SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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現在の主人公ズの状況確認

主人公(白):珍しくお独り様じゃない代わりに雲行きが……。なお、相変わらずヒロインはいない模様。

主人公(黒):スミスさんのスパルタ強化タイム中。なお、相変わらずヒロインはいてくれる模様。


……明暗分かれる主人公道とは、やはり主人公力が違いますね!


Episode16-12 深淵を覗くことなかれ

 道を違えたのは必然だった。

 出会いは偶然であり、彼は自身の手で導きを得て、迷える人々の希望となった。いつの日か、この悪夢から去る事が出来るという光を与えた。

 オレには不可能であり、彼ならば可能だった。単純にそれだけの話であり、尊敬に値する英雄の条件だ。

 だから、この死と恐怖と狂気ばかりが蔓延する悪夢が夜明けを迎えれば、彼もまたあるべき未来と凛とした姿で戻れるだろうと、漠然と信じていたんだ。

 誰かが言った。誰かが嘯いていた。

 

 

 英雄の末路など、ろくなものではない。

 

 

 ディアベル。青の騎士は自らの騎士団を率いて、覚める事が無い悪夢で今もまどろんでいる。あるいは、既に悪夢こそが自身の目覚めだったと知ってしまったのかもしれない。

 真実は覆い隠され、今も人々は盲目の中で希望の光を追いかけている。だが、流星が大気で燃え尽きるように、暁を迎えても光が報われる事は無い。

 

「無力だな」

 

 分かっている。エドガーの虚言かもしれない。オレを惑わす為の狂言かもしれない。だが、嘘を吐く理由も無く、また彼が突拍子も無くディアベルが死者である事を明かす意義も無い。また、ディアベルの死を確認する手段も無い。つまり、全ては嘘と真の境界線にある虚ろだ。

 仮にエドガーの嘘だとしよう。それならば、何も問題は無い。彼が生き抜くにしても死ぬにしても、結末を定める鍵は彼自身の手の内にある。

 だが、もしもディアベルが死者であるならば、全ての様相は一変する。誰よりも先に完全攻略の旗を掲げた人物が、現実世界への帰還も望めぬ死者であるなど、あってはならない。ディアベル本人も報われない未来に、心折れるかもしれない。仮に初心の信念を突き通すにしても、死人の言葉にどれだけの者が耳を傾けるだろうか。

 DBOには死者がいる。それは少ないだろうが、オレ以外にも察知している人物はいるはずだ。彼らが風聞を広めるだけで、聖剣騎士団はおろか、DBOは新たな疑心暗鬼の蔓延によって今度こそ立ち直れなくなる。

 情報を整理しろ。まず、エドガーは自分が死者だと明かした。これは確定事項と見て良いだろう。そもそも適当に思いついた虚言にしても、わざわざ自分が死者であるなんて告げるものではない。つまり、死者であろうと生者であろうとエドガーはDBOの真実を知っている。それだけで十分ならば、死人としてカウントしても大した問題ではない。本質はそこにはない。

 死人であるならば、エドガーはアインクラッドで……SAOの中で死んだプレイヤーの1人だ。攻略組の有名な連中の名前はそれなりに憶えもあるが、全員を知っている訳でもないから、オレには心当たりはいない。だが、あちらはオレの事を知っている。……まぁ、それなりにオレも悪い方で名が通っていたからな。そうなると、少なくともオレが【渡り鳥】として傭兵業の最盛期を迎えていたSAO中期まではエドガーも生存していたわけだ。

 そして、ディアベルが死者である事を知っている。そこには2つの仮定が成り立つ。

 

 仮定1:ディアベルはSAOのプレイヤーだった。

 

 仮定2:SAOとは無関係の死者である。

 

 仮定1の場合はかなりまずい。DBOにどれだけのリターナーがいるかは知らんが、ラストサンクチュアリを率いるサボテン頭はSAO初期には攻略に深く、中期から後期までは軍の上層部となっていた。それだけでも情報収集は相当なものだったはずだ。ディアベルはDBO初期の時点でかなりの実力者だった。つまり、SAOで培ったノウハウが活かされていた事になる。それは彼が優れたプレイヤーとしてSAOで活躍した可能性を示唆するのだ。

 リターナーはディアベルを知っているか否か。それが1つの生命線となるだろう。

 仮定2の場合はエドガーの陣営や能力に関して考慮しなければならない。管理者側からDBOにいる復活した死者のリストでも見せてもらったのか、それとも死者には死者を見抜ける能力があるのか。何処までも推測の域を脱しない。

 そして、仮定1だろうと2だろうと、ディアベルが自分を死者だと認識しているか否か、という要因も絡んでくる。

 もはや疑心の迷宮だ。オレが復活した死者と知るのは、サチを始めとした月夜の黒猫団とクラディール、そしてPoHだけだ。この中で、最も本当の意味で完全な復活を果たしていたのがPoHである。

 サチや黒猫連中はオリジナルではなく、クラディールはその最期の言動からして致命的な欠陥を抱えていたようにも思える。

 そもそも生者と死者を何処で線引きする? 死の記憶を正しく持ち合わせて復活できず、記憶すらも欺瞞で溢れているならば、今ここにいる自分をどうやってカテゴリーすれば良い?

 たとえ、自分自身が生者であると信じていても、真実は死者かもしれない。そんな曖昧な霧の中で完全攻略を目指す者がいるだろうか? 帰るべき場所もなく、もしも完全攻略を成せば、誰かが成してしまえば、自分たちに避けられない2度目の死が訪れるというのに。

 糞が。とんでもない失態だ。死者の復活のリスク、それは本人だけでは止まらない、DBO全体を蝕む猛毒であると早期に認識しておくべきだった。生者と死者の線引きが誰にもできないなど笑い話にもならない。

 ハッキリ言って、オレ自身は自分が生者だろうと死者だろうと興味は無い。オレは『オレ』だ。サチがオリジナルとは異なるDBOで生まれた『サチ』として生き抜いて、そしてオレが殺した。彼女の在り方がオレに焼き付いている。

 コピーであろうと記憶が改竄された死者であろうと生者だろうと、ここで思考しているのは紛れもない『オレ』だ。ならば迷いなど無い。完全攻略の果てに、DBOという世界が崩落して消滅しようとも、それは戦い抜いた死として受け入れよう。

 ……まぁ、それ以前にオレは少なくともSAOで死んだわけではないみたいだし、仮に死者だとしても仮定2の方だろう。理由は簡単だ。SAO関連の情報はDBOでも随分と出回っており、その中で残念ながら【渡り鳥】は確かに第100層攻略の時……無感動のエンディングまで生存していた事は歴史的確定事項なのである。

 いや、待てよ? オレが仮定2すら成り立たない、茅場の後継者が作成したAIであるケースもあり得るわけか。……駄目だな。結局のところは真実を炙り出す手段が無さ過ぎる。

 

「ほほう、グリムロック殿が【渡り鳥】殿の武器を作成していたのですか」

 

「ええ。彼は武器をよく壊しますからね。開発のし甲斐があると言いますか、鍛冶屋根性に火が点きますよ」

 

 そして、オレに新たな難題を植え付けてくれたエドガー神父は呑気にグリムロックと世間話などしているので殺意増量である。ここにグリムロック達がいなければ、感情任せに始末したいくらいだ。

 現在、オレ達は聖剣騎士団と太陽の狩猟団が一時的団結をしたギルドNPC込みで総勢50名を超える大部隊に『保護』されている身である。

 まぁ、簡単に言えば『戦力として放っておくと面倒だから、籠の中の鳥でいろよ?』という、ノイジエルとベヒモスの実に理性的かつ即効性の高い策の結果である。オレとしても消耗を抑えながら古いナグナを目指せるが、こうも大所帯だとグリセルダさんを探し出したとしても面倒が倍々化していくので早急に離脱したいのが本音である。

 そこで、適当なピンチにでも陥った隙にこっそりとグリムロックを連れて逃げようかと企んでいるのだが……

 

「やることねーな」

 

 数の暴力は偉大ですわよ、奥様! 遠距離は弓矢と大弓でガンガン削って、中距離は魔法、近距離はタンクがしっかり攻撃防ぎながらアタッカーがカウンターを狙い、回復・バフは奇跡にお任せ! しかも感染攻撃モンスターにはギルドNPCをぶつけてプレイヤーは遠・中距離チクチクだ。HAHAHA! もはやジェノサイドだぜ!

 ……ジョークはこれくらいにしておきたいが、事実としてそうなのだから仕方ない。そもそも最前線のイベントダンジョンに突入してくる時点で精鋭&フル装備だ。オレやエドガーにお鉢が回るようなピンチがあるわけがない。なにせ、どいつもこいつも上位プレイヤーであり、ボス戦経験ありだろう、初見の難敵にも怯まずに対応できる御方ばかりなのである。

 そうした部隊の中には、腐敗コボルド王戦に参加してただろうヤツも1人か2人混ざっていて、他の連中以上に複雑な視線をオレに向けている。救いがあるとするならば、皮肉にも聖剣騎士団と太陽の狩猟団の不和が最高潮に達している事だろう。

 

「おい、削ったのは聖剣騎士団だろうが」

 

「ドロップは出た奴の物だろ? なーに言ってんだよ」

 

 まただ。ステルスロボットはそこそこ美味しいドロップをするらしく、聖剣騎士団側がダメージを与えていたステルスロボットを太陽の狩猟団が横からトドメを刺してドロップアイテムを得たのである。こんな光景が先程から何度も繰り返されている。

 

「これからの方針なんだが、いっそ商売を始めるなんてどうだ?」

 

「あ、それ良いね! もう最前線とかグロダンジョンとかコリゴリだし、もっと安全・安心を心がけようよ! ギンジもそう思うよね?」

 

「……あ、ああ。うん、そうだな」

 

 そして、こちらも修羅場ポイントが順調に上昇中である。マックスレイは良くも悪くもノーマルというか、凡庸というか、リーダーシップはあるけど、大物の器ではない善良な人間といった感じだ。確かに臆病なアニマとは相性が良いかもしれないな。対してギンジは良くも悪くも野心があるというか、やはり元上位プレイヤーだった事もあってか、このままランクダウンして安全地帯に引き籠もりたくないが、アニマの事を考えればマックスレイの方針に従うのが最も妥当と判断しているといったところか。

 ……自分のことだけでも精一杯なのに、何が悲しくて他人様の爆弾処理にまで気を回さないといけねーんだよ。

 

「止まれ」

 

 と、そこで先頭を切る索敵班が何かを感知したのだろう。報告を受けたベヒモスが左腕を掲げて全体を停止させる。そして、ノイジエルと何やら小声で会話を始める。まるで同意するように数度頷いたノイジエルが声を張り上げる前触れとして胸を張った。

 

「この先に大型のモンスターを発見した! ロボット型であり、ネームドである事は間違いないだろう!」

 

 途端に周囲に集中力が高まり、緊張感で統一されるのは、さすがは大ギルドに属する上位プレイヤー達といったところか。それに取り残されたらしい晴天の花のメンバー達はネームドの発見に恐怖心を高まらせたようだ……と思ったら、ギンジは凛とした顔立ちでノイジエルの言葉を聞き洩らさないようにしている。ほほう、この男前な姿はポイントが高いのではないだろうか……と思ったら、アニマは欠片もギンジさんの方を見ていないのですね、はい。

 可哀想な事であるが、これはアニマにとって『異性』としては完全にギンジは眼中にないという事だろうか。もう、ここはマックスレイに悲劇的な死でも迎えてもらったところを慰める作戦でも敢行するしかねーぞ? まぁ、ギンジにそんなジョークを言ったら本気で軽蔑されそうだが。

 だが、ここでネームドは都合が良い。オレはエドガーと会話に盛り上がっていたグリムロックの横につく。

 

「乱戦になるだろうから、その隙に抜けるぞ」

 

「……良いのかい?」

 

「良いも糞もないさ。このまま連中に付き合っても意味がない。オレ達の目的はこのダンジョンを攻略する事じゃないんだ」

 

「ですね。このまま彼らと同行していたらウーラシールのレガリアを奪われかねません」

 

 エドガー、オマエはお呼びじゃない。だが、きっちりとオレ達の会話を耳にしている彼もまた大部隊に囲われている状況を脱したいのだろう。

 それに何より、感染率の上昇を抑えるアイテムが在庫無しというのは、確実にこの先に荒れる要因となる。今はギルドNPCを生贄にする事で感染攻撃から遠ざける戦法を確立しているようだが、それも長くは続かないだろう。ギルドNPCの感染率が限界に達すれば処分するにしても、損耗が高まれば高まる程に感染リスクは飛躍的に上昇する。

 そうして、たった1個の良薬を巡る……なんて笑えないからな。オレの持っていた黒色マンドレイクは良薬に調合され、今はベヒモスの手にある。聖剣騎士団側は大いに反発したが、これもクジの結果だ。そもそも黒色マンドレイクはオレの所有物なのだから、良薬の所有権はオレにもあると思うのだが、主張する以前に封殺されてしまった。代わりと言っては何だが、焼夷手榴弾を融通してもらった。在庫も厳しくなっていたのでありがたいが、感染率がかなり上昇しているオレからすれば、貴重な黒色マンドレイクを失うという痛手である。とはいえ、あそこで渡さなかったら、またややこしい事態になってたからな。

 それに、古いナグナに至れば良薬か素材を入手できる確率も高いだろう。それまでの辛抱だと思うしかない。

 

「【渡り鳥】、ネームドの偵察に行ってきてもらいたい。頼めるな?」

 

 と、オレ達が秘密話をしているところに、ノイジエルから突拍子も無く指示が飛ぶ。オレ達の離脱を勘付いてか、それとも自戦力を派遣するリスクを抑える為か。傭兵はタダ働きしないものだが、ここぞとばかりに同行状態を利用してくる彼に、オレは右足の爪先で数度地面を叩き、打剣で肩を叩く。

 マシンガンの弾薬はネームド相手ならば2戦が限度か。アサルトライフルは雑魚相手には使えるが、ボスやネームド級だと辛い。やはり、どちらかと言えば持久戦向きだな。何にしても、偵察で弾薬を消費したくないが、どうなる事やら。

 

「後でしっかり請求してやるからな」

 

 ぼそりと、ノイジエルの脇を通り抜ける時にオレは吐き捨てる。彼は兜越しに奇妙な視線をオレに送っているが、請求に関する返答は無かった。……まぁ、別に良いけどさ。この程度で一々支払いを求める程に財布事情は……ああ、そういえば今のオレって残金が底をついてたんだったな。やっぱり後でしっかりと仕事分は請求書を叩きつけてやる。

 この地下空間も終わりが近づいているかは知らないが、赤黒い液体に浸され、肉の蔦に侵蝕された広々とした空間に、そのロボットは鎮座していた。

 採掘用だろうドリルを装備した、モグラを彷彿させる丸々としたデザイン。キャタピラが取り付けられていて、見方を変えれば戦車にも映るだろう。だが、その金属の表面の大半がブヨブヨとした肉に侵蝕され、そこから人の上半身が伸び、まるで助けを求めるように呻いている。

 感染攻撃ありのロボット系ネームドか。名前は【蝕まれた採掘機械】である。直球過ぎて、逆にどのようなコンセプトで攻めてくるのか読みづらいな。

 何よりもロボットそのものではなく、張り付いている無数の人……その肉から『命』を感じる。それも1人や2人ではない……何十人分だ。

 広々とした空間からは、侵入した入口を除けば、分かれ道として2つがある。1つはしっかりと整備された坑道、もう1つは崩落して出来たような横穴だ。どちらが正解なのかは知らないが、さっさと乱戦に持ち込んでどちらかに駆けこむのが吉だな。

 採掘機械はオレの接近と共に、錆びついた胴体を震わせ、駆動ランプを点灯させる。正面に取り付けられたドリルを急速回転させたかと思えば突進攻撃を即座に繰り出し、巨体に見合わないスピードを披露する。

 それを丁寧にサイドステップで回避するも、壁に激突してドリルの火花を散らす採掘機械の一撃にオレは嫌な汗を流す。ノーモーションからの突進とは恐れ入った。巨体に相応しいドリルの攻撃を正面から受け止めれば、たとえ盾持ちでもそのままHPを削り尽くされるだろう。

 だが、採掘機械というだけあって攻撃手段は正面に取り付けられたドリルのみ……というわけではない。張り付いた人肉が次々と口から黒ずんだ血を吐き出し、砲弾のようにばら撒いている。恐らく感染攻撃だろう。それに両サイドに取り付けられた複数のアームが周辺の岩をつかみ取り、投擲攻撃をしてくる。

 張り付けば感染攻撃のリスクが高まり、正面に立てば突進攻撃か。アームによる乱打も怖いから側面取りは少し危険だな。いかに背後を取るか、もしくは張り付いた人肉を剥がすかが勝負のカギだな。左手のマシンガンで人肉に攻撃を仕掛けるが、ダメージは通っていない。どうやら表面にある人肉と採掘機械のダメージ判定は別のようだ。

 打剣では無く死神の槍を右手に、突進攻撃をしかけた直後、壁に衝突した隙に血の弾丸を潜り抜けて人肉越しに死神の槍を突き刺す。それは肉壁を突破し、採掘機械まで届いたらしく、3本あるHPバーが僅かに削れる。人肉を剥がさねばダメージの通りは悪いが、貫通性能の高い槍ならば人肉無視でもダメージを与えられるわけか。

 情報収集はこれくらいで良いだろう。さて、どうやって攻略したら良いものだろうか、とオレが考えを巡らせるよりも先に、オレも巻き込みかねない程の密度で矢の雨が降り注ぐ。即座に攻撃範囲から逃れ、ソードスキル交じりの矢の雨を回避する。

 

「敵の攻撃は突進攻撃のみで単調だ! 射撃で削り取れ!」

 

「タンクは正面に立つな! アームの攻撃だけから皆を守れ!」

 

 流れ込んで来た大部隊を見て、オレは一瞬だけ虚を突かれ、そして数拍遅れで当然かと納得する。DBOでは単身や多くても2、3人でネームドやらボスやらと戦っていたせいか、オレも随分と標準となるべく状態が狂っているらしい。

 オレが無理して撃破しようとする必要はないのだ。矢の雨が着実に採掘機械にダメージを与えている。大部隊では対応が難しい突進攻撃は、回避に自信があるだろう、軽装プレイヤーがヘイトを稼ぐ≪挑発≫で誘発させている。突進攻撃を不発に終わらせれば、アームさえ注意すれば一撃離脱は容易い。無理に張り付きをしなければ血の弾丸も簡単には当たらないのだから。

 グリムロックは空間の隅で晴天の花と一緒に固まり、≪気配遮断≫を発動させている。エドガーも傍に控えているので、万が一にも対応できるだろう。

 かつては採掘拠点の1つだっただろう、広々とした空間は遮蔽物が無く、血の海ばかりが広がり、そこから肉の蔦が伸び、不気味な程に可憐な白い花を咲かせている。それらが光源となり、この地下空間を照らし出し、壁に張り付いた無数の異形の赤子を抱く半透明の果実の脈動を誇張させる。

 こんな単調攻撃ばかりを繰り返すネームドなどあり得ないだろう。何かギミックを仕掛けてくるはずだ。その証拠のように、オレの首筋は先程から寒気が増幅しており、本能が警戒心を高めている。

 これだけの大人数という事もあり、対応能力が低いギルドNPCが1人突進攻撃で潰される以外の損害は出さずに、最初のHPバーを削り切る。途端に黒煙を上げ、採掘機械はドリルを停止させたかと思えば、割れた内部から飛び出したのは、巨大な1つ目玉を取り付けた軟体生物を思わす肉塊だ。肉塊は先端に鋭い刃……爪とも言える触手を8本伸ばし、蠢かせながら、採掘機械に鞭を打つように触手を叩きつけ、火花を散らしながらドリルを再起動させる。

 なるほど、採掘機械はあの1つ目の肉塊に寄生されていたわけか。あるいは、内部に乗り込む操縦者が感染の影響であのような怪物になってしまったのか。どちらにしても、突進攻撃をしながら触手を伸ばして薙ぎ払い攻撃が可能になった採掘機械にはこれまでの突進後の一撃離脱攻撃はリスクしかないだろう。

 目玉の瞳孔を拡大したかと思えば縮小し、青い光のレーザーを目から放出する。鈍足で逃げ切れなかったタンクが直撃を浴びるも、大盾でしっかりガードしたお陰でダメージは1割以下だ。それも即座に別のプレイヤーが奇跡で回復させる。

 タンクが3人1組で整列し、盾を構えながら採掘機械に向かって行進する。それを触手攻撃の連撃で妨害使用するも、爪の衝撃で揺らいでも即座に仲間が脇から抑え込んで隊列から弾き飛ばされるのを防ぎ、ジリジリと距離を詰めていく。こうなれば血の弾丸に曝されかねないのだが、次々と飛来する魔法や矢によって張り付いていた人肉の大半が一掃されてしまっているので、その心配も大きく減っている。

 タンクが文字通り壁となって触手攻撃を受け止め、その間にアタッカーがアームの攻撃を潜り抜けて着実にソードスキルを当てる一撃離脱を繰り返す。その中でもノイジエルはあえて正面に立ち、≪挑発≫するプレイヤーと組み、突進攻撃を横ローリングで回避した所に大戦斧のカウンター斬りを着実に決めてダメージを稼ぎ、ベヒモスは背後を取り続けて大型ガトリングガンを撃ち続けている。どうやら背部は弱点部位……恐らく排気口だろう小さな的に集弾させる事でスタン蓄積を溜めるのがベヒモスの狙いのようだ。

 そして、策は見事に実り、採掘機械はこれで何度目になるかも分からない、ディレイを組み込んだ突進攻撃にすら対応するノイジエルのカウンターによってスタンする。その隙にガトリングガンの掃射から左手の戦槌に切り替えたベヒモスが背中から飛び乗り、だらんと触手を下げて動かなくなった本体だろう肉塊に≪戦槌≫の連撃系ソードスキル【タイラント・スタンプ】を発動させる。5連撃にも及ぶ隙が大きいながらも火力ブーストが高い叩きつけはスタン状態も合わさって大ダメージを与え、更にノイジエルは右側のアームの1本を戦斧の連続斬りで砕く。

 ここまでの戦いは10分未満だ。恐るべきスピードでタフなロボット系のネームドのHPは2本目を消化して最後の3本目に到達する。

 分かってはいたが、やはり集団戦こそがDBOの基本だな。物理ダメージが通り辛いロボット系相手でも、魔法や属性矢で着実にダメージを与え、正しい役割分担は攻撃チャンスを作り出し、特に優れたプレイヤーがダメージを稼いでスタンチャンスをつかみ取る。

 数こそが力だ。一糸乱れず、自らの役割分担を、どれだけいがみ合っていても両方のギルドが戦いとなればこなし合う。それはDBOを生き抜いた上位プレイヤーに植え付けられた戦いの知恵なのだろう。あるいは、幾多も経験した恐怖が彼らに協調をもたらすのか。

 何にしても、オレの想像と違ってパニックらしいパニックも起きない。これでは逃げ出す隙が無い。それどころか、オレが戦いに関与すれば連携が崩れるのは目に見えているので戦いにすら参加できない始末である。

 だが、まだ終わりではないはずだ。首筋から広がる悪寒はいよいよ全身を浸し、本能が警告を通り越して強い臨戦態勢を要求している。ヤツメ様が獰猛に笑っている。何か……何か恐ろしい事が起きる!

 それは当たりだったように、肉塊は避け、内側から登場したのは全身に目玉を取り付けた1人の男だ。正しくは『男だろう』としか言えない、全身を目玉だらけにした血色の人体である。その両腕の先にあるべき手は崩れ、指は触手として鋭く伸び、頭部は4分割されたように避けて脳が肥大化して花のように咲いている。

 目玉の人肉は両腕を振るう。それだけで血の塊がシャボン玉のように浮遊し、採掘機械が破損によって散らす電気を吸収してプレイヤー達に襲い掛かる。破裂する血のシャボン玉は雷撃を撒き散らして追撃を加える範囲ダメージだ。しかも感染攻撃付きだろう。

 これにはさすがの上位プレイヤー達の動きも鈍る。特に組み込まれたオペレーション以上の動きを苦手とするギルドNPCは次々とシャボン玉の攻撃の餌食となって撃破されている。

 助太刀するか。連携は崩れるかもしれないが、残り1本ならばHPを早期に削る方が得策だろう。オレが動き出そうと1歩踏み出すも、それは早計だったと思い知る。

 ガトリングガンの駆動音が響き、吐き出される弾丸がシャボン玉を作る目玉の人肉にヒットする。ベヒモスがシャボン玉の範囲攻撃を潜り抜け、アーム攻撃の距離を見切って仁王立ちしてガトリングガンを撃ち続けているのだ。それに呼応するようにノイジエルがご自慢の円盾で目玉の人肉が振るう触手を弾き、採掘機械に飛び乗る。

 目玉の人肉は立ちはだかるノイジエルに咆え、全ての触手を彼に殺到させる。だが、バックステップで触手の囲いを抜け、即座に突進斬りで逆に斬り払い、そのまま接敵すると円盾のタックルを喰らわせる。

 

「何をしている!? 射撃部隊、放て!」

 

 攻撃タイミングを逸していた射撃部隊に喝を入れるノイジエルに圧倒され、聖剣騎士団も太陽の狩猟団も機械的に斉射する。それは目玉の人肉に集中し、全身を矢で串刺しにする。射撃部隊に攻撃をしようにも、ガトリングガンによってシャボン玉攻撃が阻まれて、第3段階になって解放されたシャボン玉攻撃がまるで発揮できていない。

 甘く見ていたわけではないが、さすがは大ギルドの幹部、実力で隊を引っ張る猛者というわけか。あくまで援護と護衛に撤して自ら攻めるのはチャンスだけのベヒモスと、意外にもカウンターや突撃戦法を好む攻撃的なノイジエル。2人の組み合わせは驚くほどに噛み合い、他の面々にも力を与えている。

 これが正しいネームドとの戦いだ。ボスとの戦い方だ。最上位プレイヤーがすべきなのは活路を開く事である。決して1人で全てをこなす事ではない。役割分担し、組織化された攻防こそがあるべき攻略の姿だ。

 それを証明するように、目玉の人肉にトドメを刺したのは、ノイジエルでもベヒモスでもなく、聖剣騎士団の大弓使いだった。彼の放った大矢が目玉の人肉を突き刺し、それを以って採掘機械は撃破される。

 

「ノイジエル、無茶をするな」

 

「貴様こそ臆病が過ぎるのではないか?」

 

 やはり2人は個人ならば交友を深められる程度に馬は合うのだろう。爆散した採掘機械から降り立ったノイジエルは肩を竦め、ベヒモスは呆れたように眉を顰める。だが、そこには確かな互いへの敬意があるように思えてならなかった。

 改めて、どうしてオレにボス戦参加の依頼が来ないのか、理解できた気がする。オレには無理だ。あの輪の中に加わっても、まるで1滴の泥が手間暇かけて作ったワインをただの泥水に変えるように、存在すべきではない、嵌まるべき場所が無いピースだ。

 そんなオレに、ノイジエルは足下を浸す血のような赤黒い液体の飛沫を上げさせながら近寄って来る。

 特別なアイテムはドロップしていないが、確認に来たのだろうか? 最初だけ参加しただけのオレにはそこそこの経験値以上は、素材系だろう【高密度ワイヤーチェーン】以外にアイテムはドロップしていないのだが。あ、ヤバい。これもそこそこレアリティがあるな。もしかして、これが狙いか?

 

 

「よくやってくれた」

 

 

 だが、そんなオレの疑心を嘲うように、ノイジエルはオレの肩を叩いて労う。

 

「貴様が最初にパターンを解析する時間を与えてくれなければ、より苦戦を強いられただろう。もちろん、後で謝礼は払おう」

 

 ……何だよ、それ。

 捨て駒とか、利用するだけ利用するとか、そんな風に腹黒い所を見せる場面だろうが。どうして、そうやって高潔に、まるで本物の騎士みたいに振る舞うんだよ? オレを巻き込むように矢を撃ち込みやがったくせに。

 それとも信じてたのか? オレなら『あの程度躱せないはずがない』とでも思っていたのか? ああ、糞が。そういうのが1番苦手なんだよ!

 

「……割引サービスしてやるよ」

 

「ははは。それはそれは、お優しい傭兵だな」

 

 ジョークと思われたのだろう。ノイジエルは笑って仲間の元に戻る。

 ……仲間、か。そうだよな。誰かが隣にいるから戦える。自分だけでは無理だから補い合う。そうして、この糞みたいな仮想世界で起こり続ける不条理と恐怖に挑み続けていた彼らが弱い訳など無い。

 やはり彼らとは離れるべきだ。ノイジエルとベヒモスならば、きっと奥地……古いナグナまでたどり着けるだろう。オレはその道を少しだけ見届けたくもなったが、それよりもグリセルダさんだ。ハッキリと、人探しだと言えば、存外彼らも馬鹿を見るように呆れて逃がしてくれるかもしれない。

 

「……あれ?」

 

 と、そこでオレは奇妙な事に気づく。

 首筋の悪寒が……消えていない。

 ヤツメ様が嗤っている。笑っている。嗤っている。笑っている。

 ……笑っている? 違う。これは……これは、『引き攣っている』のか? かつてない程に、暴虐的なまでに、本能が荒ぶるほどに、何かを感じ取っているのか?

 何が? 何が来たというのだ? ネームドは撃破した。ならば、この中に、プレイヤーの中に危うい何かが潜んでいるとでもいうのか?

 ぴちゃり、ぴちゃり、ぴちゃり、と音がした。

 血の海に波紋が生まれる音が聞こえた。

 小さな響きは巨体が歩む音。それは分かれた2つの道、その内の1つである整備された坑道より聞こえた。

 

「総員、隊列を整えろ!」

 

 その接近に索敵班が気づかないはずが無く、情報を伝えられたノイジエルの伝令が咆える。

 隊を組み、タンクが壁となり、坑道より現れる何かを迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 それは果てしなく醜く、麗しく、恐ろしい怪物だった。

 

 

 

 

 

 映えるのは暗い青の鬣。

 その巨体は狼を思わすが、後肢は2つに分かれた2対であり、肌は感染体のように灰銀色。

 頭部は下顎こそ露出して鋭く立ち並んだ牙を披露しているが、上顎と額までの頭部は兜を思わす銀色の光沢に包まれている。だが、その内の左側だけは露出し、醜く歪んだ黄色の目玉が……3つの瞳孔を持つ重瞳の目が狂ったように鎮座している。

 肥大したような右腕は人間を彷彿させる造形を持つも、手があるべき場所には鈍い光沢を持つ大剣があり、まるで腕と一体化しているような異形。だが、それよりも遥かに異常なのが左腕であり、肩の付け根から3本に分かれ、複数の関節を持つ3本爪である。

 

「ああ……ああ……に、げて……くれぇ……」

 

 そして、怪物の口に咥えられているのは、血塗れの男だった。右腕を失い、ボロボロの衣服を着ているNPCである。だが、それは演出であるかのように怪物によって噛み砕かれて絶命する。

 頂くのは3本のHPバーであり、6メートルを超す巨体は咆えながら、その名をオレ達に示す。

 

 

 

 

 

 

 名を【深淵の魔物】とする怪物は、咆哮の一瞬で距離を詰め、3本の左腕を振るった。

 

 

 

 

 赤い血の海に爪が底を削る火花が生まれ、破壊の一撃が前列を組んでいたタンクを吹き飛ばす。

 耐える事を許さず、隊列さえも意味を成さず、暴力的に吹き飛ばす。

 それに唖然とした一瞬の間に、右腕の一閃が光った。

 

「避けろ!」

 

 喉がはちきれん限りにオレは叫び、2メートル以上にも及ぶ右腕と一体化した大剣の斬撃をオレはヤツメ様に導かれるままに跳んで躱す。だが、それを出来たプレイヤーは3分の1もなく、大半が強烈な一閃を浴びてHPを減らす。一撃死はいないようだが、HPが軽く4割から6割以上消滅する高火力だ。

 そして、魔物の攻撃はそれで終わらない。ダメージを受けながらも退避して体勢を整えようとしていた3人のプレイヤーへと、まるで剣術のように右腕の突進突きを繰り出し、更にそこへ回避したところへと3本の左腕の連撃でHPを刈り取る。

 ここまで5秒未満。その間にタンクの壁が破壊され、3人のプレイヤーが死亡する。戦慄する暇も無く、仲間の死を受けて怒りを糧に取り囲もうとした8人のプレイヤーに対し、回転斬りをしながら跳び上がって魔物は離脱し、宙を浮きながら口より青黒い泥を吐き出す。それは隕石のように囲もうとしていた8人のプレイヤーの中心部に命中し、破裂した泥によって彼らは吹き飛ばさる。その中の3人がHPを失って死亡する。

 ベヒモスが踏ん張りながらガトリングガンを放つも、魔物は素早い動きで弾丸の集中を避け、そのまま跳躍で間合いを詰めて左腕の連撃を浴びせる。だが、そこはベヒモスだ。身を屈めて3連撃を躱す……が、即座に爪の切り返しが行われ、回避行動をとったばかりのベヒモスの背中を抉り取る。幸いにもHPが高いだろうベヒモスは一撃死こそなかったが、3連発を浴びてHPが3割未満となる。

 ノイジエルが怒鳴りながら、隊列を整わせる時間を稼ぐべく正面を取ろうとするが、それを読んでいたかのように魔物は全身からNが使用した闇術のフォースのような波動を放ち、弾いたノイジエルを壁に叩き付ける。そして、そのまま無造作にバックステップをして、背後を取ろうとしていたプレイヤー2人を後肢で踏み潰し、そのまま地団駄を踏むように暴れて押し潰して殺す。

 

「……冗談だろ?」

 

 ここにいるのは、ネームドやボスとも戦い慣れた、本物の上位プレイヤーたちだ。それが……それが1体のネームド相手に、30秒と満たない間に陣形をズタズタにされてしまった。死者を出してしまった。それも特殊な能力ではなく、純粋な暴力によって押し潰された。

 魔物と目が合う。その重瞳の左目が理性無き暴虐を吐き散らす。

 瞬間、魔物が採掘機械の比ではない速度で突進攻撃を仕掛ける。それを回避すべく、オレはサイドステップ……ではなく、死神の槍を突き立て、棒高跳びのようにして魔物の背中を跳び越える。それは正解であったかのように、魔物は3本の左腕でブレーキをかけ、オレに直撃するだろうコースの直前でストップし、方向修正をかけ、宙にいるオレではなく、回復作業をしていたタンクたちに再突撃する。あのままサイドステップを選んでいたならば、急ブレーキからの方向修正の餌食となり、オレは間違いなく死んでいただろう。

 そして、自分の命の代償として、タンクたちが突進攻撃を受け、鈍足の彼らが悲鳴を上げながら左腕でつかまれ、放りながら投げられ、右腕の突進斬りからの連続叩き付け斬りを浴びる。盾を掲げてガードするも、それを剥ぎ取るような執拗な叩き付けからの地面を抉るような回転斬りによってタンク5人がまとめて両断される。

 スピード・パワー・テクニック。それがあの巨体で備わっている。矢を放つ射撃部隊など火に油を注ぐようなものであり、異形の左腕に闇を湛えたかと思えば、それは黒いレーザーとなる。即座に回避行動をとるも、レーザーは縦横無尽に動き回り、回避ルートを正確に追いかける。ダメージを受けたところに、ベヒモスがヘイトを稼ごうとガトリングガンを撃つも無視して魔物は高々と跳躍し、射撃部隊の中央に落下して数人を押し潰し、更に衝撃波で辛うじてHPが残っていたものたちを転がす。そして、立ち上がる暇も与えずに1人を顎で喰らいつき、残りを左手でつかむ。

 

「助けて……助けてくれぇえええええ!」

 

 それはオレに矢を放ったプレイヤーだった。彼は必死にオレに手を伸ばすも、それは1秒と待たずして噛み砕かれてポリゴンの肉塊となって永遠の退場を果たす。

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ! 頭の中で叫んでいる。他でもない、ヤツメ様が退避を命令している!

 だが、そんな事が出来るはずがない。つかんだ2人のプレイヤーを頭から貪り喰らう魔物は、隅で震える晴天の花とグリムロック達に目を付ける。

 

「エドガー! そいつらを率いて逃げろ!」

 

 オレの意図を察知したようにエドガーが参戦ではなく、坑道とは別の、もう1つの道である崩落跡を目指すように駆ける。それを追ってグリムロック達も動くも、1人として獲物は逃がさないというように、魔物は黒い泥の涎を垂らし、突進攻撃を仕掛ける。

 それを防ぐのは血の海を破り、突き出す槍の森。【磔刑】を発動させ、それを壁とすることで強引に突進攻撃を防ごうとするも、質量と破壊力が伴った突進は【磔刑】の槍を破壊する。だが、減速するには十分な障害であり、エドガー達がブレーキをかける時間を稼ぐには十分だった。

 ルート予想をした突進攻撃は不発に終わるも、逆に言えばエドガー達の正面に魔物は移動したことになる。エドガーならば連撃にも対応できるかもしれないが、神が賽を投げても他の連中に回避できる目は無い。

 

「糞ったれがぁあああああああああ!」

 

 ラビットダッシュで強引にエドガー達の間にオレは割り込み、魔物のターゲットにされる。そこからの3連爪攻撃を屈んで躱せばベヒモスと同じ背後からのカウンターだ。そして、オレはまともに浴びれば3連撃など耐えられない。

 潜り抜けろ! 3本腕の爪の連撃、それをオレは最初の一撃を小さな跳躍、2発目を頭を屈めて、そして3発目をサイドステップで躱し、そこからの切り返しによる3本腕同タイミングの攻撃に対してスライディングをしながら血の海を割って潜り抜ける。

 

「撃つな!」

 

 連撃後の隙を狙ってエドガーが援護のショットガンを使おうとするも、オレは大声でそれを遮る。コイツからは『命』を感じる。故にヘイト管理はほぼ通じないが、最低限のシステム的な隠蔽効果……≪気配遮断≫は現行も機能しているはずだ! ならば、今は攻撃を堪えてもらい、グリムロック達を連れて逃がしてもらうしかない! 下手にシステムに交戦状態と判断されてはまずい!

 

「オレがコイツを喰い止める。その間に逃げろ。振り返るな。走れ。とにかく走れ!」

 

 坑道も崩落跡も、どちらも魔物が通れるだけの広さがある。誰かがコイツと戦わなければ、グリムロック達が逃げたとしても追跡されてしまう。

 まったく、どいつもこいつも迷惑ばかりかけやがって。苦笑しながら、オレは死神の槍を振るって構える。幸いにもノイジエルもベヒモスも戦意は失っていない。仲間を逃がす為に時間稼ぎをすると腹を決めたようだ。

 魔物は動きを止め、まるで観察するように、3角形を描くように囲むオレ達を見つめている。それは、まるで誰から仕留めるのが効率的なのか、思案しているかのようだった。

 

「クゥリ君」

 

「行け、グリムロック」

 

 彼に次の言葉を吐かせるより先に、オレは短く命令する。微笑んで、送り出す。

 死なないさ。今回ばかりは、死ねない理由がある。オマエをグリセルダさんに会わせるまでは……死ねない!

 

「お独り様に任せて尻尾を巻いて逃げれば良いものを。奇特な連中だよ」

 

 死神の槍で肩を叩きながら、オレはノイジエル達に笑いかける。

 

「殿は敗将の務めだ」

 

 ベヒモスがガトリングガンを構え、ゴーグルの奥に隠された目で魔物を睨む。そこにあるのは弔い合戦の覚悟か。

 

「そういう事だ」

 

 ノイジエルが円盾を掲げて、松脂で火炎属性をエンチャントさせたらしい戦斧を魔物に突き付ける。

 今ここに残っているのはオレ達3人だけだ。この3人で、最低でも逃げた全員が追跡されないだけの距離を稼ぐだけ戦わねばならない。

 100秒だろうか? 300秒だろうか? それとも、殺しきるまで戦わなければならないのだろうか?

 何でも構わない。この程度は慣れっこだ。むしろ、これくらいハードな方がオレらしい。

 魔物の口が震える。黒い泥で汚れた赤い舌が、まるで飢えた狼のように垂れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

 

 

 

『ア……アア……アあ…………シ、フ……そ、コニ、いル、の……カ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは微かな理性の名残か、はたまた開戦の合図か。

 深淵の魔物は、獣の咆哮を轟かせ、右腕の剣を高々と掲げた。 




ブラボ最強クラスの獣+ダクソ最上級の英雄=死 ぬ が よ い

絶望「醜い獣の要素が入っている。この意味が分かるな?」


それでは198話でまた会いましょう

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