SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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問題.オールコメディの定義とは?

A.コメディ10割
B.コメディ8割
C.コメディ5割
D.コメディ3割
E.コメディ1割

答.そもそもALLなんて使った以上、シリアスだろうと何だろうと差し込んだ時点で定義として破綻している。


Episode14-4 隠し味はブラッディテイスト

「まったく、あの馬鹿4人は本当にどうしようもなかったわね」

 

 開店前、届いた食材リストを元に家計簿を付けながら、イワンナは溜め息を交じりに昨夜の馬鹿騒ぎを呟いた。

 

「本当に驚いたよね。最後はお客さん全員を巻き込んでお祭りみたいだったし」

 

 夜はバー、昼間はカフェであるワンモアタイムは、開店前に模様替えをする。アイラはカウンターの向こうで唸るイワンナに同調するように苦笑した。

 

「だけど、ああいうのは嫌いじゃないよ。この世界は残酷で、どうしようもないくらいに皆が歪んでいく。私もイワンナもそうだったように。でも、あんな風に笑っているのを見たら、この世界を生きる人たちは心を失ったわけじゃないって安心できるから」

 

「あなたはお人好し過ぎよ。まぁ、金を落とすだけ落としてくれたし、器物損壊したわけでもないから別に良いけど、ああいう馬鹿騒ぎは勘弁してほしいわ」

 

「イワンナだって本当は楽しかったくせに。テツヤンさんから貰った秘蔵のとびっきりまで振る舞ってたのは誰かしら?」

 

「あ、バレた?」

 

 舌を出すイワンナに、アイラは彼女もすっかり元気になったと微笑みの裏で安堵する。

 エレインの死後、ワンモアタイムを2人で切り盛りしていく事になったが、当然ながら現実でも仮想世界でも経営のノウハウも無ければ、まともに接客業もした事が無いアイラは足手纏いだった。

 それでもイワンナは彼女に厳しく指導しながらも、かつての友人同士、仲間同士のように、共に歩いていくべく見捨てる事はなかった。だが、その一方でイワンナは自分の無配慮な言葉がギルドを解散させ、アイラが娼婦となり、エレインが結果的に自分を追い詰めた事になったのだ、と悔やんでいるようにも思えた。

 何度も、やはり自分はイワンナから離れるべきなのではないか、と当時のアイラは考えた。だが、その度に自分を命懸けで守ってくれたエレインの最後の表情が脳裏に過ぎった。そして、もう1人……まるで全ての因縁を背負うように自分こそが罪人だと告白した白髪の傭兵の顔が離れなかった。

 今でも接客に慣れたわけではないが、それでも最低限の仕事はしてワンモアタイムの利益になるようにアイラは努力を続けている。昼間はカフェとしてより幅広い客層を取り入れようという彼女の案は功を奏し、ワンモアタイムの経営はより安定したものになった。今でもイワンナの初期資本分の借金の返済は続いているが、低い金利は実質ゼロにまで抑えられている。

 

『先日はメンバーが迷惑をかけたな。ボスから謝罪の言葉を預かっている。金利は年利0.1パーセント、支払い猶予は毎回の支払いに付き3ヶ月。現在の金利分は全額支払い免除だ』

 

『そういうわけだから、2人とも経営頑張ってね!』

 

 チェーングレイヴのメンバーだと名乗ったのは、1人は黒紫の髪をした仮面の少女、もう1人は猛禽類の羽飾りをした鍔が広い赤帽子を被った真紅のコートを着た男だった。どちらもただの下っ端とは思えない、チェーン・グレイヴでも上位に位置するだろう人物だった。

 店の修理代を含めて、まさか犯罪ギルドから無償で支払ってもらえると思っていなかった2人は、これで何とか経営も続けられると安心したものである。

 だが、あくまで支払ってもらったのは修理代だけであり、ワンモアタイムの拡大とリフォーム代は別途から捻出してもらったものだ。

 

「邪魔をする」

 

 と、開店時間の午前11時半と同時にドアが開く。以前と違い、ガラス張りになった壁から昼間の光が差し込む中、暖房が利いた店内に入って来たのは、白い髪を揺らす青年だった。

 いや、本当に『青年』なのかも疑わしい。何故なれば、彼の容姿は男性とも女性とも思えない、『綺麗』という表現以外が不適切な中性にしか見えないからだ。だが、その声音はやや高めではあるが男性のものである。

 

「あら、【渡り鳥】じゃない。あなたが営業時間に来るなんて珍しいわね」

 

 客入りが間もなくという事もあり、カウンターの奥で料理の準備を万端としたイワンナが驚きの声を上げる。

 

「サインズに寄った帰りだ。別にメシ喰いに来たわけじゃねーよ。客が来る前に帰る」

 

「別に良いじゃない。昼時だし、何か食べて行ったら?」

 

「客の気持ちになってみろ。アンタは猛犬と隣で安心して美味いメシが食えると思うか? それにサインズで食ってきたから、腹も減ってねーよ」

 

 そう言って【渡り鳥】は……クゥリはイワンナの誘いを断るも、残念そうなアイラを見て、ぐしゃりと前髪をつかみ、1つ呼吸を挟んだ。

 

「でも……折角来た事だし、珈琲くらいは貰うとするさ」

 

 カウンター席に腰かけたクゥリは、差し出されたココアに目を丸くする。

 

「疲れてるみたいですから。【渡り鳥】さんは、甘い物の方が好きですよね? あ、もちろん勝手にしたことですから、料金はいただきません」

 

 盆を抱えて、アイラは出過ぎた真似だっただろうか、とイワンナに視線を送る。彼女も少しだけ緊張しているようであるが、すぐにその顔は綻んだ。

 

「そうだな。どうせならマシュマロ入りが欲しい位だ」

 

 その理由は、クゥリが何も言わずに小さく口元に曲線を描いたからだ。そこには微塵として不快感はなく、ただ感謝の意思だけがある。

 

「それは有料ね」

 

「ケチだな」

 

 口を尖らせるクゥリであるが、それは冗談に過ぎない。すぐに穏やかな表情で白のマグカップを傾け、湯気を上らせるココアを口にする。

 

「もうほとんど本物のココアみたいだな。これなら高く売れるんじゃねーか?」

 

「客の足下を見た高過ぎは駄目。客に媚びた安過ぎはもっと駄目。それがワンモアタイムのやり方よ。まぁ、そのココアを出せるようになったのはテツヤンさんのプロデュースのお陰だし、彼との契約費も支払わないといけないからちょっと割高だけどさ。でも、あなたにはどれだけお礼を言っても足りないくらいだし、ココアくらいなら毎回奢ってあげるわよ」

 

 イワンナの言葉通り、テツヤンのプロデュースを取り付けてくれたのはクゥリだ。昨年末、突如としてワンモアタイムを訪れた彼は、カフェ用メニューの開発に悩んでいたイワンナとアイラにテツヤンとのプロデュース契約書を見せたのだ。

 DBOでも売れっ子の菓子職人プレイヤーであるテツヤンの専属プロデュースなど、それこそ大ギルドすらも喉から手が出る程に欲しい代物だ。それをどうやったのか、どれだけの対価を支払ったのか、と当時のイワンナは詰め寄った。

 

『彼の欲しくて堪らない物をくれてやっただけだ。契約費が安過ぎるかもしれねーが、別に脅しつけたわけじゃないから増額交渉するんじゃねーぞ?』

 

 テツヤンのプロデュースのお陰で女性プレイヤーの増客も狙えるスイーツ系メニューが充実し、話題性もあって、ワンモアタイムのカフェ経営は更なる飛躍を得たのである。

 これだけでもクゥリの尽力は大きいが、他にも彼はエレインの死後に多額のリフォーム費用を提供した。さすがに受け取れないと2人は拒絶したが、小切手を無理矢理押し付けた。

 

『エレインを殺したのはオレだ。依頼でもなく、必要だったからでもなく、オレの身勝手な浅はかさで殺した。だから、これくらいはさせてくれ』

 

 借金を丸ごと返済できるようなリフォーム費用に、傭兵とは短期間でどれだけ稼ぐのかと驚く一方で、これだけのコルを稼ぐのは傭兵でも並大抵ではない事を、別の傭兵が専属ブラックスミスと報酬と費用の計算を食事しながらしているのを耳にして、再度驚いた。

 

「礼なんか要らない。される価値もない。オレはエレインを殺した。だから、次に来た時はちゃんと支払う」

 

 ココアを飲みながら、クゥリはエレインの最期を思い浮かべるように目を細めた。

 

「エレインの死は自業自得。私もアイラもそう結論を出したわ。彼は自分の責任を、自分で背負って死んだ。だからそんな事言って、ウチのリーダー様の覚悟を汚さないでくれる?」

 

「殺してるんだ、殺されもする……か。エレインが死んだのは自業自得だ。だが、その因果はオレが結びつけたみたいなもんだ。だから、オレには責任がある」

 

 飲み終えたクゥリはマグカップを置き、カウンター席から立ち上がる。

 

「そういえば、昨晩かなりの騒ぎがあったって聞いたが、大丈夫か?」

 

 店のドアに手をかけたクゥリであるが、その動きを止めて、まるで今思い出したかのような素振りで振り返りながら口を開く。

 もう噂になっているのかとアイラは思う一方で、そもそもガラス張りなのだから店内の様子が外から分かるのだから当然かもしれない、と納得する。

 

「大丈夫も何も、こっちは大繁盛で嬉しい悲鳴よ。あ……もしかして、わざわざ来てくれたのは心配してくれたからなの?」

 

 ニヤリと笑うイワンナに、クゥリは目を逸らす。その頬はやや朱に染まっており、図星なのは明らかだった。

 ああ、少しだけ柔らかくなった。アイラはそんな反応を見てホッとする。以前の彼ならば、先のような言葉を聞けば照れ隠しで口汚く否定して背を向けて帰って行っただろう。

 

「また来る。今度は……ちゃんと、メシを、食いに」

 

 ぼそりぼそりと、途切れながらもクゥリはそう告げて店を出て行った。

 再び静かになった店内で、イワンナが忘れていたばかりに蓄音機を起動させて店内BGMを奏でる。イワンナが以前お世話になったという傭兵が、新装開店記念に作曲してくれたギターの曲だ。

 

「彼は、やっぱり優しい人ね」

 

 わざわざ心配だからと足を運んでくれる。その行動をアイラは嬉しく思う一方で、エレインの件の頃よりも更に暗く濁った目をしたクゥリに不安を覚える。

 エレインを殺した。クゥリはまるで自分を呪うように、そう繰り返す。自分を傷つける事に慣れ過ぎているのかもしれない。アイラは血を撒き散らしながら飛ぶ白いカラスを想像する。その羽は自身の血と返り血で汚れ、真っ白だったはずなのにどす黒く変色してしまっている。

 

「私はあの性格こそ直すべきだと思うけどね。ああいうタイプは甘え方を知らないから、自分を追い詰め過ぎて道を踏み外し易いのよ……エレインみたいにね」

 

「……そうね」

 

 客が来店し、ドアの鈴が鳴る。アイラは気持ちを切り替え、ぎこちなさが抜けない笑みで迎えた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「いらっしゃいませ」

 

「あー、ども。昨日はご迷惑をおかけしました」

 

 昨晩のお祭り騒ぎなど気にした素振りも無く、ワンモアタイムを訪れたブギーマンをアイラは変わらぬ笑みで歓迎する。

 

「良いんですよ。物を壊されたり、毎日されたりしたら困りますけど、誰だってお酒を飲んで騒ぎたくなる時はありますから」

 

「アイラはこう言ってるけど、程々にしてね」

 

 イワンナに釘を刺され、ブギーマンは軽く頷いて1番奥の壁際の4人席テーブルに腰かける。注文するのは珈琲とベーコンサンドだ。頭の中で昨晩の酒が回っているかのような錯覚がある。仮想世界の酒である以上は二日酔いにはならないはずだが、こうした状態は多くのプレイヤーに確認されている。他にも『肝臓が痛む』と訴えるプレイヤーにもブギーマンは遭遇した事があった。

 他にもアルコール依存症だったプレイヤーは、やはり仮想世界のアルコールに依存するようになったり、ヘビースモーカーは煙草を吸っていなければ落ち着かなかったり、と仮想世界の産物だから現実の肉体には悪影響を及ぼさないと決めつけるのは危険なのかもしれない。脳の中では何が起こっているのか分からない以上、何事も過剰は禁物という事なのかもしれない。

 その証拠に、ブギーマンに遅れて15分ほどして到着したエネエナとキリマンジャロの顔色は最悪そのものだ。特にキリマンジャロは上手く鍔付き帽子と眼鏡で隠しているが、今にも昨夜の内容物を吐き出しそうな顔である。もちろん、DBOには嘔吐表現は搭載されていない。たとえキリマンジャロをジャイアントスイングしたとしても、吐瀉物が撒き散らされることはないだろう。

 

「今日はオフにしたいわー。ねぇ、もう帰らない?」

 

 やはり酒が残留しているのだろう、エネエナはレモンティー、キリマンジャロはハーブティーと健康的な飲み物を注文する。

 

「駄目に決まってるでしょう。あと6日しか取材時間は残ってないんですよ? 特集以外の取材にも時間を割かないといけないんですから、実質的にはもっと短いんです」

 

「うーあーうーあー」

 

 エネエナは額をテーブルに擦り付けて唸る。この2×歳は本当に限度を知らないな、とブギーマンは呆れた。彼は元からアクセル全開の人生の為か、実のところを言えば、二日酔いでダウナー状態ぐらいがテンション的にも普通になると自覚している。この状態の時は意外な程にナンパ(撮影交渉)が上手くいくとデータを取っている程度には自己分析済みである。

 

「それで、キリマンジャロくんもお休み希望か?」

 

「いや、俺は問題ないよ。気を抜いたら、は、吐きそうなだけだ」

 

 運ばれてきたハーブティーを苦笑いしながら飲むキリマンジャロの方がエネエナよりも重症のようだ。

 

「それに、あんな風に騒いだのは久しぶりだったから気持ち良かったよ」

 

「ハハハ! 1つ大人の楽しみを知ったな、おっぱい星人君!」

 

「それは忘れてくれ」

 

 頬を赤くし、キリマンジャロは帽子を目元まで深く被る。どうやら、昨日の事はしっかりと憶えているようであるが、自制心を取り戻した今では消したい恥ずかしい過去なのかもしれない。

 

「でもでもぉ、キリマンジャロさんは巨乳派なんですよね? 私くらいはどうですか? 大き過ぎないし、小さ過ぎもしないと思うんですけど?」

 

 キリマンジャロの腕に抱き付いて胸を押し付けるエネエナであるが、そんなアピールもすぐに喉までせり上がってきた嘔吐感で継続不可となり、顔を後ろに向けてカエルの鳴き声のような音を喉から搾り出す。これが現実ならば、間違いなく口からナイアガラ滝のように胃液は零れていただろう。

 

「本当に、このゲームは何なのよぉ。こんなもん製品化して売れると本気で思ってたのかしら? 幾らメルヘンからゲテモノまで勢揃いのVRMMO戦国時代でも、このゲームは売れないわ。難易度以前にクレームが集まり過ぎて運営ストップよ」

 

 泣き言を漏らすエネエナの隣でキリマンジャロはティーカップを回し、揺れる波面を見つめる。

 

「そもそも、ダークブラッド・オンラインはVRMMORPGとして開発されていないよ」

 

 それはどういう事だろうか? キリマンジャロの言葉に、ブギーマンとエネエナは興味を示す。その視線を受け取ったのか、キリマンジャロは周囲の席を埋め始めた他のプレイヤーを意識するように声量を下げる。

 

「DBOはVRMMORPGとして、いや、『普通のゲーム』として致命的に破綻している点がある。何だと思う?」

 

 まずはクイズというわけか。面白い、とブギーマンは腕を組んで酒が回る頭を動かす。

 致命的に破綻している点? そもそも、現代社会の倫理観を根底からぶち壊すようなデスゲームの時点で破綻も何もあったものではない、というのがブギーマンの意見なのであるが、そこはゲーム雑誌の記者だ。すぐの1つ目の思いつく。

 

「食事と……睡眠?」

 

「正解。DBOでは、食事を取らなかったら【飢餓】、水を飲まなかったら【脱水】、眠らなかったら【不眠】のデバフが生じる。でも、1日食べなかった程度では【飢餓】にならないし、余程の高熱地帯でもない限り、やっぱり1日で【脱水】にもならない。【不眠】は48時間睡眠を取らなかったら発生する。でも、これらの要件を『普通』のVRMMORPGで満たすのは不可能に近いんだ」

 

「そっか。私たちは茅場の後継者のせいでDBOに閉じ込められてるけど、普通にプレイしたら、学生でもログイン8時間……長くても10時間が限度よね。待機時間中にオートで食事や睡眠を取らせるサービスがあるとしても、それならば尚更不要ってわけね。それに、96時間以上も拘束される長期イベントもあるって聞いた事があるけど、それも最初からデスゲーム化するなら時間的制約も無視できるわね」

 

 エネエナの意見にキリマンジャロは頷く。言われてみれば、このゲームには、幾ら自由度が高いとはいえ、『普通のゲーム』という枠組みの中では不要なもの、不可能なものが多過ぎるような気がする。

 スタミナ切れや過ぎたダメージフィードバック……アルコールにしてもそうだ。確かに仮想世界でアルコールを楽しめるというのは魅力の1つになるだろう。実際にVRシティなどではリアルでも有名なバーがそっくりそのまま運営され、日本中の何処からでも人気カクテルが楽しめると好評を集めていた。ブギーマンもVRシティで食事した時に何度か酒を嗜んだが、本物に近しい味、舌触り、香りには驚かされたものだ。ただし、酔っているという感覚がイマイチだったのはアルコール商品としては致命的ではあった、という補足は必要である。

 対してDBOは、VRMMORPGという枠組みの中で、ファンタジーキャラがそうであるように酒場でアルコールを楽しめるというのは雰囲気作りとしては悪くない。むしろ、その辺の大手VRシティよりも遥かに『酒』としてのリアリティを追及している。だが、そのリアリティは『普通のゲーム』に必要なものだろうか?

 飢餓は放置し続ければ、プレイヤーはHPの残量問わずにゲームオーバーになる。人は飢えれば死ぬというかのように。それらが『デスゲーム』を目的としてシステムに組み込まれたものならば、全て納得がいく。

 

「DBOは最初からデスゲーム化を前提として開発されていると推測できる点が幾つもあるんだ。そうなると、DBOを開発した連中は全員デスゲーム化を承知の上だったって話になる。どんなゲームだって1人じゃ完成しない。あの茅場晶彦だって、アーガスの100人単位のスタッフとクリエイターがいないとSAOは完成できなかった。人間1人じゃ、繊細な仮想空間を構築できない。ましてや、そこに複雑なシステムやプログラムを組み込んだ『ゲーム』を作るなら尚更だ」

 

 まさしくその通りだ。ゲーム雑誌記者のブギーマンにはキリマンジャロが言わんとする点が分かる。ハードの進化に伴ってゲーム開発ハードルが上がり続け、特に新興企業の参入が厳しい日本市場では、なかなかゲーム系ベンチャー企業の芽が出ない理由の1つにもなっていた歴史もある。

 現在のVRMMO戦国時代は、アメリカのINC財団がザ・シードと言われるVRゲーム開発の雛型ソフトを『VR市場の発展の為』という大義の下で無料配布した事により隆盛を起こされたものである。逆に言えば、この雛型ソフトが無ければ、VRMMOの開発には何十倍ものコストがかかる代物なのだ。

 だが、DBOはザ・シードを骨格としつつも、ほぼオリジナル開発となっている。アミュスフィアⅢの性能を最大限に発揮する為には、ザ・シードというアミュスフィアの性能を前提としたソフトでは不足があったのだ。アバターやオブジェクトの質感、精密な環境ステータスの設定に至るまで、DBOが他のVRMMOとは一線を画すのは、単なるハードの性能が高いからではない。

 だとするならば、SAO事件が茅場晶彦の単独犯であったのに対し、DBOの場合は想像も絶する規模の組織が関わっているという予想すらもできる。

 

「……なんてね。二日酔いに利く、寒気がする与太話だろ?」

 

 と、深く考え込んでいたブギーマンの意識を、キリマンジャロの茶化すような一言が呼び戻す。

 

「でも面白い話ね。だとするならば、茅場の後継者は何で『ゲーム』って枠組みに拘ったのかしら? ここまでの技術力があるなら、素直に『現実世界を模した仮想空間』に私たちを閉じ込めれば良いのに」

 

 エネエナの意見は尤もだ。そんなまどろっこしい真似をするくらいならば、いっそゲーム要素を全て排してしまった方が良いような気すらする。

 

「それこそ奴が『茅場の後継者』って名乗っている理由だと思うよ。俺の推測だけど、茅場の後継者はGMをやって、プレイヤーに挑戦するという立場を楽しんでるんだ。『ゲーム』という枠組みで、俺達と遊んでるつもりなのかもな」

 

 これ以上はどれだけ意見を出しても推測を重ねる行為に過ぎない。そう言うように、キリマンジャロはハーブティーを飲み干して、話を打ち切った。

 だが、今の話はなかなかに興味深い。しっかりと煮詰めれば、特集とまではいかないが、隔週サインズに載せるだけの価値はある。

 

「雑談はこれくらいにして、今日の取材予定を確認するわよ。とりあえず、ヘカテちゃんの情報漏え……じゃなくて、『情報提供』のお陰で【渡り鳥】の取材の目星はついたわ。それは明日に回すとして、今日は【クリスマスの聖女】を追うわよ」

 

「その件だけど、ラスト・サンクチュアリから【クリスマスの聖女】に繋がるかもしれないオブジェクトを預かってるんだ。俺達じゃ情報を集めきれなかったけど、隔週サインズの編集部として多くの情報を取り扱っているキミ達なら何か分かるかもしれない」

 

 そう言えば、キリマンジャロが取材同行する条件は、ラスト・サンクチュアリが保有する【クリスマスの聖女】の情報全てを提供する事だった。すっかり忘れていたブギーマンは、律儀な青年だ、とおっぱい星人の評価を高める。すっかり昨日とは評価が逆転しているのはご愛嬌である。

 アイテムストレージからキリマンジャロが取り出したのは、幾つかの『ゴミ』としか呼べない……だが、ブギーマンの目玉が飛び出るのではないかと思う程に驚愕に満ちた代物だった。

 

「触っても?」

 

「ああ、だけど気を付けてくれ。耐久値は回復させてあるけど、それだけしかないんだ」

 

 キリマンジャロの許可を取ったブギーマンは、信じられないと言った顔で、懐かしきアルミの肌触りを指先で味わう。

 それは何処からどう見てもK○RINビール350ミリリットルの空き缶だ。他にもポテ○チップスのコンソメ味の袋、半分ほど中身がないハ○チュウのブドウ味もある。

 

「釣鐘の塔の雪の中で埋もれていたのをラスト・サンクチュアリが回収したものなんだ。こんな世界観を壊すアイテムがDBOで入手できるとは思えない。でも、クリスマスイベントで特別に配布されたものだとしたら……」

 

 キリマンジャロの言わんとする事は分かる。確かに、これは謎に満ちた【クリスマスの聖女】を追う上で極めて有効な手がかりだ。

 

「なるほど。現代品の所持者を追えば、【クリスマスの聖女】にたどり着く確率は高いってわけだな。でも先輩、現代品を得られるイベントなんて情報ありましたっけ?」

 

「あるわけないでしょ? DBOじゃ誰も彼もが味に飢えてるんだから。ハイ○ュウ1粒で10万コルで取引されてもおかしくないわよ。というか、KIR○Nビールって……KI○INビールって……私も飲みたいぃいいいい!」

 

 地団駄を踏むエネエナの言う通り、そんなイベントがあれば、ユニークアイテムが獲得できるイベントを放り出してでもプレイヤーが殺到していただろう。だが、隔週サインズはおろか、情報屋もそんなイベントがあるとつかんでいなかった。仮に独占していたとしても、それならばそれで市場に流通していたはずである。

 ブギーマンは空き缶を手に取り、その香りを嗅ぐ。懐かしき現代ビールの味が蘇るかのようだった。

 と、そこでブギーマンは自分の舌がざわついている事に気づく。

 

「あれ?」

 

 おかしい。何かがおかしい。ブギーマンは舌を出し、軽く指で撫でる。

 現代品は、ブギーマンはもちろん、DBOのプレイヤー全員が渇望する垂涎の品だ。当然ながら、たとえゴミでもお目にかかったのは彼も初めてである。

 なのに、舌が叫んでいる。『この馬鹿たれが!』とブギーマンを叱咤している。

 数十秒たっぷりとブギーマンは舌が震える記憶を掘り返し、再度空き缶から漂う残り香を吸った。

 

「先輩……俺達、もう飲んだ事があるんじゃないですか?」

 

「何がよ?」

 

「だから、KIR○Nビール」

 

「はぁ? アンタ、まさかまだ酔いが醒めてないの? やっぱり、今日はもう解散した方が良いのかしら」

 

「そうじゃないですよ! ほら、先輩も、キリマンジャロくんも、ちゃんと吸って!」

 

 空き缶を押し付けられたエネエナが先に鼻をヒクヒクさせ、続いてキリマンジャロが顔を顰めながら深呼吸するように嗅ぐ。

 相変わらず『?』を頭上で浮かべるエネエナであるが、キリマンジャロの方は気付いたかのように目を見開いた。

 

「俺も飲んだかもしれない」

 

「だろ?」

 

「ちょっとキリマンジャロさん、私にも教えてくださいよ!? どういう意味なんですか?」

 

 結局のところ、エネエナは酒好きというよりも酔うのが好きという事なのだろう。ブギーマンとキリマンジャロは同時に、忙しそうに料理をするイワンナへと視線を向けて立ち上がる。

 

「あ、昨日の馬鹿共じゃない。追加の注文?」

 

 迫る2人に気づいたイワンナがフライパンでソーセージを焼きながら尋ねる。だが、2人は無言のまま更に距離を詰め、空いたカウンター席に腰かけた。

 

「イワンナさん、まずは『これ』を見てください」

 

 そう言ってブギーマンは無表情でK○RINビールの空き缶を、他の客の視界に入らないようにイワンナへと見せる。すると、彼女は明らかに顔を顰めた。

 

「……ちゃんと掃除したと思ったんだけどなぁ。それ、何処に転がってた?」

 

 頭を掻くイワンナは無念そうに問う。どうやら、キリマンジャロの持参品ではなく、店内に転がっていたものだと勘違いしているようだ。だが、それはブギーマンにとって好都合である。

 

「と言う事は、認めるんですね?」

 

「記事にしないって約束できるなら見せるけど、どうする?」

 

「約束します」

 

「嘘は?」

 

「変態写真道に誓います」

 

「普通なら張り倒すところだけど、あなたの場合は神に誓うより信じられるわね。アイラ、ちょっと!」

 

 他の客の注文を取るアイラを呼びつけたイワンナは、彼女と共に1度カウンターの奥に引っ込んで小声で話す。困ったようにアイラは何度かブギーマンたちの方を見た。

 

「奥の方へどうぞ。ご案内します」

 

 そう言ってアイラは、まだ事態を呑み込めていないエネエナを含んだ3人をカウンターの奥にある、従業員用のドアへと誘う。

 ドアの向こうは2階の居住スペースに通じる木製の階段、そしてもう1つ、地下へと続く石造りの階段があった。

 

「こちらは食料庫となります。食料庫はイワンナのアイテムストレージと直結してますから、ここに保存した食料は耐久値が減る心配も無く、即座に料理に使用できるようになっているんです」

 

 石造りの階段を下りた先には、新鮮な野菜や肉、調味料、山積みの酒が棚に安置されていた。それらはブギーマンたちが食料庫を見回している間にも、1つ、また1つと消える。恐らく、地上でイワンナが料理に使用して消費しているのだ。

 人気の料理店ワンモアタイムの裏側、スクープチャンスと分かってはいるが、ブギーマンは変態写真道に誓って記事にしないと約束した。神は裏切れても、自分の信念を裏切れない彼は、カメラを構えようとするエネエナを制する。

 やがて、アイラは黒いカーテンがかけらえた棚の前で立ち止まり、そして振り返る。

 

「こちらが皆様が昨夜お飲みになられたKIR○Nビールとなります」

 

 アイラの白い指が黒いカーテンを取り除く。そこにあったのは、棚に数十本と並べられた、懐かしき現代の酒だった。

 ごくりとエネエナが言葉を失いながら喉を鳴らす。ブギーマンも、その1本を手に取って、干し肉を齧りながら1杯できたら最高だろうと想像を膨らませる。だが、今は欲望に身を任すべき時ではない。

 

「弁明させてほしいのですが、イワンナはこの事を好きで隠していたわけではありません。こんな貴重な物があると知られれば、必ず諍いが起きる。だから、イワンナは、特別な時にこっそりとお客様に振る舞おうと決めていただけなんです。信じてください」

 

 手を組み、涙を浮かべるアイラの懇願は嘘ではないのだろう。仮に彼女たちが自分達だけで楽しもうと考えていたならば、ブギーマンたちはこの食料庫に至っていないのだから。

 

「アイラさん……で良いかな? 俺たちはこの秘密を暴きたいわけじゃない。これが誰から買ったものなのか、それが知りたいだけなんだ。頼む、教えてくれ」

 

 1歩前に出たキリマンジャロが、取材陣2人より先にアイラへと詰め寄る。彼女は視線を泳がせて口を閉ざしていたが、キリマンジャロの眼鏡越しの真剣な眼差しに耐えられなかったのか、溜め息1つに小声で答えた。

 

「……テツヤンさんから、満員御礼の記念に頂きました」

 

「テツヤンって……あのテツヤン!?」

 

 DBOに味の革命をもたらした、女性プレイヤーを虜にするカリスマ菓子職人プレイヤー、テツヤン。その名を知らない者はまずいない、DBOでも屈指の有名人である。

 だが、テツヤンは男だ。【クリスマスの聖女】ではないだろう。だとするならば、彼の関係者に【クリスマスの聖女】がいるという事なのだろうか?

 何にしても1歩前進だ。ブギーマンはまだ見ぬ天使の歌声の美女(確定事項)を夢見て拳を握った。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「やっぱり平和が1番だよね、ダンベルちゃん」

 

「そうだな、キャサリン」

 

 昨日の犯罪ギルドの仕事現場を目撃した事により、すっかり心が折れた2人は編集長に言われるままに、テツヤンが開いていた料理教室の取材をすべく、終わりつつある街の北西部に向かっていた。

 北西部は富裕層の屋敷が密集した区画であり、その大半は廃れているが、大ギルドは次々と屋敷を購入し、リフォームする事で終わりつつある街の拠点として利用している。その内の1つ、クラウドアースが保有する屋敷が今回の取材先だ。

 今回の料理教室はクラウドアースがテツヤンに打診したものである。彼は大ギルドとの繋がりを極力避けていたが、今回は何故かクラウドアースの申し出を受け入れ、1週間限定の料理教室を開く事になったのである。

 これを隔週サインズが取材すれば、他ギルドからすればテツヤンとクラウドアースの友好が深まったというアピールになり、そして他ギルドのメンバーすらも料理教室の傘下を認可して施設を利用させるクラウドアースの懐の広さも強調できる。

 つまりは、テツヤンの料理教室という格好のネタ、そして政治的な策謀が絡んだ取材なのである。

 もちろん、キャサリンもダンベルラバーもそんな事は承知の上だ。だが、2人とも『だからなんだ?』という感想しか抱かない。政治だろうが何だろうが、犯罪ギルドが絡んでいるような酒場に調査潜入するよりも遥かにマシである。

 

「だが、料理教室と言っても何を教えるんだ? DBOは≪料理≫スキルがあるんだぞ?」

 

「あ、そっか。ダンベルちゃんは≪料理≫持ってないもんね。あのね、DBOの≪料理≫は食材選んで、使用する調理器具を選んで、作りたいメニューを選択して成否判定で終了……じゃないんだよ」

 

 フレーバースキルと侮ってはならない。≪料理≫には『シンプル』と『テクニック』の2つのモードがある。『シンプル』の場合、まさしくキャサリンが先程言った通り、食材と調理器具を選択してメニューを選んで成否判定で終わりだ。

 だが、『テクニック』の場合はメニューを選択せず、自由に食材の組み合わせ、更に調理過程も生まれる事で調整が可能となった事によって、望んだ料理を生み出すことができるのだ。

 無限にも等しい食材を組み合わせて新しい味を生み出し、味と味を組み合わせて理想を目指し、そして調理過程で更なる深化を望む。使用した食材や調理器具のレア度、≪料理≫の熟練度に応じて成否判定も絡んでくる為、≪料理≫スキルは入口こそ広いが、極めるのはまさしく専門家になる以外に無い程に険しい道なのだ。

 

「1度でも作成に成功すればログが残るから、同じ食材と調理器具さえ準備すれば、ログを読み込めば、成否判定だけで同じものが生産できるんだよ。ダンベルちゃん、分かってくれたかな?」

 

「俺には無理だという事がわかった」

 

「それでこそダンベルちゃんだよ! 大丈夫、私もよく分かってないから! 簡単に言えば、料理教室という名の試行錯誤の実験が私たちを待っているって事だよ!」

 

 目指したい味はそれぞれだ。テツヤンは料理教室を訪れたプレイヤーをサポートし、『彼女ら』が目指す味ができる手伝いをするわけである。

 

「しかし、何でまたテツヤンは料理教室を開いたんだろうな? 彼ってそういうキャラじゃないだろ」

 

「問題! 今日って何月何日でしょう?」

 

 指を立ててクイズを出すキャサリンに、ダンベルラバーはシステムウインドウを開いて日時を確認し、そういう事かと納得する。

 

「ああ、5日後か」

 

「そう、5日後です」

 

 2人して頷き合っている間に、クラウドアースが保有する屋敷……『テツヤンの料理教室』という垂れ幕が靡く目的地に到着する。入場料は4000コルとお高いが、それだけの価値があるだろう。もちろん、取材としてクラウドアースから招待を受けている2人はフリーパスである。

 大理石のような白い石造りのエントランスを抜け、その奥にある大広間をわざわざリフォームして料理教室の会場が設営されている。

 会場の扉を開くと、そこには設営された10台の簡易キッチンに2名ずつ、計20名の女性プレイヤーが準備された食材と調理器具の間で右往左往し、時には失敗の爆発や黒煙を巻き上げながら、四苦八苦していた。

 そんな中、白い料理服を着た30代前半だろう、顎髭を生やした、やや表情に乏しい男が女性プレイヤー達の指導に当たっている。彼こそがDBO屈指の菓子職人プレイヤーのテツヤンだ。その剽軽なプレイヤーネームと違い、職人気質で無口な男であり、女性プレイヤーの心と舌を射抜き続けるカリスマである。

 女性プレイヤー達は、一様にエプロンと三角巾を装備している。もちろん、DBOにおいてまるで意味はないのであるが、それぞれの柄はクラウドアースのエンブレムである。恐らく参加者には義務付けられているのだろう。こんなところまで宣伝魂を忘れないクラウドアースには脱帽である、とキャサリンはカメラを構え、テツヤンを中心にして良いアングルを探す。

 

「もう、何で爆発するんですか!?」

 

 と、すぐ傍の簡易キッチンで、また盛大な黒煙が上る。そこにいたのは、キャサリンも良く知る女性プレイヤー、【雷光】という名を轟かせる女傑、ミスティアである。普段の戦乙女のような恰好ではない、普段着の上からエプロンと三角巾をした姿は、まるで初めて料理に挑戦するお嬢様のようだ。彼女のいるキッチンだけ、他のテーブルよりも失敗頻度が多いと物語るように黒ずんでいる。

 

「駄目ですよ。チョコレートは湯煎しないと失敗率が100パーセントになりますから。テツヤン先生が言った通りにしてください」

 

「で、でも、直接火にかけた方が早く溶けると思うのですが……」

 

「してください」

 

「はい」

 

 そんなミスティアと同じキッチンを使うのは、ツインテールをした小柄な少女だ。ニコニコと笑っているが、その頬は幾度とない爆発に巻き込まれた名残のように黒くなっている。

 

「男のハートを射止めるのは胃袋から。DBOにおいて、≪料理≫を極めるとは意中の男子を落とす最善の一手なんです。良いですか? 男に料理をさせるとか馬鹿の極みだと憶えておいてください。家事ができる男はそれだけ女に依存しなくなります。好きな人を繋ぎ止めるには、自分無しじゃ生きていけないって思わせるのが大事なんです」

 

「べ、勉強になります」

 

「いえいえ。恋する女同士、頑張りましょう。さて、ここで隠し味。指先を少し切ってと……」

 

 そう言ってツインテールの少女はナイフを取り出すと、どろどろに溶けたチョコレートへと切った指先から漏れる赤黒い光を混ぜていく。

 

「あの……それって美味しくなる秘訣なんですか?」

 

 不思議そうに赤黒い光がチョコレートに混ざっていく光景を見ながら、ミスティアは首を傾げる。それに対し、ツインテールの少女は一切の混じり気が無い笑顔で、一瞬の迷いも無く頷いた。

 

「ええ、もちろん。万国共通、現実だろうと仮想世界だろうと、自分の1部を料理に混ぜるのは、愛する人の心を独占する隠し味なんです。ほら、ミスティアさんもテツヤン先生にバレないようにこっそりと!」

 

「は、はい! ラジードくん、アタシ……頑張るからね! 必ず美味しいもの作ってみせるから!」

 

 そう言ってミスティアは自分の掌を切り、赤黒い光を……まるで血のようなダメージエフェクトを注ぐ。2人の少女は純粋に嬉々と笑いながら、お互いの好きな人の話をしながらチョコレートを混ぜていく。赤黒い光は1回混ぜられる度に、まるで味覚データに絡みつくように黒いどろどろとしたチョコレートと一体になっていく。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………見なかった事にしよう」

 

「そうだね。私たちは何も見てない。何も見てないよ」

 

 キャサリンは笑顔でカメラを改めてテツヤンに向け、やっぱりカッコいいなぁ、と呟きながらシャッターを切るのだった。




ヘイワ、スバラシイ! 

それでは、135話でまた会いましょう!

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