ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第47話 無敵結界を破りし者

 

-リーザス城 東の塔 最上階-

 

「サテラ様」

「ん? どうした、シーザー。サテラは今忙しいんだ。うーん、どう謝ればホーネットは許してくれるかな……」

 

 三階から報告に上がってきたシーザーを一瞥するも、すぐに頭を抱えて考え事に戻るサテラ。何せノスに騙されていたとはいえ、歴代最悪の魔王を復活させてしまったのだ。ごめんで済む話ではない。そのサテラにシーザーが報告を入れる。

 

「下ノ階ニイル侵入者デスガ、ランスノ声モ聞コエテキマス」

「なにっ!? ふふ、遂にイシスの体の仇を取るときが来たみたいだな!」

 

 うーん、と唸っていたサテラだが、シーザーの報告を聞いて俄然やる気を取り戻す。ようやく仇討ちのチャンスが巡ってきたのだ。側に置いてあった鞭を握りしめ、すぐさまシーザーに指示を出す。

 

「ランスの奴には地獄の苦しみを与えてやらないとな。シーザー、少しだけ下で足止めを頼む。どんな苦しみを与えれば満足できるか、サテラは少しだけここで考えてから行く」

「ハイ、サテラ様」

「ふふふ、今まで誰も聞いた事のないような情けない悲鳴を上げさせてやるぞ!」

「サテラ様、ソレハフラグトイウモノデス」

「ん? 何か言ったか?」

「イエ、ソレデハ下デ足止メヲシテキマス」

「頼んだぞ」

 

 下の階に降りていくシーザーを見送りながら、サテラは先程までとは違いノリノリで考え事を始める。未だホーネットへの謝罪方法が思いつかない中、嫌な事はとりあえず置いておいて目の前の楽しい事だけを考えようとする。涙ぐましい努力であった。

 

 

 

-リーザス城 西の塔 最上階-

 

「…………」

 

 騒がしい東の塔とは対照的に、西の塔の最上階は静まりかえっていた。部屋の奥にはアイゼルが一人で立ち尽くし、目を瞑りながら考えを巡らせている。人類圏侵攻、ノスの裏切り、そして、魔王ジルの復活。最も人類を虐殺した、歴代最悪の魔王。主であるホーネットが目指す人類不可侵とは正反対の思想を持つ彼女の復活に、アイゼルは深く後悔する。その復活の片棒を担いだのは、紛れもなく自分。ふと、少し前に出会った人間の言葉が思い出される。

 

『ホーネットは、人類を傷つけるこんなやり方を望んじゃいない! お前らはノスに騙されているんじゃないのか!?』

 

 アイゼルがその言葉を思い返していると、階段を何者かが上がってくる。今誰かと会う気分ではない。それが人間なら尚更だ。不機嫌そうに階段の方を見るアイゼルだったが、上ってきた人物を見て驚く。それは今思い返していた人間、ルークであったからだ。後ろには一度は惚れた相手である志津香と、あの場にいた女忍者。それと、見知らぬ神官を引き連れている。

 

「あの時の人間か……」

「アイゼル……やはり最上階にいる金髪の男というのはお前だったか……」

「あれが、魔人アイゼル……」

 

 ルークたちの中で唯一アイゼルを知らないセルが身構える。セルにとっては最も忌むべき存在、魔の者の筆頭である魔人だ。アイゼルはルークたちを見ながら一度ため息をつき、ゆっくりと口を開く。

 

「悔しいが、貴様の言うとおりだった……ノスが裏切り、魔王ジルが復活を遂げた。最早どうする事も出来ん……」

「無責任な! あんたにも責任があるでしょ!」

「志津香さん……すみませんが、私ではノスもジルも止める事は出来ない……」

 

 志津香からの文句は堪えるものがあるのか、アイゼルが悲しそうな表情で答える。そのアイゼルにルークが言葉を投げる。

 

「随分とまあ、情けない事を言うもんだな」

「……黙れ。貴様らのような下等な人間では、あの二人の恐ろしさも判らないのか? そもそも、貴様らはここに何しに来た?」

「ノスのいる中央の塔を上るためには、ここにある装置を動かしてトラップを止めなきゃならないんでな」

「装置……? ああ、これか」

 

 志津香に対しての態度とは明らかに違う態度で応じるアイゼルだが、ルークの言葉を聞いて周囲を見回す。すると、自身のすぐ側にレバー式の装置が置いてあるのが見える。それに手を伸ばし、すぐさまレバーを動かして装置を解除する。ルーク以外の三人、特にセルがその行動に驚く。

 

「なっ!?」

「魔人が装置を……」

「どういうつもり?」

「特に他意はありませんよ、志津香さん。最早ノスに義理立てする必要など無いですからね」

「俺たちと敵対する気も無いという事か……」

 

 ルークにとってもこれは意外な行動であった。ジル復活を止めようとしていた節があるとシィルから聞いていたが、想像以上にアイゼルは堪えているようだ。

 

「ふん、貴様らとやりあうつもりももう無い。さあ、装置は切った。今すぐ目の前から消えろ。今は誰とも会いたくない気分なんでな」

「自分の行動を後悔してウジウジと落ち込んでいると言ったところか。見た目ほど男らしくはないんだな」

「……さっさと消えろ!」

 

 やりあう気がないのであれば、ここに長居する必要も無い。ホーネット派のアイゼルとわざわざやり合うのは、ルークにとっても出来れば避けたい事柄だ。早くしなければジルが力を取り戻してしまう。他の三人に目配せをすると、それに応えるように三人とも小さく頷いた。ルークたちはそのまま身を翻して階段を下りていこうとするが、部屋を出る前にルークがアイゼルに質問を投げる。

 

「それで、お前はこれからどうするんだ? まずはホーネットに今回の報告をして、その後は?」

「いや、私はホーネット様の下に戻るつもりはない」

「……なんだと?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ルークの足が止まる。そのままアイゼルに向き直り、若干の殺気を混ぜながらもう一度問いかける。

 

「どういう事だ? 戻る気がないだと?」

「このような失態を晒しておきながら、おめおめとホーネット様の下に戻る事など出来ん。報告はサテラに任せ、私は姿を消すつもりだ」

「……自分の起こした事の責任も取らずにか?」

「責任? どう取れというのだ? まさか、ノスやジルに立ち向かえなどと言うのではあるまいな? 貴様らのような人間と違って、圧倒的な力の差を私は理解している。無駄な行為だ」

 

 静かに首を横に振るアイゼル。自分を利用した相手にも、自分を小者呼ばわりした相手にも、アイゼルは立ち向かう気は湧かないでいた。それ程までにあの二人とは実力差がありすぎる。

 

「……ホーネット派はどうなる? ノスだけではなくお前にまで抜けられては、ケイブリス派との戦いはますます厳しいものになるんじゃないのか?」

「確かにそれに関しては申し訳ないと思う。だが、このような恥を晒して戻るのは私のプライドが許さん。それに、ジルが復活した今、最早我らの戦争も無意味になる可能性があるな……」

「ホーネットを見捨てるつもりか!?」

「ホーネット様はお強いお方だ。私などいなくとも、これまで通り立派に皆をまとめていくさ」

 

 全てを投げ出したかのような表情をしながら淡々と言い放つアイゼル。その無責任な発言にかなみと志津香がアイゼルを睨み付けるが、それ以上に怒りを燃やしている人物が二人の目の前にいた。拳を握りしめながら、ルークは静かに口を開く。

 

「かなみ、志津香、セルさん。装置は解除したから、先に三人で中央の塔に向かっていてくれ」

「先にって……ルークさん?」

「まさか、残るつもりですか!?」

「何する気よ?」

 

 三人の問いかけに、ルークは右拳を顔の前まで上げながらハッキリと口にする。

 

「あの野郎を一発ぶん殴らないと、俺の気がすまん!」

 

 

 

-リーザス城 東の塔 最上階-

 

「がはははは、感度が良すぎるぞ! この淫乱魔人め!」

「んゆーっ!」

 

 一方その頃、東の塔ではサテラがその体をランスにまさぐられていた。元来体の感度が良すぎるため、ランスの使ったパラライズの粉が必要以上に効いてしまい、体が痺れて動けなくなってしまっていたのだ。因みに、護衛であるシーザーは串刺し作戦が上手い事決まり、下の階で身動きが取れない状態にある。

 

「ふふ、情けない悲鳴ね」

「な、なんだと!? この人間が……」

「こら、口の悪い魔人はお仕置きだ」

「んゆーーーーーーっ!!」

 

 リアの言う通り、サテラは今まで誰も聞いた事のないような情けない悲鳴を上げていた。見事なまでのフラグ回収である。

 

 

 

-リーザス城 最上階-

 

「ぷはっ。ふん、不味いな」

「次はもっと上質な者を捕まえてきましょう」

 

 リーザス城の最上階。少し前まではパットンがその身を置いていた場所に、今はジルとノスの二人がいた。ジルが手に持っていたものを放り捨てる。それは、先程まで人だったもの。ノスがモンスターに捕まえさせてきた若い女性だ。ジルはこの場所で人間の生き血を吸いながら自身の力の回復を図っていた。だが、既に三人もの女性の全身の生き血を啜ったが、大した効果は現れない。彼女たちはただの町娘であるため、血の質が悪すぎるのだ。もっと魔力や生気などの力溢れる者の血や、生まれもって聖なる資質を備えているような上質な血があれば回復も早まるというもの。だが、ジルが満足するほどの上質な血など中々手には入るものではない。ジルもそれは重々理解しているため、質よりも量を取る。

 

「いや、厳選する必要は無い。とにかく沢山の女を連れてこさせろ」

「かしこまりました。今、城下町に大量のモンスターを放っています。もう少々お待ちを……」

「急げよ」

 

 ノスはこれまでヘルマン軍には秘密で隠し持っていた自身の手駒たるモンスターをここにきて大量に呼び出していた。戦に終わりの見えかけていた矢先のモンスターの大量発生に解放軍も手をこまねく。そしてその一部は、リーザス城領地内にある城下町に向かっていた。

 

 

 

-リーザス城下町 情報屋前-

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 解放軍の後を追うように、城下町には少数ではあるがゲリラ軍がやってきていた。城下町にいたモンスターをあらかた退治し終え、ゲリラ軍は一息ついていた。そんな矢先、新たに大量のモンスターが町を襲ってきたのだ。これでは心が折れるというものだ。なんとか残る力を振り絞ってゲリラ軍も抵抗するが次々とその数を減らされていき、遂には町の住民にも被害が出始める。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!」

「んっ……誰か……」

 

 すぐ側で中年の男が殺されるのを目撃しながら、車椅子を必死に動かしてモンスターから逃げている女性がいる。リーザス城下町で情報屋を営む娘、由真だ。追ってくるモンスターから必死に逃げているが、車椅子では振り切ることは難しく、遂に追ってきていたモンスターの手が由真の車椅子に掛かる。車椅子ごと引っ張られる感覚を確かに感じ、由真は自分の命がここまでであると悟る。

 

「助けて……ルークさん……」

「幻夢剣!」

 

 恐怖に目を瞑り、男性恐怖症である由真が唯一信頼している男の名前を口に出す。その直後、由真の車椅子を掴んでいたモンスターの体が両断される。モンスターの悲鳴を聞いた由真がゆっくりと目を開くと、そこに立っていたのは由真も良く知る人物であった。いや、リーザス城下町に住んでいてこの女性を知らぬ者などいない。闘技場の元チャンピオン、ユラン・ミラージュ。

 

「ユランさん!」

「さっ、早く逃げるよ! とりあえず酒場へ!」

 

 ユランは城下町に少数で乗り込んだゲリラ軍のリーダーであった。そのまま由真の車椅子を押して城下町を駆ける。目指すのは一部の住人が避難している酒場、ぱとらっしゅ。近くまで駆けていくと、酒場の親父が外に出て扉の前に立ち、大手を振ってユランと由真に合図しているのが見える。

 

「やれやれ、外には出るなと言っておいたのに……」

 

 ユランが酒場の親父のお節介ぶりにため息をつきつつ、そのまま酒場の中へと駆け込んでいく。扉を閉め、一息つく二人。そのユランに酒場の親父が話し掛けてくる。

 

「大丈夫だったか、ユラン?」

「ああ。それより、危ない真似するんじゃないよ。外は危険だって言っておいただろ」

「女のお前が命張っているんだ。男の俺が黙っていられるか! それで、外の様子は?」

「最悪だ。どんどんモンスターが集まって来やがる」

 

 ユランがため息をつく。少人数でゲリラ活動を続けていたユランは既に疲労困憊。このまま戦えば、近い内に敗北は必至だ。ユランの言葉を聞いたパルプテンクスが不安そうに父親の背中にしがみつく。

 

「お父さん……」

「心配すんな。お前は俺が必ず守ってやる」

「こんな時……ルークさんがいてくれたら……」

 

 ルークという単語に由真がそちらに視線を向けると、そこにいたのはカジノで働く美人姉妹、アキとユキであった。由真同様、彼女たちもユランに保護されて酒場に避難していたのだ。不安そうにしているアキの手をギュッと握り、姉のユキもその言葉に同意する。

 

「そうね……ルークさんがいてくれれば……」

「ルークか……それとランスなんかもいりゃ、最高なんだけどねぇ……」

 

 二人の言葉を聞いたユランは、少し前に闘技場で出会ったルークとランスを思い出す。ランスの強さはその身を持って体感しているし、ルークとは直接対峙できなかったがその強さは認めている。彼らがこの場にいてくれたら、どれほど頼もしい事か。そのとき、酒場の扉が強く叩かれる。酒場の中にいた全員が目を見開き、扉を一斉に見る。尚も強く叩かれる扉。

 

「下がってな……」

 

 部屋の中を緊張が包む。他の者たちにそう指示を出してユランが扉の前で剣を構えていると、突如扉が開け放たれる。目の前に見えたのはチンピラ風の男。モンスターでは無いが、見るからに人相が悪いためすぐさまユランが斬り掛かろうとする。

 

「幻夢……」

「おい、待ちやがれ。解放軍のルイスってもんだ! いきなり斬り掛かろうとするな!」

「か、解放軍の方なんですか……?」

「そうだ!」

「なんだい、驚かすんじゃないよ。そんな面だから、モンスターが化けているのかと思ったじゃないか」

「酷ぇ話だぜ、全く……」

 

 救援に来たらいきなり斬られそうになったルイス。流石にこれで死んだのでは笑えない死に様だ。パルプテンクスがまだ信じられないというような顔をしており、ユランはスッと剣を下ろして外の様子を見る。確かにルイスの言うように、解放軍の一部が救援に駆けつけてくれていた。既に城下町のモンスターの殲滅を開始している。

 

「とりあえずはまだ隠れてな。だけど、俺たちが来たからにはもう安心だぜ! けっけっけ!」

「その面で笑うなよ……」

「それも、爽やかとはほど遠い笑いだな、おい」

「救援に来てくれるなら、ランスさんが良かったなぁ……」

「私も出来ればルークさんが……」

 

 散々な言われようのルイス。だが、特に気にする風もない。割とこういう扱いには慣れているのだろう。パルプテンクスと由真がぽつりと呟いたその言葉がルイスの耳に入り、それに反応する。

 

「おっ、なんだい。ルークの旦那の知り合いか。城に来てるぜ、ランスの若造も一緒だ」

「えっ!?」

「なんだい、二人とも解放軍に参加していたのかい……」

「参加どころか、二人とも中心人物だぜ。今は城の方で、敵の親玉連中と戦っているはずだぜぇ」

 

 その言葉に、酒場の中の者たちが歓喜する。かつて自分たちを救ってくれた知り合いの冒険者たちが、解放軍の中心人物としてリーザス奪還に動いているのだ。ユランがゆっくりと口を開く。

 

「さて、あの二人には負けてられないねぇ……もう一度行って来るかな!」

「お、やる気満々じゃねぇか、姉ちゃん。ぎゃはは、俺もまだまだ殺し足りねぇから、もう一暴れといくかい!」

 

 笑いながらユランとルイスが扉から出て行き、酒場の前でモンスターと戦い始める。その背中を見送りながら、酒場の中に避難している者たちの目は希望を取り戻していた。

 

「姉さん……やっぱり、ルークさん来てくれたんだね……」

「ええ……本当に、白馬の王子様みたい……」

 

 デル姉妹が肩を寄せ合い、手を握りあう。その手の中には、しっかりとやすらぎの石が握られていた。

 

 

 

-リーザス城 三階-

 

「ランス! 東の塔も解除が終わったのね!?」

「おうよ、たっぷりと楽しませて貰ったぜ!」

 

 お互いに装置の解除を終えたルーク組とランス組は、中央の塔で丁度タイミング良く合流する事が出来た。何故か上機嫌のランスに首を捻るかなみ。すると、ランスの手の中にあるカオスが喋り始める。

 

「楽しみついでに、儂にあの魔人を斬らせてくれたら最高だったのに……」

「馬鹿者。魔人といえど、あんなに可愛い娘を殺すなど勿体ない。それに、処女もまだ奪っていないんだぞ!」

「そちらにも魔人がいたのですか!?」

 

 東の塔にも魔人がいた事を聞き、セルが驚く。いくらカオスを持っているとはいえ、戦力的には心許ない東の塔パーティーで魔人を退けたというのか。その問いにシィルが答える。

 

「魔人サテラとシーザーがいました。どちらも逃がしてしまいましたが……」

「まあ、俺様の敵ではなかったがな。がはは!」

「そちらにも、という事は、西の塔にも?」

「はい、マリス様。魔人アイゼルが最上階に……」

「そういえば、ルークの奴はどうした?」

 

 上機嫌だったランスがようやくルークがいない事に気が付く。言いにくそうにしているかなみとセルに代わり、志津香がその問いに答える。

 

「……ルークは、一人で残ったわ。アイゼルをぶん殴るんですって」

「なっ!? たった一人で魔人と戦うつもりですか!?」

「無茶ですかねー! 今すぐルークさんを助けに行きましょうです!」

「あの兄ちゃん、死ぬよ? 儂がなきゃ、魔人の結界破れないですよ?」

 

 トマトが走っていこうとするが、ランスに掴まれ阻止される。トマトはその場でじたばたと足を動かすが、ランスに抑えられているため先に進む事が出来ない。そんな中、カオスがハッキリとルークが死ぬと言い放ち、その言葉を聞いて珍しくランスが思案する。だが、出した答えはトマトが望んでいたものとは逆。

 

「先へ進むぞ。ルークがそう指示したんだろう?」

「……ええ」

「モタモタしていたら、余計厄介な事になるからな。さっさと行くぞ!」

「でも、ダーリン。ルークじゃ魔人には……」

 

 リアが尋ねてくるが、それを無視してランスは先に進んでいく。志津香がその後ろを歩き、珍しく不安そうな声でランスに問いかける。

 

「ランス……ルークのあの能力、魔人にも効くと思う……?」

「知らん。効かなかったら、ルークが死ぬだけだろ」

「ランス様……もう少し……その……」

「ルークさんが死ぬ訳ありません!」

「なら、あいつを信じて待っていろ。馬鹿者」

 

 かなみの反論を聞いてそう返すランス。ランスなりの不器用な励ましだったのかもしれないと、後ろで聞いていたマリスは思う。そんな中、階段を上っていたランスが唐突に笑い出す。

 

「がはは! ルークののろまが遅れている間に、ノスとジルは俺様が倒してしまおう。そうすれば、この戦争の英雄は俺様だ。人類最強を倒した程度の功績、あっという間に吹き飛ぶな。リーザスの美女たちは真の英雄である俺様にメロメロだ」

「もう、あんたの頭の中にはそれしかないの……」

「全く……」

 

 ランスの笑い声に、シィルとリア以外の面々が呆れかえる。だが、確実に空気は一変した。その狙いがあったのかは判らないが、ランスたちはそのまま最上階を目指していく。ノスとジル討伐のために。

 

 

 

-リーザス城 西の塔 最上階-

 

 部屋の中は不気味な静寂に包まれていた。志津香たちが去ってから既に数分。目の前に対峙しながら、お互いに黙ったまま相手を睨み付ける。張り詰めた空気の中、先に口を開いたのはアイゼル。

 

「私を殴ると言ったな? 正気か?」

「当然だ」

「ふん、やはり狂人であったか。人類と魔人の共存などという、イカれた夢を持っている時点で怪しいとは思っていたがな」

「狂人でも、腰抜けよりはマシだろ?」

「なんだと……?」

 

 ルークを挑発するつもりが逆に挑発し返さてしまい、顔を歪ませるアイゼル。そのまま声を荒げる。

 

「この私を腰抜けと言うのか!?」

「腰抜けだろう? ノスやジルからは尻尾を巻いて逃げ、恥ずかしいから雲隠れする。情けないな、アイゼル。そんなお前がプライドなどと口にするとは……」

「人間如きが、魔人であるこの私を侮辱するな!」

「人間も魔人も関係ないだろう。一人の男として、お前のその態度が気に入らん」

「驕るなよ。私がその気になれば、貴様のような人間など一瞬の内に肉塊に出来るのだぞ!」

 

 アイゼルが激しい殺気を向けてくる。まだ臨戦態勢にすら入っていないというのに、既にあのトーマにも肉薄するようなプレッシャーだ。これが魔人のプレッシャーなのだろうか。だが、ルークはそれに動じる様子もなく更に言葉を続ける。

 

「まあ、お前が腰抜けかどうかは正直どうでもいい。俺が一番許せないのは、ホーネットを見捨てる事だ。ホーネットへの忠誠はまだあるんだろう?」

「当然だ。あの方の為に、私はケイブリス派と戦っているんだ」

「それなのに、自分のちっぽけなプライドの為にホーネットを見捨てるというのか……?」

「…………」

「ふざけるな!」

「貴様のような人間には、魔人としての誇りなど判らん!」

「判りたくもないな。自分の大切な人を見捨てる気持ちなど……」

 

 ルークもアイゼルに向けて殺気を飛ばすが、アイゼルもそれに動じた様子もない。人間如きの殺気など、気にもしていないのだろう。

 

「アイゼル、もう一度だけ聞く。ホーネットの下に戻るつもりは……」

「愚問だな。戻るつもりはない」

「そうか……なら、宣言通り貴様を殴らせて貰う!」

 

 そう言い放ち、一気にアイゼルの方へ駆けてくるルーク。アイゼルはそれを冷ややかな目で見る。なんと愚かな人間だ、無敵結界の事を知らないのだろう、と。魔人である自分の周りを包む無敵結界がある限り、ルークの拳が自分に届く事はない。目の前まで近づいたルークが右拳を振りかぶる。その姿を見ながら、アイゼルは無敵結界で防いだ後の対処法を考える。この男を殺すのは容易いが、魔王ジルを復活させた落ち度もあるためそれは美学に反する。力の差を見せつける程度に壁に叩きつけるのが望ましいか。そんな事を考えながら、自分の左頬に迫っている拳を平然と眺めていた。

 

ゴッ―――

 

 部屋に鈍い音が響く。その音を聞きながら、アイゼルは天井を見ていた。何が起こったのか理解出来ず呆然としていたが、すぐに異変に気が付く。何故自分は倒れているのだ。瞬間、左頬に激痛が走る。手を添えてみれば、口から血が出ているのが判る。ここにきて、ようやくアイゼルは答えに至る。

 

「な……殴られたのか……? 私が……」

 

 体を起き上がらせ、目を見開く。頬から脳に伝わる痛みは、確かに殴られた証。驚いた様子でルークを見る。自分とは少し離れた位置に立っている。いつの間にあれ程離れたのかと思ったが、離れたのはルークではない。ルークに殴られた拍子でアイゼルはほんの少しだけ吹き飛ばされ、その分の距離が空いていたのだ。

 

「馬鹿な……貴様、カオスを持っていたのか……?」

「そんなもの持っちゃいないさ。宣言したはずだぞ、貴様を殴るとな」

「有り得ない……有り得るはずがない!」

 

 声を荒げながら立ち上がり、ルークの持ち物をジロジロと見回す。腰に下げた剣は、封印の間で見たカオスとは全くの別物。奴の言うように、どこにもカオスは見つからない。

 

「(ならば……私自身の油断か……?)」

 

 アイゼルは考える。ノスの裏切りやジルの復活にショックを受けていた自分は、無意識の内に無敵結界を解いてしまっていたのだろう、と。自ら頻繁に無敵結界を解く同胞、魔人ますぞゑのような事をしてしまったな、と自虐的に笑う。すると、ルークが剣を抜いて口を開く。

 

「約束して貰おうか。俺と戦い、負けたらホーネットの下に戻ると」

「魔人である私に一騎打ちを挑むだと……? 馬鹿が! 命だけは助けてやろうと思っていたが……」

「口から血を流しながら、随分と大層な口をきくじゃないか」

「私の油断が貴様に勘違いさせてしまったようだな。奇跡は二度は起こらんぞ!」

 

 あくまで無敵結界は破られたのではなく、自分が解いてしまっていたと考えるアイゼル。意識を集中させ、自分の周りに無敵結界が張られているのを確認する。今度は問題ない。確実に無敵結界は張られている。これで二度と奴の攻撃は通らない。

 

「奇跡かどうか……試してみるか?」

「驕るな、人間! 魔人の力、とくと味わわせてやる!」

 

 アイゼルが右手で剣を抜きながら、左手で雷の矢を放ってくる。自身に向かってきた雷の矢を巧みに躱しながら、ルークが再度アイゼルに向かって駆けていく。近寄ってきたルークの体目がけてアイゼルが剣を振るうが、リックやトーマに比べれば遙かに劣る遅さ。ルークはそれを難なく受け止め、かち上げる。

 

「ぬっ!?」

 

 アイゼルは持っていた剣を右腕ごとかち上げられ、無防備になったその腹目がけてルークが剣の峰を思い切り振り抜く。通るはずのないその攻撃が、何故かアイゼルの腹に打ち付けられる。

 

「がはっ……」

 

 激痛に顔が歪む。無敵結界は確かに張られているはず。なのに、何故人間の攻撃を自分が受ける。混乱するアイゼルの目の前に、再度ルークの右拳が迫っていた。目前まで迫っていた拳を避ける手段はなく、身構えるアイゼル。そして、気を張っていたからこそ異変に気が付く。ルークの拳が自分を覆っている無敵結界を無視するかのようにすり抜け、自分の顔面を捕らえたのだ。グシャ、という音が聞こえた。アイゼルの鼻の骨が折れたのだ。そのままアイゼルは再度地面に叩きつけられる。折れた鼻から血を流しながら、目を見開いてルークを見る。

 

「お前は何者だ……?」

 

 理由は判らない。だが、目の前の人間は魔人の結界を無効化している。その事に、アイゼルは得体の知れぬ恐怖を抱く。自然と体が震える。

 

「何故結界を無視出来る……?」

 

 本来、アイゼルは戦う必要のない相手。彼を無視し、すぐにでもノスやジルの討伐に行くのが正しい事はルークも判っている。だが、我慢できなかった。ホーネットを裏切った訳でもなく、今なお忠誠を誓っているにも関わらず、その下から離れようとしているアイゼルが。みすみすホーネット派を不利に追いやりかねない目の前の事態が。アイゼルを見下ろしながら、ルークははっきりと口にする。

 

「驕るな、魔人! 人間の力、とくと味わわせてやる!」

 

 

 

-リーザス城 最上階-

 

「……ジル様、奥の部屋で食事を取りながら待っていて下さい」

「ん? どうかしたか、ノス」

 

 ノスの言う食事というのは、勿論吸血行為の事。今も若い女性の血を吸っているジルが不思議そうにノスに尋ねる。遠見の魔法で階下を見ていたノスはここに迫ってくる者がいることに気が付いたのだ。このままではジルの食事の邪魔になると考え、進言を続ける。

 

「ここへ解放軍の連中が近づいています。既に部屋の外に放っていた四体の将軍も倒した模様。少し騒がしくなると思いますので……」

「ほう……我らに挑んでくるとは、人間は本当に愚かな存在だ……くくく……」

「はい。すぐに片付けます故、奥へ……」

「うむ。終わったら呼びに来い」

 

 血を吸い終えた女を投げ捨て、部屋で気絶していた三人の別の女を魔法で宙に浮かばせて運ぶ。そのままジルは奥の部屋へと移り、この広間にはノスただ一人が残るのみとなった。近づいてくるランスたちを遠見の魔法で見ながら、その手に握られているカオスに気が付く。

 

「カオスめ、無事だったとは……今度こそ粉砕してくれよう」

 

 そう呟き、ノスが呪文を唱え始める。すると、ノスの周りに散らばっていた死体が集まっていく。ジルが血を吸い終えた女性の死体だ。集まった死体は混ざり合い、部屋の中央に肉塊が盛り上がっていく。

 

「出でよ、死複製戦士!」

 

 ノスがそう叫ぶと、巨大な肉塊が八つに分かれて形を成していく。気が付けば、ランス、シィル、かなみ、志津香、トマト、セル、リア、マリスとそっくりの形をした八体の屍人形が出来上がっていた。それらを周りに待機させながら、ノスは部屋の中央に仁王立ちする。

 

「この死複製戦士で見極めさせて貰おう。貴様らの中で、誰を一番先に葬るべきなのかをな……」

 

 アイゼルやサテラにあった油断や驕りは、ノスにはない。万全の体制でランスたちが来るのを待つ。西の塔でルークとアイゼルが相まみえる中、城の最上階ではルークを欠いたままでの決戦が始まろうとしていた。

 

 




[人物]
ユラン・ミラージュ (3)
LV 21/27
技能 剣戦闘LV2
 コロシアムの元チャンピオン。ランスに敗れたのが内心相当悔しかったようで、人知れず鍛錬を重ねていた。ゲリラ軍を指揮し、解放戦に参加。

パルプテンクス (3)
 リーザス城下町の酒場『ぱとらっしゅ』店主の娘。かつて盗賊団から助けてくれたランスの事を今でも想っている。

『ぱとらっしゅ』の親父 (3)
 リーザス城下町の酒場『ぱとらっしゅ』店主。ヘルマンに城下町が支配された際、無料で炊き出しなどを振る舞っていた。

ユキ・デル (3)
 冤罪の罪で投獄されていたのをルークに助けられた女性。今は妹と一緒にカジノで働いている。ルークに密かな想いを寄せる。

アキ・デル (3)
 ユキの妹。今でもカジノで働いている。姉と思い人が一緒なのを少し悩んでいる。

朝狗羅由真 (3)
 リーザス城下町の情報屋『NET』のオペレーター。真知子とは情報屋仲間で知り合い。ルークの事を色々聞かされ、自分も積極的に行くべきかと悩んでいる。


[モンスター]
将軍
 ノスが配下に置いているモンスター。鎧に守られた固い装甲と居合い斬りが特徴の強敵。


[技]
死複製戦士
 肉塊に魔力を帯びさせ、対象とそっくりの屍人形を作り出す魔法。死体そのものを動かす死霊魔法とは少し違うが、こちらもまた禁呪であり、現代では殆ど知る者のいない魔法である。

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