SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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最近は投稿がペースが乱れています。
これもジェネレーター出力が低下しているせいでしょうね。
だから、EN容量よりもEN出力を重視したジェネレーターを選ぶべきなんです。
……ちなみに筆者は実弾至上主義です。レザブレ以外のEN兵器は基本的に使いません。


Episode15-35 世界は美しい

 呼吸の時間。僅か一息の開戦の合図。それと共にアリシアはユウキの指示を受けて駆け出し、それを妨害すべくウルガンが立ち塞がる。

 

「ヘイヘイ、ワーンチャーン! トーセーンボー!」

 

 地面を擦らすような昆の一振り。それはZを描くようなアリシアのターンを見切り、首を折る勢いで迫る。

 だが、それを防ぐのはユウキが投擲した炸裂短剣だ。アリシアの軌道の陰に隠された炸裂短剣は昆と接触し、爆炎を1人と1匹の間で引き起こす。爆風は目潰しとなり、炎と衝撃が広がる中を、アリシアは機動力で強引に突っ切る。

 だが、炸裂短剣を投げるモーションの分だけユウキのテンポは遅れる。背後のPoHの横薙ぎが首に迫り、頭上に時計を表示したナナコは追う者たちを発動させる。

 瞬間にユウキは驚異的な反応速度で身を屈めてPoHの一撃を躱し、追う者たちに向かって逆に突進して、その追尾性能故の速度の鈍さという弱点を突く。

 

「そんな闇術が通じると思ってるの?」

 

 チェーングレイヴの幹部であるマクスウェルは、多くの闇術を保有するプレイヤーだ。当然ながら、凶悪な追尾性能を有する追う者たちの特性を熟知し、チェーングレイヴ全員には徹底した対策が周知されている。これは、己を知る事ことが敵を知る事だというボスの方針だ。逆に言えば、裏切れば自分の手札の多くが仲間に知られているからこそ不利になり、また裏切られて自分の情報が握られた状態でも勝てるだけの絶対的な実力を持つ、というのがチェーングレイヴを武闘派犯罪ギルドと呼ばれるまでに押し上げる要因にもなっている。

 

(追う者たちの弱点はスピード。障害物を突破してでも対象を狙う追尾性能は危険だけど、大質量……つまり『地面』に激突させれば消滅は容易。だから、追う者たちは発動されて本格追尾がされる前に真下を潜り抜けて、地面に激突させる)

 

 闇術講座を徹底的に受けたユウキに、この程度の闇術は脅威となり得ない。ナナコを肉薄し、その首に体を回転させて威力を増した片手剣を振るうも、即座にウルガンが戻って昆で受け止める。

 

「カルーイ♪」

 

 ユウキの一撃を受けても、ウルガンの昆は揺るがず、彼の体勢はミリ単位でも崩れない。

 STRに差があり過ぎる。ユウキは冷静に、この中で自分はナナコと同等か、あるいはそれ以下のSTRしかないのだと分析する。つまり、パワー勝負に持ち込まれたならば、敗北は決定だ。そして、負けは死を意味し、クゥリとの約束を果たせない事に結合する。

 

(クーとの戦いの時もそうだったけど、やっぱりDEXだけでは火力が出し切れないね)

 

 格闘攻撃を真正面から受け止められ、なおかつそのまま反撃されたクゥリとの初戦を思い出し、ユウキはPoHが地面を抉りながら振るう巨大な包丁の刃を、まだ燃焼していないジャングルの木々の幹を蹴って躱し、そのまま宙で身を翻してウルガンの陰でナナコが発動させた闇の飛沫の射程から逃れる。

 STRを極限まで抑え込み、DEXを高め、TECとINTとPOWにポイントを振った魔法剣士型。それがユウキのスタイルだ。VITもCONもそこまで高いわけではない。

 

『馬鹿娘。お前のステータス構成における弱点は持久力に欠けている点だ。長期戦を避けろ。連戦など論外だ。対多人数戦に持ち込まれて不利と見れば脇目も振らずに逃げろ。ソードスキルは極限まで控えろ。そもそも使うな』

 

 女には退けない時があるんだ、とユウキは脳内で再生されたマクスウェルの言葉を掻き消す。 

 

『あと紙ですし、パワーが無さ過ぎですからねぇ。捕まったら基本的に終わりですよ。STRが高めのプレイヤーに腕でもつかまれたらトカゲの尻尾みたいに切断するくらいしか逃げる方法が無いんじゃないですかねぇ』

 

 だったら全部避ければ良いだけだよ、とレグライドに反論した当時をユウキは思い出す。

 

『……そもそも魔法剣士型を目指す意味があったのか? 潔くTECだけを強化した方が火力は出るぞ?』

 

 ALOみたいに魔法が使いたかったんだから仕方ないじゃないか、と皆にボロボロな評価を受けて涙目になる中で口数が少ない赤服のトドメの記憶がフラッシュバックする。

 

『攻撃など当たるべきものではないし、当たるのはとろい愚図だけ。VITを抑制するのは強者の証だ。気にする事は無い。ユウキの場合は……ただの考え無しだろうけどね』

 

 ジュリアスはいつも最後に一言多いんだよ! 普段はチェーングレイヴにいない、同じ紙装甲なのに男連中からの評価が高い胸部装甲が厚い彼女に、ついに泣き出したユウキは叫び散らした。

 皆、本当に辛辣過ぎる。ユウキは剣を振るい、強い魔法の武器を発動させて片手剣にエンチャントを施す。彼女が所有する【常夜のブルーフレイム】は、元から魔法の触媒としての能力を持つ片手剣【ブルーフレイム】をベースに、今回の作戦の為にボスが直々にある鍛冶屋を通して作成させたスペシャル品だ。元々試作品は幾つもあったが、しっくり来るものがなく、作戦決行ギリギリに彼女の要望を見事に叶える形で提供された。

 正直なところ、これ以上とない程に完璧だ。望んだ刃渡り、刀身バランス、重量、切れ味、光沢、耐久度、魔法発動速度、スタミナ消費量、全てがユウキのオーダーした通りに整えられている。

 常夜のブルーフレイムのステータス欄には、作成した鍛冶屋のサインだろう『GR』が記載されていた。巷で噂になっているが、ランク1、ランク3、ランク5という3大ギルドの最高位ランカーが謎の依頼を受け、超高速軌道を取る巨大なボール型のゴーレムの群れを相手取ったらしい。その時の依頼主が伝説の鍛冶屋『GR』だったとされているが、その真偽は不明である。

 

(でも、これはちょっと失敗だったかな?)

 

 全ては希望通りであるが、1つだけ不足しているものがある。それは武器熟練度だ。

 武器熟練度が高ければ高い程に、武器にはボーナスが付く。DBOにおいて、武器を頻繁に切り替える事が少ないのは、コストだけではなく、この武器熟練度のボーナスが存外馬鹿にならないからである。

 全ての武器には最高武器熟練度が設定されており、中程度まで成長すると上昇速度もボーナスも旨みが無くなる。例外として、初期以外は熟練度の上昇が鈍いユニークウェポンはボーナスが安定して高く、また最高熟練度もかなり高く設定されている為、長期に亘って主力として扱えるように調整されている事が多い。

 そして、軽量系の武器は中量・重量型に比べて基礎攻撃力が低い傾向があり、火力を増幅させる武器熟練度は切実な問題である。

 総合能力は常夜のブルーフレイムの方が上だが、純粋な火力のみに限れば以前の剣の方が上だ。それがこの場面でどう影響するか、とユウキは考える。あと1歩が足りなくて『殺しきれない』などご免だ。

 ここで彼らを始末する。ユウキの念頭にあるのは、それだけだ。ナナコだけはボスの命令とマクスウェルの顔もあるので、生かす方針……であるはずがない。後方支援の魔法使い型で、しかもユニークスキル持ちなど厄介なだけだ。真っ先に排除する対象である。

 ウルガンは対人特化の名高い、ナナコの護衛としても活躍する傭兵だ。その実力は未知数だが、動きはユウキに追いつけるだけのキレがある。

 PoHは今のところ様子見程度のようだが、ボスが危険視する程の男であり、何よりも抹殺対象である以上は手抜きなど不要だ。

 

(『アレ』はあるけど、時間が無いし、まずは1人1人殺す。これが早道だね)

 

 常夜のブルーフレイムのお陰で『アレ』を装備した状態だ。ユウキは右手の片手剣の切っ先を下げ、分厚い包丁のような刃を振るうPoHと衝突する。まともに剣戟に持ち込まれれば、武器重量とパワーで大きく劣るユウキの剣は長く耐えられない。だが、エンチャントが施された事に火力が増幅され、一撃の威力は増した。

 一撃必殺ではなく多連撃。PoHが足下の土を蹴って目潰しするも、ユウキはそれを軽やかに横に跳んで避け、そこに控えていたウルガンの昆へと片手剣を触れさせる。

 それは斬るというよりも滑る。昆は片手剣にそっと押されるように突きの軌道をズラされ、そのままウルガンの腹までユウキの剣が届く。深く斬り込まれた一閃が、ウルガンのHPを減少させ、そこから即座に身を反転させながらの回転斬りと共に離脱し、炸裂短剣を地面に投げる。

 極めて脆い炸裂短剣は地面に刺さり、ユウキを追っていたPoHに爆炎が絡みつく。

 着地したユウキは3人の包囲網を完全に脱し、彼ら全員を視界に収められるポジションに着地する。

 ユウキは未だ無傷。対してウルガンとPoHはダメージを受けてHPを減少させ、ナナコの闇術はユウキを捉えられない。

 劣勢を覆した最大の要因は速度。剣速と動きのキレを支える運動速度と反応速度の異常な高さだ。そして、それらが一切の躊躇ない殺意によってブレーキ無く、彼女のエンジンはフル稼働し続けている。

 殺意の有無は重い。殺意が欠けた刃は皮を裂けても肉に止められ、骨に至らない。傷を負わせられても命には届かない。

 ナナコが闇の大剣を発動させる。ソウルの大剣と同じモーションで闇属性であるだけだ。ユウキは身を屈めてそれをやり過ごすも、ジャングルの木々を猿のように跳ぶ3次元機動を取ったウルガンが瞬く間にユウキの頭上を取り、昆を振り下ろす。

 蛇が獲物を絡めるように、ユウキの片手剣が昆の先端を逸らし、そのまま喉に刃を滑り込ませる。だが、ダメージ覚悟だったのだろう、着地したウルガンが左手を伸ばしてユウキにつかみかかる。剣の軽さからSTRの低さを読み取り、力技で捻じ伏せようとする判断は正しい。

 だが、弱点とは武器でもある。弱点を狙ってくれるならば、そこに対するカウンターも必然と決まり易い。

 

「ぐげ」

 

 そんな間抜けな声と共に、ユウキの左手の人差し指と中指を合わせた目潰しがウルガンの右目の貫く。対応しきれぬ速度で右目を潰され、そのままユウキは汚らわしいように左手を振るう。

 それでもウルガンは左腕を強引に伸ばすも、今度はその運動ベクトルを片手剣を軸にして肌を撫でるようにして歪め、転倒させる。

 

「まずは1人」

 

 そのままウルガンの後頭部に片手剣を深々と突き刺し、捩じり、更に押し込む。

 感慨も無く、ユウキはHPがゼロになって動かなくなったウルガンの遺体を踏みつけながら片手剣を抜く。赤黒い光がべっとりとついた刃を、血を拭うように振るう。

 

「うわー、ウルぴょんが手も足も出ないなんて、ナナコ驚いちゃった!」

 

「強いな。クゥリが気に入るだけの事はある」

 

 ウルガンの死に対して、ナナコとPoHの反応は淡白だ。全く想像していなかったとはいえ、反吐が出るとユウキは目を細める。

 

「仲間が死んだのに、随分と冷たいんだね」

 

「死んだも何も……ねぇ」

 

 そう言って、ナナコが口元を歪める。途端に、ユウキは突如として足首に加わった力に驚愕する。

 

 

 

 

 

「ツーカマーエター!」

 

 

 

 

 

 あり得ない、とは言わない。だが、この展開は想像していなかった、とユウキは自分の手をつかむ『死人』のウルガンの手を斬り飛ばす。だが、その隙にナナコが発動させたのは【闇の霧】だ。レベル1の毒を蓄積させ、なおかつスタミナを奪う霧がユウキを呑み込み、毒になるより前に距離を取ろうとした彼女間に接近したPoHの包丁が肩に潜り込み、ユウキのHPを大幅に削る。

 そこから瞬時の膝蹴りからの浴びせ蹴り、そして体を回転させて威力を高めたミドルキックがユウキの腹に突き刺さる。捻じれた木の幹に叩き付けられたユウキは、PoHの動きが劇的に変わった事に、彼らが最初からウルガンを『捨て駒』としてユウキに殺させる事を目的としていたのだと悟る。

 

「ふぅ。ナイスアシストだ、ナナコ。こういう強いヤツを仕留めるのには頭を使わないとな。ただ力で捻じ伏せれば良いってのは、スマートじゃない」

 

「それが1番大好きな癖に♪」

 

「誤解するな。俺が好きなのは、自分の弱さと情けなさで気狂いするほど絶望した奴の顔を見る事だ。力でねじ伏せるのは、その為の手段の1つに過ぎないのさ」

 

 トントン、とPoHは包丁で肩を叩きながら、首を左右に振る。

 罠にはめられた、か。ユウキは苦笑する。どうやら血が上り過ぎて、3対1にしては余りにもスムーズに自分へと有利に傾き過ぎた事を失念してしまったようだ。

 そもそもPoH達はユウキの進路に先回りをしていたのだ。ならば、当然ながら策を準備していたはずだ。そこに頭が回らなかった自分に腹立たしさを覚え、ユウキは残量HPが5割を切ったのを確認する。

 一方のPoHは爆風でダメージを受けたはずなのに、回復した動作も無いのにHPが全快している。ダメージは微々たるものだったが、その理由は何かと想像し、ユウキはあの包丁に何か特別な……たとえば攻撃した際にダメージ量に応じたHP回復効果があるのだろうと見当をつける。

 

「まさか……最初から、死人だったなんてね」

 

 HPがゼロから緩やかに回復するウルガンは、自分の失った右手首の断面にフーフーと息をかけている。

 カーソルはモンスターのものではない。プレイヤーと同じものだ。だが、ユウキとアリーヤたち……つまりテイミングされたモンスターのカーソルも同じだ。

 つまり、そういう事。ナナコにとってウルガンはテイミングしたプレイヤーなのだ。今ここにいるウルガンには意思こそあるが、それは『素材となったウルガン』と同一のものであるかは別の話なのだ。

 

「もう、ウルぴょんったら腕を斬られちゃ駄目じゃない!」

 

「コイツ、ツエーンダーヨ!」

 

 頭が割れたウルガンは仕方ないじゃないかとばかりに小うるさく反論する。半ばまで断たれた頭部を左手でくっつけようと押し込むも、無駄な抵抗と分かると諦めて放置した。

 

「ふぅ、仕方ないんだから。だけど、直すのは後回し。ウルぴょんが気に入った新しい『体』だからね。傷つかないように大切に仕留めないと♪」

 

 まるでお気に入りの人形に着せる服を見るように、ナナコはユウキをうっとりと見つめている。

 

「外見は大事だからね。ウルぴょんが今度は女の子になっちゃうなんて、ナナコも楽しみ♪ それにレベルも高そうだから素材としても優秀だね。でも……その顔は要らないかなぁ」

 

 嗜虐の笑みを浮かべ、ユウキを解体するのが楽しみとばかりに、ナナコは間もなく針が回りきる時計を見つめる。

 

「クゥクゥのお陰でまた優秀な素材が手に入っちゃった♪ 777の遺体も足したナナコの新しい『お人形』……たっぷり味わってね!」

 

 ナナコの隣に出現したのは黒い棺だ。その蓋が荒々しく吹き飛び、中から飛び出したのは、もはや『人間』という体裁すらも失った怪物。

 取り付けられたのは4対の足。

 胴体は複数繋げられ、足も合わされば想像するのは百足。

 右腕は多関節で、繋ぎ合わされた複数の肘を持ち、左腕は多腕でその爪は黒ずんで長い。

 頭部には無理矢理押し込まれた目玉がずらりと並び、360度全方位を視認できるようになっている。口の両端は裂かれ、歯は釘に置き換えられていた。

 

「フランケンシュタインも吃驚だね」

 

 嫌悪感はあるが、ユウキは大して驚くべき事でもない、と立ち上がって軽く首を左右に振る。最近は強敵との戦いがご無沙汰だったせいか、少し勘が鈍ったか、と爪先で数度地面を蹴り、片手剣で肩を叩いて、思考をリセットする。

 

「……クゥリの癖か」

 

「分かるんだ」

 

「当て付けのつもりか。雌猫が」

 

「もちろん」

 

 忌々しそうな顔をするPoHに、ユウキは満足する。その口元の曲線は崩れることなく、この状況においても自らの敗北と迫る死に対して微塵の恐れも無い。

 恐怖心が欠如しているのではない。自らの死にも、他者の死にも、鈍感ではなく受容できるだけの精神があるだけだ。

 

「ねぇ、死とは何だと思う?」

 

 異形の怪物の腕が振るわれる。右腕は多関節として鞭のようにしなり、なおかつ追尾する。ユウキはそれを軽やかに跳んで、自分が叩き付けられた木を薙ぎ倒すパワーを横目に、多腕の面攻撃を掻い潜ってエンチャントが施された片手剣を異形に浴びせるも、まるで怯むことなく、むしろ口内から闇の飛沫を放つ異形によって距離を取らざるを得なくなる。

 PoHの包丁がユウキの首を狙う。重心が乗った一撃は、HPが大きく削れたユウキの命を簡単に奪い取るだろう。

 だが、それでもユウキの目には恐怖が映らない。

 昔は違った。彼女は誰よりも死に怯える少女だった。他人よりも死に近い運命を与えられ、自分の生きた証を残したくて足掻き続けた。同じ志を持つ仲間達と出会い、逃れられない死を前にして、自分たちの存在証明を目指した。

 最初にこの世を去ったのは姉だった。残された仲間達と共に仮想世界を渡り歩き、何処かに自分たちの生きた……墓標ともいうべき記録を、自分たちがこの世界で生きた証明を探し続けた。

 身を反らして顎先を包丁が通る中で、サマーソルトキックをPoHの手の甲に当て、そのまま地面をつかんで体勢のバランスを支配し、続く異形とサポートするナナコの同時闇術を躱す。片手が無いウルガンが昆を使ってユウキがPoHと異形の2人がかりの檻から脱出しないように囲い込む。

 

「死とはね、母親であり、伴侶であり、自分自身なんだ」

 

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 そう言い残して、1人、また1人と消えていく。同じ約束をしたはずの仲間達が消えていく。

 一体『何』がユウキを生かし続けたのか分からない。だが、確かに言える事は、仲間の死がユウキに1つの感情を与えたという事だ。

 ついに自分の体が限界を迎えた時に、ユウキの脳髄に宿っていたのは、否定の意思だ。

 死にたくない、ではない。死すらも征服する意思。運命への反抗。

 

 

『神様は間違っている。こんな世界……間違っている』

 

 

 ユウキは自分の意思で、今際まで仮想世界に繋がる事を選んだ。この世界の何処かに、仲間達の……スリーピングナイツ達の目指した、彼らの生きた証に相応しい墓標があるはずだと信じて。

 スタミナは危険域だ。闇術の直撃が手痛かった。ユウキはエンチャントが切れた片手剣に視線を落とす。それでもなお、彼女に死への怯えは無い。

 

「ナナコ、そういう表情って好きじゃないなぁ。もっともっともっと怖がって欲しいのに。つまらない」

 

 口を尖らせ、フードを深く被るナナコは苛立っている。追い詰めているはずなのに、彼女の心に鬱憤が溜まっている。

 つまらない。その通りだ。この戦いは心躍らない。クゥリとの戦いは胸が締め付けられる程に楽しかった。彼女の殺意は不純物が多過ぎる。ウルガンにしてもそうだ。皮肉にも、未だ本気を見せないPoHこそが、最もユウキにとって戦い甲斐のある相手だ。

 

「キミは……可哀想な人だね」

 

 だからユウキは嘲笑う。

 彼女は死に向き合う事ができていない。ただお菓子を貪るように、自分の殺した人々の死に何も感じていない。

 

 

 

『私の「駒」になってくれ。了承してくれるならば、キミの目的を成す機会と「時間」を与えよう』

 

 

 

 空の青と海の蒼が交わる白の砂浜で、ユウキは涙した。もう2度と歩けないと思っていた体で、やせ細り、チューブと繋がった機械が無ければ生きられなかったはずの自分が、自分の力で太陽に向かって手を伸ばせる事に、涙した。

 

「クーの殺意とキミの殺意は、まるで違う。クーは愛してるんだ。『命』を愛しているんだ」

 

 神様は間違っている。

 だけど、世界は美しい。それは現実世界でも、仮想世界でも変わらない。

 

「神様は間違っている。世界を変えるのは……いつだって『人』の意思だ!」

 

 だから、ユウキは変える。

 世界を変える。運命を変える。その力が彼女にはある。

 1人の、変わろうとしている愛する人の為に、ユウキは有限のカード、その大事な1枚を迷いなく切った。

 

 

 

 

 

 

「マスターコール『ヒースクリフ』! プレイヤーコードの認証を開始!」

 

 

 

 

 

 その叫びと共に、ユウキの周囲を舞うのは無数の青のシステムウインドウ。それらはPoHや異形を押し退けるように旋回する。

 何千、何万桁にも及ぶ、ユウキの脳に圧縮された暗証コードが認識されていく。

 

「生命維持装置1番から3番停止。VR接続リミッターを解除」

 

 システムウインドウが承認した時間は60秒。十分だとユウキは、ようや自分の反応速度が『納得できる』レベルまで思考に追いついたと、久々の解放感を味わう。

 それは皮肉にも真逆。

 クゥリはVR適性が劣等であるが故に、致命的な精神負荷を受容する事で『本来の能力』を発揮できるようになる。

 ユウキは生命の危機があるからこそ、高いVR適性がありながらも接続レベルを下げて『制限』を設けねばならない。

 瞬間、文字通りPoHやナナコの目からユウキの剣が『消える』。次の瞬間には、異形へと多重斬撃が繰り出され、網目のような傷痕が刻まれ、赤黒い光が飛び散る。それでも軽量片手剣であるが故の火力不足のせいか、異形のHPが高過ぎるせいか、撃破されなかったが、もはや動き自体がソードスキルの次元……システムアシストやオーバーアシストの域にあるユウキの斬撃の嵐が異形の両腕を断つ。

 そこで、ようやくナナコが反応を示して闇術を発動させようとし、ウルガンが壁になりながらユウキに迫る。

 1歩。ユウキは歩み出し、馬鹿みたいに容易くウルガンの隣を通り抜ける1歩。その間に繰り出された4つの斬撃、首、腹、右足、左肩を薙ぐ高速斬撃がウルガンより赤黒い光を飛び散らせる。

 それでも、HPがゼロになった瞬間に回復して動き出すウルガンは、ユウキを捉えようとするも、彼の体にいつの間にか突き刺さった無数の針がそれを許さない。

 だったら細切れにするだけだ。ユウキは今までフリーだった左手を……黒銀の手袋に包まれた手を振るう。それと同時に指先に備わった銀装飾が伸びるのは、5指によって操られる糸。

 暗器【暗月の糸】。高いINTとTECが要求される、魔法剣士型のユウキに許された最高難易度とされるワイヤーブレード系暗器の中でも、更に難易度が高いものだ。

 ピアノでも演奏するように、ユウキは何千、何万という練習の果てに学習した暗月の糸を操作するシステムアシストを発動させる指の動きを繊細に行い、糸でウルガンを絡め取る。銀色の光を宿す極細で硬質の糸がウルガンを束縛し、肉に食い込み、ユウキが左手を引き絞って腕を振るえば、HPがどれだけ回復しても意味が無いように、3桁にも及ぶ肉のパーツへと切り分ける。

 赤黒い光を血飛沫のように浴び、ユウキは感慨も無く暗月の糸を振るう。本来、暗器は急所ダメージを除けば火力が乏しい。だが、暗月の糸は純粋な魔法攻撃で斬撃属性を持ち、また鞭のように相手を捕縛する事ができる。それ故の難易度の高さであるが、使いこなせば無双の部類だ。

 暗月の糸が異形を捕縛する。周囲の木々を利用して張り巡らして絡まった糸は簡単には外れない。STR勝負ならばユウキの負けで振り回されるが、周囲の障害物を利用して蜘蛛の巣のように絡ませれば、力負けする事も無く捕らえる事ができる。

 

「チェーングレイヴは全員が暗器使いなんだ。知らなかった?」

 

 糸を切断する。元々魔力を消費して糸を伸ばす為に、切断も自由自在だ。指から切り離せば消失まで10秒と持たないが、異形を10秒間『も』捕らえておけば、ユウキには十分だった。

 ナナコが距離を取るより先に、ユウキが跳ぶ。その喉に膝蹴りを当て、全身を使って頭部を捩じり、そのまま口内に片手剣を突き刺し、斬り裂き、瞬時に伸ばした暗月の糸で首を絡めて近くの枝に吊るし上げる。

 左手でもがくナナコの重量を感じながら、ユウキは悠然と構えるPoHへと片手剣を躍らせる。神速の域に達した剣であるが、PoHはそれを重量のある包丁で捌き続ける。だが、ユウキは包丁の根元に剣を絡ませてPoHの手から弾き飛ばし、その喉へと突きを放つ。

 一瞬だが、PoHの口元が苦々しく歪む。その左手に今まで隠していた、暗い炎を宿した呪術の火を突き出し、黒ずんだ炎を吐き出してユウキの片手剣の突きの軌道を強引に曲げる。その質量が伴ったような大発火は【黒炎】と呼ばれる、闇術系列の呪術だ。使用可能になる条件は闇術と同じであるので、所有者は数えるほどしかいない。

 黒炎によって防がれた突きの中で、PoHはサブウェポンだろう、マントに隠した曲剣を抜く。それはギミックが発動するような駆動音と共に、バタフライナイフのように展開され、曲剣の中でも大型……大曲剣へと姿を変える。

 威力、スタン蓄積、耐久度、いずれも≪曲剣≫のカテゴリーでありながら、通常の曲剣とは正反対の性能を持つ大曲剣は難易度が高い。刀身に紫色の光の回路が帯びた、近未来的な大曲剣から紫電が迸り、ユウキの目を一瞬だけ眩ませる。

 だが、ユウキは紫雷を貫くように、≪片手剣≫の突進系ソードスキル【スターライト】を発動させる。シンプルな片手突きのソードスキルであるが、最大の特徴はプレイヤーの任意によって、命中後にさらに威力強化した突きを追加できる事にある。

 紫雷を帯びた大曲剣と青い光を帯びた黒の片手剣が交差した。ソードスキルのモーションに自分の動きを重ねてブーストさせたユウキのスターライトは、大曲剣の刃がユウキの額を割るよりも前にPoHの右肩に突き刺さり、更にそのままライトエフェクトをまるで大気圏に突入して尾を輝かせる流星のように溢れさせてPoHに潜り込んでいく。

 

「……チッ」

 

 スターライトの突進でそのままPoHの背後まで通り抜けたユウキは、残心するようにソードスキルの硬直を味わう。そして、舌打ちしたPoHの右肩からは、軽量片手剣によって無理矢理その肉が抉り取られ、腕は千切れる寸前になって哀れにもぶら下がるのみとなっていた。咄嗟に左手に大曲剣を持ち替えたらしいPoHは健在だが、欠損ダメージが著しく、そのHPは6割を切り、なおも減り続けている。

 

「あが……あがぁ……!」

 

 HPが赤く点滅し、宙吊りにされたナナコの喉に食い込む暗月の糸は、既に彼女の首を半分まで切断していた。もはや言葉を紡ぐこともできず、ナナコは目を見開いたまま、最期の足掻きを続ける。

 それを何処吹く風で背中で受けながら、PoHは我が身の情けなさを恨むように鼻を鳴らす。

 

「ブランクが長過ぎたか。お前を1人で相手にするのは、今の俺には無理のようだな。クゥリを誑かす雌猫を見逃すのは癪だが……まぁ、良い。しばらくは観客に撤するさ」

 

 潔いまでの、ナナコを助ける気などないPoHは、あろうことか、大曲剣をナナコに投げつけ、彼女の顔面を潰して引導を渡す。HPが完全に失われて四肢から力が抜けた彼女を合図に、暗月の糸が消えて自由になった異形は動きを止める。そして、今度はユウキを襲うのではなく、止血包帯を巻いて右腕を覆ったPoHの馬となるかのように頭を下げ、その背中を明け渡す。

 

(ボスの予想通り、ユニークスキルは『殺害』する事でPKしたプレイヤーに渡る。捕縛して≪死霊術≫の入手経路を正確に割り出してから殺す予定だったけど、これでボスの推測が正しかったことは証明されたかな)

 

 それに、ユウキとしてもナナコをPoHがトドメを刺してくれた事はありがたい。これでマクスウェルにログを確認された際に『どうして捕縛対象を殺した?』と小言を言われないで済む。

 だが、厄介な事に≪死霊術≫はPoHの物になったようだ。

 ここから再戦……という雰囲気は2人の間には無い。

 右腕を失ったとはいえ、異形を支配下に置いたPoH。対するユウキのHPは危険な状態であり、彼女の周囲で舞うシステムウインドウが表示する時間も15秒を切っている。

 状況は僅かに数の利があるPoHの側にあるようにも見えるが、そんなものはユウキの実力ならば覆せる。

 しかし、2人は動かない。互いに睨み合い、最後の言葉を交わすだけだった。

 

「『またな』、宿敵。せいぜい茅場の玩具として踊るが良いさ」

 

「『またね』、怨敵。せいぜい後継者の道具として遊ぶが良いよ」

 

 異形は百足のように足を動かしてPoHと共に去っていく。それは決して追えない速度ではない。だが、ユウキは見送った。見送るしかなかった。

 ブランクが長かったのはお互い様だ。ゼロ秒になってシステムウインドウが全て消失すると同時に、ユウキは膝を突く。その顔が真っ青になり、瞳孔は縮小と拡大を繰り返し、頭の中身が溶解するように熱い。

 

(3回。使えて3回。たったの180秒。それがボクの時間。ボクが全てを出し切れる時間)

 

 体がピクリとも動かない。再稼働した生命維持装置がユウキの脳をシャットダウンしようとしている。

 だが、それでも成さねばならない事がある。ユウキは森の外を目指すべく、歩みを始めた。




次回から、またボス戦に戻ります。
少し時間軸が錯綜しますが、よろしくお願いします。


それでは、180話でまた会いましょう。

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