SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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絶望「さてと、そろそろウォーミングアップしておくか」

悲劇「おいおい、俺が先だろ?」

苦悩「君達の出番はまだ先さ。僕が先発を務めよう」


皆様は誰にオファーするのがよろしいですか? ちなみに希望と救済はありません。


Episode6-3 井戸の底

 ロープを伝い、下りると同時に冷え切った水が膝の少し下まで足を浸す。

 泥や水、地面の凍結など、移動に制限や悪影響を与える環境ステータスは幾つも存在する。特に水は移動速度に明確な低下が見られる為に注意せねばならない。だが、一方でモンスター側にも制限をかけられる事も多々存在する為、上手く活用すれば強力な武器に成り得る。

 1番に井戸の底に到着したオレは分厚いガラス製のランプに火を灯す。できれば松明を準備したかったのだが、密閉空間で一定以上の熱量を使用したら酸欠状態……なんて設定を茅場の後継者が準備していないとも限らないし、このランプならば手元から離してもバランスを取って置く事が出来る。

 井戸というのは地下水源と地上を繋いだものなのだが、なるほど、井戸の底の真横に大人1人分はあるだろう横穴が開き、水が流入してしまっている。これによって井戸としての価値はなくなってしまったという訳か。

 無事に底まで到着したクラディールとキャッティは、冷たい水に一瞬顔を曇らせたが、すぐにオレと同じく穴に着目する。

 

「この穴はこちら側から壊されたものだなァ。見ろ、瓦礫が穴側に集中して落ちている」

 

「つまり、井戸を作った段階で、その真横に別の空洞があったって事?」

 

「だろうな」

 

 キャッティの問いに頷き、オレのランプをキャッティに預けたクラディールが先行して穴に侵入する。オレは双子鎌で、クラディールは片手剣と盾で両手が塞がっている。片手でも使えるカタナを装備したキャッティが必然として光源を保有する事になる。

 穴の内部はどうにも人工的な空間のようだ。それも牢獄の類のようである。両手首を手錠で嵌められ、壁にぶら下げられた骸骨が4体存在する。軽く蹴ってみるが、動き出す気配はない。少なくともトラップではないようだ。

 

「どれもガルム族の頭蓋骨だな」

 

 オレは骸骨の頭部がいずれも人間ではない事を告げる。

 頭蓋骨を手に取り、クラディールはまじまじとそれを見つめた後、まるで悼むように元の場所にそっと戻した。存外、彼はセンチメンタルなタイプなのかもしれない。

 井戸から流入した水のせいか、足下は水溜りが多い。空気も冷え切っており、地上の蒸し暑さが嘘のようだった。

 鉄格子は錆びつき、また破壊された形跡がある。先を進むプレイヤー達が壊したのか、それとも元からなのか。判別できないが、これ以外に進むべき道が無い以上は選択の余地など無い。

 牢獄の通路に出ると、更にこの空間の異様さが伝わる。というのも、牢獄の数が1つや2つではない。軽く10部屋は存在し、いずれもガルム族ばかりが拘束されたまま無言の骨と化している。

 そうなると、ここはガルム族の地下牢なのだろうか? だが、それが何故この場所に存在するのかは気になる。

 そもそもこの地は人間の村のはずだ。ならば、普通ならば人間の牢獄が存在すべきではないのだろうか? あるいは、ガルム族が古くはこの地を支配し、地下に牢獄を築いていたが、そこに人間が住みつき、地下の存在を知らぬままに村を建造したのだろうか?

 いずれも推測の域だ。オレはなるべく水音を立てないように、ゆっくりと歩を進めるが、どう足掻いても水が弾ける音が響き渡る。こういう時に≪気配遮断≫の上位スキルである≪消音≫が欲しくなる。

 幸いにもモンスターに出くわす事無く、通路の先にある錆びた鉄の扉にたどり着く。だが、これも≪ピッキング≫の必要も無く、まるで侵入者を迎え入れるように開いている。

 クラディールは指差し、オレに先行するように指示する。頷いたオレは双子鎌を構え、飛び込むようにして扉を潜る。

 前転して体勢を立て直し、派手に水音を立てたオレだが、そこにはモンスターが存在する気配は無い。拍子抜けしたが、まぁ、こんなものだろう。

 通路の先も通路であり、左右に道が続いている。どちらかが安全な正解か、どちらもトラップが待ち構える茨の道か。

 

「問題ねーぞ」

 

「ご苦労だな。しかし、門番のモンスターくらい配置しているかと思ったが」

 

「先に倒されたのかもね」

 

 恐らくはキャッティの予想が当たりだろう。オレは周囲を見回し、その石造りの建物の中で燃え盛る緑色の炎を見つける。

 まるで招かれざる客を歓迎するかのように、幾つもの松明が不気味な緑色の煌めきを揺らしている。確か緑色の炎って銅の化学反応だっただろうか。とはいえ、ゲームだから色が異なるのは別の理由なのだろうが。

 オレは松明を1本失敬する。ダンジョンではダンジョンの物を使う。これはトラップ回避の鉄則だ。オレはキャッティからランプを受け取り、腰のベルトに吊るす。割れたらオレが炎上してしまうが、これだけ水溜りがあれば転がれば鎮火も容易だろう。使ってる油も粗悪品だしな。

 松明をオレから受け取ったキャッティは息を呑む。というのも、松明には装飾が施されており、それは髑髏に絡みつく蛇と百足だったからだ。

 

「水が引いたのは最近だな」

 

 だが、オレが緑の火に気が取られている間、クラディールの目は床に向いていたらしい。彼は片膝を突き、足下にある魚の死骸を指差す。

 

「見ろ。死んではいるが、まだ腐っちゃいない。そういう演出って事は、ここの水が引いたのはごく最近……それも数日以内って設定だろうさ」

 

「この寒さなら腐るのも遅いだろうし、当たりね」

 

 増々きな臭いな。オレは足下のトラップに注意しながら、まずは右側からと、慎重に歩を進める。

 最初の曲がり角、そこで耳が捉えたのは足音だ。クラディールが制止するように腕を伸ばし、オレは姿勢を低くして角から覗き見る。

 そこにいたのは泥の塊だった。赤黒い……まるで血肉と粘土を混ぜたかのような色をした泥で体を構成された、マネキンよりも人の形を成していない、辛うじて人間のような輪郭をしたモンスターである。

 名称は聞き込み情報に無いので、差し当たっては泥人間と呼んでおくとしよう。オレはどうするか2人に視線で問う。

 

「引き返すぞ。反対の道を確認してからだ」

 

 クラディールの提案に乗り、オレ達は左側の道を確認する。こちらには泥人間はいない。だが、それが逆にトラップのニオイを醸し出しているような気もしないでもない。

 情報が無いモンスターが1体と安全な道が1つ。オレならば前者を選ぶ。2人も同様らしく、モンスターから始末する事になった。

 とはいえ、これから長期戦になるかもしれない手前、アイテムや武器の耐久値は温存したい。そこで、オレが取った作戦は着火作戦だ。

 松明をまた1本失敬し、それを角から隠れながら泥人間に放る。これで燃え上がれば良し。そうでなくとも先制打で火炎ダメージが与えられるだろう。

 緑色の光の線を描きながら投げられた松明は泥人間に命中する。燃える事はなかったが、かなりのダメージが入ったのか、はたまた元よりHPが低いのか、泥人間のHPは3割近く減少する。

 所詮は1体だ。オレ達は囲んで一方的に攻撃するだけで斃す事が出来た。だが、斃した瞬間に泥人間は今までのモンスターのように光となって砕けず、溶解し、異臭を漂わせてその場に泥を残す。

 

「ひっ! こ、これって……!」

 

「人骨……みたいだなァ」

 

 そして、溶解した泥人間から現れたのは本物の人骨だった。

 あの泥人間は、どうやら人骨を骨格にして形成されているとみて間違いないだろう。しかも、わざわざ斃した後もオリジナル演出とは恐れ入る。

 その後も幾度か泥人間と出くわしたが、特に苦労する事無く撃破する事ができた。ホラー要素を優先してモンスターは弱体化されているのか、それともまだダンジョンは序盤であるという警告か。

 そうしてオレ達が到着したのはドーム状の広い空間だ。足下には荘厳な魔法陣のようなものが彫り込まれ、周囲には人間が狼を踏みつけ、頭部に剣を突き立てる石像が並んでいる。

 

「間違いなく人間が作ったものだな。ガルム族が自分を貶めて嬉しがるドM民族なら別だけどよ」

 

 石像を撫で、オレは率直な感想を漏らす。

 だとするならば、あの牢獄が意味するものも自ずと想像がつく。そして、いかなる理由で村が呪われたのかも……

 ドーム状空間から進む事が出来る道は全部で3つ。それぞれの道の入口の頭上には『獅子に喰われる奴隷』、『祈りを捧げる民衆』、『竜を斃す英雄』のレリーフがある。

 

「3手に分かれるって方法もあるな。オレはそれでも良いけど」

 

 オレの提案は2人の睨みで却下される。そこまで悪い策じゃねーだろうが。元はお互いソロなんだし。

 

「安全そうなのはこの祈りを捧げている道よね。逆に危険そうなのは竜だと思うけど」

 

「俺も祈ってるのが1番安全そうだってのは同意だが、危険なのは奴隷だと思うがなァ。ガキ、お前はどれだ?」

 

「どっちにしても指輪を見つけねーと話にならないし、安全も危険もないと思うけどな」

 

 そもそも女の死体は井戸に投げ捨てられたという話からして、すぐに指輪は見つけられてもおかしくないはずだ。なのに、こうまでダンジョン攻略を強いる真意とは何だろうか? ゲーム性を強めるにしても、何かしらの意図があるはずだ。

 とはいえ、こんな事を一々警告するまでもなく、2人とも勘付いているだろう。オレは多数決に則って『祈りを捧げる民衆』にしようと提案し、ダンジョン攻略を再開する。

 曲がりくねった通路の先にあったのは礼拝堂だ。なるほど。確かに『祈りを捧げる民衆』に相応しいだろう。

 全体的に造りが荒く、急拵えといった印象を受ける。蝋燭立ては青銅製であり、炎はやはり緑色のまま、松明と違ってひっそりと灯っている。

 

「これって聖書かしら。私、≪言語解読≫で読めるみたいだけど、どうする?」

 

 礼拝堂の祭壇の前、そこには金属製の台の上に鎖で繋がれた重々しい書物が置いてある。残念ながら言語はゲームのオリジナルらしく、読み解く事が出来ない。だが、キャッティの≪言語解読≫で使えるならばそれを頼る他ないだろう。

 

「頼む。だが、トラップって可能性もあるから警戒しておこうぜ」

 

「ガキの言う通りだな。オレが出入口を見張る。ガキ、お前はキャッティに張り付いとけ。何があっても良いようになァ」

 

「2人とも悪いわね。じゃあ始めるわよ。言語選択……えと、【古き人の言葉】かな」

 

 そして、キャッティが聖書を読み始めた。

 

 

●  ●  ●

 

 かつて、神も人も存在せず、ただ古き者だけがあった。

 古き者とは竜であり、大樹であり、火であり、影だった。

 やがて【始まり】が現れた。【始まり】は大樹に祈りを捧げ、火と影より力を得た。そして大樹は実りを授けた。【始まり】は自らの血より家族を、友を、敵を創り、彼らに実りを与えた。

 実りを多く得た者は神となり、残された種と僅かばかりの果肉を得たものが人となった。

 神は命を創造し、軍勢を作り上げると人と力を合わせて竜に戦いを挑んだ。熾烈な戦いの果て、竜は敗れて去った。

 やがて神は人を統治し、大樹に代わって人に実りを与えた。人は神に祈り、その力を崇めるようになった。

 だが、月が欠ける事を知った夜から魔性が現れ始めた。

 人を惑わし、魔性は人から神の忠誠を捨てさせていった。それを危惧した神はかつての敵である竜たちの1部と同盟を結び、魔性を追い払った。

 かつて、世界には竜と大樹と火と影があった。

 そして、我らは神の下にて安息を知った。

 だが、そこに真実は無い。

 真実とは我らの血の中にこそ存在する。

 

●  ●  ●

 

 

 読み終えたキャッティは長く息を吐く。それ程までに≪言語解読≫に疲労感がもたらされるのかは定かではないが、少なくとも顔色は悪い。

 トラップが発動した気配は無い。一息吐き、オレとクラディールは肩から力を抜く。

 

「攻略のヒントには全くなりそうにないわね。まだ100ページくらい残ってるけど、読む?」

 

「止めようぜ。延々と神話を聞けるほど安全じゃねーしな」

 

 試しに鎖を切って持ち出せないか試したが、どうやら破壊不能オブジェクトらしい。あくまで内容を知りたければここで読めという事だろう。

 来た道を引き返し、次は『竜を斃す英雄』の道を進む。

 その先にあったのは上に続く階段だ。だが崩壊し、それ以上進む事は出来ない。

 もしかしたら、これがこの地下空間に入る為の本来の道なのかもしれない。試しに蹴ってみたが、どうやら破壊は可能であるらしい。耐久値は恐ろしい数値である事は間違いないだろうが。

 最後に『獅子に喰われる奴隷』の道だ。先に進むと、どうやら工事途中の通路だったらしく、8体ほどの泥人間が今も生前と同じ作業を続けているかのように、穴を掘り進めようと手を動かしては、硬い岩盤によって泥の手を破壊し、延々と同じ行動を繰り返している。

 経験値もコルも少ない泥人間を相手にするのは不毛だ。オレ達は再びドーム状の部屋に戻る。

 

「行き止まりね。さっきの左の道に進む? まだ行ってないし」

 

「いや、礼拝堂をもう1度調べようぜ。やっぱり気になるしな」

 

「俺もガキと同意見だ。どうせ先を越されてるんだ。ゆっくりじっくり攻略した方が良いしなァ」

 

「……そう」

 

 何処か不満そうなキャッティはカタナの柄頭を撫でる。ああ、なるほど。さっさと横取り連中にお仕置きしたいのですね、分かります。

 礼拝堂に戻ったオレ達は改めて何処かに隠し通路が無いか探す。この手のものは祭壇を押せば開けると定番は決まっているのだが、押しても動く気配は微塵もない。

 やはり外れか。オレは何気なしに祭壇の下に目を向けると、そこには明らかに子供と思われる小さな骨格をした骸骨が膝を抱えたまま眠っていた。頭蓋骨からは燻んだ金色の長い糸……生前ならば美しかっただろう金髪が幾本か伸びている。

 服装も今でこそボロボロだが、元は上質なものなのだろう、金糸が施された白いローブのようだ。恐らく聖職のものだろう。

 だが、それ以上に重要なのは、彼女の首には服と同じでボロボロであるが端同士が繋げられたタオル……恐らくは猿ぐつわだろう、そして両手首には内側に肉を貫く針が設けられた手錠がかけられている事だ。

 生贄か。オレは自然と拳を握る。

 それが文化ならば仕方がない。だが、神に身を捧げる事を望まぬ子どもを無理矢理、それも苦痛を与えながら、生贄を捧げる事に何の意味がある? それを喜ぶ神ならば、

 

人の存在にかけてでも戦いを挑むべきだ。

 

「……オレも呑まれてるな。気をつけねーと」

 

 深呼吸を挟む。これはゲームだ。これは単なるゲームの設定だ。実際に子供が生贄になった訳ではない。

 アバターのポリゴンの内側に潜む心臓。それが高鳴っている気がする。落ち着かせる為に、オレはしばし瞼を閉ざす。

 改めて白骨と化した少女の亡骸を調べる。人骨は等しく泥人間になったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。それに、生贄だとしても祭壇の下にいる……というよりも隠れているというのもおかしい。

 ふと、少女の胸に光るペンダント……いや、ロケットを見つける。純金のようだが、傷がつけられ、表面の装飾は大きく破損しているようだ。

 ロケットの蓋を開けると、そこには生前の彼女と母親を描いたものか、精巧な似顔絵が納められていた。さすがに『神の時代』に写真は存在しないのだろう。だが、これだけ精密に描かれた似顔絵と純金製のロケットである事を考えると、この少女はそれ相応の裕福な家の娘なのだろう。

 似顔絵の少女は幸せそうに微笑んでいる。オレはロケットの蓋を閉じ、彼女の手に握らせる。せめて幸せな思い出の中で眠れるように。

 ダンジョンの雰囲気のせいだろう。いつものオレならば問答無用でアイテムストレージに入れているに違いない。だが、らしくない慈愛の精神が『たまには仕事させろ! そんなんだからサディストとか鬼畜とか言われてるんだよ、この屑が!』と喚いている。

 

 

『ありがとう』

 

 

 それは幻聴なのか、オレの耳元で反響したような少女の声が届く。

 慌てて振り返るが、そこには誰もいない。ホッと安心したのも束の間、前を向けば、聖書の前に青白い光で構成された……いかにも幽霊と主張するような、生前のような美しい白の聖職のローブを着た少女が立っている。

 

「ファッ!?」

 

 思わず間抜けな悲鳴を上げたオレにクラディール達が顔を向ける。

 

「どうした? 何か見つかったか?」

 

「もしかしてトラップとか? 大丈夫?」

 

 2人の視界には完全完璧に幽霊少女が入っている。だが、2人には視認できていないのか、オレに対しての言葉ばかりだ。

 落ち着け。こういう時は素数を数えれば良いんだっけ? それとも円周率だったか? どうでも良い。クールダウンだ。クールダウン!

 

『お兄ちゃん、大丈夫?』

 

 だが、少女はふわりと浮いて祭壇越しにオレに小首を傾げて心配してくる。大変ありがたい心遣いなのですが、どうか離れてください、お願いします。

 これはイベントだ。これはイベント! そう! オレは何かイベントの発生条件を満たしただけ! それ以外の何物でもない!

 というよりも、この少女、オレを『お兄ちゃん』と……つまり、見間違う事無く刹那の単位でオレを【男子】と認識した事の方を喜ぶべきではないか!『プロフィール情報の性別から読み取っただけだろ』とかそういうツッコミは要らない!

 やはりこの髪型プラグインは偉大だな。今後も愛用させてもらうとしよう。癖が入って跳ねまくっている男にしてはやや長めの、やんちゃな少年のような髪型を手で弄りながら、オレは一転上機嫌になる。

 

 

『こっちだよ、お兄ちゃん』

 

 少女の幽霊が手招きしたのは聖書が納められた台座だ。オレは彼女に誘われるままに、聖書の元に足を運ぶ。

 この聖書をまさか全て読めとか、そんな事を言うつもりだろうか? だとするならば、キャッティにもオレと同じようにイベントを発生させてもらう必要がある。だが、ただでさえ精神的に不安定……特に現状では怒りと殺意の方に振り切れてる彼女に幽霊とか見せたら斬りかかりそうだしな。だとするならまずはクラディールに事情を説明しておくか。

 

「おい、クラディール!」

 

「何だ?」

 

「お前って幽霊とか大丈夫か?」

 

「……からかってるなら殺すぞ、ガキがァ」

 

 殺意全快で睨まれ、オレは即座にクラディールはオカルト関連が駄目なタイプかと判断する。アレだろう。ホラー系ダンジョン攻略とかの時は頭の中で『これはゲームゲームゲーム!』とかいって理性で感情を抑え込んでクリアを目指すタイプだな。存外、今もかなり我慢しているのかもしれない。

 

「おい、これをどうすれば良いんだ?」

 

 オレは2人には聞こえないように小声で少女の幽霊に尋ねる。

 

『聖書を引っ張って。鎖が引き千切れるくらいにいっぱい』

 

 トラップとは信じたくない。だが、どうにもこの少女からは悪意を感じない。

 NPC特有のプログラムの光。それ以外の何かをこの少女の目は持っている。それはダークライダーやコボルド王に類似するものだ。

 ……今は考えないようにしよう。オレは少女に言われるままに、聖書を手に取ってSTRの限界まで力を込めて引っ張る。

 燭台の蝋燭の火が猛々しくなり、礼拝堂を緑色の光で眩しく照らす。何事かとクラディールとキャッティが目を奪われた頃には、祭壇裏の壁がせり上がり、新たな道を開いていた。

 

「ガキィ! よくやった! こいつは間違いなく隠し通路だ!」

 

「もしかしたらショートカットかもしれないわね! お手柄じゃない! でも、どうして分かったのよ?」

 

 喜ぶ2人を尻目に、オレは先導してくれる少女の幽霊に目が奪われる。

 彼女は苦しげに、悲しげに、祈るように、手を組んでいる。

 

『お兄ちゃん、どうかあの「お姉ちゃん」を助けてあげて。とても痛がってるの。全てを呪ってしまいたくなるくらいに。闇を持たない人に「お姉ちゃん」は止められない。たとえ、狼さんの英雄でも……』

 

 この先に少女の幽霊は行けないのだろう。オレ達の無事を祈るように、祭壇の前で少女は見送ってくれる。

 その後、隠し通路を通る間はずっと2人に何でギミックに気づいたのか質問攻めにされたが、オレは口を噤み続けた。

 もしかしたら、このゲームはオレが想像していたよりもずっと恐ろしいものなのかもしれない。

 そして、そこには茅場の後継者の……いいや、茅場と後継者、2人の真なる理想が隠されているように思えてならなかった。

 




希望「オファーが来たんだけど」

救済「奇遇ね。私にもよ」


壁|絶望・悲劇・苦悩「ニヤニヤ」


喜劇「2人とも騙されるな! それはあの3馬鹿の罠だぁ!」

恐怖「キミは勘が良過ぎるようだね、喜劇君。先に消えてもらうとしよう」

喜劇「!?」



喜劇が世界を救う期待を30話に淡く寄せる茶番に混ぜながら、

Let's MORE DEBAN!

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