SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回も複数のキャラの視点を織り交ぜていきます。
隔週サインズ視点は真面目だったり馬鹿やったりと多いですが、それ以外のキャラの視点もしっかりと大事にしていきたいですね。


Episode14-6 ドミノは1日でならず

 終わりつつある街の周辺フィールド西方、そこにある湖の古遺跡を土台にして、安価な素材アイテムである白蝋石で建造されたハリボテの都市。

 キバオウはその都市の中心部、ラスト・サンクチュアリ本部にある執務室で頭を抱えていた。

 

(アカン。銃撃部隊を増設されたら、わいらは自滅しかあらへん! せやけど、反論の材料がない! どうしたら良いんや!?)

 

 先日のミロスの記録の大農地襲撃事件はラスト・サンクチュアリに浅からぬダメージを与えた。幸いにも、聖域都市周辺の開墾した土地一帯の農地はあるが、それらは度重なるクラウドアースの『悪戯』で疲弊している。また、環境ステータスも最悪であり、決して生産能力も高くなく、現在は雪で覆われて生産能力は半減しているのが実状だ。

 過激派と穏健派の対立は今に始まった事ではなく、リーダーであるキバオウの苦心もまた昨日今日からの話ではない。

 過激派と一括りに言っても、対クラウドアースを掲げる派閥、3大ギルドに貧民プレイヤーの保護を名目に現実離れの要求をする派閥など、1枚岩ではない。対して穏健派も同様であり、ラスト・サンクチュアリさえ存続すれば良いと考えるグループや他ギルドに積極的な『切り売り』をしてでも生き残ろうとする過激派よりも厄介な連中もいるのだ。

 お陰でキバオウのストレスは既に大気圏を飛び立って成層圏に到達しそうな程に高まっている。それでも、彼はラスト・サンクチュアリのリーダーとして、貧民プレイヤーを守り続ける義務があり、その最後の砦としてラスト・サンクチュアリを存続させねばならない使命がある。

 今回の銃器部隊は聖剣騎士団から購入した77式2連装突撃銃を防具一式と共にセットで購入したところから始まった。聖剣騎士団側は持て余していた装備の売却ができ、キバオウとしてもドロップ品であるそれらの装備さえあれば、自衛戦力の増強になるだろうと、取引に応じた。決して財政が芳しくないラスト・サンクチュアリからすれば、聖剣騎士団の『小遣い稼ぎ』程度の代金すらも四苦八苦して搾り出さねばならなかったが、それだけの価値はあった。

 というのも、キバオウが真に目論んでいたのは、銃器部隊の設立による弾薬を聖剣騎士団から購入する事により、その繋がりを強化する事だった。 

 近接武器と射撃武器の決定的な違いは、攻撃するのに消費アイテムが必要な点だ。弓矢ならば矢、クロスボウならばボルト、銃器ならば弾丸が必ず必要になる。それらのアイテムはNPCも販売しているが、優秀な消費アイテム程にNPCは取り扱わなくなるか、割高になっていく。そうなると、やはり鍛冶集団を抱える大ギルドの生産に頼るのが1番だ。

 聖剣騎士団はラスト・サンクチュアリに弾薬を卸す事ができ、ラスト・サンクチュアリは新設の銃器部隊で防衛力を高める。キバオウが狙っていたのはWinWinの理想形であり、クラウドアースへの牽制でもあった。そうして聖剣騎士団と繋がりを強化し続けて『お得意様』となり、いずれは最新のゴーレムすらも売却してもらう最終目的があった。

 クラウドアースすらも安易に手出しできない『真の防衛戦力』を入手する。それこそがキバオウの目指すラスト・サンクチュアリの生存の道だったはずだ。

 だが、今回の大農地の襲撃によって、ラスト・サンクチュアリではゴーレム無能論が掲げられている。終わりつつある街周辺の『低級』な戦闘しか見る機会が無い大多数の貧民プレイヤーからすれば、ゴーレムと言われてもピンと来ず、表面的な戦果だけで判断する。

 過激派筆頭のナイターノットは銃器部隊の増設を推進し、過激派も一様にそれを支持している。

 どうする? どうすれば良い!? キバオウは執務室で右往左往する。

 強権を振るって抑え込もうにも、キバオウはラスト・サンクチュアリを実務能力と創設者としてリーダーの座にあるに過ぎない。聖剣騎士団のディアベルや太陽の狩猟団のサンライスのような、プレイヤーとしての絶大な実力とカリスマ性でリーダーになったわけではないのだ。

 独裁に走れば民衆の支持は失われ、キバオウはリーダーから降ろされ、実質的な副リーダーであるナイターノットがこの執務室の主となるだろう。

 落ち着かずに執務室を出たキバオウは、あと数時間もあれば開催される幹部会議で銃器部隊の増設が決定するだろう事を危惧する。穏健派の中にも自衛戦力を強化すべしという路線の者は多く、彼らはナイターノットの銃器部隊増設に賛成に回るはずだ。いや、その根回しは終わっていると見るべきだ。

 決定的な反論材料が必要になる。もしくは、会議を延長し、協議を重ねるだけのネタが必要だ。

 

(なんでこんな時にあのチートはいないんや!? こういう時こそ、わいとアンタの二人三脚でラスト・サンクチュアリを支えるべきやろ!?)

 

 大農地襲撃前日、UNKNOWNは長期休暇を申し出たのだ。というのも、彼が今まで使用していたメインウェポンが火力不足になり始めたのである。新武装の開発は最強プレイヤーに胡麻をすりたい聖剣騎士団が無償で行う事になり、丁度良い機会だからと傭兵業もオフに入ったのだ。もちろん、これは内々の秘密、キバオウを含めた数人しか知らない。仮にUNKNOWNが不在と分かれば、クラウドアースは嬉々として、より厄介な『悪戯』を仕掛けてきていただろう。

 仮面を装備させているのも、その正体を隠す為だけではなく、こういう時に影武者を準備し易くする為だ。UNKNOWNと背格好が似たプレイヤーに髪型から装備まで同一のものを準備し、適当に聖域都市周辺を散歩させれば、大ギルドの斥候の目を誤魔化すことができる。

 落ち着け。キバオウは理不尽な怒りをUNKNOWNに注ごうとしている自分を諌める。そもそも彼はラスト・サンクチュアリの運営に口出ししない。確かに【聖域の英雄】と言われているが、UNKNOWNはあくまでラスト・サンクチュアリとパートナー契約を結んでいる身であり、ギルドメンバーではないのだ。

 また、UNKNOWNはそのカリスマ性故に発言力も当然大きくなる。それこそ、実際の人気はキバオウやナイターノットなど足下にも及ばないのだ。彼が右と言えば右に、左と言えば左に向くだろう。それを芳しく思わない幹部たちも、彼が最強プレイヤーである以上はその武力の前に従わねばならない。

 そして、それはラスト・サンクチュアリという砂上の楼閣の崩壊を招く。だからこそ、限りなく発言を封じる為にも沈黙効果がある仮面を装着させているのだ。

 仮面1つでミステリアスな演出、政治的発言力の封印、影武者準備の安易化と多くの実益がある。何よりも、彼は『特別な事情』で顔をあまり知られたがっていない。それを取引によってキバオウが彼を【聖域の英雄】と祭り上げる以上、必ず素顔を隠す必要があったのだ。

 珈琲でも飲んで落ち着こう。幹部専用の娯楽室……貧民プレイヤーがその日の食事すらも満足に取れないにも関わらず、観葉植物や暖炉、本棚、ふかふかのソファ、ビリヤード台、珈琲まで完備された娯楽室は、ラスト・サンクチュアリの明確な格差の象徴だ。以前のキバオウならば当然の身分だと受容できただろうが、今は立場上ある程度の豊かさを享受せねばならない事に罪悪感すら覚えている。

 

「今にもカビが生えそうな顔をしていますね。辛気臭いので止めて貰えますか?」

 

 娯楽室にいた先客の一声に、無視して珈琲を飲もうとしていたキバオウは露骨に表情を歪める。

 

「オペレーター風情にわいの苦労は分からん。あと数時間でラスト・サンクチュアリの未来がかかった会議が始まるんや」

 

「会議の度に同じ発言してますね。私たちには関係ない事ですけど、せいぜい頑張ってください」

 

「関係あるやろが! ラスト・サンクチュアリの瓦解は、アンタらを支援するギルドの消滅を意味するんやで!?」

 

 思わず語気を荒げるキバオウに対し、横長のソファに寝そべり、雑誌を読むツインテールの少女……UNKNOWNの専属オペレーターは、酷く冷めた視線を彼に向けた。

 

「その時は別のギルドと契約を結ぶだけです。言っておきますが、私たちが……いいえ、『あの人』がラスト・サンクチュアリと契約したのは、キバオウさんがリーダーだからです。あなたは私たちの正体を知っていて、目的を理解してもらえるだけの土壌がある。だから、その前提が崩れたら去るつもりなのをお忘れなく」

 

 ぐうの音も出ない正論だ。本来、UNKNOWNはあらゆるギルドが喉から手が出る程に欲しい逸材だ。特に聖剣騎士団がラスト・サンクチュアリを支援する理由は、ディアベルがそのカリスマ性で物を言わせているだけではなく、聖剣騎士団の依頼を優先的にUNKNOWNが受託する公然の密約があるからだ。

 確かに聖剣騎士団は粒が揃っている。幹部である円卓の騎士はその際あるものだ。だが、一方で傭兵の囲い込みには出遅れた経緯もあり、高ランクの傭兵が不足している。この事から、ギルド間抗争における傭兵を用いた様々な戦術・戦略に不安が付きまとうのだ。特に、まだ大ギルド同士が表面的には友好を掲げ、自戦力同士のぶつかり合いを望まない現状ならば、尚更に代理人たる傭兵は重要な役割を果たす。

 そんな聖剣騎士団からすれば、ラスト・サンクチュアリからの申し出……ラスト・サンクチュアリを通すとはいえ、UNKNOWNを契約傭兵のように扱えるのは、まさしくジョーカーが常に手札にあり、いつでも切れるという他勢力への絶大な牽制にもなる。太陽の狩猟団の副リーダーであるミュウが聖剣騎士団との対立を深めるのに慎重に慎重を重ねているのもこの辺りが理由だ。

 誰もが欲してやまない切り札、それがUNKNOWNだ。彼はラスト・サンクチュアリが崩壊しようと、絶対にありえないが放逐されようとも、引く手は数多だ。オペレーターの言うとおりである。彼らの……『彼』の目的はラスト・サンクチュアリ以外でも果たせるのだから。

 

「……わいが悪かった。確かに、これはわいらの問題や」

 

「別に構いません。私も少し言い過ぎました。私はともかく、『あの人』はそれなりにラスト・サンクチュアリに思うところがあるみたいですから、私が言う程に簡単に見捨てたりしません。『あの人』は覚悟を以って【聖域の英雄】になりました。その責務は果たすはずです」

 

 そこで気まずい沈黙が流れ、キバオウは珈琲にミルクを注ぎ、少女は無言で雑誌を捲る。乾いた紙が擦れる音がし、暖炉で揺れる炎が薪を焦がして割った。

 

「しかし、正直意外やな。アンタは英雄様にオフにも付き添うものかと思ってたで」

 

 UNKNOWNはともかく、キバオウと少女の関係は最悪に近しい。それを少しでも改善すべく、キバオウは話題を探して投げる。

 1週間以上の長期休暇だ。UNKNOWNの秘書兼オペレーターを自負する少女が、こうしてラスト・サンクチュアリ本部に留まっている事にキバオウは素直に驚いていた。

 だが、何を馬鹿な事を言ってるんだか、と言わんばかりに少女は呆れた声を上げる。

 

「私が離れたら、それだけ影武者が疑われかねないじゃないですか。ラスト・サンクチュアリ内に潜むスパイ、特に大ギルドと繋がりを持った幹部を騙すには、不本意ではありますけど、私は『あの人』の傍から離れていた方が良いんです。それに……」

 

「それに?」

 

「押して駄目なら引いてみろ。『あの人』は今頃家庭の味に飢えているはずです。私の手料理が食べたい! いいえ、それだけではなく! 添い寝してもらいたい! 宿屋で悪夢にうなされて目覚める度に傍にいた私の重要性を再認識し、それは『あの人』の中でゆっくりと愛へと熟成されていっているはずなんです!」

 

 地雷を踏んだ。ソファから飛び起き、少女漫画に悶える乙女のように彼女は声高に計画を語る。それをキバオウは、2時間半後の会議をどうやって切り抜けたものだろうか、という思考で切り捨てようとするが、DBOの感情表現システムの1つなのか、それともキバオウの幻覚なのか、少女から放出されるドピンク色のハートが頭にぶつかって無視できない。

 

「そして! あの人が帰って来るのは他でもない『あの日』です! それに向けて準備は着々と進めています! テツヤン先生のご指導の下で私は更なるレベルアップを遂げ、晩餐の料理メニューも考案済み! あとはドレスさえ届けば完璧です! ほら、見てください! 可愛いでしょう!?」

 

 そう言って少女は手に持っていた雑誌を広げる。そこには女性プレイヤーがモデルを務めた、やや胸元の露出が大きい赤色のドレスが載っていた。

 

「……って、月刊アフロディーテやんけ!? なんで敵対ギルドの雑誌なんか読んでるんや!?」

 

 DBOで刊行されている主な雑誌は3種だ。1つはサインズが発刊する隔週サインズ、残り2つはクラウドアース所属のデザイナーギルドであるグリーンオーシャンが発刊する女性ファッション誌の月刊アフロディーテと男性ファッション雑誌の月刊スサノオである。

 敵ながら天晴れと言うべきか、クラウドアースは金融・娯楽・ファッションと、DBOに不足していた物を次々と補っている。特に所属するグリーンオーシャンは唯一のデザイナーギルドであり、DBOのファッションを牽引し続けているのだ。

 

「それを言ったら、ラスト・サンクチュアリが聖剣騎士団から仕入れている肥料系アイテムもクラウドアースからの購入されたものですし、そこのビリヤード台だってクラウドアース製造ですし、そこの暖炉デザインも――」

 

「わいが悪かった」

 

 口論では勝てないキバオウは白旗を掲げる即座に挙げる。心情はどうであれ、クラウドアースは他2大ギルドと違い、武力以外の面で絶大な影響力を持ち、そこからはラスト・サンクチュアリとて逃れられないのだ。

 

「せやけど、そのドレス、胸元が緩いと思うで? こっちのドレスの方が似合ってると思うんやが」

 

 赤のドレスは胸とコルセットで止め、背中まで大きく露出している。小柄で胸が残念な少女には似合いそうにないと思ったキバオウは、あくまで善意で、その隣にあるやや子供っぽいミニスカートタイプのドレスを指差した。

 キバオウの指を挟む形で雑誌を荒々しく閉ざし、憤慨した少女は鼻を鳴らして顔を背けた。

 

「良いんです! このドレスを着て、酔った『あの人』を誘って朝まで楽しむんです。それに、『あの人』は私くらいを好みに『しました』から問題ありません。だからキバオウさん、帰って来てもすぐに依頼を入れないでくださいね!」

 

 UNKNOWNはんも難儀やな、とキバオウは挟まれた指を振りながら、自分はやはり巨乳派だな、と少女の地平線を見ながら改めて頷く。何やら物騒なワードが聞こえたような気もしたが、これだけ可愛い子に想われているならば彼も男として本望だろうと意図的に深く考える事を除外した。

 噂をすれば影とも言うべきか、キバオウにUNKNOWNからメールが届く。

 

「これは……ファインプレーや!」

 

 メールの内容を確認したキバオウは拳を握る。そこに記載されていたのは、何処で知り得たのか、大農地襲撃に関してまとめた情報と彼なりの推測が記述されていた。確証はないが、その推測は十分に協議延長……特に自衛戦力の増強という点で過激派と組んでいる穏健派の連中に猜疑心を埋め込み、銃器部隊増設を阻めるだけの真実味がある。

 先程の少女が言った通り、UNKNOWNがラスト・サンクチュアリに思い入れがあるのだろう。こうして、キバオウの苦難を見越して一助を成してくれた。彼がすべき事は、それに甘える事無く、この荒波を乗り越える事だ。

 メールには写真が添付されており、そこには4人の男女が酒を手にして笑顔でピースサインをする姿が映っている。その内の1人は、もちろん彼が知る人物だった。

 

「楽しそうですね。これってワンモアタイムでしょうか?」

 

 写真を覗き込んだ少女の言葉にキバオウは、言われてみれば内装などに見覚えがあると感じる。

 

「そうやろな。ああ、そう言えば、あの店で派手な馬鹿騒ぎがあったらしいんやけど、もしかして……」

 

 ラスト・サンクチュアリの保護下にあるワンモアタイムは優秀な『納税者』だ。定期的に警備隊が見回りで伺っている。その報告書の中に、先日起きた馬鹿騒ぎの事があったのを思い出し、キバオウは額に手をやった。まさか身内に原因がいたとは予想外だった。

 

「私が様子を見てきましょうか?」

 

「ええんか?」

 

「実は料理教室で友達ができて、ランチを一緒に取る約束をしているんです。明日で良ければ訪問しますよ? ただし、仕事を含めるので……」

 

 そういう魂胆か。キバオウは嘆息し、小さく頷いた。

 

「ランチ代はわいが持つから、レポートはちゃんと提出するんやで?」

 

「もちろんです」

 

 そろそろ会議に向けて準備せねばならない。UNKNOWNの推測を告げれば、あと2時間と少ししかないが、根回しで過激派の何人かを取り込めるだろう。特にクラウドアースに踊らされるとなれば、反クラウドアースは味方に付けられるかもしれない。

 窓に目を向ければ、冬の空に夕陽が沈み、湖上の白の都市は黄昏色に染まっている。

 たとえ脆い石灰できた朽ちる運命の砦だとしても、必ず守り通してみせる。キバオウは覚悟を改めて、珈琲の最後の一口を飲み干した。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「ジャンクフード最高」

 

 ミロスの記憶から終わりつつある街に戻り、腹ごしらえをする事になったブギーマン達は路上販売されていたハンバーガー(もどき)を買い、黒鉄宮跡地前広場にて齧りついていた。

 キリマンジャロのジャンクフード賛美に苦笑しつつ、ブギーマンは厚切りの塩漬け肉が挟まったバーガーを貪る。

 

「俺は女の子の手料理の方が最高だと思うけどなぁ」

 

「手料理も良いけど、こういう手軽に済ませられる物も嫌いじゃないよ」

 

「分かります! 私もハンバーガーとコーラで良く昼食済ませますから。私とキリマンジャロさんって食事の趣味も似ているんですね!」

 

 露骨アピールを忘れないエネエナは男2人を差し置いて完食し、手に着いたソースを舐めている。ちなみに、エネエナは≪料理≫を持っておらず、また現実でも料理の腕前は壊滅的だ。ブギーマンは1度彼女の手料理を食べたことがあるが、どうすればあんな化学兵器ができるのかと問い質したかった。

 

「おっとそうだ! キリマンジャロくん、これを渡しておくよ」

 

 ブギーマンはアイテムストレージから記録水晶を取り出すと、先に食べ終わったキリマンジャロに投げ渡す。

 

「これは?」

 

「ほら、この前飲んだ時にイワンナさんに撮ってもらっただろ? あの時の写真データだよ」

 

 言われて思い出したのか、キリマンジャロは記録水晶をアイテムストレージに仕舞う。写真にして渡しても良かったのであるが、記録水晶の方が何かと応用が利く。その分高くついてしまったが、これはブギーマンなりの友好の証だった。

 

「ありがとう、大切にするよ」

 

 そう言ってもらえるとありがたい。ブギーマンは上機嫌にオレンジ風味の炭酸水を口にした。

 

「さてと今日の取材はこれで終わりね。キリマンジャロさん、良ければ夕食を一緒にどうですか?」

 

「お誘いは嬉しいけど、色々と調べたい事があるんだ」

 

 それならば仕方ない。キリマンジャロは軽く会釈してブギーマンたちに別れを告げると立ち去って行った。

 明日はテツヤンを取材し、いよいよ【クリスマスの聖女】の尻尾をつかめるかもしれない。ブギーマンは胸に興奮を収めながら、残りのバーガーを口に放り込んだ。

 

「それで、アンタはこれからどうするの?」

 

「俺は取材です。ほら、慰霊祭の後に聖剣騎士団がこの近くに墓地を建造したでしょう? ようやく取材の認可が下りたみたいで、これから行かないと。そういう先輩は?」

 

「キリマンジャロさんと夕食取れないし、私も明日の別件取材の準備でもするわ。太陽の狩猟団が新設した、一般開放の射撃用トレーニングプログラム施設があるじゃない? 明日オープンイベントを取材しないと。それに、ヘカテちゃんの話だと【渡り鳥】とそこそこ交流がある傭兵の1人に【魔弾の山猫】がいるわ。彼女もオープンイベントに参加するらしいから、上手くいけば【渡り鳥】について聞けるかもね。アンタとキリマンジャロさんにも付いてきてもらうから、そっちはそっちで準備してなさい」

 

「へーい」

 

 相変わらず逞しい記者魂だ。だが、【魔弾の山猫】シノンを取材できるならば、最高のコンディションを整えねばならないだろう。彼女のショートパンツから覗く脚線美を間近で撮影できる大チャンスだ。射撃用トレーニングプログラム施設ともなれば、彼女の狙撃体勢というレアな姿も激写できるかもしれない。

 そうと決まれば、さっさと墓地なんて辛気臭い場所の取材は終わらせてしまおう。エネエナと別れたブギーマンは、黒鉄宮跡地から近い、新造された教会に赴く。

 慰霊祭後、ディアベルが聖剣騎士団の犠牲者を弔うための専用施設として、広大な土地の購入と松永組の総力を挙げて建築された膨大な投資の結晶である。聖剣騎士団は、これまでの犠牲者の遺品を限りなく回収し、保管していたらしく、それらを墓石のオブジェクトの1部として利用する事により、より訪問者が死者を悼めるようになっている。

 墓所の周囲は黒い鉄柵に覆われ、敷地内に入るにも門番のギルドNPCが2人も配備されている。そして、正門の前には1人の老紳士が待っていた。

 

「隔週サインズの記者さんかな?」

 

「はい、ブギーマンと申します。本日はどうぞよろしくお願いします」

 

 今回、墓所の案内を担うのは、聖剣騎士団のナンバー2と名高い、DBO最高齢のプレイヤーであるアレスだ。円卓の騎士のまとめ役であり、ディアベルの代わりに指揮を執る事も多い。ディアベルには出来ない厳しい判断なども請け負うことが多く、聖剣騎士団を支える縁の下の力持ちである。

 こうして大物がわざわざ記者の1人に過ぎないブギーマンの案内を買って出るのは、それだけ隔週サインズの影響力が大きいからか、それとも隔週サインズ自体が警戒されているからなのか、どちらにしても老人の話は長いのが通説だ。

 

「ははは。堅苦しくなる必要はない。私はただの老いぼれジジイだ。キミのような若者は少し生意気なくらいが丁度良い」

 

「いやいや、そんな」

 

 自分が普段からお粗末な態度を取っている事くらいはブギーマンも自覚がある。記念に1枚いかがですか、とアレスに胡麻を擦るも、彼は写真を好まないと言ってやんわりと断った。

 

「この騎士団墓所はいつでも誰でも訪問できるように開放する予定だ。ギルドNPCは正門2人だが、それ以外にも教える事はできないが、警備体制は整えている。人の善性は信じたいが、墓荒らしなどは避けたいものだからな」

 

「同感です。いただいた資料によれば、施設内墓所と言う事ですが……」

 

「そうだ。口で説明するよりも見ていただいた方が良いだろう」

 

 そう言ってアレスは正門を通り抜け、重厚な黒塗りの木製の巨大な両扉……の横に設けられた、小さな出入口を開ける。それに続いたブギーマンは息を呑んだ。

 1度聖剣騎士団本部である古竜礼拝の聖堂を取材(撮影NG)させてもらった事があるが、そこと同じで荘厳さと神聖さを重視し、まるで古の聖堂を復古させたかのようである。虹のようなステンドグラスには剣を構えた騎士が描かれ、並べられた長椅子は20脚近く、金色の燭台が無数と並べられていた。

 

「ここは言うなればエントランスだ。興味本位で訪れた者向けの表の顔とでも言うべきかな」

 

 これで!? 凝りに凝った聖堂の風景に圧倒されるブギーマンは、まるで何でもないと言った顔をするアレスに、聖剣騎士団の財力とはどれ程の物なのだろうかと気が遠くなり、更にそれすらも上回るクラウドアースの総資産は自分の予想を遥かに超えているのだろうと気付いて眩暈を起こす。

 聖堂風景を抜け、両扉と同じ黒塗りのドアを開けて廊下を通ると中庭に到着する。どうやら、この施設は中庭を囲むような構造をしているらしい。中庭と言っても、頭上には半透明の天井があり、雨に濡れる心配も無い。芝生と花、更には贅沢にも噴水から人工の小川まで作ってる凝りようだ。さすがは松永組、その日本堅気の土木屋のような名前と相反する、ファンタジー世界にあり得そうな光景を完璧に再現している。

 

「私は仏教徒なものなのだが、ここは仮想世界であるし、我々は騎士団などと名乗っているからね。墓は一律でシンプルな墓標を準備した。現実世界を生きた肉体は宗教に合わせて弔われるだろうが、『この世界を生きたプレイヤー』として葬るならば、やはりこうするべきという意見が多くてね」

 

「気持ちは分かります。撮影は……控えた方が良いですね」

 

 既に10や20では足りない数の墓標が並び、死した者たちの親しき者が祈りを捧げている。それを撮影したいとはブギーマンも思わなかった。

 

「記者というのはもう少し強引なものと思っていたのだが、キミは違うようだな」

 

「俺は可愛い女の子専門でして。それに、常識とか人間性とか捨ててまで記者を続けたいって程に固執してるわけじゃないですから」

 

 アレスの値踏みするような視線に耐えられずに目を泳がせながら、ブギーマンは墓所を歩む。

 自分が死ねば、この仮想世界には遺品だけが残り、そしてそれすらも回収されなければ消滅する。現実世界を生きる自分は遺体を残すが、この世界を生きた証と言えば、あの無機質な死者の碑石に残される名前の線引きくらいだ。

 それは……少しだけ恐ろしく、また寂しい気がした。ならば、こうした墓所に仮想世界を生きた証が残るならば、それは決して悪くない事なのだろう。

 

「少し自由行動をしてもよろしいですか? 後ほどじっくりお話を聞かせていただきますので」

 

「ああ、構わない。ここは元から開放される予定だ。隠すべきものは何もない」

 

 大した自信だ。くるりと背を向けて、聖堂で待っていると告げたアレスを見送り、ブギーマンは施設墓所を闊歩する。

 中庭の墓地を囲むようにした建造物であり、2階建てになっているようだ。軍事拠点ではないが、いざとなれば堅牢な要塞としても機能しそうである。それに、何も隠す物は無いと言っても、地下などには最低限の武器・食料の備蓄は済ませてあるはずだ。

 もちろん、それを暴こうなどとブギーマンは思わない。藪蛇で噛まれて損するだけである。

 

「ん? あれは……」

 

 ふと、ブギーマンの目に映ったのは、窓の向こうの施設の外……敷地内の植えられた木々の潜みにおいて、黄昏の光の溢れる中で揺れる長い髪の女性だった。いや、小柄な体格からして少女かもしれない。

 黒一色の飾り気がない、体のラインを隠すゆったりとしたロングワンピースを着た姿は、この地においては喪服のようであり、あるいは神に仕える修道女のようにも見えた。積もった雪が夕暮れの光を浴びて煌めき、その中で立つ彼女はまるでこの世の者とは思えなかった。

 後ろ姿だけで思わずときめきそうになったブギーマンの視線に気づいたかのように、彼女は風で靡く髪を押さえながら振り返る。

 その顔を覆うのは黒の眼帯。夕陽が逆光になっているせいでハッキリとは見えないが、その美しい顔で優しく微笑んだ。

 聖剣騎士団の眼帯少女!? ブギーマンは窓を開けて飛び出そうとするが、ガッチリと閉ざされた窓はピクリとも動かない。慌てて彼は聖堂まで駆け戻る。

 

「おや、ブギーマンくん、どうかしたのかな?」

 

「外! 外に行かせてください! 早く!」

 

 アレスの承認も得ずに、ブギーマンは聖堂を抜けて外に飛び出し、先程まで眼帯少女がいただろう木々の潜みを目指す。だが、まるで最初から全ては幻であったかのように、そこに人影は無かった。

 見惚れた余り、撮影できないとはカメラマン失格だ! 墓所であるが故に撮影を控え、手からカメラを離していた事が仇となった。悔しさの余り、ブギーマンは掌に爪が食い込む程に拳を握る。

 

「でも、彼女はここでいったい何を……」

 

 ここには何もなく、ただ木々の茂みばかりがあるだけだ。見回すブギーマンが見つけたのは、お粗末とも言えるような小さな石の塊……墓標だった。

 

「まったく、老人を走らせるとはさすが記者くんだな。大した嗅覚だよ」

 

 遅れてやってきたアレスの呆れてるとも褒め称えるとも言える声に、ブギーマンは地雷を踏んだだろうかと恐れるも、振り返ったアレスの目には怒りはなく、ここにはいない誰かを哀れむ、あるいは悼むような眼差しだけがあった。

 

「あの、この墓標はいったい誰のものなのですか?」

 

「大切な仲間のものだ。馬鹿が付く程に真面目で、忠義者で、自らの信念に殉じた裏切者の……な」

 

 改めてブギーマンは小さな墓標を眺める。ゆっくりと地平線に沈む夕日で染まったそれの表面には、まるで何かを暗示するかのように、棘のような突起が付いた剣の意匠が彫り込まれていた。そして、その前には小さな赤の花束があった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

「ハハハ! ディア・スリーパーは私も何度か足を運んだ事のある店だが、犯罪ギルドが関わっているとはいえ、そんな恐ろしい場所じゃないぞ」

 

 終わりつつある街の西区、ディア・スリーパーを目指すキャサリンたちは、事情を聞いたタルカスに大笑いされていた。

 

「そうなんですか? でも、チェーン・グレイヴの人たちが出入りしていて」

 

「あの連中は何処にでもいるさ。何処の犯罪ギルドも武力の後ろ盾を欲しているからな。それに、連中は厄介ではあるが、狂犬ではない。武闘派であって過激派ではないから、下手な正規ギルドよりも話せば分かる。もちろん、積極的に関わり合うなど言語道断でお勧めしないがな」

 

 タルカスの言う通りならば、キャサリンたちは取り越し苦労していた事になる。彼女はガクリと肩を落とした。

 

「良かったけど。良かったけど! なーんか納得いかない! だったら、どういう店なんですか!?」

 

「口で説明しても構わんが、実際に見た方が早いだろう。それはそうとして、ダンベルラバーくんはどうやってマッスルコーナーのイイ男たちを見つけているのかな?」

 

「どうって言われても、普通に飲み屋とかですね。あとサインズ本部で張り込みとか」

 

「ほうほう。是非ともキミにはそのイイ男が集まるハンティングポイントを教えてもらいたいもんだな。私の筋肉美を快くまで堪能してもらいたいのだが、なかなか同好の士とは巡り合えないものでね。今は勧誘活動を地道に続けているのだよ」

 

 筋肉同好会でもあるのだろうか? 世の女性を男が理解しきれていないのと同じで、男の趣味というのもまた女であるキャサリンには理解し辛い。

 

「どうかね、ダンベルラバーくん。キミも我々の仲間にならないか? 最初は戸惑うだろうが、新しい世界の扉を開くのも悪くないものだぞ」

 

「良いですね。でも、俺の魅せ筋じゃ、タルカスさんのお仲間みたいなハイレベルプレイヤーからすれば邪道なのでは?」

 

「何を言う。見れば分かる。キミは現実世界でも筋肉を追求し、この仮想世界でも男としての肉体美を極めんとするマッスラーだ。後は我々の仲間になれるかどうかの素養と素質が備わっているかどうかだが、安心したまえ。ボディに関しては私が太鼓判を押そう」

 

「はーい、お喋りはそこまで。到着です。あとダンベルちゃん、タルカスさんとお友達になるのは良いけど、お仕事中だって忘れないでね。魅せ筋は魅せ筋ってバレたら終わりなんだから」

 

 赤煉瓦造りのディア・スリーパーは、前回訪れた昼間と違い、すっかり日も暮れて開店している。そこそこ客も入っているらしく、賑わいに満ちていた。

 店のドアを潜ると、まずキャサリンの鼻を擽ったのは甘ったるい香りだ。まるで空気が蜂蜜で出来ているのではないかと思う程であり、彼女もダンベルラバーも咳き込む。だが、タルカスは宣言通り入店したことがあるのだろう。特別な反応を示さなかった。

 店の広さはテーブル席が7席とカウンターが入る程であり、なかなかに余裕あるスペースが保たれている。照明は薄暗い青であり、≪暗視≫を持たないキャサリンでも視認はできるが、しばらくは下方修正を受けるだろう。

 こういう雰囲気の店は現実世界では何度となく立ち寄った事があるキャサリンであるが、良い思い出は余りない。出会う男と言えば一晩の相手目当てばかりであり、彼女を満たせるような男性とは巡り合えなかった。

 

「あれはこの店の名物【ブルーウォーター】だ。リラックス効果が強く、酔いが回り易くなる。麻薬系アイテムとまではいかないが、その特性から大ギルドは表立った取引を禁じているな。普通の酒では満足できなくなった連中が、ひと時だけでも酒に溺れる夢を見る場所……それがディア・スリーパーだ」

 

 なるほど。確かに、これならば犯罪ギルドが経営しているのも納得がいく。壁には犯罪ギルドの1つで穏健派と知られるフォックス・ネストのタペストリーが飾ってある。娼館などを経営するこのギルドは、犯罪ギルドの中でも特にこうしたインモラルな娯楽を提供する事で定評があり、大ギルドどころか、多くのプレイヤーが彼らの店を利用している。一方で武力は乏しいと有名な事から、その不足分をチェーン・グレイヴに依存して補っているのだろう。

 カウンターには、ダンベルラバーのようなゴリゴリのムキムキというわけではないが、整合が取れた美しい筋肉を披露する男が客に酒を振る舞っている。あれが店主だろうかと、キャサリンは緊張しながらカウンター席に腰かけた。

 

「いらっしゃい、見ない顔だね。もしかして初めて?」

 

 見た目は爽やかなスポーツマン……イメージとしては水泳選手に近い男に、にこやかに話しかけられ、キャサリンは咳を1つ挟んで身分証を提示する。

 

「隔週サインズのキャサリンです。本日は取材させていただきたくて来店致しました。失礼ながら、店長さんですか?」

 

「ああ、雑誌の記者さんね。そういうのはアポを取ってからだとこっちも準備できて助かるんだけど、別に良いや。うん、俺がこの店のオーナーの【マーブルナッツ】だ。一応訊くけど、ウチがフォックス・ネストさんの系列だって事は分かっているよね?」

 

 ニコニコと笑ながらも、目を鋭く細めるマーブルナッツに、キャサリンは呼吸が止まりそうになる。そこですかさず、ダンベルラバーが胸筋を動かしながら彼女の背後で仁王立ちした。

 

「同じく隔週サインズのダンベルラバーだ。よろしく」

 

「ダンベルラバー……ああ、知っているよ。マッスルコーナーの担当者だろ? 俺もファンなんだ! いやー、キミには感服するよ! 毎回毎回どうやって、あんなイイ男を見つけてるんだか」

 

 もしかして、ダンベルちゃんのマッスルコーナーって大人気? キャサリンの周囲では不評であるだけに不人気とばかり思っていたが、もしかしたら男性には人気があるコーナーなのかもしれない、とキャサリンは認識を改めた。

 だが、何にしてもダンベルラバーのお陰でマーブルナッツは警戒を解いたようである。ここで攻めない訳にはいかない。

 

「あの、幾つかご質問させていただきたいんですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん~、別に良いよ。ただし、他の客に迷惑にならない範疇でね。それと、客として1杯は飲んでもらわないと困るかな? 取材のギャラだと思ってくれよ」

 

 手早くマーブルナッツがグラスに青色の、やや発光しているようにも思える液体を注いで、キャサリンとダンベルラバーに差し出す。

 正直、酔いを強める薬というのは喉を通したくないが、取材の為には仕方ない。キャサリンは軽く口を付けて、その濃厚な甘い……蜂蜜を凝縮したような味にむせる。

 

「ははは。初めてにしちゃ飲んだ方だよ。それで、訊きたい事ってなんだい?」

 

 口直しの水を差しだされ、キャサリンはありがたく口の中を洗浄した後、早速この周辺で起きている連続通り魔事件について尋ねた。

 

「う~ん、確かにこの人は常連だったけど、特に変わった様子は無かったな」

 

 クロワッサンボーイを始めとした被害者の写真を手に、マーブルナッツは申し訳なさそうに首を横に振る。

 そもそも事件が起きたのは去年の11月、もう3ヶ月も前の話だ。詳細に憶えている方がおかしいだろう。

 

「だったら、この周辺で奇妙な人を見かけたとか、そういう話は無いですか? そう、たとえば……兜だけ装備したブーメランパンツの変態とか」

 

「なにそれ、本物の変態だね。見かけたら是非ともスカウトしたいよ。ウチの店はミュージシャンとかダンサーとか呼ぶんだけど、イマイチ受けが悪くてね。そういう奴の方がネタになって客入りも良くなる」

 

「ですよねー。はぁ、やっぱり空振りかぁ」

 

 口ではそう言いながら、心の何処かでキャサリンはホッとしていた。犯罪ギルドの経営と気を張っていた分、疲れが一気に押し寄せてくる。

 

「ははは。残念だったね」

 

「だが、奇妙な事件が立て続けに起きているのは事実だろう。なぁ、マーブルナッツ?」

 

 と、そこで話に加わって来たのはタルカスだ。彼の姿を見た瞬間にマーブルナッツの顔が引き攣る。

 

「た、タルカスの旦那!?」

 

「少し護衛を買って出ただけだ。それで、マーブルナッツ。常連客として言わせてもらうが、この周辺で奇怪な事件が起きてるのは確かだ。中にはお前の客も含まれているはず。このまま事件が長続きすれば、いずれ客入りも悪くなるのではないかな?」

 

「そ、それは……」

 

「だから、ここは隠し事は無しで話をしよう。もちろんオフレコだ。なぁ、隔週サインズの皆さん?」

 

 常連のタルカスには、マーブルナッツが何か隠し事があると見抜いたのだろうか。キャサリンは咄嗟に頷き、マーブルナッツを見つめる。その視線に耐えられなくなったのか、彼は溜め息を吐いてぼそぼそと話し出す。

 

「この辺りは終わりつつある街でも特に構造が複雑で、大小様々な建物が乱立している。だから、酔った客を狙うスリや強盗が多発しているんだ。で、ウチもこんな店だからさ、ちょっとヤバいブツの取引の温床にもなってるわけだ」

 

「そ、それって麻薬系アイテムですか?」

 

「俺も知らないよ。でも、ウチは大ギルドの人も結構利用しているから、それ関係かもしれない。特に奥のVIPルームじゃ、顔を隠して何か話し合ってるんだ。さっきの話じゃないけど、フルフェイスの兜を被ってまで正体を隠してるのは普通じゃない」

 

 これは思わぬ特ダネかもしれない。大ギルドのスキャンダルともなれば、特集ページ間違いなしだ。

 心の内でガッツポーズするキャサリンであるが、一方で大ギルドを敵に回しかねないのではないか、という恐怖心が生まれる。

 

「明日はVIPルームの予約が入っている。もしかしたら、連中がまた取引するのかもしれない。取材するなら、店の裏口を見張っててくれ。連中は他の客の目を気にして、そこから出入りしているからね」

 

「情報提供ありがとうございます」

 

「別に良いさ。タルカスの旦那の顔を立てただけだよ」

 

 肩を竦めるマーブルナッツに改めて頭を下げ、キャサリンはブルーウォーターが回ってややフラ付く足をダンベルラバーに支えてもらいながら店を出る。

 

「キミ達が取材を続行するならば、私も協力しよう。大ギルドも関わっているかもしれない取引となれば他人事ではないからな」

 

「助かります。良かったね。ダンベルちゃん」

 

「ああ」

 

 大ギルドの幹部であるタルカスが付いていてくれるならば、スキャンダルを報じるより前に大ギルドへと話を通せるかもしれない。何よりも身の安全が確保できるというのは嬉しい限りだ。

 今回ばかりはエネエナ達に勝ったかもしれない。上機嫌と不安を両立させながら、キャサリンはブルーウォーターが回った頭で、もしかしたら編集長にボーナスが貰えるかもしれないという夢を見る。

 と、そんな時だった。街灯がポツンと1つ立つ十字路にて、何やら楽しげに話しながら歩くカップルの姿が目に映り、驚愕する。

 いや、カップル自体は珍しくない。問題は場所だ。酒場や犯罪ギルド経営の店ばかりが集まる西区はデートに適していないのだ。

 そして、何よりも重要なのは、そのカップルの内の男性はDBOでもトップクラスの有名人だからだ。

 

「あれってディアベルさん!?」

 

 咄嗟に暗がりに隠れたキャサリンは小声でダンベルラバーに確認する。もしや自分が酔っているせいで見間違えたのかと思ったが、ダンベルラバーも驚きのあまり大口を開けている事から間違いないだろう。

 イケメンにして3大ギルドのリーダーなのだ。結婚疑惑も囁かれているくらいである。恋人がいてもおかしくない。キャサリンは記者というよりも野次馬根性で隠れた暗がりから顔を覗かせて2人の様子を確認する。

 ディアベルと並ぶのは、黒色のワンピースを着た飾り気のない女性だ。年齢はまだ10代なのではないだろうか? 腰まである長い髪、それにやや前髪も長めで顔の輪郭を隠しているが、顔立ちは綺麗そうだ。何よりも目を惹くのは黒い眼帯であり、自分よりも頭2つは背の高いディアベルに、上品に笑いながら楽しげにお喋りしている。

 噂の眼帯少女と密会現場!? 興奮するキャサリンはカメラでシャッターを切ろうとするが、その手はタルカスによって阻まれる。

 

「待ってくれ……頼む……これは、これは何かの間違いだ」

 

 震える声で、タルカスは自分のリーダーが恋人と楽しく語らう姿に、兜の向こうで顔が粉砕するのではないかと思う程に表情が歪んでいるだろう事が予想できるほど、激情を潜ませていた。

 敬愛するリーダーの密会が衝撃的なのだろうか? だが、ディアベル程のイケメンであれば恋人がいても当然だろうに、とも思うキャサリンであるが、タルカスは拳を強く握って目前の現実を否定しようとしているようだった。

 

「あなたは……あなたはまさしく理想だ。崩れてはならない完成形。なのに、女に堕落するとは……ああ、嘆かわしい。やはり、私が……我々が目を覚まさねばならんな。あなたには自ら扉を叩いてもらいたかったが……致し方あるまい」

 

「た、タルカスさん?」

 

「ん? ああ、済まない。いや、団長は堅物で、普段は恋人などいないと言って憚れない方だからな。少し衝撃を受けただけだ」

 

 キャサリンの声かけで我を取り戻したらしいタルカスは、今はそっとしておこう、とディアベル達から離れる事を求める。

 足音を立てないようにディアベル達から離れるキャサリンは、自分が何か良からぬ渦の中に巻き込まれているのではないか、と手を震わせた。




フラグは立てるものではない、立ってしまうものなのです。

それでは、137話でまた会いましょう。

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