SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

苦悩「まずは俺が復活か。フフフ、苦悩は人を成長させる。だろう?」

喜劇「良いから帰れ」

苦悩「恋の悩みも俺の領分だが?」

喜劇「滞在を許可する」


Episode17-04 傭兵インタビュー

 移転したサインズ本部には以前と同様に仲介人との個室が設けられている。重要な依頼は個室で仲介人から直接オーダーが伝えられ、傭兵はこれを吟味して、依頼の受託・拒否を決定するわけであるが、当然ながら個室を利用できるような待遇は大ギルドの仲介人ばかりであり、個室行きとは実質的に大ギルドからの依頼が待っているという事だ。

 オレの場合はメールでの依頼でも大半が真っ黒だったのであるが、個室行きの場合は更に輪をかけている場合が多い。ちなみに、更にどす黒いとサインズを通さずに、事前に食事やら何やらで依頼の『裏』を教えられる場合もある。そして、大抵の場合は『裏の裏』があるものだ。

 オレも復帰したばかりであるし、大ギルド側からも『信用』は十分に回復できていないだろうと思っていたが、以外にも大ギルドからの依頼はこれでもかと言う程に積み重なっている。襲撃から暗殺まで幅広く、またオレの悪名を上手く利用した依頼も多い。

 だが、過去と決定的に違うのは、今のオレにはマネージャーという恐ろしい存在がいる事だ。

 

「これが今回のミッションプランね」

 

 質素とは言い難いが、豪奢には届かない程度に調度品が整えられ、クリスタル製の灰皿をテーブルの中心に置き、それを挟んで横長のソファが2つ並んでいる。オレとグリセルダさんは同じソファに腰かけ、反対側には聖剣騎士団の仲介人であるオニールがやや緊張した面持ちで頷いた。

 

「ああ。聖剣騎士団としても【渡り鳥】の復活は心待ちにしていたって事だろう。復帰して1週間も経たずに独立傭兵に仕事を回すとはそういう事だ」

 

 グリセルダさんがオレのオペレーター兼マネージャーになった事はサインズ経由で通達済みである。傭兵たちもオペレーターやマネージャーを雇う事も増え始めたのは、はたして良い傾向と呼べるのか、それとも端的に大ギルドへの『信頼』が無くなってきていると呼ぶべきか。まぁ、傭兵の視点から見ればプロ同士の折衝で依頼を適正にしたいという気持ちはある。

 オニールは2冊のファイルを事前に準備してくれている。オレはグリセルダさんが恐ろしいまでに無表情で依頼内容を確認するのを横目に、自分のファイルを開いて復帰後初となる聖剣騎士団の依頼を確認する。

 依頼ジャンルは襲撃。対象は太陽の狩猟団が保有するロータス農場だ。今現在で最も警備が厳しい農場であり、太陽の狩猟団は大金を投資している。仕事内容はシンプルであり、ロータスの苗を奪取し、なおかつ保有農場にダメージを与える事である。

 この手の依頼は珍しくない。襲撃依頼でもまともな部類だ。厄介なのは100名規模のギルドNPCと10機以上のゴーレムを相手にしなければならない点だろう。事前に投入した潜入用ギルドNPCは全滅。諜報部も公開されている防衛設備以上の情報は掴めていない。相変わらず雑な仕事だ。

 狙うならば深夜か? いや、いっそ昼間に堂々と仕掛ける方が成功率も高いかもしれない。しかし、どうにも気になるのは、最重要農場の割には判明している防衛設備が平凡過ぎる。それに農場と言っても、それは便宜上の分類であり、実際には大規模な地下施設だ。その肝心要の地下施設の構造も不明である。

 太陽の狩猟団としても襲撃は予想済みだろう。ならば、地下にこそ防衛の本命があるとみるべきだ。下手に時間を費やせば応援を呼ばれて地下で袋の鼠になるだろう。

 隠密系スキルが≪気配遮断≫しかなく、索敵スキルも無いオレではスニーキングミッションには限度がある。こういう時は探索系に強い協働を雇いたいのであるが、こうも戦力が膨大過ぎると引き受けてくれないだろう。せいぜいが前金目的で地上の防衛戦力を引き付ける囮役が精一杯か。

 だが、報酬は80万コルと悪くない。ここから経費を差し引いていかねばならず、依頼後の武器の修理やアイテム補充も考慮しなければならない。これだけの相手だ。相応の準備が必要になる。3割残れば大黒字だな。世間で言われているように報酬で資金潤沢なのは経費持ちの依頼が多い専属傭兵の話だ。独立傭兵は辛いな。まぁ、自由の代償と言ったところか。オレと違って≪銃器≫主体のスミスは更に厳しいだろう。

 

「話にならないわね」

 

 と、グリセルダさんは鼻を鳴らしてファイルをテーブルに投げる。乾いた紙の音が響き、両手を組んでこちらを見守っていたオニールが顔を顰めた。

 

「報酬の増額か? 聖剣騎士団からは報酬面での交渉も任せられている。不満があるなら言ってくれ」

 

 あくまで聖剣騎士団所属ではなく、雇われの仲介人であるオニールに与えられた権限は多くない。彼の許容をオーバーする要望は認められないだろう。あるいは、その都度に聖剣騎士団との直接交渉となる。それは面倒なので避けたいのがオレの本音なのだが、依頼を受けるか否かは最終的にオレが判断するとはいえ、まずはグリセルダさんを通してからになる。

 

「そうね。まずは報酬を倍にしてもらうかしら」

 

「倍って……2倍って事か。そいつは幾らなんでも無茶だ。出せて105……いや、110までなら俺も交渉して引き出させるが」

 

「それと経費は全額そちらで面倒見てもらうわ」

 

「はぁ!?」

 

 これにはオニールも驚きを隠せず、オレも頬を引き攣らせる。聖剣騎士団からの依頼1発目だ。ここは無難にこなして有用性を証明しておきたい。

 

「オレは報酬に不満はない。だから――」

 

「クゥリ君は黙っていなさい。依頼の適正化は『マネージャーの仕事』よ」

 

 グリセルダさんは淡いピンクのレディーススーツ姿で足を組み、オレの口出しを封じ込める。ああ、駄目だ。完全に鬼セルダさんモードになっている。こうなったら何を口出ししても無意味だ。

 

「先に言っておくけど、倍でも足りないくらいだわ。情報はスカスカ、襲撃プランもほぼ丸投げ、聖剣騎士団から援護らしい援護は無しどころか皆無。しかも報酬は80万コル? こんなの情報屋と事前準備で吹っ飛ぶわ。赤字よ、赤字」

 

「だがな、今までの【渡り鳥】ならこれくらい――」

 

「昔は昔、今は今よ。傭兵は慈善活動じゃないわ。ビジネスなのよ。それは仲介人であるあなたも重々承知のはず。最低限の仕事もできないクズは『お客様』じゃないわ」

 

 ……聖剣騎士団から新しい依頼はしばらく来そうにないな。オレは今回の依頼を素直に諦めて三つ編みの毛先を指で弄る。鬼セルダさんに気圧されているオニールには悪いが、オレには援護射撃はできない。

 

「これは【渡り鳥】へのご指名だ。この重みが分かるだろう?」

 

「分からないわね。こっちは靴を舐めてでも仕事が欲しい下請けじゃないのよ? そこを勘違いしないでもらえるかしら。聖剣騎士団が今後一切の依頼を出さないと言っても痛くも痒くもない。むしろ、大事な『商品』を無駄死にさせるような依頼主はこっちからケツを蹴り飛ばしてやるわ」

 

 鬼セルダさんにネクタイを掴まれて引っ張られたオニールは前屈みに倒れる。怯える彼を釣るようにネクタイを吊り上げた鬼セルダさんは、凍えるような眼差しでオニールを見つめる。

 

「聖剣騎士団に伝えなさい。『私の傭兵を舐めるな』とね。こんな屑みたいな依頼はご自慢のランク5にでも任せたらどうかしら? 無茶振りさせられるのも専属の仕事というものでしょう」

 

 そのままオニールを投げ飛ばした鬼セルダさんは、グリセルダさんの笑顔に戻るとオレの手から作戦ファイルを奪って丁重にオニールへと返す。傭兵の掟として、たとえ依頼を蹴ったとしても内容は決して口外しない。それはグリセルダさんも重々承知だ。

 

「行くわよ、クゥリ君」

 

 哀れなり、オニール。これから彼は聖剣騎士団に報告して叱責を浴びるだろう。まぁ、仕事を纏めるのも仲介人の仕事だ。これを教訓に活かしてもらいたいとは思うが、最近はマネージャー付き傭兵はスタンダード化しているからな。オニールも仕事が増えたと嘆くくらいかもしれない。

 

「オレは別に受けても良かったけど?」

 

 サインズ本部から出てると新装開店したワンモアタイムでお茶をする事になり、珈琲を傾けるグリセルダさんにオレは告げる。

 

「確かに報酬は少し低いかもしれないけど、それをやりくりするのも独立傭兵だ。そうじゃないと、いざという時に大金を釣り上げられない」

 

「それはルーキーのやり方よ。クゥリ君は自分の商品価値を分かっていないわね」

 

 マシュマロたっぷりのココアを飲むオレを見ているだけで胸焼けしているのだろう。グリセルダさんは眉を顰める。だが、味覚が鈍っているオレはこうした味の濃いものでなければ何を飲んでも水のようなものだ。いや、『水のような何か』か。最近は水にも味があったのだなと痛感している。

 

「このままでは使い潰されるだけよ。『死んでも自陣営に被害はない』というのが独立傭兵の売りなんだろうけど、今の情勢は違う。これまでのテーブルの下での足の踏み合いではなく、戦争というリングの上での殴り合いになるわ。その時になって、元から戦力としてカウントされている専属傭兵よりも、フリーの独立傭兵が何処の陣営を『贔屓』にするかは重要なポイントになるわ」

 

 ナグナから脱出以降、グリセルダさんはグリムロックからDBOの情勢について学んだ。下手すれば、ぼんやりと把握しているだけのオレよりも全容がつかめているかもしれない。

 オレは黙ってココアを飲みながら、そろそろ夏だし、これからアイスココアにするかと首筋を伝う汗を感じながら思いながら、徐々に鬼セルダさんに変化していくグリセルダさんから視線を逸らす。

 

「『こちらは今まで誠意を示した。だから次はあなた達の番だ』。私はそう伝えただけ。実際にクゥリ君は今まで依頼主を1度も裏切っていないし、最大の戦果を出し続けている。これで評価されないなら、こっちから依頼なんて願い下げよ。聖剣騎士団が今後依頼を回さなくても、他の大ギルドから仕事をもらえば良いわ」

 

「それでこちらの足下を見られたら? そうでなくとも、3大ギルドが結託してオレに仕事を回さなくなったら?」

 

「あり得ないわね。言ったでしょう? 皮肉にも戦争の機運があるの。それは本当の意味でのギルド同士の殺し合いよ。その時になって、彼らは【渡り鳥】の持つ悪名、『敵対すれば皆殺しにされる』という自分たちが育てたヒールイメージに怯える事になるわ。そして、それを利用しない手はないとも考えるはず。つまり、自陣営に引っ張り込むだけで敵対陣営に精神的圧力をかける事が出来るのよ」

 

 オレを精神破壊兵器みたいに言わないでもらいたいのだが。凄い微妙な気分になる。

 だが、グリセルダさんの言わんとする事は理解できる。つまり、独立傭兵としての戦力価値が十分に確立できたオレは、中小ギルドがそうであるように、真の中立など存在せず、何処の大ギルド『寄り』なのかという点が重要になってくる。

 今まで媚びを売っていたつもりはない。暗殺だって意味のあるものしか受託していない。粛清だって、それが組織維持に必要だと感じたから請け負ったものだ。そこに権力闘争や謀略が潜んでいるとしてもだ。だが、それでも無秩序に依頼を受けていた面は否めない。

 

「つまり、仮に3大ギルドが結託してオレに依頼を回さないと約定を結んでも、何処かが必ず出し抜こうとしてなし崩しになる、という理解で良いのか?」

 

「正解。クゥリ君の価値は『何処の陣営にもついていない独立傭兵』という点そのものよ。これを利用しない手はないわ。だけど今後は中小ギルドも開拓してお得意様を増やさないといけないわ。そうなると、やはりイメージ戦略が重要よね」

 

 大ギルドにとってオレのイメージなど問題ではない。むしろ邪悪であればある程に都合が良いだろう。逆に大衆イメージがそのまま直結する中小ギルドにとってはオレの人物像そのものが重要になる。それはオレも理解するところだ。だが、だからこそ今更どう取り繕っても無駄だとは感じる。

 最低でも日常生活がまともに送れる程度にはヘイトを下げたいとは思っているが、人間の心など簡単に移ろうはずがない。特に恐怖とは刻み込まれ、蝕むものだ。払拭するには長い時間を要するだろう。

 

「難しい事じゃないわ。『噂とは少し違うかもしれない』って思わせるだけで良いのよ」

 

「……でも、噂通りだ」

 

 女装趣味の変態は否定するにしても、オレが殺人狂である事に間違いはない。関われば死を呼ぶ疫病神である事も今までの経歴から決して嘘ではない事は明らかだ。

 

「噂は言葉。言葉は移ろうものよ。少しずつ変えていけば良いわ。大事なのは切っ掛けよ。まずは『ローコスト・ハイリターンの使い潰しが利く傭兵』から脱却よ。こちらの意図も読めないなら、どちらにしても戦争に勝ち目はないわ。そんな大ギルドは切り捨てましょう」

 

「切り捨てるって……別に良いけど。でも、聖剣騎士団はなるべく気遣ってやって欲しい。色々と見捨てられない理由がある」

 

 さすがにオレとて情がある。ノイジエルの遺言に従う気はないが、ディアベルの今後は見守るつもりだ。戦争の時も、相応の報酬が提示されれば、オレは迷うことなく戦争の時に聖剣騎士団側につくだろう。ユイを保護してもらっている恩もある。もちろん、報酬に差があるならば太陽の狩猟団やクラウドアース陣営につく。安値で買い叩かれる気はない。

 

「存外甘いわよね。そんな傭兵も悪くないけど」

 

 呆れながらも、何処か嬉しそうなグリセルダさんに、オレは溜め息を吐きたくなる。オレが甘いならば、こんなにも悪名が膨れ上がっていないと思うのだが。

 

「戦争が起きたら、あなたに静観は許されない。だけど時間はあるわ。何処の陣営につくのか、これからじっくりと見極めないといけないわね。それが『私の仕事』よ。さてと、お昼を済ませたらインタビューの最終チェックをするわ。今日が最初の1歩」

 

 ああ、そういえば今日だったか。正直言って気乗りしないのだが。特に隔週サインズには1度殴り込みしているだけに、オレとしても気まずい部分がある。彼らがインタビューするとなれば、オレの事を徹底的にこき下ろして、むしろイメージダウンに繋がる気もする。

 何にしてもグリセルダさんの作戦通りに進むはずもないだろうとオレは楽観してココアを飲み干した。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

「うぅ~! 緊張するわ~!」

 

 ガシャンガシャンと重量装備の甲冑を纏ったエネエナが右往左往する様を、ブギーマンは愛用のカメラのレンズ越しで見守る。

 

「先輩、ようやく悲願が叶うんですからシャキッとしてくださいよ、シャキッと!」

 

「アンタは『あの夜』を忘れたの!? ああ、思い出すだけでもおぞましい!」

 

 エネエナが怯えるのも無理はない。YARCA事件に載った写真を契機に、【渡り鳥】に追加された、女装趣味の変態という噂はご本人様の機嫌を損ねたらしく、隔週サインズ編集部に問答無用の殴り込みをかけてきたのである。

 ペンは剣より強し? ご冗談を。ペンで剣の刃を止められるはずがない。圧倒的な暴力を前には言葉など役に立たないのであるとブギーマンは思い知った。全員纏めて逆さ吊りにされた後は、世にも恐ろしい拷問の始まりである。まずはバケツにたっぷりと極太ミミズを詰めた【渡り鳥】がトングで丁寧に、男女平等で口内に押し込んでいった。しかも100回咀嚼するまでは飲み込むことを許さず、1回でもズルをすれば鼻の穴からミミズを流し込まれた。

 それ以降は……思い出すだけでもブギーマンの胃は痙攣してしまう。というよりも、記憶が半ば消去されてしまっている。人間は真に辛い記憶を頭の奥底に封じ込めて心を守ろうとするのだろうとブギーマンは実感した。

 だからこそ、グリセルダと名乗る【渡り鳥】のオペレーター兼マネージャーと名乗る女性がインタビューの打診をしてきた際には、悪質な冗談だろうと隔週サインズは取り合わなかった。だが、サインズに正式登録された【渡り鳥】のマネージャーである点が判明し、また特集にも目途がついていなかった事から、ストラテスの鶴の一声で【渡り鳥】のインタビューが許可された。

 インタビューの条件として依頼関連のインタビューは事前に大ギルドを通さねばならず、その点でエネエナは激しく抵抗したが、それを除けば基本的に自由だった。何よりも、今までは【渡り鳥】にインタビューをかけようと思えば、必ず大ギルドに察知されて厳しい制限をつけられてしまうが、マネージャーを通せば格段に緩い条件でインタビューできるというのが決め手となった。

 さすがの大ギルドも傭兵のマネージャーが打診したインタビューに抗議すれば、【渡り鳥】との関係性を損なうと判断したのだろう。あるいは、あの黒髪美人の脚線美が美味しそうなオペレーター兼マネージャーが余程に恐ろしいのだろうか、とブギーマンは勘ぐっていた。

 昨日まではやる気十分で過去の【渡り鳥】の情報を集めてインタビューに備えていたエネエナであるが、当日になると不安が湧いてきたのか、高重量の甲冑姿になって即殺されない備えを始めるあり様だ。

 とはいえ、好奇心で数多の地雷を踏み抜いてきた記者魂を持つエネエナだ。××歳独身カレシ無しは伊達ではない。そわそわする事に飽きたらしく、甲冑をオミットし、普段の記者スタイルに戻る。

 

「絶対にズタボロになるまで追及してやるわ! 特にシャルルの森とか! 色々と訊きたいことが山ほどあるのよ! それに、このタイミングで復活した理由も知りたいところね」

 

「その件ですけど、本当に傭兵復帰したんでしょうね? 俺にはどーにも信じられなくて」

 

 実のところを言えば、【渡り鳥】が復活したという情報は耳にしているのだが、妙に輪郭が見えてこないのだ。まず、サインズでの目撃例が極端に少ない。いや、事実上目撃されていないと言って等しい。情報によれば、マダムことリップスワンの護衛で華々しい復活を遂げたとの事だが、それ以上は隔週サインズも掴んでいない。噂レベルでは教会の仕事も引き受けているというものもあるのだが、下手に教会を突けば藪蛇どころか狂信者が溢れてくる。

 唯一の情報源たるヘカテも、何やら妙に口ごもっており、復帰の真相も定かではない。だからこそインタビュー記事が映えるというものでもあるが。というよりも、仮にインタビューをドタキャンされでもしたら、もはや特集には間に合わず、編集長よりお叱りを受ける事になるだろう。

 

「それも含めてインタビューでしょ? でも、アンタがカメラマンを務めるなんて意外ね。野郎の時はいつもダンベルラバーがしてたじゃない」

 

「……ちょっと思うところがあるんですよ、俺にもね」

 

 あの日、YARCA旅団壊滅にして新生の日、ブギーマンは我も忘れて【渡り鳥】を激写した。仕事ならば男だって撮影するが、変態写真道を歩む運命を神より与えられ、そしていずれは神を超える男であるブギーマンにとって、女の子以外にシャッターチャンスを感じるなどあってはならない事だった。

 そして、何よりも許せないのは、あの日撮影した【渡り鳥】がスカートをゆっくりと捲り上げていく姿の写真に途方もない魅力を感じ、気づけば見惚れてしまっている事だ。

 自分はYARCA旅団のような変態ではない。そのはずだ。ならば、あの日の熱い気持ちは変態写真道の新たな極意に通じるのではないだろうか? そもそも、神を超える為に必要な力とは何なのか? フレーム向こう側に『答え』があるのか。

 いや、それ以前に、あんなにも可愛くて奇麗な子が現実にいて良いのか!? ブギーマンはこれを試練と受け取った。今まさに、彼の変態写真道はかつてない進化か敗北かの分水嶺にあるのである。

 

「そろそろ時間ですね」

 

 インタビューが行われる場所の選定は隔週サインズに一任されたが、条件としてリラックスできる場所と指定されている。それはインタビューする側として当然の配慮であるが、わざわざ釘を刺すという事は、隔週サインズ側が嫌がらせをするような真似をすれば即座にインタビューは無しという暗黙の脅しである。

 もちろん、プロ魂としてエネエナもブギーマンもインタビュー相手に嫌がらせなどする気はない。せいぜい答え辛い質問を連発する程度である。

 場所はローガンの記憶のホテルだ。これまで多くの傭兵インタビューを行ってきた場所であり、両隣の部屋には大ギルドが控えて≪聞き耳≫でインタビュー内容をチェックしている事も通達されている。もしもエネエナが事前に通していない依頼内容の質問をぶつければ、容赦なく大ギルドの面々が流れ込んでくるだろう。普段ならば圧迫感を覚えるところであるが、相手が相手だけにいざという時を考えれば心強い味方……と言う名の肉壁である。

 さぁ、来るなら来い! ブギーマンは【渡り鳥】が腰かける椅子を睨み、その瞬間を待つ。

 ノックが鳴り、ブギーマンは喉を鳴らして震える指でカメラを握りしめる。いよいよ待ちに待った【渡り鳥】のインタビューの時間だ。

 

「少し遅刻したかしら?」

 

「いいえ、時間ピッタリです」

 

 ドアを開けて入ってきたのは、【渡り鳥】のマネージャーであるグリセルダだ。黒髪美人であり、お淑やかに見えるが、ブギーマン☆アイは真実を見抜く。彼女の本性はドSだ。あの黒ストッキングに包まれた脚線は間違いなく男を踏みなれている。無論、ブギーマンは踏まれたいと思うようなマゾのド変態ではない。あくまで、踏まれる瞬間! ストッキングの反射光と脚線、そしてレディーススーツのタイトスカートに隠された下着という3要素が完璧にフレームに入る瞬間を撮影したいだけだ。そこに欠片の妥協もない。そこら辺の踏まれてブヒブヒ言いたいだけの豚マゾと同列にされるのは心外なのである。あくまで踏まれるのは撮影『した』という結果の先なのだ。

 

「フフフ、傭兵は時間には律儀なのよ。今日は私の傭兵をよろしく頼むわ」

 

 エネエナと握手を交わしたグリセルダが指を鳴らすと、彼女の背後に隠れていた白髪の人物が入ってくる。それはグリセルダの助手なのか、穏やかに微笑みながら軽くエネエナ達に会釈する。

 

「……あ、あの、【渡り鳥】さんはどちらに?」

 

 だが、いつまで経っても【渡り鳥】が入室しない事に、エネエナが躊躇いながら問う。するとグリセルダは不思議そうにクスクスと笑った。

 

「『ここ』にいるじゃない。彼が正真正銘【渡り鳥】ことクゥリ君よ」

 

 そう言ってグリセルダが白髪の人物の肩を掴み、前に押し出した。確かに言われてみれば、顔立ちはまさしく【渡り鳥】そのものであるのだが、エネエナとブギーマンは信じられずに、互いに顔を見合わせた。

 

「「嘘だぁああああああああああああああああ!」」

 

 同時に叫んでしまうのも無理はないだろう。今まさに、ブギーマン達の目の前にいるのは、身長は160センチオーバー、腰まであるだろう白髪を1本の三つ編みで結った、可愛いと奇麗が同居しながらも凛とした雰囲気を持つ、まさしく完全なる中性的な美貌を持っているからだ。そして、眼帯に覆われていない右目には穏やかな光を宿し、口元には優雅としか言いようがない微笑みが描かれている。

 

「以前は大変な失礼を。改めて、サインズ登録傭兵のクゥリです。このような仕事は初めてなものでして、至らない部分もあるかと思いますが、よろしくお願い致します」

 

 丁寧に腰を折って一礼をする姿は演技などではない。ブギーマンがこれまで撮影してきたお嬢様達に通じるもの……生まれ備わった血統、培われた環境がもたらす品格そのものだ。いや、これまで撮影したお嬢様が贋物なのではないかと思う程に格が違う!

 椅子に腰かけた【渡り鳥】は足を交差させ、リラックスした様子で両手を組む。逆に、その不可侵とも思える雰囲気に呑まれたエネエナは我に返り、慌てた様子で隣の椅子に腰かけてインタビューを始めるサインをブギーマンに送った。

 だが、ブギーマンは動けなかった。否! 思考の暗闇の中で彼の宇宙は新たなコスモを見出し、爆発する新星より放たれた高熱量が流星となって意識に変革をもたらしていた。

 神は試練として天使を遣わしたのだ。自分を超えるならば、まずは天使の問いに答えて見せよとブギーマンを試しているのだ。良いだろう。勝負してやろう! こんなにも奇麗な子を撮影しないなど、変態写真道を極める者にあらぬ逃亡だ!

 

「では、【渡り鳥】さん。まずは簡単な質問からさせていただきます。傭兵になられた経緯をお答えください」

 

「そうですね。オレは皆様もご存じの通り、SAOでも傭兵業を営んでいました。DBOでも同じように傭兵業を営もうと思った。それだけですね」

 

 淀みない返答は最初から想定していた質問だからだろう。当然ながら、インタビューに応じる者として【渡り鳥】は準備を怠っていないようだ。調子を少しずつ取り戻しているだろうエネエナは、大いに満足したように頷きながらメモを取る。会話は全て録音されているが、エネエナのメモにはその当時の彼女の直感が記載されるのである。

 

「その衣服は新しい防具ですか? 髪型もそうですが、今までのイメージとは大きく異なりますね。何かこだわりや転機でも?」

 

「特にこだわりはありませんが、強いて言うならば、復帰に伴って気分を変えたかったから、ですね」

 

 全体的に灰色で纏められている新たな防具はまるで貴族から傭兵に転身したかのようだ。実用性を度外視した華美でもなく、かといって実用性を重視した無骨さもない。容姿と同じように中性……実用性と華美の両方の折衷である。特にコートは胸元を銀細工で閉じ、小さくとも目立つ真っ赤なブローチが取り付けられている。ブーツにも薄くだが銀糸が縫い込まれて草紋が描かれており、袖や裾の金糸の刺繍も麗しいの一言だ。

 以前の【渡り鳥】と言えば、防具も実用性を徹底的に重視し、コートなども修復が間に合っていないようにボロボロである事が多かった。それ故に薄汚い傭兵というイメージもあったが、今はそれを真っ向から否定する姿である。

 

「【渡り鳥】さんと言えば、多種多様な武器を扱う事で定評があります。そこにも何かこだわりが?」

 

「より多くの武器を扱いたい。それだけですよ。考え無しなんでしょうね」

 

 少しだけ恥ずかしそうに笑う姿に、エネエナも骨抜きにされたように頬が垂れてしまいそうだが、寸前で堪える。対してブギーマンはあっさり陥落して秒間10連射のシャッターフラッシュ攻撃である。口元に手を当てて恥ずかしがる【渡り鳥】の姿だけで豚丼特盛3杯は軽くいけるだろう。

 

「では、お聞きします。シャルル事件において、【渡り鳥】さんが多くの傭兵と大ギルドのメンバーを殺害した事でDBOに大きな悪影響……秩序の崩壊を引き起こしたという声もありますが、どのように思われますか? 事件の真偽も含めてお答えください」

 

 ジャブはこれくらいで良いだろう。エネエナは早速切り込んでいく姿勢にブギーマンは後輩として敬意を持つ。

 どう答える? カメラのレンズ越しでブギーマンは【渡り鳥】を注視する。やや困ったような顔をして、微笑みを引っ込めた【渡り鳥】は真剣な眼差しでエネエナを射抜いた。

 

「否定はしません。オレはシャルルの森で多くのプレイヤーを殺害しました。それが結果的にDBOの不安定化を招いたならば、その誹りは甘んじて受け入れましょう。ですが、傭兵として間違った真似は何1つしていないと断言致します」

 

「と、言いますと?」

 

「記者さん、もしもアナタが傭兵で、敵対勢力が何処にいるかも分からず、自分には支援が無い状況に置かれていたとしましょう。依頼の達成の為には敵対勢力との衝突は不可避です。そんな状況下で、アナタの前に敵対勢力を援助する物資を運ぶ部隊がいたとするならば、それを見逃しますか?」

 

「それは……」

 

「補給を断つのは兵法の基本。傭兵として依頼を達成する為に努力を怠る気はありません。依頼主のオーダーを遂行せずして何が傭兵でしょうか」

 

 正論だ。感情論を押し潰す、残酷なまでに美しい回答である。それを言い切った後に、【渡り鳥】は先程と同じように、エネエナに優しく微笑んだ。この1枚、もらった! ブギーマンは真剣に自身の傭兵論を語った後から元の微笑みに移ろう一瞬をカメラに収める。

 

「次の質問ですが、ナグナ事件……これまた大ギルドが大損害を出し、ノイジエル氏とベヒモス氏という有力プレイヤー2名が戦死するという痛ましい事件がありました。それに【渡り鳥】さんが関与していたという噂もありますが?」

 

「彼らの死を看取ったのは他でもないオレです。両名は誇り高く戦い、そして死にました。彼らの死は何ら恥じるものではなく、勇敢に戦士として戦い抜いた事をここに証言します」

 

 酷くあっさりと【渡り鳥】が肯定した事に、エネエナはまたも予想外とばかりに戸惑う。彼女の予想では狼狽しながら、しどろもどろになって否定するはずだったのだろう。だが、【渡り鳥】は落ち着いた態度のままに答えた。

 哀悼の意を示すように黙祷した【渡り鳥】は数秒の後に瞼を開く。その瞳に映った慈愛の揺らぎはとてもではないが、虚言の類には思えない。

 更に突っ込んで問おうとしたエネエナであるが、彼女の言葉を遮るようにメールが届く。両隣にいる大ギルドのエージェントからの警告だ。どうやら依頼関連ではないとはいえ、ナグナ事件に関しては大ギルドも無暗に触れられたくないという事だろう。あるいは、多くの陰謀に携わっているとされる【渡り鳥】はナグナ事件における、大ギルドのアキレス腱とも言うべき真実を知っているという事だろうか。

 その後も幾つかの質問が休憩を挟みながら続けられ、1時間を予定していたインタビューは熱が籠ったエネエナの要望によって3時間まで延長された。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「餅ですね」

 

「お餅ですね」

 

 シーラとミスティアが同時にそう評するのは、今にもドロドロに溶けてしまいそうな程にニヤニヤしたユウキだった。

 通称『女子会』にて、ユウキ達はお喋りや近況報告、それぞれの恋バナを楽しむ事が定例と化していた。普段はシーラから様々なアドバイスを受けるユウキであるが、今日は顎をテーブルにのせて、すっかり蕩けてしまっている。

 

「えへへ。クーがボクにプレゼント。『ボクだけの為に』作ってくれたプレゼント」

 

 服の中に隠したペンダントを意識して、ユウキは顔を真っ赤にして頬に手を触れて頭を振る。ポヨン☆ポヨン♪と放出されるハートは幻覚なのか、それとも仮想世界の過剰表現なのか、どちらにしてもハートが顔面に衝突し続けるシーラとミスティアは互いに視線を合わせるとユウキにダブルチョップを喰らわせた。

 

「落ち着いてください。この1週間ずっとそんな調子じゃないですか。プレゼント1つでそんな状態になってどうするんですか」

 

「うぅ~! だって! だって『あの』クーがくれたんだよ!? こんなの絶対に奇跡の類だよ!」

 

 頭を押さえて涙目になるユウキの物言いはある意味でクゥリに対して失礼の類であるが、シーラはそれに関して同意するように頬杖をついてアイス珈琲を飲みながら頷く。

 

「まぁ、あの戦闘馬鹿に女性にプレゼントする甲斐性があった事には驚きを隠せませんね。そんな思考に1ビットでも割くくらいなら依頼を探してヒャッハーしている人ですから」

 

「確かに、【渡り鳥】さんが女性にプレゼントってイメージは湧かないですよね。はぁ、ラジードくんも何処かズレてるから、プレゼントすると言ったらレア奇跡とか槍とか、そんなのばっかりなんですよね。アタシもアクセサリーの1つや2つ……できれば指輪とか欲しいなぁ」

 

 羨ましがるミスティアの悩みの吐露に、ユウキは同意するように頷いた後に、またも悶絶し始める。

 

「しかも! しかもだよ!? いつもみたいに投げ渡すとかじゃなくて、わざわざボクに着けてくれたんだ! しかも正面から! もう、ボクの方が恥ずかしくて爆発しちゃいそうだったよぉ!」

 

「羨ましいです! もちろん、その後にすることはしたんですよね!? た、たとばキスとか!?」

 

「え? してるわけないよ」

 

 ミスティアの追及に、当然とばかりに返答するユウキに、シーラは呆れ切った様子だった。

 だが、ユウキからすれば、クゥリはあくまで『お礼』としてプレゼントしてくれた事は重々承知している。そこに特別な感情はなく、自分を異性として認識しているはずもないとユウキも『分かっている』つもりだ。

 

「愚か! そこは『じゃあ、ボクのお返しはこれね♪』とか言って唇を奪ってしまう場面でしょうに! まったく、ユウキさんにはガッカリですよ」

 

「師匠は少しガツガツし過ぎだと思いますよ」

 

「ミスティアさんも言うようになりましたね」

 

 火花を散らすシーラとミスティアを尻目に、ユウキはペンダントを渡してくれた夜の回想に耽る。

 まるで抱きしめるように近づき、クゥリの吐息が触れた瞬間には心臓が破裂しそうだった。あの時によくぞ自分は呂律を回して会話ができたものである。また、クーは照れ隠しのように反転したお陰で助かったが、ユウキは顔を真っ赤にして震えていた。

 もちろん、あの時にキスでもしてくれれば完璧だったのだろうとは夢にも思うが、クゥリにとってユウキは祈りを託した相手だ。それは特別な存在かもしれないが、異性……恋愛対象としては見ていない。ユウキもそれを承知しているからこそ高望みしない。

 

「私は肉食系で良いんですよ。『あの人』は少し目を離したらすぐに新しい女が出来ますからね。今回の相手はなかなかに強敵ですし、脂肪兵器も危険度Aですからね。油断なりません」

 

「前々から思っていましたけど、師匠の想い人って月間ペースで新しい女性と関係作ってませんか?」

 

「そういうラジードさんもファンが増えてるらしいですよ? 特にこの前のボス戦では大活躍だったらしいじゃないですか。しかも教会を守る剣で治安維持活動でも名が売れていますからね~。今頃は何処かの誰かにモーションをかけられて、そのままホテルに……」

 

「……ちょっと用事を思い出したので、アタシはこれで」

 

 席を立とうとするミスティアに、シーラは冗談だと伝えて落ち着かせるも、あながちジョークでは済まないのも恐ろしい。チェーングレイヴでも【若狼】は対策会議が開かれる程度には評価が上がっている。その対策案の中には、レグライドが提案した無情なる『お色気陥落作戦』もあるのだ。具体的にはラジードの好みを綿密にリサーチした結果、ボインボインのバイーンが好みと判明し、酒池肉林で骨抜きにしてやろうという恐ろしい作戦である。もちろん、ユウキが女子会仲間として即座に却下したが、マクスウェルどころかボスすらも効果的でやる価値もあると判断しているので決行される場合も十分にあり得る。

 

「その点では、ユウキさんは心配いりませんよね。なにせ、相手が相手ですから」

 

 否定したいけど否定できない。だが、シーラの言葉にユウキはある種の安心感を覚える。彼女の言う通り、クゥリに浮ついた話題は皆無だ。そもそもDBO中のヘイトを稼いだ彼に友好的な人間など数えるほどしかいないだろう。つまり、恋のライバルはほぼ存在しないのである。 

 

「あ、そういえば、今日発売の隔週サインズって【渡り鳥】さんのインタビューが特集なんですよね。師匠もユウキちゃんも見ましたか?」

 

「ボクは家に帰ってから読もうかなって思ってたから」

 

「私はそもそも興味ありませんし。あの人のインタビューとか『彼女募集中!』か『オレが天下を取る! オレよりランク上のヤツ全員死ね!』とかそんな内容でしょうし」

 

 本当にシーラの中のクーはどうなっているんだろうね。だが、ユウキはまたしても否定しきれずに苦笑する。確かに読むまでもなく、クゥリがインタビューされたとなれば、要約すればそんな内容になりそうだとユウキも納得だった。

 

「だったら、ここで読みませんか? 実は買ってあるんです」

 

「良いでしょう。思いっきり笑ってあげます」

 

「えー。何か複雑だなぁ」

 

 ミスティアがアイテムストレージより取り出した紙袋より、隔週サインズを取り出す。表紙には今号の顔が載っているのであるが、その時点で3人は硬直した。

 

「「「……誰?」」」

 

 某雑誌を真似てか、隔週サインズの表紙を飾る人物は青林檎を持つことが決まっている。今回の表紙はインタビュー特集を飾るという事もあってクゥリなのであるが、まるで写真集の表紙のように笑顔で林檎を掲げている。その無邪気と無垢、写真でも分かるくらいに慈愛と穏やかを宿した眼差しと微笑みは、まさに『誰?』としか言いようがない。

 顔を見合わせた女子3人は、恐る恐ると言った調子でページを捲る。インタビュー内容は無難そのものであり、記者のエネエナは傭兵になった理由や戦闘スタイル、そしてシャルル事件など真面目な内容を終始続けていたのであるが、段々とインタビュー内容は弾けていっている。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

エネエナ「【渡り鳥】さんと言えば、傭兵紹介欄の『彼女募集中!』という大文字太字が伝説になっていますが、やはり今もカノジョはいないのですか?」

 

【渡り鳥】「残念ながらいませんね。独り身は寂しいとは思っているのですが、なかなかに巡り合わせもなくて」

 

エネエナ「つまり、ネタに走ったジョークではないと?」

 

【渡り鳥】「そこまで器用ではないですよ」

 

エネエナ「ちなみに好みは!? 年上とかどうですか!?」

 

【渡り鳥】「年上ですか? 良いですね。包容力がある女性にはやはり魅力を感じますよ」

 

エネエナ「よっしゃぁあああああああ!」

 

カメラマン「先輩抑えて! 抑えてぇえええええ! 仕事中ですよ!?」

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 クーって年上好き!? ユウキは愕然とするも、ハッと思い返す。確かにクゥリはグリセルダには弱く、またワンモアタイムのアイラ、太陽の狩猟団のミュウ、担当の受付嬢のヘカテなど、年上の女性との繋がりは多い。だが、そもそもクゥリは人付き合いが上手い部類ではない。そんなクゥリの繋がりが年上乱舞なのも、彼の好みだという前提があるならば納得である。

 

「確かユウキさんって……」

 

「【渡り鳥】さんよりも年下よね」

 

 2人の哀れみの眼差しで、ユウキはダメージを受けてよろめくも、そもそもDBOの年齢比率を考えれば、年上が多いのは当然ではないか! ユウキはそう無理矢理自分を納得させる。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

エネエナ「たとえば、おねーさんみたいなキャリアウーマンとかは!?」

 

カメラマン「だから先輩、落ち着いて!」

 

 

エネエナ「直球で訊きます! ボインは好きですか!?」

 

【渡り鳥】「好きと言われれば好きです。やっぱり男ですから惹かれるものはありますよ」

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 ペタペタと自分の胸に触れたユウキは、微かに丘があると辛うじて触れることで分かる自分の胸部平原に絶望し、クリティカルダメージを受ける。ユウキが倒れていく様を無情なる目でシーラ達は見つめる。

 

「ユウキさんの撃破を――」

 

「待ってください」

 

 終われない。まだ終われない! この気持ちはクーの好みにヒットしなかった程度では揺るがない! 歯を食いしばり、ユウキは思い返す。

 レグライドがユウキの特定の身体部位を見た時の哀れみの眼差し。

 ジュリアスがそっと差し出した牛乳。

 猛禽類の羽を付けた赤帽子が善意で持ってきた『豊胸アイテム獲得イベント』の情報。

 マクスウェルが無言で差し出したバ○トアップ体操のマニュアル。

 ボスの無情なる『ぺったん娘も良いという惰弱な発想が、人類を壊死させるのだ』という即死級の宣言。

 

 世界とは悲劇なのか。

 

 人間性を捧げよ。

 

 絶望を焚べよ。

 

 王たちに玉座無し。

 

 だが、ユウキは暗闇の中で見つけ出す。悪夢の夜明けの向こう側へと到達する光を見つける。それは心が折れないという不屈の意志。

 

 

「この程度……想定の範囲内だよぉおおおおおおお!」

 

 

 椅子から転げ落ちる寸前で持ちこたえたユウキに、シーラは感嘆し、ミスティアは目を見開く。

 

「再起動ですか!?」

 

「あり得ると言うの……こんなまな板が!」

 

「ミスティアさん、屋上。巨乳死すべし、慈悲はない」

 

「師匠、まな板の遺物が。進化の現実って奴を教えてやりますよ」

 

 ダッシュして店外へと飛び出した2人は放っておくとして、ユウキは覚悟を決めて隔週サインズの次のページを捲る。間もなくインタビュー記事は終わりである。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

【渡り鳥】「でも、やっぱり個々人に適したスタイルというのはあると思いますね。卑怯かもしれませんが、好きになった人こそが好みだと思います」

 

エネエナ「つまり、おねーさんの事を丸ごと愛してくれるってことですよね!?」

 

カメラマン「……少し黙りましょうか」

 

エネエナ「ぐぇ」

 

カメラマン「あー、すみません。先輩は××歳(プライバシーに関わるため削除)だから色々と焦ってて。つまり要約すると【渡り鳥】くんは今も絶賛カノジョ募集中で、告白カモーンって事ですね? ちなみに女性の好みとは別に、好きな部位は? 脚線? うなじ? 尻? それともやっぱり胸?」

 

マネージャー「アンタらいい加減にしなさい、このHENTAI共が! 真面目なフリして何ローアングルで私の傭兵を撮影しているのよ!」

 

カメラマン「いやぁ、だって【渡り鳥】さんの困った顔が可愛くて奇麗で可愛くて奇麗で。それで!? 何処が好きですか!?」

 

【渡り鳥】「好きな部位……そうですね、あえて言うなら『首』でしょうか?」

 

カメラマン「『首』? うなじではなく、『首』ですか?」

 

【渡り鳥】「はい、『首』です」

 

エネエナ「おねーさんは首にも自信があるわよぉおおおお!」

 

カメラマン「そういえば、今現在で好きな人は!?」

 

【渡り鳥】「……ノーコメントで」

 

 

――その後、収拾がつかなくなったためにインタビューは強制終了されました――インタビュー編集者:キャサリン

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 首、か。ユウキは自分の首に触れる。

 あの夜、クゥリはユウキの肌に……首に触れまいとしているようだった。

 シャルルの森での殺意の告白。クゥリは殺したがっている。ユウキを殺したいと望んでいる。そこには特別な想いがあるとユウキは見出したいが、それは傲慢なのだろう。

 やっぱり、どれだけイメチェンしても中身はクーのままだね。ホッとしたユウキであるが、この『首』という部位に込められた意味を解き明かせるのは彼女くらいのものである。

 

 じわじわと嬲られながら首を絞められたら、クーの事が増々好きになりそうだ。ユウキはペンダントを握りしめて無邪気に笑った。




なお、隔週サインズは即日売り切れです。


それでは、225話でまた会いましょう!

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