SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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最長エピソードですが、40話以内には終わりたいですね。
ちなみに当初の予定では本エピソードは20話くらいで終わる予定でした。

全く以ってあり得ないですね。


Episode15-36 シャルル

 無菌室の白い部屋に備わった巨大な機械。ユウキにとって見慣れたフルダイブ機器であるメディキュボイドであるが、普段とは異なる、頭部につけるメタリックカラーのヘルメットのようなものが追加されていた。

 箸より重い物は持ったことが無い、なんて表現があるが、当時のユウキは箸を持つ事すらも困難である程に衰弱していた。だが、それでも震えながら自分の足でメディキュボイドに歩み寄り、その機器に触れる。

 

『これは?』

 

 今から自分が眠りにつくのは、棺桶か、それとも仮想世界へと運ぶ箱舟か。ユウキは無表情で、多くの感情を秘めた目でヘルメットを撫でた。

 

『アドヴァンスド・ナーヴギア。ナーヴギアからの進化、軍用モデル1号だよ』

 

 四隅に取り付けられた立体音響機器の、自分に『駒』になる事を求めた声、数千人を仮想世界で殺害した史上初の電脳犯罪者にして、大虐殺を引き起こした世紀の天才、茅場晶彦の説明を受け、ユウキは軍用モデルという単語の持つ、開発された意図を知って目を細めた。

 VR技術の進歩が続き、それらが既に軍事技術へと転用が進んでいる。そこに特別な感情を抱くつもりは無かった。だが、何ら感情を持たない訳でもない。

 アミュスフィアに横になると、無菌室にいたもう1人の人物、名前も知らない女性がユウキの頭をアドヴァンスド・ナーヴギアで覆う。

 

『アミュスフィアⅢじゃないんだ』

 

『市販モデルであるアミュスフィアⅢではキミの全能力を出し切る事は難しい。だが、その分だけアドヴァンスドは脳にかかるストレスも甚大だ。特にキミの場合は「治療」も並行しなければならない。だから、結果的には接続レベルを下げて情報通信密度を落とす事になる。通常使用はアミュスフィアⅢとほぼ同等と考えてもらって構わない』

 

『だったら、アミュスフィアⅢでも良いじゃないかな?』

 

『確かに、単純に接続し続けるという意味ならば、アミュスフィアⅢでも問題はないだろう。だが、ユウキ君の仮想脳の全てを出し切る為には、アミュスフィアⅢではパワー不足も否めない。しかし、そもそもアドヴァンスド・ナーヴギアは72時間以上のフルダイブを想定して設計されたモデルではない。高負荷ストレス実験でも、12時間の連続使用が限界だった。「彼」は240時間の連続使用にも耐えうる強靭な脳を持っているので問題なかったが、キミの場合は60秒。それ以上の連続使用は生命の安全を保障できないだろう。その後もフルダイブ状態を維持する事も考慮すれば、インターバルを挟んでも60秒を3回、180秒がキミの限界だ』

 

 たったの180秒。問題ない、とユウキは笑う。つまり、自分に限界以上を要求する事ができるジョーカーが3枚あると考えれば良い。

 

『難しい話は分からないから、つまり本気を出せるのが3回。そう考えれば良いんだね?』

 

『厳密に言えば、その見解は誤りだ。制限状態でもアミュスフィアⅢとマシンパワーは同等だから、全力は出せる。だが、接続レベルとは言うなれば情報量と精度だ。より深く仮想世界の住人となる為の深度と考えてくれ。そもそも人間の脳とは自身の肉体を動かす為にしかない。キミの仮想脳は、本来の肉体よりもアバター……運動アルゴリズムとの連動に重点を置いて進化している。これは「彼」とは異なる方向性への進化だ。故に、マシンパワーの増加はそのままキミの反応速度の上昇へと直結する。更に言えば、キミの思考自体も既に仮想脳において――』

 

『……もう良いよ。増々意味が分からなくなってきた』

 

『分かれば良い。キミは技術者ではない。故に全てを把握する必要はない。簡単に言えば、キミは180秒だけ仮想脳をフルに活用することができる。そう考えて貰って構わない。これはキミの仮想脳稼働率……イレギュラー値をカーディナルに検知されない為の処置でもある』

 

 この男、最初から質問を圧殺する為に言葉を並べ立てたね、とユウキはフルダイブのスタンバイ状態になり、視界にログイン画面が表示された事を確認する。

 茅場は何も教えてくれなかった。DBOがどのようなゲームで、どのようなアイテムがあって、どのようなボスがいるのか、何1つとして教えてくれなかった。

 

『私の後継者の自信作だ。「ゲーム」としての出来栄えは及第点ではあるがね。キミは私の「駒」だ。だが、それ以上に1人のプレイヤーとして、このゲームの完全攻略を目指してみてくれ』

 

「目的が最優先だから、優先順位は下がるけど、胸には留めておくよ」

 

『それで構わない。しかし、キミは彼と良く似ている。神を否定する点も、仮想世界と現実世界の両方を愛している点もそっくりだ。だが、キミは「人」として戦う事を選んだ。AI化すれば、蝕む病から解放されるのに、キミは戦う事を選んだ』

 

 立体音声が途絶えていく。ユウキの聴覚がVR機器によって遮断されていく。

 

『証明したまえ。神様の間違いを。世界を変えるのは人の意思だと』

 

 そして、ユウキはDBOの大地に降り立った。自らの意思でデスゲーム化された、殺し合いを是とする世界に降り立った。

 社会的に見れば、ユウキは間違っている。万人規模の人間が仮想世界に囚われて、およそ前代未聞の、殺意と悪意がたっぷり詰まった高難易度ゲームをノーデスクリアするなど不可能に等しい。

 それでもユウキには関係なかった。【黒の剣士】を倒す事。そして、人の意思で世界は変わると神様に証明する事。それだけが彼女の望みだった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 今の自分を見たら、茅場はどう思うだろうか? 惚れた男の為に、たった3枚しかない切り札の1枚を消費した自分に幻滅しているだろうか? ユウキはスタミナ切れアイコンが点滅し、間もなく残量スタミナがゼロになる事も厭わずに走り続ける。

 外縁部まで間もなくだ。そうすれば、援軍を呼ぶ事ができる。クゥリの望みがUNKNOWNの援護である事は癪に障る点ではあるが、下手をせずとも援軍が来なければ、彼は無理と無茶と無謀を重ねて、取り返しのつかない事をしかねない。

 それ以前に、既に彼の状態はもはや継ぎ接ぎの、中身の綿が飛び出した人形のようなものだ。危ういバランスと千切れかけの糸によって分解を免れているだけだ。

 

「もうすぐ……もうすぐなんだ!」

 

 頭が炉に放り込まれているように熱いが、それ以上にまずいのは眠気だ。

 

(確か、アドヴァンスド・ナーヴギアと、生命維持装置が直結してて……ボクのバイタルをモニターして、脳の熱量と仮想脳の……えと、何だっけ? とにかく、脳の活性を抑制する為に……ああ、もう……これならもっと茅場に訊いておくんだった)

 

 そもそも3回しか使えない以上、これまで試した事も無かったのだ。こんな状態になるとは露とも知らなかった。確かに「全力を超える」感覚が通り抜け、ALOにいた時と同じような自分の全てを出し切れる瞬間を味わえた……いや、それ以上だった。だが、これは頼って良い力ではない。

 やはり、地道に、実力を高めて【黒の剣士】の打倒を目指すのが近道のようだ。いきなり60秒の全てを叩き込んでも、【黒の剣士】を倒しきれるとは思えない。あくまで最後の詰めとして切るべきカードだ。

 

「あと、少し……あと、すこ……し……」

 

 睡魔が酷い。手足が先まで澱んでいる。ユウキは歯を食いしばり、片手剣を杖にして、倒れそうになるのを防ぐ。

 もう間もなく外縁部だ。ユウキはフレンドメールの準備を始める。だが、彼女を邪魔するように、背後から茂みを蹴る足音が聞こえた。

 

「うわぁ……こんな時に、限って……」

 

 忌々しそうに、ユウキは背後に視線を向ける。そこにいたのは、およそバランスが取れているとは思えない3人組だ。

 1人は快活なスポーツマンといった印象を受ける長身の男。手に持つは重量型の槍であり、上半身は革装備のタンクトップという姿。

 1人はクロスボウと短槍を装備した、密林に潜む一族のような恰好をした、妙に目が血走った女性。

 1人は完全に疲れ切った表情をした、目がどんよりとしている顎髭を生やした中年男。

 ユウキの記憶が正しければ、太陽の狩猟団の団長であるサンライス、傭兵のジュピターとエディラだ。それがわざわざ、ユウキがたどった道をそのままなぞるように背後から現れたとなれば、自然と1つの推測が成り立つ。

 

「うーむ! ナナコとウルガンの遺体を発見して追ったは良いが、どうしたものだろうな!?」

 

 大声が頭に響く。フラフラとした体を何とか御しながら、ユウキは瞼を落とそうとする思考に広がる暗闇を闘志で追い払おうとうする。だが、剣を向けようにも姿勢が正せず、危うく指から落ちそうになる。

 

「捕まえますか? 捕まえますよね! 捕まえましょう!」

 

「落ち着け。まずは事情聴取だ。キミも武器を収めろ。何処の勢力かは知らないが、その状態で勝てる道理はない。現場検証はしてある。状況は3対1かそれ以上。攻撃痕跡から外縁部への移動の妨害行為。そしてキミの移動経路。これらから、キミは襲撃された側だと判断できる。大人しく投降しろ。悪いようにはしない」

 

 牙を剥いて短槍を振り回すジュピターを諌め、エディラが1歩詰め寄る。

 あの痕跡を見ただけで、ほぼ真実を見抜いた。ユウキはエディラの観察眼に背筋を冷たくする。この男は『その手』のプロだ。ならば、尚更に投降するわけにはいかない。何よりも、時間を無駄にすることになる。

 

「悪いけど、ここで時間を取られるわけにはいかない。援軍を……援軍を呼ばないと……」

 

 ふらふらとユウキはここで戦闘するよりも逃走を重視して後退する。

 

「援軍!? 援軍とは何だ!?」

 

 だから大声で叫ばないで! 頭に響くんだ! サンライスは無警戒とも言える程に歩み寄って来る。

 勝てない。ユウキは現状のコンディションとサンライスから感じる、強者特有の圧力に、逃走一択だと彼らに背を向けて逃げようとする。だが、それをサンライスの手が彼女の小さな肩をつかんで拒む。

 

「落ち着け! そんな状態では森の外までとてもではないが無理だ! 俺が背中を貸してやろう!」

 

「い、要らない! 要らないから!」

 

 振り解こうにもSTR負けしてユウキの抵抗は通じない。傍から見れば少女を襲うタンクトップ野郎による猥褻行為にしか見えない悲惨な光景である。

 と、そんなサンライスへと茂みから黒の獣が喰らいかかる。瞬時にサンライスは槍を振るって押し退けるも、黒い獣……アリシアは槍の一閃を受けるより前にブレーキをかけて切り返すと、ユウキを咥えて3人から距離を取る。

 

「アリシア!」

 

 ここにアリシアがいる。その意味は1つしかない。茂みから飛び出した新たな影がサンライスたちとユウキの間に立ち塞がる。

 

「お久しぶりですねぇ♪ その様子を見るに、『アレ』を使っちゃったみたいですねぇ」

 

 チェーングレイヴの幹部の1人、レグライドだ。彼はいつものヘラヘラとした顔で笑いながら、やや表情を厳しくしたサンライスに睨まれている。

 

「行ってください。この先でマクスウェルさんが待機しています。彼らは私が何とかしましょう。大丈夫ですよ。私は血生臭い喧嘩が大っ嫌いですからねぇ。ちゃんと話し合いで解決します」

 

「……ありがとう。アリシア!」

 

 アリシアの背に乗り、ユウキは一気に駆ける。

 約束は必ず果たす。ユウキは自分の髪を結う不死鳥の紐が伝わる温もりを頼りに意識を繋ぎ止める。

 森を駆け抜け、外縁部に到達すると同時に、ユウキはいつものように不機嫌そうな顔をしたマクスウェルを目にして叫ぶ。

 

「マクスウェルさん!」

 

 アリシアから跳び下り、転倒し、それでも這ってユウキがマクスウェルのローブの裾をつかむ。

 

「落ち着け。その様子だと『アレ』を使ったな? この馬鹿娘が」

 

 片膝をつき、ユウキの肩に触れるマクスウェルが労うように水を差しだす。だが、それを口にする時間も惜しいと、ユウキはマクスウェルに……そして、その背後に控えるボスへと叫ぶ。

 

「ヴェニデに……ヴェニデに連絡を取って! お願い! じゃないと、じゃないとクーが……!」

 

 マクスウェルとボスは顔を見合わせ、ユウキに詳細を尋ねる。

 約束は果たす。ユウキは喉の許す限り、現状の全てを2人に伝える。

  

 そして世界は変わる。

 

 1人の傭兵が変わろうとした意思が、世界を変える。

 

 

△    △    △

 

 

「やれやれ、行きましたかぁ」

 

 ユウキを見送ったレグライドは、戦闘陣形を取る3人に対し、潔いまでにホールドアップする。

 損な役回り、とは思わない。たとえ本気で挑んでも勝てる見込みは無いだろう戦力差を前にして、武器を抜くという愚行はしない。

 

「あのような少女を犯罪ギルドに引き込むとは、大人として恥ずかしいと思わんのか!」

 

 いきなり喝を入れる怒声と共に、サンライスの槍……ではなく、拳が振るいかかる。業火が灯ったとも錯覚する鉄拳をレグライドは腕をクロスしてガードするも、それを剥ぎ取るような威力が彼の体を浮かす。

 何という馬鹿力だろうか。STRの高さ、体重の乗せ方、スピード……それらが遺憾なく発揮され、レグライドの体が飛ばされる。地面を踵で擦りながらブレーキをかけたレグライドは、やはりサンライスを相手に正面切って戦うのは無謀と判断する。

 

「ユウキが選んだ道ですからねぇ。大人とか子供とか関係ありませんよ。それに、この世界で犯罪ギルドだろうと傭兵だろうと、自分の居場所を見つけるのは何よりも大事でしょう?」

 

「ぬぅ!? 一理ある!」

 

 ねーよ。レグライドは自分で言っておきながら、即座に内心でツッコミを入れる。とはいえ、チェーングレイヴの『目的』をここで明かすわけにもいかない。

 

「まぁまぁ、サンライス団長さん。色々と尋ねたい事もあるでしょうが、ここはお互いの為に退きましょう」

 

 援軍、か。これは『プラン』には入っていない。つまり、ユウキの選択……いや、あの感じからすると、彼女もまた誰かに頼まれての事だろう。

 自然とレグライドは1人の傭兵の姿を思い浮かべる。彼女を動かしたのは何なのか、ぼんやりと予想がつき、ニヤリと口元を歪めた。

 

「団長、背後から炎が……!」

 

 ジュピターの警告通り、外縁部まで届くだろう炎は既にかなり近場まで迫っている。この状況で戦闘を続行しようとはサンライスも考えていないだろう。

 

「『援軍』の事は忘れるも活かすもあなた次第です♪ まぁ、後は自分の目で判断してください」

 

 援護はこれくらいしかできませんよ、ユウキ。レグライドはサンライスに掴みかかられるより先に、足下に煙幕爆弾を投げ、彼らの視界を潰して一目散に逃走した。

 

 それは小さな種。

 惑わすような言葉が生み出した、選択の種。

 何を芽吹かせるかは、言うまでもない。

 

 

△   △   △

 

 

「ふむ」

 

 マクスウェルから送られてきたフレンドメールを目にしながら、セサルは椅子にもたれていた。

 フレンドメールの内容はブリッツも目を通したが、それは援軍の要請だ。ボス戦が不利になっている確率が高く、また想定外の『被害』もあり得ることから、3大ギルドの待機戦力をクラウドアース主導で導入してもらいたい……という【渡り鳥】からの伝言だ。

 森の燃焼で外は大騒ぎであるが、セサルのテント……ブリッツとアーロン騎士装備が控えるそこは静かなものだった。というのも、これも想定した事態の1つであるからだ。

 

「少し旗色が悪いようですね」

 

 だが、想定したよりも事態が危険な方向に傾ているのも確かだ。

 戦力を過大評価し過ぎたか、それともボスを過小評価し過ぎたか。どちらにしても、ブリッツにはセサルが援軍派遣を認可するとは思えなかった。

 

「情報ではグローリーを始めとした傭兵たちが神殿全体を包む炎の中に突入したと。それ以上は諜報部も燃焼開始と同時に撤退を開始したのでつかんでいませんが、恐らくUNKNOWNも交戦しているものと思われます」

 

 今回の『作戦』において、他の2大ギルドが補給部隊を送り込んだのに対し、クラウドアースは少数……2人1組による諜報部隊の投入をして、森の全体の情報収集を行い続けていた。

 

「包囲網はどうなっている?」

 

「9割をカバーしています。PoHが我々の目を欺いて森から脱出する事はほぼ不可能かと」

 

「そうか」

 

 短く返事をしたセサルは、嬉しそうに喉を鳴らして笑う。その不吉とも言えるような笑い声に、ブリッツは顔に緊張を宿らせる。

 

「まさか……まさか、キミとはな。喜劇の主役であるはずのキミが……私の想像を超えるとは」

 

「セサル様?」

 

「ブリッツ、待機しているRDくんに伝令しろ。出陣の準備だ。それにキミ達2人には戦力としてボス戦に参加してもらう。早急に準備を整えたまえ」

 

 セサルの命令に、ブリッツは目を見開く。それは『計画』の最後の詰めを外す判断だったからだ。

 

「お言葉ですが、それでは最悪、我々が『アレ』を確保できない場合が――」

 

「やりたまえ。そちらの確保はチェーングレイヴに任す。案ずるな。『彼』は優秀だ。この大事な局面で下手を打つ真似はしないだろう。それに、私の到着を待たずして先んじないように『分割』もしてあるのだからな」

 

 確かにその通りだが、とも思うブリッツであるが、これ以上の口出しをする事は主に対する不敬と判断し、恭しく頭を下げる。

 

「楽しいですか?」

 

「ああ、楽しい。やはり、老いとは素晴らしいものだ。若人の予想がつかぬ行動こそ、私のような老人には輝かしく映える」

 

 待機するRDに連絡すべく、フレンドメールを打つブリッツは、腕を組んで久々の出陣に戦意を滾らせるアーロン騎士装備とセサルの会話を耳に挟む。

 

「まさか、【渡り鳥】くんが援軍を求めるとはな。それも、この私に。それも友の為に、だ。こんな事が想定できるはずもないだろう」

 

「……やはり聖女か」

 

 想像を超える事。想定外を引き起こして、『計画』を引っ掻き回される事。それこそがセサルにとって、今回の作戦において最も楽しみにしていた事なのかもしれない。

 主の意向に沿う為に、本気を出させてもらうとしよう。ブリッツは普段の片手剣と鞭をオミットし、グレネードキャノンを選択する。弾速は遅くとも、ボスに対してこの高火力武器は十分に役立つはずだ。

 

 そして、戦力は集結する。

 

 たった1人の傭兵が願った、愚かしいとも言える、友を救わんとする意思が、世界を変える。

 

 

△   △   △

 

 

 シャルルの炎剣が振るわれ、熱風と共に斬り上げがオレに迫る。

 瞬時に理解する。この戦いにおいて、ただの一閃としてこの身に受けることは許されない。たとえHPがフルの状態だとしても、まともに身に浴びれば、炎の刃は命を奪うまでHPを焼き尽くすだろう。

 灰被りの大剣を抜き、シャルルの炎の剣を逸らす。だが、シャルルは空いた左手を無造作に突き出し、鉄拳でオレの顔面を潰そうとする。寸前で頭を傾けて躱すも、そこから横殴りに派生され、側頭部をシャルルの拳が掠める。それだけでHPが数パーセント吹き飛び、命中すればオレのHPなど数割は削られるだろうと把握するには十分だった。

 距離を取ったシャルルが炎剣を両手で構え、突進しながら斬撃を放つ。炎の長剣は攻撃範囲が広い。身を屈めて躱すも、そこから即座にシャルルは左手を床につき、炎の嵐のようなものを発動させる。あくまで似ているだけであり、炎の嵐とは思えぬほどに出が早く、また火柱というよりも炎の竜巻という表現の方が近い。

 炎の嵐の予兆である床の赤熱を読み、オレは両手剣でシャルルの腹を薙ごうとする。だが、シャルルは膝蹴りで両手剣の刀身を跳ね上げ、そのまま5連斬り、そして3連突きを繰り出す。それを何とか回避したオレが右足から貫かれる痛みで僅かに動きが鈍った瞬間に、シャルルは炎剣を振り上げる。

 霊廟とも言うべき、シャルルの棺が安置された地下空間……その高い天井に炎が渦巻く。そして、上空から次々と炎の矢が降り注ぎ、オレは疾走してそれを回避するも、炎の矢の中で放たれた突進斬りを回避しきれず、両手剣でまともに受けて壁まで叩き付けられる。

 武器破損は……あり、か。灰被りの大剣には僅かに亀裂が入っている。だが、直撃の瞬間に後ろへと跳んでいなければ、武器ごと切断されてオレは今頃あの世に旅立っていただろう。

 

『火はやがて消える。古き時代、世界には火と影があり、大いなる実りの大樹があった』

 

 ゆらりゆらりと、全身から炎のオーラを立ち上らせながら、シャルルは静かに語る。

 

『不死よ。お前は何を求める? 神の枷に嵌められた姿を捨て、深淵の主となり、闇の王を目指すのか? 愚かな。火を継ぐも、闇の王になるも、どちらも愚かなり』

 

 絶望。シャルルの眼が無い空洞の黒に呑まれた双眸には、炎に縁取られ、火の粉を散らすばかりの口は、ただ絶望に満たされている。

 

『全ては仕組まれた事だった。白き竜が作り出した火を継ぐ輪廻。愚か愚か愚か。ならば闇の王は? それは小人のあるべき姿なのかもしれん。だが、待つのは火の温もりが無き世界。それは人が「人」としてあらんとする事ができる世ではない』

 

「……難しい、話だな」

 

 炎の斬撃の乱舞を潜り抜け、オレは両手剣を背負って抜刀し、カタナの刃がシャルルの横腹を裂く。シャルルは鎧など身に着けず、まるで死に装束のような、金糸が縫い込まれたボロボロの白き衣を纏っているだけだ。想像した通り、防御力は低く、斬撃属性の通りも悪くない。3本あるHPバーも、1本のHP量は想像した程に高くなく、一撃でHPバーを1割ほど減らすことができた。

 だが、これはまだ第1段階だからこそだろう。炎のオーラを纏うシャルルの圧力は増している。

 火力が要る。オレは脳に命令し、呼吸と共に全身のSTRとDEXの出力を引き上げる。出し惜しみも様子見も不要だ。そんな時間的余裕はない。

 

「おぉおおおおおおおぁあああああ!」

 

 右足が潰れていく。ライアーナイフの柄で補強してあるが、1歩の度に脳髄を貫く痛みは、まるで灼熱の鉄棒が肉を抉り取り、骨に押し当てられているかのようだ。

 背中から翼のように炎を噴出し、シャルルが距離を取ったかと思えば、その身を消失させるほどの突進突きを繰り出す。半ば無意識でオレはカタナを放り捨て、前傾を取りながら背中の両手剣を左手で抜いてシャルルの突進突きを躱しながらカウンター斬りを決め、即座に反転して宙を舞うカタナをつかみながら跳躍し、こちらに向き直るシャルルの頭部へとカタナを振り下ろす。それはシャルルが盾のように出現させた左手の炎の渦で止められる。

 再び炎の嵐が周囲で吹き荒れる。身を投げるように炎の嵐の範囲から逃れたオレに、シャルルは炎の剣を変形させ、巨大な弓へと変える。

 放たれたのは、炎が圧縮された巨大な矢。両手剣で射線を逸らすのではなく、オレの本能は身を反らして躱す事を選ぶ。背後の壁に突き刺さった炎の矢は爆発を引き起こし、熱風がオレの肌を焦がす。痛覚遮断が失われたせいか、ダメージは無くとも熱で皮膚が焼かれるような感覚はしっかりとある。

 ましてや、シャルルの全身から放たれる高熱は否応なく汗を流させ、傷口を刺激し、呼吸を圧迫する熱量は痛覚遮断が失われたオレの意識を刈り取ろうとする。気を抜けば、シャルルに斬られる前に意識が闇へと落ちる。そんな無様だけは、『アイツ』の為にも、ユウキの為にも……そしてシャルルの誇りを穢さない為にも、あってはならない。

 

『最初の火継ぎを成した不死は、何を想った? 分からん。何も分からん。我が名はシャルル……陽炎であらんとする者。ただ熱で揺らぐのみ』

 

「オレは……あなたに答えられる言葉は何もない」

 

 そもそも語らえるだけの知識が無い。

 

「不甲斐なくて……ごめんなさい」

 

 この世界には物語がある。あの終わりつつある街が、どうしてあのような人類の黄昏のような場所になるまで人の世が廃れたのか、歴史がある。

 

「でも、1つだけ言える事がある。あなたがいた時代の先も、決して人は滅びていない。『今』も生きている!」

 

『…………』

 

「火継ぎとか、闇の王とか、オレには分からない。だけど、今はオレと戦え、シャルル! そうさ! オレに好きなだけ、あなたの怒りも、絶望も、憎しみも、何もかもぶつけてみろ! オレが終わらせてやる! あなたをもう1度眠らせてやる! だから、全てを忘れる為に……一緒に踊ろう!」

 

『……フッ。猪武者か。愚かな。実に愚かな。だが、良きかな』

 

 シャルルの炎の剣から熱が開放され、彼の姿が歪む。それはまさしく陽炎。

 炎を推進力にしてシャルルが舞い、宙から伸ばした剣を振るう。それは床を撫で、赤熱させ、炎を波のように飛び散らせる。オレは壁に向かって走り、そのまま駆け上がる。≪歩法≫のウォールランを発動させれば、より長時間壁を走ることもできるが、今は炎を避けるだけなので要らない。

 シャルルが剣を薙げば、その軌跡の通りの炎の斬撃が飛ぶ。宙でオレはそれを回避する為に、カタナを鞘に収め、両手剣を右手で持ち、刀身に左手を這わせる。

 受け流せ。まるで波乗りのように炎の斬撃を刀身で撫で、重心を傾け、やり過ごす。着地と同時に、上空から振り下ろされるシャルルの剣を転がって避け、そのまま両手剣をしっかり両手で握って渾身の突きを放つ。それはシャルルの肩を抉る。

 まだだ! まだ足りない! もっと、もっと速く! 脳に命令し、シャルルの連撃に合わせて両手剣を振るい、あらゆる方向から迫るような斬撃を弾くも、パワーで負けるオレはあっさりと競り負けて押し込まれていく。

 こちらは両手で、相手は片手。なのに、まるで勝負にならない。ボスとして与えられたSTRの差だけではなく、シャルル自身の剣が余りにも重い。それは人同士の斬り合いというよりも、自分よりも巨大で強大な存在に挑む為に鍛えられた剣技に思えてならなかった。

 

「がぁあああああ!」

 

 上段からジリジリと押し込まれる炎剣を両手剣で防ぐために踏ん張れば、ワイヤーで無理矢理縫合した右足が悲鳴を上げる。それは喉を貫くも、オレは痛みの叫びではなく雄叫びに変え、手首をひねって力押しのシャルルの剣を逸らし、その首へと蹴りを放つ。

 だが、シャルルは真っ向からオレの蹴りを受け止め、逆に左拳でオレの顎を撃ち抜く。HPが一撃で4割も削り取られ、上空を舞ったオレに跳躍したシャルルの追撃が襲い掛かるも、両手剣を左手持ちに切り替え、オレは即座に抜刀してシャルルの手首を斬り、斬撃をズラす。

 宙でオレとシャルルはにらみ合い、笑う。オレたちは着地と同時に再び接近し、両手剣とカタナの二刀流で挑むオレに、シャルルは真っ向からの振り下ろしで応じる。

 シャルルの剣がオレの額を割る寸前でブレーキをかけ、バックステップを踏み、剣が完全に振り下ろされるのを見てから再度突撃するも、シャルルは振り下ろしから即座に突きへと変え、まるで地面から掬い上げるように炎の刃がオレに向かう。

 咄嗟にスプリットターンを発動させ、必殺の突きを躱し、そのままシャルルの背後を取ったオレは、彼の背中へと両手剣を突き出す……のではなく、そのまま剣を背負い、システムウインドウを操作する。

 シャルルの剣が再度オレに喰らいつこうとする。だが、それよりも先にオレは装備した死神の槍を突き出す。まさかの新装備にシャルルは間合いを取り損ない、彼の胸にNの遺品が突き刺さる。

 左手の死神の槍による連撃が、シャルルに吸い込まれたのは1秒未満。彼は即座に対応し、炎剣で死神の槍を弾く。だが、そこからオレは全身を回転させながら身を屈め、槍の穂先でシャルルの足を薙ごうとする。彼は跳んでそれを回避し、左手の炎を集中させる。

 

 

 

 

「【磔刑】」

 

 

 

 だが、それこそが狙いだ。オレは槍を床に突き刺す。発動モーションは練習すらしていないが、Nの動きはオレに焼き付いている。彼との戦いの記憶が本能に宿っている。

 床から突き出した赤黒い光の槍がシャルルを襲撃し、その腹を貫く。拘束された彼に、オレはカタナを逆手に持って斬り上げてシャルルの頭部を縦に割る。

 

「本気を出せ、シャルル。こちらも時間が無い」

 

 まずは1本。HPバーを削り切り、オレは前哨戦の終わりを感じる。ここまでは言うなれば余興。ここからが本番だ。

 着地したシャルルは嬉しそうに笑う。そして、その右手にある炎の剣は破裂し、周囲に炎が広がる。

 

 

 

 そして、シャルルの周囲に炎で構成された、剣、槍、斧、槌、弓矢……ありとあらゆる武具が……何十という彼の力が集結する。

 

 

 

 右手に斧を、左手に鞭を持ったシャルルの全身から、更に炎のオーラが噴き出した。

 

『来い、傭兵。火継ぎも成さず、闇の王にもなれなかった、この半端者を見事討ち取ってみせよ!』

 

「言われずとも」

 

 N、力を貸してくれ。左手の死神の槍を握りしめ、オレは右手のカタナを振るうと迫るシャルルを迎え撃つ。




ここからは地上と地下でのボス戦が交差します。

それでは、180話でまた会いましょう。

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