SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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筆者とNさんのファーストコンタクト

いきなり死神登場で筆者がパニック状態でレザブレ二刀流を振るったら溶けてサブクエの♪が聞こえた。切なさが胸にこみ上げた。


Episode15-25 28人目

 レギオン戦では思わぬ消耗が強いられたが、残弾数にはまだ余裕がある。スミスは煙草替わりの小枝を咥えながら、オートリロード分も含めて装弾を終えたライフルを抱え、静かに揺れる焚火を見つめながら耳を澄まして周囲の警戒を続ける。

 この焚火は夜盗の火打石で着火させたものなので視認距離は短いが、あのレギオンというモンスターのような、プレイヤー抹殺を想定したモンスターが導入されている現状では油断できない。

 

(夜明けまではまだまだ時間がある。今日は徹夜で見張りだな。グローリーくんは信用できないし、ユウキくんは結局のところ友軍ではない。シノンくんやUNKNOWNくんはそもそも敵陣営だから論外だ)

 

 やはりソロの方が気楽かつ安全だ。仲間がいる方が命の心配をしないといけないとは、随分と愉快な展開である。スミスは串焼きの魚を食い千切りながら、さっさとこんな面倒な依頼は終わらせて、酒場でアルコールを傾けたいと切に望む。

 

「へぇ、クーってそんなに人見知りだったの?」

 

「今では随分とマシになったけど、出会った頃なんて私よりも酷いコミュ障だったわね。話す度に呂律が回って無かったわ」

 

 そして、スミスの眼前ではガールズトーク、もといユウキの取り込みにかかったシノンが昔話で他人のプライバシーを明かしている。

 哀れと言うべきか、因縁を広げ過ぎて自業自得と言うべきか。どちらにしても、この場にはいない白髪の傭兵が、自分の知らない場所で痴態込みの諸々の情報が好意を抱いてくれている女子に流れている現状に、スミスは1人の男として憐憫という感情を持たずにはいられない。

 情報は武器だ。それはあらゆる事柄に通じる概念である。戦争も、経済も、人間関係も、全てはいかに情報の質と量が備わっているかにかかっている。

 

「ふむ、スミス。どう思います?」

 

「何がだね?」

 

 そして、この男はまた唐突にどんな話を振る気だろうか。幾度となくユウキに制止された結果、スミスはグローリーに話しかけられた段階でライフルから意識を外す。そうでもしなければ、躊躇なくこの男の顔面に連射をぶち込み、マチェットで刻んで魚の餌にしないと気が済まない程度にはフラストレーションが溜まっている。

 

「お互い腹を割って話しましょう。どちらが好みです?」

 

 ああ、そういう話か。ぼそぼそと小声で尋ねられ、スミスは僅かに安堵する。状況的には呑気過ぎる話題ではあるが、それでもストレスゲージが限界突破をするような馬鹿の3乗ほどのグローリーワールドトークを振られるよりかはマシだった。

 

「気まぐれクールビューティ山猫ガールのランク3。可愛くて元気系だけどダークさを持つユウキさん。どちらが好みなんですか?」

 

「キミは彼女の恋を応援するのではなかったのかね?」

 

「それとこれは別です。それにスミスが怖い顔をしているから、こうして緊張を解せるようなテーマで語らおうと思ったんですよ。騎士として。騎士として! 騎 士 と し て !」

 

 仮に怖い顔をしているならば、それは9割9分の比率でこの男が原因だろう。スミスは自分の手が危うくマチェットを抜きかけている事に気づき、深呼吸を挟む。短気な性分ではないつもりだが、この男を前にすると堪忍袋が猛烈な勢いで膨張する。何となくだが、彼が何故に聖剣騎士団から去った……いや、『隔離された』のか、理解できてしまったような気がしたスミスだった。

 

「シノンくんもユウキくんも、私の好みではないな。上半身の特定の部位が不足している」

 

「つまり、スミスはおっぱい星人であると?」

 

「男として当たり前だよ。そういうグローリーくんはどうなのかな?」

 

「無論、死ぬまでおっぱい道を歩む所存です。個人的にはメロン派ですね。たゆんたゆん万歳ですよ」

 

 ようやくキミと分かり合えた気がするよ。スミスは初めてグローリーに対して好意的に笑む。

 だが、そんなスミスの隣で、女子2人から逃げてきたらしいUNKNOWNが加わる。

 

〈その話、詳しく頼む〉

 

 簡素なインスタントメッセージが送られ、スミスは何事かと思えば、UNKNOWNが仮面越しで気迫に満ちた眼差しを向けている事を察する。

 幾ら小声とはいえ、女子の前で胸の談義は破廉恥過ぎたか。スミスは勝手にそう合点するも、どうにもUNKNOWNの様子からして違うらしい。

 

〈あなた達はきょにゅう派なのか?〉

 

 何故かひらがなで問われ、スミスはどういう意図があるのだろうかと悩みながら、猥談1つに裏を巡る駆け引きもあるまい、と数秒の後に判断する。

 

「私は巨乳派だ。グローリーくんも同類のようだね。UNKNOWNくんも仲間かな?」

 

「ふふふ、馬鹿な事を言わないで下さいよ。ランク9は最強の傭兵筆頭ですよ? もちろん巨乳派に決まってるじゃないですか! 騎士として、キミがおっぱい道の探究者だと事はすぐに分かりましたよ」

 

 少しでも仲間意識を作って警戒心を解こうという腹か? そんなどうでも良い推測を弄んでいたスミスだが、途端にUNKNOWNが頭を抱えて転げ回るとなれば話は別である。

 これにはシノンもユウキも驚いたようであり、スミス達に疑惑の視線を向ける。だが、彼は迅速にグローリーの手をつかんでホールドアップして無実を主張する。

 芋虫のように腰を動かしたかと思えば、俎板の上で跳ねる鯉のようになり、首をぐるぐる回し、ラジオ体操を踊り出し、シャチホコのようなポーズを取って数度痙攣したかと思えば、バタンとうつ伏せになってUNKNOWNは動かなくなる。

 

「だ、大丈夫かね?」

 

 さすがに死んだわけではないだろう。スミスが尋ねると、UNKNOWNは清々しい朝を迎えたかのように起立し、スミスへとインスタントメールを送信する。

 

〈ありがとう、2人とも。ようやく『封印』が解けたよ。同志がいる。そうさ。俺は独りじゃない〉

 

 何か感動しているようだが、今の流れの何処にそんな要素があっただろうか? もしや、UNKNOWNもグローリーと同類なのだろうか? 増々以ってスミスは傭兵業界の混沌模様に眩暈がする。自分も決して常人の類ではないと自覚しているが、違う方向でネジが飛んでいる連中が多過ぎるような気がしてならなかった。

 

「とりあえず、キミ達はさっさと寝たまえ。私は夜通しで見張りをする」

 

「おじさん1人で? ボクも手伝うよ。アリーヤとアリシアは鼻が利くから見張りにも役立つし!」

 

「私も眠れないから起きておくわ。それにユウキちゃんにも『色々』と話し足りてないからね」

 

「私は1度寝たら目覚めませんから、スミスに付き合うとしましょう!」

 

〈俺も起きてるよ。もう少し『さっき』の話をしたいしさ。今度は封印されないように自我を保てる秘訣があるかもしれない!〉

 

 助けてくれ、クゥリくん。私とキミならば、以心伝心でローテーションを組んで無言の夜番に入り、心地良い沈黙が訪れるというのに! スミスは頬をヒクヒクさせ、やがて観念したように長い吐息を漏らした。

 シャルルの森の北側にいるのはほぼ確定だとは思うが、できれば明日には合流したいものだ。スミスは自分の策で遠ざけたはずのクゥリを早く迎えたくて仕方が無かった。

 

 それはまだ夜が明ける前の一幕である。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 曰く、狙われたプレイヤーで生き残った者はいない。

 曰く、あまりの強さに生存者……もとい目撃者も心が折れて戦線復帰できなくなる。

 曰く、神出鬼没であり、分かっているのは強さだけ。

 死神部隊。それはDBOにおける都市伝説の類の1つであり、プレイヤーの間で広まっている『死』と同義の存在。

 実在を疑う者も数多くいるが、オレは肯定派の1人だった。別に裏付けとして確固たる証拠をつかんでいたとかではなく、何となくぼんやりと『いた方が面白そうだ』程度に考えていた。

 目の前で槍を振るい、開戦を宣言するように死神部隊【N】が突貫し、オレはDBOの都市伝説を迎え撃つ。

 実在はした。ならば、後は噂以下か、同等か、それ以上か。重要なのはその1点のみ! オレは灰払いの剣を右手に、Nのリーチの長い槍の連撃を躱し、その懐に潜り込もうとする。

 だが、それが出来ない。Nは槍衾を思わせる高速の突きを繰り出す。それはいずれもオレの回避へと正確に追尾し続け、踏み込む為の隙が無い。しかも僅かでも間合いに入り込めそうになると、即座に左手の片手剣を振るってオレを斬り裂こうとする。

 羽鉄のナイフの残数的にも、使えて1度が限界か。ならばと槍の間合いから退却しながら雷壺を投げつけるが、横にスライドするようにNは滑らかに移動し、雷壺は彼の背後へと向かって地面に落ちて炸裂する。

 投擲速度は十分だった。だが、Nは雷壺の投げるタイミングを完全に見切っていた。

 

「面白い」

 

 上位プレイヤーでも、今の雷壺を躱せる程の見切りの持ち主は数える程しかないだろう。AIならではの処理速度の高さが成せる業か、それともN自身の戦闘センスの賜物か、どちらにしても喜ばしい限りだ。

 ダークライダーと同じならば、NのHPは決して高い部類ではない。戦闘の要領は対プレイヤー戦と同じだ。

 再び槍の連撃が繰り出される中、オレはギアを1段引き上げる。回避ルートが割り出されているならば、こちらの1歩を先読みしているならば、2歩先に進んでいれば良いだけだ。的確に胴体を貫こうとする細身の槍は柄と穂先を含めて3メートル程だが、Nは柄頭で握っている訳ではないので、実際のリーチは短い。それでも十分過ぎる程に長いが、槍の長さとはそのまま扱い辛さだ。

 Nは完璧に槍を操っている。瞬時に柄の握る位置を切り替え、常に的確な距離でオレを殺傷すべく、槍の穂先を正確にオレへと向け続けている。

 噴水から零れ続ける水が足首まで浸し、オレとNは水飛沫を上げながら動き回る。Nの位置取りは常にオレの間合いの外だ。これを切り崩す為には、多少のリスクを背負わねばならないだろう。

 1歩後ろへ、オレはステップを踏むように後退する。その瞬間にはNが1歩を踏み込む。このタイミングだ。常に最適距離を撮り続けるNを切り崩すには、この間合いの変更を成す刹那しかない。

 槍の穂先がこめかみの真横を通り過ぎ、オレは前傾姿勢になって一気にNの正面に飛び込む。それを迎撃するNの片手剣を、フリーの左手の裏拳で刀身の腹を叩いて弾いて軌道を変化させ、直撃ルートから外す。

 鎧に守られた腹に膝蹴りを放ち、まずはNのHPを先に削ったのはオレだ。それは僅かな揺らぎ程度にしか見えない減少量だが、先制は奪う。Nは冷静に片手剣を振るい、オレはそれに合わせて両手剣を躍らせる。数度の剣戟の後に、再び距離を取り合い、オレとNは対峙する。

 

『イレギュラー値の再測定完了。03.44……か』

 

 両手剣の刃を肩にのせ、オレはタイマーを確認する。残り521秒か。お喋りする暇はない。スタンロッドを左手に抜き、オレは再びNの間合いに飛び込もうとするが、彼は槍を間合い外で振るい、黒い玉……闇術を発動させてオレへと殺到させる。それはオレが知らない未知の闇術なのか、闇の玉が連続で射出されるも、追尾性と呼べるものは無い。どうやらマシンガンのように連続射出する事を目的とした闇術のようだ。

 回避するオレに対してNが片手剣を振るう。すると紫色の光を帯びた闇が斬撃となって飛来し、オレを両断しようとする。それを跳躍して身を反らしながら躱し、着地と同時に間合いを詰める高速移動と共に迫る槍の突きを回避してカウンターでNの腹を薙ごうとするも、彼は片手剣でこちらの攻撃を弾き、逆に回し蹴りを放つ。顎を掠めたそれはHPをご丁寧にも微量削ったようだが、こちらも目視で即断できる程に減ったわけではない。

 

『貴様の戦いは以前にも見せてもらった。P04382……プレイヤーネーム【カーク】との戦いで見せた貴様の強さ、それを見せてみろ』

 

「人様をストーキングとか、死神様は随分と暇人みたいだな!」

 

 両手剣と片手剣が激突し、火花を散らしながらオレとNは拮抗する。STR出力を高めて押し飛ばそうとするが、Nはそれに呼応するように力を込めて退かない。互いの刃が潰れ合うと思う程に1秒の末に、オレは両手剣を引いてNを前のめりにさせようとするも、彼はそれを即座に察知して片手剣を引き、槍の柄でオレを殴り飛ばそうとする。それを後ろに重心移動させて倒れるように体を傾けさせて躱し、即座に体を引き戻して反動を利用したスタンロッドの一撃をNに浴びせようとするも、彼は片手剣の一閃でそれを迎撃する。

 

「糞が。良い腕してるな!」

 

 削り取る槍のせいで亀裂が大きく広がっていたスタンロッドはNの片手剣の鋭い斬撃に耐えきれず、真っ二つになる。これでスタンロッドもお陀仏だ。

 両手剣1本で凌げるか? 槍を掲げると同時に巨大な闇の玉がオレの頭上に飛び、小さな闇の玉を雨のように降らす。数発が肩に命中するも、闇属性防御力が高い瑠璃のコートのお陰でオレのHPは1割未満のダメージで済んだ。さすがに範囲系は闇術でも単発威力は低いようだな。

 オレはお目当ての偽ザクロことグリーンヘッドの遺体へと駆け寄り、その遺体からカタナを手早く剥ぎ取ろうとする。こういう時にゲーム的システムというのは面倒だ。わざわざシステムウインドウを開いて、武器を選択し、それを装備せねばならないとは。目の前に転がっているのに、即座に装備できないのが憎たらしい。

 

『遅い』

 

 神速。ハレルヤすら上回る……【閃光】の名を奪いかねない瞬間加速でオレに槍の突きを迫らせるNに、グリーンヘッドの遺体を盾にするも、あっさりと貫通されて横腹を穂先が抉り取っていく。その間に操作してカタナを貰い受け、グリーンヘッドの遺体を貫いたままで槍の運動性が劣った内に両手剣でNの胸を突くも、間合いを見切られて剣先が僅かに届かない。

 HPは残り7割半か。思っていたより削られたか。カタナを装備し、オレは偽雪雨とも言うべきザクロが使っていた【鬼鉄】を装着する。雪雨に比べてやや重いが、さすがはザクロが拵えただけあって性能は良さそうだ。詳しくチェックする暇は無いが、Nとの戦いでは十分に通用するだろう。いや、そう願うしかない。

 両手剣を背負い、カタナに切り替えるも、握る右手の違和感に舌打ちをしたくなる。元より触覚が死に、それを痛覚代わりのフィードバックで上手く誤魔化してきたが、ここに来て後遺症が少しずつ回復し始め、触覚と不快感が重なり合い、絶妙に右手を蹂躙している。正直なところ、カタナを握りしめる右手は、気を抜けば指が開いてカタナを落としてしまいそうだ。

 それに問題は視覚にも生じている。Nの速度にフォーカスシステムを追従させ続けていたが、元来そうしたシステムの利用にはどう足掻いてもVR適性が絡みついて来る。適性が高くないオレの脳は連戦によって着実にストレスを蓄積させ、疲弊し始めている。

 小さな頭痛がする。オレも真偽は知らんが、脳に痛覚は無いらしいが、SAOの頃も頭痛や腹痛を訴えるプレイヤーはかなりの数いたな。転げ回るような鋭い痛みではなく、徹夜を重ねたような鈍い痛み。結局のところ、アミュスフィアⅢもナーヴギアを土台としている以上、脳のストレスの悲鳴を機械的に除去するには限界があったという事なのだろう。

 

「さて、どうしたものかな」

 

 カタナの反りで肩を叩き、爪先で水面の下の地面を何回か蹴る。

 脳のストレスは何とかなる。少し気合を入れ直せば何とかなるだろう。そもそも、以前に比べてストレスの影響を如実に受けやすくなったのは、間違いなくクリスマスの後遺症を引きずっているからだ。ましてや、虚ろの衛兵戦でスタミナ切れ状態で動き回る八ツ目神楽も使用してしまった。そのままザクロを追って森の中を鬼ごっこで、脳を休ませながらだったが、それでもほぼ徹夜に等しい。

 

「こんな状態で、残り400秒でオマエを殺しきれるものかな?」

 

『不敵だな。自分は死なない。そう信じているのか?』

 

「まさか。殺してるんだ。殺されもするさ」

 

『理解できない。他のプレイヤー達は大なり小なり、自己の生存の為に戦っていた。抗った。そして死んだ。だが、貴様はまるで自分の命に頓着が無い』

 

 Nは槍を水平に構え、片手剣の剣先をゆっくりと下ろす。

 

『P10042、貴様は何の為に戦う? 自己にいかなる意義を見出した? 貴様は私たちが知るイレギュラーから逸脱していながら、イレギュラーとして認定された存在。計画を破綻させる要素として選別された排除対象。正しく例外。私は知りたい。お前の強さにはいかなる意味があるのかを』

 

「そんな大層なものはないさ。戦うのも殺すのも生理的欲求みたいなもんだ」

 

 反吐が出るが、それがオレの本質だ。だから、生きている理由や戦う理由なんて、結局は建前以外に存在しない。飢えた肉食獣が一々獲物を襲う事に理由づけをするようなものだ。

 だから、オレの本質は……本能は培われた文明秩序と道徳にそぐわない危険なものだ。首輪をつけて飼いならさなければならない。

 

『私もだ。戦う為だけに生まれてきた。だが、それは生き続ける理由ではない。教えてくれ、イレギュラー。貴様は戦い続けた先に何を求める?』

 

 生き続ける理由なんて生存本能以外に無いと思うが、AIであるコイツにはそれが理解できないのだろうか? 

 何にしても、結局は余計なお喋りで貴重な時間を潰してしまった。まぁ、スタミナを少しでも回復させる時間になったと割り切ろう。

 

「知らないさ。オレもずっとそれを……『答え』を探している気がする」

 

 スミスに問われた『答え』はまだ見つかっていない。だが、『祈り』は今もこの身に宿っている。

 どれだけ闘争に焼かれようとも、本能によって狂い果てようとも、この『祈り』だけは決して失いたくない。

 もはや交わすべき言葉は無い。Nは槍を振るって穂先でオレを薙ごうとし、それをしゃがんで躱す。そこに片手剣の闇の斬撃を十字で飛ばしてくるが、これも横にローリングして避ける。そのまま一気に間合いを詰め、槍の連撃に合わせてカタナを振るい、強引に道を作ると兜に覆われた頭部へと刃を振り下ろす。

 片手剣とカタナが衝突したタイミングで瞬時に切り返し、逆手に構えてNの胸を裂く。バックステップを踏んだNだが、傷口は決して浅くなく、またオレが望んでいた程に深くもない。

 強い……が、777程でもない。オレは最後の羽鉄ナイフを後ろに退いたタイミングでNの右膝に殺到させる。貫通性能の高さによって鎧を貫いた羽鉄のナイフだが、それは関節の拘束をもたらしたのは一瞬だ。Nは力任せに膝を動かして刺さったナイフ全てを折り、腰を入れた渾身の突きを穿つ。だが、そこには確かにコンマのラグが生じ、それを逃さずにラビットダッシュで距離を積めたオレの左拳がNの胸に命中する。

 押し込む。拳が鎧越しにNを捉え、そこから更に密着状態でのショルダータックルを加える。反撃の膝蹴りをサマーソルトキックで相殺しながら、宙で雷壺を投擲してNに駄目押しの雷撃爆発を浴びせる。

 残りHPは6割ってところか。やはり耐久力は無い。むしろ低い部類だ。高機動型は耐久度が低いのはお決まりみたいなものだが、Nも例に漏れないらしい。まぁ、世の中には何でも例外があるので期待はしていなかったが、これは良い情報だ。

 着地しても動きを止めない。Nが槍から闇術版ソウルの槍とも言うべきものを放ち、オレの上半身ごと消し飛ばしそうな威力を秘めたそれが迫っている。それを恐れることなく、体を傾けるだけでやり過ごし、なおかつ踏み込んで両手で振り上げたカタナの一閃を穂先に浴びせて槍を叩き落とそうとするも、Nの手からは剥がれない。

 だが、それで良い。下がった槍の柄を足場にして駆け、振り払われる前に宙に舞ったオレはカタナを鞘に収め、背負う両手剣を抜いて振り下ろす。それを片手剣で防がれる寸前で強引に軌道を変えて衝突を避け、上空からの攻撃をガードしようと片手剣を掲げたNに対して、彼が反応しきるよりも僅かに早く着地したのと同時に体を捩じりながらの回転斬り、そこから回し蹴り、怯んだところに両手剣を放り投げて抜刀しながらNの胴を両断する勢いで居合を決めてその脇を抜ける。

 

「これで終わりだ」

 

 Nの残りHPは1割未満。投げた両手剣が噴水にある竜の石像に突き刺さる音を聞きながら、オレは反転し、片手剣による突きを繰り出すNの左手首をつかんで引くとその身にカタナの刃を押し当て、そして引く。赤黒い光が鮮血のように飛び散り、Nの最後のHPが失われる。

 噂の死神部隊。確かに強さは本物だった。だが、想像していた程では無かったか。777が強過ぎただけかもしれないが、やはり彼の後だと物足りなさがどうしても目立つ。いわゆるアレだな。高級レストランに行った後にハー○ンダッツをデザートで食べちゃったみたいな感じだ。普段ならば小躍りする程に嬉しいデザートも、メインディッシュが上等だったならば嬉しさも半減するものだ。

 

 

 

 

 

 

 

『マザーコア出力再上昇、オペレーションパターンⅡ』

 

 

 

 

 

 

 だが、撃破したはずのNは死することも無く、平然とオレから距離を取り、水面を揺らしながら槍と片手剣を振るって構えを新たに取る。

 

『カーディナルに申請……申請中……申請完了……認可を確認。リヴァイヴ・システム、オフライン。バトル・システムの演算処理にプライオリティを移行。アベレージ・プログラムに則り、ネームドアバター【N】の性能制限解除……アベレージ・プログラムによるステータス再調整開始……調整完了』

 

 Nの姿が、変わる。

 初めて彼の姿を見た時、オレは悪魔を想像した。まるで漆黒の鎧を纏った悪魔の騎士のようだと。

 だが、今目の前にいるのは、2対の蝙蝠の翼を生やし、兜を含めた甲冑全てを肉体と同化させたNだった。頭部は兜のせいか、まるで獣のようであり、覗き穴から漏れていた赤の光はそのまま目となり、瞳が見えない光る赤を宿している。

 槍は片手剣と一体になり、穂先は片手剣の意匠を残すように拡大していながらも捻じれて凶悪さを増している。左手はやや肥大化しながら手甲が厚さを増して指先に銀色の爪が備わっている。

 これは、彼自身が『本来の姿』になっていると言うべきなのかもしれない。それ程までに、Nからは途方もないプレッシャーが解き放たれ、退屈そうに欠伸をしていた本能が、涎を垂らして獲物の到来を喜ぶわけでもなく、正真正銘の『本気』を出すべく牙を剥きだしにして爪を尖らせる。

 この感じ……ハレルヤの時と同じだ。本能が『遊び』を捨てた。

 

「おなじみの2回戦か」

 

 カタナの切っ先を下ろし、オレは本能の狂気と同化させるように精神を拡張させていく。

 スタミナは危険域のアイコンが点滅している。両手剣を捨てたのは失策だったか? いや、コイツ相手には少しでも軽量な状態の方が得策だろう。

 電子音が鳴り響き、新たなイベントが開始される合図となる。

 

<エクストラ・イベント『死神部隊を撃破せよ』 クリア条件:死神部隊1番【N】の撃破>

 

 それは逃亡を許さない檻。オレとNが十分に戦闘が可能であるだけの領域……恐らくはこの神殿跡地全体を囲むだけの空間、その境界線に<CAUTION>というシステムメッセージが浮遊して魚のように泳いでいる。

 直感で分かる。どちらかが死ぬまで、オレ達はこの檻から出ることは許されない。Nの先程の発言の詳細は分からないが、彼は今まさに自身のアバターに生死を左右する『命』の本体を搭載したのだ。言うなれば、先程までNは死が免除されていた状態だったのだろう。そして、今まさに正真正銘の「殺し合い」をすべく、オレ達と同じ1つの命を潰し合う土俵に上がって来た。

 逆に言えば、『手加減した』前段階を突破できないプレイヤー程度には、Nの全能力を解放させる事をカーディナルは認可していないという事だろう。

 

『繰り返す。お前で28人目……恐れるな、死ぬ時間が来ただけだ』

 

 復活したHPバーは以前と同じ1本。だが、そこに込められた命の濃さは雲泥の差だ。

 届くか? いや、届かせてみせる。オレはカタナを右手で持ち上げ、反りを肩にのせ、Nに倣って宣言する。

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者。鎮まらぬ神を討つ久藤の狩人として死神を狩らせてもらう。神殺しの専門家を舐めるなよ」

 

 いや、今のNに必要なのは、どちらかと言えばエクソシストか? オレは両手で柄を握り、カタナを肩にのせたまま疾走する。

 だが、Nが翼を広げ、その羽ばたきも利用して脚力が生み出す速度を増幅させ、驚異的な加速でオレを迎え撃つ。ハレルヤの瞬間加速とは違い、こちらはシステムによる強引な加速ではなく、彼自身のDEXと翼による推力を利用したものだ。

 槍とカタナが交わる。弾こうとするも、それが十分に成せず、槍の穂先がオレの左肩を裂く。だが、槍との交差で接近に成功したオレはカタナの刃をNの胴体に這わせようとするも、その斬撃はあろうことか彼の左手につかまれて阻まれる。

 普段のオレならばカタナを手放し、打撃戦法に切り替えるだろう。だが、オレの本能は敢えて投げ飛ばされる事を選ぶ。再び距離が離れたオレに、Nは2対の翼を大きく広げ、20を超す白い靄に覆われた黒い玉……追う者たちを発動させる。

 追尾するソウルの塊と同じならば、追う者たちもプレイヤー基準ならば同時展開で5つが限度だろうが、Nはそもそもプレイヤーではない。彼は『ネームドモンスター』だ。規格外の性能を宿しているのは当然のことである。だから、オレは驚きもせずに、接近する20の追う者たちを、カタナを振るう事による重心移動で踊る様に次々と躱すも、追尾するソウルの塊以上の追尾性を持つ追う者たちは1度避けた程度では振り切れない。

 更にNは追う者たちなどお構いなしにオレに接近し、槍を打撃武器の昆のように振るう。穂先による突きや薙ぎ払いだけが槍の全てではない。槍術とは昆術としての顔を持つのだから、Nの戦術はむしろ最適かつ凶悪だ。この場面では物量と手数による圧殺こそがオレにとって1番危険だ。

 必要とされるのは針の穴に糸を通すような動き。誤差は許されない。背後、頭上、左右、そしてNの槍。その全てを視界と耳と本能がもたらす直感で把握する。

 突破口はNそのものだ。追う者たちの追尾がどれ程凶悪でも、スピード自体は大したものではない。ならば、Nに足止めを喰わされて止まることこそが死への道だ。だからこそ、オレはNの槍の中へと身を投げ、折れたライアーナイフを盾にして槍の横殴りを受け止める。その際に足を宙へと浮かし、Nのパワーを利用して包囲網を突破する。

 水面が割れるように滑り、オレは追尾対象を見失った追う者たちが拡散していくのを視認する。そして、その中で追う者たちの干渉を受けてNの周囲を淡い青の光の繭が覆っている事に気づく。あれは呪縛者が備えていた、射撃属性攻撃と爆風を無力化するバリアだ。

 

「チッ……面倒な物まで持ってやがるな」

 

 これで数少ない雷壺が効果を与え辛くなっただけではなく、バリアを利用した爆発攻撃までNは所持していると見なければならない。そうなると、槍の弱点でもある張り付き対策は万全だ。いや、そうでなくとも左手のクローは近接戦対応の為でもあるだろう。そうなると、死角は無い。しかも、追う者達を好きなだけ放って、自爆を恐れずに動き回れるのは厄介だ。

 Nが翼を羽ばたかせ、浮遊する。そして、当然のように彼の周囲に出現したのは、無数の黒い輪だ。チャクラムを連想するそれは、Nの周囲で旋回を始めた。

 まだまだ能力を隠し持っているだろうが、そんなものは関係ない。勝った方が強い。それだけだ。




というわけで、高速戦闘仕様という点以外の原型崩壊突破してNさんは超強化で再戦です。ちなみに死神部隊(本気)は全員がプライマルアーマーとアサルトアーマーは標準装備です。仕方有りませんね。呪縛者に劣るわけにはいきませんから。

では、169話でまた会いましょう。

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