SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いよいよダークソウル3が発売となりました。
ちょっとロスリック(というか、どう見てもあの場所だよなぁ)に旅立っているので、更新は少し遅れめになるかもしれません。

あと、初代プロットさんは死にました。半分くらい消し飛ばして書き直しました。ブラボ要素全開だからね。仕方ありませんよね。


Episode16-32 レギオンの王

 最初に異変を察知したのは、誰とも知れない貧民プレイヤーだった。

 赤い月の光に狂わされるように、NPCの商人の頭部が緩やかに怪物へと変貌していくのを、ただ茫然と眺めていた。

 呻きながらも、頭部が兜を思わす、目玉が無い姿は……古い映画を思い出させた。寄生体に卵を植え付けられた人間の腹から怪物が生まれてくる、SFホラーの傑作だ。

 艶やかとも思える紫色の胴体、人間を思わす四肢、背中から尾のように伸びるのは2本の脊椎に似た触手、そして縦長の目玉が無い頭部に相応しい大顎には鋭い牙が野獣という表現も可愛らしい程に並んでいる。

 口内には巨大な1つの目玉が潜み、まるで獲物を求めるように忙しなく動き、やがて貧民プレイヤーを凝視した。

 怪物の触手が抱擁するように貧民プレイヤーの体に巻き付き、抵抗する間もなく引き寄せられる。

 ああ、全ては悪い夢なのだ。仮想世界に囚われてデスゲームをさせられるなど、その時点で狂った夢の中にいたのだ。ケタケタと笑いながら、頭を齧り殺されるまで、現実感の無い死から逃避し続けた1人目の犠牲者がもたらしたのは、ダムが決壊したように溢れだした濁流の如きパニックだった。

 パニックは感染する。1人の死に、たとえ治安の悪い終わりつつある街で暮らす貧民プレイヤーだとしても、現実離れした殺戮の光景を前にして耐えられるはずがない。いや、そもそも耐えられる土壌が無い。

 簡単な話だ。貧民プレイヤーとは『戦う事を放棄した』人々なのだ。それは現実の法治された社会に基づいた健全な精神の証明、あるいは大多数の人間が『弱者』であるという模範解答だったのかもしれない。だが、それは免罪符にもならなければ、ましてや自己を守る盾にも、理不尽に襲い掛かる外敵を迎え撃つ矛にもならない。

 この脅威に立ち上がる者もいた。生存本能のままに、ひたすらに襲いかかる敵を倒そうとし結託する者もいた。だが、それは終わりつつある町を本当に終わらせる災厄に対して余りにも少数だった。

 

「抜剣」

 

 逃げ惑うか、ささやかな抵抗を続けて、いつか赤い月が地平線に落ちるかもしれないという希望に縋るしかない人々に希望の光をもたらしたのは、松明の灯りと共に現れた戦士たちだった。

 彼らが身にまとうのは教会の聖布。その手に持つのは奇怪な武器。教会を守る剣と呼ばれる戦闘集団が、次々と各所で怪物の……レギオンの鎮圧活動を開始した。その中でも主戦力となったのは、赤聖布たちであり、彼らは教会のエンブレムが彫り込まれた仮面と呼んでも違和感が無い薄い銀の兜を被り、銀色の両手剣や雄々しい槍、あるいは処刑に使うような斧を振るっていく。

 両手剣は連撃の最中にスライドして刀身に仕込まれた銃身が露になり、単発火力の高いショットガンやライフルを撃ち出す。槍はグレネードと一体化しているのか、レギオンを巨刃で薙ぎ払うついでのようにグレネードを放って火の海を呼ぶ。分厚い片刃の斧は柄が伸びてハルバートのようになってリーチを伸ばしてレギオンを次々と叩き斬る。

 粛々と機械的にも思えるほどにレギオンを駆逐する赤聖布の間を駆けて、雄々しく武器を振るうのは白聖布の教会を守る剣達だ。彼らはそれぞれの得物を用いてレギオンを狩っていく。だが、彼らの活動を嘲笑うように、NPC達は次々とレギオンへと変異していった。

 教会を守る剣達が各地でレギオンの駆逐を開始し始めた頃に、ようやく統制を取って行動すべきだと1部の修羅場を潜り抜けた経験があるプレイヤーを中心として、生存に向けた活動を開始する。最も安全なのはNPCがいない場所……終わりつつある街の外に逃げ出す事である。モンスターはいるが、街の中にいる方が遥かに危険だからだ。

 そして気づく。街の周囲の草原に続く、四方の城門は固く閉ざされ、まるで獲物を囲い込む檻のように外へと逃げることは敵わないのだと。冷静さを取り戻し、想起の神殿に逃げ込もうとしたプレイヤーも転送機能が停止している事に絶望する。

 これらの要素が示す事とは、終わりつつある街の外に拠点を持つラストサンクチュアリからのなけなしの応援、異常事態を察知した他ステージに拠点を持つ、あるいは最前線にいる大ギルドの上位プレイヤーの大半が助力に来れないという事だ。

 皆殺しにされるまで、せめて『誰か』が解決してくれるまで生き延びるしかない。団結は完全なる行動の一致を呼ばず、裏切りの種を芽生えさせた小さなコミュニティを幾つも作り上げさせていく。

 僅かな逃げ場所を独占した者たちは、続く逃げ惑う者たちに背を向けるか、あるいは煩わしそうに追い払う。目の前でレギオンに群がられ、臓物を漁られるように食い千切られる昨日までの隣人がいたとしても、目と耳を塞いで『誰もいなかった』事にする。

 

「みなさん、落ち着いてください! まだサインズには余裕があります! 奥に詰めてください!」

 

「押さないで! 勝手に扉を閉めないでください!」

 

 屋根を、壁を、あるいは下水道を、レギオンはその四肢と触手で足場に変えながら忍び寄る。門戸から開かれたサインズ本部に逃げ込んでくる貧民プレイヤーをサインズ職員は受け入れようとするも、我先にと逃げ込んだ者たちが主を気取り、まだ余裕があるのに扉を閉ざそうとする。そうして門に弾かれた人々に犠牲者が出れば、怒号と叫びが呪いの声となる。

 

「俺1人じゃ限界があるッス! 応援を呼んでください!」

 

 涙目になりながらも、最低ランクの傭兵であろうとも、協働専門であろうとも、数多の死線を潜り抜けた傭兵である事には変わりはない。RDはハルバートを振るって群がるレギオン達を散らしながら、腕や足を失った人々に止血包帯を使って一命を取り止めさせるヘカテに叫ぶ。

 

「応援も何も、想起の神殿から転送できないそうです! 既に大ギルドの幾名かがメールを受け取って神殿で待機してくださっていますが、転送できなければ意味が――」

 

「危ないッス!」

 

 叫びながら、HPがレッドゾーンだった貧民プレイヤーの口へと無理矢理でも燐光草を押し込んでいたヘカテの背後からレギオンが襲い掛かるのを、RDは突き出したハルバートで救う。そのまま壁に押し付けてレギオンを叩きつけると、倒れたところに何度もハルバートを振り下ろして撃破する。

 サインズ本部の窓ガラスは耐久度も高く、また割れた気配もない。ならば裏口を突破されたかと思えば違う。サインズが使用しているギルドNPCたちが、その姿を着々とレギオンへと変質させているのだ。良き隣人だった彼らは苦しむように呻き声を上げながら、レギオンへと変異している。

 最悪な事に、現在のサインズ本部にこの事態が起きた時にいたのはRDだけだった。傭兵という職務以前の緊急事態であり、タダ働きも何も関係なく、RDは正門で文字通り門番となってレギオンを蹴散らし続けたわけであるが、貧民プレイヤーが殺到し、我先にと入り込んだ者たちが勝手に扉を封鎖したことで籠城戦を余儀なくされていた。既に正門の前では考えたくもない数の犠牲者が出ており、サインズを人殺しと罵りながら散り散りになっていた。

 これはもしかせずとも本部移転もあり得るかもしれない。たとえ事態が終わっても、貧民プレイヤーのヘイトはサインズにも集中するだろう。少しでも助けようと門を開き、助けた人々に門を閉められ、助けられなかった人々に呪われる。RDには笑い声も出なかった。

 

「やメろ……止めテクれ……」

 

 しかも、変異途中のNPCたちは『良き隣人』であった証拠のように、ハルバートを振り上げて脅威となる前に『処分』しようとするRDに命乞いをする。傭兵といえども狂っているわけではないRDは歯を食いしばりながら、『良き隣人』たちの頭部を次々と潰して、少しでも安全を確保する。

 1人、また1人と殺害する度に、NPC達の叫びがRDの歯車を軋ませる。理性など放棄して、『殺し』を楽しんだ方が幾分か楽だという悪魔の誘惑を聞く。どうせ『人間』ではない。ただのNPCだ。しかも怪物だ。ならば、普段と同じように、モンスターを狩って経験値とコルとアイテムを集める行為と何が違う?

 

「……うげぇえええええ」

 

 最後の1人の『処分』が終わった時、RDは膝をついて胃の中身をひっくり返すように喉と舌を痙攣させた。これまで敵対したギルドNPC達は何の感情も湧かずに殺害してきた。だが、少しでも人間らしい振る舞いをされた途端にこれだ。

 ならば、本当の『人殺し』とはどれほどの業を背負うというのか。RDは考えたくも無かった。

 胃液1つ零れない我が身をRDは憎む。これだけ悲惨な惨状の中にいても、これだけの心の苦痛を訴えても、この身は仮想世界の肉体……アバターなのだ。どれだけ精巧に作られていたとしても、血の通わぬ偽物の肉体だ。

 汗を掻くことが煩わしかった。ニオイがする我が身が鬱陶しかった。だが、シャルルの森以降に現れた変化は、本物の肉体へと近づいた喜びもまた少なからずあったのだ。RDは震える指で口元を拭い、背後でタオルを差し出すヘカテに小さく頷いた。

 

「大丈夫ッス……よ。スタミナには、まだ、余裕があります。まだ戦えるッス」

 

「無理しないでとは言いません。でも――」

 

「それ以上は言わないでください。俺も……心が折れそうッス」

 

 こんな場面で優しくされたら戦えなくなる。ランク最下位でも傭兵は傭兵だ。戦闘時のメンタル維持くらいは心得ている。闘争心を失えば死ぬ。

 

「私達、死ぬしかないんでしょうか」

 

 涙を目に溜め、ヘカテは窓の外で蠢くレギオン達を見つめる。そんなことは無い、とRDは太鼓判を押したいが、残念ながら自分の実力を把握している彼に、この場の全員を守るなど到底不可能だ。せいぜいヘカテ1人ならば連れ回して逃げ惑う事もできるかもしれないが、それでもいずれは狩り殺されるだろう。

 

「アイツを殺せば全ては解決するはずッス」

 

 赤い月を背に、逆関節を活かして高々と跳び上がっている異形の怪物の親玉としか思えないネームド……キャリア・レギオン。それがこの悪魔の所業とも言うべき大イベントの肝なのだろう。

 恐ろしい。RDはごくりと喉を鳴らす。あの怪物は『普通』ではない。仮想世界であろうとも存在してはならない、本物の怪物だ。そして、あの雰囲気を何処かでRDは知っている。それはこれまで殺したレギオン達からも少なからず感じ取っている。

 

「レギオンですか。確か聖書に出てくる悪霊の名前だったような……」

 

「俺も知ってるッス。あー、でも俺の場合はガメラからで、聖書じゃないッスね」

 

「ガメラ?」

 

「あれ? ヘカテさんは知らないッスか? 平成シリーズは見た方が良いッスよ! 特撮好きには堪りませんから」

 

 熱く語るRDに、こんな状況でありながら……あるいはこんな絶望的な環境だからこそ、ヘカテは少しだけ気持ちが明るくなったかのようにクスリと笑う。

 これはいわゆる良い雰囲気って奴ッスか!? 脳裏で彼を導いた姐さんが『RD、今こそ男になる時だよ』とグーサインしているも、頭をブンブンと振って甘い幻惑……現実逃避から抜け出そうとする。

 

「大丈夫ッスよ。今日はミサだから、強いプレイヤーの方々も参拝しているはずだし、大ギルドの支部も少なからずあるんスから、あの怪物を倒すだけの戦力はあるはずッス」

 

 それに、RDの触感としては、変異前ならばせいぜいレベル10、変異した直後ならばレベル20、完全変異ならばレベル30程度の強さだ。レベル60台も増えつつある上位プレイヤーの現状ならば、十分に対応できる。

 だが、RDも1度だけ対峙したが、全身に青いクリスタルようなものを生やした、レギオンを次々と召喚する、他とは一線画すレギオンは別物だ。あれは上位プレイヤーでも単身で相手取らなければ勝ち目はないだろう。とてもではないが、雑魚が混じった状況で襲われれば勝ち目など無い。

 

「ヘカテさんも武装してください。そんなにデカくない変異したばかりの奴なら囲んでボコせば十分に勝てるッス。でも、歯には気を付けてください。かなり欠損効果が高いみたいッスから」

 

「分かりました。皆さん、武器を配布します! 戦える人はこちらに来てください!」

 

 ヘカテが呼びかけるも、集まってきたのはこの状況を必死に制そうとして、RDほどではないが奮闘してくれたサインズ職員ばかりであり、圧倒的大多数の貧民プレイヤーたちは動く気配すらも無い。

 

 

 

「……戦える奴が戦えよ」

 

 

 

 ぼそりと誰かがこの場の『総意』を呟いた。

 分かっている。RDも馬鹿ではない。馬鹿の部類とは思うが、貧民プレイヤーの大半が『戦いを放棄した』人々……自分の弱さに『依存』し、いつか来る救いの日を、誰かが英雄となって現実世界に連れ帰ってくれることを待っている人々だ。

 1年以上も貧民プレイヤーでいる事を『選んだ』者たちに、たとえ眼前の脅威があるから今すぐ殺し合いをしろと言う方が無茶だ。

 

「最低ッスね」

 

 だから端的にRDは彼らに吐き捨てる。デスゲームに巻き込まれたスタートラインは同じだったはずだ。なのに、何処で差がついたというのか。レベルは低いがしっかりと戦う意思を見せるサインズ職員たちと貧民プレイヤーの何処が違ったのか。

 その時だった。固く閉ざされたサインズ本部の扉にノック音が響く。外にはレギオンが蠢いており、生存者を匿うサインズ本部の何処から攻め込もうかと殺意を振りまいていたはずだ。実際にRDもそれに精神の大半を持っていかれるように危険信号が点滅していた。今もそうである。

 いや……少し違う。先ほどよりも濃く、より大きく、おぞましく、また全てを焼き尽くすような恐怖へと変化していた。

 鳴り響くノックが大きくなり、やがて無理矢理でも門を開くように軋みだす。貧民プレイヤーたちは悲鳴を上げ、幾人かが扉を押さえ込もうとするも、一瞬の膠着と共に派手に扉は開いた。

 ずるり、ずるり、ずるり、と擦れるのは、下半身が引き千切られ、欠損ダメージと共に身を痙攣するレギオンの姿だ。

 

 

 

 

 

 

「D、ここを拠点として守護しろ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 それは黒い騎士達だった。

 1人は全身を黒のパワードスーツを着込み、駆動部分を赤色に塗装した大男だ。分厚いヘルメットに隠されて素顔は窺い知れないが、人間離れした巨体である。両手には多連装ガトリングガンを持ち、背中には更に2丁の巨大火器がある。プレイヤーに許された武器枠の限度を明らかに超えている通り、そのカーソルが示すのはモンスターだ。

 もう1人は正統派の、竜を思わすデザインをしたスマートな漆黒の甲冑姿をしている。背中には長大なカタナを背負い、右手には≪大弓≫ではないだろうが、かなり大型の黒い弓を装備していた。黒パワードスーツに比べれば小柄であるが、あくまで比較した場合であり、十分に長身の部類である。その兜の覗き穴である、目を思わす細長い2つのスリットからはまるで眼光のように赤い光が漏れている。そして、そのカーソルはプレイヤーのものであるが、RDにはそれが最大の欺瞞に思えてならなかった。

 黒パワードスーツは下半身が千切れたレギオンを蹴飛ばしてサインズに放り込むと、その頭部を踏み躙った。

 

「安全確保完了。これで周辺50メートル圏内のレギオン及び感染NPCの撃破は終了です」

 

「少しは殺し方を考えろ。彼らが怯えているだろう? 諸君、我々は味方だ。この獣狩りの夜は諸君らが震えている内に終わるだろう。何も心配せず、明日の朝食のメニューでも考えておきたまえ」

 

 そして、外観での威圧感は圧倒的に前者が上のはずなのに、RDが目を離せないのは、紳士的とも思える振る舞いをする甲冑騎士の方だ。

 

「呪縛者Aより状態報告、HPの2割が損傷。どうやら相手はレギオン・シュヴァエリエのようです。なかなかやりますな、隊長」

 

「ふむ、噂のレギオンプログラムver2搭載型か。出来損ないのまた出来損ないではあるが、鈍った腕の錆落としにはなるだろう。呪縛者は下がらせろ。私がシュヴァリエを討つ。セラフの横槍も無い今こそ、我が好敵手と決着をつける絶好の機会。その為にも準備運動を済ませておかねばな。キャリア・レギオン『程度』は有象無象に任せて、私は好敵手を狙わせてもらう」

 

「隊長」

 

「冗談だ。我が好敵手と決着をつける時は、私も『全力』だ。ヤツも此度の戦いでかなり消耗しているはず。中途半端な状態ではつまらん。互いにとってな。それに私にも優先順位をつけるべき時だと分かっている。だが、キャリア・レギオンが何処にいるか分からぬ以上、『偶然ばったり』と遭遇したならば、『遊ぶ』程度は仕方あるまい?」

 

「……ご武運を。『お遊び』で命を落とされては困ります。イレギュラーはNのみならず、あのアルトリウスすらも倒した。もはや以前とは比較になりますまい」

 

 まるで意味が分からない会話を重ねて甲冑騎士は黒パワードスーツにその場を任せてサインズを離れる。その姿はまるで待ちわびていたゲームソフトを買いに行く子供のようだ。

 

「あ、あの……」

 

 いわゆるお助けNPC? 茅場の後継者がそんな温情を? だが、カーソルはモンスターであり、NPCではない。混乱するRDが話しかけると、黒パワードスーツは歩み寄ってきてRDを見下ろす。

 あ、死んだ。あの甲冑騎士のせいで分かりづらかったが、この黒パワードスーツも十分に『恐怖』の塊だ。こんなモノが存在して良いのかと疑いたくなるレベルである。

 

「よく耐えた、傭兵。ここからは俺に任せておけ」

 

 だが、RDの死のイメージと反して黒パワードスーツが送ったのは賛辞だ。そして、黒パワードスーツの周囲に、丸みを帯びた甲冑姿の騎士たちが黒い煙の中から姿を現す。特大剣、大砲、戦槌、大弓などを装備した新たな騎士たちは、兜の覗き穴から甲冑騎士と同じように、だが禍々しさは比較にならない程に小さい赤い光を漏らしていた。

 

「フォーミュラブレイン正常。全呪縛者に告ぐ。ここを拠点として防衛網を構築する。対象は全レギオン。殲滅せよ」

 

 開け放たれた扉に駆け込むように、新たに集まったレギオン達が流れ込む。だが、扉の前でもはや動く要塞と言っても過言ではない黒パワードスーツが立つと、両手の多連装ガトリングガンを撃ち放つ。吐き出された弾幕はレギオン達を擦り潰していき、もはや『面』とも言うべき弾丸の雨から逃れようとするレギオン達は、浮遊する呪縛者というネームドの名を持つ騎士達に狩られていく。

 ポカンと口を開くヘカテの隣で、へなへなとRDは腰を折った。ともかく、この場の安全は目の前の恐怖によって確保されたようだ、と。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 群がるレギオンを特大剣【蛮竜剣ストローン】で半ば叩き潰しながら、ラジードは袋小路に追い詰められていた貧民プレイヤーたちを救出する。

 レギオンと呼称された怪物たちは、いずれも特大剣ならばほぼ一撃、そうでなくとも確実に怯むので追撃で仕留められる。数と触手攻撃は厄介であるが、これまで経験した苦戦の数々がラジードを支えている。

 

「あ、ありがとう!」 

 

「礼は良いから早く逃げろ! 南区で教会と大ギルドの連合がバリケードを構築している! この情報を回して1人でも多く連れて逃げるんだ!」

 

 感謝の言葉もそこそこに、ラジードに怒鳴られて貧民プレイヤーたちは指示した方へと逃げていく。

 これでかれこれ100人ほど救っただろうか。額から滴る汗と荒い呼吸に、スタミナにはまだ余裕があるはずなのに、精神の方が参ってきている事にラジードは歯を食いしばる。

 

(4人……いや、5人は見殺しにした。救えたはずなのに……助けられなかった!)

 

 歯を食いしばり、ラジードは天上の赤い月を見上げて睨む。ラジード達が終わりつつある街で暴れるレギオンを狩り始めた時、レギオンの群れに追い回されている人々がいた。だが、ラジードの剣が届くより先に彼らは腹を抉られ、喉を食い千切られ、背中から中身を貪られ、触手で貫かれて玩具のように振り回されていた。そして、その後も選択の連続だ。より多くの人々を守る為に、目の前の人々を救うために、何処から聞こえる悲鳴を無視しては消えるを繰り返した。

 

『キャリア・レギオンの撃破とプレイヤーの救出は並列して行えない。二兎を追う者は一兎をも得ず。部隊を2つに分けるべきだ』

 

 キアヌ……いや、UNKNOWNの判断は迅速だった。このまま無策で飛び出しても、無尽蔵に増えるレギオンとプレイヤー救出の2つを行いながら、キャリア・レギオンを討ち取るなど到底不可能だ。ならば、こちらは数の利を活かし、元より目的を分けるというものだ。

 ラジードが配属されたのはプレイヤーの救出とレギオンの排除だ。ラジードの場合は特大剣による一掃が感染レギオンには効果的と判断された為である。重装で機動力に劣るリロイもまた同じチームだ。彼は他の教会を守る剣を率いて各所でレギオンの駆除を行っているが、教会を襲った黒い怪物……デーモン化したプレイヤーの襲撃もあり、なかなか上手くいっていないようである。

 大ギルドの戦力も終わりつつある街には配属されているとはいえ、上位プレイヤーの大半は別ステージにいたはずだ。終わりつつある街に駐屯しているプレイヤーもいるかもしれないが、それぞれの拠点防衛か、保有するギルドNPCの変異に追われて対処は難しいだろう。

 もっと力を! もっと力を! もっともっともっと力を! 大通りに溢れた変異したばかりのレギオン達に、ラジードは単身で突っ込むと怒りのままに特大剣を振るい続ける。ダメージ覚悟の突撃により、触手攻撃で肩や横腹を抉られるも、単発火力は決して高くない。クリティカル部位は特大剣を盾にして防ぎ、間合いを詰めては特大剣を振り下ろし、あるいは薙いで一掃する。

 ソードスキルを使う必要などない。だが、突如として上空から降り注いだクリスタルの弾丸は左の二の腕を貫いた。脳を突き抜けた不快感は悲鳴を呼びそうになるも堪え、ラジードはふわりと舞い降りた、感染レギオンとは一線を画す存在……キアヌ曰く『かなり手強い』とされるレギオン・シュヴァリエと対峙する。

 右手と一体化したランスとリザードマンを思わす風貌。目玉はない代わりに光を宿したようなクリスタルの頭部。怪物的な造形の中にもスタイリッシュが宿った姿は、まさしくレギオンの騎士だ。

 感染レギオンとは比較にならない程の速度と正確さで触手を振るうレギオン・シュヴァリエに気を取られ、群がる感染レギオン達の位置を把握できなくなる。仲間の感染レギオンもお構いなしに攻撃するレギオン・シュヴァリエは、即座に間合いを詰め、ラジードへと右腕と一体化したクリスタルのランスを突き出した。

 

「ぐぅ!?」

 

 危うく心臓を貫かれる寸前で特大剣でガードするも、パワーも他のレギオンとは比較にならないらしく、ガードを崩すような巧みな連撃でラジードを襲う。その間にも感染レギオンが次々とラジードへと触手を伸ばし、瞬く間にHPが半分を切る。

 死の予感の中でラジードは≪特大剣≫の連撃系スキル【ドラゴン・テンペスト】を発動させる。斬り上げの際に地面で剣先を擦らせ、火花のようなライトエフェクトを撒き散らしながらの高々とレギオン・シュヴァリエを舞い上げる一閃。レギオン・シュヴァリエはそれを予測していたかのように回避行動に移るが、ラジードのダメージ覚悟の一閃の方が僅かに早く、その身に特大剣が喰らい付く。

 舞い上げられたレギオンに宙で追撃の振り下ろし、そこから着地と同時に右から左への薙ぎ払い、そして渾身の突き。単発か2連撃がせいぜいの≪特大剣≫のソードスキルでも4連撃にも及ぶ、EXソードスキルを除けばラジードの切り札とも言うべきソードスキルだ。これにはレギオン・シュヴァリエも耐え切れるはずがなく、最後の突きを浴びた際にクリスタルの破片となって爆散する。

 だが、最高火力のソードスキルの代償として、ラジードは致命的とも言うべき硬直時間を晒す。熱くなった頭で放ったソードスキルの対価は自分の命のように、感染レギオンが一斉に囲い込む。

 レギオン・シュヴァリエの狙いは最初からこれだった。敢えて自分が『捨て駒』となって邪魔なラジードを感染レギオンに始末させる。その威圧感に押され、『逃げるように』ソードスキルを使ってしまったラジードのミスだ。

 死に呑まれる寸前のラジードを救ったのは、雷撃と火花だった。

 

「ラジードくん! 無事!? 無事だよね!? 死んでないよね!?」

 

 奇跡の太陽と光の剣で雷属性を槍にエンチャントさせたミスティアは、まさしく雷速とも言うべき速度で感染レギオンを蹴散らす。そして、すぐにHPバーが赤く点滅しているラジードに駆け寄ると、抱きしめながら、惜しみなく奇跡の【大回復】を発動させる。

 

「1人で突っ走らないで! すぐに熱くなるところはラジードくんの悪いところなんだから」

 

「……ごめん」

 

 泣き出しそうな、いや、実際に涙を溜めたミスティアに気圧されて、ラジードは深呼吸と共に冷静さを取り戻す。いつの間にか自分だけが突出して救出部隊から逸れてしまっていたらしい。それに気づけない程に、ラジードは深く先行し、またより多くの人を救おうと我武者羅だった。

 

「おうおう。お嬢ちゃんはアツいね~。それにルーキー君もシュヴァリエを単身で討つなんてやるじゃないの」

 

 そして、もう1人の救出者は教会を守る剣でも異質の存在である主任だ。得物は雄々しい金属製の昆だったはずであるが、今はその昆の先端に円盤が複数重なったチェーンブレードが装着されている。

 あれがリロイの言っていた、マユが設計し、イドが改良を加えたという主任専用武器【回転ノコギリ】だ。ストレート過ぎる名称であるが、チェーンブレードにあるまじきスタミナ消費量の少なさを持ち、チェーンモードでの火力ブーストはチェーンブレードでも最低クラスであるが、元の火力が高めなのでほぼ問題にはならない。複数に重なり合った高速回転する円盤状のノコギリは出血・欠損状態にさせやすい、むしろそれを狙った凶悪な武器である。主任はこれを『ピザカッター』という愛称で呼んでいるらしいが、その禍々しさの割に外観は確かに似ているのが笑えない。

 

「アイツは囮になってただけです。僕はまんまと嵌められた大馬鹿だ」

 

 横腹、肩、それに左太腿も欠損状態だ。まだ戦えないことは無いが、機動力は大きく落ちてしまうだろう。それに絶えず続く欠損のフィードバッグが止血包帯を巻かれた後も苛み続けて集中力を乱す。実質的にラジードの戦闘力は半減だ。

 

「それだけの脅威だったって事じゃないの。おじさんは『評価』するよ~。まぁ、元からキミには『可能性』を感じてたけどね♪ さぁ、休んでいる暇はないぞ! キャロり~ん!」

 

「はい、主任。ここに」

 

 この状況でも道化のように、この悪夢すらも茶化すような態度を崩さない主任が呼べば、いつからそこにいたのか、金髪碧眼のレディーススーツを着た、クラウドアース所属が似合いそうな美女が立っていた。

 

「お初にお目にかかります。私は【キャロル・ドーリー】。主任の秘書のようなものをやらせていただいています」

 

「立場的にはほぼ同じなんだけどね~」

 

「管理者権限は主任の方が上ですけどね。私の方が『妹』なので仕方ありません。それに私は主任やセラフと違って戦闘プログラムはAIフレーム開発の時点からオミットされています」

 

「というよりも、ドーリー君、それってネタバラシにならない? なっちゃわない?」

 

「ご安心を。『ジャミング』を発動させています。彼らには私たちが『何を言っているのか』も理解できないでしょう。所詮は人間も生体由来のハードウェアに依存する情報生命体という事です」

 

「うわ~。キャロりん外道過ぎ。おじさんもこれにはドン引きですわ。でも人間を舐めない方が良いんじゃないかな」

 

「舐めてはいません。事実を指摘しているだけです。それに主任が各地で暴れ回っているせいで、私のジャミングが無ければ、今頃は正体が露呈されているのですが? あとジャミングも所詮はMHCPの模倣ですので限度があります。連用すれば効果が薄くなるので主任も勝手な行動を少しは控えてください」

 

 いかにもアウトローな姿をした主任とお堅い雰囲気のキャロル。いかにも凸凹コンビのはずなのに、スッキリと纏まっている気がする。

 違う。そうじゃない。ラジードは彼らが『どんな会話をしたのか』思い出せないが、追及せねばならない発言をしたはずだ。だが、どうしても『それ』が何なのかが分からない。

 

「レギオン化は赤い月の光を浴びている野外NPCほど変異速度が速く、屋内にいたNPCほどに緩やかです。ですが、あと10分もすれば全てのNPCが完全にレギオン化するでしょう。それまでに勝負を付けなければなりませんね」

 

「というわけで、『危険な奴はぶち殺す』でいこうか! NPC相手でもヒャッハーできる覚悟はOK? おじさんにはできているぞ! お邪魔しまーす! そして死ね!」

 

 言うや否や、近くの酒場に入り込んだかと思えば、主任は回転ノコギリを振り回し、レギオン化しているといっても人間の造形がある、それも涙を流して命乞いをしているNPC達を文字通りミンチに変えていく。

 それに続くように赤聖布の教会を守る剣達も、無抵抗か、あるいは細やかな反抗をするNPCたちを一方的に撃破……いや、虐殺していく。

 確かにレギオンを倒さねばならない。だが、無抵抗の、レギオン化がほとんど進んでいないNPCまで殺していくことが正しい行為なのか……いや、理屈としては正しいのだろうが、ラジードの心は拒絶反応を引き起こしてしまう。それはミスティアも同じなのだろう。槍を握る手は震えており、だが主任たちの行動の正しさゆえに反論が出てこない苦々しい顔をしていた。

 

「ルーキー君も【雷光】ちゃんもどうしたっちゃのかなぁ? キミ達も『いつも殺している』だろう? 経験値とか、コルとか、アイテムとかの為にさぁ」

 

 NPCの赤黒い光の肉片を浴びた主任は……まるでちょっとオヤツでも頬張るように、痙攣するレギオンの足を食い千切る。その姿はまるで獣を喰らっているかのようだ。そして、近くのバケツを蹴り上げるとくるくる舞ったそれを被り、まるで狂った喜劇の道化師を演じるように腕を広げて赤い月光を浴びる。

 

「レギオンだろうとNPCだろうと何だろうと同じさ。その返り血を浴び続けて強くなったキミ達も立派な『殺戮狂』。今や夜は汚物に満ち、まみれ溢れかえっている。素晴らしいじゃないか、存分に狩り、殺したまえよ。ギャハハハハ!」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「今、超必殺のグローリー☆ブレェエエエエエエエドォオオオオオオ!」

 

 ただの薙ぎ払いではないか! スミスは胃が握り潰されるのではないかという痛みを腹に抱えながら、レギオンを総突破して真っ直ぐに最速・最短でたどり着いた巣立ちの家の前で奮闘するグローリーの助太刀をするように、両手に持った2丁のハンドガンを連射する。

 グローリーの大声のせいか、巣立ちの家には不都合な程に貧民プレイヤーが集結し、それが寄せ餌となってレギオンが集中してしまっている。テツヤンも奮闘しているようだが、元より戦闘慣れしているわけではない彼では、グローリー程の大立ち回りはできず、集まるレギオンに対応しきれていない。だが、集まっているのは貧民プレイヤーばかりではなく、数名のプレイヤーが果敢にレギオンを討ち取っている。

 

「どうやら支払いの分以上にしっかりと守ってくれているようだね」

 

「ふふふ、守るのではありませんよ。私がいるだけで皆さん『守られてしまう』。それが騎士というものです!」

 

 スミスの皮肉も通じず、グローリーは感染レギオンの触手を盾で防ぎ、2体のレギオン・シュヴァリエを相手にしながらも1歩も退かないどころか優勢を保っている。巣立ちの家とその周辺には貧民プレイヤーが50人近く詰め寄っており、半ばパニック状態だ。スミスは彼らを邪魔だとばかりに押しのけて家に戻ると、涙を流しながら駆け寄ってくる子供たちの頭をポンと撫でた。

 地下の武器庫で装備を揃え、スーツから普段の防具に着替えたスミスは右手にライフルを装備して巣立ちの家の屋根に立つ。ざっと見回しただけでも巣立ちの家に群がるレギオンの数は30を超している。良くも悪くもグローリーが広域拡散スピーカーとして『餌』になってしまっているようだ。結果として巣立ちの家周辺はレギオンの密度が相対的に下がって安全になっているようであるが、こちらとしては堪ったものではない。だが、それでもデメリット以上のメリットを発揮しているのはさすが『正面切った戦闘ではぶっちぎりの最強』と言われるだけの事はある。感染レギオンもレギオン・シュヴァリエもまるで敵ではない。

 むしろこれは好機か? レギオン達はグローリーを崩しきれずに二の足を踏んでいるようにも思える。そして、その間に他のプレイヤーがグローリーが仕留め損なった感染レギオンを討つ。悪くないサイクルである。

 屋根から飛び降りたスミスはライフルを撃ち放って正確にヘッドショットを決めて感染レギオンを怯ませていく。群がる感染レギオンはパルスマシンガンで迎撃し、触手の連撃を縫うように躱し、グローリーに手間取るレギオン・シュヴァリエの背後を取る。

 途端に起こる超反応とも言うべきレギオン・シュヴァエリエ特有の、まるで未来を見通していかのような回避行動。だが、スミスとてレギオン・シュヴァエリエとは1度対戦済みであり、また攻略済みだ。

 

「キミ達の動きは『彼』に似ている……が、雲泥の差だな。短絡な本能であるが故に『置く』のも容易い」

 

 レギオン・シュヴァリエの超絶とも言える回避行動の先に、スミスは左手で抜いたレーザーブレードの刃を『置く』。勝手に自分から光刃の元に跳んだレギオン・シュヴァリエは大ダメージを受け、≪ハウリング≫を発動させて増援を呼ぼうとする行動の矢先に口内へとライフルの銃口を突っ込まれて頭部を撃ち抜かれて撃破される。

 

「シュヴァリエ相手には短期決戦だ。無用な読み合いをすれば学習されて対応され、より強敵となる。腕の1本でも失う覚悟を決めて最大戦力で以って倒せ」

 

 幾らグローリーにダメージを負わされていたとはいえ、レギオン・シュヴァリエを瞬殺したスミスにプレイヤーたちがざわめき、またグローリーも負けていられないとばかりにレギオン・シュヴァリエのランスを大盾で受け流し、喉へと片手剣を突き立てて撃破する。

 できればキャリア・レギオンの撃破に協力したいところであるが、グローリー1人に任せておくにしても不安が残り、また感染レギオンを集めるという事は一網打尽のチャンスである。

 さて、どうしたものだろうか。スミスが左手のレーザーブレードを振るって、咥えた煙草を揺らしながら感染レギオンの胴を薙ぎ払い、あるいはライフルを連射して触手の間を通りぬけさせた弾丸を着弾させて一方的に感染レギオンを減らす中で、突如として5つの閃光が感染レギオンの群れに大穴を開ける。

 

 

 

 

「そこの傭兵たち、聞こえるか?」

 

 

 

 

 それは近くの見張り塔の頂上に陣取る、漆黒のボディアーマーに赤のラインペイントを施した女だった。女と呼べる根拠はそのボディラインのみであり、頭部は流線的なヘルメットで隠している。右腕にはほぼ一体化していると言っても過言ではない巨大なスナイパーキャノンを装備しており、射撃体勢を取った女がトリガーを引くと、まるでショットガンのように5発分の弾丸が放出される。

 まるでスナイパーキャノンのショットガン版のようだ。モンスターカーソルを輝かせ、【K】という名称を持つネームドは、レギオン達以上のプレッシャーをスミスにもたらす。

 

「こちらは狙撃特化型だ。死にたくなければ、射程内にレギオンを連れて来い」

 

 次々と放たれるスナイパーキャノンは、狙撃武器としての高速弾丸と複数の対象を同時に撃ち抜く拡散性、そして強烈な貫通性能を以ってレギオンを次々と撃ち抜く。一撃で倒しきれずとも、損傷したレギオンならばグローリーどころか、ある程度の戦い慣れたプレイヤーの敵にはならないだろう。

 あの距離から難なく声が届くことからも、ネームドとしての能力の高さも合わせて、お助けNPCの類とも考えられるが、スミスはすぐに否定する。茅場の後継者がこの件に噛んでいるとするならば、文字通りプレイヤーの皆殺しの為に、それこそじわじわと絞め殺すような幾重の策を張り巡らせるはずだ。

 今回のパンデミックと名付けられたイベントは一見すれば凶悪極まりないが、茅場の後継者の美学とも言うべき『悪意』が足りない。彼もまた勝ち目を与えた上での戦いを良しとするが、それは『ゲームだし、勝ち目は用意してあるよ。勝てるとは言ってないけどな!』といった無力に散る者たちを嘲う為のものである。対して、今回のパンデミックは良くも悪くもストレート過ぎるのだ。

 

「こちらK、狙撃ポジションの確保に成功。これより担当地区の保護に移る」

 

 何にしても、こちらの味方を気取ってくれるならば利用させてもらうとしよう。スミスはこの場をグローリーとKに任せて、キャリア・レギオンを撃つべく駆け出した。

 キャリア・レギオンが逃げた方向から推測すれば、おそらく決戦の場は黒鉄宮跡地の広間だろう。あの広さならば、巨体と触手を用いた攻撃にも有利である。HPバーは1本だけであるが、何かしらの仕掛けがあると考えて間違いはない。

 ルシアの事は気がかりであるが、大聖堂に残したのは正解だっただろう。ユウキがいれば感染レギオンだろうとレギオン・シュヴァエリエだろうと敵ではない。あちらは勘付かれていないと思っていたようだが、フードで顔を隠しても動きでバレバレである。

 

「……む?」

 

 と、そこで黒鉄宮跡地まで続く大通りにて、スミスは違和感を察知する。妙な程に感染レギオンの姿を見かけないのだ。よもや、この周辺までグローリーに引き寄せられていったとは考え辛い。

 何かのトラップか? そう思った矢先に、路地裏より激しい銃声と火花が飛び散る。

 現れたのは2人分の人影。片方は戦闘に不向きな、まるでお淑やかな令嬢のような姿をした、その両手に不釣り合いなアサルトライフルとレーザーライフルを装備した少女。そして、もう1人は全身が漆黒の肌をしており、背中から文字化けしたアルファベットや数字が集合した翼を広げる、白髪の少女だ。

 文字化けした翼は瞬く間に収束し、まるで触手のようになると8本の槍となってもう1人の少女に喰らい付く。だが、それをダンスでも踊るような華麗な回避で潜り抜け、レーザーライフルを撃ち込むも、漆黒の少女はフリーの触手でガードする。

 

「アハハ! それが攻撃のつもり! 剣士さんには遠く及ばないわ。あの狂人の秘蔵っ子って聞いてたけど、大したことないのね」

 

「アンビエントに挑発は通じません。ここで討ち取らせてもらいます」

 

 機械的とも言えるほどに正確な射撃で少女は淡い金髪に赤い月光を映しながら揺さぶりをかけるも、ヤツメという名を持つネームドは8本もある蜘蛛を思わす触手を操って攻撃を通さない。2人は激しく動き回り、互いがよけ合う攻撃のせいで次々と新しい感染レギオンが潰れていく。

 状況は拮抗しているかに見えたが、新たに増えた感染レギオンに金髪の少女が僅かに気を取られた隙に、ヤツメは触手の数本を地面に突き刺し、地下を潜行させて少女の真下から突き上げる。反応が遅れ、回避しきれずにその身を削られるかと思われた間際に、スミスはライフルを撃ち込んで触手の軌道を僅かに歪める。その刹那が金髪の少女の回避時間をもたらし、触手の奇襲攻撃は不発に終わった。

 

「ご協力感謝します」

 

「礼は要らないさ。それよりもアレは何か教えてもらえると助かる」

 

「マザーレギオン……この状況を作り出している元凶です。アンビエントの仕事はマザーレギオンの追跡及び捕縛、不可能ならば撃破にあります」

 

 確かにネームド名はThe mother Legion/hollow AI Code【Yatsume】とあるように、全てのレギオンの母体と捉えるのは自然かもしれない。

 感染源たるキャリア・レギオンを倒せばこの危機は乗り越えられるが、どうやら事態は一筋縄ではいかないようだ。自らをアンビエントと呼ぶ少女の隣に並び立ち、スミスは新しい煙草を咥える。

 小休止のようにヤツメは純白の髪を舞わせるようにくるくる回す。無邪気に笑う。

 

「あらあら、あなたの事は天使さんから聞いてるわ。とても強い人。例外候補……ううん、例外の1人。おじ様みたいな渋イケメンは好きよ。口から腸を引っ張り出してあげて、目の前でソーセージにしてあげたいくらいに好きよ? アヒャヒャハハハハ!」

 

 どうやら話は通じそうにない。そもそも会話する気があるとも思えない。ならば、こちらもお望み通り銃弾でお喋りをさせてもらうとしよう。

 アンビエントはプレイヤーカーソルであるが、どうにも自分たちとは毛色が違うようにも思えるが。だが、今はあれこれ問うべき状況ではないし、疑念は何処まで行っても疑念でしかない。

 

 そして、狂える神の残骸は、赤い月を信奉するように腕を広げると共に8本の黒い触手を伸ばした。 

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「これで……28!」

 

 連射性能を高めたハンドガン【ブラックホース】は、装弾数も高く、クリティカル部位に連続命中させれば高い効果を発揮する。シノンは胸を踏みつけた感染レギオンの頭を撃ち抜きながら、涎が飛び散る勢いで咆える。

 倒しても倒しても終わりが見えない。広大な終わりつつある街はNPCの数も膨大だ。それにレギオン・シュヴァリエも紛れ込んでいるのだろう。雑魚レギオンもチラホラと見かけては闇に紛れて襲撃をかけてくる。

 

「37、38、39……40! 遅いぞ、シノン!」

 

「あなたと違って私は丁寧なのよ! はい、討ち漏らし! これで29! あなたはマイナス1ね!」

 

 もはや≪二刀流≫を隠す素振りも無く、教会を守る剣から借りた変形片手剣【スティングレイ】とドラゴン・クラウンを振るうキアヌはレギオンの群れに跳びこんでは、竜巻のように斬撃をばら撒き、次々とレギオンを倒していく。

 幸いにも感染レギオンはレギオン・シュヴァリエどころか、雑魚レギオンにも劣る程に弱い。どちらかと言えば、出血や欠損といったデバフ狙いの数で押してくるタイプだ。事実として、高レベルのプレイヤーが集まった教会を守る剣の戦線離脱、あるいは死因の最多が欠損による行動不能かスリップダメージによるものだ。

 スティングレイは変形機構で刀身が伸び、片手剣でありながら変形前の倍ほどのリーチを確保できる。だが、当然ながら変形時は極めて脆く、耐久度も大幅に下がる。また単発火力も結果的に低下しているので扱い辛い変形武器だ。

 だが、キアヌはすぐにその癖を把握すると、主にトドメの追撃で変形を利用している。刀身の内部に組み込まれた鉄骨が伸びる変形なので刃部分も分割されてしまうのだが、キアヌとの相性は悪くないようだ。

 とはいえ、あの混乱の中でマユから彼専用の変形武器を受け取れず、あくまで教会を守る剣から借りた予備である。≪二刀流≫の連撃に耐えきれるものではなく、武器は既に悲鳴を上げているようにも思えた。

 

「それに雑魚ばかりとはいえ、スタミナ消費も馬鹿にならないわ。ソードスキルは控えなさい」

 

 感染レギオン達はまるでキャリア・レギオンを守るように、逃げた方向……黒鉄宮跡地の周辺に陣取っている。結果として、キャリア・レギオンの元にたどり着くまでに多数の感染レギオンの相手をしなくてはならなかった。

 上半身だけレギオン化したNPCがシノンに腕を振るいながら殴りかかる。完全変異する前ならば触手も無いので対処はしやすい。シノンはヘッドショットを決めて怯んだ隙に胸を義手の爪の連撃で抉る。

 マユの言っていた通り、義手はまだ未完成だ。それに攻撃し続ける中で頭の芯にストレスのような疲労感が義手より伝わっている実感もある。その度に腕の動きが鈍くなっているような気がしているのも勘違いではないだろう。

 やはり元の腕と同じようにとはいかない。それでも、現時点では違和感程度である。十分に戦い続けることができるだろう。シノンはあともう少しで黒鉄宮跡地というところで、突如として立ちふさがる、まるで黒いオーラが人の形を成したような存在に出くわす。

 

 

 

<闇霊【tQQbF49YsHLp7】に侵入されました>

 

<闇霊【UMiVc11WoWjo2】に侵入されました>

 

<闇霊【Vfyls99qEesX5】に侵入されました>

 

 

 それはシノンも初めて遭遇する、噂の無名の闇霊だ。

 1人は全身が近未来的な強化スーツを着た、大型のレーザーライフルを装備した射手。

 1人は重装の甲冑であり、大盾とパイクを思わす重量級の槍を持つ騎士。

 1人はアマゾネスを思わす布面積が小さく、胸部だけを革装備で覆い、腰布のようなものを身に着けた歪んだ短剣2本を装備した女戦士。

 無名の闇霊の強さは個体によって大幅に変動し、相手にもならない雑魚かと思えば、上位プレイヤーすらも退ける程の猛者もいる。安定した強さを持たない奇怪な存在だ。

 

「奴らを倒さないとキャリア・レギオンにはたどり着けそうにないわね」

 

「だけど、何か様子がおかしくないか?」

 

 キアヌの言う通り、3人の闇霊は頭をぐるぐると回したり、ケタケタと壊れたように笑っていたり、とてもではないが、まともな状態には思えない。そして、突如としてアマゾネスが獣を思わすように跳んだかと思えば、奇声を上げながらシノンにナイフを振り下ろす。

 咄嗟に義手でガードするも、凄まじい衝撃にシノンは思わず片膝をつきそうになる。キアヌがカバーに入ろうとするが、分断するように騎士が間に入り込み、大型レーザーライフルを装備した射手がキアヌへと青い閃光を解き放つ。

 

(何て馬鹿力!? DEX特化に見せかけたSTR特化なの? それともステータスの高出力化!?)

 

 義手にめり込む勢いの短剣を何とか弾き返し、奇声と共に乱舞を繰り出すアマゾネスにシノンは発砲するも、銃弾を至近距離で、まるで最初から弾道が見えていたかのようにアマゾネスは短剣で銃弾を弾く。その腕前は見事であるが、まるで自分が成した行為の負荷を受けたようにアマゾネスは狂った叫び声をあげて頭を押さえる。

 何が何だか分からない! それに、ノイズ混じりの奇声をよくよく聞けば、聞きなれないながらも記憶の片隅にあるフランス語に似ているような気もする。

 一方のキアヌは1対2でありながらも戦い自体は優勢のようだ。二刀流の連撃で騎士の大盾のガードを崩し、すかさずに刃を潜り込ませる。分厚い鎧に守られていても、ダメージを着実に重ねられる騎士は槍を突き出して射手と連携を取ろうとするも、キアヌは常に射手の射線と騎士を重ねて同士討ちを狙っている。

 だが、射手はトリガーを引き、太いレーザーを解き放つ。キアヌはレーザーを回避するも、射線上にいた騎士は盾があるとはいえ、レーザーによる削りでダメージを受ける。

 

「仲間意識はないのか。だけど、この動き……」

 

 何か思うところがあるのか、キアヌの攻撃のテンポが緩まる。叱咤したい気持ちに駆られながらも、闇霊たちの相手に手間取っている間にも感染レギオンが集まり、またキャリア・レギオンを野放しにしてしまっている。

 滅茶苦茶とも言える短剣の連撃を躱しながら、シノンは狙いを済ませてアマゾネスの喉を撃ち抜く。怯めば間合いに入り込んで義手の肘打を腹に浴びせ、復帰される前に至近距離でヘッドショットを撃ち込む。

 

「格闘戦は基本中の基本よ……なんてね」

 

 スミスとの修行が早速役立っている気がして、シノンは薄く笑う。確かに格闘戦は攻撃のバリエーションを増やしてくれる。これまでも格闘戦はそれなりに織り交ぜてきたつもりであるが、意識するのとしないのとでは雲泥の差だ。

 アマゾネスはスピードもパワーも凄まじいが、攻撃は単調だ。暴れ回っているだけと言っても過言ではない。しかも、余計なまでに鋭い先読みの度に悶絶して動きが止まるのだから隙も多い。シノンは義手の爪でアマゾネスの腹を貫き、体がくの字になったところに踵落としを決めてダウンさせてアマゾネスの豊満な胸を踏みつけながら、残りHP僅かになった闇霊の眉間に銃口を向けた。

 

 

 

 たすけて。

 

 

 

 言語は聞き取れない。ノイズのせいで何を喋っているのかも定かではない。だが、アマゾネスの口が何を伝えたいのかだけは、シノンの心に浸み込んだ。

 トリガーを引き、銃弾がアマゾネスを撃ち抜いていく。3発目が額に吸い込まれた時、黒いオーラは絶叫と共に拡散した。

 

(私は……私は『誰』を殺したの?)

 

 相手は闇霊だ。プレイヤーではないのだ。なのに、シノンの胸の内に、指先に、何故か『あの時』の感覚が蘇る。命を奪った時の、胃の粘膜全てが剥がれ落ちるような、熱と冷たさが同居した何かが喉までせり上がる。

 一瞬の思考のフリーズ。その致命的な隙に、射手のレーザーライフルがシノンを狙った。咄嗟にキアヌがスティングレイを伸ばしてレーザーの直撃を防ぐも、変形状態では耐久度が大きく下がる特性もあってか、亀裂が入る音が聞こえた。

 そして、シノンのカバーに入った間に騎士はキアヌの背中に槍を突き出す。それをキアヌは超人的な反応速度で反転しながら、あろうことか槍が到達するよりも先に反転して斬り返す。ドラゴン・クラウンの分厚い黒の刃は騎士の左脇から進入して右肩まで斬り裂いた。そのままキアヌは、一瞬の躊躇いとも思える間と共に、顔面へとスティングレイを突き出して騎士を撃破する。

 

「シノン、『今は何も考えるな』」

 

 感情を押し殺したキアヌには、シノンには見えなかったものが見えているのだろうか。シノンの知性が開こうとした血塗れの箱の蓋だが、キアヌの言葉が蓋を開けようとする彼女の手をそっと押し戻す。

 残るは射手だけだ。気を取り直したシノンはハンドガンで牽制をかけ、射手の攻撃を妨害する。レーザーライフルはチャージをすれば高威力モードを出せるが、どうやら射手の大型レーザーライフルはチャージ機能を低めて通常射撃の火力を引き上げた仕様のようだ。大型の外観通りに連射性能も低い1発屋である。射撃タイミングを的確に潰せば、キアヌが間合いを詰めてあっさりと接近戦に持ち込めた。

 だが、往生際が悪いように……いや、まるで狂乱のままに暴れ回るように、射手はレーザーライフルを振り回す。もちろん、それで怯むキアヌではなく、壁際まで追い詰めるとスティングレイで左肩を貫いて拘束し、そのまま右手のドラゴンクラウンで心臓を刺した。

 

 

 

「壊れ//////イメージが///////こわ////////な//////」

 

 

 

 それは『死』の間際の断末魔を思わす呟き。そして、ノイズの中に隠された日本語。シノンはビクリと肩を震わせ、いつの間にか震えているハンドガンを握る指を見つめる。忍び寄る暗闇を振り払ったのは、キアヌがポンと頭を撫でた掌だった。

 

「急ごう。キャリア・レギオンはすぐそこだ」

 

「そうね。分かっているわ」

 

 頭を振るって思考をキャリア・レギオンに集中させる。自分が倒したのは『闇霊』だ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。シノンは何処か重苦しさを増したキアヌの背中を道標にして、ようやくたどり着いた黒鉄宮跡地にたどり着く。

 そして、彼女の目に焼き付いたのは、先に感染源を撃破しようとして駆けつけたプレイヤーたちの墓標。

 10人分はあるだろう、遺品となるアイテムドロップの数々。そして、その中央で、今まさに騎士姿のプレイヤーを両手でつかみ、胴でから引き千切って中身を貪るキャリア・レギオンの姿だった。

 11人目を殺害し、ようやく『本命』が来たというように、他の完全に怯え、及び腰となったプレイヤーたちを無視して、キャリア・レギオンは4本の触手をうねらせる。今も黒鉄宮跡地は15人近いプレイヤーがいるにも関わらず、そのHPは1ミリと削られていない。

 逆関節を活かして跳ね上がったキャリア・レギオンが赤い月を背にして、戦いの幕開けを告げるように咆えた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 外はどうなっているだろうか。ユウキは赤い月が昇った空を窓から眺めながら、大聖堂に避難してきたプレイヤーたちが次々と匿われる現状から、多くのプレイヤーがここを安全地帯と目指している事態を把握する。

 終わりつつある街を拠点とするチェーングレイヴだ。この緊急事態となれば、ボスは総力を挙げてレギオン狩りを行っている事だろう。それに参加できない事は悔しいが、ここに避難してきているプレイヤーを守れるのは、残留した教会を守る剣とユウキ達だけだ。他の主力となり得るプレイヤーたちは武装して街に繰り出している。

 

「レギオンは殺す。1匹残らず殺す」

 

 そう誓ったのに、待ち続けるしかできないとは屈辱だ。ユウキは避難してきたプレイヤーの世話をする黒髪で眼帯をつけた少女を横目に、シーラの姿は何処だろうかと見回す。ミサの最中は確かにいたはずなのであるが、この騒動で見失ってしまった。今や大聖堂の中庭はパニック寸前の人々でごった返しになっており、修道女の姿をした女性プレイヤーたちは右往左往しながら平静を呼びかけている。

 

「大変な事になってますね」

 

 と、そこに話しかけてきたのは、ユウキと同じように数少ない冷静さを保っている1人だろう、金髪ポニーテールをした少女だ。年頃は近いのだろうが、ゆったりとした修道服からも分かるほどに胸部戦力が凄まじく、思わずユウキはたじろぐ。

 

「茅場の後継者も趣味が悪い悪いって思ってたけど、ここまでするなんて……」

 

「後継者のやり方じゃないよ。あの男はもっと『悪趣味』だから」

 

 金髪ポニーテールの少女はユウキの言葉にキョトンしたようだが、彼女にも確信と共に語れるようなことではない。

 茅場の後継者は確かに残虐だ。これでもかとプレイヤーを追い詰め、嘲い、嬲り殺しにする事を好む。だが、そこには綿密に計画された芸術的とも言える独自の歪んだロジックが存在している。

 そして、今回の獣狩りの夜は、ユウキがこれまでイメージした茅場の後継者のやり口と比較すると『美しくない』のである。良くも悪くも暴力的であり、また直情的だ。あの男がプロデュースしたならば、二転三転する悪意のトラップが仕込まれているはずである。唯一の脱出路に殺到した人々が自滅で圧殺されていくような仕掛けを好むのが茅場の後継者だ。

 悔しいが、あの男のそうした部分には『誠実さ』を感じてしまうユウキは、心底どうでも良いと言うように嘆息した。

 

「でも良かった。大聖堂にはレギオンも近寄らないみたいですし、ギルドNPCもおにい――UNKNOWNさんが事前に地下に幽閉してくれているお陰でレギオンは発生しないし、ここならキャリアを倒せるまで時間を稼げるね」

 

 励ますように金髪ポニーテール少女が告げた通り、大聖堂は現在の終わりつつある街でも数少ない安全地帯の1つだ。NPCが続々とレギオン化しているとう情報から、UNKNOWNが懸念した通り、避難してきたプレイヤーからもたらされた情報によれば、ギルドNPCも例外なくレギオン化しているようである。

 キャリア・レギオンは強い。それはユウキも認めよう。戦わずとも分かる程度には、レギオン・シュヴァエリエよりも完成度は上のようだが、劣化コピー以前の問題だ。あの程度に明確な脅威を感じるユウキではない。

 本物はもっと胸が締め付けられるくらいに狂おしいくらいに濃くて愛おしい殺意を振りまくのだ。あんな野蛮でザラザラとした殺意ではない。UNKNOWNならば撃破は確実、問題になるのは撃破『タイム』程度だろうというのがユウキの予想だ。生半可なプレイヤーでは犠牲も出るだろうが、レギオン・シュヴァリエを単身で相手取れるクラスならば後れを取ることはないだろう。

 

「そうだね。これも【聖域の英雄】様の――」

 

 と、そこまで言いかけて、ユウキは気づく。

 そうだ。茅場の後継者にしては『悪意』が足りない。彼の持つ『悪意』とは違い、今回のイベントは主催者の『残虐性』そのものが現れている。

 

「ちょっと見回りしてくる。レギオンが何処から忍び込んできているか分からないしね」

 

「一緒に行きましょうか? あたしもそれなりに腕には覚えが――」

 

「良いよ。ボク1人で大丈夫。皆を安心させてあげて?」

 

 金髪ポニーテールの少女に笑いかけ、ユウキはそそくさと貧民プレイヤーが続々と集まる中庭から立ち去る。その額には冷や汗が垂れ、焦りが早歩きにさせる。

 どうして気づいていながら見落としていた? 今回のイベントは茅場の後継者のやり方とは決定的に違う。後継者が好むのは『絶望しろ。そして死ね』だ。精神をヤスリで擦るように、時には爆破するように、あの手この手で心を折ろうとする。殺す過程で絶望を味わせるのが茅場の後継者の『好み』だ。

 だが、今回のイベントは『殺意』と『絶望』が分離している。両方が結びついているのは結果論。あくまで殺戮を重視している。茅場の後継者が仮に同じやり方で終わりつつある街に破滅をもたらすならば、四方八方からモンスターの軍勢で街を包囲し、プレイヤー側に防衛線を張らせながらじわじわと押し潰すやり方を好むだろう。そうして恐怖と混乱が蔓延して自滅するプレイヤーを嬉々として高みの見物をするのが後継者の『悪趣味』だ。

 

(『殺戮』自体が目的だったら『効率性』を重視するはず。システムチックに進められるイベントではなく、常に修正が入る『殺意』によってこのイベントが支配されているとしたら? だったら、1番効率的に『獲物』を『狩る』方法は……『安全地帯』を作り出して一網打尽にする事!)

 

 そして、明らかな空白地帯のようにレギオンの侵入頻度が低く、プレイヤーの砦となっているのはこの大聖堂だ。だが、この大聖堂こそがイベントの始動した場所……UNKNOWNがレギオンと交戦していた事からも、わざわざキャリア・レギオンが姿を見せた事からも明らかだ。

 何処かに時限爆弾のように、集まったプレイヤーを皆殺しにするトラップが仕込まれているはず。ユウキ広々とした大聖堂を見て回るも、赤い月の夜で街は混乱の極みにあるはずなのに不気味な程に静かだ。

 せめて武器があれば、とも思うが、ユウキのSTRは最低クラスだ。ほぼ初期値だ。装備条件STRを満たせるのは軽量級武器に限り、そうでなくとも初期装備クラス程度である。故に武器の選定には神経を使わねばならないのだ。

 まるで歌のように、祈りの言葉が聞こえる。ユウキは誘われるように、今やパイプオルガンが砕け散り、壁に大穴が開いた大聖壇の間にたどり着く。そこではアルビシアが破損を免れた大聖壇の前で膝を折り、両手を組んで祈りの言葉を捧げていた。

 

 

 

「神は火に焼かれて灰となり、内なる輪廻で火は継がれん。王位は焔火と共にあり。我らは灰より生まれた新たな命の芽吹き。死を知れば真なる生を知り、灰を映す水面より血の導きを得る。老いた世界が孕む新たな実りを分け与えよう。祈れ祈れ祈れ。全ては灰より出でる命の灯。神の再誕に、血より油を育み、大火を迎える皿を満たせ」

 

 

 

 聞き流していたが、この祈りの言葉にも何か意味があるのだろうか。ユウキはアルビシアに何か武器が無いかと問おうと近寄るも、何か様子がおかしく立ち止まる。

 まるでもがき苦しむように喉を押さえ、掻きむしっている。皮が剥がれ、赤黒い光が零れるのも厭わずに自分の指で肉を抉り、HPを削っている。

 

「うぅ……うぁ……アあぁああああああアアアアアアアアアアアアア!」

 

 それは文字通りの最後の抵抗だったのだろう。祈りを唱え続けたのは『人』であろうとするよすがであったが故にか。ユウキの目の前でアルビシアはその身を弾けさせ……いや、白毛の巨獣へと変貌する。

 デーモンスキル≪獣魔化≫。アルビシアが語り、依然として詳細は謎のままであるデーモンシステムによる狂気は、アルビシアを全長10メートルにも達するだろう、鹿を思わす金色の角を持つ怪物に変える。左腕は何処か人間的であるが、右腕は完全に怪物のそれであり、長い指先には黒い爪が備わっている。骨格も獣と人が混じり合ったかのようだ。

 長い白毛を揺らし、辛うじてプレイヤーカーソルを持つアルビシアだった獣は咆える。

 

「本当にどうなってるの!?」

 

 剛爪一閃。跳びかかり、長椅子を粉砕しながらアルビシアの獣は右腕の爪を振るう。それを持ち前のDEXの高さと高出力化を活かして躱す。アルビシア本人の戦闘適性の無さが反映されてか、攻撃力は過多のようであるが、技巧を感じない。獣の暴力性のままに暴れ回っているような印象だ。

 間合いを詰めて膝に蹴りを浴びせるも、ユウキの格闘攻撃など蚊に刺される以前の話のようだ。HPが減る気配もなく、やはり武器が必要かと、ユウキは事態を聞きつけて駆け込んできた教会を守る剣の2人に武器庫の場所を聞き出そうとする。

 だが、言葉が舌で踊るより先に、アルビシアの獣は口内から黄金色の雷撃を吐きつける。まさかのブレス攻撃に教会を守る剣たちは直撃を浴び、そのまま振るわれた爪でバラバラにされる。

 ユウキの基準からすれば回避も容易い大振りの攻撃も、その威圧感を前にすれば足が竦んでしまう。それが『普通』というものだ。正常な精神というものだ。ノータイムで反撃や回避に移れる方がおかしいのである。ユウキはせめて遺品でも活用しようと、修道女長らしく奇跡に長けた事が反映されたように雷撃を振りまくアルビシアの獣の攻撃を潜り抜けて、教会の変形武器の1つ、両手剣と銃器が組み合わさった【キャルバトロス】を装備しようとするも、装備条件STRが満たせず、手に持ってもその重量感で引き摺ることしかできない。そもそも条件を満たしていないので攻撃力ボーナスも激減であり、火力も微々たるものだ。

 

(もう何がなんだか分からないよ! プレイヤー自体がトラップ!? アルビシアがイベントの仕込み!? でも整合性が無い! だったら、アルビシアはどうしてデーモン化を――)

 

 ユウキが必死に頭を動かし、状況打破の策を練る中で、アルビシアの獣は苦しげに喉を掻きむしる。それは彼女の僅かな理性と人の名残が示す抵抗か。

 

「殺……シ……て……イメージが……あタまノ中で……イメージが……暗イ……月……マツり……神楽…………あぁアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 発狂。そうとしか言えないように、アルビシアがリーチのある右腕を振り回し、口内からブレスを吐き散らす。その姿はもはやネームドモンスターかボスのようだ。そして、背中からまるで脊椎を思わすような触手が伸び、ユウキは彼女を蝕むものの正体に勘付く。

 レギオン! ユウキは怒りのままに奥歯を噛み、重たくて腕が千切れそうな両手剣の切っ先を床で引き摺りながら、間合いを詰めて体を回転させる勢いで斬りかかる。だが、刃は肉どころか毛によって弾かれる始末だ。

 しかもアルビシアの獣はユウキの攻撃が通じないと分かってか、触手に……いや、彼女の頭の中にいるレギオンに操られているかのように、ユウキを無視して大聖壇の間の外に出ようとする。こんな巨獣が突如として出現すればパニックどころではない。ユウキが推測した通り、一網打尽……皆殺しだ!

 レギオンに勝手な真似はさせない! それはクゥリに対する冒涜だ! ユウキは危険と分かっていながらアルビシアの獣の前に立ち、誘発した右ストレートを跳んで躱すと腕に着地してそのまま駆け上がる。

 たとえ攻撃が通じずとも! ユウキは渾身の力を込めた手刀でアルビシアの、真っ赤な右目を突き刺す。ダメージは低くとも効果があったのだろう、アルビシアの獣は絶叫を上げ、暴れ回る。

 だが、今度はアルビシアの獣が闇雲に振り回す腕で大聖壇の間の壁に亀裂が入っていく。このままでは彼女を閉じ込めている大聖壇の間自体が崩落して、結果的には外に逃げられてしまう。

 回避もできる。攻撃も微かでも通じる。このまま時間をかければ確実に勝てる。だが、現実的ではない。ユウキが冷や汗を垂らすと同時に、最悪の事態を呼んだように、この騒ぎを耳にしてか、修道女らしきプレイヤーたちが大聖壇の間に顔を見せた。

 

「一体何が……」

 

 アルビシアの獣は再生した右目で修道女たちを捉えると、握った右拳を振り上げる。その姿に修道女たちは硬直し、足を完全に止めてしまう。

 ああ、本当に馬鹿だ。ユウキはアルビシアの獣の背中から伸びる触手を潜り抜けてその背中に上り、触手が生えた付け根を強打する。アルビシアの獣は僅かに硬直し、煩わしい蠅を振り払うように体を揺すってユウキを振り落とすと、よりによって回避不能の空中で右腕で横殴りにする。どれだけ神速の反応速度があろうとも、運動能力が発揮できない空中で巨体から繰り出される『面』の攻撃は躱しようがない。せめて苦し紛れにユウキは両腕をクロスさせてガードするも、腕の中身が潰れて砕ける音が聞こえた。

 吹き飛ばされたユウキが数度地面に激突しながら、澄んだ水面に倒れ込む。それは大聖壇の裏……どうしてこんなものがあるのかも分からない庭園だ。UNKNOWNとレギオン・シュヴァリエが飛び出してきたのもここだったかとユウキはぼんやりとHPが赤く点滅するのを見つめながら考える。

 両腕がぐちゃぐちゃだ。駆け抜けるダメージフィードバッグの不快感に笑い声が漏れてくる。あの場面で修道女たちを見捨てていれば、こんな事にはならなかったというのに。

 どうしても我慢ならなかったのだ。レギオンが人殺しをする。それ自体が許せなかったのだ。クゥリは確かに残虐で狂気的な面を持っている。だが、こんな出来損ないのような、醜い劣化品のようなものが彼の力を模るような真似をしているのが許せなかった。

 

(ちょっと熱く……なり過ぎた、かな?)

 

 右膝も砕けている。これではもう戦えない。起き上がれないユウキはどうしたものかと、こちらに近寄ってくるアルビシアの獣を見つめた。

 庭園には赤い月光が差し込み、浸された水の中で白い花たちが揺れている。幻想的とも思える光景の中で、異形の怪物ながらもアルビシアの獣には神性があるような気がした。それはレギオンを宿すが故にか。

 

「ボクは……まだ、戦える」

 

 だが、ユウキは立ち上がろうとする。残された左足で体を起き上がらせようとする。クゥリはシャルルの森で右足が爆破された状態で持ち直し、ボス戦に挑んだのだ。ならば、膝が砕けた程度で何だ? 同じ真似をすれば良いとユウキは膝を補強する方法を考えるも思いつかない。

 そうしている間にもアルビシアの獣が迫り、その爪を振るい上げる。ユウキは死を感じ取り、ぼんやりと赤い月の光を浴びながら1つの事を考える。

 都合の良いヒーローなんて存在しない。いつだって世界は悲劇なのだ。ならば、その脚本を書いているのは神様なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【磔刑】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキを囲むように水面を破って突き出されたのは赤黒い槍の森。それはアルビシアの獣の拳を迎撃し、毛と肉を軽々と貫いていく。アルビシアの獣は叫びをあげながら後退を……いや、まるで『怯える』ように後ずさる。

 ユウキに覆い被さるような影が揺らすのは白髪。右手に持つ黒い小型のランスを地面に突き刺し、地より空を目指すような槍衾を呼んだのは、正しくレギオンの王。

 

「あの、イカ頭野郎、こういう、事、か。何が、大切な、モノを、見失う、な……大聖堂、に、いけ……だよ。お陰で、全力、ダッシュ、しちまった、じゃねーか」

 

 疲れ切ったような声音と共に、白髪の傭兵はため息を吐きながら左手で顔を覆い、およそ焦点が合っているとは思えない右目で気怠そうにユウキを見る。

 

「……よう、ユウキ。元気、そう……じゃねーな」

 

「クーこそ……またボロボロだね」

 

「お互い、様、だ」

 

「全然違うよ。ボクは両腕がミンチになっているだけだし」

 

「らしく、ない、な。油断、したか?」

 

「ちょっとね。人助けなんて慣れない事をするものじゃないねー」

 

「それは、同感だ。まぁ、修道女、っぽい、恰好だし、たまには、ヒーローに、助け、られる、お姫様、に、でも、なっておけ」

 

「えー。ボクはお姫様ってキャラじゃないと思うんだけど?」

 

「オレも、ヒーロー、じゃ、ねーよ」

 

 淡々と言葉を重ねて微笑み合い、動けないユウキをその場に残し、クゥリは右手のランスを引き抜いて振るい、左手のチェーンブレードの類だろう片手剣を抜く。

 右足の動きがおかしい。両手も震えている。右目の焦点が合っていなかった。先ほどから体がフラフラと揺れて今にも倒れそうだ。片言で苦しげに喋る姿は、もはや満身創痍を通り越しているだろう。

 それでも、その身より溢れだす殺意に一切の淀みはない。アルビシアの獣は槍衾で穴だらけになった右腕から赤黒い光を零しながら咆え、レギオンの王は涼しげに、むしろ鬱陶しそうに吐息を漏らす。

 

「『オレの獲物』に、手を、出す、とは、良い度胸、だな。特別サービス、だ。念入りに、殺して、やるよ」




戦況

主人公(黒)&シノンVSキャリア・レギオン

おじさん&リリウムたんVSホロウちゃん

主人公(白)VSエミーリアもどき

……本当に主人公っぽい行動が似合わない主人公(白)だなと思いました。

それでは218話でまた会いましょう。

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