SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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本エピソードの初期:狩人無双!
現在:騙して悪いが、いつも通りだ。ランク1が2人がかりだ。見せてみろ、お前の可能性を。


Episode15-11 容疑者

 重量型の両手剣を片手で巧みに操り、呪術でただでさえ高火力なのにブーストをかける。それがユージーンの戦法だ。

 元々がALOのサラマンダーという種族出身だからか、それとも彼自身が火炎属性にこだわりがあるのか、どちらでも構わないが、高いSTRに裏打ちされた重量武器を暴風の如く操る姿は脅威そのものである。

 しかも、ただ振り回すだけではない。呪術の火をチラつかせて集中力を剣戟以外に割かせ、そして彼自身もまた扱い難い重量剣のいろはを知った、接近戦に長けた剣士である。

 さて、どうしたものか。あくまで冷静に、だが焦りがジリジリと内側で熱を帯びているオレは、チェーンブレードでユージーンの斬撃を受け流し、あるいはガードし、現状の打破を模索する。

 ここでユージーンに反撃すれば、それこそ決定的な亀裂をもたらし、交渉は不可になる。今でも十分に絶望的ではあるが、それでも誤解が生んだ闘争ならば、そこに突破口があるはずだ。

 絶対に傷を負わすわけにはいかない。回避と防御に撤し、その間に策を考える。だが、オレの思考に説得材料を探す暇などなく、頭上より強烈なソウルの光が降り注ぐ。その前兆のようにユージーンが不自然なバックステップを踏んだお陰で助かったが、白魔女風の恰好をしたエイミーの【ソウルの雷光】がいつの間にか頭上に設置されていたのだ。

 ソウルの雷光は、上空にソウルの塊を配置し、敵対プレイヤーやモンスターにビームのようなソウルを放出するという魔法だ。これもまた上級魔法で扱い辛いのであるが、オレがユージーンの剣戟で動きが鈍らされた間に設置されるとは、さすがは魔法特化といったところか。

 だが、バックステップを踏んだユージーンの左手に巨大な炎の塊が生み出され、オレへと投擲される。寸前で屈んで回避に成功するも、炎の塊は背後の古竜の骨格標本に命中し、爆風が背中を撫でてオレのHPを微少だが削り取る。

 ソウルの雷光は囮。本命は一瞬でも意識をそちらに奪われたオレに、ユージーンが呪術【大火球】を命中させる事か。しかも、回避の間に地上から連続で火柱を立ち上げながら追尾する【火蛇】を追加で放っている。

 呪術と魔法で押し込む気か? シンプルだが、悪くない手だ。足下の水面を弾かせながら、オレは火蛇から逃げ惑うも、そこにエイミーのソウルの槍が迫る。寸前でストップをかけてその反動で背中を逸らしながら跳躍し、火蛇が火柱を立ち上がる最中の僅かな追尾のテンポの遅れを利用し、火柱と空中で交差して追尾を振り切る。

 だが、それすらも狙い。ユージーンが上空で≪両手剣≫の空中型ソードスキルであるヘルムブレイカーを発動させ、滞空するオレへと急速落下しながら眩いライトエフェクトを帯びた斬撃を迫らせる。

 咄嗟にチェーンブレードで防ぐも、空中では受け身を取れるはずが無く、オレは床に叩き付けられ、そこから更にヘルムブレイカーで強引に押し込まれる。ガード越しでもHPが2割以上も削れ、そのままSTR任せに拘束されそうになるのをユージーンの腹を蹴って押し飛ばそうとする本能に慌ててブレーキをかけ、水をつかんで目潰し代わりに彼の顔面を狙って飛沫を浴びせ、僅かにオレを見失った瞬間にチェーンブレードの刃を破壊されながら拘束から逃れるも、背後から魔法特有のアバターに染み込むようなダメージフィードバックを受ける。

 糞が。【反射するソウルの矢】か。オブジェクトに命中したら貫通性能の無いソウルの矢系は消滅するが、この反射するソウルの矢は3回まで跳ね返る特徴を持つ。威力は低いが、とにかく屋内戦や障害物が多い場所で猛威を振るう魔法だ。

 背後からの直撃だが、瑠璃のコートは魔法属性防御力が高い。それでも魔法特化のエイミーの攻撃となれば、HPが1割損である。ソウルの槍を喰らったら半分どころの被害じゃ済まないな。

 それよりも問題なのはチェーンブレードだ。刃が破損し、刀身にも亀裂が入っている。まずいな。チェーンモードはオレの切り札だというのに、これでは威力減どころか発動できるかどうかも怪しい。

 

「…………」

 

 無言でユージーンは威圧をかけながら、左手の呪術の火で剣を撫でる。炎の武器でエンチャントをかけ、更に火力を増幅させたか。まるで石油に浸したかのように業火を纏う両手剣を右手で振るい、火の粉を舞わせるユージーンは安易に攻め込まない。

 もしかしたら、オレが何ら反撃しない事を『何か作戦があるのか』と疑っているのかもしれない。エイミーはあれだけ高火力魔法を連発しても魔力が尽きる様子も無い。

 ユージーンは赤い鎧装備であるが、軽量化処置が施された特注品である。関節部を大幅に削り取って鎧の噛み合わせの音を削り、また機動力を引き上げてある。ジャングル仕様といったところか。エイミーは普段通りの格好であるが、彼女の周囲には滞空するソウルの塊がある。人質に取ろうにも、あれを潜り抜けながら彼女に接近するのは至難の業だ。

 どうする? どうすれば良い? 歯を食いしばるオレに、本能は囁いている。

 

 

 

 皆殺しにしてしまえば良い。依頼など関係ない。今ここで生き残る為には、彼を殺すしかないのだ。

 

 

 

 ああ、そうだ。その通りだ。意識が冷めていく。ここでユージーンとエイミーを殺害しても、それは不可抗力だ。クラウドアースからは報復行為もあるかもしれないが、そんな事はどうでも良い。

 ランク1という最強の獲物。それをここで見逃すのか? この絶好の機会を堪能すべきではないのか? オレは誘惑にかられ、カタナに手を伸ばす。

 本能を全開にして、チェーンブレードを捨てて、カタナの高速戦闘に切り替える。ガード性能が高いライアーナイフで防御しながら、まずは右腕を奪い取る。

 

「……違う」

 

 だが、その手をオレは精神の限りを尽くして止める。

 成すべきは依頼の達成。そして、条件はクラウドアースのユニークスキルの獲得。それこそが、今ここでオレが戦い続ける理由だ。

 本能の否定は思考と動きを鈍らせる。僅かな集中力の途切れを見抜いたユージーンが踏み込み、両手剣のリーチを活かした突きを迫らせる。だが、それはブラフ。回避したところに、エイミーの反射するソウルの矢が迫っていた。それをあろうことか、彼は横薙ぎに派生させた両手剣に接触させて反射させ、オレの回避ルートへと軌道変更させる。

 体を捩じって反射するソウルの矢を躱すも、ユージーンの蹴りが腹に決まって体が浮かび上がり、追撃に肘内を後頭部に浴びて床に叩き付けられる。口内に水が侵入し、冷たい液体が喉と腹まで流れるも、オレは動揺せずに身を転がして突き刺し攻撃を紙一重で避ける。

 駄目だ。オレは反撃しようと勝手にコートの裏地から羽鉄のナイフを取ろうとした左手を諌める。

 残りHPは6割強だ。汗と水が髪を伝って滴る。

 説得しようにも、事情が分からない以上は、何を語り掛けるべきか分からない。まずは彼らの矛を収めさせ、会話できるだけの土台を作る事。それが必要だ。

 だから、オレが思い出したのは、およそオレらしくない最悪の手段。だが、依頼を達成する為にも、この危険な橋を渡る以外にない。

 

「オレらしくないな」

 

 そう呟きながら、オレは迫るユージーンを見つめる。炎の武器で両手剣を神々しく燃え上がらせ、彼は振り上げた刃を煌めかせる。

 それを見つめながら、オレは右手のチェーンブレードを投げ捨てる。両手をフリーにしたオレは、ユージーンの剣を避けなかった。

 

 

 

 そして、オレの左肩に灼熱の刃が食い込んだ。それはそのまま容易くオレの左腕を奪い取っていった。

 

 

 

 床へと肩から先の左腕が落ち、水面を叩いて飛沫を上げる。デバフの熱傷が左肩から広がるも、そんな事はどうでも良い。今の一撃でオレのHPは2割程度まで減少してしまっている。更に欠損がスリップダメージを生み、オレのHPはじわじわと削れている。幸いにも不死鳥の紐のオートヒーリングが欠損ダメージを僅かに緩和しているが、それは焼け石に水というものだ。

 

「……貴様」

 

 目を見開いたユージーンに、オレは左腕を失ったダメージフィードバックを表情に出さずに微笑む。

 

「オレは……オマエらの敵じゃない」

 

 それを見た彼は、ハッと我に返ってエイミーがオレを狙って放ったソウルの槍へと大火球で威力を殺し、なおも高い貫通性能のお陰で接近するそれを自らの剣と肉を盾にしてオレへの直撃を防ぐ。

 

「ちょ、ユージーン!? どういうつもり!?」

 

 本来はユージーンがソウルの槍をギリギリで回避し、腕の欠損とスタンで動けなくなっていたオレにトドメといった計算だったのだろう。大火球と剣でガードしたとはいえ、ユージーンのHPは2割ほど減っている。本当にヤバかった。アレが直撃していれば、半分といわずに7割くらいはHPが消し飛んでたかもしれない。

 

「ここで【渡り鳥】を殺すのは簡単だ。だが、オレは誰かの策謀に踊らさせる気はない」

 

「どういう意味なの?」

 

「【渡り鳥】は一貫して反撃せず、防御と回避に撤し、あまつさえ腕を捨ててまでオレ達と敵対する気はないと主張している。殺すにしても、ここまで無力化したのならば、話くらいは聞いても良いだろう」

 

 仲間の急な方針転換に付いていけないのか、エイミーは困惑しながら、ぐわんぐわんと頭を回し、それでも接近戦に乏しい彼女はジャングルを生き抜く上でもユージーンに従うしかないのだろう。それなりに整った顔が不細工になるくらいに顔を歪めて嘆息する。

 

「OKOK。アンタがボスで、あたしは子分。ランク1様の我儘に従おうじゃない」

 

「それで良い」

 

 当然だと言わんばかりにユージーンは鼻を鳴らす。エイミーはその不遜な態度に歯ぎしりして罵倒を堪え、バシャバシャとその場で足を踏み鳴らして水飛沫を撒き散らす。

 とりあえず、まずは会話を成立させる土台ができたか。オレは安堵の息を漏らし、ユージーンに止血包帯の使用の許可を取った上で左肩に使用する。

 信用もなく、敵意の塊のような相手と会話する為には、力で屈服させるか、それとも自らを崖際に追い込んで無力をアピールするか、そのどちらかだ。前者を選ぶのは簡単だが、後衛付きのクラウドアースの最高戦力に不殺の心構えとか自殺行為だ。オレが選べるのは、ナナコがしたように自らを切り捨てるインパクトで相手に交渉の余地を生み出させる事だけだった。

 オレは武装を全て解除して無防備になると、戦闘の余波で崩れた古竜の骨格へと腰かける。それに対してユージーンは腕を組んで見下ろし、エイミーは距離を取っていつでも魔法を使えるように構えている。

 もちろんHPを回復させてくれない。あくまで、いつでも殺せるという状態こそが現状を維持する条件なのだ。1割半程度を残して点滅するHPバーの自己主張が煩わしいが、オレは我慢して左腕から広がる不快感を噛み締めながら、まずは軽くユージーンに頭を下げた。

 

「まずは先に明らかにしたい。貴様はクラウドアースに雇われているな?」

 

 いきなり真実に切り込むユージーンにオレは素直に驚いた。

 

「ああ。表向きはセイレーン音楽隊に雇用されているが、本当の依頼主はクラウドアースだ。でも、それをどうして?」

 

「そもそも、貴様に大ギルド以外で重要な依頼をするような真っ当なギルドがいるとでも?」

 

 馬鹿にするようにユージーンは目を細める。そうだよな。まずそこから疑うのは当然か。オレだって客観的に自分を分析すれば『どう考えても裏で何処かの大ギルドが雇っているな』って考える。

 そ、それでも、オレにだって普通の……普通の依頼を出してくれる中小ギルドも……い、いいい、いるに決まって……うん、思いつかない。お得意様と言えば、3大ギルド以外は本当にいないからな。

 

「聖剣騎士団はそんな回りくどい真似をしないだろう。ディアベルと貴様がそれなりの友好があるのは既知の事実だ。自陣営として正式発表した方が他勢力にプレッシャーをかけ易い。太陽の狩猟団も考えたが、それもあり得んな」

 

 太陽の狩猟団があり得ないとは、どういう事だろうか? いや、これは今ここで尋ねるべきではないな。

 

「これらを踏まえ、貴様がシャルルの森にいるとアピールした上で、ユニークスキル獲得の為に動いていると思わせつつ、他勢力の削り取りにかかっている。そして、オレと交渉しようとした態度から、貴様はオレ、ないしクラウドアースのサポートも依頼に入っているという見解に至った」

 

「スゲーな」

 

「確かに貴様は危険な傭兵だ。だが、決して依頼主を裏切らない。そこだけは誰もが認める事実だ。腕を捨てでも敵対しないならば、クラウドアースに雇われたという結論以外は最初から無い」

 

 ならば、とユージーンは話を続ける。彼がオレを殺さないのはクラウドアース陣営だからではなく、フレンマ殺害の件について整理する為だ。

 

「フレンマを殺害したのも依頼の範疇か?」

 

 この質問がくるのは当然だ。あくまでユージーンはフレンマ殺害容疑をオレにかけ、また異論の余地は無いと判断している。ここから判断できる事とは、彼はオレがフレンマを殺害した現場を目撃しているのだ。

 

「違う。クラウドアースとはそちらの陣営だとバレないように偽装戦闘する予定はあったが、殺しはしない。まずは情報をくれ。ふざけてると思われるかもしれねーが、オレには身に覚えが無いんだ」

 

「本当にふざけてるわね」

 

 呆れた様子のエイミーは、汚物でも見るような目でオレを睨む。だが、オレはそこに反発する事も無く、あくまで被疑者として弁論させてもらう立場として沈黙して彼女の目を見つめ続ける。

 

「……フレンマが殺されたのは3日目よ」

 

 オレの眼差しに耐えきれなくなったのか、エイミーはぼそぼそとフレンマの死について語り出す。

 

「あたし達3人は最初から組んで行動したわ。フレンマの呪術はジャングルのモンスターにも通りが良かったし、あたしの護衛という意味でも層が単純に倍になるから、組まない理由は無かったわ。それにクラウドアースの報酬にユニークスキル獲得ボーナスは無いし。誰が取っても同じ報酬が支払われるから裏切りの心配もない」

 

「マジ?」

 

 それは意外だ。というのも、仲間割れの危険性があってもボーナス設定をするのは、傭兵のサボタージュを防ぐためだ。監視する余地が無いジャングル内で、誰がユニークスキルを獲得しても同一の報酬が支払われるならば、わざわざリスクを冒さずに隠れ潜んでおけば良いからだ。そうなれば、傭兵達は誰もがリスクを押し付け合って依頼達成が困難になる恐れがある。

 

「……その代わり全額後払いなのよ。失敗したら報酬ゼロ。赤字なんてものじゃないわ。前金代わりにそれぞれがクラウドアースから希望したレアアイテムを受け取っているけど、これも依頼が失敗したら返却義務が発生するのよ。依頼失敗で紛失・破損してたら賠償ね。本当に最悪」

 

 鬼だ。鬼がいる。ミュウはボーナスでとにかく煽る依頼が多いのだが、クラウドアースはボーナス設定をほとんどしない事で有名だ。その代わりに報酬が安定して高額なのであるが、その分だけ審査が厳しい。足し算形式の報酬の太陽の狩猟団、引き算形式の報酬のクラウドアース、バランスの取れた聖剣騎士団。伊達に3大ギルドばかりから依頼を受けているオレは、彼らの報酬基準を熟知している。

 しかし、なるほど。これならば確かに仲間割れを防ぐ事ができる。自分のお目当てのレアアイテムを入手できるチャンスとは、多額のコルよりも価値がある。これで報酬ゼロの危険がある依頼に対しても傭兵達はそれなりの意欲を持って受託するだろう。そして、レアアイテムに失敗すれば返却義務がある以上は、誰かの成功を座して待つような真似はしない。

 これが前金ならば、こうはいかないだろう。あくまで釣り餌は希少価値の高いアイテムでなければならないのだ。コルなど、極論を言えば幾らでも稼げるのが傭兵なのだから。

 

「我々はクラウドアースから提供されたルートに従い、中心部の迷宮を目指した。だが、我々は夜襲を受けた。白髪を靡かせた女のようなプレイヤーからな。元々夜襲に警戒していたオレ達は返り討ちにして手傷を負わせたプレイヤーは追跡したが、その先にあった≪罠感知≫が機能しない落とし穴に嵌った」

 

 話を引き継いだユージーンは苦々しく自身の汚点を述べる。プライドの高い彼からすれば、自分が罠にまんまと引っ掛かったなど口にしたくもないはずだ。

 

「しかも、多量の土石を降らせて生き埋めよ。あたし達が最後に見たのは、落とし穴に落ちたあたし達を助けようとしたフレンマを、背中からカタナで心臓を突き刺した白髪のプレイヤー。ユージーンの『切り札』が無ければ、あたし達は仲良く窒息死してたでしょうね」

 

 ……うわぁ、これは疑われてもしょうがない。わざと手傷を負って追跡させて、その先に自前で掘った落とし穴を準備して、助けようとしたヤツを背後から襲い、トドメに生き埋め。どう考えてもオレのやり方だ。しかも白髪で女みたいなプレイヤーって……まさにオレの特徴そのものじゃねーか。

 確かに否定しようもない位に、ユージーン達を襲ったのはオレだ。だが、彼は『謀略』という単語を使った。という事は、オレの非敵対アピール以外にも、何か疑わしい点を発見したという事だろう。

 

「どう? これでも言い逃れするならお聞かせ願いたいものね」

 

「まず第1に、その襲ったプレイヤーの顔は確認したのか? 女みたいだったってのは……まぁ、オレも自分の顔だし認めてやるけど、ハッキリと目撃したのか?」

 

「したわよ。間違いなくあなただったわ。フレンマを殺した瞬間、あなたの顔をハッキリと見上げて目視したわ。女として悔しいけど、その綺麗な顔を見間違える方が難しいでしょうね」

 

 ここまで断言するとなると、エイミーの証言に嘘は無いのだろう。ユージーンも否定しない。

 まずいな。顔を目撃されてるとなると反論の余地が無い。ここはユージーンに期待するしかないだろう。オレは彼にエイミーと同意見なのかと問うように視線を向ける。

 

「……だが、1つ疑問はある。夜襲の際、貴様は仮面をつけて襲ってきた。だが、わざわざフレンマを殺害する時には外した。オレ達に顔を見せつけて優越感に浸りながら殺す為かとも思ったが、貴様と違う点も幾つかあった」

 

「違う点?」

 

「身長だ。斬り合っていて気付いたが、貴様の方が若干背が低い」

 

 ……どうせオレはチビだよ。160センチにも届かない豆粒男子さ。おのれ、茅場晶彦! オレから成長期を奪い取った報い、必ず受けさせてやる!

 

「武器に関しても、襲ってきた時の貴様はカタナのみだった。軽量化の為とも思えたが、そもそも貴様の戦闘スタイルは多種の武器を切り替えるものだ。その点も怪しい」

 

「防具は? 鍔や刃渡りは? これと同じか?」

 

 オレは彼らに許可を貰ったうえで、雪雨をアイテムストレージから取り出してユージーンに渡す。武装解除しており、所有権もオレにあるが、普通にアイテムとして実体化させているので彼でも手に取ることはできる。まぁ、攻撃力は装備していないので発揮されないけどな。

 中距離戦が主なエイミーには夜間の攻撃もあってか、カタナをじっくりと目視していないのだろう。分からないと言うように肩を竦める。だが、ユージーンは溜め息を1つ吐いた。

 

「どうやら、貴様もオレも嵌められたようだな。防具はマントを羽織っていたので確認できていない。だが、カタナは鍔も刃渡りも同じだが、刃紋が異なる。上手く偽装された別のカタナだ」

 

「ちょっと待って。【渡り鳥】がもう1本隠し持ってるかもしれないわ」

 

「あり得んな。そんなまどろっこしい真似をして何になる? アイテムストレージは有限だ。ただでさえ武器は容量を圧迫する。ブラフの為だけに雪雨と同じ刃渡りのカタナに似せた拵えを準備するメリットなど無い」

 

「でも、刃紋なんて一々確認するものじゃないでしょう!?」

 

 エイミーの反論は尤もだが、それは雪雨に限っては異なる。さすがはクリスマス限定入手の準ユニークウェポンという事もあってか、雪雨の刃紋は特徴的だ。雪のような白銀色が繊細に刃紋の黒を縁取っているのである。その美麗さはカタナの中でも1級品だ。そして、こうした刃紋はカタナの特徴であり、≪鍛冶≫で許された装飾変更程度では再現できない。

 それをユージーンに説明されても、エイミーは納得できないようである。

 

「だったら顔は!? あたし達は確かにあなたの顔を目撃したのよ!?」

 

「それだよな。可能性としては、やっぱり≪変装≫か?」

 

「無理に決まってるでしょう? ほら、やっぱりフレンマを殺したのはあなたよ」

 

 アバターの容姿を変更できるスキルである≪変装≫ならば、設定を凝ればオレの顔とそっくりに化ける事も出来るだろう。髪型や目は時間をかけて同種か限りなく近いプラグインを入手すれば良い。

 問題なのは≪変装≫状態では攻撃行為が一切できない事だ。最初は仮面をつけて顔を隠していたから上手く誤魔化せたかもしれないが、フレンマを殺害した時はカタナを背後から突き刺した上で『オレの顔』を披露している。

 この難問を解決するには、どうしたら良い? と、そこでオレは1つのヒントに気づく。そうだ。答えは今目の前にあるではないか。

 

「確認するが、フレンマの死体は見たのか?」

 

「もちろんよ。落とし穴から脱出したら、すぐ傍らに彼の遺体があったわ。アイテムは略奪されていたけど、顔も装備も本人だったし、背後からカタナで刺し殺された形跡もあった。呪術が使えないように、両手首を落とした上でね」

 

 エイミーの証言をユージーンは否定しない。彼も遺体を確認したのだろう。ならば、フレンマの死亡は事実だ。そして、実際にカタナで刺殺された形跡もあった。

 

「トリックは見えた。つまり、オマエらが生き埋めにされた後にフレンマは少なくとも両手首を斬り落とされるまで戦闘を続行したわけだ。だったら簡単だ。≪変装≫したソイツは、『武器として装備していないカタナを突き刺した』のさ」

 

 攻撃力はアイテム扱いなのでほぼ無し。つまりオブジェクトと同じだ。そして、オレのアイテムストレージには木の杭がある。攻撃力は低く、攻撃アイテム扱いでもないが、それでも防護されていない相手を貫くには十分だ。

 そう、今まさにユージーンは装備していない雪雨を手に持っている。傍から見れば、ユージーンが雪雨を装備しているようにしか見えないはずだ。

 

「オマエらにオレがフレンマを突き刺した光景を見せて、その後にフレンマを光景通りに≪変装≫を解除して武器を装備した上で殺害する。失敗だったのは、フレンマが想像以上に粘ったせいで無力化の為に両手首を斬り落とした事だな。本当なら、オマエらが見た光景通りの遺体を準備したかったはずさ」

 

 あるいは、ユージーンの脱出を想定して、迅速に決着をつける為にもフレンマを必要以上に傷つけてしまったか、だな。

 オレの無実は証明しきれていないが、第3者の犯行という推理も立った。エイミーは納得しきれないように唸るが、やがて全身を脱力させた。

 

「良いわ。あなたは灰色。これ以上の妥協は無理」

 

「それで構わない。それよりも、オレじゃない誰かがフレンマを殺害したとしても、手際が良過ぎるな。明らかにオマエらを待ち伏せしている」

 

 そうなると、ユージーン達がどのようなルートでシャルルの森に侵入したのかがバレていた事になる。襲撃者はルートとユージーン達の移動速度から夜営できる休憩地点を割り出すというシャルルの森の情報力も、たった3日で所有していなければならない。

 

「【渡り鳥】、その前に貴様の口から聞きたい事がある」

 

「何だよ」

 

「ナナコを殺したというのは本当か?」

 

 まさかユージーンの口からナナコの死について尋ねられるとは思わず、オレは一瞬だが硬直してしまう。それを是と受け取られても困るので、オレは彼からカタナを返してもらいながら、首を横に振った。

 

「ナナコの遺体は確認した。だけど、それだけだ。遺体は酷く損壊してたからな。偽装って線もある」

 

「……そうか。実は、この古竜博物館にソウルがあると情報提供してきた奴が、ナナコは貴様によって殺されたと言っていたからな。貴様が無差別でプレイヤーを惨殺して回っているから注意しろ、ともな」

 

 一体誰がそんな事を? オレが睨むと、ユージーンは組んだ腕を解き、そろそろ出発すると構えを取る。

 

 

 

 

 

「フリッカーだ」

 

 

 

 

 

 もはや訳が分からん。オレはついにギブアップを表明したくなるほどに混乱の極みに到達する。だが、それを表に出さないように精一杯に努力し、内側で押し留める。

 

「……その情報はいつ頃に?」

 

「一昨日の夜だ」

 

「あり得ねーな。フリッカーは初日に殺されてるんだ。オレが殺したわけじゃないが、遺体は確認している。オマエらが死人と話をしたなら別だが」

 

 これにはユージーンも驚きが大きいのだろう。彼はエイミーと顔を見合わせるも、彼女の方がもう限界だと言わんばかりに頭を抱えてしゃがみ込む。

 

「本当にいい加減にしてよ! あたし、そんなに頭良くないのよ!? これって何!? ミステリー小説の登場人物にでもさせられている訳!?」

 

「それはこっちの台詞だ。オレなんて明らかに問題の中心部にいるじゃねーか! オマエらにフレンマ殺害容疑をかけられて、死人が歩き回ってオレを無差別殺人鬼だと言いふらして、挙句にどう考えてもオマエらにオレを殺させる為にここに誘導してるじゃねーか!」

 

 つまり何か!? フリッカーが実は生きていて、オレに遺体を漁られた挙句にワニと肉食魚のご飯にされるのを見守っていたのを根に持って、傭兵達を煽りに煽りまくって、オレを殺そうと企んでいるのか!?

 本当に何がどうなっているのだ? そこまで恨まれるような真似は……いや、確かに防具を剥いでちょっと可哀想な姿にしちゃったけど、ちゃんと遺体はモンスターの皆様のご飯にしちゃったけど、恨むならば自分を殺した方が先だろう!?

 それよりも何よりも、ナナコが殺害された事を知っているのは、少なくともオレだけだ。北の洋館には今も彼女の遺体があるので後から来た者ならば死亡を推測できるかもしれないが、それでもナナコが殺害されたのは最速でも一昨日の夜なのだ。つまり、ユージーン達にナナコ殺害の情報が与えられたのは、ナナコ殺害とほぼ同時である。

 

「もう良い。とにかく、オレはクラウドアース側だ。封じられたソウルもやるよ。さっさとユニークスキルを持ち帰って、この糞みたいな依頼を終わらせろ」

 

 オレはユージーンに封じられたソウルを差し出し、彼はそれを受け取る。これでユージーンが保有するソウルは2つ目だ。あと1つで神殿の扉が開かれる。

 

「ならば協力しろ。貴様が本当にクラウドアース側ならば、ここのソウルを入手するのを手伝え」

 

「……腕の再生は?」

 

「待つ意味が何処にある?」

 

 ですよねー。有無を言わさず、このまま逃げれば背後から串刺しにしてきそうな眼光を宿したユージーンにオレは片腕で降参のポーズを取った。




主人公はハンター補正があるので、苦手な謎解き&包囲網フラグを構築させてもらいました。本作で無双なんてさせちゃ駄目ですからね!

それでは、155話でまた会いましょう。

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