SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

121 / 356
オールバトル、第2回です。
さすがに単身+召喚フレンド限定なので、耐久力はボスにしては低めです。それでも、スタン耐性を込みに入れれば、見た目以上の耐久力を持っているボスですね。
アイディア元はもちろん、格ゲーのスパアマです。


Episode13-18 戦い続ける者

 2体に分裂した天使は旋回し、双剣の天使が氷柱を背後から射出する。

 氷柱は連射性能こそ高いが、追尾性能は決して高くない。オレは走って回避しようとするが、もう1体の槍持ちの天使が瞬間加速でオレの正面に移動し、疾走を妨害する。

 だが、DBOではモンスター同士でも同士討ちが発生する為、逆に言えば2体に分裂したという事は、互いに妨害し合う広範囲攻撃はできなくなったというわけだ。そう判断したオレであるが、氷柱が槍持ちに命中しかけた瞬間、氷柱は半透明のガラスのようなバリアに阻まれ、攻撃の進路を変更する!

 反射能力か! 槍持ちに命中する氷柱は全て反射され、あらぬ方向へとばら撒かれていく。集弾性が高いからこそ走ることで回避ができたはずの氷柱が次々と広範囲にばら撒かれ、氷の柱を出現させて回避ルートを奪っていく!

 いや、逆に利用しろ! オレは氷の柱を蹴り、足場にする事で3次元戦闘に持ち込んで2体の天使を相手取ろうとする。先に接近したのは双剣持ちだ。瞬間加速で左右にフェイントをかけながら、オレの右側から迫る。

 十字斬りを鉈で防ぎ、衝撃が背中まで突き抜けるような感覚を味わうも、何とか耐え抜いたオレは鉈で反撃しようとするも、双剣持ちは翼で身を覆って鉈をガードする。その間に槍持ちが背後を取り、オレへと槍の連撃を放つも、瞬時に背負う黎明の剣で応戦し、槍の穂先を正確に弾いて軌道をズラす。

 雪上に着地したオレに対し、双剣持ちは広範囲薙ぎ払いレーザーの体勢を取る。周囲に出現した5つの青い光の塊、それが先程よりも更に1テンポ早く解放され、レーザーが双剣持ちを中心に放たれる。

 当然のように槍持ちは巻き込まれるのであるが、反射能力がある為、こちらが屈んで回避体勢を取らねばならないにも関わらず、お構いなしに突進してくる。それどころか、その身にレーザーを浴びる度に反射させ、レーザーの軌道を変化させる!

 雪上を転がって反射されたレーザーを回避し、更に接近を許した槍持ちが持つ斧の振り下ろしを、斧の側面を膝蹴りで弾いて防ぐ。レーザー攻撃終了と同時に立ち上がって体勢を整えようとするも、双剣持ちの剣が青いソウルの輝きを放出するのを目撃する。

 放たれたのは10メートルにも及ぶ、現在確認されている【ソウルの剣】や上位魔法の【ソウルの大剣】を上回る範囲と太さを誇る青い光の斬撃。差し詰め、ソウルの特大剣といったところだろうか。それが横振りで1発、更に何とか回避したオレへと縦振りで追撃を狙う。

 オレは≪歩法≫のソードスキルを使おうとする理性に本能でストップをかける。

 ソウルの剣系は実体が伴わない。故に剣で受け止めることはできず、それこそ盾などでガードする以外では回避一択だ。だが、逆に言えばソウルの剣系は射撃属性でもなければソードスキルのように追尾性能やロックオン機能があるわけでもない。

 見切れ。オレは視界の中に映る双剣持ちの腕、手首、肘の動きから斬撃軌道を本能頼りで予想し、身を翻す。

 後頭部の数ミリ先を青い光の刃が通り抜けた。その場での僅かなターンステップで、ソウルの特大剣を躱したオレは、ソウルの特大剣に巻き込まれただろう槍持ちを確認するが、その姿は天上にある。どうやら瞬間加速で斬撃から逃れたようだが、これで1つ確定した。

 あくまで反射できるのは分裂体の射撃属性攻撃に限るのだ。つまり、ソウルの剣系を使わせれば、もう1体は必ず回避行動に移る。

 上空からレーザーの雨を降らした槍持ちが舞い降り、その槍を地面に突き刺す。すると、ケイタが使ったのと同じ霜柱攻撃が、今度は周囲に発動させるのではなく、槍の突き刺した地点から霜柱発生しながらオレを追尾して迫る!

 鋭い槍のような霜柱であるが、その攻撃判定があるのは出現した際の先端だけだろう。ならば、とオレは自分に迫る霜柱に敢えて突撃する。そして、発生するタイミングに跳躍し、その側面を蹴って追尾する霜柱を避ける。そして、宙にいる間に双剣持ちがオレの側面に回って羽による面攻撃を狙っているとみると、霜柱の1つに蛇蝎の刃を撃ち込んで跳躍による空中移動を急停止させる。

 オレが跳躍で得た推力を保持していたら到達していただろう空間に羽による面攻撃が覆い尽くす。着地してワイヤーを巻き戻したオレは槍が緑の輝きを得ているのを視界に捉えた。

 それは≪槍≫の投擲系ソードスキル【シューティングライト】。槍を投擲する単純なソードスキルであるが、武器を失うという性質上火力ブーストが高い上に、投げナイフと同じ投擲攻撃扱いである為、DBOでは≪射撃減衰≫などの射撃属性攻撃を軽減させるスキルの影響を受けないという強大なメリットを持つ。多くのネームドやボスが≪射撃減衰≫や同質の能力を所有する関係上、ボス戦でも非常に有効なソードスキルだ。太陽の狩猟団には『投げ槍部隊』なる対ボス戦用部隊すら存在するほどである。

 ただし、スタミナの消費が規格外である為、たとえ再武装状態にしても連発できないのが欠点だ。とはいえ、ケイタがそうであったように、天使状態でもスタミナの概念など無いようなものだろう。緑色のソードスキルの光を纏った投げ槍を紙一重で避けたオレは、当然のように新たに氷で槍を生み出し、2発目のシューティングライトの体勢を取る槍持ちを目にする。

 どんなソードスキルが来るのか分かっていれば、回避は容易い。だが、そうはさせまいと双剣持ちがオレ自身ではなく、オレの周囲に向けて氷柱を射出する。生み出された氷の柱によってオレは閉じ込められ、駆けて回避しようとしたオレは出鼻を挫かれた。

 まずい! シューティングライトの火力ブーストならば、この程度の氷は壁にもならず、減速すらしないだろう。放たれた緑の光で覆われた槍に対し、オレは黎明の剣を抜いて叩き落とす!

 その破壊力を雪上、更にその下の地面へと炸裂さえ、雪と土が爆発した。氷の破片が飛び散る中で、双剣持ちの天使が瞬間加速でオレの背後から斬りかかるも、これを屈んで避け、カウンターで鉈による反転斬りを決める。

 やはり斬った手応えは硬質だ。2体に分裂してスタン蓄積も半分になっていれば良いのだが、希望的観測に縋って作戦を立てるのは愚の骨頂だ。そのまま腹に1発打ち込んでから離脱しようとするも、槍持ちが瞬間加速でオレの背後をいつの間にか取っていた。

 回避が遅れ、槍の突きが左脇腹を抉る。残り7割近くしかなかったオレのHPが6割台に至り、赤黒い光が雪上に散る。

 張り付けばもう1体が背後を取りにくるわけか。当然か。張り付くという事は視界も集中力も大半を対峙する1体に注ぐという事だ。がら空きの背後から攻めるのは常套手段である。

 だったら、発想を逆転させるだけだ。オレは続いて槍持ちに張り付くべく、姿勢を低くしながら駆ける。槍による牽制の突きを黎明の剣で受け流し、斧の間合いへと踏み込んだ。

 片手用サイズの氷の斧は取り回しが良く、近接戦でも十分なスピードを発揮できるが、対応力は双剣持ちが装備する片手剣ほどではない。斧の連撃を前転で躱しながら背後へと回ろうとするオレを執拗に槍持ちは柄を短く持った槍で突こうとする。

 耳を澄ませ。そして、『死』を拾い上げろ。首筋を撫で、本能が生命の危機を叫ぶ中で、オレは鉈を抜いた。

 撃ち合う音がした。それはオレの背後から接近した双剣持ちの斬撃、それを鉈で迎撃した音だ。左手の逆手で構えた鉈を背中で掲げて斬撃を防ぎ、そのまま背後へと間髪入れずに蹴りを打ち込む。その間に槍持ちの斧が頭を割ろうとするのを黎明の剣で防ぎ、片手持ちの両手剣では斧の振り下ろしでは拮抗できない為、押し切られる前に鉈で黎明の剣を支える。

 1度は斧を押し返し、正面の槍持ちを見据えながら、再び背後から迫る双剣持ちへと無造作に黎明の剣を逆手で突き出した。リーチは双剣より両手剣の方が上だ。切っ先が天使の体に衝突した感触が、見ずともオレの攻撃が正確に天使の心臓部へと命中したことを伝えてくれる。

 簡単な話だ。張り付きを『防御』と割り切り、背後からの奇襲に対する対応を『攻撃』とする。すなわち、張り付いて攻撃するのではなく、あくまで視界に捉えて防御と回避の為の情報収集に撤する。そして、背後からの攻撃にはカウンターを中心とした対応で攻撃し続ける。

 こんな戦いをするのは初めてだ。当然だ。目の前にいるヤツに喰らいついた方が早い。だが、それをしていては勝てない。まずはどちらか1体をスタン状態にさせる。その為にも攻撃を当て続ける!

 まずは双剣持ちを潰す! 槍持ちが瞬間加速で離れた瞬間に身を反転させて双剣持ちと対峙する。右手の剣の突きでオレの喉を狙いつつ、本命は左手の剣による斬り上げだろう。突きを頭を横に振って回避し、鉈で斬り上げを防ぐ。そのまま膝蹴りを双剣持ちの腹に浴びせようとするが、瞬間加速で回避される。

 だが、そこまでが狙いだ。コイツらは間合いを詰めた格闘攻撃主体となる超接近戦に持ち込もうとすると瞬間加速で距離を取ろうとする。確かに瞬間加速は攻撃と回避の両面で優秀だが、一方で直線的な移動である為、発動のタイミングさえ見抜けばいかなるルートを通っていくのか見切れる。

 正確に移動ルートに向けて蛇蝎の刃を射出する。それは双剣持ちの腹を貫いた。だが、蛇蝎の刃によるスタン蓄積など微々たるものだ。それでも、スタン蓄積回復を少しでも遅延させるには効果を発揮するはずである。

 ワイヤーを回収しながらその場で、大きく弧を描くように身を反らしながら後ろへと跳ぶ。ふわりと浮いたオレの真下で、瞬間加速と槍を組み合わせた高速刺突を仕掛けた槍持ちが通り抜けた。

 距離を離した双剣持ちが青い光の塊を3つ操作し、オレを囲むように配置する。放たれたレーザーを掻い潜り、逆に反射能力によってレーザーを恐れない槍持ちの槍の振り下ろしを、雪とキスしそうなほどの前傾姿勢で駆けて躱し、そのまま黎明の剣で横腹を薙ぎ、その脇を抜けてレーザー攻撃後も硬直せずにオレを迎え撃つ双剣持ちに対して斬り上げるも、交差された双剣によって防がれる。

 氷の粒が散り、火花が咲く。呪縛者に入れられた黎明の剣のヒビが拡大する音が聞こえたが、力任せに相手のガードを崩す。そのまま片手突きに派生させようとするが、背後からの圧迫感を覚え、その場で黎明の剣を放り投げ、コートを脱いだ。

 槍持ちが翼を広げ、オレと双剣持ちを射線に捉えて羽による面攻撃を仕掛ける。それはもはや壁というべき出鱈目な面制圧であるが、こちらが何も対策を考えていないと思っているのだろうか?

 脱いだコートをオレは羽が直撃する寸前に振るう。コートは靡いて翻り、羽を次々と突き刺し、そして止める。

 羽による面攻撃を受けた際、オレは半身を羽で突き刺された。逆に言えば、貫通されなかったのだ。しかもダメージ量は左半身に受けてもHPの2割程度の減少。つまり、単発威力は極めて低い。

 ならば対処法は簡単だ。羽攻撃との間に障害物を作ってやれば良い。コートに突き刺さった羽は再び羽織る頃には抜け落ちる。

 だが、羽攻撃に対処している間に双剣持ちはその両腕を高々と掲げ、青い光を両手の間で充填させていた。それを足下に叩き付ける天使から距離を取り、周囲を巻き込む青い爆発から逃れるも、風圧がオレを派手に転倒させる。

 雪上を転がる間にオレは最後の1つとなった黒い火炎壺を雪の中に押し込んで立ち上がる。

 双剣持ちが瞬間加速を併用しながら、撹乱するように左右へと派手に移動しながら距離を詰める。

 目で追うな。耳に頼るな。肌で感じろ。仮想空間の冷たい空気、その渦巻く流れの中から刹那を切り取れ。

 左にサイドステップをしながら肘打。半ば反射に近しい本能頼りの攻撃。それは左側から瞬間加速で接近した双剣持ちの胸部中心に命中する。無論、怯まないが、双剣持ちは斬撃を振るえる間合いには無い。

 ここで追撃はかけない。オレが取り出したのは虎の子の火竜の唾液。大きな丸い瓶詰めのそれを宙へと放り投げる。

 槍持ちが羽ばたいて迫っている。跳ぶな、屈みながら反転して踏み込み、拳を打ち込め。そう本能が教えてくれる。

 嗤える。人間は技術を生み出し続け、世界の真理を解明し、ついに仮想世界という『もう1つの世界』を生み出すに至ったにも関わらず、今その仮想世界で殺し合いをするのは、何処までも原始的な、人間が『直感』と呼ぶ領域の力だ。

 本能が叫ぶままに、オレは屈んで反転すれば、そこには槍ではなく斧による袈裟斬りを狙った天使がいた。なるほど。槍のリーチを活かした突きではなく、一撃重視に切り替えたわけか。だが、その分攻撃スピードが劣っている。踏み込んで斧の刃よりも深く、半ば天使に激突するように体を前進させて拳を腹へと打つ。

 ここだ。オレは足の力を抜き、微かに体を浮かしながら双剣持ちの斬撃を斧で受け止める。踏ん張らないオレは弾き飛ばされて宙を浮くも、その間に残り3本しかない茨の投擲短剣の内の1本を抜いた。

 放られた茨の投擲短剣は天使達の間、埋められた黒い火炎壺に接触し、爆発を引き起こす。火炎壺はいずれも衝撃を受ける事で爆発する。当然、投げナイフが命中すれば起爆するのは道理だ。

 だが、火炎壺以上の火力と言ってもボスクラスには余りにも弱々しい。その爆発はとてもではないが、2体の天使をスタンさせるにはまるで足りない。

 ならば火力を増幅させるだけの話だ。天使の斬撃によって吹き飛ばされたオレは黒い火炎壺の爆発が、落下してきた火竜の唾液を焦がし、一気に燃焼して膨大な炎が2体の天使を呑み込むのを目にする。

 双剣持ちは瞬間加速で逃れようとしたようだが、その全身を引火させ、なおかつ氷の剣は溶解している。一方の槍持ち天使は炎を纏いながらもスタンには至らず、焼け落ちていく羽を舞わせながらオレへと近寄ろうとするも、その手にあった氷の武器は溶けて消えている。だが、代わりにその両手をソウルの剣で覆い、近接戦闘を可能としていた。

 氷の武器として受け止められないソウルの剣への対処は回避以外に無い。だが、逆に言えば、こちらの攻撃を受け止める事も出来ないという事だ。オレは蛇蝎の刃を上空に射出し、そのまま鞭のようにしならせて振り下ろす。天使は武器ではなく翼でガードし、一瞬だが動きが止まる。その瞬間に黎明の剣をその額にめがけて投擲する。

 実体のないソウルの剣でも、ガードはできずともその威力で投擲された弾く事くらいはできるだろう。狙い通り、天使は黎明の剣を魔力属性の攻撃で炙りながら、額を狙った投擲攻撃を弾く。

 だが、ラビットダッシュを発動させ、黎明の剣の重量分だけ軽くなったオレは加速を増して天使に肉薄し、弾かれた黎明の剣をキャッチしてそのまま斬撃を浴びせる。更に、そこから≪両手剣≫の単発ソードスキル【ハイブラインド】を発動させる。単調な斬り上げソードスキルであるが、それ故に出が早く、また相手を浮かせるのに重宝するソードスキルだ。尤も、天使は最初から浮遊しているので後者の効果は意味が無いが。

 ソードスキルの青の光を纏った斬撃を浴び、天使の動きが停止する。その両腕をだらりと下げ、その場に鎮座する。そして、山吹色の光でその身を覆う。光は脈動するように膨張と縮小を繰り返し、秒単位で膨張の規模が大きくなっていく。

 もう1体の双剣持ちは全身の炎を鎮火させ、再び双剣を作り出している。だが、その身は山吹色の光を纏い、頭上では魔法陣のようなものが回転していた。

 

「時間制限付きか」

 

 恐らく、片方をスタンさせた場合、もう1体を迅速にスタン状態にさせなければ復活するのだろう。

 更に、双剣持ちの剣がまるでエンチャント魔法【魔法の武器】のように、青い光を帯びた。

 無造作に振るわれる斬撃。間合いの圧倒的な外における素振りのような動作と共に、青い光波が放たれる。高速で接近するそれをオレは咄嗟に黎明の剣でガードするも、魔法属性攻撃なのだろう。ガード越しでオレのHPが減少する。

 ここに来てエンチャントか! 恐らく、武器に魔法属性を付与させたのだろう。プレイヤー側にも【魔法の武器】や【強い魔法の武器】といったエンチャント魔法がある。恐らく同種のものだろう。

 ソウルの剣とは違って受け止めることはできるが、その度にオレのHPは減少するだろう。剣戟ならばガードではなく攻撃による相殺とシステムに見做されて削りは無いかもしれないが、それでも魔法属性による火力強化は手痛い。

 

「とでも、躊躇すると思ったか?」

 

 勝利の女神はいつだって死線を踏み越えようとする者だけに微笑む。最初から回復アイテムの残数がゼロであり、1発でも命中すれば死を覆す事は出来なくなる。ならば、たとえ火力を増幅しようとも、やるべき事は1つとして変わらない。

 むしろ1対1になった分やり易くなった。オレは瞬間加速で迫る天使に対し、ラビットダッシュで応対する。互いに高加速を得て、相対速度は倍加以上となる。

 金属の赤と魔法の青の火花が散る。双剣の十字斬りに合わせたオレの黎明の剣による縦斬りは刃の削り合いとなり、そのまま互いに密着状態になって剣戟を繰り広げる。

 双剣がオレの肩を狙えば黎明の剣の柄で弾き、オレが突きを放てば天使は右手の剣で絡め取って軌道を逸らす。膝蹴りを打ち込もうとすれば僅かな後退見切り、天使が翼を鈍器代わりに振るえばオレは翼の動きに合わせて旋回して逃れる。

 徐々にスタンしたもう1体の光が増幅している。もう時間が無い。オレは斬撃の嵐の中、咄嗟に黎明の剣を上空に放り投げて鉈の抜剣からの袈裟斬りを決めようとするも、天使は翼を盾にしてガードする。

 そのまま翼で押し返そうとする瞬間、オレは鉈を持つ手から力を抜く。簡単に手からすっぽ抜けた鉈が遥か後方に飛ばされ、無手となったオレに天使は双剣の振り下ろしを放つ。

 

「悪いな」

 

 その斬撃を、オレは『止める』。

 

「双剣相手は……二刀流相手は慣れてるんだ」

 

 だから、こんな事だってできる。オレは突き出した両手、その人差し指と中指の間で白刃取りをし、天使の振り下ろしを止める。失敗していれば、オレは両肩から胸にかけてまでまともに斬られ、大ダメージを負い、死んでいただろう。

 そのまま腕を振るって双剣を払い除け、オレは渾身の1歩を踏み出す。

 

「穿鬼」

 

 放つソードスキルの名を呼び、オレは右拳を天使の鳩尾に押し込んだ。同時に発動された刹那のソードスキルは、天使を吹き飛ばし、雪上を3回、4回と転倒させる。

 

『『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』』

 

 2体の天使が唸り声をあげ、その体を重ね合い、1つに戻る。そして、青の爆発が引き起こされ、再びケイタの姿が出現する。その間にオレは黎明の剣と鉈を再装備し、アイテムストレージから松脂を取り出す。

 エンチャント用アイテム、松脂。これは1部を除いた全ての武器に火炎属性エンチャントを施せるアイテムだ。他にも雷属性を付与できる【黄金松脂】や水属性を付与できる【霜松脂】などがある。

 穿鬼によって、ついにオレのスタミナは危険域に達した事を示すアイコンが表示された。もうソードスキルには頼れない。ならば、少しでも火力を増幅させ、ケイタへのダメージ量を増やす。オレが松脂を使用するのは血風の外装だ。あくまで塗ったのは右手の籠手なのだが、1つの武器としてカウントされている為か、四肢の籠手と脚甲にエンチャントされた証の炎が纏わりつく。

 対するケイタは前回の特大剣ではなく、柄頭にも刀身が伸びる武器、ツインブレードだ。プレイヤーにはエクストラスキル≪両刃剣≫として割り当てられており、チャクラムなどの≪円剣≫と同じく、使用者数は極めて少ない。その理由は、カッコイイ外観とは裏腹に単発火力が低く、また扱い辛く、専用の鍛練を積んだ熟練者以外ではまず実戦では使いこなせないからだ。

 逆に言えば、使いこなせば強力無比。凄まじい攻撃回数によって、瞬間火力は場合によっては特大剣すら上回る事もある。そういう意味では≪二刀流≫に限りなく近しい性質があるだろう。

 ケイタは頭上で氷のツインブレードを回す。吹き荒れる風が雪を舞い上げたかと思えば、ツインブレードにも天使の双剣と同じように青い光が……つまり魔法属性エンチャントが施される。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

「今度はワルツがお好みってか? 良いぜ! 付き合ってやるよ!」

 

 ツインブレードを振り回し、ケイタは光波を嵐のように撃ち出す。回避ルートは見えている。光波が網の目のように撃たれる中、オレは僅かな隙間に身を通し、接近しようとする。両手が塞がったケイタは以前のように手に青い光を凝縮させる攻撃はできない。そう踏んで、光波だけを意識する!

 だが、それは間違いだった。ケイタが回転しながらツインブレードを振るったかと思えば、その刀身から巨大な青の光……ソウルの特大剣が放出される。急激に伸びたリーチと光波の回避に専念していたオレの頭部を危うくソウルの特大剣が消し飛ばしそうになる。

 更に、ケイタは氷の剣を次々と生み出し、光波に加えて射出し、オレの回避ルートを潰そうとする。だが、ここで血風の外装への炎エンチャントが効果を発揮し、殴りつけるだけで氷の剣は溶け、より容易く破壊できるようになっていた。

 ソウルの特大剣を消し、ついに接近を果たしたオレへとケイタはツインブレードを振るう。体を回転させ、踊る様に斬りかかるその姿は、まさしくツインブレードの熟練者その物の動きだ。だが、それはケイタが編み出した動きというよりも、彼の中に『書き込まれた』物のように思える。

 あえて黎明の剣も鉈も封じ、オレはツインブレードの攻撃を阻害する至近距離で拳と蹴りを打ち込む。炎を纏ったそれはケイタに命中する度に火の粉を散らし、彼の体を焦がしながら打つが、ケイタは止まらない。

 逆にツインブレードをその場に突き刺し、周囲に霜柱を発生させてオレを巻き込もうとするが、それを高く跳躍し、伸びる霜柱の側面を蹴って回避しながら鉈を逆手で抜いてケイタの額を斬りつけようとするも、ツインブレードでガードされる。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 右手にツインブレードを持ち、フリーにした左手で拳を握り、ケイタがオレに殴り掛かる。単純なテレフォンパンチであるが故に回避は簡単であり、横に避けたオレだがその突き出した腕を無造作に振るい、3メートル超えの長身に相応しい太い腕が鈍器として機能してオレを横殴りにする。

 HPが5割を切るか否かの点にまで減少する。歯を食いしばり、雪上を滑りながら体勢を整えたオレに10発以上の光波が襲い掛かる。

 無様でも良い。オレは体を雪に叩き付けて全身を埋め、光波をやり過ごす。その間に跳びあがったケイタが天上よりフリーにした左手に青の光を凝縮させ、オレに狙いを定めていた。

 ここで仮に、頭上からあの最大凝縮の広範囲爆発攻撃を放たれたならば、もはや回避は不可能に等しい。オレはチャージ体勢にあるケイタにめがけて蛇蝎の刃を射出するも、ケイタはふわりと横に移動してそれを回避する。

 だが、それで良い。元より命中させたかったわけではない。伸び切ったワイヤーを鞭のように振るい、先端の射出された刃を回避して油断したケイタの首へとワイヤーを巻きつける。

 蛇蝎の刃には巻き付けた相手のSTRを下方修正させる隠し性能がある。アイラさんの救出時に使用したように、オレのSTRでも十分に競り勝つだけの能力を与えてくれる。

 浮遊するケイタを捕らえたワイヤーを巻きながら、STRの限りに引っ張る。上空より引き摺り下ろされたケイタが地面に激突し、雪が煙幕のように舞い上がる。その中でもケイタのツインブレードの青い光が目印となり、オレはそこに目がけて跳び蹴りを放つ。

 だが、そこにケイタの姿は無い。あろうことか、ケイタはツインブレードをその場に突き刺して放置していた。そして、オレが雪が舞い上がっている中で先制を仕掛けるのを伺っていたのだろう。逆に、燃え上がるオレの四肢から動きを予想し、雪煙幕の中で低い体勢で踏み込んで来てアッパーを放つ。

 咄嗟に顎を上げて回避するも、ケイタの拳の先端が皮膚を擦るような感触が通り抜ける。

 まだケイタの首にはワイヤーが巻き付いている。ならば、チェーンデスマッチならぬワイヤーデスマッチだ。

 松脂のエンチャントが消失する。燃え上がっていた四肢の炎が消えた中、オレはケイタの素早い拳を潜り抜け、横腹に蹴りを入れる。ケイタも負けずに回し蹴りでオレの頭部を粉砕しようとするも、STRが下方修正されて威力が弱まった蹴りに膝をかけて体重をかけ、ケイタの姿勢を崩して頭部を下ろした所に彼の左目へと右手の人差し指を押し込んだ。

 眼球が潰れる感触を指先で味わい、そのまま指を曲げて更に傷口を広げる。赤黒い光を左目から漏らすも、ケイタは止まらずに、オレへと手を組んで作ったハンマーを振り下ろす。

 それをケイタの首と繋がっている左袖から伸びるワイヤーで止めるも、その破壊力に耐えきれず、ワイヤーがキリキリと音を立てたかと思えば、千切れ飛んだ。修復は可能だろうが、これで蛇蝎の刃はその特徴である刃の射出機能を失った。

 ここまでオレの戦術の組み立てに大いに貢献した蛇蝎の刃を損失したのは大きなダメージだ。だが、破壊された武器に嘆いても仕方ない。

 スタミナ危険域のアイコンが点滅している。その速さが少しずつ増している。オレのスタミナが限界に到達するのは決して遠い話ではない。

 今ならば、まだ1発は穿鬼を使える。だが、それはジョーカーだ。ここで切れば、次の天使形態をほぼゼロに等しいスタミナで乗り切らねばならない。仮に先程と同じ分裂形態だとするならば、とてもではないがスタミナが持たない。

 だが、今ならばバーサークインナーの効果、ヘイトの集中と与えたダメージ量によって攻撃力が増幅している今ならば、穿鬼を使えばケイタのHPを大幅に減らせる。

 迷う暇など元より無い。このまま激しい近接戦を続ければ、ケイタのHPを削りきるより先にオレのスタミナが失われる。

 ケイタのジャブによる牽制からのストレート、それをこめかみに掠らせ、踏み込んだオレは踏み込み、穿鬼を発動……させずに、そのまま跳び上がって膝蹴りを顎に浴びせ、そのまま高度を維持して彼の首へと纏わりつく。

 蛇蝎の刃はその特徴である射出する刃を失った。だが、まだワイヤーは残っている! オレは左袖からワイヤーを引っ張り出しして右手に巻き付けると、ケイタの首を絞め上げる。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 さすがに窒息状態にはならないだろうが、絞めつけダメージがジリジリとケイタのHPを削り取る。彼は暴れ回り、肩に乗ってワイヤーで首を絞めるオレを振り下ろそうとするが、STR下方修正効果も相まってか、なかなかオレを引きずり下ろせない。

 だが、ケイタは即座に冷静さを取り戻し、氷の剣を出現させ、自身ごとオレを包囲する。

 一切の躊躇なく、ケイタは自分を取り囲む氷の剣を射出した。これにはさすがにオレもワイヤーを手放し、黎明の剣を抜いて氷の剣を迎撃せねばならず、首絞め攻撃を止める。

 自身が氷の剣で串刺しになりながらも、ケイタは着地したオレへと左手に……いや、両手に凝縮した青い光を開放する。右手の青い光は鞭のようになり、オレを打たんとし、左手は高速の光球となって放たれる。

 ここだ! オレは穿鬼に回す分だったスタミナを、より燃費が良いラビットダッシュに使用する。

 たとえ、ここで穿鬼を使用したとしても、ケイタのHPは削り切れない。ならば、最高のタイミングでクリティカル攻撃を行うしかない。

 オレがラビットダッシュの最中に拳で打ち上げたのは、ワイヤーが千切れ、雪の上に転がる蛇蝎の刃の先端……その鋭き刃。

 破損して分離した武器がファンブル状態で手に掴む事ができるのか否か、その答えは今ここで探るべきではない。だが、まだポリゴンの欠片となっていない以上、武器としての機能は残しているはずだ。

 打ち上げられた蛇蝎の刃の先端、それを正確に左拳の突き出しと共に乗せ、青い鞭攻撃と光球攻撃でがら空きとなったケイタの心臓へと押し込んだ。

 暗器のクリティカル部位への火力ブースト。更にラビットダッシュの推力と≪格闘≫スキルによる拳打威力の上乗せ。それはケイタのHPを大幅に削るも、あと1歩で2本目のゲージを奪いきるには至らない。

 両手をフリーにしたケイタがオレをつかみかかろうと腕を広げる。ラビットダッシュの推力で跳躍した状態の為、オレには回避ができない。

 あと1歩。それが足りない。ならば、それを補うだけだ。オレは顎を大きく開け、ケイタに捕縛されるより先にその喉に喰らいついた。

 冷たい彼の肉、そしてアバターのどろりとした体液と共に、彼の喉仏を食い千切る。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 喉を押さえ、ケイタが呻き、そして彼の体を青い光が覆う。その間に離脱したオレはケイタの肉を咀嚼し、呑み込んだ。

 スタミナ回復にもHP回復にもならんが、腹には溜まる。オレは口元の赤黒い光を拭い、再び姿を現した天使を睨んだ。

 今度の姿は最初と同じ1体。だが、天使は武器を持たぬ両手を振り上げる。すると、山吹色の光が天上より零れ、次々とオレ達の周囲の雪に溶け込んでいく。

 

 

 そして、産声が響いた。

 

 

 それはナメクジ。あるいはムカデ。もしくは蜥蜴。何にしても、おぞましい命達。

 青紫に染まった雪で形を作り、その縦長の体には節足が付き、裂けた口の中には血走った青の目玉が潜んでいる。

 その数は軽く50を超え、雪の中を泳ぐように駆け、天使の周囲でトビウオのように2メートルはある体を跳ね上げる。

 質の伴った2体分裂で敵わないならば、圧倒的な数の暴力で押し潰す気か。よりにもよって、オレが最も苦手とする物量攻撃とは恐れ入る。

 スタミナは既に危険域。回復アイテムは無し。HPは5割未満。蛇蝎の刃は機能を失い、黎明の剣はヒビが拡大。鉈にも随分と刃毀れが目立ってきている。

 なのに不思議だ。これ程までに苦境なのに、オレの心は悦びで満ちていた。




絶望「ステンバーイ...ステンバーイ...」

それでは、122話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。