SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

大天使クゥリエル降臨


Episode17-03 死地を巡りて

 大聖堂を中心にして増築・改築が進められ、周辺一帯が宗教施設と化したその区画を人々は聖堂街と呼ぶ。

 無秩序とも思えるほどに聖堂が建築され、それらを縫うように歩道が整備され、尖塔のような高い聖堂同士は橋で繋げられ、各所に巨大な排水溝や柵が設けられ、まるで外部から大聖堂までの侵入を拒むように迷路と化している。

 グリムロックは背嚢装備の大型リュックサックを背負い、ヨルコを伴って聖堂街を訪れていた。聖堂街には多くの誓約拠点も配備されており、新たな誓約を結びたい者たちも多く訪れ、また交流している。その中でも1番の人気が白教と青教だ。どちらも白教は簡単に言えば『助け合い』、青教は『強者による庇護』を唱えている。白教同士のプレイヤー間では奇跡による回復の微共有が行われ、また奇跡の共鳴によって威力を高める事が出来る。青教は強者による庇護という事もあり、誓約【青の守護者】を所有するプレイヤーの傍にいる限り、全防御力が引き上げられるというものだ。

 他にも誓約は様々に存在し、たとえば【狩猟者の戒律】は定期的に開かれるハンティングイベントに参加することができる。ここでポイントを稼げば誓約レベルが上昇していき、誓約スキルもより強力なものになっていく。だが、中にはPvPを目的とした誓約もあるらしく、それらは禁忌とされ、聖堂街でも配備されていない。

 

「お待たせしました、グリムロック殿」

 

 修道女の案内で通された白教の聖堂の1つで、グリムロックは太陽光が差し込む小部屋にてエドガーと対面する。彼を待つ間に修道女が飲食物を運んできたのだが、グリムロックは一切に手を付けていない。代理というわけではないが、ヨルコが限度も知らずに葡萄酒をお代わりし続けて既に顔を赤くしてベロベロになるまで酔っていた。

 クゥリの取引によってソウルの種火を得たグリムロックだが、それ以外にも教会との協調関係を進めるべく、グリセルダのプランに従って様々な取引をエドガー経由で進めている。わざわざ喧嘩を売る必要も、また不和を生む事もない。適度な取引によって互いにメリットあるビジネス関係の構築こそが最善という夫婦による協議結果だ。

 

「今日はどのような商品をお持ちに?」

 

「教会の目玉商品であるヤスリの新バージョンをお届けに」

 

 教会工房主任であるイドが作り出した新型エンチャントアイテムであるヤスリ系は、武器に事前に仕込んで素早いエンチャントこそ魅力だ。効果時間こそ短いが、発動速度と火力増強は従来のエンチャントアイテムである松脂系を上回る。効果時間を重視するならば松脂、瞬間火力を高めるならばヤスリと上手く住み分けもできており、松脂系を広く取り扱うクラウドアースとも共存できている。また、ヤスリの製造の為には松脂が不可欠であるため、むしろクラウドアースとしてはビジネスチャンスが広がったと言えるだろう。

 

「名付けて【結晶ヤスリ】。魔法属性エンチャントを可能としたヤスリです」

 

 木箱の中に納められた3つの結晶ヤスリを見せつけるグリムロックに、エドガーは顔を顰める。それも当然だろう。既に現状では魔法属性エンチャント可能な【魔力ヤスリ】が存在するからだ。

 だが、グリムロックは結晶ヤスリの内容をまとめたレポートを手渡せばすぐに反応は逆転すると確信していた。狙い通り、分厚い綿密なレポートの最初の1ページを読んだ時点でエドガーは『にっこり』と笑う。

 

「なるほど。従来以上の強力なエンチャントですか。デメリットとして使用中の耐久度減少の増幅はやや癖がありますが、耐久度を犠牲にしてでも火力を高めたいプレイヤーは多い」

 

「ええ。特にヤスリの強みは瞬間火力の引き上げ。トドメの一撃に使うプレイヤーも多いですからね。少しでも火力を伸ばせるならば、結晶ヤスリのメリットは計り知れません」

 

 特にトドメを決められずに横槍でラストアタックボーナスを横取りされるなど日常茶飯事だ。結晶ヤスリの大きなセールスポイントになるはずである。他にも松脂とは違う多様な使い方ができるのもヤスリの強みだ。そういう意味でも結晶ヤスリが販売されれば、教会の影響力はさらに高まるはずである。

 

「では、教会側としても取引に見合うだけのモノを準備致しましょう。グリムロック殿、遠慮なさらずに仰ってください」

 

「そうですね。実はソルディオス計画に必要不可欠な素材が――」

 

「申し訳ありませんが、奥方様にソルディオス関連は拒否するようにと固く申し付けられています」

 

 グリセルダァアアアアアアアアアアアアアアアア!? エドガーの『にっこり』と共に返された胸を抉る即答に、グリムロックは内心で血涙する。グリセルダとヨルコを迎えて出発した黄金林檎は順調そのものであるが、その一方でグリムロックの細やかなライフワークだったソルディオス開発に関して大きな遅延をもたらしている。これはグリムロックにとって死活問題であり、全プレイヤーにとって安寧をもたらすものだった。

 だが、グリセルダの目を盗んでは開発を進めているソルディオスは、いよいよ携帯可能なクラスまで小型化に成功している。ダンジョン内ではゴーレムの持ち込み制限があり、またゴーレムによる撃破は経験値とプレイヤー死亡を除くアイテムドロップがない。故に拠点防衛や対ギルド戦における侵攻にこそ価値を発揮する。だが、グリムロック肝いりの小型化されたソルディオス・ネイルは、隠密性の高さと機動性を持ち、グリムロック自身の警護にも使われている。これが実用化・量産化された暁には、グリムロックの大望であるドキドキ☆ソルディオス祭りとなるに違いないと邪悪な笑みを抑えられずにはいられない。

 それまでは雌伏の時だ。ソルディオス開発素材は今後もクゥリに任せれば良い。グリムロックは気を改めて、第2案を選び出す。

 

「では、【青大樹の琥珀】を12個いただきたい」

 

「……ふむ。レアリティの高さを考えれば、レシピとの取引になりますが、いかに?」

 

「もちろんです」

 

 エドガーとしても悪い取引ではないはずだ。レシピごと買い取れば、あとは素材さえあれば無制限に結晶ヤスリを増産できるからである。もちろん取引契約には、グリムロックの今後一切の結晶ヤスリの製造禁止する旨もある。作成アイテムには必ず作成者のサインが残るので、もしもバレればグリムロックは黄金林檎を教会の敵に回すのと同義だ。

 

「すぐに準備させましょう。さて、次はお話にありました薬品の取引ですが……」

 

 エドガーの視線の先には呂律が回るかも怪しいヨルコの姿がある。グリムロックは咳を1回挟んで肘でヨルコを突いた。彼女は面倒そうに突っ伏したテーブルから顔を上げると、水代わりのように葡萄酒を1杯煽った。

 

「黒魔女のロータスから作った【黒魔女の霊薬】よ。魔力を3割回復させられるわ。ただし、持ち込み制限でアイテムストレージには3つしか入らないけどね」

 

 ようやく想起の神殿の地下ダンジョンもひとまずの攻略の区切りがついた。まだ最下層までは到達していないらしいが、どうやら解放には別途の条件があるらしい。だが、下層部で入手された白魔女のロータスと黒魔女のロータスは魔法使いプレイヤーが待ちわびた魔力回復アイテムと魔法使用回数回復アイテムだ。効果は微弱であるが、ここから新たなアイテム開発が始まっている。

 これに先んじているのは、3大ギルドによる熾烈な地下ダンジョン争奪戦を制した太陽の狩猟団だ。彼らはロータス栽培の種も独占しており、大規模な農場建造も進めている。これに悔しさを滲ませているのは、回復薬関連でほぼ独占状態だったクラウドアースだ。高値で売りつける太陽の狩猟団との熾烈な商取引が今も繰り広げられている。対して太陽の狩猟団と宿命のライバルである聖剣騎士団は不気味なほどに静観しているのは、クラウドアースと何らかの取引済みであるからというのが多くのプレイヤーの推測だ。

 

「市場に出回っているロータスを『生』で使うなんて非効率的よねぇ。まぁ、今後は回復薬関連を教会が独占したいって気持ちもわかるし、そのお手伝い程度よ」

 

 黒い泡立つ液体が入った丸形フラスコに、さすがのエドガーも『これを飲むのはちょっと』という顔をした。グリムロックも試飲したが、グリセルダとのヨーロッパ旅行で飲んだ強烈な炭酸水など目ではない程の炭酸だ。しかも味はおよそ人間が飲めるものではない。今後は飲料性の改善が求められるだろう。とてもではないが、戦闘中に呑めばむせ返ってしまい、その間に殺されかねない自殺兵器である。

 

「とりあえず、教会が保有する農場から欲しいアイテムリスト作ったから、格安での販売をお願いするわ」

 

「ヨルコ」

 

 やる気を見せないヨルコを諫めるようにグリムロックは名前を呼ぶも、彼女はもう興味など無いとばかりに葡萄酒を口にしている。まずは禁酒させる事が先決だと思っているのだが、1日酒を断っただけで燃え尽きた灰のようになってしまうので、グリセルダも非情の禁酒計画を断行できなかった。

 

「ヨルコさんは相変わらずですな。このエドガー、禁酒の会の設立を考えておりまして、よろしければヨルコさんも参加しては?」

 

 無言で拒絶の意思を示すようにヨルコは葡萄酒を一気飲みした。本当にどうしたものだろうかと悩むようにグリムロックは嘆息し、続いてエドガーがテーブルに広げた弾丸入りの木箱に目を移す。

 

「こちらが教会の洗礼で闇属性が付与された弾丸となります。ベースは【銀鋼樹の樹液凝固弾】。ベースがベースだけに物理属性は低めですが、ご要望通りに火力を最優先に仕立ててあります。お値段はこちらに」

 

「……少し安過ぎるのでは?」

 

「【渡り鳥】殿のお陰で教会の活動も捗っています。これはそのお礼ですよ」

 

 適正価格か『気持ち』程度の安価が望ましいのだが、相手の好意を無下にするには相応の理由が必要だ。それにグリムロックとしても、クゥリが教会の活動をしてからは少しずつではあるが、表情や雰囲気に落ち着きが増えている気がする。彼にプラスの影響をもたらしているのは間違いないだけに、ここで下手に反感を買うのもよろしくないと、安価での購入に合意した。

 

「しかし、連装銃は素晴らしいですね。ハンドガンは武器枠1つ消費で済む事がメリットの、せいぜいが護身か牽制用の武器でした。ですが、連装銃はその概念を大きく崩す火力特化。教会の工房には脱帽致しました」

 

「それを難なく改造し、更に高火力にしたグリムロック殿もさすがと言わざるを得ませんな。このエドガー、今でも黄金林檎には是非とも教会の工房に合流していただきたいと思っています」

 

「ははは。滅相も無い。私達は単なる私利私欲で動く実験集団。武器とアイテムをばら撒く無法者ですよ。だからこそ、教会との関係は今後も持ちつ持たれつを続けたい」

 

 笑い合う中で熾烈な互いの思考の読み合いと言質の取り合いがあり、この場では決着つかずとグリムロックとエドガーは表面的にこそ友好を示すように握手を交わした。

 届けられた青大樹の琥珀をチェックし、純度がいずれも要求した通りである事を確認したグリムロックは、エドガーに見送られて聖堂街を後にする。

 

「お酒はもう少し控えた方が良い」

 

 小言を聞くとは思えないが、煙草に火をつけて白衣のポケットに手を突っ込むヨルコを無視もできず、グリムロックは呟いた。

 

「これでも減らす努力はしているの。でも……ナグナから脱出できて、目標も何もかも失って、自分も死んでるって気づいちゃって、全部がどうでも良いって思える自分がいるのよ」

 

「だからこそ、『今』を生きる理由を見つけるんだろう?」

 

「『明日』があるからこそ『今』なんじゃないの? その『明日』も定かじゃない私はどんなふうに生きれば良いのよ」

 

 こういう時にグリセルダならば母性ある抱擁の言葉でヨルコを癒す事が出来るのだろう。吐き捨てるヨルコを前に言葉が詰まったグリムロックは、自分は本当にリーダーの素質が無いと溜め息を吐きたくなる。

 

「ごめんなさい。グリムロックさんにこんな事言うなんて、ただの八つ当たりよね」

 

「良いんだ。私も先延ばしにしているだけだからね。ヨルコの事も、グリセルダの事も、私自身で『答え』を出さないといけない」

 

 幸いにも時間はまだまだ残されている。大ギルド同士が牽制し合っているだけではなく、最前線はより複雑怪奇になっている。

 現在解放されたステージ総数は57だ。その内の攻略済みステージが53である。SAOと意図的に重ねている部位があるDBOの総ステージ数は、隠しを除けば100ステージというのが大ギルドの最新見解だ。

 だが、1つのステージ内に複数のダンジョンが存在し、またより広大化するフィールドは探索をより厳しいものにしている。最終的には1つのステージが九州や北海道並みの広さになるのではないかという冗談が出回っている程だ。

 確実に遅延化する攻略はプレイヤーの希望を削ぎ取り、大ギルド間戦争の火種を育てる重油となっている。この状況を打開する方法が無いかとグリムロックは思案するも、良案ができたとしても大ギルドが『それは素晴らしい』と諸手を挙げて呑むはずがないと簡単に想像できてしまって嫌悪する。

 そうして悩んでいる内に、クゥリのマイホームがあるトリニティタウンの記録にたどり着く。このステージもまた未攻略ステージの1つだ。今以って攻略されていない難易度の高さは解放の順番を間違えたのではないかと噂されている程である。

 到着したマイホームの三重ロックを解除したグリムロックは、玄関に張られたワイヤートラップに引っかかりそうになったヨルコをギリギリで腕を伸ばして制止させる。≪罠作成≫を用いない単純なトラップであるが、引っ掛かれば最後、大量に仕込まれた油壷に焼夷手榴弾が引火して侵入者を丸焼きにする。即死こそしないだろうが、不意打ちの全身燃焼のダメージフィードバッグに精神が錯乱しない者はいないだろう。

 ワイヤートラップを慎重に解除し、安堵したヨルコを率いてグリムロックは倉庫を改築したクゥリのマイホームを改めて見回す。元が元であるだけにリフォームには限度があったが、以前の殺風景に比べれば、幾分か人間が住んでいるだろう空間として彩られている。特に食器棚があるのは大きな進歩だろう。

 壁に埋め込まれた大きなファンが金網の向こう側でくるくる回っている。今まではリビングと直結していたベッドルームには仕切りが設けられ、生活空間と寝室を分割している。だが、今まさに部屋の主は武器やアイテムが詰められた棚の間にて、グリムロックが拵えた椅子に腰かけていた。

 木製のアンティーク調の椅子にて足を交差させ、その上で手を組んでいるクゥリは、新しい防具であるナグナの狩装束のまま、白の長髪を1本に編んだ三つ編みを肩から垂らし、腕の間で贄姫を抱えている。その瞼は閉ざされており、何も知らぬ者が見ればまるで人形なのではないかと見紛うほどに体はピクリとも動いていない。

 

「あれ……寝てるのよね?」

 

「信じられないだろうけど、寝ているんだ」

 

 思わずヨルコも唖然とする光景に、グリムロックも頭痛を癒すように指で額を押さえながら同意した。

 これが最近のクゥリの睡眠スタイルである。正確に言えば寝ているのではなく『脳を休めている』という表現が正しい。本人曰く『下手に寝たらどうなるか分からない』という理由らしいが、およそ疲れが取れるとは思えない寝方である。

 いや、そもそもこれまでまともに睡眠を取っていたかどうかも怪しかったのだ。どんな形であれ、休む方法を確立したのは進歩なのだろうが、それでもグリムロックは大きな間違いを感じずにはいられない。

 

「……クゥリ君?」

 

「なんだ?」

 

 そして、この反応の速さである。寝ているはずなのに、声をかけた瞬間に瞼を開いて応じる姿に、グリムロックは呆れ果てた。

 

「椅子はベッドじゃないよ」

 

「この方が落ち着くんだよ。それよりも、その様子だとエドガーとの交渉は上手くいったみたいだな」

 

 いざとなればユウキちゃんを呼ぶか。自分の睡眠よりも武器が重要らしいクゥリには鍛冶屋冥利に尽きるが、扱う本人が少し目を離せばこれでは安心もできない。グリムロックはどうやったらこの戦闘特化人間を安眠させられるのか、ユウキから是非とも手法を教授願いたかった。

 地下の修練場に移動したクゥリは、グリムロックが渡した闇属性付与銃弾を連装銃に詰め、的に向かって発砲する。轟音と共に2発の銃弾が放たれ、的である鉄塊が砕けた。

 

「反動は物理弾よりも少し軽い……かな?」

 

「装弾数は20発で同じ。2発を1射で消費するから、最大10回攻撃か。ハンドガンとは思えない継戦能力の無さだね」

 

「牽制は必要ない。欲しいのは1発の重みだ」

 

 連装銃をホルスターに戻し、続いてクゥリは贄姫を抜く。まるで剣舞のように振るう姿は惚れ惚れするが、これも微調整した贄姫のデータ収集である。グリムロックは気を引き締めて蓄積されていくログをリアルタイムで確認する。

 贄姫の最大の特徴は水銀の刃だ。ベースにした武器は【千景】という準ユニーク武器である。青水銀のソウルを核とすることで本来は自傷行為で血を纏う千景の性能を活かしつつ、水銀の刃による広範囲攻撃を可能とした。これによってクゥリにとって天敵とも言うべきだった数の暴力にも格段に強くなっただけではなく、刀身以上の間合いは対人戦でも敵を翻弄する。そして、居合による最大チャージの水銀の刃は範囲・ダメージ・怯み・スタン蓄積の全てがカタナの次元ではない。

 弱点があるとするならば、水銀ゲージがゼロになると水銀攻撃が使用不可になる点だろう。だが、カタナで生物を斬れば水銀ゲージは回復するので、攻め続ければ水銀は補給できる。また鞘に収めておけばゆっくりと自動回復するので、弱点らしい弱点とは言えないだろう。

 そして、水銀の刃は贄姫の真骨頂ではない。クゥリが鞘に収めて今までと違う構えで抜刀すれば、今度は美しい刀身を水銀が蝕むように覆って長刀と化す。分厚くなった刀身だけではなく、刃も禍々しく逆立っており、まるで荒々しい原始的な鋸のようだ。

 水銀長刀モード。カタナ特有のクリティカル補正はなくなるが、単発ダメージ量が増幅し、また水銀ゲージの回復量も高まる。そして、更に逆立つ刃は切っ先から緩やかに鍔の方へと流れており、これを高速化させる水銀チェーンモードもある。これは水銀ゲージを凄まじく消費する切り札であるが、相手に大ダメージを与えることが可能だ。

 

(問題は水銀長刀モードを発動させただけで水銀ゲージを大きく使ってしまうところだね。こればかりは改善のしようがなかった)

 

 また、長刀化するので居合攻撃もできなくなる。代わりに纏った水銀の刃を飛ばすことができるので無駄にもならないが。鋸のような水銀の刃を飛ばして元の状態に戻したクゥリは、一息と共にカタナを収める姿を見て、まだ贄姫を完全に扱いきれていない不満を瞳に移す白の傭兵にグリムロックは満足した。暴れ馬であるからこそ乗り手の技量が試される。贄姫を完璧に使いこなせる頃には、クゥリは更なる高みに到達している事だろう。

 

「次」

 

 贄姫に続いて取り出したのは銀色の両手剣である。重過ぎず、だが火力を損なわないように中量系で仕立ててあるそれは、クゥリの強い要望によってグリムロックが開発したものだ。普段は扱いやすい両手剣であるが、変形機構が組み込まれており、ギミックを発動させれば刀身に仕込まれた柄が伸びて飛び出す。これによって穂先が両手剣級ある、非常にバランスが悪い槍として使用できる。だが、これはあくまで変形を『半分』で止めた不完全な姿であり、その真の姿は最大まで伸ばした柄で刀身が90度折れて大鎌モードになる点だ。

 このギミック構造からも分かるように、開発元になったのはデス・アリゲーターだ。名付けて【アビス・イーター】は、深淵の魔物を討ち取った武器をベースにしたのに相応しい『深淵喰らい』の武器である。

 弱点は両手剣モード以外での脆弱性にあるだろう。特に鎌モードはデス・アリゲーターの頃と同じで敵の攻撃を受けるのには適さない。攻防のバランスが良い両手剣モード、1発の突きに重きを置いた槍モード、遠心力を乗せた高火力と敵の首を『刈り取る』事のみを優先した大鎌モードの使い分けは難度も高いが、元より多種多様な武器を同時に使いこなす戦法を好むクゥリならば問題にならない。

 

「ギンジ君も喜んでいるだろうね」

 

「……死者は眠り続けるだけだよ。それに、オレはギンジとは違う道を歩んでいる。彼は喜びなどしない」

 

 だとしても、キミはしっかりと受け継いでいく。相手の遺志ではなく、『力』を糧にして前に進んでいく。それだけでも自分が誇らしいと思う人はいるのではないかな? グリムロックは言葉にせず、思うだけに留める。グリムロックが何を言ってもクゥリは自分の意思を曲げないだろう。

 グリムロックはアビス・イーターの改善点を纏めながら、ここからの微調整が大変そうだと喜びと共に悩んだ。

 単発の貫通性能と蛇槍モードによるリーチの変幻自在さ、【磔刑】による範囲攻撃と【瀉血】による内部攻撃と、強力ではあるが、それ故に運用に難がある死神の槍。

 最大チャージ状態ならば最高火力を引き出せ、まだその真価に到達していない、ボールドウィンの遺産であるレールガンのザリア。

 攻撃力のみを追求した、純物理・光属性付与・闇属性付与の3種の弾丸を状況に応じて切り替える必要がある教会式連装銃。

 水銀による攻撃方法はもちろん、カタナとしての性能の良さもあり、あらゆる場面で活躍できる一方で高難度のじゃじゃ馬である贄姫。

 両手剣・槍・鎌の3種類のモードを使い分ける事を目的とした変形武器としての意欲的実験作であるアビス・イーター。

 防具は【ナグナの赤ブローチ】という切り札を持ち、外観のみならず防御力も属性防御を中心として高められている高速戦闘重視のナグナの狩装束。

 今までの戦いで最大の枷となっていた左目の視界をついに取り戻させるに至った、オートヒーリングを始めとした補助性能が豊富な星輪の義眼。

 

(そして、≪暗器≫も今日の取引で以って完成も見えた! かつてない程に充実した装備だね)

 

 レイレナードの開発も順調。それに合わせた≪銃器≫も目途が立っている。グリムロックは眼鏡を光らせて、高笑いしそうになる。だが、その一方でフル装備のクゥリがデーモン化した状態ならば、どう取り繕ってもラスボスなのではないかと不安にもなった。

 

「良い武器だ。ありがとう、グリムロック」

 

「後は投げナイフだけど、これでいかがかな? 軽量性と出血狙いの【鋸ナイフ】だよ」

 

 鋸ナイフは刃が細かいギザギザになっており、ダメージではなく、徹底して出血状態を狙う対人戦向けである。茨の投擲短剣を活かし、根元には一際大きい返しが取り付けられており、突き刺されば簡単には抜けず、肉を削る鋸の刃は欠損まではいかずとも出血を狙え、またダメージフィードバッグはより惨たらしいものになるだろう。

 手に取ったクゥリは右手で弄び、くるくると宙を舞わせた後にキャッチして的を見もせずに投擲する。飛来速度は軽量性だけに高いが、貫通性能は投げナイフでは標準よりもやや低く、真っ直ぐに的の鉄塊に命中して弾かれた。

 

「鎧相手には効果が薄そうだ」

 

「投げナイフだからね。それに、クゥリ君なら関節や兜と鎧の隙間、覗き穴を狙うのも難しくないだろう」

 

 それにクゥリは投げナイフを咄嗟に近接武器として振るう。軽量性の使い捨てを徹底して目指した鋸ナイフはそれも想定し、着実に相手の肉を『削る』。これ程に対人戦特化を目指した投げナイフはそうそうないだろうというのがグリムロックの意見だ。

 鋸ナイフをコートの裏地に仕込み、クゥリは修練場から地上に戻ると、酔っぱらった挙句に自分のベッドで酒瓶を抱えたまま気持ち良さそうに寝ているヨルコに嘆息する。

 

「そういえば、『アレ』はできているか?」

 

 やや控えめにクゥリに尋ねられ、グリムロックはしばらく『アレ』の意味が分からず、やがて思い立ってニヤニヤと口元を歪めた。

 

「できているよ。ほら」

 

 そう言ってグリムロックは青い小箱を投げ渡す。クゥリはそれを受け取ると中身を確認し、小さく頷いた。どうやら満足の出来のようである。

 

「少し出てくる。帰りは気を付けてくれ」

 

「何処に行くんだい? できれば、これから工房に行って調整の協力をしてもらいたいんだが」

 

 それにグリセルダがインタビューの練習をしたいって言ってたしね。それは付け加えずにいると、クゥリは少しだけ寂しそうに目を細めた。

 

「……墓参り、かな」

 

 それだけを言い残して、クゥリは我が家に客人を残して去っていった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 相変わらずグリムロックは良い仕事をする。贄姫はもちろん、デス・アリゲーターの遺伝子を継いだアビス・イーターは使いこなし甲斐のある武器だ。特に標準モードの両手剣は懐かしきクレイモアのように癖が無く、リーチも攻撃力も重量も申し分が無い。これならば変形機構はあくまで奇策に留め、普通の両手剣としても運用できるだろう。

 早く斬りたい。疼く本能を諫めながら、オレは想起の神殿に向かい、続いてラーガイの記憶へと転送する。懐かしき亜熱帯を思わす気候のステージは、もはやオレのレベルと武装ならば敵となるモンスターはいない。だが、油断は死に直結する。慎重に進むに越したことは無いだろう。

 オレは街で用事を済ませ、準備を整えるとジャングルに赴く。道中に出るモンスターを試し斬り感覚でアビス・イーターの餌食にしていくが、ほぼ一撃で倒せるのでトレーニングにもならない。

 一応≪気配遮断≫を発動しているので尾行されていないだろうが、背後を警戒しながら、オレは目的地にたどり着く。

 それは古い井戸だ。もはや誰も訪れる者はいないだろう、クラディールとキャッティの最期の地である。荒縄を近くの木に縛り、井戸の底まで垂らすとオレは一気に飛び降りる。地面に激突するより先にブーツの踵で井戸の側面を擦って制動をかけ、無難に着地に成功した。

 ダンジョン内のモンスターも特に気にすることなく、ステラがいた聖堂の裏から、かつてそうしたように、オレは地下の大空洞に向かう。ルートは細かく憶えていないが、流れる滝の狭間を縫うような天然の岩の橋は、灯された燭台を目印にすれば迷うことなく最下まで辿り着けることは頭にこびりついている。

 最下に到着すると小舟に乗り、オールを手にしてゆっくりと漕ぎ進める。この先にはもはや何も待っていない。探索もされ尽くされただろう、この井戸の底には目ぼしいレアアイテムの1つも残されていなかったはずだ。そして、この最奥で何があったかを知る者はオレを除いていない。

 ようやく到着した、まるでドームを思わす広々とした空間には、今もバラバラの女性の遺体と彼女に付き添った気高い獣の遺骸が眠っている。オレは彼らに黙祷を捧げ、かつての激戦を思い出すように見回した。

 クラディールの両手剣捌きは見事なものだった。キャッティの大胆さには驚かされた。彼らの『力』は糧となり、オレは今日まで戦い続けられた。

 オレはアイテムストレージから、街で交換してきた破砕の石剣を取り出す。オレ達が探していた頃は強力な武器であったが、今では最前線どころか、中位プレイヤーすらも見向きもしない、レアリティだけが売りの武器になってしまった。

 

「分かっているよ。ここにアナタ達はいない。だけど、だからこそ、決着をつけないといけないんだ」

 

 あの日、もしもアナタ達と一緒に生きて帰ることができたならば、今のオレはどんな風に生きていたのだろうか? あるいは、力及ばずに、何処かで死んでいたのだろうか。

 クラディール、善意に殉じたアナタを殺したオレは、きっと善意から程遠いところにいる。

 キャッティ、アナタが救ったかもしれないザクロをオレは殺す。彼女の復讐に決着をつける。

 

「もしかしたら、オレは心の何処かでアナタ達に夢を重ねていたのかもしれない。あのまま『3人』でずっと冒険し続けられたらって……心の何処かで思っていたのかもしれない。そして、きっとアナタ達をオレの手で……」

 

 今となっては当時の気持ちなんて思い出せない。アナタ達から得た『力』以外は何も残っていない。そして、この想いを浸み込ませた記憶すら、いつ灼けてしまうかも分からない。だから、オレが『オレ』である内に……オレがアナタ達を忘れていない内に、区切りをつけたかった。

 

 

 

 

 

「イベントクリア。祈りもなく、呪いもなく、安らかに眠れ」

 

 

 

 

 

 地面に突き刺した破砕の石剣はいずれポリゴンの欠片となり、データの海に帰るだろう。それで良い。彼らの『力』は……それだけはオレが彼らを忘れても残り続ける。喰らった全てを無駄にする事無く、糧として我が身の『力』とする。それこそが狩人の弔いであり、業なのだから。

 少ししんみりし過ぎたかな。オレは井戸の底から脱出して、次の目的地である想起の神殿そのものを目指す。

 

「おい、聞いたか!? あのブラッキー先生と四天王の【太陽ご飯マン】とブルーナイトの三つ巴だってよ!」

 

「四天王紅一点の【完璧メイド長】も向かっているそうだ! こいつは面白くなってきたぁ!」

 

「今晩で決着もあり得るな! 誰が釣り上げるか賭けようぜ!」

 

 駆けていく3人組の向かう先は……ああ、確か隔週サインズでも紹介された釣り堀か。オレは興味が無いので詳しくないが、意外とDBOでの釣り人口って多いんだよな。今後の依頼でまたシャルルの森の時のようなサバイバルもあり得るし、食糧確保という意味でも≪釣り≫は持っておいた方が良いかもな。だが、≪釣り≫が無くとも銛さえあれば、アイテム化の状態さえ気にしなければ何とかなるだろう。それに今は味覚が弱まっているから、どうせサバイバル中は濃い味付けもできないしな。

 ステージの広大化の探索の複雑化。今後は傭兵雇用も襲撃だけではなく、ステージ探索による早期メインダンジョン発見も含まれてくるだろう。そうなると探索系スキルが無いオレはプレイヤースキル頼りで依頼をこなさねばならない。それを考えたら、少しでも負担を減らす為にも食料調達を安易化する≪釣り≫は欲しいところだ。だが、そもそも水場でなければ≪釣り≫は意味が無い。悩ましいな。そうなると≪狩猟≫の方が得策だろうか。

 こうなると次のレベル80ではどのスキルを取ったものだろうか困る。1つは決定済みなのだが、もう1つは迷っている。デーモンスキルとの相性も考えないといけないしな。≪歩法≫の強化である≪幻燐≫とHP・魔力を吸収できる≪ソウル・ドレイン≫は、扱い易さと扱い辛さがどちらも極端過ぎる。おのれ、後継者。いくら何でも≪ソウル・ドレイン≫は悪役スキルそのものだろうに。

 だが、デーモンスキルはあくまでデーモンシステムの表面的恩恵だ。その真価はデーモン化と≪獣魔化≫にこそある。オレの場合は……正直どちらの意味でも使い辛い。というのも、オレのデーモン化はその性質上デメリットが大きいのだ。まぁ、それを帳消しにする程度には強力なのであるが、色々な意味で使い辛い。本当に……本当に色々な意味で。

 

「そういえば≪料理≫も欲しいな。チョコラテ達がお菓子をねだるから、オレが作ってあげるのも悪くないかなって思ってるんだ」

 

 教会のお菓子だって無制限に得られるものではない。悪ガキボーイズ3人組はエドガーの取り計らいで教会に保護された……というよりも、うん、エドガーの『にっこり』具合からして、チョコラテくんは生意気さがプレスされてしまうのではないかな? まぁ、彼の反骨精神に期待だ。あの生意気さも嫌いではない。

 

「お笑いだよね。オレが……オレが戦い以外の事を探している。嗤ってくれ、サチ。盛大に嗤ってくれ」

 

 想起の神殿にある半壊した女神像の台座に、オレはテツヤンの店で仕入れた焼きドーナツを置く。サチの仏頂面をどうやれば崩せたものだろうかと、毎度のように差し入れして試していた日々が懐かしい。

 彼女の遺志……『アイツ』の悲劇を救うという約束は今も燻ぶり続けている。オレが戦う理由の1つとなっている。

 戦い続ける事。それはサチがオレに与えてくれた慈悲だった。彼女は戦い続ける宿命をオレに求めた。呪いでもなく、祈りでもなく、彼女の慈しみだった。

 

「サチはどんな大人になりたかったんだ? どんな未来がほしかったんだ? 本物のサチと継ぎ接ぎの『サチ』、だけど心は同じ色と形。サチは凄いよ。死んでも想いを見失わず、自分を保ち続けたんだ」

 

 サチも『強さ』を持っていた。彼女はオレの暴力に恐怖と同じくらいに憧憬を持っていたようにも思えた。それは彼女が非業の死を遂げたからこそ、『アイツ』に重荷を背負わせたという自覚があったからこそ、直接的な戦う『力』を求めていたのかもしれない。

 

「ごめん、分かってる。死者は何も答えない。でも、問わずにはいられないんだ」

 

 キミを殺す瞬間……その目にオレはどんな風に映ったんだ?

 ああ、決まっている。サチは優しい女の子だ。何も答えずに微笑むだけだろう。それこそが……オレが彼女の死を貪っていたケダモノという証明だ。

 冷たい半壊した女神像の台座に腰を下ろし、紙袋に入った焼きドーナツを1つ手に取って齧る。だが、ほんのりした甘さが売りのはずの焼きドーナツはそのふわふわの舌触りばかりを伝えるだけで、甘みは欠片として訴えない。

 

「約束する。必ず『アイツ』の悲劇を止める。何を失おうとも……必ず」

 

 その為ならば、何を支払っても構わない。たとえ好意がもたらす殺意が源であるとしても、好意は好意だ。オレは『アイツ』の友でありたいという気持ちに偽りも曇りも無い。

 サチが望んだ『アイツ』の幸せ……傭兵としてこの依頼を成し遂げる。狩人の誇りにかけて。その為ならば何でもくれてやる。目でも、耳でも、右手でも、味覚の全でも、マシロの記憶でも……くれてやる。

 間違いなく茅場の後継者は最大級の悪意の限りを尽くして『アイツ』を迎え撃つ準備をしているはずだ。その為に必要なのは代償を支払う覚悟だ。何が灼けてしまおうとも怯まずに戦える覚悟だ。元より戦うしか能が無いオレだ。

 だが、何故かオレの視界を横切った記憶の中のサチは笑っていなかった。悲しそうな目でオレを見つめている。これがキミの望みなんだろう? オレはヒーローにはなれない。キミを殺して悦んだケダモノだ。だが、傭兵として依頼は必ず成し遂げる。だから心配しないでくれ。祈りも無く、呪いも無く、安らかに眠っていてくれ。

 

「クーってさ、1人の時って結構暗い顔ばっかりするよね」

 

「悪くない冗談だな。オレはいつだって能天気な阿呆だよ。1つ食べるか?」

 

 紙袋から焼きドーナツをもう1個取り出して、オレは彼女に差し出した。

 黒紫の髪を舞わせてオレの隣に腰かけたユウキは、両手で焼きドーナツを持つと齧り、見ているこちらの頬が綻んでしまう程に美味しさを表現するように笑顔になる。

 

「これってテツヤンの店の1日限定100個販売の焼きドーナツだよね!? 開店10分で売り切れ確定の!? どうやって買ったの!?」

 

「徹夜して並んで買った。全部食べて良いよ。お供えは最後に生者がもらうのも礼儀だ」

 

 紙袋にはあと8個も残っている。オレが食べるよりも味の分かる人に食べてもらった方がテツヤンにも失礼が無い。

 早くも手渡した1個目を頬張り終えたユウキは新しい焼きドーナツを取り出して、不意打ちでオレの口に押し付けた。

 

「美味しい?」

 

 悪戯成功とばかりにニッと笑うユウキに問われ、オレはどう答えるべきか悩み、ここは無難な回答をすべきだろうと頷く。

 

「……ああ、美味しい」

 

 そうだな。ユウキはこういうヤツだ。1人で食べるよりも2人で食べたい。そんな風に思える女の子だ。

 しかし、味がしないモノを食べるというのは意外でもなく苦しいものがある。ただひたすらに咀嚼して喉に流し込む『作業』だ。

 

「お供え物って言ってたけど、ここで誰か亡くなったの?」

 

「……少し感傷に浸ってただけだよ。らしくないけど、『らしくない』真似をすることも必要だって最近は思うんだ。そう言うユウキはどうしてここに?」

 

「ここは想起の神殿の中心だよ? 他のステージに移動しようと思ったら自然と目がつくよ」

 

 それもそうだな。ならば長居も無用か。他のステージに赴くプレイヤーたちの視線も自然と集まっている。オレは腰を上げて終わりつつある街へと転送しようとする。

 

「あ、ボクも付き合うよ」

 

「他のステージに用があるんだろう?」

 

「正確に言えばクーの所に行く途中だったんだよ。今日は夜にお仕事が入ってるから、夕飯作りにいけないから今の内に行っておこうかなって思って」

 

 チェーングレイヴもレジスタンスの動きに応じて大忙しと聞いているが、この様子からするとユウキも各所に駆り出されているようだ。

 

「あまり無茶はするなよ。依頼でなくとも、ユウキの助太刀くらいならしてやるさ」

 

 ポンとユウキの頭を撫でると、彼女は屈辱のように顔を顰めた。

 

「いつの間にかクーがボクよりも頭1つ分以上背が高い件を告訴します」

 

「却下します。はい、次の人」

 

 終わりつつある街に転送すると、既に空は夕焼け色だった。日に日に姿を変える終わりつつある街はかつての滅びかけの街から脱しつつある。だが、それは何処となく危うい……まるで消えかけの蝋燭が最後に燃え上がるような繁栄に思えてならない。

 オレが赴いたのは、各ギルドの拠点がある屋敷が立ち並ぶ区画に続く通りだ。そこも今現在で拡張が進んでおり、聖堂街に倣って俗称『貴族街』なんて皮肉の名称がつけられている。だが、オレが目指すのは貴族街ではなく、ごく普通の……獣狩りの夜の被害が色濃く残るただの道路だ。

 

「ここって、確かエレインさんの……」

 

 少しだけユウキは複雑な表情をした。あの件にはチェーングレイヴも1枚噛んでいた。だが、ユウキの様子からすると彼女は『内情』について知らなかったようだ。まぁ、謀略とかには不向きな性格だからな。仕方ないと言えば仕方ないか。だが、事の顛末は彼女も知っている。そう……エレインの最期にオレが立ち会っていた事はユウキも知っている。

 エレインに何を供えるか色々と悩んだが、結局はこれしかなかった。獣狩りの夜の被害を受けて新装オープンしたワンモアタイムの……アイラさんの作ったサンドイッチだ。

 

「エレインはどうするべきだったんだろうな。誰にも相談できず、独りでもがいて、愛する人を救う為に最善を尽くして、憎しみを買って、復讐された」

 

 そして、彼を殺したのはオレの身勝手な自己満足の善意だった。鳥籠は野良猫から歌い鳥を守るためにあるのに、可哀想だからとガキの発想で外に逃がした。

 

「強い者が生き、弱い者が死ぬ。ボクはそれだけだと思うよ」

 

「それが『人』の道理か?」

 

「ううん、『命』の真理だよ」

 

 そうだな。その通りだ。それ以上の意味も価値も無い。

 墓参りとは死人を忘れぬ為の『人』の作法だ。そして、自己の再確認でもある。オレはエレインの死に場所に手を触れ、彼の死を感じ取る。

 

「泣いて良いんだよ?」

 

「泣かないさ」

 

「そっか」

 

「ああ」

 

 泣けたらどんなに良いだろうか。オレはエレインの最期を……アイラさんを守れて満足そうな死に顔を思い出す。最高にカッコイイ死に方だったよ、エレイン。アナタもまた自分の『強さ』を証明したんだ。

 間もなく夕陽が完全に地平線に沈む。それよりも先にオレは感染源との激闘があった黒鉄宮跡地に……正確に言えば死者の碑石に到着する。

 ギンジ、ノイジエル、ベヒモス、他にも死んだ……オレが殺した人々の名前が刻まれ、そして死を意味する線引きが成されている。オレはひんやりとした氷の塊のような死者の碑石に触れて彼らを思い出す。

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者。昔も、今も、これからずっと先も……」

 

 だから詫びなどしない。オレは後悔などしない。それこそがアナタ達への最大の侮辱のはずだから。

 

「そろそろ仕事だから行くね。ご飯作りそびれちゃったけど、ジャンクフードで済ませたら駄目だからね?」

 

 黒鉄宮跡地の広場……SAOとDBOの両方でデスゲームの開始宣言がされた風景で、ユウキは夜風と月光の中でくるりと回ってオレに向き直る。

 ああ、愛おしい。その細い首を今すぐ絞めて苦悶の叫びをあげさせたい。優し気な微笑みを見るだけで指先が痺れる程に殺意が湧き出してくる。

 

「ユウキ、渡したいモノがあるんだ。少しジッとしていてくれるか?」

 

「え? う、うん……良いよ」

 

 殺意を握り潰し、我慢を訴えながらオレはユウキに近寄る。少し頬が紅潮したユウキはカチカチに固まっていた。そんなに緊張されるとこちらが困るのだが。

 そっとガラス細工に触れるように、オレはユウキの首に手を近づける。瞼を固く閉ざしたユウキは震えていて、その姿が増々可愛らしくて殺したくなる。

 なかなか上手くできないな。不器用な方ではないのだが、ユウキの肌に触れないようにすると意外と難しい。

 

「ひゃっ!」

 

「ごめん。もう少しだから」

 

 上手くできずに顔を近づけ過ぎたのだろう。オレの吐息がユウキの耳か首筋に触れたらしく、ユウキが悲鳴を上げる。早めに済ませないとな。

 ようやく取り付けることができて、オレはゆっくりと殺意を抑制しながらユウキから離れる。

 

「感謝の印だ。傭兵は必ず恩を返す」

 

 それはチェーングレイヴのエンブレムのペンダントだ。ユウキに返したペンダントをもう1度預かり、そして彼女が持っていた不死鳥の紐を加工して、1つに組み合わせたものだ。不死鳥の紐の火炎属性防御力とオートヒーリング効果は弱まってしまったが、ペンダントのスタミナ回復効果が備わった事で、万能補助の装飾品に生まれ変わった。グリムロックに作成を頼んでいた品である。

 

「これで報いれたと思わない。ユウキには、オレの1番大切なモノを預かってもらっているから……だから……」

 

 信じられないと言った様子のユウキは、思わずホッとしてしまう程度には嬉しそうに笑った。まぁ、ユニークアイテムの不死鳥の紐を正式に譲渡したのだ。喜んでもらえて何よりといったところだな。

 

「お決まりでいえば『装備しないと効果はありませんよ』だな」

 

「あははは。そうだね。今は首にかけてるだけだもんね。でも、だったら手渡せば良かったんじゃないかな?」

 

 言われてみれば確かに、全く以ってその通りだ。というか、取り付けるにしても正面からではなく背後に回った方がずっと簡単ではないか!

 思わず顔が真っ赤になりそうになり、オレは慌てて反転する。こんな顔見られたら、鋭いユウキならば簡単にオレの気持ちを勘付かれてしまう。彼女はオレの祈り預かってくれているだけだ。この想いを受け入れてくれるなんて考えるだけでも自惚れだ。

 

「良い夜だね」

 

「そうだな。本当に……良い夜だ」

 

 オレの背中にユウキも背中を合わせて、2人で一緒に夜空の月を見上げる。

 

「忘れないで。『オレ』を忘れないで」

 

「忘れないよ。ボクだけが憶えているよ」

 

 それは仮想世界の偽りの月のはずなのに、現実世界の神秘が暴かれた月よりも奇麗と思えた。




少しだけ進展したようで進展していない、そんな2人の恋模様。
そんなしんみりしたお話でした。

それでは、224話でまた会いましょう。

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