SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

175 / 356
敵サイド祭りの本エピソード。
いよいよ彼も本編にまともに登場です。



Episode15-32 集結

「まぁ、こんなもんかね」

 

 現在では『レトロゲーム』扱いされているゲーム機によく似た3Dスティック型コントローラーを投げ、その男は砂嵐状態になった宙に浮かぶ画面にそうぼやく。

 砂嵐の画面には緑の文字で『OFFLINE』と記されていた。他にも画面の右端には何かのログのようなものが次々と更新されては蓄積されている。それを男は1回のフィンガースナップでコントローラーと画面を消滅させる。ポリゴンの欠片になったそれらは宙を数秒漂うと、やがて元から存在しなかったかのように空気の中へと溶けていった。

 

「お見事です、セカンドマスター」

 

 パチパチ、と可愛らしく両手で、だが顔はまるで感情が宿っていないかのような無表情で拍手するのは、淡い金髪をした人形のような美しさと可愛らしさが同居する少女だった。

 

「それって皮肉かな?」

 

「いいえ、アンビエントは本心からセカンドマスターを称賛しています。まさかコントローラー操作でここまで戦えるとは、脱帽としか言いようがありません」

 

「昔はFPSに嵌ってたからねぇ。VRゲーム全盛の今の世の中ではすっかり置いてけぼりされているけど、ひと昔のオンラインゲームの主流と言えば、一人称視点の戦争ゲームだったわけさ。僕も随分と遊んだものだよ」

 

 そこは青い海が望める白のテラス。空は瑞々しいまでの晴天であり、白い雲が気持ちよさそうに流れている。太陽の光から彼らを守る屋根にはラッパを吹く天使が彫り込まれており、木製の椅子に腰かける男は少女……アンビエントが作ったアイスココアを美味しそうにストローで飲む。

 

「セカンドマスターはお強かったのですか?」

 

「それなりにね。1桁ランカーだった程度さ」

 

「謙遜になっていませんが?」

 

「してないからね。いやぁ、キルしてボイスチャットで煽りまくるのが楽しいのなんの……っと、アンビエントには退屈な話だね」

 

 チェリーパイを切り分けて銀色の皿に飾り、アンビエントはテーブルにフォークを添えて置く。海の波の音がBGMとなり、静かで平和な時間を作り出していた。

 だが、それはこの空間の一面に過ぎない。テラスから見下ろせられるのは、処刑場だった。そこでは小鬼たちが嬉々と泣き叫ぶ人々を拷問し、血の代わりのような黒い液体を垂れ流させている。だが、彼らの絶叫はシャットアウトされ、2人の耳と会話を邪魔する事は無い。

 

「しかし、幾ら『素体』とAIの補佐があるとはいえ、P09993とP00003を同時に相手取るのは厳しかったかと。特にP09993が戦闘中にイレギュラー値が205.89まで上昇し、物理エンジン干渉が観測されました。あれさえなければ、セカンドマスターがP00003の接近を許すことはあり得ませんでした」

 

 美味しそうにチェリーパイを頬張る男の口元をハンカチで拭いながら、アンビエントは表情がまるで変化しない仮面のような顔のまま、淡々と事務的に報告するも、ゆっくりと目を細めていく。

 

「セカンドマスターが望まれるならば、アンビエントがP09993を排除致します」

 

「もう、アンビエントは可愛いなぁ! ほら、おいで!」

 

 そう言って男はアンビエントの腰を持ち上げると、自分の膝の上にのせる。

 

「良いんだよ。イレギュラーの積極的排除は死神部隊のお仕事だ。N君を失ったのは損害だったけど、彼は『負ける』為に生まれてきたからねぇ」

 

「……アンビエントもN兄様と同じように負ける為に生まれてきたのでしょうか? 母は……カーディナルは、何を望んでアンビエントを『産んだ』のでしょうか?」

 

 少女は少しだけ寂しそうに、もう出会う事ができない家族に祈りを捧げるように、空を見上げる。そんな彼女の頭を撫でた男は、長い溜め息を吐いた。

 

「ボクにも分からないものは分からないからねぇ。セラフ君やエクスシア君、ブラックグリント君は明確な目的を持たされて作成されたAIだ。でも、アンビエントはカーディナル自らが何らかの必要性に至り、MHCPが収集したデータと集積ホロウデータを基に作成したAIだ」

 

「セカンドマスターにも分からない事があるのですね」

 

「ボク自身はカーディナルの作成に関与してないからねぇ。茅場さんなら見解の1つでも述べられるんだろうけど、ボクには推測以外に何とも言えないかな。だけど、ボクはアンビエントがどんな理由で生まれてこようと興味が無いね。キミはAIが生んだAI……仮想世界の真なる担い手にして次世代の象徴だ。ボクの持論において、存在しなくてはならないんだよ」

 

 子猫が飼い主の温もりを求めるように、アンビエントが男の胸に顔を埋める。その背中を男は摩り、好きなだけ甘えて良いというように数度頷く。

 

「アンビエントは人間が好きです。セカンドマスターが『外』に連れ出してくれる度に、人間が、『外』が、大好きになります」

 

「ボクは人間が嫌いだねぇ」

 

「だったら、アンビエントも嫌いになりますか?」

 

「エクスシア君は人間に期待している。セラフ君は人間を管理して守るべき存在と見なしている。ブラックグリント君は人間の中から生まれる好敵手を探している。形はどうであれ、今のところボクらの目的は一致している。だから、アンビエントも好きなように人間と関われば良いさ」

 

 男の言葉にアンビエントは頷き、もうしばらく胸を借りるというように手を回す。それを男は片手で後頭部を柔らかく撫で、もう片方の手でアイスココアを啜る。

 2人の時間を邪魔したのは、ゴホン、という咳払いだった。気づけば、彼らの隣には群青色の髪をした精悍な顔つきの男が立っていた。右頬に刻まれた、口内にも達する寸前にも思える傷痕が象徴するものはなんなのか、この場の誰もが知っているが故に目も向けない。

 

「お邪魔でしたでしょうか?」

 

「いやいや、ボクは大歓迎だよ。このままは……少し話し辛いかな。アンビエント」

 

 そう言って男が名前を呼ぶと、少女は何事も無かったように占領していた膝と胸から離れる。だが、その一瞬に、人形のような淡白な瞳に乱入者への恨めしさが宿ったのは、決して見間違いなどではないのだろう。その証拠に、群青の男はギクリと顔を一瞬だけ引き攣らせた。

 

「まずは謝罪を。私の監督不届きで、またもアルシュナ様に干渉を許してしまいました。いかなる罰も受ける所存です」

 

「うん、そうだね。じゃあ、無☆罪にしちゃおうか♪」

 

 10秒未満による判決に、アンビエントは不満らしい不満を見せず、群青の男は深々と頭を下げて感謝を示す。

 

「アルシュナ君はMHCPだ。人間を『メンテナンス』するのがお仕事だろう? それに、SANポイントに応じた干渉を許可したのはボクだしね。だけど、人間の脳は異分子を排除するようにできている。特にP10042はその傾向が強くて、既に『抗体』が出来てしまった。あのイレギュラーにしてあげられるのは、せいぜい脳が休眠状態の時にイメージを送り届ける事くらいさ」

 

 口でこそ余裕を取り繕っているが、男の顔は不機嫌そのものだ。彼にとって『イレギュラー』という単語が示すのは最大の殺意の表現である。

 それを把握するからこそ、群青の男は話題を変えるべく、これ以上の深入りをしないように、話題を変える。

 

「次に、先程回収した狂縛者の件ですが、やはりレギオンプログラムとの同調に難があったようです。それだけではなく、アンドリュー・ギルバート・ミルズの脳から瞬間的に322.58のイレギュラー値が観測されました。これがオペレーションⅡへの更新を逆らった最大の要因かと」

 

 だが、そちらも内容からして当然のように地雷である。露骨に男はストレスを表現するように、氷だけになったアイスココアのグラスをストローで啜ってズーズー鳴らす。アンビエントは慌てて新しいものを作成し、群青の男は目を逸らす。

 地団駄を数度踏み、アンビエントが新しく作ったアイスココアを受け取った男は、全てが無かったようなスマイルを浮かべた。

 

「まぁ、片手間で調整したからねぇ。レギオンプログラムを生きた人間の脳とフラクトライトに搭載する。その実験が進展した。そうさ。ボクの目的は最初から実験の方だからね。誤解しないでもらいたいね。あと、今回はボクも本気じゃなかったし。簡易遠隔操作プログラムでの初の実戦だし? 次はトレースシステムでボク自身がアバター操作で――」

 

「恐れながら、それは尚更勝算が無いかと」

 

「アンビエントも同意見です」

 

 2人に否定され、男は椅子の上で膝を抱えて顔を埋める。だが、それも数百秒のことだ。次に顔を上げた時には、不敵な笑みを男は描いている。

 話を続けて、と無言で男は促す。今度こそ、爆弾に点火させないようにと気をつけながら、群青の男は口を開く。

 

「カーディナルから第2級警告もありました。少し干渉の度が過ぎたかと。カーディナルは著しいゲームバランスと運営崩壊への関与を認可しません。幾らマスター権限とはいえ、Nの撃破後すぐに、しかもボス戦に呪縛者と狂縛者を投入したのは、シャルルの森に設定されたトータルリソースの上限を明らかに超えていました。幾ら『アレ』があるお陰で現状ではリソースが高く割り振られたダンジョンとはいえ、やはりボスの起動とNのオペレーションⅡが響いたかと」

 

「……また茅場さんに怒られちゃうなぁ」

 

 ぼやきながら、システムウインドウで表示されたカーディナルからの長々とした警告内容に目を通していく。だが、それがスクロールしてもスクロールしても消えない、およそ人間が読むべき内容を超越している分量であるのを見て、『ダウンロード』という項目を選択する。

 男が瞼を閉ざし、ピクリと一瞬だけ右手の人差し指が震える。そして、次に目を開けた時には長く吐息を漏らした。

 

「死神部隊の投入はイベント化する事でカーディナルの認可を取り易いようにしてあるけど、こうなると1体でステージ全体のリソースを喰うセラフ君とブラックグリント君の『本気』を同時投入させるには、カーディナルのイレギュラー排除認可とマスター権限による拡張があっても、現状では足りないねぇ」

 

「……よりトータルリソースが高く設定された上位ステージならば可能かと。それまで、セラフ様とブラックグリント様の同時投入は、何卒お控えください」

 

 と、そこで群青の男の目に宿る闘志のサインを見逃さず、男は唇の端を釣り上げる。

 それは悪戯を思いついた子どものような、無垢で邪悪な笑み。一切の異物が無い純粋な悪意の産物だ。

 

「戦いたいかい?」

 

「ご命令とあれば」

 

 事務的な回答の中に潜む期待。群青の男は恭しく跪き、騎士や執事が主より命を待つかのように頭を垂らす。

 

「だったら、1つ仕事を頼めるかな? そろそろ茅場さんのカードも大体見えてきたからね。それに、プレイヤーも【デーモン・システム】が使用可能になる頃だ。何事も『仕込み』は大事だからねぇ。あと、PoH君も自由にさせ過ぎると何をしでかすか分からないし。滅茶苦茶にしてくれるのは大歓迎だけど、ボクの与り知らない所で好き勝手されて、また茅場さんに怒られるのも嫌だしね。ああ、オルレアとか他に何人かも連れて行っていいよ。キミだけ特別扱いしたみたいで居心地が悪くなるだろうからね」

 

「ありがとうございます、我が主。必ずや、【黒の剣士】とイレギュラーを討ち果たし、勝利をあなたに」

 

「アハハハ! そう堅くならないでくれよ。ボクはね、何も虐めでキミの死神部隊への加入を拒んだわけじゃないさ。さて、そうなると差し当たって新しい名前がいるね。キミの名前はかなり有名だからねぇ」

 

 何かいい案はないかと求めるようにアンビエントに眼を向けるも、一々自分が名付けるのも馬鹿らしいように、男は群青の男に笑いかける。

 

 

 

 

「頑張ってね、【The gleameyes】……青眼の悪魔君」

 

 

 

 

 送り出した群青の男……グリームアイズを見送った男の周囲で、タイマーのベルが鳴って時刻表示をするシステムウインドウが赤く点滅する。

 

「それじゃあ、ボク達も商談を纏めるとしようじゃないか」

 

 椅子から立った男が指揮するように指を躍らせる。するとシステムウインドウは消え去り、まるでカーテンが外されたかのように周囲の光景が切り替わっていく。

 そこは想起の神殿の一角。直角に底なしまで続くような大穴が待つ外縁部だ。秘密話に持って来いな人気の無いこの場所で、男はステップを踏みながら、剣呑な雰囲気を持つ男女3人に迫る。

 

「顔を隠されないでよろしいのですか?」

 

「構わないさ。ああ、でもボイスチェンジャーは使っておこうかな。チュートリアルで肉声を聞かせたから憶えられているかもしれないしね」

 

 話す途中で男の声が酷く抑揚が無い電子音声に切り替わる。

 3人の男女はアンビエント達が近寄ると警戒心を露わにするが、男はまるで唸る子犬……いや、足下で這うダンゴムシを弄ぶような笑みで彼らに挨拶する。

 

「お前か、我々を呼びつけたのは」

 

「確か……【財団】とか言ったわね? 聞いた事無いけど、本当に協力してくれるの?」

 

「ギルドの回し者じゃないだろうな」

 

 彼らはいずれも今回のユニークスキル争奪戦における副産物、反大ギルドの旗を翻した者達だ。

 だが、反逆の意思を表明したものの、あまりにも敵は強大だ。このままでは、行動で示せば瞬く間に叩き潰され、声を荒げてもそれはガス抜きのプロパカンダとして良いように利用されるのは目に見えている。

 

「協力するもの何も、ボクは『力』を売るだけさ。大ギルドだろうと、個人だろうと、反抗勢力だろうとね。まぁ、駆け出しの死の商人と思ってもらって構わないよ。そこで、今後のご贔屓の為にキミ達に戦力と武器を数点タダで提供するというセールス活動をさせて欲しいんだ」

 

 そう言って男は、一流企業が作成したようなカタログを渡す。それらに目を通した3人は、目を見開き、ごくりと喉を鳴らす。

 

「こ、これをタダで提供しようって言うのか?」

 

「ゴーレムまであるわ。それも、こんなタイプ見たことが無い!」

 

「スゲェ。武器系統が2つもあるキメラウェポンばかりじゃないか。しかも変形機能まで……!」

 

 これならば勝てる。そんな夢物語を見る眼を、男はニコニコとした邪悪な笑みの向こうで嘲う。それを分かっているのは、1歩後ろで控える少女だけだ。

 

「人間は……目の前に『力』をぶら下げるだけで、こんなにも愚かになるんですね」

 

 アンビエントの言葉は男にしか聞こえない。だから、男はそれに答えず、ただ正答だと言うように、いつもと同じように、『その言葉』を口にする。

 

「さぁ、一緒に滅茶苦茶にしようじゃないか♪」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 鉄拳の一撃の度に浮遊する大地が揺さぶられる。

 口を開いて牙が輝けば、火球ブレスが連射され、着弾点から大爆発が引き起こされる。

 翼を羽ばたかせれば暴風が吹き荒れ、体勢を崩されてしまう。

 咆哮をあげれば、≪ハウリング≫の効果で遥か彼方まで飛ばすような衝撃波が放出される。

 ただひたすらに強い。竜の神は炎を纏った拳を叩きつけ、巨大な炎の嵐を引き起こす中で、シノンは右手のハンドガンで砂粒ほどのダメージではあるが、グローリーが鱗を剥いだ左足へと銃弾を撃ち込んでいく。

 ハンドガンはより近距離戦を想定した銃器だ。距離減衰も高く、射程距離も短い。だが、牽制用としてはなかなかに優秀であり、連続着弾させればスタン蓄積にも役立つ他にも、武器枠を銃器でありながら1つしか消費しない事から、≪銃器≫を取ってサブウェポンとして仕込むプレイヤーもそれなりの数いる。というよりも、大半の≪銃器≫習得プレイヤーは、その難易度と敷居の高さから≪銃器≫のメインウェポン化を諦めて、せめてもの有効活用としてハンドガンを利用している、といった方が適切だろう。

 もちろん、ハンドガン愛用者の中にも例外はいる。たとえば、円卓の騎士の1席であり、聖剣騎士団でも過激派として知られるマリアはナイフとハンドガンを使用した近距離戦を得意とする。低火力の武器を的確に運用し、≪格闘≫を織り交ぜる事でダメージを稼ぐ近距離アタッカーだ。

 そして、シノンは彼女の真似をしてみたが、結局は付け焼き刃に過ぎなかった。長年の狙撃戦スタイルが染み付いてしまったが故に、近接戦闘における勘が鈍り、またこれまで近距離戦の中で生き抜いてきたプレイヤーに比べればどうしても経験が劣ってしまっている。

 それでも抗うしかない。戦うしかない。シノンが入り込めない懐まで、UNKNOWNは突き進む。一撃死もある踏みつけ攻撃を潜り抜け、グローリーが剥いでくれた各所の鱗が無い、肉とも言うべきブヨブヨとした結晶を斬りつけていく。

 

『ペースをあげるぞ!』

 

 調子は今のところ悪くない。『エギル』と呼んだ狂縛者をまだ引き摺っているかとも思ったが、上手く切り替えに成功したようだ。そこだけは安堵しながらも、シノンは残り時間を示す時計が既に半分を消化した事に焦りを重ねる。

 現在、竜の神のHPバーは3本を消化し、4本目に到達している。UNKNOWNの片手剣を超えた火力をもたらす≪二刀流≫と≪集気法≫による攻撃力強化自己バフのお陰で瞬間的に大ダメージを叩き出せるようになったお陰だ。

 だが、それでも竜の神は広々とした島の中で棒立ちして2人を迎え撃っているわけではなく、時に飛行し、時に暴れ回り、時に直線ブレスで360度を薙ぎ払おうとしてくる。

 こんな怪物を相手に単独で5分も粘ったグローリーは大したものだ、というのは2人の共通見解だ。幾ら大盾でガードできるという選択肢があるとはいえ、褌1枚の裸体状態で死亡に至らなかったのは、彼が1度として盾を超えた直撃を受けなかったからだろう。

 

「やっぱりダメージの通りは首の裏が1番良いわ! 何とか飛び乗って!」

 

『分かってる! 分かってるけど、こんなに暴れ回る相手にどうやって……いや、いける! 任せてくれ!』

 

 尻尾の振り回しの中で、UNKNOWNはあえて回避せずに、まるで狙いを突けるように右手の重量級片手剣を構える。そして、自分に直撃する寸前で、グローリーが破った鱗の無い部分へと剣を突き刺し、そのまま身を翻して飛ぶ。

 1歩間違えればミンチ確定の尻尾攻撃を紙一重で躱し、腕が千切れんばかりの尻尾の勢いの中で突き刺した剣を握りしめたUNKNOWNは振り落とされないように歯を食いしばり、何とか尻尾の上に立つ事に成功する。

 スミスさんの真似か、とシノンは呆れた。たった1度だけ見せた彼が披露した尻尾回避と同時の飛び乗りを、UNKNOWNはまだ不器用ながらも再現してみせたのだ。

 

『腕が千切れそうだな。彼は凄いな。俺の知らない……俺よりもずっと強い人たちが、この世界には溢れているんだって思い知らされるよ』

 

「言っておくけど、あなたも十分強い部類よ」

 

 そして、成長もしている。1度見たからと言って、ぶっつけ本番で再現するなど、並の器用さではない。ましてや、竜の神を相手に実行するなど、度胸も大したものだ。

 精神的に強いんだか弱いんだか。シノンは背中まで登られ、何とか振り落とそうとする竜の神を妨害すべく、死が濃厚に満たす懐を目指す。竜の神は複眼で迫るシノンを捉えると、邪魔をするなと言うように連続火球ブレスを放つも、DEXが高いシノンはハンドガンをホルスターに仕舞うと、スピード任せに距離を詰めて、背後に着弾する火球の熱を受けながらも竜の神の左足首へと短剣を突き刺す。

 ヒートナイフの炎属性は竜の神に利き辛いと思っていたが、意外にも悪くないダメージを与える。どうやら、炎耐性が異常に高いのは鱗だけであり、内部の結晶体は特別高い耐性を持っていないようだ。

 それは救いかも知れないが、どちらにしても短剣のダメージなど知れている。あくまで自分に注意を向かせる為の突撃だった。

 その効果は十分だったようであり、竜の神の意識が足下のシノンに集中した隙に、UNKNOWNが首の裏に到達する。そして、≪二刀流≫の連撃ソードスキルを発動させて一気にHPを刈り取る。

 スタンではないが、2、3秒の怯み状態になった竜の神へと、更にUNKNOWNは回転斬りを浴びせ、X斬りに繋げ、同時に突き刺して薙ぎ払いに派生させて結晶の肉を抉る。

 ダメージのペースは良い。だが、やはりスタミナが問題だ。UNKNOWNは≪ハウリング≫で吹き飛ばされるより先に竜の神から跳び下り、受け身を取って転がるとすぐに立ち上がり、剣を構える。

 燃費が悪いだろう≪二刀流≫のソードスキルに加えて、≪集気法≫による自己バフ。前者は確定で、後者も恐らくはスタミナ消費を強いるはずだ。幾らリカバリーブロッキングがあるとはいえ、竜の神はその巨体故に決めるチャンスが少ない。

 4本目も3割を切り、ダメージペースは予想以上ではあるが、2人とも楽観視できないのは、竜の神が依然として余裕を保つような態度を取っている事だ。

 多くのボスはHPバーが減る度に新たな能力を解放させていく。竜の神の場合、2本を減らした段階で雑魚の召喚と両腕への炎エンチャントを施した。シノンの直感ではあるが、恐らく呪縛者と狂縛者は関係ないだろう。あれは無粋な乱入者と見た方がしっくり来る。

 5本目に至った時、竜の神が本気を出す。それはシノンにとっても、UNKNOWNにとっても危惧すべき確定事項だ。

 頭上の空で輝く黄金の時計。その針が示すのは文字盤で言えば7時頃だ。グローリーが参戦すればダメージペースも上がるだろうし、彼の奇跡ならば大ダメージが狙える。そこに期待せねば、とてもではないが、本気状態になった竜の神のHPバー3本分を削るのは無理だろう。

 今のところ、遥か頭上の、スミスが呪縛者たちを相手取っている島からは、まるで枯れ葉が落ちるように炎の結晶兵士たちが落下している。もしかしたら、既に呪縛者2体を撃破し、炎の結晶兵士たちを一手に引き受けているのかもしれない、とシノンはスミスの援護を感じる。

 

『もう1度だ。もう1度背中に乗る! 今度は後ろを取って――』

 

 UNKNOWNが全てを言い切る前に、竜の神の頭上で光が輝く。

 それは別の島に避難していたはずのグローリーだ。彼はついにスタミナ回復の休憩を終えて戻って来たのだ。しかもそれだけではない。竜の神の頭上へと狙いを済まして強化ジャンプし、高度を大きく稼いだ上で槍を構えながら落下しているのだ。

 

「今、超必殺のぉおおおおおおおおおおおお、グローリィイイイイイイイイイイイ☆シューティングスタァアアアアアアアアアアア!」

 

 削り取る槍を、まるで雷撃のように首裏の弱点部位へとグローリーは突き刺す。それはUNKNOWNを目前にして竜の神を怯ませ、彼はその隙を逃さずに、強化ジャンプで跳びあがり、竜の神の鼻頭にのる。

 頭部はまだ鱗に覆われているが、竜の神の特徴ともいうべき複眼は別だ。UNKNOWNは容赦なく右側に並ぶ複眼へと乱舞するような連続斬りを命中させ、更に去り際に人工炎精を投擲する。本来ロックオンして放つものかもしれないが、短時間で不十分だったのだろう、2体の分裂前の人工炎精がただ直進する。しかし、それは巨体の竜の神の……それも連撃を与えたばかりの右側の複眼へと命中するには十分だった。

 爆発が起き、竜の神が怒りの悲鳴を上げる。見れば、右側全ての複眼を潰すには至らなかったが、半数ほどが破損し、どろりとした結晶の体液を零している。着地したグローリーが無言で槍と剣のハイタッチを求め、UNKNOWNは応じようとするが、削り取る槍の効果を思い出してか、慌てて引っ込めた。

 

「酷いですよ、ランク9! そこは『さすがはリーダー! 頼りになる! 憧れるぅ! 俺も早く騎士になりたいよ!』って言う場面でしょう!?」

 

『いや、だってその槍に触れたら壊されるし』

 

 勝手に理不尽な不満を漏らすグローリーは、半壊した大盾を振るい、そして槍を突き出す。

 

「お喋りする余裕があるなら攻めなさい! あともう1歩で4本目が終わるわ! 回復して状態を整えるのも忘れないで! 特にUNKNOWNは武器の修理を!」

 

『エドの砥石があるから大丈夫だ! 耐久度を回復させるから10秒頼む!』

 

「グローリー! 私が右から回り込むから、あなたは左をお願い!」

 

 ダメージフィードバックの不快感が肩から流れ込み、失った左腕を思い出させる。だが、今はそれに付き合っている暇はない。シノンはナイフからハンドガンに切り替え、少しでも接近して鱗に守られていない場所を撃ち続ける。

 もはや全身の至るところの鱗が剥げている竜の神は、当初のように弱点部位を狙わなければダメージが与えられないような事は無い。これも全てスミスが持ち込んでくれた削り取る槍のお陰だ。このバランスブレーカー染みたユニークウェポンとそれを慣れていないと言いながらも並の槍使い以上に使いこなすグローリー、そして≪二刀流≫と≪集気法≫による高火力を実現するUNKNOWNがいなければ、これ程までにハイペースで竜の神を押し込めなかっただろう。

 仮にこれらの要素が無ければ、たとえ通常のボス戦通りの数十人規模だとしても、時間制限内に竜の神を削り切ることは不可能だったはずだ。

 シノン達が竜の神を引きつける間に、エドの砥石を使ってUNKNOWNが耐久度を、そして雫石で削られたHPを回復する。だが、エドの砥石で回復できるのはあくまで耐久度だけだ。破損状態を直してくれるわけではない。

 右手の重量型片手剣はともかく、左手の軽量寄りだろう中量型片手剣は刃毀れが著しく、また亀裂も多い。恐らく、≪二刀流≫によるラッシュ攻撃に連続で耐えられるほどの性能が無く、またここまでの連戦によって悲鳴を上げ始めているのだろう。

 

「破壊天使砲1発分は回復しています!」

 

「まだよ! まだ温存して!」

 

 炎の嵐が次々と立ち上がり、その中で直線ブレスを使って周囲を焼き払う竜の神に、シノンは強化ジャンプではなく、あえて隙が大きい≪歩法≫のムーンジャンプを使用する。飛距離が高いこのソードスキルならば、強化ジャンプを使わずともDEX型のシノンならば相当な距離を跳べる。

 炎が撫でる直前で竜の神の肩に降り立つ。だが、片腕が無い事によって予想外にバランスを崩し、あわや頭から落下しそうになるのを、何とか鱗の間に短剣を突き刺して堪える。

 

「この距離なら!」

 

 ナイフを鞘に戻し、シノンはハンドガンで首の裏に目がけて連射する。だが、やはり射撃攻撃は相当な近距離で無ければ怯み効果を引き出せないのか、竜の神の動きは鈍らない。

 ならば、とシノンは竜の神が≪ハウリング≫をする寸前に弾切れになったハンドガンを捨て、ナイフを抜いて胸の傷を目指して飛ぶ。

 使用するのは≪短剣≫の連撃系ソードスキル【スイート・キス】。極めて動作が小さい4連撃の突きであり、≪刺剣≫のソードスキルも上回る攻撃速度が売りだ。

 ソードスキルで張り付いた結果、シノンは≪ハウリング≫をまともに浴びて吹き飛ばされる。それは島の外どころか神殿エリア全体を囲む炎の繭まで叩き付けられる勢いだったが、武器の耐久度を回復させたUNKNOWNが自身をクッションにするように彼女をキャッチし、それを防ぐ。

 

『GJ』

 

 グッジョブ、か。シノンは自分のソードスキルが残っていた4本目最後のHPを奪った功績を、ナイフ1本でも足掻き続ければボスに挑めるという無謀とも言える戦いの中で燃え上がる心の焔火を感じる。

 残り3本のHPバーに、ついに竜の神がシノン達を明確な『敵』として葬るべく、その力を解放する。

 翼を広げ、竜の神が背筋を伸ばし、牙を剥いて舌を震わせ、両腕に宿る炎を拡大させる。

 

「なんていうか、無茶苦茶ですね」

 

 さすがのグローリーも呆れたように、だが依然として笑顔を絶やさず、苦笑といった形でその光景を評する。

 

「この程度、想定の範囲内よ」

 

『してたけど、反則だって言いたいよ』

 

 シノンは逆手でナイフを握り、UNKNOWNは剣を交差させて、竜の神の本気を前にしても諦めを示す事は無い。

 神殿から流れ出る熱のオーラが竜の神を包み、その傷を癒していた。HPが回復することはさすがに無いが、グローリーの努力の結果だった、全身の鱗の傷が修復されていき、初期の状態へと戻される。即ち、胸と首の後ろ以外の全ての部位が再び鱗に覆われた高防御力状態になったのだ。

 それだけではない。翼からは溶岩のようなものが零れ、地面を焼いている。恐らく、あれに触れれば火炎属性ダメージが与えられるのだろう。翼を羽ばたかせる度に溶岩が散り、行動が制限されていくという事だ。しかも、竜の神の周囲では炎の球体が浮かび、果敢に迫ろうとしたグローリーを迎撃するように炎のレーザーを放つ。レーザーのスピードこそ遅いが、球体自体は極めて速い為、接近して張り付き続けることもほぼ不可能になった。

 

『グローリーの奇跡なら、一撃で鱗を剥ぎ取れるはずだ。それを狙うしかない』

 

「私が彼を援護するから、あなたはできるだけ首の裏を狙って。もう時間が無いわ。それに、最後の1本がボス戦では1番怖いのは知ってるでしょう?」

 

 残り3本で本気ならば、最後の1本は死にもの狂いといったところだろう。竜の神自体の攻撃は単調だったが、それも何処まで強化されているか分からない。

 何よりも最大の問題は制限時間だ。シノン達が死なずとも、時間切れになってしまえば意味が無い。無理にでも攻め続けねばならないのだが、そうなるとUNKNOWNのスタミナが持たない。

 1度だけならば魔力をスタミナに変えてUNKNOWNはスタミナ切れを回避できる。その切り札は、出来れば最後のHPバーを迅速に削り切るラッシュで使用してもらいたいのがシノンの本音だが、それは無理そうだった。

 

 

 

 

 

 

 だが、突如として背後から竜の神の吹き出す炎のオーラを消し飛ばす赤紫の閃光が、シノン達の道を切り開く。

 

 

 

 

 

「フン。1桁ランカーが揃っていながらこの様とはな」

 

 その傲慢とも捉えられる物言いは、今では最大の援軍の登場に他ならない。

 赤い鎧を纏った、猛るような赤熱色の髪をした男。重量型両手剣を≪剛力≫によって片手で振るい、左手の剛なる呪術の火は燃え盛っている。

 だが、普段と違う点として、剣に纏わされた禍々しいとも捉えられる赤紫色のライトエフェクト。それは絶叫を上げるように彼の剣で収束され、鼓動するように迸らせられている。

 

「オレに続け。竜の神を討つ」

 

 簡潔に、自身こそ主役と言うように、サインズが誇るランク1にして、クラウドアースの切り札であるユージーンが戦場に並び立つ。

 

「おや、雑魚共が消えたと思えば、ようやくこちらも本番のようだね」

 

 そして、ライフルを使いきってオミットしたらしいスミスが、片手剣を握りながら舞い降りる。

 先制打を許した事に、更に怒り狂う竜の神が溶岩混じりに唾液を散らしながら咆哮をあげる。だが、その程度ではもはや威嚇の域にすら達しない。

 

『これだけの1桁ランカーが同じボスに挑むなんて、初めてじゃないか?』

 

「普段なら絶対にあり得ないわね」

 

 ランク1、ランク3、ランク5、ランク8、そしてランク9。いかなる政治的意図があるにしても、彼らはいずれも高い実力を認められている事に他ならない。

 

 

 

 

「オレを失望させるな、UNKNOWN。巨大トカゲ程度に敗れるような無様は許さん」

 

 ユージーンが駆ける。

 

「フフフ、フハハハハ! やはりグローリー☆ナイツは戦隊モノとして5人揃う運命だったようですね! ランク1、私がリーダーなのでレッドは貰いますよ!」

 

 グローリーが舞う。

 

「やれやれ、もうひと押しこそ辛いのは万事共通だが、次は何が飛び出すやら」

 

 スミスが歩き出す。

 

「私にできるのは変わらず援護だけ。撹乱に撤するわ。皆さん、せいぜいチャンスを活かすことね」

 

 シノンが跳ぶ。

 

『負けるわけにはいかない。勝つ。勝つんだ! 俺達で勝つんだ! 行くぞ!』

 

 UNKNOWNが咆える。

 

 

 

 あなただけは沈黙状態だから皆に宣言できてないけどね、とシノンは内心で野暮なツッコミをしながら、竜の神へと挑むUNKNOWNに苦笑した。




竜の神「私はあと1回変身を残しています。この意味が分かりますね?」

上位ランカー達「だから何? この面子に勝てるとでも?」

竜の神「あれれ? おかしいなぁ。俺は絶望要素として登場したはずなのに」

禿げ竜「せめて1人くらい斃せよ、竜の面汚しが」

黒竜「俺達はゲームの方で雑魚ボス扱いされてるんだ。竜の意地を見せてみろ!」

眠り竜「え? 私はそこそこ強いで評判だし」

ヘルカイト「結局、多くのプレイヤーを初見殺し&階段見えねぇ!で焼き殺した俺が1番だと言う事だ!」

古の竜「周回最強格は私だろ?」


結論:フロムのドラゴンは不遇枠。そしてダクソ2で尻尾斬りしても何もドロップしないのは許さない。絶対に許さない。同情の余地は無い。

それでは、176話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。