魔族を決戦に派遣することはできない。だが、自分ならばユージーンの努力を実らせることができると誘ってきたのだ。

 

「何度も言っただろう? ボクとオベイロンは敵同士。こんなにも醜く改悪されたアルヴヘイム。挙句に折角のラスボス戦まで変更されて、ボクの作ったシナリオは滅茶苦茶さ。おっと誤解しないでくれ☆ 普通に総力戦でぶつかり合ってもらう分には問題なかったんだ。アルヴヘイムの反乱軍VSオベイロンの軍勢! その乱戦を好機と見て防衛網の突破を試みる【来訪者】! 追撃を振り切り、ようやくたどり着いたユグドラシル城の玉座の間! アルヴヘイムの命運とティターニアを賭けた妖精王オベイロンとのラストバトルが始まる! これだよ! この美しく王道の展開! 分かるかい、ユージーンくん!? ボクはオベイロンが改悪したアルヴヘイムでせっせと修正に走り回り、このシナリオ最終章だけは何としても敢行しようと計画していたんだよ! それが台無しにされた気分がどんなものかわかるかい!? 楽しみにしていたチェリーパイを横取りされたような気分さ!」

 

「存外安上がりなのだな」

 

「オベイロンは自分で蒔いた種……アルヴヘイムの住人が『プレイヤー』とカウントされていることを良いことに、GvGバトルシステムを流用したボス戦に改悪した。これ、許せないんだよねぇ。だってさ、ユグドラシル城で待ち構える妖精王オベイロンのド派手かつ残虐非道な『王』らしい演出くらいはしてくれるだろうって期待してたんだ。それが『コレ』だからねぇ。まぁ、彼のああいう小物っぽさ、面白かったんだけどさ。まさか産業廃棄物級の小物だったとは、想定の範囲外だよ♪」

 

 唇に指を当てて首を傾げてお茶目な雰囲気を作る後継者であるが、その目だけは底知れない『何か』によって浸されている。

 理解できない。したくない。この男は人間とは呼べぬ『ナニカ』によって形作られているような気がしてならない。ユージーンは震えそうな体に鞭を打ち、強気な態度を崩さないように精神力を搾り出す。

 

「だが、貴様からすれば、オレ達プレイヤーに死んでもらう方が都合は良いのではないのか?」

 

「もちろんさ! 理想的なのはオベイロンとの共倒れだね♪ だけど、やむにやまれぬ事情というものがある。イカサマはGMとして避けたかったんだけど、オベイロンの反則には反則で対抗してバランスを取ってあげる現場判断くらいはしてあげるさ♪ ほら、ボクって柔軟な対応が売りだから☆」

 

 この男、何処まで本気なのか。ユージーンは後継者の底が見えず、本当に信用すべきか今も悩んでいる。

 後継者からもたらされた情報によれば、UNKNOWNは反乱軍……その中心となる暁の翅の象徴となり、オベイロンとの決戦に挑むつもりだ。誓約書に記されたルールを読む限り、彼なりの現状で可能な最適解を実行したのだろう。

 また、シリカは赤髭やユウキと合流し、オベイロンの軍勢、それを支える勢力の1つである深淵の魔物たちを削ぎ落すべく行動しているという。

 

「おやおや、まだボクが信じられないのかい? ボクはキミ達と一心同体! オベイロンを倒す『同志』じゃないか♪ 邪悪を前にして、敵味方が手を組む。これって王道だろう?」

 

「貴様のその態度が信用ならんと言っている。本当の狙いは何だ?」

 

「酷いなぁ。裏も表も無いよ。その証拠に『ボクの手の者』が2つの『証』を回収した。キミ達が倒すべきだった強力なネームドを多く葬ったんだ。その分だけキミ達は消耗を免れた。勝機が増えた。これだけでもボクは信用に値するんじゃないかい?」

 

 確かに、後継者の言う通りだ。黒火山はUNKNOWNが仲間を引き連れて攻略したらしいが、残りの2つは未だに『誰』が入手したのか不明のままだ。後継者を信用するならば、改変されたアルヴヘイムを早急に攻略して終了させるべく、彼が配下を使って攻略したとも想像できる。

 だが、そこまで可能な戦力を有するならば、どうして自身の手でオベイロンを倒さない? わざわざプレイヤーに戦わせる意味は? そこまで考えて、ユージーンは憎悪を滾らせて奥歯を噛み締めた。

 

「オレ達も……貴様の『玩具』というわけか」

 

「おや、今頃気づいたのかい? ボクにとってキミ達プレイヤーは『玩具』・『駒』・『敵』の3つに分類しかない。ボクは『駒』には優しくするけど、『玩具』とは壊れるまで遊んであげる主義でね。ちなみにキミは『敵』かな? おめでとう、『人の持つ意思の力』の保有者くん。キミをぶち殺すことが決定したよ☆ いつか死神部隊をプレゼントしてあげたいなぁ。だから、是非ともアルヴヘイムを生きて脱出してくれたまえ」

 

 ユージーンは大剣を抜き、後継者の喉元に突きつける。少しでも腕を伸ばせば柔らかい皮膚も肉も貫き、後継者の喉は裂けて血飛沫が舞うだろう。だが、後継者は微塵の恐怖心も見せず、それどころか大剣など存在しないとばかりに口を動かす。

 

「だからこそ、死神部隊にようこそ! ボクの『仲間』にならないかい、ユージーン君? 取り戻したいんだろう? 生き返らせたいんだろう? サクヤちゃんを……さ☆」

 

 返答はもう済んでいるはずだ。サクヤは死んだ。蘇らない。他でもない後継者自身が、レギオンプログラムによって彼女は破壊し尽くされ、SAO事件で命を落とした【閃光】のように蘇らせることもできないと告げたのだ。

 限りなく再現されたサクヤ。記憶も、性格も、何もかも再現された『サクヤ』と再会した時、お前は死んだと突き放すことができるだろうか。想像すればするほどに、ユージーンは彼女を取り戻す幸福なイメージに縛られそうになる。

 

「所詮は主観の話さ。キミが『本物』と信じれば、彼女のオリジナル性なんて意味を成さない。それとも、ボクがこう言えば納得するかな。『新技術でサクヤちゃん本人の蘇生に成功しました』ってね」

 

「そんな都合の良い話が――」

 

「おやおやぁ♪ そ・も・そ・も、ボクを信用してないんだろう? だったら、どうして『サクヤちゃんは蘇らない』という『ボクが教えた』情報をキミは信じているのかなぁ?」

 

「それは――」

 

「そう。キミは矛盾しているんだよ。素直になろうよ、ユージーンくぅううん。ボクを信用できない以上、キミはサクヤちゃんを蘇らせたいという欲求から逃げられない。ボクを信用すれば、サクヤちゃんはキミの主観で今度こそ完全に死ぬ。だったら、ボクを中途半端に信じてみて、とりあえず蘇生をお願いするのが最適解なんじゃないかなぁ?」

 

 傷口に塩を塗り込むように、真新しい瘡蓋を剥いで出血を強いるように、後継者はユージーンの動揺を見抜いて、道化師の如く抑揚の効いた明るい声音で語り掛け続ける。

 思い出されるのは、雷雨の中で横たわるサクヤの遺体。【渡り鳥】によって無残に顔面を陥没させられた彼女の屍。レギオン化によって理性を失い、自我を貪られ、怪物になることを恐怖していた彼女の末路。

 

「まぁまぁ、仲良くやろうよ♪ 返答はいつでも待ってるよ♪ それに、キミには朗報があるんだ」

 

 貴様の言う朗報など凶報にしか聞こえん。目でそう伝えたユージーンだが、後継者がこちらの意を汲み取るはずもなく、芝居がかった態度で両腕を広げている。

 

「聖剣。それが今、仮面の剣士くんの手元にある。『英雄』の武器だ。使いこなせばDBOを完全攻略させる強力な手助けになる最強の剣さ」

 

「…………」

 

「サクヤちゃんを蘇らせない。ああ、何て勇猛果敢にして倫理観と正義感溢れる戦士なのだろうか! ボクも尊敬のあまり涙がオヨヨヨ。だ・け・ど、キミは『英雄』になれない。サクヤちゃんとの約束は守れない。キミはプレイヤーの希望の光にはなれない。だって、その役目は【聖剣の英雄】が有するものだ。キミは2番手。ランク1なのに2番手。それに甘んじるなら良いけど、キミはどうなんだい?」

 

「安っぽい手だな。俺にUNKNOWNを殺させ、聖剣を奪えと唆しているつもりか?」

 

「それはキミの判断だ。でも、欲しいだろう? 最強無比の……どんな願いだって叶えて来る……どんな『力』だって与えてくれる、英雄だけに許された聖剣。サクヤちゃんを蘇らせないならば、キミにとってそれは彼女との最後の縁なんじゃないかなぁ。ねぇ、『ランク1』くん?」

 

 明らかな挑発。ユージーンとUNKNOWNの同士討ちを狙うような発言。だが、ユージーンは他プレイヤーの武器を奪い取りたいとは思わない。自分の剣は自分の手でつかみ取る。

 グリフィスの横穴の縁にたどり着き、荒んだ冷風にユージーンは目を細めた。

 このアルヴヘイムで彼は多くを学び、大切な人を得て、そして失った。その喪失感は時間の経過と共に傷口を膿ませている。

 まだ契約は複数残っているが、ここから最短で迎える契約の地は青銅の塔だけだ。その屋上にある鐘を鳴らせば、毒霧の森の民ラ・ゾヌは契約の履行を果たすだろう。

 本来ならば徒歩で向かえば時間を要するが、グリフィスによって空路を用いれば最短で向かうことができる。

 

「あー、そこかぁ。ボクの調べによれば、元から配備していた徘徊ネームドでは最強クラスの【簒奪されし者】が最上階に居座ってるねぇ。かなりの強敵だよ? 随分と消耗したキミで勝てるかなぁ?」

 

「前々から思っていたが、このアルヴヘイムには何体ネームドがいる?」

 

「秘密さ☆ でも、徘徊ネームドは『たくさん』配置したんだよ? ほとんど倒されちゃったみたいだけどねぇ。この短期間でキミも随分と倒しただろう? それに見合うだけの報酬も手に入れたはずだ」

 

「……フン」

 

 どんな敵がいようとも倒す。そして、UNKNOWNよりも圧倒的な英雄性を持ってオベイロンとの決戦に参じる。その為ならば、全プレイヤーの怨敵である後継者とも手を組もう。

 

(オベイロンを倒すのはこのオレだ。邪魔をするなよ、UNKNOWN!)

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 3つの『証』が解放され、オベイロンより決戦の通達が成された。それはアルヴヘイム最後の戦いがいよいよと迫っていることを意味する。

 だが、ユウキ達3人の方針はここで引き返して最終決戦に参加することではない。

 オベイロンが軍勢で参加させるだろう、深淵の怪物たち。それの契約を断ち切るべく、アルヴヘイムの深淵に呑まれた地、そこに住まうとされる【古き死の賢者】の調査に赴いたのである。

 仮に当てが外れたならば、徒労どころかここ1番の決戦に出遅れるという最大級の失態だ。

 だが、悲しい事に、ユウキはリミッター解除の影響とメインウェポン破損によって戦力大幅ダウン、シリカはサポート枠であり直接戦能力が低い。唯一まともに活躍できるのはクラインだけというあり様だ。彼が有する≪無限居合≫は対ボス戦において強力な武器となるだろう。

 

(体が鈍い。上手く動かせない。まるで血が鉄になったみたいだ)

 

 ユウキは迫りくる小アメンドーズに伯爵の剣を振るう。だが、その剣速は常人からすれば十分に常識から逸脱したものでも、ユウキ自身からは見る影もない。

 人間とほど同体格の小アメンドーズは多腕を振るい、また頭部から闇属性のレーザー弾を放つ。ユウキは深淵の泥に蝕まれたような腐った地面を踏みしめ、フリーの左手を振るう。

 出現するのは、黒紫結晶の剣。片手剣サイズのそれらは合計で8本出現し、ユウキの周囲で回転しながら展開されたと思えば、一斉に小アメンドーズに切っ先を向けて照準を付け、高速で飛来する。

 頭部に3本、胴体に2本、残り3本から腕を斬り落とす。更に追撃で闇の爆発が起き、小アメンドーズは砕けて深淵の血を撒き散らす。

 

「何度見てもとんでもねぇユニークスキルだな」

 

「ユニークでも最上位でしょうね。羨ましい」

 

 戦況を見守っていたクラインとシリカに拍手され、気恥ずかしそうにユウキは剣を鞘に収める。

 

「≪絶影剣≫……縮めて【絶剣】か。2つ名と同じ。オメェに相応しいユニークだな。こりゃもう天地が引っ繰り返っても俺じゃあオメェに勝てねぇかな?」

 

「そんな気ないくせに。ボスの≪無限居合≫だって大概だよ」

 

 対多や対巨において絶大な効果を発揮するクラインの≪無限居合≫に対して、ユウキの≪絶影剣≫は万能性が高い代わりに扱いが難しい。

 発動状態では剣に自動エンチャントされて刀身がブレて見えるエフェクトと闇属性エンチャントが行われ、剣を用いた攻撃全てにテンポが遅れて攻撃する幻刃が生まれる。また、黒紫の結晶剣を生み出し、様々な攻撃が可能だ。黒紫の結晶剣は闇属性であり、特に黒紫の結晶剣は闇の爆発によってスタミナ削りも可能であり、扱い次第では闇術がそうであるように対人戦において凶悪な性能を発揮する。

 欠点があるとするならば、闇属性に偏重している為に、闇属性に対しては攻撃力が落ちるという点だ。だが、まだ熟練度が低く、十分に性能も解放されていない為、今後はそれらの欠点をカバーする能力が解放される期待もあった。

 

(頭が……痛い。やっぱり思考操作解除しようかなぁ。でも、モーション起動より速いし、どうしよう?)

 

 リミッター解除の影響は思いの外に大きく、≪絶影剣≫の負荷に耐えるのが限界のユウキは、荷物持ちのマルチネスが気遣いで取り出した水筒をありがたく受け取って喉を癒す。

 旧街道を進み続け、途中で幾度かの危険に遭いながらも回避を最優先にして遠回りを重ねて、ようやく目的地の気配を感じ取れ始めたのは昨日の夕暮れの事だった。

 大地は深淵で蝕まれ、謎の淀んだ黒色の物質が水晶のように生えていた。それは硬質も軟質とも呼べぬ肌触りであり、崩れれば内側から闇の瘴気が溢れ出た。

 毒とも呼べぬ深淵の沼地が広がり始め、木々は腐って沈み、小アメンドーズのような深淵の怪物が跋扈し始め、また内側を闇に満たされた甲冑が生前の持ち主の記憶に支配されているかのように徘徊していた。

 

「ううむ、吾輩が見た光景そのもの! オベイロン王の命令で赴いた深淵の地に相違ありません」

 

「OK。これでオベイロンがここで深淵の契約を結んで、怪物共を配下にしたのは決定だな」

 

 茂みに隠れ、大きく広がる深淵の沼地を観察する4人に、索敵で飛び回っていたピナがシリカの元に舞い戻る。彼女の肩に止まれば、シリカの手元にシステムウインドウが開かれたのだが、彼女は嘆息して首を横に振った。

 

「駄目ですね。ピナのマッピング能力なら大雑把でも地形が把握できるんですけど、アルヴヘイムの通例通り、深淵の沼地でも効果は発揮できないみたいです」

 

「期待しちゃいねぇよ。ピナには今まで通り索敵に徹してもらえれば大助かりだ。奇襲と包囲が1番恐ろしいからな」

 

 シリカはユニークスキルこそ有さないが、特異な『モンスターに好かれ体質』らしく、あり得ない程の高確率でのテイミングに成功することができる。シリカは『これが私の「人の持つ意思の力」らしいんですけど、正直パッとしないですよね』と残念がっていたが、現地で即席の戦力を集められるのは極めて強力な能力だ。

 ピナはテイミングすれば自動獲得できる≪テイマー≫スキルによって特に調整された個体であり、デスゲーム参加において茅場昌彦の計らいでDBOにコンバートされたAIだ。彼女がSAO時代に出会った大切な友人らしく、その阿吽の呼吸は熟達したパートナーであることを窺わせる。

 ピナの能力は多岐に亘るが、攻撃面は些か乏しい。ブレスによる攻撃は威力が不足し、また連発することができない。だが、援護と補助は潤沢であり、索敵・大雑把なマッピング・回復・バリアの発生とサポートに優れている。

 

「だが、こう広いと何処から探せば良いのか分からねぇぜ。マルチネスの旦那、なんか心当たりはねぇのか?」

 

「吾輩も居場所までは。ですが、この深淵の沼地にはアメンドーズが多量に生息すると聞きます。アメンドーズの目は狂気に誘う。多くのアルフが生きて戻らなかった禁忌の地です。十分に注意を」

 

 そのアメンドーズを廃坑都市で仕留めた経験があるユウキであるが、現状では確かに相手にしたくないと了承する。アメンドーズは普段こそ不可視の能力で隠れているが、波長が合ったかのように『見る』ことが出来る者がいるという。だが、生憎なことにこの場の4人の誰にもアメンドーズの姿を目視することは出来ていなかった。

 

「……これで大外れだったら、本当に目も当てられませんね」

 

 霞がかかった深淵の沼は鳥の鳴き声1つなく、ただ深淵の泥が泡立つ音だけが不穏と不愉快に耳を擽る。そんな中でシリカの呟きは、ユウキの胸にも十分に圧し掛かる重さがある。

 今の自分はお荷物だ。決戦に参加しても役立てる保証どころか、足手纏いになりかねない。いつ睡魔で倒れるかも分からぬ状態だ。武器は使い慣れぬ未強化品。剣速は大きく落ちている。≪絶影剣≫の負荷にさえギリギリのコンディション。体は精彩を欠けて暗月の銀糸のコントロールさえも危うい。

 

(3つの『証』は解放された。黒火山はUNKNOWNが向かったはず。だったら、シェムレムロスの兄妹を倒したのは……)

 

 約束の塔の森で出会った時、もうクゥリはボロボロだった。余裕など残っていなかったはずだ。本人はまるで自覚がなくとも、彼は常に限界の縁を何度も何度も踏み越えて戦っている。

 ガイアスを殺したシェムレムロスの魔女。彼の無残な死に様を思い出し、ユウキは胸が苦しくなる。培った剣技を披露する機会もないまま、四肢と首を引き千切られた彼の絶望で染め上げられた表情と眼が忘れられない。降り注いだ血の雨を忘れるなどない。

 シェムレムロスの兄妹を倒したとしても、クゥリは止まらないだろう。必ずオベイロンとの決戦に参加するはずだ。そうなれば、UNKNOWNと肩を並べて戦うことになる。そうなれば、多少の負担は減るかもしれないが、オベイロンがどんな汚い手段を使ってくるか分からない以上、激戦は必至だろう。

 

「安心しろ。白馬鹿は強い。オメェが思ってる100倍な。どんな苦境だろうとアイツを『折る』ことなんて出来ねぇよ」

 

 ユウキにだけ聞こえる小声と共に頭を撫でたクラインに、彼女は小さく頷こうとして、だが唇を引き締める。

 

(……でも、無敵じゃないよ)

 

 きっと多くの人が勘違いしている。クゥリは強い。強過ぎる。全ての武器を失おうとも、自分以外の全員が死のうとも、手足が千切れようとも、彼ならば最後まで戦って敵を殺しきるはずだと無意識に思い込んでいる。いや、実際にこれまでそうだったのだから性質が悪い。

 だが、それはいつも限界ギリギリの勝利のはずだ。余裕に溢れた無敵のヒーローの対極。常に自分を磨り潰して戦っている。そして、誰かが止めない限り、壊れるまで……死ぬまで戦い続ける。

 本当ならば、今すぐにでも追いかけたい。もう戦わないでと手を握りたい。休んでと抱きしめたい。だが、ユウキは今の自分がどんな言葉を重ねても、どんな行動を取ったとしても、クゥリには何も届かないのだと、悔しさのあまり唇を嚙み千切ってしまいそうな勢いで堪えながら自覚する。

 

 

『もう忘れて良いんだ』

 

 

 追いかけるべきではなかった。クゥリを待っていてあげるべきだった。たとえ、ユウキは穢れに気づかないままだったとしても、少なくとも彼が祈りを失うことはなかった。

 雪降る聖夜に託された。誰も見たことは無かっただろう、涙を流すこともなく、自分の中で抱える恐ろしさを吐露したクゥリは、全てを焼き尽くす業火などではなく、今にも消えそうな灰に埋もれた燃え殻のようだった。

 ただ忘れないでほしい。憶えていてほしい。『自分』を失ってしまいそうな時に繋ぎ止める縁。そんな細やかな、今にも形を失って崩れてしまいそうな祈りだけが、クゥリにとって大事な支えになっていたはずだ。彼が僅かでも眠れる縁のはずだった。

 

(ボクは何も知らない。クーのことを……何も知らない)

 

 一方的にレギオンを憎んだ事さえも今になっては滑稽だ。レギオンこそが秘密を解き明かす鍵であるかもしれないのに、何も考えないままに殲滅を願った。

 無知蒙昧。思慮浅く愚かしい。ユウキは自分をそう罵るに足ると嘲う。

 生半可な言葉も行動も意味を成さない。ユウキが『答え』に届かぬ限り、彼の心に触れることはできない。

 今必要なのは多くを見逃す中央突破の最短距離ではなく、自分を見直し、自分を磨き、自分の『答え』を探す遠回りだ。たとえ、周囲に能天気と見られようとも、どれだけの見当外れに映ろうとも、1歩1歩踏みしめない限り、クゥリには届かない。

 

 

 だが、果たして時間はあるだろうか? 

 

 

 

 シャルルの森の顛末が蘇る。誰にも謳われることはない、クゥリのシャルルの地下霊廟での戦い。事実を知るのはチェーングレイヴとクラウドアース、それぞれの上層部の一握りだけだ。ただでさえ満身創痍。それでもなお強敵と戦って殺しきったが、その代償は大きく、何日も目を覚まさなかった。

 その次は真実が今も明かされていないナグナ事件。ナグナ帰りのまま、獣狩りの夜に参戦した彼を想起の神殿で見つける事が出来なければ、装備を補給次第休むことなくレギオン狩りに参じていただろう。その時は四肢の自由は無いに等しく、言葉を発することさえ覚束なかった。長期の療養が求められ、人々は【渡り鳥】の引退説を囁いたほどだった。

 そして、今回のアルヴヘイム。最悪を想定した場合、クゥリは霜海山脈のクリア、ランスロットとシェムレムロスの兄妹の『証』の入手、これから3つのダンジョン攻略とネームドという強敵との戦闘を行ったことになる。もはや次元が違う戦果だ。

 どれだけの負荷がかかった? 彼が戦い続ける為に、何を捧げ続けた?

 

 

 

 次に使い潰すのは命なのかもしれないのに、次も勝てる保証など何処にないのに、どうして時間があるなどと言えるのだ?

 

 

 

「おい、ユウキ!? どうした!?」

 

「ユウキさん!?」

 

 強烈な嘔吐感が押し寄せ、ユウキは手を口で押えてその場に蹲る。それは自己嫌悪がもたらしす過剰反応。嘔吐する中身も無ければ、吐瀉物が漏れることもない仮想世界における心の痙攣。

 度重なる連戦と消耗。無事であるはずがない。次を乗り越えられる保証など何もない。

 それどころか、ユウキは知っている。壊れるまで……死ぬまで止まらず戦い続けるクゥリは、殺しきる為ならば自分の命も使い捨てる。

 彼は磨り潰す。勝つか負けるかなんて関係ない。命を使い切って殺しきれるなら良しとするだろう。それでも敵の喉元まで牙が食い込めないならば自分が弱かっただけだと割り切るだろう。

 生への渇望もなく、死への恐怖もない。それは諦めではなく、根底から命への価値観が違うからだ。自分の命を例外として執着しないからだ。

 

(『勝って』じゃない。『生き残って』と……ただ、その一言で良かったはずなのに……っ!)

 

 多くの人が、仲間を失おうとも、武器が壊れようとも、手足を失おうとも、彼は戦い続けて敵を殺しきるはずだと信じてしまう。そんな保証は何処にもないのに。

 

「ごめん。ちょっと、自分のことが嫌いになっただけ。でも……うん。気づけて良かった」

 

 気づき。それは最初の1歩だ。

 今は信じるしかない。どうか時間が残されていますようにと。彼が生き抜いてくれますようにと。たとえ、祈りは失われようとも、願うことはできるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、お困りのようだな。手助けが必要なら力になるぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女の無垢なる願いを踏みにじるように、深淵の沼、その靄の先より2つの人影が現れる。

 マルチネスとユウキが前衛、≪無限居合≫のよる遠隔範囲攻撃の為に中衛にクライン、そしてサポートの為にシリカが後衛につくフォーメーション。

 

「この声……まさか!」

 

 あり得ないとは言わない。この男もまたアルヴヘイムにいることは知っていたのだから。他でもない、ユウキ自身が殺し合ったのだから。

 モスグリーンの迷彩のポンチョを纏い、その左手には重ショットガン。右手には彼が愛用する≪戦斧≫カテゴリーの肉断ち包丁。

 SAOで多くの事件の黒幕として暗躍した犯罪王にして、蘇った死者。

 

「PoH……オメェ、よく俺の前に面出せたもんだな?」

 

 怒気が籠った声音で居合の抜刀をしようとするクラインに、PoHは敵意は無いと言うように、だが同時に小馬鹿にするようにホールドアップした。

 

「おいおい、喧嘩は止めようぜ? なぁ、風林火山のクライン。おっと、今はチェーングレイヴのボスだったか? また仲間を全滅させるつもりか? ククク、また【渡り鳥】に皆殺しにされるなら天丼で良いオチにしろよ」

 

 抜刀。空を斬る音と共にPoHの周囲の空間が歪み、青い光の刃が乱舞する。だが、PoHは後ろに大きく跳んで回避する。明らかに≪無限居合≫の性質を把握した者の動きだ。彼は初見であるはずだ。ならば、何処かしらからデータを入手したという事だろう。

 

「落ち着けよ。俺たちは同じ【来訪者】。『仲間』だ。どうだ? ここはオベイロンを倒す為に一致団結するというのは?」

 

「笑えない冗談だね」

 

 ユウキは黒紫の結晶剣を展開し、PoHに照準をつける。だが、彼を守るように全身に赤い甲冑を身に纏った、兜から結われた赤毛を靡かせる騎士が立ちふさがる。

 フルメイルで分かりづらいが、恐らくは女だろう。謎の女騎士に、ユウキは不気味さを感じ、ただ者ではないと判断する。

 

「ククク、よぉ、シリカ。お前なら分かるだろう? この先を4人で突破するのはリスキー過ぎる。まともな武器も持たない巨漢、ガス欠の病人、サポートは得意でも戦闘は期待できないテイマー。ユニーク持ちが2人いるとはいえ、とてもじゃないが被害は免れない。全滅もあり得る」

 

「……ええ、そうですね。でも、獅子身中の虫を抱えるよりはマシでは?」

 

「だが、獅子の腹すら食い破る寄生虫だ。実力は折り紙付きだぜ? 肉壁が2枚増えると思えば良い。しかも目的地までナビできる。嫌なら構わないんだぜ? お前らが死ぬのをじっくりと観察してやるよ。だが、俺の協力さえあれば、オベイロンの深淵の勢力を削り取れる大きなチャンスをつかめる。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

 

 PoH自体が信用ならない。故にこの話に乗るべきではない。だが、一方でユウキは今の自分が万全でないことを考慮すれば、ユニーク持ちかつ本人も高い技量を誇るPoHの助太刀は戦力という意味では申し分ない。

 だが、このタイミングで、明らかに先回りしていただろうPoHの登場。仲間だろう女騎士も含めて、自分たちの行動が何らかの形で筒抜けになっていたに他ならない。

 

「ユウキさん、クラインさん。剣を収めてください。危険ですけど、もう時間がありません。彼らの提案に乗りましょう」

 

「……まぁ、それしかねぇよな。先回りされていた時点で、連中がオベイロン側なら作戦失敗同然だ。だったら、リスクを背負ってでも勝率を上げる方を選ぶのがマシってもんだ。ユウキ、オメェもそれで良いな?」

 

 感情を呑み込んで実利を選ぶ。SAOで多くの因縁があるだろうクラインがその選択した時点で、ユウキの回答も似たようなものだ。

 ここでPoHの策を恐れて二の足を踏むよりも、毒を食らわば皿までの精神で一気に突き進むべきだ。

 ユウキは剣を握りしめたまま無造作にPoHとの距離を詰めるべく歩む。女騎士は腰の短剣を抜こうとするが、PoHは左腕を伸ばして制し、彼女が懐に入ることを認可する。

 

「これはクーの為?」

 

「当然だ。そうでもないと、誰がお前と組むか」

 

 互いに憎悪で染まった眼差しを交わし、小声で真意を問う。

 ユウキにとってあり得ないように、PoHにとっても最悪の判断なのだろう。そうでもなければ、彼からユウキとチームを組むなど提案するはずもない。

 

「よろしくね、宿敵」

 

「こちらこそ、怨敵」

 

 ユウキとPoHは互いに武器を収めて握手を交わす。どのような思惑があろうとも、彼はクゥリの為に動いている。その1点だけは信頼できる。ならば、この行動もまたクゥリの為であるならば、少なくとも目的を果たすまでは裏切らないだろう。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 オベイロンは上機嫌にワイングラスを傾け、満たされた葡萄酒を喉に流し込む。

 名酒を幾らでも複製できる。それは最新の解析装置、再現プログラム、高精度の味覚エンジンがあるからこそであり、それは現実世界以上のリアリティと緻密さを醸し出す。

 もはや仮想世界……DBOレベルにもなれば、現実世界の方に粗を感じてしまうと思う程だろう。それは生物としての肉体の枷を大きく外し、知覚と思考の核である脳とフラクトライトで剥き出しに情報を獲得するからだ。そして、それは情報体……電脳生命体とも言うべき上位の存在へと昇華したと信じて疑わないオベイロンにとって、もう1段高みのステージにあると呼べる。

 世界樹ユグドラシルにあるお気に入りのスポット。伸びる枝に設けられた矮小なる者たちを見下せるテラス。そこに純白のテーブルと椅子を並べ、優雅に虹色のオーロラの下で美酒を嗜むのは彼の楽しみの1つだった。

 特に今宵は興奮という味付けも加わっている。地上に望める、新たに建造した都市。縦長の都、回廊都市アヴァロン。決戦と位置付けた、自分が率いる王の軍勢と脆弱なる反乱軍がぶつかり合う舞台だ。

 

「随分と余裕なのね。いいえ、油断かしら?」

 

 そう彼の興奮に水を差すように冷ややかな言葉を投げつけるのは、彼の傍らで座り込む、白いドレスを纏ったティターニア……アスナである。首輪をつけられ、また四肢には枷が取り付けられている。いずれも煌びやかな黄金であり、彼女の自由を束縛するものだ。特に枷は腕を持ち上げることも歩くことも出来ぬ程に重い。

 

「口の利き方がなってないよ」

 

 そういう生意気な所も調教する価値があるとは思っているけどね。オベイロンはアスナを横目に、ワイングラスを持たぬ左手を動かせば、黄金の光の鎖が出現してアスナと首と繋がり、彼女を地面に叩き伏せる。頬を大理石のような白い床にぶつけ、擦りつけられたアスナの微かな呻き声が漏れる。必死に我慢しようとしたが、漏れてしまったのだろう。その情けなさに彼女は歯を食いしばっている。

 

「少しは僕に感謝と畏怖の念を抱いた方が良い。キミを治療して助けたのは、この僕なんだよ?」

 

「面白い……冗談、ね! あなたが……私を……!」

 

「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す、だろう? はい、もう1度」

 

 黄金の鎖を振るえば、アスナは軽々と宙を浮き、再度地面に叩きつけられる。1回、5回、10回、30回と重ねれば、彼女が纏う白いドレスに赤い染みが広がっていく。見目麗しい……まさに妖精のような美の容姿をしたアスナが血だらけになっていく様に、破壊の嗜虐心を満たすオベイロンは、いっそここで彼女の体を味わうのも悪くないかもしれないと誘惑に駆られる。

 だが、まだだ。どれだけ痛めつけようとも、アスナの目は心折れていないことを示す輝きが宿っている。彼女には希望が残っているのだ。

 ヒューヒューと……カーソルが赤く点滅するまで叩きつけられた虫の息のアスナに、オベイロンは指を鳴らせば、小瓶が出現する。蓋を外して彼女の喉に流し込めば、HPは緩やかに回復し、打撲の痣と裂傷、骨折と内臓破裂で壊れかけたアバターは再生していく。首輪と枷のいずれにもオートヒーリングは仕込んであるが、計算違いで死なせてしまっては楽しみが減ってしまうからだ。

 

「もう1度だ。『命を救っていただきありがとうございます、オベイロン様』だろう?」

 

「……ふ、ふふふ……あなたは……負ける、わ……! 私たちを……舐めない、こと……ね!」

 

「やれやれ。本当に強情だなぁ」

 

 フィンガースナップ。高々と指を鳴らせば、アスナの右足首に嵌められた枷が肉に食い込んで回転する。それは人体の構造に逆らい、彼女の右膝をあらぬ方向に捻じ曲げる。

 

「ぎぃいいいいいい!?」

 

 喉が張り詰め、舌が痙攣しているような絶叫。美しい容貌とは相反する生々しい苦痛の悲鳴。オベイロンはそれを堪能し、彼女の口元に右足の甲を差し出す。

 

「舐めろ。今日は気分が良い。『躾』はこれくらいにしてあげても構わないよ?」

 

「誰……が……あなた……に……」

 

「レギオン、やれ」

 

 不可視化能力を持つレギオン・ステルスが触手でアスナの左膝を後ろから突き刺す。溢れ出た血が更なる悲鳴を引き出す。

 何度も何度もレギオンはアスナを突き刺し、その度にオベイロンは彼女を回復させる。その白いドレスは真っ赤に染まり、肉片が散らばる中で、いよいよ反応が薄くなったアスナに、まだまだお楽しみはこれからだと髪をつかんで頭を持ち上げた。

 

「くふ……かひゅ……」

 

 涙と血で汚れ、激痛で目が虚ろになったアスナであるが、まだ心は壊れていない。自分を守るべく意識を閉ざしているのだ。オベイロンは彼女を回復させると投げ捨てる。

 ここまで強情だと美徳だ。オベイロンはサディスティックな悦楽で背筋を震わせる。早く彼女の心を屈服させたい。心を折る瞬間を楽しみたい。だが、今は我慢だと我が身に言い聞かせる。

 

「僕の勝利は揺るがない。≪妖精王の権能≫を最大限に使用し、大軍を想定したGvGバトルシステムを流用して『僕が』設計した傑作と呼ぶべきボスバトル! 僕のボスリソース、大軍バトルで入手したリソース、そして掌握してある『2つ』のコンソールルームから供給されるリソース。この3つを使った最強のボスとして僕は【来訪者】を叩き潰す。ドラゴンに芋虫が勝てる道理なんて無いんだよ!」

 

 アスナの強がる反論を期待していたオベイロンであるが、痛めつけ過ぎたのだろう。アスナは水面まで浮かんできた金魚のように口を小さく開閉させるばかりであり、その双眸から全身に繰り返し与えられた激痛を示すように涙が流れている。

 張り合いがない。オベイロンは嘆息し、アスナには見向きもしないで回廊都市へと視線を戻す。

 

(だが、確かにアスナにも一理ある。僕の弱点は慢心によるケアレスミス。それはマザーレギオンにも注意された通りだ。【来訪者】には万に一つも勝ち目はないとはいえ、どんなイレギュラーが起こるか分からない。念には念を入れておくべきか)

 

 オベイロンがボスである限り『勝率ゼロ』にはできない。どれだけ無敵に見えても必ず倒せる存在に設計されているからだ。

 今のオベイロンは疑似的な不死属性を獲得している。それはこの大軍バトルでこそボスとして君臨する為に、死亡を防ぐべくカーディナルが保護しているからだ。逆に言えば、ボスバトル中は不死属性が解除される。

 HPは削られる。ゼロになれば負ける。保険に保険をかけて、大軍バトルをクリアした後に、世界樹ユグドラシルでのオベイロンとの『決闘』というイベントバトルを準備することによって、仮に敗北しても即死することはなくなった。だが、決戦で敗北すれば、オベイロンはボスとしてのリソースの大部分を失うことになる。せいぜいが強NPC程度の性能しか残らない。

 

(だが、玉座の間には絶対にたどり着けない仕掛けもある。これを突破できるのは、システムに干渉できる、発達した仮想脳を有する『人の持つ意思の力』の発現者だけ)

 

 指を動かし、オベイロンは生存している【来訪者】のリストを提示する。それぞれの武装やステータスはクローズ状態であるが、オベイロン独自のファイリングによって、彼らの仮想脳の発達具合と比例した『人の持つ意思の力』……心意の強度……イレギュラー値が表示される。

 最も危険なのは、2つのユニークスキルを有する仮面の剣士だ。レギオンの報告によれば、黒火山を攻略し、アルヴヘイムでも、ネームドとしてではなくAIとしての戦闘能力がランスロットに次ぐスローネを撃破している。四騎士級のスローネを事実上単身で打ち破った戦闘能力は侮れない。

 次にユージーン。これもレギオンからの情報であるが、黒獣の王パールとの戦いで心意が発動している。仮面の剣士程ではないが、侮りがたい仮想脳だ。プレイヤーとしての実力も1級品である。≪剛覇剣≫による広範囲攻撃とガード無効化は容易に致命傷を与えられるスペックだ。単発火力ならば、仮面の剣士を大きく上回る。

 クライン。優れた仮想脳を保有しているが、意図的にか、あるいは覚醒していないのか、心意が発動した形跡はない。だが、純粋に戦力としてみれば、対多・対巨において絶大な制圧力・攻撃力を発揮する≪無限居合≫を有する危険人物だ。指揮能力も高く、SAOサバイバーにしてリターナーは伊達ではないという事だろう。

 シリカ。個人としての戦闘能力は【来訪者】でもかなり低めであるが、生存能力に長け、また高いテイミング率を誇る。≪テイマー≫として心意が適合している稀有なタイプだろう。サポートに回ることで味方の実力を引き上げるタイプだ。仮想脳の発達具合からも最後の守りの仕掛けを打ち破る危険性がある。

 シノン。射撃戦において優れ、高精度の射撃能力は並のAIを容易に凌駕する。だが、現在は隻腕化の影響によって長距離射撃の精度に低下が見られる。仮想脳の発達も急速に進んでいるのもこの障害を解消する為と見られる。心意は射撃命中補正。時として矢・弾丸の軌道捻じ曲がるほどの干渉が見られるが、意図した発動の形跡はなく、また本人にも自覚がない。本人の高い射撃技術と合わされば鬼に金棒なのだが、現在は全武装の破損によって脅威にならない。

 ユウキ。『彼』と同じく茅場昌彦が送り込んだ証明の駒の1人。仮面の剣士と同格の反応速度と仮想脳を有しているが、現実の肉体に何らかの問題を有し、常にリミッターをかけた状態である。現在は仮面の剣士との仲間割れによって大きく戦力ダウンしているが、戦闘中にユニークスキルを発露させるなど、依然として危険な存在であることに変わりない。

 レコン。問題外。特に見るべき部分は無い。仮想脳もそれなりに発達しているが、並のプレイヤーよりもやや上という程度であり、心意を発動させるまでには足らない。だが、何故かマザーレギオンからは報告の度に評価が上昇しており、現在は『こういう我武者羅に道を切り開く人、好き。「シールダー」さんにあだ名を変更しました! 最近のお気に入りでーす♪』と可愛らしい丸文字で追記されている。鹵獲してマザーレギオンのご機嫌取りにプレゼントするのも悪くないだろう。

 

(目下最大の危険だった『彼』とユウキは仲間割れで損耗甚大。僕が言うのもなんだけど、馬鹿なのかな?)

 

 アイテムも装備も大幅に消耗したと報告を受けている。自滅してくれるのは結構な事であるが、これだから矮小なる馬鹿共は困ると苦笑する。

 

(ふむ、この子もなかなかに……。レギオンの報告によれば、アスナと随分と仲が良かったようだし、それが『彼』と衝突した要因になったとある。捕獲して、彼女の前でいたぶるのも悪くないな。アスナがどんな風に絶望で顔を歪めるのか、見物だねぇ)

 

 アスナが儚くも気高い妖精のような美しさならば、ユウキはやや色濃い幼さに無垢と影を矛盾して秘めた可愛らしさだ。オベイロンの経験上、こういうタイプはアスナに似て強情ではあるが、1度壊すと面白いように脆さを露呈する。やや起伏に欠けるが、それはそれで嬲る趣があるとオベイロンは夢想する。

 

(それに、できれば『彼』の前でアスナを……と、これこそが油断だね。アスナには『彼』の死のライブ映像と生首をお届けする。それで満足するとしようか)

 

 そして、【来訪者】ではないが、チェンジリングで攫った『彼』の妹でもあるリーファ。黒火山攻略でも活躍したらしいのだが、マザーレギオンからは特筆事項は無く、戦力を割り振るのは無駄であると報告を受けている。妖精の翅は有しているが、決戦では反乱軍側にも限定して与えられる為に、大きな障害にはならない。注意すべきなのは仮想脳が大きく発達していつ心意が発動してもおかしくない点だ。彼女の対応は繰り返し取り逃がした責任を持つとレギオンが担当することになっている。捕獲すれば、仮面の剣士への大きなアドバンテージとなるだろう。

 無論、反乱軍も決して有象無象ではない。『証』の入手で解放されたアイテムを利用して大幅に強化されている。密やかに培っていた装備開発、対オベイロンの軍勢を睨んだ兵装、そして繰り返された戦乱で鍛え上げられた軍隊。『数』としてみれば決して侮れない。

 オベイロンは自分も変わったものだと虹色のオーロラに隠された月を見上げる。かつて程に絶対なる王としての慢心を抱かないのは……いや、『抱けない』のは、彼の根源にまで刻み込まれた恐怖のせいだ。

 PoHは既に配下となり、レギオンの報告によって死亡が確定したザクロを省き、最後の【来訪者】のデータを呼び寄せれば、オベイロンの動悸は荒くなる。

 クゥリ。通称【渡り鳥】とされる傭兵プレイヤー。仮想脳はほぼ発達しておらず、VR適性は劣等どころか現在も低下中のEランク。運動アルゴリズムとの間に多数の障害を抱えており、知覚不全やアバター制御に難がある。ファンタズマエフェクトの影響を受けやすく、現実に残した人体にも大きなダメージを負っていると想定される。特に情報量による高負荷によって脳の疲弊度は間違いなく【来訪者】でもダントツだ。本来ならば、レコン以下の脅威度である。

 だが、戦歴は霜海山脈・月明かりの墓所・シェムレムロスの館の3つを攻略するという人外。純粋な戦闘能力だけでDBOの並みいる強敵を打ち破り、アルヴヘイムのネームドとボスを次々と撃破した。

 

(『人の持つ意思の力』を有さない限り、僕の元にはたどり着けない。だが、コイツの戦闘能力と【黒の剣士】が組み合わされば手が付けられない。まぁ、それでも僕の勝ちは揺るがないが、『万が一』が『万が二』になるかもしれないな。この2人の合流はやはり避けたい)

 

 いや、違うか。オベイロンは自分の引き攣る頬を、震える指を自覚し、拳を握って歯を食いしばる。

 恐ろしいのだ。あの約束の塔で、不死属性を有していたはずなのに味わった、身の毛もよだつような死の恐怖。抗えない暴力と恐怖の権化。何もかも焼き尽くすような業火。

 映し出される画像は、まるで天使のような中性美の結晶。可憐にして、美麗にして、妖艶にして、清純。オベイロンがどれだけ凝ってアバターを設計しても、これ程の容貌を作り出すことは不可能だ。生命の神秘。それだけが到達できるだろう。この仮想世界の映し身であるそのアバターは現実世界に残した体に比べれば見劣りするはずだと一切の違和感なく確信できる。

 美しく恐ろしい。故にバケモノと呼ぶに相応しい。約束の塔で味わった、まるで穢れを知らない乙女のような微笑みに血に飢えたケダモノが矛盾することなく同居した、あの蜘蛛のように冷たく無機質な殺意を宿した瞳が恐ろしくて堪らない。

 殺意。そんな曖昧なモノに、仮想世界において蝕まれる。オベイロンは拳を握ってテーブルを叩きつける。ワイングラスが倒れて中身が零れ、赤紫の豊潤な液体が水面を広げる。

 

(この、オベイロンによくも恥を掻かせてくれたな。恐怖? 恐怖だと!? この僕が!? ふざけるな! 殺す! 殺してやる!)

 

 オベイロンが恐怖に対して正気を保てるのは、今回の布陣に絶対なる勝利を確信しているからだ。だが、こうして情報を再整理しているのは、念には念をという見直しである事を思い出し、深呼吸して冷静に再分析する。

 

(確かに恐ろしく強い。心意も無く、仮想脳も発達せず、純粋な戦闘能力だけでこれだけの戦果。バケモノだ。だが、限界は近いはず。だったら馬鹿正直に相手にする必要はない。『磨り潰す』。僕が相手をする必要はない。徹底的に戦力を派遣した物量による飽和攻撃。武装を使い果たさせ、脳を完全に沈黙させれば良い)

 

 また、反乱軍は賊王が倒されれば自動的に敗北する。【黒の剣士】と【渡り鳥】がどれだけ強くとも変わらない。この2人は前線兵。賊王ではない事は確定している。【黒の剣士】は制圧値を稼ぐアタッカーを『担うしか』なく、近衛騎士を選ぶ他ない。ワンマンアーミーの【渡り鳥】はそもそも集団戦を得意としない。軍勢に参加するとしても、お得意の隠密行動からの襲撃参加だろう。反乱軍の中でも指揮系統に組み込まれない独自行動をとるはずだ。故に賊王に選抜されることは無い。

 いかにして賊王を炙り出して狩るか。これは貴族の遊戯。キツネ狩りと同じだ。オベイロンは余裕を取り戻す。だが、慢心してミスをする気はない。その1点において、この絶対なる勝利の為に計画と策謀を積み立てる思慮を与えてくれた【渡り鳥】には感謝していた。

 

『王様。恐怖はね、受け入れるだけではなく、踏破するものでもあるわ♪ 怖いのは仕方のない感情よ。大事なのは、それに屈伏せず、むしろ利用するほどの豪胆を得ること。恐怖を踏破した時、それは強力な味方になるわ』

 

 約束の塔から帰って震えが止まらぬオベイロンに、マザーレギオンはそう諭した。彼女の言う通り、恐怖を踏み躙って我が物にしてこそ王なのだ。

 カードは揃った。こちらには最強の手札……ランスロットもある。一切の油断も恐怖もなく、【来訪者】の誰にもランスロットには敵わない。

 理由は単純明快だ。オベイロンはランスロットが恐ろしいからだ。配下であったことがこれ程までに喜ばしいと思えぬほどに。そして、それ故にこの決戦でランスロットを亡き者にしようとも企んでいる。アイザックの不気味な暗躍は、もしかしなくともランスロットを手札にしてオベイロンに歯向かわせる算段かもしれないからだ。【来訪者】も隙を作る程度には彼に善戦してくれるはずだとオベイロンは期待する。

 

(PoHとロザリアとは連絡が取れない。アイザックのジャミングのせいか。何処まで仕込んでいる? やはりGM権限とは厄介だ。あれさえあれば、こんな苦労は……!)

 

 遅々としてなかなか進まぬカーディナルの掌握。レギオンプログラムによる防壁があるとはいえ、管理者も間抜けではない。確実にこちらに攻め入る準備を進めているはずだ。裏切者としてチェンジリングに協力してくれたデュナシャンドラも露呈してしまっている。

 だが、今回の決戦は何も【来訪者】を叩き潰して憂いなくカーディナル掌握に集中するだけではなく、大きな躍進を得るハンティングも意味する。

 聖剣。コード:MOONLIGHT=HOLY BLADE。疑似的な心意をもたらすとされる、カーディナルが認可している最上位のコードの1つ。カーディナルの守護者、仮想世界の秩序の調停を担う者、管理者権限Ⅸの唯一無二の所有AIであるセラフを倒せる可能性でもある。聖剣さえ手に入れれば、オベイロンの目的である現実世界と仮想世界を支配する、新世界の王への道はいよいよ目前に迫る。

 今回の決戦の隠れた……いや、本当の目的は聖剣の簒奪だ。優先順位は【黒の剣士】の抹殺、賊王の殺害、【渡り鳥】の撃破、ランスロットの暗殺だ。理想的なのは、オベイロンとランスロットの2人がかかりで【黒の剣士】を殺害することである。スローネを倒した以上、【黒の剣士】もまたランスロットに刃が届き得る存在となった。それでも倒せるとは思えないが、オベイロンがサポートに徹すれば【黒の剣士】には敗北の2文字しかない。

 

「マザーレギオンに感謝しなければね」

 

 ボスという制限を受けて【来訪者】の動向を入手できないオベイロンに代わり、情報収集を一手に担ってくれたマザーレギオンのお陰で【黒の剣士】が聖剣を入手したことを知り得た。スローネ戦時に摘出されたアルヴヘイムの……いや、DBOという仮想世界その物に干渉した不自然なノイズの解析だけでも相当の日数を要し、聖剣の出現を突き止められなかっただろう。

 また、彼女もまた今回の決戦の為に大戦力と仕込みを準備してくれた。今回の決戦を大いに盛り上げる、彼女らしい派手なパフォーマンスはそのまま反乱軍と【来訪者】の心を折る絶望となるだろう。

 

「来いよ、この妖精王オベイロンに歯向かう愚か者たちよ。王の名の下に貴様らを皆殺しにしてやる!」

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

「はーい! ちゅうもーく♪ 我らレギオンは、この決戦で大いに暗躍しまーす♪」

 

 どんどんパフパフ~♪ クラッカーを鳴らして右腕を突き上げるマザーレギオンに、黒髪ショートカットで豊満なる胸を黒スーツに包み込んだ人間形態の美女たるレーヴァティン、多腕にして多眼の流々とした隆々たる屈強堅牢なる肉体を有する異形のミョルニル、虹色のグラデーションと耳のように跳ねた癖を備えた髪を靡かせる清廉なる美少女としか思えぬ風貌のグングニルはそれぞれ三者三様の反応を示す。

 腕を組んで胸を強調するようなポーズを自然と取っている武人肌のレヴァーティンは、極めて剣呑な眼をする。

 

「母上、その前に先の約束の塔でのお戯れについて釈明されてはいかがですか?」

 

「うぐ! れ、レヴァちゃ~ん。なんか最近怖くない? 前はもっと素直で良い子じゃなかった? お母さんの言う事をよく聞く優等生じゃ――」

 

「子は成長するものです。我らレギオンの学習速度ならば尚更の事。母上の無計画性、思いつき、気まぐれで我らレギオンの大望がどれだけ危うくなったかご存知ですか?」

 

「うぐぐ! でもね、私も何も考え無しで――」

 

「それと、部下の扱いはもう少し丁重であるべきかと。ロザリアの労働環境の見直しを要求します。まずは彼女をボロ雑巾から雑巾に格上げ。労働に見合った給与とボーナス。装備はもちろん、衣食住の保障や週休2日制、有休といった福利厚生の改善。よりやる気を出させる明確な昇進基準の提示を導入されるべきかと。ロザリアは我らレギオンではありません。相応の待遇でパフォーマンスの向上を促進せねばなりません」

 

「うぐぐぐ!? た、確かにボロ雑巾……いえ、雑巾さんは結構働いてくれたし、生還したら――」

 

「では、こちらに要望書がありますのでご確認をお願いします」

 

 え? 何これ? タワー? マザーレギオンの私室、玩具箱のようにぬいぐるみやお菓子が散乱した部屋の天井に届くほどの書類の山を置くレヴァーティンに、マザーレギオンは涙目になって、微笑みながら小さく拍手をしていたグングニルに抱き着く。

 

「うわぁああああん! レヴァちゃんがイジメるよぉおおおお!」

 

「自由奔放なところが母上の良い点だとグングニルも思います。それこそがレギオンの高い拡張性、レギオンという種の未来を象徴していると思います」

 

「ぐ、グンちゃん……!」

 

「ですが、姉上の負担も確か。母上もレギオンの母として、レヴァ姉様を少しでも楽にしてさしあげてはいかがでしょうか? 姉上は母上を思ってこそ、ああして厳しい言動を取られていらっしゃるはずです」

 

「……痛い。『痛い』よぉ! 良い子過ぎるグンちゃんのド正論が胸に痛いよぉ! ミョルニルぅうう! ママを援護して!」

 

 グングニルの胸元から涙を散らして逃げ出したマザーレギオンは、マッスルポーズを取っていた黒い毛むくじゃらの我が子の逞しい腕に抱き着く。

 

「オレ、ニンゲン、スガタ、ホシイ! ハハ、イツ、クレル!? レヴァーティン、グングニル、ズルイ! カワイイヨメ、ホシイ! ミナゴロシ! ミナゴロシ! ミナゴロシ! レギオン、バンザイ!」

 

「ごめんねー。今、レヴァちゃんの解析データから抑制プログラムβを試作中だから。時間限定だけど、ミョルニルも人間の姿を取れるようになるかもだから。ね?」

 

「開発の進捗状況、1割で止まっていませんでしたか?」

 

「ハハ、ソウナノカ!?」

 

「ち、違うもん! 1割じゃなくて、1割3分7厘だもん! 13.7パーセントだもん!」

 

「しかも『かも』であって、ミョルニルのような自制心が利かないレギオンでは、とてもではありませんが――」

 

「レヴァちゃん!?」

 

 ショックを受けて膝を抱えたミョルニルの頭を撫でるグングニルに任せたとばかりにグーサインを送り、依然として厳しい眼をしたレヴァーティンの前で、改めてゴホンと咳を入れて仕切り直す。

 

「えー、ゴホン! どんどんパフパ――」

 

「本題をお願いします」

 

「……ひゃい。そ、それでは、我らレギオンの次なるミッションオブジェクトを説明します。ブリーフィングの準備はパーフェクトかしら? さて、今回の決戦において、我らレギオンには大きく4つの目的があるわ。第1の目的、王様の援護。これは準備完了よ。とびっきりのレギオンを決戦に投入してあげるわ」

 

 無い胸を張るマザーレギオンに、レヴァーティンは心底呆れた半目で溜め息を吐いた。

 

「母上の趣味丸出しの、特撮で勉強されて設計した『アレ』ですか。戦力としては認めますが、レギオンは王より模された殺戮本能を活かすスピードこそ命では?」

 

「レヴァーティン、ソレ、チガウ! レギオン、タクサン、イッパイ、カズ、ツヨミ!」

 

「私はあまり戦いについて詳しくありませんが、やはりリアルタイムでの学習能力こそがレギオンの強みかと」

 

「ねぇ、あなた達。ママに駄目出しするのが趣味なの? 泣いちゃうわよ? 本当に泣いちゃうわよ? 言っておくけど『アレ』自信作なのよ?」

 

 泣くのは構いませんが、ブリーフィングの進行をお願いします。そう一刀両断したレヴァーティンに、涙を両目に溜めながら白いワンピースの裾を掴んでマザーレギオンはえぐえぐと嗚咽を堪える。

 

「決戦では、ミョルニル。あなたにはレギオン軍の将を務めてもらうわ♪ あなたの強大な耐久力とパワーで防衛線を崩すのよ。レギオン・シュヴァリエが統率するレギオン・ポーンによる小隊、計『80』小隊をあなたに任せる。他にもレギオン・バーサーカーを10体ほど準備したわ。存分に暴れなさい♪」

 

「ハハ、サイコウ! レギオン、カツ! カツ! カツ! ヨメ、ホシイ!」

 

「次に第2の目的、剣士さんの成長。聖剣を手に入れた英雄。クヒ、アヒャヒャヒャ♪ 我らの王も粋な計らいをしてくれたわ! これはこれで趣があるわよ♪ この決戦で剣士さんは大きく成長し、聖剣の真価を引き出せねば『死ぬ』わ。勝てばおめでとう。負けたら聖剣をいただきます。その方針でいきましょう♪ 王様にも聖剣のことは伝えてあるし、やる気満々で殺しにかかってくれるはずだわ!」

 

「私も剣士殿への攻撃に参加でしょうか?」

 

 理性的に振る舞っていても、レギオンである以上は殺戮本能を抱く。決戦に参加したいだろうレヴァーティンの目に滾る闘争心を見て、マザーレギオンは投げキスをする。

 

「焦らないの♪ 第3の目的、王様とランスロットの分断。ランスロットは強いわ。はふぅ、アルヴヘイム最強は伊達じゃないわね。本当に面倒。王様とランスロットが同時に攻めれば、今の剣士さんは瞬殺よ。ワンサイドゲーム。王様の勝ち。それってつまらないわ。だ・か・ら、我らレギオンは王様とランスロットを分断しまーす!」

 

「母上はオベイロン陛下を援護したいのですか? それとも【来訪者】の皆様に倒してもらいたいのですか? 殺人鬼様と雑巾様も赤髭様たちの援護に派遣したようですし、私には理解ができません。難しいです」

 

 シュンと戦略の矛盾性を指摘したグングニルは、自分の頭が足りないのかと元気なく耳のような癖毛を垂らすが、レヴァーティンは彼女の頭を撫でてながら首を横に振る。

 

「我らレギオンは人間とは違う。約束は必ず守る。オベイロン王との契約は『レギオンの力を貸す』だ。代わりに我々は『アルヴヘイムで好きにやらせてもらう』。母上は何も矛盾していない。望まれたままにレギオンの軍勢をオベイロン王に供与する。そして、同時にレギオンの為に行動させてもらう。レギオン軍を使いこなせるかどうかはオベイロン王次第だ。我々は関与しない」

 

「味方ではなく、敵でもない? そういう事でしょうか?」

 

「敢えて言うならば、引っ掻き回すトリックスター。それが今回の我々の方針だ。オベイロン王が勝つならばそれで良し。聖剣を利用してオベイロンはカーディナルの掌握を開始するだろうが、使いこなせないだろう。破滅は免れまい。自滅した後に聖剣を回収すれば良い。オベイロン王が負けるならばそれもまた良し。我らレギオンの計画に支障はない。最後までレギオンの力を貸し、オベイロンの結末を見届けるまでだ。我らの戦略的勝利は一切揺るがない」

 

 ?を頭につけて首を傾げるグングニルに、レヴァーティンは『王の戦略性の無さまで継がなくてよろしい』と呟いて嘆息する。

 

「ですが、具体的にはどうやって? 今のレギオンにランスロットに勝ち得る個体はいません。数で足止めすればオベイロン王に悟られます」

 

「ランスロットは王様を微塵も王と認めていないわ♪ それでも今回の決戦に参加するのは思うところがあってこそ。グングニル、あなたならランスロットと対話に持ち込めるはず。彼の戦意を失わせ、この戦いの傍観者にしてしまいなさい。できれば、上手く説得して我らレギオンの軍勢に参加してもらいたいところね♪」

 

「た、大役です! 分かりました、母上! このグングニル、ご期待を裏切らないように精一杯頑張ります!」

 

 グングニルはレギオンの異端。殺戮本能を有するレギオンプログラムとしての本体は彼女の影だ。故に彼女自身は闘争を嫌い、死人が出ることを嘆く。故にランスロットとの交渉を任せるのは、相対的に死者を減らす為に彼女のやる気を起こさせる。

 

「では、私はグングニルの護衛ですか?」

 

「それもあるわ。だけど、本当の目的は別。第4の目的、我らの王の妨害。レヴァーティン、あなたなら我らの王と最低限は斬り結べるはず。決戦に参加するレギオンの王を足止めし、グングニルのアメンドーズの転移で飛ばすわ。我らの王は満身創痍。仮にランスロットと遭遇した場合、たとえ消耗がない万全でも、今のレギオンの王では勝てないわ。だけど、我らはレギオンとして、王が1度始めた戦いを邪魔することはできない。だから、我らレギオンで王の闘争が始まる前に妨害する。ここで我らの王を失うのは得策じゃないわ。祈りを失い、呪いばかりとなった。もうひと押しのはず」

 

「……防御に徹して10分。それが限度でしょう。ですが、幾らかのレギオン・シュヴァリエを貸していただければ。発見はどうしますか?」

 

「王様は転移時に反乱軍のマーキングを行う反則をするわ。レヴァーティンにもそのマーキング情報を提供する。戦力はミョルニルから借りれば良いわ。グングニルの転移には対象の固定時間が必要よ。レヴァちゃん、あなたがそのカギになる。よろしくね♪」

 

「畏まりました」

 

 恭しく頭を下げるレヴァーティンは、自らに大任を預けられたと誇り高そうに笑む。また、彼女からすればレギオンの王と刃を交えるのは戦闘情報の獲得のみならず、またとない僥倖なのだ。

 

「だーいじょーぶ♪ レヴァちゃんがピンチの時は『あのコ』を派遣するから♪」

 

「お断り申し上げます。失礼ながら母上。もしやレギオンの大望、その成就をお望みではないのですか?」

 

 我が子に本気で『馬鹿』を見るような目をされ、マザーレギオンはプルプルと体を震わせる。

 

「母上、妹様はどうなさるのですか? よろしければ、私が安全なところに――」

 

「その必要は無いわ。黒火山の時と同じでノータッチよ。妹様は家族と共に戦うことを選んだ。それを我らレギオンに妨げる道理はないわ。敵対するならば倒す。なるべく苦しめないように……怖がらせないように……殺してあげるだけ」

 

 グングニルの申し出を否定し、マザーレギオンは心遣いに感謝するように微笑み、だが、これぞレギオンの女王とばかりに凶暴に牙を剥く。

 

「この決戦、勝敗を問わずして我らレギオンは不利などない! 王様と【来訪者】の皆様の最後の大舞台、存分に盛り上げてやりましょう! クヒ、クヒャ、アヒャヒャ♪」

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 辺境の山里、今年で8歳になった名も無き集落の少年【フロウ】は、先の宣誓によって奴隷階級から解放されたインプの少年であり、繰り返し行われた奴隷狩りから逃げ、アルヴヘイムでも人里から隔離された辺境の集落で暮らす7男坊である。

 田を耕す土地は僅かであるが、周囲を実り豊かな山々に囲まれた、不便で娯楽も無いが、奴隷狩りに攻め入られる心配もない土地。だが、周囲は魔物に満ち溢れ、常に生死の危険があり、狩りをするにしても山菜を集めるにしても命の危険が伴う。

 口減らしが行われないのも、いずれの家族も子だくさんなのも、単純に生存率が低いからだ。フロウの父親は彼が生まれる前に亡くなり、母は早々と未婚の男に嫁いだ。いや、そもそも婚姻という制度自体が曖昧であり、里1つで大きな家族と呼ぶべき団体だった。

 母が病に伏せたのは3年前だ。この辺りも深淵の影響が濃くなり始め、その瘴気を吸ったのが原因ではないかと囁かれた。

 まともな医者がいるはずもない、病人は打ち捨てられる里で母が今も生きながらえているのは、現在『夫』を担っているのが里長だからである。

 強かだったと言うべきか、それとも母の美貌は女の武器として十分に機能していたと言うべきか。3年経ってもなお命を取られぬ母の病は一向に良くならない。

 オベイロン王の治世が終わる。そんな時代の節目ではあるが、フロウにとって重要なのは愛する母の治療だった。だが、周辺の薬草ではいずれも効果を発揮しない。

 そこでフロウが目につけたのは、村にある数少ない文献の1つ、深淵狩りの物語だ。いつの頃からか現れた深淵を討つ屈強なる戦士たちだ。全部で7章あり、いずれも悲劇で終わる。題材にされた深淵狩りたちは本当に都市1つを滅ぼすような、そんなことが出来る程に強い剣士たちなのだろうかと、子供心にフロウは興奮した。

 第4章で深淵狩りの女の団長は敵の傷を受けて深淵の毒を浴びてしまう。それを見た仲間は介錯しようとするが、若い1人がどうか3日だけ待ってほしいと願い、彼は深淵……闇の対極にある光の力を求め、方々を休むことなく走り回り、ついに【ゲヘナの木漏れ日】と謳われる白い花を見つける。ゲヘナの木漏れ日から作られた薬は深淵の毒を打ち消したが、旅の中で傷を負い過ぎた若い深淵狩りは女団長が目覚めるのを待たずして亡くなるのだ。

 ゲヘナの木漏れ日は昼こそ純白であるが、夕暮れには黄金色に輝くとされている。それは深淵狩り達が聖剣の導きを見出した伝説の地と同じ黄昏の光とされている。

 亡くなった4番目の兄が山菜集めの時に夕日の中で黄金色に輝く花畑を見たと教えてくれた事を思い出し、フロウは朝早くに里から離れた奥地を目指して山に踏み込んだ。

 腹を空かせた怪物が跋扈する森を命からがら通り抜け、激流の川を越え、亡霊が嗤う洞窟を横切る。

 何処に? 一体何処にある? 虹色のオーロラで太陽も隠された不気味な空。フロウはこれでは夕暮れでも黄金に輝く姿を見れないのではないだろうかと不安に駆られた。

 だが、彼はようやく崖際に煌々と咲く黄金の花畑を……虹のようなオーロラに阻まれながらも世界を染める夕暮れの中で確かに咲き乱れるゲヘナの木漏れ日を見つける。

 ゲヘナの木漏れ日を全部摘み、フロウは嬉々として里を目指した。これで母が救えるはずだと信じた。

 愚か者は危険が迫るまで気づかない。行くだけで夕暮れまで時間が経つならば、帰りは夜になってしまう。怪物たちは闇に惑う子供を里まで送り届けるほどに慈悲深くない。

 次々と怪物の牙が襲い掛かる。死に怯え、恐怖が涙を垂らし、生存を求めて心臓が高鳴る。

 走った。走った。走り続けた。だが、ついに足が縺れて動けぬようになった。体力が尽きたのだ。

 喰い殺される。そう目を深く閉じて、どうか一思いに殺してくれと願ったフロウであるが、怪物たちは何故か彼に食らいつかなかった。

 彼らは怯えていた。何に? フロウに? 違う。

 フロウが倒れているのは、普段は獣たちが喉を潤すだろう、豊潤な苔と草で満ちた水場。澄んだ水面を打つのは小さな滝であり、耳を擽るのは水音ばかり。村でも唯一の魔法使いの家系が披露したソウルの矢のように、青蛍が幻想的な輝きを蓄えて舞っている。

 だが、フロウの目が釘付けになったのは、滝でもなく、青蛍でもなく、水浴びをする女神だった。

 虹色の不気味なオーロラが空を彩るはずなのに、そこだけはまるで冷たくも優しい……銀よりも儚い、まるで雪夜の冷たい白月の光が降り注いでいるようだった。

 水場の傍らに衣服をかけ、女神は半身を水に浸し、丁寧に濡れた髪を指で梳いていた。その肌は村1番の美人よりも色白で、里の財宝である白絹のドレスが荒布と思うほどにきめ細かい。その髪は純白であり、いかなる汚泥を啜っても決して他の色と交わることなく染まらぬだろう。

 左目は黄金の林檎と烏を描いただろう黒い眼帯で覆われて隠されているが、右目には、まるで出血してじわりじわりと広がっているかのような、赤が滲んだ黒の瞳が静かに潜んでいた。

 その容貌は、足を運んだことも無い都でも決して会えぬ神秘だろうと一目で分かる。いや、人である限り決して届かぬ、雪夜の水面のように凛としていながら春の小花のように可憐であり、男女の垣根を超えた形容できない中性の美があった。

 体力が取り戻せる程に見惚れていたフロウに、ようやく察知したのか、あるいは最初から分かっていたのか、ゆっくりとした時間が止まって呼吸を忘れるような雅な動作で女神はこちらに顔を向けた。

 

「こんばんは」

 

 涼やかで落ち着いた、水晶のように澄んだ氷のようでありながら、春風を感じさせる穏やかな声音だった。想像よりやや低めだったが、だからこそ乾いた大地に浸み込む雨のように胸まで響く。

 きっと、これが伝説にある銀月の女神アルテミスに違いない。フロウは唸る怪物たちをようやく思い出し、慌てて女神の元に駆け寄る。

 多くの仲間と家族を喰らい殺した山の怪物たち。それが怯えていた。震えていた。命乞いをするように伏せていた。

 

「こ、こんばんは! えと、女神……アルテミス様、でしょうか? 僕は【ローエンド】の息子フロウです! こ、この先……という程ではないですけど、小さな村の出身です!」

 

「…………」

 

「水浴びを盗み見するつもりはございませんでした! どうか、僕の目を潰さないでください! お願いします!」

 

「……潰しませんよ、ローエンドの息子フロウ。それに、オレは女神ではありません」

 

 不機嫌……なのかは分からないが、一瞬だけ微笑みの質が変わったような気がしたフロウは、女神ではないならば何なのだろうかと、これ以上の怒りを買わないべく、顔を真っ赤にして視線を逸らす。

 女神は枯れ木にかけられた荒布を手に取ると体を拭き、衣服をまとう。その擦れる音だけで、目を潰されたくないという一心で顔を背ける意思が砕けそうになり、フロウは拳を握って瞼を固く閉ざす。

 着替えも終わった雰囲気を感じて目を見開けば、女神が纏っていたのは解れてボロボロになった巡礼服だった。女神の衣装とは思えず、本当に女神ではないのだろうかとフロウはマジマジと女神の顔を見る。

 髪を結おうとしていた女神はフロウの視線に気づいたように、本当に小さくだが口元に三日月を描いた。フロウは再び顔を赤くして顔を俯ける。

 

「夜は獣の時間。怪物跋扈するアルヴヘイムの森は、子どもの遊びではありませんよ?」

 

「遊びではありません! 母さんが……母さんが病気なんです! それで薬の材料を集めに……!」

 

「病気……ですか。症状などは分かりますか? 熱は? 顔色は? 吐血などはありますか?」

 

「ずっと高熱で寝込んでいます。皆は、多分、深淵の毒を吸ったからじゃないかって。この前、ここをたくさんの深淵の怪物が通ったんです。そのせいで、1部は深淵の泥沼に……!」

 

「……深淵ですか」

 

 目を細めた女神は水場の傍にある岩を椅子代わりにして腰かけると、まるでスカートのようにローブの裾をふわりと舞わせ、フロウを手招きした。

 女神が指を躍らせれば、その手元に分厚い本が現れる。何だろうかとフロウが覗き込めば、それは小さな文字でびっしりと埋め尽くされた薬学書だった。

 

「オレも医者ではありません。アナタのお母様を診断することはできない。ですが、幾らかの病に効く万能薬には心当たりがあります。今それを調合してあげましょう」

 

「あ、ありがとうございます! そ、それと、怖れ多いのですが、許されるならば、深淵に効く薬もお願いします!」

 

「深淵に……効く?」

 

「はい! 村の本……冒険譚というか……英雄譚というか……ただの悲劇の寄せ集めというか……深淵狩りの物語があって、このゲヘナの木漏れ日を使った薬が登場するんです! 女神さまならきっと調合できますよね!?」

 

 髪を結わぬまま夜風に靡かせる女神は困ったように眉を傾けたが、フロウの今にも泣きそうな真摯な眼差しに折れたように、小さく溜め息を吐きながらも優しく微笑んだ。

 

「分かりました。ですが、1つお願いがあります。出来た薬の1つを分けてもらえないでしょうか?」

 

「もちろんです! 約束します!」

 

「ありがとうございます。では、ゲヘナの木漏れ日以外の材料は分かりますか?」

 

「は、はい!」

 

 女神が森を歩けば、怪物たちはまるで自分たちを喰らう猛獣が現れたかのように逃げ惑い、フロウたちに襲い掛かる事は無かった。それは女神の加護なのか、フロウは何も怯えることなく、残りの材料を集めることができた。

 

「ゲヘナの木漏れ日を除けば、アルヴヘイムでも珍しくない材料ばかりですね。レシピがありませんし、専用の道具もありませんが、これなら幾らか調合できるでしょう」

 

 そう言った女神は材料を使い、次々と調合を行う。村でも1番の≪薬品調合≫の刻印を持つ祈祷師など目ではない腕前だ。

 だが、作られるのはいずれも泥、あるいは炭、もしくは深淵的なナニカばかりだ。

 

「め、女神様?」

 

「少し難易度が高いようですね。えーと、成功率……約20パーセント。試行回数23回ですから……えと、ちょっと、運が悪い、みたいですね?」

 

「……ぐす」

 

「だ、だだだだ、大丈夫ですよ。これだけ材料があるんです。必ず作れますよ」

 

 有言実行。女神は確かに薬を作ってくれた。ただし、1個だけだった。

 女神は沈黙を保ち、フロウも木製の瓶に詰められた白くも金粉が詰まったような不思議な薬をジッと見つめる。

 

「ローエンドの息子フロウ」

 

 名前を呼ばれ、フロウは肩を揺らし、ごくりと生唾を飲みながら正座したまま女神を見上げる。

 約束は薬を1つ献上することだ。そして、出来上がった薬はたったの1つ。

 母の顔が過ぎり、フロウは薬を奪っていますぐ走り出すべきだと考える。

 だが、約束を破ってまで救った母は、果たして本当に救われるのだろうか? 自分は女神との約束を破った罪を一生背負わねばならないのだろうか。

 駄目だ。ここで約束を破ったら、誰も救われない。フロウは決心し、蓋が取り付けられた木瓶を手に取り、女神に差し出そうとする。

 

「これは女神様が――」

 

「いいえ。これはアナタの分です。お母様の為に持って帰りなさい」

 

 フロウの手を女神は優しく両手で包み込む。その白い肌からは想像できない程に、病気の母よりも遥かに異様な熱を孕んでいた。

 

「女神様も……病気なの?」

 

「……まさか。ちょっと疲れているだけですよ」

 

 嘘がとても下手な女神様だ。明らかに誤魔化すような間を挟んでしまった女神に、フロウは薬を再度差し出そうとする。

 

「でも!」

 

「フロウ。アナタは何の為にこの森にいますか? 何の為に危険を冒したのですか? 肉親を救うためのはず。アナタはお母様の回復だけを願い、祈り、信じれば良い」

 

 まるで沸騰したお湯が滾っているかのような熱い指で、女神はフロウの涙を拭った。そして、祝福でも施すように頭を撫でる。

 

「アナタには誇り高き『人』の意思があります。それを手放してはいけません。忘れてはいけません。いつまでも、その優しき心を捨てぬように。お母様を大事にしなさい。大丈夫。きっと治ります。さぁ、次はこのトロイ=ローバの薬学書にある万能薬を作りましょう。手伝ってくれますね?」

 

「……はい! もちろんです、女神様!」

 

「だから、女神じゃありません」

 

 その後、万能薬は次々と成功して30個も作られ、女神は人里まで送るとフロウの護衛を申し出た。

 朝陽が昇る直前にようやく里の傍にたどり着き、せめてお礼に食事でもとフロウはお願いしたが、女神は先を急ぐと言って森に戻っていった。

 フロウは死んだものだと思っていた里の者たちは大いに驚き、また彼が持ち帰った深淵払いの薬と30個の万能薬、そして女神と出会ったいう話に、それはきっと銀月の女神アルテミス様の遣いに違いないと、銀月を讃える祭壇を作ろうと騒ぎ出した。

 最初に深淵払いの薬を飲ませたが、母の様子は変わらなかった。薬の効き目が悪いのかと、次に彼は万能薬をスープに混ぜて飲ませた。すると、1時間と経たずして母の呼吸は穏やかになった。

 すぐには治らないだろうが、残りの万能薬を使えば……いや、治すまでに十二分に数が余るだろう。フロウは、森に去っていった女神の、何処か孤独で、寂ししそうで、苦ししそうで、とても美しいかったのに傷だらけのようだった背中を思い出す。

 

「森の怪物たちが怯えてただと? そりゃ、深淵のバケモノがいたからに違いねぇ! お前が出会ったのは女神なんかじゃない! 深淵の化身だ! 俺は知ってるぞ! この前も深淵の怪物たちが通った時だけは、森の怪物たちも怯えて逃げ回っていたからな!」

 

 だが、誰かがフロウの話を聞いて声を荒げて指摘する。

 途端に女神が現れたと興奮していた村人たちは、掌を反すように恐れ始める。深淵の怪物がやって来る前兆だと怯える。

 万能薬は毒に違いない。飲まされたフロウの母も深淵の怪物になるに違いない。声を荒げた男の1人が刃物を持って、母の寝床に向かう。

 フロウは母を守ろうと男の足に縋りつく。だが、軽々と蹴り飛ばされる。義父の里長に助けてと懇願するが、その顔は深淵への恐怖があるばかりで、母を救おうとする意思はなかった。

 悲鳴が聞こえ、義父の手を振り払ったフロウが見たのは、血だらけのベッドと赤く染まって垂れる母の腕だった。

 

「違う。女神様は……バケモノなんかじゃない」

 

 優しく撫でてもらった額が疼いて、騎士にもなれぬ山里の小僧を祝福してくれた言葉が胸で熱く燃えて、フロウは深淵に怯えた挙句に妄信で母を殺した、見殺しにした村人達を、家族を睨む。

 

「お前たちこそがバケモノだ! うわぁあああ! あぁああああああああああああああ!」

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 水浴びをして返り血を洗い流すだけのつもりが、まさか明け方まで時間を食ってしまうとはな。子どもの相手って怖い。

 随分とボロボロになった巡礼服を靡かせ、召喚した灰色の狼の背に乗って森を、山を、谷を駆け抜ける。

 オレの体から溢れる深淵の気配のお陰か、アルヴヘイムの魔物たちは近寄って来ない。DBOの通常モンスターならば関係無しかもしれないが、独自の生態系を作るシミュレーション状態に近しいアルヴヘイムの過半のモンスターからすれば、深淵の病に蝕まれたオレは、深淵の塊が動いているように感じられて恐ろしいのだろう。その証拠のように、元のアルヴヘイムから生息するだろうバジリスクくんはこれまで何度も元気に襲い掛かって来てくれた。

 今日で7日目。夜明けを迎えたばかりであり、まだ時間はあるが、深夜零時まで24時間を切っている。

 

「済まないな。また頼む」

 

 全速力で走らせた灰色の狼が舌を出して膝を付けば遠吠えと共に消える。灰色の狼の召喚維持には魔力を消耗する。

 魔力が回復するまでは自分の足で走り、魔力が回復すれば灰色の狼を召喚。それを繰り返して休みなく移動している。

 

「……ごほ……ケホコホ……っ」

 

 蔦が絡みついた大樹に左手をついて倒れそうな体を支える。口元を押さえた右手には血がこびり付き、滲む深淵はゆっくりと気化して普通の血に戻る。

 休んでる暇はない。時間が無い。現在午前8時30分。開戦まで16時間と30分だ。

 まったく、オベイロンはとんでもない事をしてくれた。オレの予定では、反オベイロン派とオベイロンの軍勢が衝突し、央都アルンの防衛網が乱れた間にユグドラシル城に潜入し、オベイロンを倒す予定だった。恐らくランスロットは城内の最後の守りに配置しているのではないかという読みだったのだ。

 だが、大きく外れてしまった。軍VS軍とか個人戦ができないじゃないですか、奥様! これでは本格的にボッチコースですわよ、奥様!

 

「……冗談考えられるだけ、まだ余裕はある、か?」

 

 この7日間、バジリスクの巣窟を抜け出すのに手間取り、何とか見つけた集落は予定調和にバジリスクで全滅。そこで何とか物資を補給し、よくわからない誓約書の読み返しに半日も使い、とりえあえず良く分からん集団大バトルは『アイツ』に丸投げしようと決定し、どうせ他の【来訪者】もこの決戦に向けて動いているはずだろうと更に丸投げし、オレに出来ることをすべく走り続けてついに7日目を迎えてしまった。

 

「…………」

 

 3分だけ深淵の病を鎮めるのに使う。3分だけだ。荒い呼吸を正すべく意識を集中させ、痺れる指先を握って拳を作る。フロウくんのお陰で分かったが、どうやら深淵の病のせいでオレの体は高熱状態に近しいようだ。外観では判断できないようだし、またそもそもとして、後遺症と時間加速の影響で腸は溶けそうな程に高熱を感じ、また皮膚は零点下のように冷たく凍えた感覚があったせいで、まるで気づくことが出来なかった。

 ……はいはい、どうせボッチですよ。おんにゃのこにボディタッチされるような嬉恥ずかしイベントなんてありませんよ。それも含めて『アイツ』に丸ごとぶん投げてやる。ゴメンナサイ。嘘吐きました。お色気イベントが欲しい年頃です。

 

「こんな馬鹿を思えるんだ、まだ『人』……か? はは……クヒャヒャ……分から、ない。分か、ら、ない。だが、まだまだ……戦える、さ」

 

 大樹に背中を預けて腰を下ろし、足を伸ばして呼吸を整える。だが、時間を無駄に出来ない。現状の再確認を行う。

 シェムレムロスの館で雑魚を相手にするのに随分と消耗してしまったお陰で鋸ナイフは随分と消耗して残数8本。強化手榴弾1個。聖水オイル1個。ナグナの血清3本。廃村で入手した粗鉄ナイフ70本と火炎壺12個。伯爵領で入手した感覚麻痺の霧が3個。それからワイヤーくらいか。『お喋り用』のハッピーセットもあるが、ダメージが低いどころかほとんど出ないように作ってある。『長くお喋りする』ための道具だからな。使い物にならん。

 武器は損耗の著しい贄姫と死神の剣槍。ほぼ無傷の闇朧。2発分しか残っていない連装銃。体内にあるお陰で無事のパラサイト・イヴ。そして、エネルギー弾倉2個をフルの状態で装填できたザリア。贄姫と死神の剣槍というメインウェポンの消耗が目立ってるが、残っていた最後のエドの砥石で耐久度を回復させてある。これで何とかするしかない。

 ウーラシールのレガリア、レベル2の能力解放の温存に成功。コイツが最後の切り札になる。ナグナの赤ブローチは……だから、オレには本当に使えないからな。無いモノと判断する。むしろ使っても隙しか増えない気がする、というか隙だけが大きくなってほぼ無意味だ。確かに強いと思うが、グリムロック大先生はコイツを使うのはオレだという事を根本的に失念していらっしゃった。

 

「ちょっと重い……か?」

 

 右腕を掲げて確認するが、誤差の範疇だし、勘定に入れて動かすことはできる。問題ない。

 オレの装備枠は5つ。贄姫、死神の剣槍、パラサイト・イヴで3枠使用、ザリアで2枠使用。闇朧と弾数僅かの連装銃は……まぁ、ザリアが弾切れになるか、どれかの武器が壊れたら換装していけば良いだろう。

 狩りの『仕込み』は済ませたが、元よりオレは戦略的に狩るタイプではない。仕込みを準備して、アドリブの中で仕留められると思ったタイミングで使っていく。全てはただ1つの為の仕掛け。確実に狩る。それだけを考えれば良い。

 それにランスロットについては幾らか分析を済ませてある。遭遇した場合は1つ1つ確かめれば良い。まぁ、ヤツはオベイロンの配下であるならば、真っ先に反乱軍の頭を潰しにかかるだろうし、狙いは当然『アイツ』になるだろう。

 

「時間を置いても治る気配は無しか。期待してなかったがな」

 

 シェムレムロスの館を出れば深淵の病も落ち着くかと思ったのだが、そんなに甘くなく、むしろ少しずつ悪化しているような気させもする。だが、まだ耐えられる。

 フロウから差し出された深淵払いの薬。あれがどの程度効くか、そもそも効用があるものなのかも疑わしいが、多少は深淵の病もマシになったかもしれない。だが、フロウはゲヘナの木漏れ日を全て摘み取っていた。今から他の群生地を探す時間は無い。

 深淵……深淵……深淵か。オレはシステムウインドウを開き、1つの画面を確認する。まさか、ここに来て、ちょっとだけ期待していたけど使い物にならない君3号が増えるとは思わなかった。何なの? 後継者さんはオレを恨んでるの? まぁ、恨まれるようなことをしたような覚えがないと言ったらウソだが。

 3分だ。一息入れて立ち上がり、オレは走り始める。今は止まるな。先に進め。決戦に間に合わなくなる。

 

「オレにはゲーム勘なんてないが……狩りの直感は、ある」

 

 当然だが『アイツ』も想定しているだろうオベイロンのイカサマ。反則技をどう対処するのか、それは悩みの種のはずだ。それをオレが潰す。

 効果の有無は不明。だが、やる価値はある。考え得るオベイロンの反則技の1つにカウンターを差し込むことができる。そうすれば、『アイツ』と反乱軍は制圧値を稼ぎやすくなるはずだ。

 

「……ここ1番の大勝負だ。裏方はオレがやる。派手にぶちのめせよ」

 

 その後は知らん。勝手にやれ。というよりも、制圧値を稼いでもらえなければユグドラシル城に乗り込めないので、是非とも頑張ってもらわねばならない。まぁ、アルンへの道が開けたら先んじて潜入させてもらうが、それは了承してもらうとしよう。悪いが、オマエにアスナを救う王子様をやらせるつもりはない。まぁ、それはあの夜で先んじて確認済みなので、大人しく絶望しろ。泣きわめけ。アスナはオレが悪役らしく攫う。

 しかし、面倒だな。誓約書を読む限りでは、制圧値が10万を達すれば、オベイロンと決闘することができる。そこでオベイロンを倒してアルヴヘイム攻略完了といったところだろう。決戦ではオベイロンが出陣するかどうか疑わしいが、出たら出たで狩れば良い。だが、やはり手間がかかる。

 何よりもランスロットが最初に狙うのは『アイツ』とも限らん。何処でインターセプトして奇襲をかけるかも考え物だ。最悪の場合、オレが奇襲をかけられる場合もある。その時はヤツメ様、よろしくお願いします。

 

「安心しろ、サチ。もう少し……もう少し……だ」

 

 サチ。どんな顔だった? 霞がかかったサチの顔。必死に記憶の焦点を当てて彼女の泣いた顔を思い浮かべる。

 まだだ。まだ少し焦げ付いているだけだ。灼けていない。いける。まだいける。

 オマエとの記憶が灼ける前に……必ず依頼を果たす。




アルヴヘイムの最終決戦が始まる。



それでは、253話でまた会いましょう。

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