SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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クリスマス編本格スタートです。
前回はほのぼのとしたスタートを切りましたが、本エピソードは全話あんな感じです。
ヒッシャ、ウソツイテナカッタデショ?

スキル
≪変装≫:アバターの容姿を一時的に変更することができる。熟練度が高まる程に発動時間が延びる。
≪回復専念≫:オートヒーリング効果を高める。熟練度が高まる程にオートヒーリングの回復スピードが速まる。

アイテム
【盗人の右腕】:切り落とされた盗人の右腕。多くの法にて盗みを働いた者の右腕は切り落とされる。本来ならばそのまま腐り落ちるはずであるが、1部の魔術師たちは青い蝋水に浸して加工した。この腕を用いれば、一時的にではあるが自らの存在を希薄にできると言う。それは青い蝋水の力か、それとも腕を失った盗人のソウルの名残か。
【兜割の大斧】:【兜割】のイビリアの大斧。彼女は蛮族を率いる戦士であり、男と見紛う程の筋骨隆々の赤毛の女だった。彼女はあらゆる騎士をこの斧で叩き潰したと言われている。だが、彼女の奮闘も虚しく蛮族は追い詰められ、彼女は深淵と契りを交わした。そして、古き闇を宿した彼女の胎を引き裂いて深淵の怪物が生まれた。


Episode13-2 クリスマスイブ

 茅場の後継者からのクリスマスプレゼントという事もあり、まるで期待をしていなかったのだが、よもや鍵とは予想していなかった。

 塗装は禿げているが、可愛らしいデフォルメ化された黒猫の装飾が施された金の鍵は、いったい何を開く為の物なのだろうか? わざわざクリスマスプレゼントで送って来る程のアイテムである事から、恐らくクリスマスイベントに関係するものである事は想像するのも難しくない。

 そうなると、平凡に考えて何かしらの扉か宝箱を開ける為のものだろうか? オレがアイテムストレージに黒猫の鍵をしまうと同時に、周囲で悲鳴と眩い光が次々と発生する。

 何事かと一瞬の動揺を押し殺しながら、オレは顔を上げて辺りを見回す。オレと同様に茅場の後継者から送られたクリスマスプレゼントを開封したのだろうプレイヤー達の中の1部……女性プレイヤー達ばかりが青の輝きに覆い隠されている。

 まさか転送トラップ? あの茅場の後継者ならばあり得ると納得できるのだが、すぐにそれは間違いであると理解した。

 

「な、何なのよ、これぇえええ!?」

 

 そう叫ぶのはオレも良く知る、DBOでも名の知れた女性プレイヤーの1人であるシノンだ。彼女もまた青の光に満たされていたのであるが、今は霧散している。どうやら転送トラップでは無かったようだが、それ以上の『悲劇』が彼女を襲っていた。

 と言うのも、シノンの防具が強制的に変更されていたのである。先程までの肌の露出を抑えた長ズボンとジャケット姿から、今はチャイナドレスを意識したミニスカサンタへの姿に変貌していた。

 丈は膝よりも5センチ……いや、7センチは上か。横に設けられたスリットのせいで更にエロさが極まっている。しかも、サンタコスという洋風にチャイナドレスの中華要素が見事に融合した……どう考えてもプロのデザイナーが作成しただろう気合の入れようのミニスカサンタだ。

 

「いやぁああああああああ!」

 

 絶叫するのは壇上で傭兵ランクの発表をしていたヘカテちゃんだ。彼女はふわふわの白のレースがふんだんに用いられたメルヘンチックなミニスカサンタだ。シノンとは比較にならない胸部装甲を強調するデザインであり、しかも肩と背中が露出している。これにはさすがのオレもガッツポーズし、思わず目が合ったスミスと一緒に、人生最高の瞬間に立ち会ったなとグーサインを交わす。

 突如として混乱に満ちた傭兵ランク発表の場で壁を、天井を、テーブルを蹴り、床を滑りながらシャッター音を切るのは、隔週サインズで撮影を担当としているサインズ専属カメラマンである【ブギーマン】と【エネエナ】の男女コンビだ。彼らは≪撮影≫スキルを極め、しかもその為だけに準ユニーク級の撮影用装備【汎用式小型電子撮影機】を入手している、DBOでも異常な情熱を傾ける連中だ。

 オレも暇潰し程度で隔週サインズ(1冊300コル)を購入しているのであるが、これは次号には期待だな。茅場の後継者に対する呪いの言葉を撒き散らすシノンの罵詈雑言を横耳に、オレはどれ程素晴らしい写真が彩られるのだろうかと期待を膨らませる。

 

「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅううううううう! こんなの屈辱の極みよ! 絶対に、あの変態を殺す!」

 

「落ち着けよ、シノン。さっさと外せば良いことじゃねーか」

 

 顔を真っ赤にして涙目になり、パンツが見えそうな……というか見えないのがおかしいクラスのスリットを必死に手で隠すシノンに、オレはそろそろ平静になれと助け舟を出す。

 だが、シノンはギリギリと歯を食いしばって、オレへと怒りを撒き散らすのを堪えながら首を横に振る。

 

「無理なのよ! クリスマス期間中は装備解除不可なのよ! 外したくても外せないのよ!」

 

 茅場の後継者……Good job! 分かってるじゃねーか! オレは顔では『それは困った事になったな』という表情を演出しつつ、阿鼻叫喚の女性プレイヤー達をしっかりの脳髄のアルバムへと収めていく。ちなみにミュウもミニスカサンタ化していたのが、彼女は努めて平静だった。それに、あの糞女のミニスカサンタ姿など記憶もしたくないので描写は省く。

 さて、どうやら女性プレイヤー限定のトラップだったようだな。それも全員という訳ではないらしく、無事な女性プレイヤーもいる。どうやらランダムトラップだったようだ。

 

「やれやれ。こうしたドタバタしたイベントは余り好きではないのだがね」

 

 一通り女性プレイヤー達の羞恥の姿を楽しんだろうスミスは、彼のクリスマスプレゼントだろう、小さなオルゴールをお手玉する。スノーボールと一体になった銀色のオルゴールは、オレの黒猫の鍵以上に用途が想像できない。

 やがてサインズ職員が冷静になる様に促し、ようやくパニックは沈静化する。シノンも諦めたのか、それとも開き直ったのか、スリットを隠すのを止め、すっかり俎板の上で弱った鯛のような眼をしていた。

 時刻は既に深夜零時を回った。システムウインドウを開けば、最上部に『全ステージ安全圏化サービス実行中!』と丸みを帯びたフォントでメッセージが記載されている。どうやら噂は本当だったようだ。

 

「さてと、これで傭兵業もお休みってわけだが、クリスマスイベントでも探し回ってみるか?」

 

 今回の茅場の後継者のクリスマスイベントへの力の入れようは尋常ではない事は、既に各所で出回っている噂からも事実のようだ。だとするならば、嘘偽りなく茅場の後継者は息抜きという意味で多くの危険性が無いクリスマスイベントを準備しているに違いない。要はお祭りだ。そこでオレはシノンとスミスに、さり気なくクリスマスの約束を取り付けようと試みた。べ、別に、オンリーロンリークリスマスが怖い訳じゃねーぞ!?

 

「悪いけどパスするわ。太陽の狩猟団のクリスマスパーティがあるの。パートナー契約している傭兵は全員参加ね。あまり乗り気じゃないけど、雇用主のお誘いを断るわけにはもいかないし」

 

 肩を竦めるシノンであるが、少なからずクリスマスパーティを楽しみにしているのか、死んでいた眼に若干だが力強い光が戻ってきている。

 クリスマスパーティか。やはり大ギルドともなれば、大々的かつ盛大なパーティになるのだろう。いったいどれだけの費用をかけるのやら。まぁ、そうでなくとも中小ギルドでもこのクリスマス期間は細やかでもクリスマスパーティを開いて親睦を深めているだろうな。

 ちなみに、実は先日ヘカテちゃんに、クリスマス期間空いているか確認したのだが、どうやらサインズのクリスマスパーティに彼女は出席するようだ。別に、やんわりと『あなたとクリスマスを過ごすつもりはありません』と断られて傷心したわけじゃねーぞ!?

 そう言ってシノンは太陽の狩猟団の遣いの者に声を掛けられると、オレ達に手を振りながらサインズ本部を去って行った。

 だったらスミスはどうなのだろうか? コイツは元からクリスマスのせいで傭兵業が滞ると言いきったヤツだ。たとえ戦えないイベントばかりであるとしても、暇潰しとなれば乗って来るだろう。

 だが、煙草を咥えたスミスは長く……妙な程にとても長く紫煙を吐いた。

 

「すまないな、クゥリ君。私もお断りさせてもらうよ」

 

 それまた何故、とオレが疑問を口にするよりも先に、ブーツの底が小気味よくステップを踏みながら床を鳴らす音が聞こえた。

 突如として視界に出現したのは派手なオレンジ色に髪を染め、クリスマスっぽい金色の星形の髪飾りを付けた、凄まじい胸部戦力をV字型に谷間を露出するデザインのミニスカサンタ姿の女性プレイヤーだ。

 彼女の事はオレも知っている。ヘカテちゃんと並ぶサインズ受付3大嬢と名高い【ルシア】さんだ。いわゆるお姉様系であり、小柄で可愛らしいヘカテちゃんと真逆、モデル体型でややギャル属性の女性だ。

 

 

 

 

「お・ま・た・せ、スミスさん♪」

 

 

 

 

 その時、サインズ本部に衝撃が走った。

 密やかにルシアさんに恋慕したり、日々アタックを繰り返していたプレイヤーは多い。このクリスマス期間を一緒に過ごそうとアプローチをかけた連中は山ほどいるだろう。

 そのルシアさんがあろうことか、傭兵業と酒と煙草以外に興味が無さそうなスミスの腕に抱き付いたのだから、隕石衝突で月が木っ端微塵に砕けるレベルの衝撃波が放出されたはずである。

 何処に連れても恥ずかしくない美人と腕を組みながら、悠然と、勝利の余韻を楽しむように煙草を楽しむスミスは、たっぷり10秒ほど先程の女性プレイヤーの悲鳴とは真逆の、絶望による男性プレイヤーの絶叫を心地良さそうに鑑賞しながら、石化デバフ状態のように硬直するオレに笑いかけた。否! 嗤った!

 

「言っただろう?『現実世界と同じように今回のクリスマスも楽しませてもらう』とね。これが『大人』の楽しみ方というものだよ、クゥリ君」

 

「そういうことね。【渡り鳥】さんもあと5年くらいして『良い男』になれば、お姉さんも聖夜のデートをしてあげない事も無いかな?」

 

 ウインクするルシアさんを連れて、悠然とスミスは嫉妬と羨望の眼差しに包まれながらサインズ本部を後にした。

 ……これが『大人』か。心に冷風を感じながら、オレは頭を切り替える。悔しいから忘れようというわけではない。断じて違う! 本当に違う!

 ならば野郎祭りだ! オレはランク36と、オレよりも5つも上のランクを手にしたパッチの元へと駆ける。あのツルツル禿げ頭で借金だらけの屑ならば、どんな女性だろうとお誘いをOKするはずがねーからな! HAHAHAHA!

 人数が減りつつあるサインズ本部のエントランスで、パッチ特有のスキンヘッドを捉えて急行する。

 

「おい、パッチ! クリスマスは空いてるよな!? 空いてるに決まってるよな!?」

 

「ぐへぇ!? だ、旦那……急に何を!?」

 

 床を滑りながら、パッチの胸倉をつかんでパッチを揺さぶり、オレは確認を取る。念の為……念の為だ!

 オレに解放され、首を撫で回して襟を正したパッチは、いったい何事だと言わんばかりの目を向け、やがてオレの焦燥を見抜いたように、心底腹立たしいニヤニヤとした表情を浮かべる。

 

「なるほどなぁ。さては旦那もクリスマスは独り身?」

 

「『も』!? という事は、お前『も』!?」

 

「ええ、旦那。残念ながら、俺も特定の女性はいないぜ」

 

 完全なる同意。それはオレに安堵感をもたらしてくれるはずだ。だが、彼らのオレを小馬鹿にしたような、しかもコイツは当然だがオレよりも身長が高いから完全に見下した状態で、ニヤニヤと笑って……あ、違う。これも『嗤ってる』方だ。

 嫌な予感を募らせるオレに対し、パッチは勿体ぶった手振りでアイテムストレージが1枚のカード……何かのチケットらしきものを取り出す。

 

「だ・が! 俺には『取って置き』がある!」

 

 そう言ってパッチが宝剣のように掲げたのは、オレにとっていろんな意味で思い出したくない、例の娼館のクリスマス指名権だ。

 

「今日の儲けのお陰で俺はミミリちゃんを指名してクリスマスを1日過ごせるんだ。まったく、全部旦那が賭け金を吊り上げてくれたお陰ってもんだ。そういうわけで旦那、俺はモテないが愛だって金で買える世の中を堪能させてもらいますぜ」

 

 ひらひらと手を振りながら、勝者としての充実感を湛えながらパッチもまたサインズ本部から去って行った。

 

「そ、そんじゃ、俺も騎獣愛好会の集まりがあるんで失礼するッス。あ、これ……俺の名刺ッス。今後も一緒にブービー同士頑張りましょう。い、いつでも協働大歓迎ッスから」

 

 孤独に残されたオレを見ていられなかったのか、RDがオレにフレンド登録コードが記入された名刺をまるで細やかなクリスマスプレゼントを渡すように押し付けて逃げていく。

 

「マルドロ、お前の予定は?」

 

「飲み仲間と集会。テメェらは?」

 

「適当に女の子引っ掛けて楽しませてもらうさ。なんせ、こんなご時世で傭兵業やっててモテない方がおかしいからな。金とパワー、ゴーレムとギルドNPC全盛の今を生き抜いてる傭兵はどいつもこいつも一騎当千のDBOでも腕利き連中ばかり。モテないのは男としての魅力の欠如って奴さ。おっと、どっかの小鳥ちゃんの事じゃないぜ?」

 

「それくらいにしておけ、【レックス】。侮りと挑発は死を招くぞ。それに僕らはクラウドアースのパーティに出席しなくちゃいけないだろう?」

 

「なんだよ、【虎丸】。本当の事言ってるだけだろ? 相変わらずお堅いねぇ。しかし、クラウドアースのお高くとまった女をベッドで落とすのも悪くないな。良し、予定変更だ。サボるつもりだったが、パーティに出席する」

 

 わざとらしく、オレの真後ろでそんな会話をするのは、【暗殺者】の異名を持つランク20のマルドロと、【竜虎コンビ】と名高いランク11のレックスとランク17の虎丸だ。

 レックスは白いファーが付いたレザーコート装備の、ロックバンドでもしていそうなワイルド系のイケメンだ。実力はあるが軽薄な態度と気分によるムラが目立って依頼達成率がイマイチだったが、今の相棒である将棋士を彷彿とさせる黒髪で眼鏡をかけたインテリ系の虎丸と組んで以降は凄まじい戦果を挙げている。どちらもクラウドアースと先日パートナー契約を結んだ身だ。

 

「済まなかったな、【渡り鳥】。レックスは口こそ悪いが、あんな風でも君をライバル視しているんだよ。僕らが受注するはずだった大ギルドの依頼も幾つか君に回されているからね。だからついつい突っかかってしまう」

 

 先にマルドロと語らいながらサインズ本部から出て行くレックスの背中を見ながら、虎丸が謝罪を述べる。別に怒ってはいないんだけどな。あの手の挑発に一々乗ってたら体力が持たないし。

 

「構わねーよ。モテ……ももも、モテないのは、否定できねーし」

 

 自分で言ってて情けなくなる。確かに傭兵は意外でもなくモテるのだ。そりゃそうだ。ランク38の零細傭兵の【グータン】のように小ギルドや個人専門のアイテム収集ばかりする傭兵を除けば、傭兵は命を天秤にかけて多額の報酬を得ているのだ。実力・財力・ギルドのバックアップなど、それらがステータスである事は言うまでもない。

 隔週サインズで毎度のように傭兵特集としてインタビュー記事を設けるように、傭兵は大ギルド達からカラスと蔑まれながらも、多くのプレイヤーからその動向をチェックされる人気職でもあるのだ。ちなみにオレにインタビューの依頼は1度として来たことが無い。

 件のグータンだって実力はないが、その親近感溢れる傭兵業に感謝する者が多くて人気が高く、オレよりもランクが2つも上なのである。

 

「いずれ戦場で。できれば協働が良いけどね。じゃあ、メリークリスマス」

 

 レックスの後を追う虎丸を見送り、1人消灯が開始されるサインズ本部のエントランスに残されたオレはギルドNPCによって半ば追い出されるように、クリスマスのイルミネーションが目に痛い外へと出る。

 薄い雲が天上を覆い、月光は朧となって仮想世界の大地に降り注ぐ。柔らかな雪が舞い降り続け、半壊した建物からは途切れ途切れの何処かで聞いた事があるクリスマスソングが流れていた。

 オレはフレンド登録された残りの連中の予定を確認する。

 オニールも立場的にはフリーの仲介人とはいえ、聖剣騎士団の専属である。聖剣騎士団のクリスマスパーティに出席するだろう。同じ理由でディアベルもオレと過ごすような余裕はない。ゴミュウは論外だし、そもそもわざとらしくクリスマスのお祝いメールを送り付けてやがる。ラジードも太陽の狩猟団の正規メンバーだからクリスマスパーティに出席せねばならないだろう。ネイサンは……そもそもフレンド登録しているとはいえ、個人的な付き合いがないし、たとえあったとしてもオニールと同様の理由で無理だろう。

 そうなるとグリムロックくらいか。いや、むしろ最初から一択だな。元からクリスマスの最後はグリムロック宅にお邪魔するつもりだったし。なんせ、グリムロックにはグリセルダさんがいる。アイツは筋金入りの愛妻家だ。どんなにアプローチされても女性の誘いを受けるはずが無い。

 

「……ケーキでも買っていくか」

 

 未だ女性客が列を作るテツヤンのケーキならば、甘い物好きのグリムロックも歓喜するだろう。オレは最後尾に並び、1時間半かけてようやく1ホールのケーキを購入する。白いホイップクリームと苺に似た赤の果実とブルーベリーに似た青紫の果実が乗った、小さなサンタとトナカイの飾りが付けられた、DBOではまずお目にかかれないと思っていた本格的なクリスマスケーキだ。

 さすがはテツヤンのケーキだな。1000コルもするだけの事はある。これが深夜販売で軽く200個は売れるというのだから、どれだけの人気なのかが分かるな。

 イヴはまだ序盤さ、序盤。所詮は前夜だ。オレは限りなく安値の宿屋に泊まり、ぐっすりと眠って朝が来るのを待った。

 翌朝、12月24日の記念すべき朝日を浴びたオレはグリムロックに尋ねる旨をメールで送ろうかと思ったが、サプライズも悪くないだろうと、連絡を取らずにリュアの記憶に赴く。季節が連動していないステージである為、相変わらず春の陽気である。

 だが、いつもならば鬱陶しいくらいにデバフ攻撃を仕掛けてくるモンスターの姿は見当たらない。クリスマス期間の恩恵だろう。オレは難なくグリムロック工房へと到着する。

 

「おーい、グリムロック」

 

 ノックを数回して店頭から入ったオレはグリムロックの名前を呼ぶ。もう朝の10時である為、グリムロックも起きているはずである。ダンジョンもクリスマス期間は封鎖されている為、素材集めに外出している事も無いだろう。

 

「やぁ、クゥリ君。今日はどんな御用かな?」

 

 ほっこりする。いつもと同じように丸眼鏡をかけたグリムロックの姿を見て、専属ブラックスミスがいた事をこれ程までに喜ばしいと感じるとは思わなかった。

 

「い、いや、別に。ほら、色々と注文してただろ? 早めに受け取りに来ようかなーって思ってさ」

 

 独り身のクリスマスが寂しくて会いに来たとは情けない上に照れくさくて言えず、オレは誤魔化すように頬を掻いた。

 どうやらグリムロックは納得したらしく、いつものようにオレを工房の奥へと招く。

 

「キミに頼まれた新型ナイフだけど、満足してもらえると良いが」

 

 黒紫の少女が扱っていた炸裂ナイフを見て以降、オレはグリムロックにそろそろ新しい投げナイフは作ってくれないかと注文していたのだ。

 いつもと違い、鍛冶道具が整理された工房に若干の違和感を覚えつつ、オレはいつもと同じテーブルの所で木製ケースを抱えたグリムロックを待つ。

 

「【水銀短剣】。茨の投擲短剣よりも耐久値は低いが、少し面白いギミックを搭載してある」

 

 ケースの中にはオレが今まで愛用していた、投擲武器の割にはゴツゴツとして重量があった茨の投擲短剣と違い、細身になった銀色の投げナイフが収められている。

 長さは茨の投擲短剣と変わらないが、より薄く鋭くなっている。とはいえ、それでも標準の投げナイフとほぼ同じ厚さなので格段に薄過ぎるわけではない。問題なのはその重さだ。薄くなったはずなのに、茨の投擲短剣よりも若干軽い程度である。

 

「面白いギミック?」

 

「ああ。敵に命中すれば溶解して刃が『伸びる』。しかも体内を汚染する」

 

 何でもない事のようにグリムロックは言うが、その凶悪な特性にオレは若干だが慄いた。

 簡単に言えば、この投擲短剣を刺さったまま放置していれば、刃が溶けて傷口を押し広げるのだ。相手からすれば、傷口からどろりとした銀色の液体が漏れてくる恐怖もオマケ付きだろう。

 

「汚染されたらどうなるんだ?」

 

「素材は【人面異蟲の体液】と【銀毛草の煮汁】と【奇食石】だ。相手の体内に銀色の液体が根を張る様に広がり、重量となる。キミに要求された通りの『高速戦闘型殺し』の投げナイフさ」

 

 これは対『アイツ』と黒紫の少女用として開発してもらった投げナイフだ。コイツが相手に刺されば刺さる程に重量が増加し、DEXは下方修正され、また重量増加によってスタミナ回復スピードの低下を招くだろう。

 特に軽装プレイヤーであればあるほど、投げナイフが命中した時により深く体内に突き刺さる。今後は茨の投擲短剣と合わせて使っていくとしよう。

 

「気に入ったかい?」

 

「ああ。コイツの量産を頼む。1本200コルで買うさ」

 

「今後もご贔屓に」

 

 グリムロックはオレから水銀短剣を受け取るとケースに仕舞う。これ程の投げナイフを開発するとは、やはりグリムロックの技術力は3大ギルドよりも変態的な意味で1歩先を進んでいるかもしれない。

 と、オレは工房の作業用テーブルに、何か黒い衣服が置かれている事に気づく。

 

「グリムロック、アレは?」

 

 オレのコートを仕立ててくれたグリムロックであるが、彼の開発はあくまで武器であり、防具は範囲外だ。事実として、オレのコートも元の防具にレア素材を注ぎ込んで強化してもらった物であり、彼によって1から開発された物ではない。

 そうなると、あれはグリムロックの私物だろうか? 確かに彼もまた軽装型であるが、それにしては防具っぽさが薄い。どちらかと言えば……

 

「ああ、あれはクリスマス用のスーツだよ」

 

「は?」

 

「おや、言ってなかったかな。クリスマスパーティにお誘いを受けているから出席しないといけないんだよ」

 

 大地が割れ、マグマが吹き出し、世界を暗雲が包んで生命は滅んだ。そんなイメージがオレの中を駆け抜ける。

 待て。待て待て待て! グリムロックは孤独を貫くフリーの鍛冶屋であり、何処のギルドにも属していないはずだ! それに、オレが言うのもなんだが、彼の交流範囲は狭いはずだ! 一体全体誰に誘ってもらったというのだ?

 オレの動揺が伝わったのか、グリムロックは苦労を滲ませるように、だが若干でも楽しみである事が窺えるように、はにかんだ。

 

「鍛冶屋組合だよ。私はフリーを貫く為に加盟していないが、交流がない訳ではないからね。鍛冶屋同士で技術やレシピを交換し合う事もあるし、今回は更なる友好も兼ねてとお誘いを受けたのさ。クゥリ君が危惧するような、大ギルドの招待を受けた訳じゃないよ」

 

「そ、そそそそ、そうだったのか。そうだよな。だよな! だ、だよなー……は、ははは、はは……」

 

 思えば、オレの義眼作成の為にもグリムロックは鍛冶屋仲間と情報交換をしたと言ってたではないか! ならば、当然ながら鍛冶屋同士のコミュニケーションを相応以上に彼は積み重ねていた事になる。ならば、この展開も納得だ。

 悟られるな。絶対に見透かされるな。オレは震える体を必死に隠しながら、グリムロックに珈琲とクッキーをご馳走になり、幾つかのどうでも良い世間話をして夕方まで時間を潰すと、彼を伴って想起の神殿に至ると、スーツ姿のグリムロックが終わりつつある街に赴く姿を見届ける。

 残されたオレは嘆息1つに、今日も季節の移ろいなど関係なく、ひんやりとした静謐な空気を湛える想起の神殿の柱にもたれかかる。

 スミスは3大受付嬢の1人を落としてクリスマスを堪能し、シノンとラジード(あとミュウ)は太陽の狩猟団のクリスマスパーティ、パッチはポーカーの勝利で娼館のお目当ての女の子を1日独占、ディアベルとオニールは聖剣騎士団のクリスマスパーティ。

 

「……全員クリスマスの予定バッチリじゃねーか! 裏切者がぁあああああああ!」

 

 いや、別に裏切られてないから。オレは叫んで1秒後に、冷静に自分でツッコミを入れる。

 単純に皆が皆それぞれの事情を抱えていて、オレと過ごす事なんて念頭に無くて、オレも無意識に自分と誰かが過ごしてくれると甘えていただけだ。

 そうだ。SAOの頃からそうだったではないか。クリスマスはいつだって独りで過ごした。独りでオレは迎えた。オレにとって少しだけ『特別』である日を、いつも雪の中で月が見えない仮初めの空を映すアインクラッドの天井を見上げていたではないか。

 今回も今までと同じであるだけだ。オレは溜め息1つに、1ホールのケーキなんてどうやって処分すれば良いんだと、どうでも良い悩みに苦笑する。

 ……いや、1人だけケーキを食べてくれるヤツがいるか。オレはいつもならばステージ移動でそれなりの人通りがあるにも関わらず、ほぼ無人に等しい想起の神殿にて、まるで今日も普段と変わらず半壊した女神像の台座に腰かけるサチに歩み寄る。

 

「よう、サチ」

 

 軽く挨拶をすると、サチは自らフードを脱いで素顔を曝してくれる。最近のサチはオレが話しかけると、こうして自発的に顔を見せてくれるようになった。

 

「闇の血を持つ者よ、どうかしましたか?」

 

「んー、別に。ちょいと独りで寂しかったから暇潰しで話しかけに来ただけだ。ついでにケーキの御裾分けな」

 

 ケーキという単語を聞いて、明らかにサチの能面のような無表情が喜びの方に傾いた。最近のサチの微細な感情の変化に気づけるようになったのは、こうした暇潰し程度の小さなコミュニケーションの積み重ねのお陰だろう。

 オレは白い紙箱からケーキを取り出し、ナイフで切り分ける。普段から最低限持ち歩いている食器から木製皿2枚を取り出し、フォークと一緒にサチへと差し出した。

 ふわふわのホイップクリームは甘過ぎず、かといって控えめと言うべきでもない、まさに絶妙な味だ。スポンジはやや硬めであるが、それのお陰で挟まれた果肉の柔らかさを実感できる。さすがはテツヤン。女性プレイヤーを魅了する腕前は伊達ではない。

 サチはと言えば一心不乱にケーキを、まるで機械のように同じペースで同じ分量だけ切り分けて口に運んでいる。だが、頬に付いたホイップクリームのせいか、仮面のような無表情が酷く滑稽だった。

 

「闇の血を持つ者よ、その……」

 

「はいはい。お替わりだろ? ここは仮想世界だから太る心配が無いからたんまり食えよ」

 

「……よくデリカシーが無いと言われませんか?」

 

「良く分かっていらっしゃる。ほらよ」

 

 オレへの批判もそこそこに、再びサチは美味そうにケーキを味わい始める。

 何にしても、これでケーキも無駄にならなかったな。独りのクリスマスは寂しいが、それを言えばサチはずっとここで独りなのだ。それに比べれば、オレの悲しき聖夜など喜劇のようなものである。

 

「そういやさ、サチは何か欲しいものはあるか?」

 

「欲しい物ですか?」

 

「ああ。独り身同士、クリスマスのプレゼント交換でもしないかって提案さ」

 

 特に何でもない、気軽な会話を広げる為の話のタネのつもりだった。

 だが、サチはオレの言葉の何かに引っ掛かる物を覚えたのか、彼女らしくない……という表現は極めて不愉快だが、悲しげに眉を顰めた。

 

「そう……ですか。明日はクリスマスなんですね」

 

 ケーキを食す手を止め、サチの眼差しは宙へと……いや、ここではない遠い何処かへと向けられる。

 その視線の意味をオレは知っている。彼女がこうした表情と眼差しをする時は、自分の元となった『サチ』という女性とその過去について思いを馳せている時だ。

 サチが持つ苦悩。彼女は自分の素材となった『サチ』との違いに苦しんでいる。オレに言わせれば、想いと心が連続している以上サチは『サチ』と同じ存在だと思うのだが、彼女には納得できない理由があるのだろう。

 と、オレはサチがかつて名乗った2つ名を思い出す。

 そう……確か、【黒猫の乙女】だったはずだ。そして、黒猫と言えばオレは茅場の後継者から良く分からんクリスマスプレゼントで黒猫の鍵という物を与えられたではないか。

 オレはクリスマスイベントと何かしら関係があると踏んでいたのであるが、もしかしたらその発動キーはサチなのではないかと推理を立てる。

 

「なぁ、サチ。この鍵に見覚えはないか?」

 

 オレは実体化した黒猫の鍵をサチに見せる。すると、サチの表情は如実に変化する。具体的に言えば、驚愕、そして郷愁と哀愁を映した。

 

「……知っています。いえ、正確に言えば『サチ』が知っている物です。かつて『サチ』が仲間と暮らすはずだった家の鍵。彼女が手にすることが出来なかった……幸せの結晶の1つ」

 

「やっぱりサチの私物か。だったら、どう扱うか分かるか?」

 

 オレはサチに鍵を手渡す。

 それが全ての間違いだった。後悔しても遅い。

 サチがオレから鍵を受け取った瞬間に、まるで錆びついたハンドベルが音を響かせるように、ひどく不愉快な演奏が静寂を飲んでいた想起の神殿で響き渡る。

 それは何処かで聞き覚えがある曲だ。だが、演奏が酷く濁っているせいか、記憶からどんな曲名だったか引っ張り出すことが出来ない。

 

「これは……この曲は……っ!」

 

 半壊した女神像の台座から立ち上がったサチが普段の無表情を崩し、明らかな恐怖を表情に、そして相反する懐かしさを秘めた眼差しで動揺する。オレも釣られるように立ち上がり、やや錯乱した様子のサチの肩に触れる。

 それと同時に黒猫の鍵、そのデフォルメ化された黒猫の装飾が……口元を歪めた。それは瞬く間に肥大化し、巨大化し、5メートルを超える巨大な影の猫となり、大口を開ける。

 

「サチ!」

 

 オレは彼女の名前を呼び、その亡霊のように白く冷たい手をつかむ。

 間に合え! オレは彼女の腕が引き千切れる事も厭わずにSTRを総動員して引っ張りながらラビットダッシュを発動させる。だが、まるでオレ達など竜巻に巻き込まれる屑に過ぎないと嗤うように、黒猫の大口の吸引力からはラビットダッシュの推力を持ってしても振り切れず、オレとサチは影に取り込まれた。

 落ちていく。暗闇の水の中……まるでヘドロのように肌に張り付く闇の中で、オレは無数の影の鎖に引っ張られるサチの手を離さず、その深き奥底へと引き摺り込まれていった。

 そして、確かに聞こえたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来タ』

 

『ヤット来タ』

 

『待ッテイタヨ、サチ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに聞こえたのだ。

 あのハンドベルと同じように錆びつき、濁った声音で……そしてこの暗闇の泥水と同じように粘りついた感情を秘めた……どろりとして生温かい3つの声を。

 

 闇に意識を押し潰される寸前、赤い光と狂気を帯びた騎士が一瞬であるがオレの視界を通り過ぎた気がした。

 それはオレに手を差し伸ばしていた気がしたが、それがオレの顔に触れるより先に、オレの思考は停止した。




ヘイワ、ハッピー、ギャグコメ……ナニソレオイシイノ?

それでは、106話でまた会いましょう。

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