SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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本エピソードを彩る要素

・HENTAI鍛冶屋
・ヤンデレ
・敵の強さが上限突破


……ろくなものがありませんね。


Episode16-18 古いナグナへ

「やっぱり修復は無理か」

 

「残念ながらね」

 

 折れた死神の槍をグリムロックに見せ、彼が無念そうに首を横に振るのをオレは静かに見届ける。

 期待はしていなかった。幾らナグナが最前線のダンジョンであり、なおかつ高レア度の素材アイテムが山ほど備蓄があるとは言っても、それぞれの武器には必要不可欠な修復素材が定められている。ましてや、死神の槍はNの遺品、ユニークウェポンの中でも特に異質な存在のはずだ。簡単に修復できるはずがない。

 

「未知なる修復素材アイテムばかりだ。とてもではないけど、修理は無理だね」

 

「ワシもこんな武器は初めて見たぞ」

 

 優れた鍛冶屋2人が知恵を出しても、そもそも素材が無いならば修復できない。せめて折れていないならば、何とかなったかもしれないが、深淵の魔物からの攻撃を守るために払った犠牲は大きかったか。

 

「勿体ないね。性能もそうだけど、能力の【磔刑】が強力だ。それにこれはまだ一端に過ぎない」

 

「だからといって折れた武器を使う訳にはいかねーよ」

 

 さすがに折れた状態では【磔刑】を発動できなかった。事実上リーチが半分になった短槍としても機能するが、攻撃力にマイナスが付いており、火力は以前とは見比べることもできない。それにこれ以上の酷使は破損どころか完全消滅の危険がある。それで勝てるならば最後まで使い続けるが、深淵の魔物はそもそも闇属性防御力も高いので死神の槍は不得手だ。

 

「でも、これを使う為に≪槍≫を入手して、POWを高めたのだろう?」

 

「使えない武器は荷物だ。それに無駄になったわけでもねーよ」

 

 武器系スキルがあれば対象の武器を装備すればステータスボーナスが付くし、ソードスキルも使えるようになる。今後は≪槍≫という新しい選択肢が増えたと納得すれば良い。それにPOWで得た魔力も、他の魔力使用する武器やアイテムの幅広がったと思えば良い。特に≪光銃≫や≪光剣≫の足掛かりにもなるからな。

 

「そ・れ・に、身長160センチを突破したオレに敵は無い!」

 

「……クゥリ君、日本人男性の平均身長は――」

 

「それ以上は言うなぁあああああああああああ!」

 

 何も聞こえない! 何も聞こえないぞ! オレは夢の160センチに到達したのだ! 次は目指せ、165センチ! 期待を胸に志大きく! いざ届かん、幻想の170センチなんだからな!

 ともかく、メインウェポン級だった死神の槍が使えずとも深淵殺しがある。これならば、深淵の魔物に限らず、道中のモンスター、ネームド、ボスを相手にしても問題は無い。後はサブウェポンだけなので、グリセルダさんにはお帰り願ってこうして工房に残っているのだが、どうやら2人のHENTAI鍛冶屋の方針は未だ定まりきっていないらしい。

 

「とりあえずボールドウィンさんの作品を改修しようとは思っているんだけどね」

 

「じゃが、お前さんの肌に合うかが微妙でのぉ。ワシも1人でここを切り盛りしていたから、他の連中に合わせた武器が多いんじゃ。かといって、深淵殺しみたいなワシが好き勝手に作った武器をそのまま渡すわけにもいかんしな」

 

 何かオレが凄い面倒臭い客みたいな物言いだな。いやね、武器を壊しまくっている時点で鍛冶屋泣かせなのは重々承知だが、それでも受け取った武器に文句はあまり言わないぞ?

 しばらくグリムロックとボールドウィンは折れた死神の槍を挟んで何やら小声で話し合っている。耳を澄ませば、『いっそコイツを――』とか『でも、やっぱりリスクが高過ぎて』とか『ワシのとっておきに【純粋な蜘蛛糸鋼】がある』とか『ではそのプランで行きましょう』とか……うん、なんかオレの知らないところで死神の槍の運命が決まってしまったようだ。

 

「とりあえずはコイツを持っていけ」

 

 2人が鍛冶仕事を始めてから数時間、オレはうとうとしながら壁にもたれて彼らの雄叫びやら歓喜を耳にしていたが、ようやくひと段落ついたらしく、オレは瞼を開けて差し出された武器を受け取る。

 それは青銀色の刃だ。薄っすらと青い電気が発しているように見えるのは見間違いではないだろう。指にしっくりと来るグリップ、分厚い刃を収納する金属製の鞘、やや分厚さを残した叩き斬る為の刀身はまさしく鉈だ。

 鉈を武器として使うのは初めてではないし、現実世界でもそこそこ使い慣れている。軽量性特化の≪戦斧≫ってわけか。先端が平たいので刺突攻撃が出来ないのは些か不安であるが、その分だけ斬撃攻撃に重きを置いた性能で纏められているのだろう。刃渡りは50センチ程度だ。長大な深淵殺しを補うには丁度良いか。

 名は【スパークブレード】。シンプルな名前が示す通り、雷属性を帯びた鉈だ。攻撃力も十分だし、属性ダメージが通る相手ならば≪戦斧≫である事も合わさって十分以上のダメージを与えられるだろう。

 

「死神の槍だけど、私に任せてくれないかい? 鍛冶屋の誇りにかけて、決して無駄にはしない」

 

「元よりそのつもりだ」

 

 グリムロックは死神の槍の有効活用を思いついた。つまり『修復』はしない道を選んだ。オレは彼の思い描くプランに従う。それが死神の槍を折ってしまったオレにできる最善の手だ。

 マシンガンの弾を補充してもらい、これでオレの準備は終わりだ。再びボールドウィンとグリムロックが工房の奥に引っ込んでいくが、その仕事の邪魔をしたくないのでオレは立ち去る。

 ざっと3時間ほど微睡んでいたお陰か、脳は随分とスッキリしたな。後遺症に著しい回復は見られないが、左手の感覚を擬似的に取り戻せただけでも収穫だ。

 地下街を散策していると、出入口の付近ですっかり見慣れた大男の影を見つける。ベヒモスだ。

 

「よう」

 

「ああ」

 

 短く挨拶をして、オレから地下街に到着した際の扉を睨むベヒモスの隣に立つ。今は施錠されて封鎖されているが、あの向こう側には複雑に絡み合った坑道が広がっているはずだ。そして、その何処かに今も闇の中に残されたノイジエルや他の上位プレイヤー達がいる。

 

「要請したが、救援部隊は派遣できないそうだ。グリセルダもアシッドレインも、私に言われるまでもなく部隊を派遣したが、彼らの痕跡は発見できなかった。それどころか、仲間の1人が腕を失った挙句に感染ステージを引き上げてしまったらしい。ボス攻略を控えた現状で損耗は――」

 

「ノイジエルは優れたプレイヤーで指揮官だ。組織の枠を超えて生き残ると腹を括れば何とかなるだろう」

 

 淡々と報告するように、ノイジエルを救いに行けない現状を告げるベヒモスの言葉を塗り潰す。

 ノイジエルは強い。他の連中も決して負けてはいない。深淵の魔物と遭遇したならば……色々と覚悟せねばならないだろうが、ノイジエルもヤツの巨体を考慮したルート選択を続けるはずだ。ならば生存できる確率は高い。問題は感染率だが、そこは時間との勝負になるだろう。

 

「万能薬を作ってノイジエル達を迎えに行ってやれば良いさ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 同意したベヒモスは反転するも、振り返って名残惜しそうに扉を見つめ、やがて決心したように歩を進める。それに続くオレは彼が腰掛けたベンチの隣に座る。そこは改札口を見つめられる広間だ。この先には崩落した駅構内とホームが広がっている。偶然にもグリムロック達は地下街のすぐ傍まで来ており、早急な保護を受ける事が出来たのだ。まぁ、その為に凶悪な蚤の巣を通り抜けねばならなかったらしいがな。

 ベヒモスもその話を聞いているのだろう。蚤の巣を除いても、他のルートを通ってもノイジエルが姿を現すならば、この改札口こそ最も確率が高い。彼は幻視しているのだ。立場を超えた戦友が、たとえボロボロになろうとも、その強さの限りに生き残ってみせる姿を求めているのだ。

 

「約束だ。飲もう」

 

 ぶっきら棒に、ベヒモスは琥珀色の液体が入った瓶をオレに差し出す。それを受け取り、口に含んだオレは喉を焼くアルコールの液体にむせた。どれだけ強い酒を飲んでやがるんだよ!?

 オレが唾液を垂らして体を曲げる姿を笑い、オレから酒瓶を突き返されたベヒモスは一口どころか数口分を含む。

 

「貴様は強いな」

 

「……藪から棒に何だよ」

 

 酒が弱いオレへの皮肉か? ハッキリと言いたいが、オレはそこそこ飲める方だぞ? DBOにアルコール度数が設定されているか知らんが、そんな酒をガブガブ飲んでいる方が異常なんだ。

 

「ああ、済まん。魔物と戦っていた時を思い出した。正直に言おう。もう1度あのバケモノと戦えと言われても、私には無理だろう。足がきっと動かない」

 

「それが普通さ。死にかけたんだ。乗り越えるには時間がかかる」

 

「それだ。それが貴様の『強さ』なのだろうな。普通は心が折れる。生き抜いた安堵の中で、圧倒的な実力差を、殺戮を、死の際の恐怖を思い出して、震える。だが、貴様には微塵としてそんな様子が無い。戦闘能力という意味ではなく、精神としての強さ。それこそが貴様の強さの秘密なのだろうな」

 

「……オレは強くない。戦うこと以外できないだけだ。だから、そこで折れるわけにはいかない」

 

 本当の精神の『強さ』とは、『アイツ』が持っているような、眩しくて、尊くて、温かなものを言うんだ。オレみたいなのは戦闘馬鹿というだけだ。

 

「恐怖に愚鈍なヤツから死ぬ。オマエは生物として正しいよ」

 

「だが、戦士としては二流だ」

 

「オマエが二流とか、大半のヤツが心折れる発言だろうな。士気に関わるから控えろよ」

 

「ああ言えばこい言う奴だな。褒めたんだ。素直に受け取れ」

 

 苦笑するベヒモスがもう1度酒瓶をオレに渡す。今度はゆっくりとそれを一口分だけ含み、味わい、喉を通す。それでも悶絶しそうになるが、痩せ我慢でベヒモスに無言で返す事に成功した。

 

「先程の話だが、嘘だ」

 

「何処らへんが?」

 

「嫁がいるという話だ」

 

「……マジかよ」

 

「どうにも恋愛事には奥手でな。昨今の結婚詐欺を考えると慎重になってしまう。ブ男が選り好みすべきではないと分かってはいるんだがなぁ」

 

 ガジガジと頭を掻くベヒモスは恥ずかしそうに、手元の酒瓶を指で撫でる。カノジョいない歴=年齢のオレには恋愛のいろはなど教えることもできないが、モテモテで自分の好みの女がいるならば幸せではないか。オレとか傭兵紹介欄に彼女募集中と大文字で書いても完全無視されているんだぞ?

 

「貴様はどうだ? 惚れた女の1人や2人はいるだろう? たまにサインズ本部近くで、可愛らしいお嬢さんと親しげにしているが、恋人か?」

 

「それ以上はアイツに失礼だ。ぶち殺すぞ」

 

 やや酒が回って来たかな。少し感情の箍が外れて来た。睨むオレに、ベヒモスはふむふむと、何か納得したように腕を組んで頷く。

 

「つまり、貴様自身は迷惑ではないのだな? 周囲にそんな風な目で見られて構わないのだな?」

 

「論点をズラすな。オレは他人の目なんか一々気にしないってだけの話だ。だがな、アイツは図太そうに見えて、意外と繊細なんだよ。オレみたいな糞野郎の恋人と間違われるなんて冒涜も良い所だ」

 

「ズラしてなどいない。貴様が彼女をどう思っているのかについて尋ねているだけだ」

 

 ああ言えばこう言うのはお互い様ではないか。嘆息し、今度は自分の意思でベヒモスの手から酒瓶を奪い取って煽る。むせそうになるのも堪えて、数口分を流し込み、感染状態で高熱を孕む体を更に過熱させる。

 つーか、ボーイズトークで恋愛トークとか、もう少しジャンルを考えよう。もっと武器とか、モンスターとか、良い狩り場の話とか、野郎同士だからこそ盛り上がれるネタがあるだろうに、何が悲しくて死亡フラグの見本みたいなジャンルを選択しないといけないのだ?

 酒のせいか、考えるのも面倒になってきた。さっさと来てくれ、ノイジエル。コイツって絶対に絡み酒で面倒なタイプだから相手してくれよ。

 

「さぁな。考えた事も無い。オレにとってアイツは何なんだろうな?」

 

 かつては友人だった。どちらかが先に【黒の剣士】を倒す。それを約束し合った同志のような関係だった。だが、オレは彼女に託した約束にいつしか溺れていた。

 忘れないで欲しい。たとえ、オレが『オレ』でなくなったとしても、彼女が『オレ』を憶えてくれていればそれで良い。

 だが、シャルルの森で目覚めた時に、黄金の蝶に誘われた眠りから覚めた時に、ユウキはそこにいた。空には太陽と同じように月もあるのだと言うように、月光ような優しい抱擁をしてくれていた。

 ユウキという月明かりに……導きを得たんだ。変わりたいって気持ちをつかみ取ったんだ。

 

「うん、月光だ。オレにとっての月の光。アイツは……そんな存在なんだ」

 

「ふぅむ。詩的だな」

 

「表現が他に思いつかないだけだ」

 

「そうなのか? まるで夏目漱石だな。真実かどうかは知らんが、有名な話だろう?」

 

 なんで夏目漱石がここで出てくるんだ? まぁ、嫌いじゃない文豪だけどな。だけど、やっぱりオレはどちらかと言えば太宰治の方が――

 

 

 

 

 

「かつて夏目漱石は『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したそうだ。貴様のその女性に対する想いは、間違いなく恋愛感情だ」

 

 

 

 

 オレの手から酒瓶が落ちたと気付いたのは、ベヒモスの言葉の『意味』を噛み砕いて消化するのにかかった10秒後の出来事だった。零れた琥珀色の液体を勿体ないと言うようにベヒモスは慌てて酒瓶を拾い上げ、半分以上零れた事実に嘆息する。

 睨んでいるかもしれないベヒモスを無視し、オレは震える右手を見つめ、そして顔面を隠すように覆う。

 

「この感情が……何だって?」

 

「何度も言わせるな。良いか? 貴様のそれは恋愛感情だ。LOVEだ! まったく、鈍感系など昨今は流行らんのだがな」

 

 ブツブツと何やら語り出すベヒモスはアルコールのせいでヒートアップしているらしく、最近のラブコメに足りないものやらハーレム系について熱弁しているのだが、それらを全てシャットアウトする。

 オレがユウキに……恋している? ああ、そうだな。客観的に分析すれば、どう考えてもおかしいくらいに、オレが彼女の事を想ってしまっている。今までのオレではあり得ない位に、彼女に何かを求めている。

 それは母性? 違う。それはグリセルダさんを通して見た母さんの幻影だ。1度としてユウキと母さんを重ねた事は無い。

 それは友情? 違う。それは『アイツ』に見出したものだ。確かに友情に近いものもあったかもしれないが、常に何かが違った。

 それは? それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは?

 

 

 それは……愛情なのか? 

 

 

 いつの間にかオレはベヒモスから遠く離れ、誰もいない枯れた噴水広場に立っていた。水が張られておらず、ヒビ割れたそれらに残るのは塵芥ばかりだ。だが、オレはそこに心の水面を見出し、映る赤紫の月に触れるように左手を伸ばす。

 

「嫌だ」

 

 ああ、最悪だ。

 こんな感情に、気づきたくなかった。

 ずっと夢見心地のままだったら良かったのに。アイツへの感情に『意味』なんか与えずに、そこにある確かな執着に『答え』なんか無ければよかったのに。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ………こんなの、あんまりじゃないか……どうしてだよ? どうしてなんだよぉ!?」

 

 針帯で包まれた左手が追い求めるのは赤紫の月……ユウキに触れる事。その喉を締め、壊し、彼女の苦悶の表情を生み出す事。その声帯から漏れる苦痛を訴える叫びだけがオレを満たしていく。その幻が執着の原点にして元凶とも言うべき渇望を慰める。

 

「オレは……オレは、ただ、『人』でありたいだけ、なのに」

 

 だけど、オレは嘘を吐けない。目を逸らすわけにはいかない。

 さぁ、1つの真実を暴こう。幻の水面はいつしか血だまりとなり、そこに波紋を生み出すようにヤツメ様が踊っている。オレに『早くこちらの世界においで』と言うように、手を差し伸べている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きなんだ。ユウキ……オマエを殺したくて堪らないくらいに、好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までも特定の誰かを殺したいという感情があった。だが、それは『別の誰か』で置き換えられるものでもあったんだ。

 だけど、違う。オレにとってあの2人だけは、どうしても、『別の誰か』に置き換えることができない。

 ユウキと『アイツ』への殺意だけは、余りにも特別で、彼らだけにしか向けられないんだ。

 この殺意は、『アイツ』と戦いたい、ユウキと戦いたい、そんな歪んだ戦闘欲求かと思っていた。だが、そんなものではない! そんな生温い夢じゃない! この悪夢の本質はもっと別の場所にあったんだ!

 好意に由来する殺意の執着。自覚した。自覚したぞ。ああ、糞ったれが! だからなのか!? だから、だったのか!?

 

「ヒャハ……クヒャハ……クヒャハハハハハ! 最高に最悪過ぎて笑えるな! アヒャハハハハハハハ!」

 

 どうして、深淵の魔物と戦っていた時に、会いたい人々の顔が巡ったのか、理解できてしまった。

 殺したいんだ。好意の大小に違いがあれども、オレの好意は全て殺意の執着に直結しているんだ。彼らを踏み躙りたい。壊したい。殺したい。そんな欲望が……こんなにも醜くて、獣みたいな……獣以下のバケモノみたいな欲求が! あの時、オレに戦う力を与えてくれていたんだ!

 その中でも特別なのが『アイツ』とユウキなんだ。絶対に他の誰にも殺させたくない。俺自身の手で壊して壊して壊して壊して壊して、そして殺したい程に強く好意を抱いてしまった人たちなんだ。

 

「……落ち着け。大丈夫だ。オレは……『オレ』は、まだ、戦える。戦えるぞ!」

 

 ありがとう、ベヒモス。最悪過ぎるが、早めに気付けて良かった。

 まだ修正が利くはずだ。血だまりで踊るヤツメ様に背を向け、左手の拳を握って自分の額を打ち抜く。もう幻は無い。振り返っても、そこにあるのは枯れた噴水だけだ。

 受け入れろ。これもまたオレの本質だ。オレという存在を形作る生まれ持った気質だ。好意は殺意を生む。その理屈さえ自覚できればコントロールできるはずだ! 絶対にすべきではないのは目を逸らす事! この本質を無視する事だ! それは必ず感情の発露の爆発を呼ぶ。だからこそ、受け入れて御するんだ!

 殺すものか。『アイツ』を殺したいのではない。殺すとしても、それは戦った結果に過ぎない。オレが『アイツ』に感じるこの想いは……友でありたいという意思は、決して『アイツ』を殺したいという欲望を満たす為の肥料なんかじゃない!

 オレが『オレ』で無くなる時、ユウキを殺す。殺したい。そう願っていた。でも、それこそがオレの歪んだ欲求の極みだ。ならば、彼女を生かそう。オレが『オレ』で無くなった時が来ても、笑って彼女が生きる未来を……少なくともオレが彼女を殺さない未来を幻視しよう。

 ああ、糞ったれが。ただでさえ時間が無いのに……ヤツメ様の囁きがどんどん魅力的に、どんどん心に染み込んで来て、オレが『オレ』じゃなくてヤツメ様で、何処が境界線かも、そもそもヤツメ様とはオレの本質の表れであって、神とは? 祈りとは? 導きとは?

 

「あ、あの……」

 

 と、そこに現れたのは我らがギンジくんではないか。どうやら笑い声はともかく、顔面を自分でぶち抜いたシーンを見られたらしい。かなり戸惑った様子だ。

 

「蚊がいただけだ」

 

 もっとマシな言い訳があるかもしれないが、オレの気迫に圧倒されてか、ギンジはガクガクと壊れたように頷く。正直、助かったな。ギンジに声をかけられていなければ、頭の中がぐちゃぐちゃになっていたところだ。さすがは万能型! 痒い所に手が届くな!

 

「それで、愛しのアニマちゃんから離れて何の用だ?」

 

「あまり弄らないでくれ。その……恥ずかしい」

 

「別に良いじゃねーか。オレは凄いと思うぞ。オマエみたいに、愛する人の為に戦えるヤツは……本当にすごい」

 

 オレみたいに、愛する人を殺したいなんていう糞とも言えない屑以下とは大違いだ。

 ああ、羨ましいな。本当に羨ましい。でも、オレはオマエみたいにはなれないんだろうなぁ。『アイツ』に手が届くとか以前の問題だ。

 まぁ、良いさ。これはオレの一方的な感情であり、好意であり、殺意だ。ユウキがオレに惚れてくれているわけでもないんだ。『アイツ』にしたって、オレの事を友達だって思っているかどうかも分からない。全てはオレが胸の内で抑え続ければ良い。今までと同じだ。今までと同じように、ヤツメ様の導きの中にある殺意の1つとして、受け入れながらも支配されずに生きていけば良い。

 ギンジが伝えたのは、会議室に集結せよ、という簡潔なグリセルダさんからのオーダーだ。オレはギンジを連れて、グリセルダさん達と『契約』した会議室に赴く。

 

「クゥリ君、顔色が悪いけど大丈夫?」

 

 先に奥の席の中心に腰かけていたグリセルダさんが目敏くオレの異常を見抜く。

 

「『少し疲れている』だけだ」

 

 ごめんなさい。オレは嘘が下手なんだ。だから、誤魔化すことしかできないんだ。真実を虚言にすることは苦手だから、最初から別のもので覆って目を逸らさせる事しかできないんだ。

 

「そう……でも、しっかり休みなさい。それも戦士の義務よ」

 

「分かっているさ。それよりも、オールスターでどんな話を始める気だ?」

 

 辛うじて納得した様子を見せるグリセルダさんから視線を外し、周囲を見回す。この場には先んじて到着したらしい酒が抜けきっていないベヒモス、グリセルダさんと対面するように廊下側の席の中心を陣取るエドガー、その左隣で緊張した面持ちのグリムロック、グリセルダさんの両脇を固めるアシッドレインとボールドウィン、後は壁にもたれて煙草を吸うヨルコ、グリセルダさんの後ろで直立不動のシュミットがいる。

 ヨルコから数歩分離れた場所で壁にもたれる。伝令役を果たしたギンジはエドガーの後ろへとするりと潜り込んで、ちゃっかりと会議に出席する腹積もりのようだ。

 

「ボス攻略作戦……ナグナ脱出計画最終段階を始動するわ。作戦開始は今から12時間後よ」

 

 12時間後か。そういえば、オレが地下街に到着したのも大よそ12時間前だ。たった24時間……1日しか休む時間が無いとはな。だが、地下街にたどり着けていないノイジエル達からすれば、感染攻撃を受けずとも24も上昇した悪夢の1日になるだろう。ならば、万能薬を得る為にも早めに出発した方が吉か。

 

「ふむ、私は構いません。ですが、その前に作戦の詳細を教えていただきたい」

 

「無論だ。シュミット、地図を」

 

 エドガーの要求に応じたアシッドレインが指を鳴らすと、シュミットがアイテムストレージより取り出したマップをテーブルに広げる。わざわざアイテム化したマップデータは、こうした会議を目論んで準備されたものだろう。

 

「これがナグナの最深部、古いナグナの全貌だ。我々は長い時間をかけてあらゆるルート、モンスター、トラップ配置を研究してきた。既にボスへの最短ルートの割り出しも完了している」

 

 付随しているフォトデータを見るに、古いナグナはオレが勝手にイメージしていたのとは異なる、近代的な都市のようだ。ビルが立ち並び、コンクリートで舗装された通りが見受けられる。

 

「本当の古いナグナは陥没して僅かを残す地下遺跡になっているわ。今の古いナグナは言うなれば鉱山に囲まれた盆地にある隠された研究都市よ。そして、その中心部にある研究所にこそボスがいるわ」

 

 オレの疑問を感じ取ってか、グリセルダさんが即座に捕捉を入れる。同様の疑問を持っていたらしいベヒモスも納得したように頷き、マップデータの幾つかにある赤塗りされたエリアを指差す。

 

「これは?」

 

「強化巨人兵の出没スポットよ。古いナグナでは奴も当たり前のように徘徊するMobだけど、何処でもリポップするわけではないわ。この赤塗りしたエリア以外には出てこないし、出現もしない」

 

 強化巨人兵には無傷で勝てても多大な消耗を強いられる。ならば遭遇しない事が最優先ってわけか。考えているな。

 そうなると、必然として最短ルートも真の最短ではなく、ある程度の迂回を前提としたものだろう。安全性を重視した最短ルートってところか。

 

「ボスの名前は【鉱毒の元凶、蠍のザリア】よ。設定では、ナグナの英雄アンタレスと魔女ナグナによって封印された鉱毒の源で、それを【カアスの導き手】という集団がナグナの研究者を唆して暴いた。だけど、ボスとしてはギミック系ね。研究材料にされてカプセルに入れられているわ。それを警護する防衛装置こそが真のボスよ」

 

 要は防衛システムを潜り抜けて、ザリアに攻撃を繰り返す、という事が要点となるボスか。単純に攻め続ければ良いというボスではないのは、オレにとってはやや痛い話だな。

 だが、どうにも気になる。ボスまでのルートとボス情報そのもの、その両方が集まっていながら、どうしてボス撃破作戦をこれまで発動しなかったのだろうか?

 その疑念を舌にのせる前に気づく。当たり前ではないか。そもそもボスとは十数名で挑むような『無謀』をする相手ではない。恐らくグリセルダさん的にはオレ、エドガー、ベヒモスを加えても『勝てるかどうか』という推測なのだろう。

 

「ボス部屋を発見した部隊は成す術なく敗れたわ。かなり危険な相手よ。心して頂戴」

 

 それもそうだろう。ステージごとのメインボスは、ボス部屋に1度入れば逃げ出せないギミックがある。だが、イベントダンジョンのボスは、参加人数と脱出に制限が無い代わりのように凶悪極まりない性能を持っている事が多い。ましてや、ここは最前線のイベントダンジョンだ。イベントボスは間違いなくステージ難易度よりも数段高く設定されているはずである。

 恐らくはレベル80、あるいは85クラスを想定した難易度のはず。そして、それに挑もうとするグリセルダさん達すらも『逃亡』一択しかない深淵の魔物とは、どれ程の存在なのかは嫌という程分かる。

 なお、グリセルダさん達は全員がレベル60以上だ。どうやらナグナに幽閉された当初は『レベル10』からのスタートで、多大な犠牲を出しながら、あらゆる手を使って慎重にレベリングを続けて今に至ったらしい。EXPキャップによって得られる経験値量が減り続けた代わりのように多量のコルを持っているらしく、全てが終わった暁にはそれをオレ達に感謝の印として半分を渡すつもりらしい。

 その後、小さな詰めが行われ、全員が作戦に同意する最後の決議が取られて会議は終了……かに思われた。

 

 

「俺も作戦に参加させてくれ」

 

 

 ギンジがそんな発言をしなければ、後は各々の準備の時間に突入だったはずだ。

 また無謀な蛮勇が芽吹いたか。黙らせる為に、腹に1発ぶち込んでやろうかとも思ったが、ギンジの双眸に宿る信念とも言うべき炎を感じ取り、オレは彼の言い分を聞くべく沈黙を保つ。

 

「あなたの話は聞いてるわ。アニマさんの為にも戦いたい気持ちはあるでしょうけど、レベルも戦闘経験も足りないわ。同行を許可することは――」

 

「足手纏いになるなら見捨ててくれて構わない。助ける必要なんてない。俺は……俺はアニマを守れなかった。だから、この戦いにアニマの命がかかっている以上は、見送るなんて選択肢は無いんだ」

 

 グリセルダさんの言葉を遮り、ギンジは目線を落として拳を握る。その震える両拳が示すのは、アニマを守れなかったという不動の結果だ。

 だが、だからと言ってギンジの想いを汲むわけにもいかないだろう。たとえ役立たずならば見殺しにしても構わないと言われても、土壇場でギンジが命乞いをして助けを求めて、それを無視すれば全体の士気が下がる。そうでなくとも、仲間の死は重荷になる。それはボス戦における精神コンディションを左右するはずだ。

 諦めさせるしかない。誰もがそう言葉にせずともギンジに眼差しで告げる。それは限りなく正しいベストな判断だ。オレだってそう思う。今すぐ彼に拳を叩き込んで、弱さをなじって心を折り、アニマの傍にいる事こそがオマエの戦いだと『毒』を吹き込む。それこそが最良の、ギンジもアニマも生存できる選択肢だ。

 だけど、それで良いのだろうか?

 確かにオレはギンジに無謀な蛮勇を振るうべきではないと諌めた。だが、その目に宿る、愛する人を救うべく戦う決意をした彼が掲げる意志は、蛮勇と呼べるようなものだろうか?

 

「死にたいのか?」

 

 分かっているさ。ここで必要なのは彼の心を折る事だ。

 

「レベルもそうだが、幾ら元上位プレイヤーだとしても、最前線を離れ続けたツケは重い。足手纏いどころか地雷だ」

 

 詰め寄るオレに、ギンジは一切退く意思は無いと証明するように睨む。

 まったく、本当に惚れた女がいるヤツというのは……強いな。ラジードも、ギンジも、『アイツ』も……愛しい人がいるからこそ、強くなれるのかもしれないな。

 瞼を閉ざす。そこにあるのは、ギンジを殴り倒すイメージだ。それに従い、オレは左拳を突き出す。

 

 

 

 

 

 

 

「戦え。その命の限りに……戦え」

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟の肯定を示したオレに、その場の全員が驚きを隠せないようだった。ああ、そうだろうな。オレがすべきではない判断そのものだ。

 

「戦力は1人でも多い方が良い。たとえ『肉壁』だろうとな。そうだろう、グリセルダさん?」

 

「否定はしないわ。でも……犠牲を増やす事を容認することもできない」

 

「犠牲じゃない。死ぬにしても、コイツが遂げるのは名誉の戦死だ。ギンジは戦士だ。足手纏いになるようなゴミなら、それは犠牲でも戦死でもない、喋るゴミが喋らないゴミになっただけだ。だろう? もしも泣き叫んで助けを求めるようなら、オレがコイツを殺す。ゴミ掃除してやる。文句があるヤツは?」

 

 真っ向からグリセルダさんがオレを睨む。それに対するように、オレは傭兵【渡り鳥】として不敵な微笑で返す。

 沈黙の中でグリセルダさんとの間で熾烈な意思のやり取りがあった。だが、10秒ほどの重苦しい空気を打破したのは、他でもないグリセルダさんの根負けの嘆息だった。

 

「戦力として機能する事を祈るわ」

 

「祈りは要らないさ。ギンジは『強い』」

 

 オレよりもずっと、ずっとずっと『強い』んだ。今のコイツを突き動かすのは焦りでもなく、名誉心でもなく、アニマを救えなかった無念でもなく、愛する人に殉じる救済の意思だ。

 

「……【渡り鳥】」

 

「礼を述べるようならこの場でぶち殺す。良いか? オマエは戦士として戦場に赴くんだ。死ぬ前に泣き叫ぶような無様を見せるな。最期の一瞬まで『仲間』の為に戦え。その死すらも、残す『仲間』を鼓舞する誉れ高きものにしろ」

 

 これはオレの言葉ではない。かつて鉄の城で『アイツ』が皆を鼓舞する為にした演説だ。英雄として必死に振る舞おうとしていた、『アイツ』が紡いだ言葉だ。

 オレの言葉は誰にも響かない。だけど、『アイツ』の言葉ならば、きっと何か大切なものを芽生えさせてくれるはずだ。

 

「約束はしない。行動で示すさ」

 

 オレの突き出す拳に、ギンジは静かに拳を重ねる。これで決まりだ。ギンジはボス攻略作戦の正式な『戦力』として参加する。

 

「しかし、そうなると小僧の武器が必要になるのぉ。さすがに、その貧弱装備ではボスに挑めまい?」

 

「ですね。いやはや、実はね、キミの片手剣と弓矢によるフリーバトルレンジ戦法はとても興味深かったんだよ。あと12時間しかないけど、安心してくれ。私とボールドウィンさんで、キミに最高の武器をお届けしよう!」

 

 俊足でギンジの左右の腕をガッシリと捕獲したグリムロックとボールドウィンは、実に素晴らしい笑みを浮かべている。5秒ほど遅れて、今まさに自分がHENTAI鍛冶屋に餌をあげてしまったのだと気付いたギンジであるが、その悲鳴が聞こえる頃には工房に向けて連行されていた。

 ……まぁ、あの2人が作る武器も加われば、ギンジも簡単には死なないだろう。

 

「さてと、在庫処分セールしないと。ありったけの素材でナグナの良薬を作るわ。全員分は作れないだろうけど、ボス戦には必須のはずだから」

 

 吸い終わった煙草をポリゴンの光として散らし、ヨルコが動き出す。話によれば、ナグナの良薬と丸薬は効果を重複しない。だが、良薬は感染率を20パーセント下げ、なおかつ感染攻撃による感染上昇を半減させる効果があるらしい。ボス戦では感染攻撃が確実視されるので切り札どころか必須アイテムとなるだろう。そうなると、全員分作れないのは大きな痛手か。

 12時間はあっという間だった。オレの場合は深淵殺しをより手に馴染ませ、メシを喰って、仮眠を取ればすぐだ。

 地下街の出口には多くの見送りが集まっていた。この作戦に彼らの生死、その全てがかかっているのだから当然だろう。作戦実行部隊はグリセルダさん率いる脱出組13名、ベヒモス、エドガー、太陽の狩猟団の生き残りのヒーラーを含めた2名、聖剣騎士団の生き残り2名、ギンジ、そしてオレだ。計21名か。この糞みたいな地獄に挑む馬鹿がこれだけいるとは恐れ入る。

 

「ギンジ、僕は――」

 

「リーダーはアニマの傍にいてやってくれ。起きた時に見知った顔が誰もいないと……ほら、アニマって怖がりだから、きっと泣いちゃうから」

 

 見送りに来た複雑な表情をしたマックスレイに、ギンジは強気に笑む。その背中には新装備があり、彼の新たな力となっている。

 

「敵を十分に恐れろ。だが、呑まれるな。私たちは生きて帰る」

 

 敵対組織の垣根を超えて、聖剣騎士団と太陽の狩猟団の両陣営の生き残りにベヒモスは決意を告げる。彼らもまた腹が決まったのだろう。いずれもこれから挑むボス戦、その道中も含めて、後れを取るような腑抜けた面をしていない。

 

「絶望とは不思議なものですな。苦痛と苦悩は人に過ぎた試練をもたらしますが、同時に育て、強さを抱かせる。それこそが人の業と呼ぶべきでしょうか」

 

 相変わらず意味深な台詞を吐きやがりますね、エドガー神父さんよぉ。言っておくが、オマエがこの場で1番胡散臭いからな。それを自覚しやがれ。

 それぞれが出発すべく、グリセルダさんの号令を待っている。だが、オレは彼女の隣であり得ない影を見つける。

 

「グリムロック!? どうしてオマエがここに!?」

 

「ああ、クゥリ君。私も参加することになったんだよ。道中でも武器の損耗と破損は免れないだろうからね。修理要員が必要だろう?」

 

 リュックサックを背負ったグリムロックの発言に、それもそうかもしれないが、と思いつつも、よくぞグリセルダさんが納得したものだとオレは驚く。彼女に視線を向けると、呆れきった顔で溜め息を吐かれた。

 

「……愛の証明、らしいわ」

 

「当然だ。私の断罪の旅は終わった。だが、まだ判決を聞いていないからね。武器の修繕くらいしかできないけど、サポートはボスにたどり着くまでしっかりするつもりだ」

 

 コイツの愛も大概だな。まぁ、背景を知らんヤツが聞けば、意味不明過ぎてドン引きだろうがな。

 だが、グリムロックの同行は正直ありがたいな。やはり少数でのボス戦で1番厄介なのは武器の破損だ。それを限りなく抑えられるグリムロックは重宝する。……いや、そもそも武器が壊れるくらいまで戦う方がおかしいのか? よく分からん。

 

「小僧よ、深淵の魔物の前座みたいなもんじゃ。深淵殺しの力、ボスに存分と味あわせるが良い!」

 

 ボールドウィンは拳を振り上げ、オレ達の勝利を微塵と疑わずに送り出す。

 さぁ、後は号令だけだ。今度こそ、全ての視線がグリセルダさんに集中する。彼女は大きく深呼吸をして、ヒートパイルではなく、背負った取り回しが良い両手剣を抜き、高々と掲げる。

 

「ボス撃破作戦……始動! 皆、私に続きなさい!」

 

 雄叫びが上がり、巨獣の行進を思わすほどに地下街が揺れる。

 

 

 

 何人が生きて帰れるだろうか? 決まっている。いつだってそうだったように、帰れるのはあなただけ。『私たち』だけ。他の全てを糧として、『私たち』はまた強くなる。

 

 

 ヤツメ様がオレの行く道を塞ぐように踊っている。こちらを覗き込んで笑いかけて囁いている。

 そんな事はさせない。オレは『独り』で戦わない。ならば、帰る時も『独り』であるはずがない。

 グリセルダさんも、グリムロックも、ギンジも、ベヒモスも、エドガーも、誰も死なせなどしない。オレは彼らの『仲間』として戦場を駆ける。

 

「導いてくれ」

 

 降り注ぐ月光に導きを求めるように、その中で舞う黄金の蝶に手を伸ばすように、オレはグリセルダさんに続いて最初の1歩を踏みしめた。




愛に気づく=狂気ゲージ上昇というシステム搭載。なお、アップグレードはあってもアップデートはないです。

それでは、203話でまた会いましょう。

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