SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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お待たせしました。
肉食って野菜食って点滴打って、肉食って野菜食って点滴打って、を繰り返していたら復活しました。
人間の治癒力って凄いですね。

というわけで、またいつも通りのペースで投稿致しますので、何卒よろしくお願い致します。


Episode15-19 栄光へと導く者

 3体の謎のモンスターはスミス達を認識すると、瞬時にこれまで追跡していたUNKNOWNとシノンへの攻撃を停止し、散開してそれぞれが夕闇の中でも目立つ青い甲殻に覆われた白い体、リザードマンを想像させながらも、その系列に連ならないと分かる異形を見せつける。

 真っ先にスミスがイメージしたのは『エリート』という単語だ。同時に、スミスは自分の中でこのモンスターを厄介な強敵だと瞬時に位置付ける。

 右腕と同化したランスのような結晶を向け、3体のモンスターは次々と結晶弾を放つ。槍のようなそれは鋭利に尖り、なおかつ速度は大弓級だ。銃弾程ではないが、豪速で迫るそれが内包する威力は、VITが決して高い部類ではないスミスにとって直撃=致命傷だと判別するには十分だった。

 

「グローリーくん!」

 

 幸いにも敵は3体でこちらも3人だ。シノンとUNKNOWNを『餌』と『肉盾』にすれば、情報が無くとも優勢に持ち込める算段はある。即座にそう算盤を弾いたスミスは、『傭兵』として当然の確認の意図を込めて名前を呼び、刹那に自分の失敗を把握する。

 

「ランク3とランク9のカバーは、騎士たる私にお任せを!」

 

 そうではない。断じて、そうではない! 大盾を構えて負傷したシノンとUNKNOWNの正面に立ち、謎のモンスターの結晶弾を防ぐグローリーを見て、スミスは自分1人で3体全てを撃破するくらいの意気込みで無ければ『一方的に虐殺される』と判断する。

 ライフルで狙いをつけ、靭帯で甲殻同士を繋いで伸縮自在の尻尾……というよりも外部に伸びた脊椎といった印象が強いそれをうねらせるモンスターに弾丸を放つ。だが、モンスターは予想通りというべきか、瞬時にライフルの射線から逃れる。

 だが、その動きは予想できている。最初の1発から偏差射撃でスミスはライフル弾を放つ。スキル≪自動射撃≫ならば、フォーカスシステムのロックによって自動追尾による射撃も可能であるが、スミスは無論そんな『素人向け』スキルは取っていない。自身の技術で相手の動きと弾速から正確に偏差射撃を行い、モンスターへと銃弾を命中させる。

 1発のライフルの命中に、モンスターは即座に3本指の足、そして踵の第4の指とも言うべき爪で地面をアンカーのように抉って停止すると反転しながら結晶弾を放つ。それをスミスは身を翻し、同時に更にライフルを撃つも、モンスターは脚力に物を言わせて木の幹や枝を蹴り、スミスやシノンのお株を取るような3次元機動を披露して回避するだけではなく、彼にとって致命的な接近戦の間合いまで入り込んで右腕と同化した結晶ランスで突いてくる。

 即座に左手でマチェットを抜いてランスを弾くも、その一撃の重みにスミスは舌を巻いた。まるでSTR特化型の突進の如き突き。それが連撃で繰り出されるのだ。腰の回転を利用した連続突きは並みの槍使いプレイヤーなど及ばない腕前だ。

 

(普通ではない! この強さ、ネームド級か!)

 

 頭部に目や鼻、口といったものがなく、鋭角の青い表面が滑らかな甲殻が兜のように覆われている。だが、そこに内包された赤い光は、まるで目のようにスミスを追っている事を感じ取れる。恐らく、あれが視覚を担っているのだろうと当たりをつけたスミスは、再度距離を離すと残弾に猶予を持たせるという計算を捨て、トリガーを引く。

 ライフル弾は次々とモンスターへの直撃コースを描くが、あろうことか、モンスターはスミスの偏差射撃を見切っているかのように左右に揺れながら回避し、逆に結晶弾を撃って反撃までしてくる始末だ。

 1手や2手先を読む程度では駄目か。スミスは集中力を段階的に引き上げ、モンスターの動きを観察し、分析し、1発ずつモンスターへと迫らせ、やがて掠らせていく。

 高い機動力、近接適性、射撃攻撃、柔軟な対応力、学習能力の高さ。全てにおいてトップクラスだ。並のプレイヤーならば、フルパーティ……6人の前衛後衛が揃っていても成す術なく殺戮されるだろう。

 

「おじさん!」

 

 少女の叫び声と共に、スミスは言われずとも、と自分の背後で少女が戦っていた2体目のモンスターがその脊椎のような尾……というよりも触手を伸ばし、彼の背中を串刺しにしようとしていたのを屈んで回避し、逆にマチェットで伸縮の秘密である靭帯を切断しようとする。

 

(……マチェットでは切断力が足りないか!)

 

 ギリッとスミスはマチェットの刃の手応え……柔軟性を持ったゴムのような感触に、完全に伸び切った時か高い切断力、または高火力の武器で無ければ一撃で切断は難しいと情報を纏める。せめてレーザーブレードがあれば、無理矢理焼き切る事も出来たかもしれないが、この場に無い物をねだっても仕方が無かった。

 だが、モンスターアバターの性能以上に恐ろしいのは、モンスターの対応だ。スミスは確かに伸び切った瞬間を狙ってマチェットを振るった。それは、彼がモンスターの触手を観察し、その攻撃法を推測し、迎撃法を事前に立てていたからだ。

 ならば何故切断できなかったのか? 簡単だ。スミスが刃を振るう瞬間に触手を『緩めた』のだ。

 ほとんどこちらを見てもいなかったはずだ。あくまでスミスの背中を狙う奇襲攻撃だ。だが、モンスターはスミスの反撃を『感じ取って』瞬時に奇襲攻撃から切断阻止へと切り替えたのだ。

 それは……もはや『本能』としか言いようがない反応だ。ぞわり、とスミスは恐ろしさと楽しさで背中に悪寒を走らせる。これ程までの強敵がネームドですらなく登場するとは、実にイカレた展開だ。

 

(さて、どうしたものかな? 彼らの動きは桁違いだ。オペレーションに従うだけの人形ではないな。かと言って、たまに出会う『意思を持っているかのように振る舞う』奇妙なAIとも違う)

 

 不気味だ。意思を感じず、またオペレーションに従っているわけでもない。中途半端だ。彼らの動きにはAI特有のオペレーションに沿ったものを感じながら、それを補うようにパターンから外れた修正を加えてくる。

 スミスが相手取るモンスターが右腕同化の結晶ランスを地面に突き刺す。すると結晶がそこを起点にして霜柱のように伸びながら、その鋭い刃を迫らせる。

 まるで呪術の火蛇だ。追尾性能を持ったそれは火蛇と違って実体が伴っている。その分だけスピードは遅いようだが、追尾性能が異常だ。スミスが幹を駆けあがって逃れようとすると、幹の内部からまで結晶が突き出してくる始末だ。

 幹を蹴って身を翻し、スミスは十八番のトップアタック……結晶版火蛇で回避が取れないモンスターの頭上からライフルを浴びせる。だが、モンスターは結晶ランスを地面から抜くと、今度は全身から結晶を放出して繭のように纏い、全ての弾丸を防ぐ。

 

(全方位防御能力まで保有か。桁違いとは、まさにこの事だな)

 

 ライフル弾を防げないと見るや、即座に全方位防御で固めるまでの判断速度はさすがAIといったところか。結晶を砕いて再び地面に降り立ったモンスターの立ち振る舞いには、まるで慢心や侮りが無い。

 機械のような冷たい目的意識と滾るように熱を孕んだ殺意。その2つが遺伝子の螺旋のように結びついている。

 

「確かに強い。だが、浅い」

 

 人間は数千年以上も同族殺しを行い続ける、生粋の殺戮生物だ。そうでもなければ、これ程までの文明を、法を、道徳という概念を築き上げた生物が未だに争い続けるはずがない。誰もが戦闘本能を、もちろん個体差はあるが、潜在的に持ち合わせている。

 それを証明しよう。スミスはモンスターへと、射撃主体の彼からすれば死地たる近接戦へと持ち込んでいく。それに対し、モンスターは動揺することもなく、努めて冷静に、事務的に、バックステップを踏みながら結晶弾を放つ。そして、触手をしならせてスミスへと鞭のように振るう。

 それに対してスミスは目で追う事も無く、ライフルを横振りする。その間にトリガーを引き、放たれた弾丸が偏差射撃となって1つの靭帯に集中してダメージを与え、軌道を変化させてスミスが直進する道を作り出す。

 

(結晶弾は最大で4連射可能である事は分析済みだ。その後はインターバルを必ず0.5秒挟まねば再射撃は不可)

 

 張り付く。スミスは結晶弾で射撃戦で応じるモンスターに回り込み続け、ライフルを浴びせる。それを回避しようと枝から枝へと飛び移る3次元機動をモンスターは発揮するが、その軌道ルートへとスミスは銃弾を置くように放ち、着弾させていく。

 

(認めよう。貴様には『本能』がある。だが、それは酷く即物的なものだ。その場限りの対応のみで続かない)

 

 殺しきれる。徐々に、だが確実にHPが削られていくモンスターだが、焦りは無い。むしろ、まるで氷を思わす結晶体が解ける程の殺意の熱量を高めていく。

 

『A...aaa.....aaAaaaaa....Aahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!』

 

 それは咆哮。これまで口など無く、兜のように頭部全体を覆っていた甲殻が割れ、肉食獣のような鋭い牙が並ぶ顎が露わになる。そして、モンスター専用スキル≪ハウリング≫が発動したのか、モンスターを赤いオーラが纏う。その攻撃的なカラーリングから、恐らくは攻撃力強化のバフだろうとスミスは判断する。

 モンスターの動きが変わる。これまでの消極的な射撃戦主体から、右腕同化の結晶ランスを用いた近接戦闘へと突如として切り替える。その全身を駒のように回し、触手で周囲を薙ぎ払い、結晶弾をばら撒く。

 マチェットでランスを弾き、空いた隙間を縫うようにスミスはモンスターの横腹を薙ぐ。甲殻で覆われていない白い肉体部分を斬り裂き、モンスターから赤黒い……ではなく、青黒い光が飛び散る。それは彼らが生物でありながら、DBOにおける『生物』としての系列に属していないと主張しているかのようだった。

 斬られてもモンスターは止まらない。まるで執念というものを宿したかのように、スミスの真似をするように張り付いている。ランスを突くだけではなく、横振り、叩き付け、触手とのコンビネーションと、より豊富な攻撃法を編み出していき、触手の1発がスミスの頬を掠める。

 急速な成長を遂げている。スミスが木々を足場に跳べば、モンスターもまた追いすがるように3次元機動を取る。しかも、今度はその隆々とした筋肉が付いた肉食恐竜を思わす足で蹴りまで繰り出し、更に結晶を足場にして空中で軌道変更まで行い、先程のお返しとばかりにスミスの上空を取ると鋭い爪が踵に付いた足で踵落としを穿つ。

 だが、スミスはそれを逆に逆手で構えたマチェットでいなし、銃口をモンスターの口内に押し込んで銃弾を撃ち出す。連射されたそれはモンスターの脳天まで届き、砕き、貫き、HPを奪い尽くした。

 

(やはり甲殻が鎧と同じ役割を果たしていたか。それ以外の部分は防御力が低めだ。バフで攻撃力を高めてきたが、それは悪手だったな。≪ハウリング≫の為に口内という脆い弱点を晒した)

 

 甲殻とそれ以外の防御力の差はバランス調整の代物だろうか? スミスはそんなどうでも良い思考に割きながら、塵となっていくモンスターの死骸を横目に、守りに徹するグローリーを援護すべく、彼に攻撃を続ける3体目のモンスターへと攻め込む。たとえ馬鹿の6乗でも足りないくらいの馬鹿のグローリーでも、ランク5を貰うに相応しいだけの戦闘能力はあるのだろう。宣言通り、負傷したシノンとUNKNOWN2人を守りながら、その大盾を構える彼のHPは微動もしていない。モンスターの猛攻を、文字通り盾1つで防ぎきっていたのだ。

 対して少女とモンスターは、まるで踊るような激闘だ。少女の圧倒的な反応速度を用いた連撃に対応する為のように、モンスターの右腕同化の結晶ランスは細くなっており、取り回しの良い剣のようになっている。

 あれならば加勢は不要か。少女の方はまだ余裕がありそうであるし、下手に2対1で攻めて『成長』されても困る。スミスはグローリーの援護に回ろうと決定するが、スミスの接近を鋭敏に感じ取った3体目のモンスターが飛び上がると距離を取り、スミスが対峙した個体と同じように口を露わにすると咆哮を上げる。

 攻撃力強化のバフかと思えば、あろうことか、モンスターの周囲の地面が膨れ上がり、そこから1.2メートルほどの、同じ系統だろうモンスターが4体も出現する。

 それは白い胴体に緑の甲殻を備えた、青い甲殻を持つリザードマン型に比べればより獣らしい前傾姿勢を取ったタイプだ。鬣のように兜のように頭部を覆う甲殻と首筋の間から黒い毛髪が伸びている。こちらは最初から口が開放されているが、二重顎となっており、牙の奥にさらに牙が並んでいる。両手は籠手のように甲殻で覆われ、格闘戦を主体にするように指を覆って爪まで補強している。更に共通点とも言うべき靭帯によって伸縮自在となった触手を1本備えているが、こちらの繋ぎ合わされた甲殻には鈍く太い棘が1対ずつ生えていた。

 新たに4体の同胞……いや、部下を召喚したモンスターは仕切り直しだと言うように右腕同化の結晶ランスを振るって結晶を散らす。その姿は、さながら荒くれの兵を率いる騎士のようだ。

 

「やれやれ。本気で殺しに来てるな」

 

 呆れにも等しい感情で、思わずスミスは零す。どういう因果でこのモンスターを引っ張り出したのか知らないが、UNKNOWNとシノンは最上級の災厄を引き当てたのは間違いないだろう。ステージコンセプトを無視しているモンスターからも、これが明らかにDBO全体における『プレイヤー抹殺』を目的とした存在である事を否応なくスミスは認識させられる。

 今までは≪ハウリング≫は1種につき1つしか効果を持っていなかった。だが、あのモンスターは少なくとも2つの≪ハウリング≫を使用できる。無限召喚は無いと思いたいが、今のスミスにはそうした常識的な推測すら楽観視の範疇にある。

 新モンスターは外観通りなのか、より獣的な動きでスミス達に飛びかかる。新手の追加に少女は青甲殻の剣戟を早急に締めくくるべく、その青い光を帯びた黒の剣を輝かせる。

 剣を覆ったのは【ソウルの大剣】だ。少女は斬撃モーションにさらに魔法であるソウルの大剣を重ね、青甲殻モンスターを抉り取る。だが、魔法防御属性が高いのか、直撃したにも関わらず、青甲殻モンスターはHPを4割ほど失うに留まり、あと1歩を押し切れなかった。

 なるほど。彼女は魔法剣士型だったのか。スミス達……いや、宿敵と睨むUNKNOWNの前で手札を明かしたくなかったのだろう。随分と余裕綽々な事だ、とスミスはむしろ頼もしく思う。

 少女の剣は魔法を使用する為の媒体でもあるのだろう。聖剣騎士団には【隻眼の魔女】という少女が匿われているという噂があるが、彼女が≪錬金術≫によってレシピ発見に成功した蒼光石には、武器に微弱な魔法属性を付与するだけではなく、魔法を使える媒体にもできると聞いた事がある。聖剣騎士団が秘匿している事もあり、ほとんど市場に出回る事は無いが、もしかしたらあの黒の剣には蒼光石が使われているのかもしれない。

 

(あるいは、元より魔法媒体としての機能を備えているとも考えられるな。こちらの方が確率は高いか?)

 

 何にしても、少女の剣は見たことが無い意匠の物だ。オーダーメイドかもしれない、とスミスは見当をつける。かなり腕の立つ鍛冶屋が彼女の為に仕立てたものであろう事は間違いないだろう。しかし、軽量型片手剣は文字通り軽量性が売りのスピード武器であり、火力は乏しい。青甲殻モンスターの甲殻に守られていない部分を正確に斬れても、火力を担う魔法属性攻撃力が通り辛ければ、その分だけダメージを稼げない。確かに相性は悪いだろう。

 今回の少女の行動とその背景には興味を惹かれるが、深追いは禁物だ。スミスはすぐに意識を新モンスターへと向け、次々と襲い掛かるそれらに銃弾で迎え、マチェットで斬り払う。やはり雑兵と言うべきか、青甲殻モンスターに比べれば、緑甲殻モンスターは格段に弱い。だが、それはあくまで基準点が青甲殻モンスターというだけであり、この緑甲殻モンスターも破格だ。

 パワーは劣るが、スピードがあり、なおかつ1発1発は軽くとも格闘攻撃特有の連撃で攻め立て、触手を振るえば棘が射出される。更に、全身を縦に回転させて触手を纏う事によって、さながらタイヤか車輪のように突撃してくる。そして、青甲殻に比べれば小型という事もあってか、触手を移動手段のように枝や幹に絡めては力任せに動き回る。

 雑兵として、数で攻める事を前提とし、知性は高くないが凶暴性が高く、個々の能力は高め。まさしく理想的な『使い捨て』の兵隊だ。しかも、この緑甲殻モンスターもスミスの攻撃に次々と対応し始め、また『本能』と言うべき対応や反応を示している。

 

(数と質が伴っているか。確かに厄介ではあるが、私だけならば切り抜けられる)

 

 そう、スミスだけならば、この状況を打破するのは難しくない。だが、シノンとUNKNOWNのカバーに入っているグローリーにこれ以上の負担が増えるのは避けたい事態だ。

 だが、少女が相手取るモンスターも間もなく撃破寸前だ。ならば、状況は一気にこちらへと傾けられる。スミスは近寄る緑甲殻モンスターをマチェットで薙ぎ払い、頭を踏みつけながらライフルを至近距離で撃ち込み、背後から襲い掛かる別の個体を見もせずに踵で蹴り上げる。顎を打たれた背後から奇襲をかけた緑甲殻モンスターは宙を舞い、そこへと更に甲殻面積が薄い腹部へと数発撃ち込む。

 緑甲殻モンスターは前傾姿勢であるが故に、甲殻面積は頭部から背中に集中し、胸部を除けば前面は差ほど広くない。上手く腹を攻撃できれば、効率的にダメージを与える事ができるだろう。

 スミスが同時に2体を相手取る間に、他の2体を連れた青甲殻モンスターはグローリーを潰しにかかる。シノンもナイフを抜いて応戦するが、凶暴な近接主体モンスターを相手取る程に近接戦闘が熟練している訳でも経験があるわけでもないシノンでは機動力が死んだ状態でナイフ1本では防戦すらも厳しい。左腕が捻じれて破壊されているUNKNOWNが右手の片手剣でシノンを守り、2体の緑甲殻モンスターを捌いているが、結晶攻撃でシノンを執拗に狙ってグローリーの防御を掻い潜ろうとする青甲殻モンスターに注意を払って自由に動けずにいる。

 と、そこで少女がついにモンスターのHPを奪い尽すギリギリまで詰める。だが、そこでモンスターは自らの死を察知したように顎を割り、少女の突きが胸を貫くより先に≪ハウリング≫を発動させ、更に4体の緑甲殻モンスターを出現させて増援に成功する。

 やはり青甲殻モンスターは戦略眼を備え、群体生存意識を持って活動している。スミスは追加された緑甲殻モンスターへと銃弾をばら撒くも、緑甲殻モンスターたちはひるむことなく凶暴性を剥き出しにして被弾しながらも接近する。内の1体をマチェットで顔面を覆う甲殻を叩いて怯ませ、そこに膝蹴りをお見舞いし、更に銃身で脳天に打撃を喰らわせ、首の甲殻に覆われていない隙間へとマチェットを押し込む。

 HPはそれなりの高さがあるようであるが、接近戦型というだけあってそこそこタフだ。それでも青甲殻モンスターには及ばないのは幸いだろう。だが、とにかく数で群がって来る緑甲殻モンスターたちは、否応なく銃弾の消耗を強いられる。

 とはいえ、少女の参戦によって雑魚を相手取るのも楽になった。緑甲殻モンスターは魔法属性防御力が高くないのか、少女の攻撃の通りも良い。軽量型片手剣であるが故に単発威力は低めであるが、それを補う魔法属性攻撃力と攻撃回数と少女自身の速度の上乗せによって、緑甲殻モンスターは次々と撃破されていく。

 VITが低めのスミスが言えた義理ではないが、彼女のステータスもなかなかに面白い事になっていそうだ。

 戦局は既に決した。残るリーダー格とも言うべき青甲殻は1体だ。これを斃せば増援追加の危険性も無くなる。防戦に撤するグローリーを援護すべく、スミスは青甲殻の背中にライフルを撃ち続けるも、それを器用に触手で弾き、青甲殻は距離を取ったかと思えば、その全身から結晶を生やし始める。

 

『Aaaaaaahhhhhhhhhhhhhhhhh!』

 

 瞬間、スミスは青甲殻を見失った。

 驚異的な加速と共に、緑甲殻モンスターたちが見せた凶暴性を吐き出すように青甲殻は結晶ランスをこれまでの技量の高さを窺わせる扱いから、暴力的かつ粗野に振るい出す。

 それは正しく発狂。自ら理性を切り捨て、こちらを磨り潰す為に、ただひたすらに攻撃に傾倒させるという最終手段だろう。

 ぬるい。確かにスピードとパワーが増幅されたようだが、獣に身を落とせば勝てる道理があるわけでもない。現にスミスのフォーカスシステムは青甲殻を捉え続けている。これが並のプレイヤーならば見失った直後に再度捕捉する前にパニック状態になるかもしれないが、彼のアバターの眼球は再び青甲殻へと狙いをつけるのに数秒のラグも必要としない。

 単純な戦闘適性の差だ。フォーカスシステムとは、言うなれば焦点を合わせてソードスキルを始めとしたシステムのサポートをより効率的に行う事も1つの目的としてる。そして、それの扱いは運動アルゴリズムを通して脳が制御している。プロセスこそ違うが、捕捉のメカニズムという点では人間の脳もAIの電脳も大差ない。要は、相手の動きをいかに捉え続けられるか、という事だ。

 全体視と呼ばれる能力はスポーツや戦闘において有効とされる技術であり、後天的にも身につけられる力だ。眼球を通して視神経を通り、脳が視覚情報を処理する。それが生物の視覚ならば、仮想世界における視覚の可能性とは何処にあるのか、スミスは探り続けた。

 そもそもフォーカスシステムとは、SAO開発において茅場晶彦がサーバーへの負荷を避ける為に開発した苦肉策であり、同時に多くの付属品を取り付けることによって戦闘システムとして磨き上げられたものだ。技術の発達とサーバーの強化によってDBOでは、むしろ後者の方を目的としてより先鋭的に仕立てられている。

 ならば、全体視野によって相手を視認し、フォーカスシステムをいかに追従させるか。これこそが今後、モンスターやプレイヤーの高速戦闘化が加速するDBOにおいて求められる新技能のはずだ。

 もちろん、言うは易く行うは難し。スミスは先天的に全体視野を確保できる人間だからこそ早期に身に付けられたが、スポーツならばともかく、生命のやり取りを行う場で活用できるレベルまで、基礎も無いプレイヤー達の何人がその境地まで至れるだろうか?

 スミスの見立てでは、傭兵達……特に上位ランカー達は素質がある。既にこの技能の重要性を認識している者もいる。ユージーンとも何度か組んだが、彼は完全に自分の物にしている。クゥリは自覚症状こそないようだが、スミスと同じで早期より身についている。シノンも高い適性ありだろう。

 

(だが、私の『目』は追い切れたものかな)

 

 クゥリの持つ緩急と加速をつけたフォーカスシステムを振り払う戦闘スタイルは、下手なDEX強化型よりもフォーカスシステムの追従を許さない。それは視覚に収まっていながらも捉えられない状態を指し示す。

 AIの追尾すらも振り払う彼と対峙した時に、全体視野との併用で運用性強化に成功したフォーカスシステムが捉え続けられるかどうか、それはスミスも実戦で試すしかないだろう。それまでに、少しでも経験を重ねておきたかったが、この特殊なモンスターは丁度良い相手だった。

 

(それにしても、彼女も異常だな)

 

 DEX型にありがちな事であるが、自分が高速化すれば当然ながら相対速度も高まり、自分のスピードのせいで相手を見失い易くなる事も多い。むしろ、DEX強化型が現在進行形で悩まされているのは、この点と自身のスピードの出過ぎだ。初期こそDEX強化型はスピードと回避によって対人でも対モンスターでも勝ち組扱いだったが、彼らの大半は今やDEX成長を諦めるか、自分に言い訳して別ステータスの成長へと切り替えている。

 たとえアバターの性能が引き上げられても、それに脳が対応しきれなければ意味が無い。優れたハードには優れたソフトが必要なのは自明の理だ。

 そうなると、やはり睨んだ通りプレイヤーの振り分けはレベル20とレベル60が1つの境界線になりそうだ。特に、INTやMYSを強化した魔法使い型はともかく、STRやDEXを中心に高めた上位プレイヤーは新たな壁にぶち当たるだろう。スミスとしては、上位プレイヤー達の悲鳴が心地良くてニヤニヤと笑いが零れそうな心境である。

 だが、その中で黒紫の髪を振るう少女は、スミスが過去に見た全プレイヤー……いや、全ての戦士において群を抜いている規格外の1人だ。

 一瞬だが、スミスが確かに見失った青甲殻モンスター。それを少女の目は正確に『追って』いたのだ。フォーカスシステムが僅かにブレることもなく、モンスターを追従していたのである。

 多数の敵が暴れ回る戦闘中に、アバターの僅かな眼球運動と瞳孔変化を見逃さないスミスの観察眼もまた常人からすれば『人間じゃないのはお前の方だ』クラスなのだが、スミスはそれを自覚しているので割愛する。

 見えている。少女は軽装防具と軽量片手剣1本(少なくとも視認できる範囲では、だが)というスピード狂の見本のようなスタイルで、全てのモンスターの動きを把握・回避・攻撃の3つを1つとしてランクを落とさずに維持し続けている。

 あんなプレイヤーがまだDBOに隠れ潜んでいたとは、スミスも全く以って脱帽である。能のある鷹は爪を隠すと言うが、存外DBOには三大ギルドと傭兵以外にも手練れがまだまだ隠れているようだ。

 これで勝利は確定。そうスミスも気が緩んでしまったのだろう。彼自身は余裕を持ちながら対処できる状況になったとしても、この2種のモンスターが通常規格を超える存在である事には変わりなかった。それを意識から排除してしまっていた。

 その隙を、まるで獣のように暴れ回る青甲殻は『感じ取った』かのように、そのランスの結晶を更に拡大させ、自身を纏うようにさせ、触手の先端を地面に突き刺して体ごと持ち上げ、グローリーたちの上空へと跳ぶ。

 それは丁度シノンたちが緑甲殻たちによって押し込まれ、点となるほどに固まっている状況、満足に回避できることができない場面を狙っての事だ。

 護衛依頼などそもそも引き受けた覚えはないのだがね! そう内心で舌打ちしながらスミスはライフルを撃ちこみ続けるが、結晶を生やした事によってスタン耐性が増加したのか、青甲殻は微塵も揺らぐことなく、3人の上空から押し潰しにかかる。

 スミスが見たのは、咄嗟にグローリーがシノンとUNKNOWNを押し飛ばし、上空から迫る青甲殻の結晶ランス……いや、もはやハンマーにも等しいまでに肥大化した叩き付け攻撃範囲から逃がす瞬間だった。

 いかに高防御力と相応のVITが備わっていても、あれ程の攻撃をまともに浴びれば、どうなるかなど明らかだ。スミスが目撃したのは、結晶ハンマーが接触する寸前に、満足そうに笑うグローリーの顔だった。

 

「グローリー君!」

 

「お兄さん!?」

 

 馬鹿者が! 彼は自身の騎士道を貫き通したつもりかもしれないが、それではスミスの立つ瀬がない。土煙の中で彼の鎧の破片が飛び散るのを、スミスは自らの情けなさを噛み締めながら見つめるしかなかった。

 少女も思わず叫び、尻餅をついたシノンは呆然とし、なおも猛攻をしかける緑甲殻モンスターを捌くUNKNOWNすら仮面の向こうで唇を震わせているだろう事が伝わってくる。

 

「そんな……私たち、の為に……」

 

 敵対勢力の傭兵だとしても、自分の命を使ってまで助けてくれた者の最期に何も感じないはずがない。シノンの口から漏れた呟きに、スミスは無念そうに足下に転がって来た手甲の破片を見つめる。

 と、そこで彼は気づく。いや、気づいてしまった。

 砕けたと思った鎧。足下まで飛んできた破片。それだが、どうにも綺麗過ぎるのだ。

 凹んでおらず、形をしっかりと残しており、まるで意図的に『分解』されたかのようだった。

 まさか、そんな馬鹿な! スミスは99%の怒りと1%の呆れを込めて、土煙の向こうに立つ人影に、今度こそ本気で銃口を向けてしまう。

 

「さすがですね、謎のモンスター! まさか、私に『アーマー☆テイクオフ』まで使わせるとは、あなたを私が倒すべき敵と認定しました」

 

 そこだけにスポットライトの光が降り注ぐような幻視には、もはやすっかり慣れてしまった。

 

 

 

 

 結晶ハンマーの上で、両腕を頭上で交差させて親指と小指を立てたポーズを取るグローリーは、赤いふんどし1枚という姿で、驚愕を初めて見せた青甲殻モンスターへとそう宣言する。

 

 

 

 

「変態だ」

 

「変態だよ」

 

「変態がいるわ」

 

「…………」

 

 スミス、ユウキ、シノン、そして無言ではあるがUNKNOWNも同じ呟きを漏らしただろう。まるで、1人だけ別次元にいるのではないかと思う程に、清々しい程にナルシスト全開スマイルを浮かべるグローリーは、くるりと1回転しながら着地する。

 裸一貫となったグローリーへと青甲殻モンスターと緑甲殻モンスターが飛びかかる。だが、グローリーは何ら怯えることなく、むしろ受けて立つというかのように、奇跡の発動の触媒だろう、右腕に括り付けたペンダント状のタリスマンを使い、腕のモーションによって奇跡を発動させる。

 

「奇跡【太陽の光の鎧】!」

 

 優秀な奇跡の1つに【太陽の光の剣】という、雷属性を武器にエンチャントさせるものがある。ならば、グローリーが発動させたのはまさしく鎧。自分自身に雷属性をエンチャントさせ、迸る雷を纏う!

 轟雷と共にグローリーが裏拳を振るえば、それだけで一斉に飛びかかった緑甲殻のモンスターたちは吹き飛ばされる。鎧を捨てる事による高速化はYARCA旅団が証明済みであるが、彼自身の戦闘経験と体術によって彼らとは雲泥の差がある程に、劇的に動きに変化がある。

 これには青甲殻モンスターも怯みはしたが、すぐに体勢を立て直し、結晶ランスを突き出す。だが、それを薔薇を咥えているのが相応しいほどに前髪をぶわりと手でわざわざ靡かせたグローリーは、スミス達に鳥肌が立つほどのイケメンウインクを飛ばす。

 

「今、超必殺のぉおおおおおおおおおおお『グローリー・クラッシャー』!」

 

 簡単に言えばカウンターラリアットである。グローリーは当たれば即死も免れない結晶ランスを回避しながら青甲殻モンスターと交差する瞬間にラリアットを決める。雷属性エンチャントも加わったグローリーのラリアットを喉に直撃させられた青甲殻モンスターは宙を数度回って落下する。

 なおもHPは僅かに健在であるが、緑甲殻モンスターたちは束になってグローリーに爪を振るおうとするも、それをタップダンスでも踊る様に彼は躱し続け、再び奇跡のモーションを引き起こす。

 続いて現れたのは、グローリーの左右から、まるで翼が広がる様に出現した3対の雷の球体だ。それは互いに呼応するように膨張し、成長し、収縮する。

 

「フッ、受けるが良い。奇跡【太陽の光の翼】……またの名を、超必殺の破壊天使砲を!」

 

 解放。3対、計6つの雷の球体からもはやレーザーと呼んだ方が適切だろう雷撃が放出され、グローリー前面の地面を抉り飛ばしていく。それは緑甲殻モンスターと、ようやく復帰しようとした青甲殻モンスターを焼き払う。

 全滅は当然だった。締めを綺麗に奪っていったグローリーは、両腕を胸の前で交差させ、やはり親指と小指を立て、チャーミングな微笑をスミス達に披露する。

 

「おじさん……アレ、何?」

 

「私に聞くな。おじさんと言われる年齢になっても、分からないことくらいはある。あるんだよ」

 

 目が死んだ少女に問われ、スミスはそう返すしかなかった。

 だが、噂通りの馬鹿ではあるが、どうやらもう1つの噂も真実だったようだ、とスミスは少しだけの安心感を覚える。

 聖剣騎士団最高戦力傭兵、ランク5のグローリー。

 彼は人格と実力を認められてランク5に選ばれた。逆に言えば、馬鹿である事が周知の事実でありながらも、高ランクに収まるだけの理由があった。

 戦えば無双。

 その身に敗北は無し。

 どんなボスを相手にしようとも、笑顔と馬鹿さを失うことがない。

 恐らく『正面』からぶつかり合えば、ユージーンも、UNKNOWNも、スミスも、クゥリも苦戦必至だろう、ぶっちぎりの最強。

 

「太陽万歳!」

 

 両腕を掲げたYのポーズを取るグローリーは、爽やかに魂の叫びを響かせる。

 

「最初から……あの人が戦えば良かったんじゃないかなぁ」

 

「言うな。言わないでくれ。彼は馬鹿なんだ。本当に……『馬鹿』なんだ」

 

 無垢な少女の呟きに、スミスは目元を手で覆う以外に無かった。




・システムメッセージ
Yの集団がログインしました。

それでは、163話でまた会いましょう。

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