SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回はスミスさんのターンです。
いったいいつから、ジャングルなら主人公無双と錯覚していた?


Episode15-6 境界の6日目

(争奪戦から6日目、そろそろ持ち込んだ食料と水、どちらか、あるいは両方が尽きる頃だろう)

 

 煙草が恋しい口をむぐむぐと動かしながら、全身を緑系迷彩柄のタクティカルアーマーで装備し、今回の依頼の為だけに準備した人工葉を装着させたマントを羽織ったスミスは、お手製の落とし穴に嵌った大蛇を曲剣【カーボン・マチェット】で刺し殺す。

 ブラックコーティングが施されたマチェットは長期戦向けの強化が施され、火力と耐久度はどちらも優秀だ。長さも申し分が無い。

 撃破された大蛇の死骸は残り、ドロップアイテムとして【マンモス・ナーガの肉】を入手する。

 

(これで5個目。4時間かけてこんなものか。食料系アイテムのドロップ率が悪いな。やはり魚を狙うべきか? いや、ここは迷宮に近すぎる。周辺の安全な水場は逆にプレイヤーが集中し易い危険地帯だ。今は時間をかけてでも肉だな)

 

 そろそろ消臭の時間だ。強いニオイで上書きするタイプではない、無臭化スプレーを使用し、自分の体臭が完全に消えた事を確認した上でスミスは動き出す。今回、彼が装備している足防具は【霞歩きのブーツ】だ。防御力は低いが、アンチ≪追跡≫効果がある。だが、それ以上に彼が気に入っているのはその副産物である『足跡を残さない』という効果だ。

 完全に動く植物のような外観をしたスミスが更に≪気配遮断≫を発動させれば、もはやプレイヤーだろうとモンスターだろうと彼を中距離で察知するのは難しい。しかも人工葉付きマントは【赤外線遮断布】というレアアイテムだ。これによって熱探知系モンスターの索敵からも逃れやすい。

 スミスが目指すのは迷宮から南の方向にある、岩石が密集したエリアだ。植物の侵蝕も激しいが、隙間も多くあり、隠れ潜むにはうってつけである。その中の1つ、地下水が僅かに流れ込んでいる、自然が生み出した小部屋のような場所へと素早く潜り込む。そして木と蔦と泥土で作った即席の偽装戸で穴を封じる。

 

「今戻った、起きたまえ。食事にしよう」

 

 そう言ってスミスは小部屋の隅で土塊のようなゴツゴツとした装飾が取り付けられた毛布にくるまった、赤毛の男……ランク5のグローリーを起こす。彼はむくりと体を起こし、首を回してスミスへと爽やかに手を掲げた。

 

「おはよう、スミス。今日も素晴らしい朝だね!」

 

「……もう正午だ。まさか8時間も無防備に熟睡とは恐れ入ったよ」

 

「ハハハ! その分40時間はフルで活動するから大丈夫さ。それで、獲物は無事に狩れたのかい?」

 

 清々しい朝(昼)だと言わんばかりのグローリーの笑顔に若干の呆れを覚えつつ、スミスは調理の支度を始める。

 狭苦しい密閉空間での火を用いた調理など本来は自殺行為なのだが、残念というべきか、仮想世界に酸素という概念はなく、安心して火を使える。夜盗の火打石で獣脂を加えた薪に着火させ、グローリーにマンモス・ナーガの肉を投げ渡す。

 

「またまたマンモス・ナーガの肉だけだ。調理は頼むよ。私は≪料理≫を持っていないからね。ただし、手早く頼む」

 

 小部屋に差し込むのは、岩の亀裂から差し込む小さな光。そこから僅かな煙が溢れるかもしれない。偽装戸から出たスミスは鼻を使ってニオイが漏れていないか、鼻を使って調べ、また岩の亀裂から小さな煙が出ているのに気づくと泥土で塞いで防ぐ。

 周囲には対人向けの鳴子を幾つか仕掛けてあるし、杭を剣山のように揃えた落とし穴が山ほど仕掛けてある。奇襲を仕掛けやすい全てのルートには火炎壺とワイヤーを用いたお手製トラップ付きだ。ダメージはそこそこでも、十分な爆音と動揺を与えられるだろう。

 

(≪罠作成≫が無ければ、トラップは作成できない。だが、それは『素材や道具を使ったシステム側が準備したトラップ』を作れないに過ぎない。逆に言えば、手間暇をかけた『1から作ったプレイヤーが自作したトラップ』は十分に使用可能だ。オマケにこちらは『システムにトラップとして認知されない』という強力なメリットがある。これならば≪罠感知≫にも引っ掛からないが、やはり耐久度の自然減少と環境復元による持続時間の短さ、それに威力不足がネックだな)

 

 剣山落とし穴にはマンモス・ナーガを狩り続けて回収した多量の【マンモス・ナーガの毒】をたっぷりと塗って……いや、半ば浸してある。レベル1の毒なので効果はあまり期待できないが、それでもスリップダメージは防御力無視の固定ダメージが狙える。無いよりはマシだ。

 

(この隠れ家を狙撃できるポイントは全て有効視界距離内だ。シノンくん対策はこれで十分だろう。クゥリくん対策としてはトラップだけで十分だ。彼の本能を逆手に取る。ここは『システムに認知されていないトラップ地帯』だ。獣は自ら毒ガス地帯に迷い込まないように、無意識に危険を回避する。不可避の進路上ならばともかく、広いジャングルの小さな岩場だけ。余程意識しない限り、彼は自分の本能が『無意識にこの場所を避けている』ことに気づかないだろう)

 

 他のプレイヤーはそもそもシステム外トラップを潜り抜けられるとは思えない。故に、この場所は磐石。見た目はただの岩場でも、その正体は死神が涎を垂らして獲物を待ち構える難攻不落の要塞だ。

 スミス個人としては地雷も仕込みたかったのであるが、さすがに≪罠作成≫が無ければセットできないらしく、無念の一言である。次のスキル枠が入手できれば、≪罠作成≫を取るのも面白いかもしれない、とスミスは成長方針を弄ぶ。

 

(『システム外トラップ』は私の見つけたシステム外スキルだが、クゥリくんとシノンくんにも知られている。シノンくんはともかく、彼は悪辣なトラップを仕掛けそうだな。だが、彼が北に行くように『誘導』することはできた。しばらくは問題ないだろう)

 

 さて、問題はクゥリが何処まで自分の仕込みに気づいているか、だが、察知されていようといまいと関係ない。彼ならば、必ずパッチの情報を利用するはずだ。

 パッチはそもそもディアベルを毛嫌いしている。彼が聖剣騎士団の依頼を大人しく受託するはずがないのだ。タネを明かせば、パッチを雇うように手を回したのはスミスだ。

 彼に与えた仕事はただ1つ、迷宮に張り込んでクゥリを発見したら、彼の名前を叫んで合流する事だ。それもなるべく危機を演出してだ。まさか堀に囲まれた神殿が迷宮とは思わなかったが、お陰で効果的にアピールできた。

 クゥリならば損得勘定とパッチの性格を考慮し、救出した後に脅して(場合によっては殺害も視野に入れて)情報を引き出そうとするはずだ。パッチは≪気配察知≫と双眼鏡で神殿に侵入できる東西南北を見張る。いかに隠蔽ボーナスを高め、≪気配遮断≫の熟練度が高かろうとも、【ハイエナ】と揶揄されるパッチの≪気配察知≫、堀周囲の開けた場所における隠密効果の減少を加えれば、十分に発見は可能と踏んだ。念には念を入れてパッチには【心眼の指輪】を貸し与えて隠密看破能力を徹底的に引き上げさせている。

 そうしてクゥリを発見させ、救出させ、情報を渡す。嘘は駄目だ。彼は嘘に潜む危険を嗅ぎとるかもしれない。本当の情報を……その中でも『スミスから距離的に引き離し、なおかつ時間を大きく消費させるソウルの獲得情報』を彼に与える。彼が北側に行っている間に、スミスは南側のソウルを狙う作戦だ。

 

(問題なのは、彼が『あの』ナナコとウルガンと手を組んだ事か。これだから若い子というのは柔軟性があって恐ろしい。誰も信用できないはずのバトルロワイヤルで即座にその発想に至って実行できるとはね。クゥリくんのコミュ力の無さとワンマンアーミーっぷりを考えれば、単独行動維持と踏んでいたが、あのサイコキラーは相変わらず嫌な手を打ってきている)

 

 パッチがジャングルに逃げ込んだフリをしてクゥリの様子を窺っていたところ、ナナコとウルガンが彼と手を組んだのを目撃したと報告を受け、スミスは思わず天を仰いだものである。

 ナナコとは以前に1度だけ依頼中にぶつかり合った事があるが、彼女は狂人だ。傭兵になったのも、『誰にも罰せられる事無く、依頼という形で大量殺人ができる』からだ。

 クゥリは本能で人を殺す。スミスは理性で人を殺す。彼女は何処までも人間的な欲望で人を殺す。手に負えないのは、そんな自分の性を正しく把握し、制御し、最大限に実利を生む方向で活用できる点だ。誰かを殺したいのではなく、『殺し』自体が好きなので、それを恒久的に続ける為ならば目先の獲物や刹那の快楽には目もくれない。

 やはりあの時仕留めるべきだったか。スミスは彼女と偶発的にぶつかり合った依頼を思い出す。豪雨が降り注ぐ採掘施設での戦いだったが、彼女は殺害したギルドNPCや調教済みモンスター、警備プレイヤーを次々と蘇らせて物量攻撃を仕掛け、スミスは多量の銃弾を消費した。結果的には無傷の勝利だったものも、大赤字である。

 その時に彼女の『切り札』の撃破にも成功し、あと1歩まで追い詰めたのだが、彼女は採掘施設の傍にある崖から跳び下りた。着地を綺麗に決めて最大限に落下ダメージを減少させても両膝より先が完全に潰れ、もはや絶望的とも思える状態でも彼女は這って濁流の川に身を投げてスミスからまんまと逃げおおせたのである。

 恐れるべきは落下死と溺死の危険を鑑みない点ではなく、『起死回生の判断ができる』事だ。必要とあれば、自分の足を潰す。ジャングルを生き抜くのにクゥリが最適と判断すれば、仲間に引き込む為ならば両腕だって斬り捨てるパフォーマンスだってしてみせる。

 そういう意味では、クゥリに近い性質がある。彼も『殺す』為ならば腕くらいは簡単に捨てる。今も隻眼の理由であるカーク戦では、ただ一撃を入れる為だけに左目を捨てたと聞き及んでいる。

 ウルガンは対人戦向きだ。モンスター戦では傭兵として凡庸な戦績しか残していないが、盗賊討伐や強力なNPC戦などが控えるイベントやダンジョンなどでは正しく無双。基本的に無口で群れない独立傭兵だが、最近はナナコが積極的に協働している姿が見受けられる。皮肉にも、スミスが真正面から死体を使った物量戦と『切り札』を破った事が、彼女に前衛とチームを組む必要性を学ばせてしまった。

 ちなみにスミスは、クゥリ・ナナコ・ウルガンの3人を『ランク詐欺三羽ガラス』と勝手に呼んでいる。どいつもこいつも実力は1桁ランカー級なのに、悪名と不人気と大ギルドの陰謀のせいで実質最下位だったり、人格面に問題があり過ぎて重要度の高い依頼が回されなくて低ランクだったり、協働専門と対人向けのせいで戦果が実力に比例していなかったり、と悪夢のような連中だ。

 偽装戸を開けて天然小部屋に戻ったスミスは、グローリーが作成した保存肉を受け取る。腐敗対策の保存効果を付与できる【防腐の緑草】を調味料としてグローリーに持参させてある。防腐の緑草はアイテムストレージ容量の消費も小さく、多量に持ち込む事ができた。これを使って現地で保存食を作る計画である。ただし、味は下の中ほどに落ちるが、保存食に味を求める方が間違いだ。大事なのは緊急時に飢えを満たせるか否かである。

 

「これで保存肉は10人分。朝夜の2食と考えれば、スミスと私で2人で5日分か。もう十分ですね!」

 

「いや、もう5日分作る」

 

 今ここで食事する分には防腐の緑草は使用されていない。スミスは肉の塊をナイフで切り分け、一口サイズにすると刃を突き立ててフォーク代わりにすると貪る。上品にも食事用のナイフとフォークで切り分けるグローリーは複雑な表情をしているが、そんな物にアイテムストレージを割くくらいなら投げナイフを1本でも持ち込んだ方が有用というのがスミスの持論だ。

 

「お言葉ですが、もう籠って3日ですよ!? 私たちは『1番乗り』で神殿に到着したのに、何で指を咥えて3日間もこんな穴倉に籠らないといけないんですか!?」

 

 不満をぶちまけるグローリーに、やはり若さとはこういった逸る気質を見せる方が可愛げがある、と彼は小さく笑う。

 

「グローリーくん、我々が何故リスクを背負ってまで昼夜問わずに迷宮を目指したか、分かるかな?」

 

「もちろん、ユニークスキルを誰よりも先に入手する為でしょう!」

 

「違うな。万全の体制を整える為だ。グローリーくん、このシャルルの森が他のダンジョンと決定的に違う点は何だと思うかな?」

 

 ナイフに刺した肉を振りながら、簡単なクイズをスミスは提示する。それに対し、グローリーは髪を掻き上げて白い歯を光らせた無駄に凝ったポーズで答える。

 

「汗を掻く点です! でも、ご安心ください! 私のイケメン度は汗でむしろ倍増中ですから! フッ! イケメンで生まれた自分が憎たらしいですよ。雨ならぬ、汗も滴る良い男として生まれて、世のブ男たちの妬みが突き刺さって熟睡はまた出来そうにない」

 

 たっぷり8時間先程寝たばかりだろう、と野暮なツッコミをスミスは入れない。

 

「キミのナルシスト発言はどうでも良いとして、採点すれば5点だな。このダンジョンの最大の違い、それは他のダンジョンよりも遥かにサバイバル要素が強い点だ。これだけ広大なダンジョンならば、普通はモンスターの侵入禁止エリア、ギルド拠点などが準備されているものだ。だが、このシャルルの森は隔絶された自然世界において、容赦なくプレイヤーにサバイバルを強いる。むしろ、それこそがコンセプトだ。ユニークスキルはその為の『餌』さ」

 

「ほほう」

 

 素直に納得するグローリーに、この男は馬鹿だが呑み込みが早くて助かる、とスミスは続ける。

 

「12のソウルの試練なんて言ってるが、要はより長時間ジャングルに滞在する事を強いる為のギミックに過ぎない。もちろん、それ自体も難易度は高いだろうが、本当の敵はこの環境そのものだ。食料・水・精神はキミが思っているよりも3倍速で失われていると思いたまえ」

 

「ですが、だからこそ大ギルドの補給ルートの手配があるのでは?」

 

「それは無い。私たちが強行軍してでも中心部を目指し、なおかつ拠点を準備したのは、補給が得られるのは絶望的だからだ。恐らく、最初の晩で補給部隊はおろか、大部隊を送る為の斥候すらも壊滅的打撃を被っているだろう」

 

「何故そう言い切れるんです?」

 

 グローリーの素朴な疑問に、スミスはアイテムストレージから取り出した地図を広げて見せる。これはマップデータではなく、スミスがこの周辺を目視で測量しながら作成した周辺地図だ。精度はイマイチだが、それでも48時間ごとに消失するマップデータよりも信頼が置ける。地図には周囲にあるサバイバルを生き抜くための飲み水、食料、危険地帯などが簡易的に書いてある。

 

「私なら最初に補給部隊を叩く。だから『彼』も……クゥリくんもそうする」

 

「……ランク41を随分と高く評価しているんですね」

 

 馬鹿らしいといった顔をしたグローリーに、スミスは彼に雇われた協働相手として、真剣な表情を向ける。

 

「彼の場合、ランクの低さはそのまま危険性だと思いたまえ。その慢心がキミを殺す事になる」

 

「他でもないあなたの忠告だ。肝に命じましょう。ですが、私はランク5としてランク41に敗北する事を良しとしない。聖剣騎士団最高位のランカーとして負けられない矜持がある」

 

「ならば、もう1つ忠告しておこう。彼と戦うならば、撤退を前提にして防御に撤するか、全てを最初から出し尽くして殺し切るか、どちらか以外を選択するな。後者を選んだならば、後先を考えずに全力だ」

 

 そこで1つ呼吸を挟み、スミスは煙草代わりの木の枝を咥えて寂しい口元を慰める。本当は煙草も持ち込みたかったのだが、今回はそれすらも削らねばならない程にアイテムストレージが逼迫していたのだ。

 

「理由をお聞きしても?」

 

「彼の最大の武器は本能だ。だが、それでは納得しないだろうから、1つ面白い話をしよう。私のアメリカの友人の話だ。彼は米国でも1、2を争うスナイパーだった。狙えば相手は必ず死ぬ。まさに死神だった」

 

「素晴らしい方ですね」

 

「ああ。彼には優秀なスポッター……ああ、狙撃主の補佐のようなものだと思ってくれ。とにかく、彼とスポッターは公私共に最高のタッグだった。彼らの趣味はハンティングで、いつものように彼らは山に籠っていた。そして、彼は1匹のコヨーテを見つけた。コヨーテにしては大柄で、普通の倍近い体格があったらしい。彼は最高の獲物だとライフルで狙いを定めた」

 

 ああ、やっぱり本物のタバコが吸いたい。ガジガジと木の枝を齧りながら、スミスはごくりと生唾を呑んで話の続きを待つグローリーに、実に退屈な結末だ、と言わんばかりに酷薄な微笑を浮かべた。

 

「だが、銃弾はコヨーテに当たらなかった。掠りもしなかった。コヨーテはまるで自分に気づいていなかったはずなのに、銃弾が放たれるその刹那に動き出した。その時になって彼らは悟った。『狩られているのは自分たち』だとね」

 

「……それで、その2人はどうなったんです?」

 

「あっという間に距離を詰められ、スナイパーは喉を、スポッターは右手を食い千切られた。当然だが、スナイパーの方は死んだよ。ハンドガンなども装備していたが、まるで命中しなかったそうだ。こうして、1人の世界最高のスナイパーはあっさりと自然に呑み込まれた」

 

「それはまた……なんていうか、悲劇ですね」

 

「悲劇? 違うな、必然だ。九死に一生を得たスポッターが言うには、コヨーテの左目は銃弾で潰れていた痕があったそうだ。そいつは銃を知っていた。人間がどのように自分を殺しにくるのか分かっていた。だから警戒を怠らなかった。自分を殺しにくる空気を感じ取れた。そして、人間の殺し方をずっと考えていた。グローリーくん、キミが相手にするランク41はこのコヨーテと同じだ。彼の本能は下手に手傷を追えば、キミの戦い方を、呼吸を、殺意を学び取り、そして確実に息の根を止める為に成長する」

 

 ごくりとグローリーは生唾を呑む。脅しではあるが、嘘ではない。だからこそ、スミスは今回の依頼で限りなくクゥリと交戦しない事を前提とした作戦を立てている。長期戦が想定され、それに合わせた武装を準備した関係上、彼を殺し切れるだけの装備を整えられていない。

 

「さて、話を戻すが、3つのソウルを得るにしても、いずれも一筋縄ではいかないだろう。確かにこのまま放置すれば誰かが3つのソウルを揃えるかもしれないが、10日間はかかると私は踏んでいる」

 

「10日間!?」

 

「ああ、10日間だ。長いなぁ、240時間だ。しかも、その後もすんなりと迷宮に入って終わりじゃない。そこからさらにユニークスキルを得る為の試練が待ち構えているはずだ。だからこそ、拠点と食料の確保は何にもまして優先すべき事だ」

 

 納得した様子のグローリーを見て、長々と喋って疲れたとスミスは息を吐く。

 さて、ここからが本題だ。実は、グローリーに話さねばならない事が1つある。補給が断たれ、飢えと渇きを感じ初めてジャングルに淘汰されていく中で、ソウルの獲得と戦力強化を目論んだ休戦と同盟が加速するはずだ。

 実のところ、今回の依頼で1番危険なのは『同じ勢力』だとスミスは睨んでいる。ジャングルという閉鎖された空間に放り出された時、発露するのは人の目という監視下で発露しなかったエゴイズムだ。

 協働には2種類ある。同じ依頼主に雇われるか、傭兵に雇われるか、だ。スミスはグローリーに雇われて聖剣騎士団の勢力として数えられている後者だ。だが、他の大半の傭兵は前者……つまり『ユニークスキルを確保するボーナス』を巡るライバルなのだ。

 背中を預ける相手は、むしろ利害が一致した一時の共闘相手、敵対勢力の方が望ましい。下手に同じ勢力など後ろを任せられない。その点で言えば、グローリーは傭兵としての無意識がそうさせたのか、スミスを個人として雇ったのは最上の一手である。『確定した報酬』で動く傭兵として全力サポートに撤するスミスは、ハッキリ言って『馬鹿』の部類であるグローリーの致命的なサバイバル適性の無さを補佐している。

 

(グローリーくんも戦闘ならば頼もしいが、サバイバル戦では期待できないな)

 

 そもそもグローリーの恰好からしてアウトだ。彼はいつものような銀色の鎧装備であり、静音性の欠片も無い。事前に擦り合わせしていたスミスは何度となく忠告したのだが、彼は聞き入れず、それどころかこの一言である。

 

『騎士が鎧を捨てるなんて、そんなの騎士じゃない!』

 

 キミは騎士じゃなくて傭兵だろう、とスミスも思わずツッコミを入れてしまった程の豪語である。

 お陰で静音性を高める為に、2つしか装備できない貴重な指輪枠をグローリーは隠密系で固めてしまっている。呆れて物も言えないが、それをサポートするのも今回のスミスの仕事だ。

 代わりに、ではないが、彼のオシャレアイテムの中に消臭効果がある香水やスプレーが入っていたお陰でニオイで索敵されることもないが。怪我の功名、とは言いたくなかった。

 

(さて、手を組むなら誰だ? シノンくんはUNKNOWNとタッグで動いているが、さすがに4人は多過ぎる。こういう時こそクゥリくんを引き込みたいが、よりにもよってナナコに先を越された。そうなるとユージーンか? いや、彼は既にチームを作るべく動いているだろう。あるいは、最初からその手筈を整えているはずだ。クラウドアースの動きが良過ぎる。ほぼ確定だな)

 

 ヘカトンケイルは駄目だ。グローリーと犬猿の仲であり、共食いが始まる。だったら、妥協して同じ勢力の777は……彼はソロとして完成している自分以上に信用も信頼もしないだろう。恐らく1人で動き続けるはずだ。

 理想的なのは、戦力的に見てグローリーよりも下の、2人と組む事に生存のメリットを感じてくれる人物だ。

 

「さて、お腹も膨れましたし、私も狩りのお手伝いをしましょう! いつまでも穴倉に引き籠もって、あなたに全てを任せっきりなんて私のナイト・ロードに泥を塗る事になりますからね」

 

 だからキミは傭兵だろうに。額に手をやり、まずは先にこの騎士気取りの傭兵をどうやって穴倉待機をさせる詭弁をひねり出したものだろうか、とスミスは眩暈と共に悩ましく唸った。

 

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 狙いを定めて、刺す。

 銛の先端が肉を貫く感触を指先まで伝え、派手な水飛沫を上げて赤黒い光を撒き散らす1メートル級の巨大魚をオレはSTRを総動員して抑え込み、力の限りで持ち上げる。

 それと同時に銛に突き刺さった巨大魚は消滅し、食材系アイテム【ムアル・フィッシュ】を入手する。ただし、名前の横に(破損)とあるように、素材としての価値が大きく低下している。得られたのはボロボロの魚肉だ。≪釣り≫がないオレは、銛の判定もかなり厳しめであり、そもそも突き刺しただけでもSTR関係なく振り払われる事が多く、的確に急所を突かなければ、まず捕らえる事はできない。それでもドロップするのはコレである。

 

「おら、これで5匹目だ」

 

 川から出たオレはずぶ濡れの体を岸辺で待つナナコに晒し、彼女にムアル・フィッシュを譲渡する。それを彼女は焚火の前で串焼きにしていく。

 

「はいはい、クゥクゥのノルマ終了ね♪ ウルぴょんの方はどう?」

 

「ココ、ゼーンゼーン、ツーレネーナ!」

 

 釣り糸を水面に垂らすウルガンは、相変わらずの片言の日本語で報告する。まぁ、それもしょうがない。彼が使っているのは、オレが渡したワイヤーとドロップした獣の骨、それに木の枝を≪工作≫でナナコが組み合わせて作成した即席の釣り竿だ。性能は終わりつつある街にある『ゴミ』と称される市販よりも更に下だろう。だが、ウルガン自身は≪釣り≫の熟練度が高いのか、ムアル・フィッシュ(無傷)を1匹釣り上げている。

 北に移動を開始して1日が経ち、2人の食料が尽きかけている事からオレ達は野営ついでに食料確保へと動いていた。

 

「それにしても、消臭アイテムを一緒に焼いて調理のニオイを隠すなんて、クゥクゥもよく思いついたね♪」

 

 本来ならば充満するだろう魚の焼ける良いニオイの代わりに充満するこの香りは、今はオレが飲んでいるラジュの香液のものだ。ジャングルに流れてもモンスターはもちろん、ジャングルで散々植物のニオイを嗅いで鼻が仕事放棄しているプレイヤー連中にも勘付かれることはないだろう。煙は頭上に茂る木の葉が受け止めてくれる。

 

「でも、右腕を再生しちゃって良かったの? ナナコ的にはあなたへの忠誠の証っぽくて良かったんだけどね」

 

 ナナコは残念そうに舌で自分の右手首を舐める。バランドマ侯爵のトカゲ試薬で再生させたナナコの右腕に、オレはどうでも良いと鼻を鳴らす。

 

「片腕で戦力半減の方が迷惑だ」

 

「もう、クゥクゥったらそんな事言って、もしかして優しさの照れ隠し? ナナコ、知ってるよ。クゥクゥの半分は優しさでできてるんだよね♪」

 

「バファ○ンとの違いは、もう半分は殺意って事だ。だから今度はオレが腕を斬り落としてやるよ。何なら首でも良いぞ? あと、その変な呼び方止めろ」

 

 だが、ナナコはオレの要求を無視し、鼻歌と共に串焼きのムアルフィッシュ(残骸)を差し出す。調味料も何もかかっておらず、薬物を仕込む隙も無かった。オレは彼女が≪料理≫を持っている事に感謝しつつ、ぷりぷりアツアツの魚肉を食い千切る。

 パッチが言った北の屋敷を探しながら、こうして移動を続けているオレ達であるが、特に戦闘らしい戦闘に恵まれることもなく、拍子抜けする食事時間を過ごしている。

 他のプレイヤー達は今頃阿鼻叫喚の飢えと渇きに直面している頃だろうか? 大した準備もしていなかった馬鹿共の自業自得である。同情の余地など無いし、むしろそれを狙って補給部隊を攻撃したのだから、さっさとモンスターに蹂躙されるなり、飢え死にするなりして手間を省けてしまった方が楽だと願っている。

 3人で焚火を囲み、少しずつ暮れつつある世界が闇を取り戻していく中で、オレは腹を満たす。淡々と貪るだけの行為であるが、それ故に没頭してしまう。

 夜が訪れるより先に焚火を踏み躙って消す。いかに夜盗の火打石で点けた火でも、やはり残しておくのは危険だ。オレ達はラジュの木を上り、太い枝に腰かける。ここから眠るか否かは個人の判断だ。

 

「今後の方針だが、オレ達3人は誰とも組まない。4人いたら2対2で頭数で割れる恐れがあるからな。だから、次に加えて欲しいって言うようなヤツがいたら、ぶち殺す。異論は?」

 

「ないよ」

 

「ネーナ」

 

 それぞれが休むより先に、オレは独り事のように一方的に語りかけ、2人はやる気なく返答する。元よりサーチ&デストロイのつもりだったのだろう。

 サバイバルも6日目、明日で7日目だ。誰もがそろそろ動き出す頃だな。その中でもお目当ては、もちろんUNKNOWNだ。

 太陽の狩猟団の補給部隊と『お喋り』をして、シノンがUNKNOWNを協働相手として雇ったという情報は得ている。だとするならば、今も生存しているならば、このジャングルの何処かで足掻いているはずだ。

 

「ねぇ、クゥクゥ。1つ提案があるんだけど」

 

 と、オレの思考を中断させたナナコの小声に、面倒事じゃないだろうなと伝えるように睨みを利かせる。

 

「ヘカトンケイル、殺しちゃわない?」

 

 飛び出したのは、まさかの自陣営の殺害のお誘いだ。オレはナナコの舌なめずりするような、闇に紛れるような黒兎のフードに隠れた彼女の銀の目が爛々と殺意で輝いているのに気付く。

 

「理由は?」

 

「ライバルは少ない方が楽だから。自陣営と言っても仲間じゃないし、むしろ今回の依頼では報酬を奪い合うライバルだからね。それに、新しい『お人形さん』の実験もしたかったんだ♪」

 

 そう言ってナナコが指差す先にいるのは、やや疲弊した様子で松明を掲げ、オレ達が先程まで使っていた水場へと向かうヘカトンケイルの姿だ。木の上に陣取るオレ達に気づいている様子は無い。

 ヘカトンケイルはクラウドアースのリストからも考えても、優先的に始末すべき傭兵の1人だ。彼を殺ったとなれば、より精度の高いグリセルダさんの情報を引き出せる良い土産になるかもしれない。

 

「良いだろう。じゃあ、『狩り』といこうか」

 

 オレは唇を舐め、自分の血が久々に熱く滾るのを感じる。

 

「さっすが、クゥクゥは話が分かるね♪ ウルぴょん、お仕事の時間だよ」

 

「ハァ。ナナコ、コローシ、スキ。オマーエ、コロシ、スキーカ?」

 

 呆れた様子ながらも、妙にやる気のウルガンは黒く長い昆を構える。これは良い機会だ。対人戦トップクラスと名高い彼の実力を見せてもらうとしよう。

 オレはウルガンの質問を微笑みではぐらかす。

 

「それじゃあ、ランク4の首を貰いに行くとするか」




主人公、完全に悪役チームに馴染む。いつもの事でした。

それでは、150話でまた会いましょう。

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