-ゼス マンタリ森-
ゼスの南部を流れる赤川。その川を更に南に下った場所にあるのがマンタリ森だ。近くに人里はなく、モンスターも住み着いている事から滅多な事では人が寄り付かないため、ゼスの秘境とも呼ばれている。そんな森の中を奥へと分け入っていくのは、アイスフレームの面々だ。
【グリーン隊参加メンバー】
ランス、シィル、マリア、リズナ、パットン、ロッキー、コパンドン、プリマ、メガデス、タマネギ、殺、ルシヤナ、ウルザ、ダニエル
【ブラック隊参加メンバー】
ルーク、ロゼ、志津香、かなみ、トマト、真知子、シトモネ、セスナ、シャイラ、ネイ、バーナード、インチェル、珠樹、ナターシャ
「こんな森の奥に秘密基地があるんですね」
「はい。ペンタゴンの秘密基地は森を改造しています」
シィルの問いかけにウルザが答える。この険しい森を進むのに車椅子では適さない為、ウルザは車椅子ごとダニエルに背負われている状態だ。ベルトでしっかりと固定し、木の枝などで肌を傷つけないよう先を歩くダニエルが細心の注意を払う。
「疲れたら変わってやるぜ、じーさん」
「問題ない。この程度で疲れる程老いぼれたつもりはない」
「そりゃ何よりだ。しかし、どーしてこう元気なじーさんとばっか縁があるのかねぇ」
パットンの誘いを丁重に断るダニエル。ランスと違いパットンに下心が無いのは判っているが、それでもウルザを任せる気にはならないのだろう。そんなダニエルを見て笑うパットン。車椅子ごと人間一人を担いでこの険しい森を進んでいるのに息一つ切らさない。年寄り扱いするなと悠然と語るその姿を見たパットンは、国を捨てて自分の夢について来てくれたある老人を思い出していた。
「ウルザちゃん、まだ着かんのか?」
「私たちも大体の位置しか判らないんです」
「ん? どういう事だ?」
「道を作ったり、木の位置を変えたりして入口の場所を判らないようにしているんだ。定期的にな」
元ペンタゴンの幹部であるウルザが場所を知らないとはどういう事か。思わず首を捻ったランスだったが、先を歩くシャイラがその疑問に答える。
「そういえばお前らも元ペンタゴンだったな」
「まあな。この森に来たのは久しぶりだけど、体が覚えているもんだな」
「そうね」
「まあ、そうじゃなきゃお前ら如きに先頭は任せん、がはは」
「なんか癪に触る言い方ね……」
シャイラに同意するネイ。入口は判らなくされているが、その付近までは変わりない。暫くとはいえ在籍していた事もあり、森の中をスタスタと歩ける自分たちがいた。その事もあり、シャイラとネイは珍しく先頭を任されている。インチェルや珠樹も元ペンタゴンだが、彼女らは前衛担当ではないため先頭には立っていない。ランスに茶化され、カチンと来た様子のネイ。
「あのね、私たちも昔とは違うの。もうへっぽこじゃないの。これでもペンタゴンに所属している頃は『ペンタゴン三人娘』って呼ばれて、エース格の一人だったんだから」
「お前らがエース格張れている時点でペンタゴンの底が知れるな」
「ちきしょう! ムカつくけど何も言い返せねぇ!」
「いや、そこは言い返しても良いと思うけど……」
悲しいかな、エース呼ばわりは自分たちでも違和感があったのだろう。シャイラの言い様にどこか憐れみを感じながら突っ込みを入れるかなみ。
「でも、元ペンタゴンってまだいましたよね?」
「後方で半分寝ながら歩いているのが『ペンタゴン三人娘』のエースです」
「恥ずかしながら三人娘の名声の七割はあいつだ」
「本当に恥ずかしゅうて笑いも出んわ……」
「……おおぅ!」
マリアの問いに後方を指差すネイ。そこにはふらふらと千鳥足で、されど何故か木の枝にぶつからずに歩けているセスナの姿があった。シャイラの物言いにげんなりとした表情を作るコパンドン。その視線に気が付いたのか、ハッと目を醒ますセスナ。その光景を苦笑しながら見ていたルークは、同じく後方を歩いているバーナードに声を掛ける。
「確かバーナードも元ペンタゴンだったよな?」
「あれ? だったら先頭を歩かないんですか? バーナードさんは前衛担当ですし」
「積み重ねた足跡が戦士を作り上げる。だが、その足跡を見るために後ろを振り返るのはアマチュアだ」
「……まるで判らないですかねー。真知子さん、翻訳をお願いしますですかねー」
「恐らく、道を忘れたから先頭は歩けないという事かと」
「どうやったらそんな恥ずかしい事をこんな自信満々に言えるんだ……」
「翻訳出来た真知子さんも凄いと思います……」
ハードボイルド風な空気を纏わせながらも、言っている事はクソみたいな内容のバーナード。パットンとシトモネがげんなりとしているのも無理からぬ事だろう。
「おいルーク。お前、いくら何でも余計な面子連れて来過ぎじゃないか?」
「下手すればペンタゴンと全面対決だ。多いに越したことはないだろ」
ランスの言葉が指しているのはシャイラやネイではなく、バーナードやインチェル、珠樹、ナターシャといった面々の事だろう。確かに実力では劣る面々だが、それでもアイスフレームの中では厳選された戦闘要員。それこそゼスの四将軍クラスとの戦いとなれば置いてくるが、今回はそうではない。決して油断する訳ではないが、今のペンタゴンで恐れるのは極僅かの幹部連中のみ。それ以外の構成員ならばバーナードたちでも十分に戦える。
「それに、それを言ったらモロミちゃんとかも似たようなもんだとか思ってんだろ、こら☆」
「傷ついたわ、慰謝料払いなさい」
「思っていないから自虐風味に絡んでくるのは止めろ」
笑顔でルークに絡んでくるメガデスと、ここぞとばかりに絡んでくるロゼ。正直メガデスに関しては思っているが、言葉には出していなかったルーク。その心を読まれたのだろうかと内心少しだけ驚いていた。
「ダニエル、あたしの記憶間違いじゃなきゃこの辺までだな」
「うむ、そうだな。儂等が案内できるのはこの辺りまでだ。ぼやっとするな、入口を探すぞ」
「……待って。何か聞こえる」
そんな中、先頭を歩いていたシャイラが確認するようにダニエルに問いかけると、ダニエルもそれに頷く。どうやら道案内出来るのはここまでのようだ。さあ、ここからが大変だとダニエルが息を吐くのと同時に、かなみが異変に気が付く。
「聞こえる? 何が?」
「人の声、走り回る音……それに、もう聞こえなくなったけど爆発音も」
「えっ!?」
「本当なの?」
「うん、間違いない」
かなみの答えに驚く一同。先の二つはまだしも、爆発音とは穏やかでない。思わず聞き返した志津香であったが、かなみはハッキリと頷く。
「爆発音は気が付かなかったが、後の二つは確かに聞こえるな」
「ああ、確かに。これはこちらに向かってきているな」
「ええっ!?」
「いや、もうちょっと動揺しましょうよ!」
ルークの言葉に頷く殺。まるで慌てた様子のない二人とは対照的に、シトモネやインチェルは慌てふためいていた。
「貴様ら、ここで何をしている!」
殺の予告通り、正面の茂みからペンタゴン兵たちが駆けてきた。こちらの姿を見つけるや否や、怒声混じりの問いを投げてくる。そのペンタゴン兵を見ながらウルザが口を開く。
「ペンタゴンの方ですね? 私たちは……」
「そうか、貴様らが先程の爆発の犯人だな!」
「えっ?」
「ロドネー様の工場を破壊した目的は何だ!? 正直に言わなければただでは済まんぞ!」
「ち、違います。私たちはネルソンに……」
「女ぁ! 貴様、提督を呼び捨てにするのか!!」
爆発だの工場の破壊だの、まるで身に覚えのない事ばかり。困惑するウルザであったが、何とかペンタゴン兵を落ち着かせるべく自分たちの目的がネルソンとの交渉である事を説明しようとしたが、それが火に油を注ぐ形となってしまった。
「ウルザちゃん、もういい。これ以上は無駄だ」
「同感だ。ここまで頭に血が上っていては、交渉の席に付けそうもない」
「確かに、言葉が通じるようには見えないわね」
ランス、殺、志津香と好戦的な面々が次々に構えだす。それに呼応するように、ルークやパットンといった準好戦的な面々も続く。
「丁度良い道案内がやって来てくれたんだ。利用させて貰おう」
「違いねぇ」
「あーあー、野蛮な連中はいやーねー。私は後ろで休んでるんで、後よろしく」
「こっちはこっちでいつも通りの反応ね」
あばよとばかりに右手を挙げて後方に下がるロゼ。付き合いの長いマリアからすれば、最早見慣れた光景だ。
「提督への不敬、及び工場の破壊、その身を持って償え!!」
「がはは、貴様ら如きでは相手にもならんわ! 剣の錆にしてくれる!」
「見たところ幹部はいない。全員、抜かるなよ!」
「はいっ!」
幹部がいないのであれば誰一人後れを取る相手ではない。ランスとルークの声に反応し、グリーン隊とブラック隊の面々は一斉に臨戦態勢へと入る。
「(でも、連中の言った事は気になるわね……)」
「(私達以外にも、侵入者が……?)」
「かかれ!」
ロゼと真知子が抱いた疑念は、当然他の者たちも持っている。だが、それを考える暇もなく、ペンタゴン兵との戦闘が始まってしまうのだった。
-ペンタゴン基地 地下1階 隊員待機所-
「まだ犯人は見つからないのか!」
「申し訳ありません」
エリザベスの怒声を受け、報告に来たペンタゴン兵が頭を下げる。
「くそっ、忌々しい……」
「まぁ落ち着け」
ソファーに座りながら苛立った様子で貧乏ゆすりをするロドネーを落ち着かせるフット。少し前、ペンタゴン基地で爆発騒ぎがあったのだ。爆発が起こったのは、ロドネーが管理している秘密工場。毒薬、毒ガス、爆発物など危険な代物を扱っている工場だが、管理は徹底しているため不慮の事故が起こる事はない。すぐに工場の調査をしたところ、明らかに侵入者がいた痕跡があった。兵士の間からも怪しい人影を見たという報告があったため、今は躍起になってその侵入者を追っているところだ。
「これが落ち着いていられるかい! ちくしょう、僕の研究成果を根こそぎ持っていきやがった……」
「でも、実際大打撃ですよねー。爆破テロや毒ガステロの計画もこれでおじゃんですし」
「なーに、そんなもんに頼らなくても地道にやっていきゃあいいんだよ。マナバッテリーの在処の見当はついているんだしな」
先の治安隊本部での戦いで、マナバッテリーが四天王の塔に隠されているという目星は付いている。いずれ四天王の塔には攻め込む。だが、その狙いを絞らせないため、各地で爆破テロや毒ガステロを起こすつもりだったのだ。だが、その計画は完全に藻屑と消えた。不満を垂れるロドネーやポンパドールとは対照的に、フットは割り切った様子だ。その時、新たな報告者が部屋の中に駆けこんできた。
「エリザベス様、報告します!」
「何だ!? 捕まえたか!?」
「外を捜索していた隊員たちがアイスフレームの連中と遭遇、現在交戦しています」
「なんだとっ!?」
その報告に目を見開く幹部たち。呼吸を落ち着かせながら、やってきたペンタゴン兵は報告を続ける。
「しかし、連中は解放戦の英雄やかつてのペンタゴン三人娘、それから刑務所や治安隊本部で提督に不敬を働いたあのランスとかいう男を始め、かなりの手練れが揃っています」
「あー、そりゃ外の連中にゃあ荷が重いな。いや、俺らにもか、かっかっか」
「何弱気な事言ってるんだい、フット!」
「げえっ、解放戦の英雄いんの!?」
「……? 珍しい反応だな」
ニヤニヤと笑うフットを叱責するロドネー。その横では、何故かルークに対し異常なまでの反応を見せているポンパドールの姿があった。彼女にしては珍しい反応であるためフットがその理由を問うが、ポンパドールはすぐさま口笛を吹いて誤魔化した。
「それと、ウルザとダニエルの姿もありました」
「……っ!?」
「ウルザが!? まさか、奴がもう一度立ち上がったというのか!?」
その報告に大きく反応を示したのはフットとエリザベス。信じられないといった様子で驚くエリザベスに対し、フットはどこか嬉しそうな、されど複雑そうな表情を浮かべていた。
「そうか、奴らが工場を……」
「どうかな。ウルザの嬢ちゃんがいるって事は、多分交渉目的だ。いきなり工場の破壊をするってのは考えづらい」
ロドネーの予想は確かに当然のもの。この状況下で外をうろついていたのなら、犯人と疑われても仕方がない。だが、フットの意見は違った。ウルザならばまず交渉から入る。
「フットの意見も判るが、現状は奴らが最有力候補だ。何としても捕らえるぞ」
「だな、だが、既に後手に回っている。今から外の加勢に行っても間に合わねぇぞ」
とはいえ、フットとてアイスフレームをこのまま見過ごすつもりはない。エリザベスの意見に同調し、その方法を仰ぐ。くるりと振り返り、報告に来た兵に質問を投げるエリザベス。
「奴らは逃げようとしていたか? それとも、向かってきていたか?」
「こちらに向かってきていました」
「なら、待っていればすぐにここにやってくる。迎え撃つぞ。残念だが、外の連中は切り捨てるしかないな」
「貴方たちの犠牲は忘れるまで忘れません、なーむー」
両手を顔の前で合わせてなむなむと拝むポンパドール。どこかわざとらしい。
「本当なら工場で待ち伏せて毒ガスで一掃したかったんだけどね……くそっ!」
「ウルザの嬢ちゃんや解放戦の英雄がいるんだ。そんなアホみたいな手には引っかからねぇだろ」
「アホみたいな手か……そうだな、ロドネー。お前は地下3階で待機しろ」
「ん?」
「地下3階まで降りてくるような連中は間違いなくお前と相性が良い」
「あぁ、そういう事。オーケー。そいつらを片付けたら上がってきて挟み撃ちにするよ」
エリザベスの作戦を理解したのか、ニヤリと笑うロドネー。そのままエリザベスは言葉を続ける。
「キングジョージは工場爆破の犯人を追っている最中か。丁度良い、そのまま遊撃に切り替えさせろ」
「はっ! すぐに知らせます」
「だな、あいつは一か所で待たせるよりも動き回らせた方が性に合っている」
「私は提督の部屋の前を守る。その少し前の通路をフット、ポンパドール、お前らに任せた」
「出来れば解放戦の英雄が来なそうな場所への配置がいいんですけど……」
「かっかっか、諦めな。行くぜ」
ポンパドールの頭をポンと撫で、フットが腰を上げる。口調は軽いが、既にその目は戦士のものに変わっていた。
「舐めるなよ、アイスフレーム。貴様らを提督には会わせない。ペンタゴンの力、とくと見せてやろう」
-ペンタゴン基地 地下2階 物陰-
「……気配が離れました。暫くは大丈夫かと」
「はぁ……ようやく落ち着けますわね」
物陰から聞こえてくる話し声。しかし、近くにペンタゴン兵はいないため彼らの存在に気が付けない。
「なんだよ、あれくらいおいら一人でも……」
「おバカ! 多勢に無勢という言葉を知らないんですの!」
不満そうにしているダークランスを叱るエミ。そのままエミは疲れた様子で床にへたり込む。
「はぁ……こんな大事になるんなら着いてくるんじゃありませんでしたわ……」
「今から帰ってもいーぞ」
「帰れるなら帰ってますわよ! 出入り口に連中がうじゃうじゃいるからここまで降りてきたんでしょうが!」
「エミ、しーっ」
怒鳴り声を上げるエミを注意するカロリア。そう、この4人が先程起こった工場爆破の犯人であった。
しばし前
-ペンタゴン基地 地下1階 秘密工場-
「なんとかここまではばれずに侵入出来たな。いやー、おっちゃんもカロリアもすげーな。なんでそこまで人の気配とか建物の配置とか判るんだ?」
「センサーの役割をするムシを入れるムシ使いは多い。儂は右耳に……」
「かろはあげはだよ」
「はーい」
にゅっとカロリアのおでこから芋虫が姿を現す。カロリアが体内に取り込んでいるあげははレーダーを持ち、完璧にとはいかないまでも建造物の構造や配置、人の気配などを察知する事が出来る。
「でも、おじちゃんの方が凄い」
「えっ? そうなのか?」
「おじちゃんのムシは、聴力がアップするだけのムシ。それなのに、レーダーを持つあげはと同じくらい気配に気が付いている」
「そうねー、よっぽど鍛錬を積んできたんでしょうねー」
「レーダー系のムシは常に出している訳にもいかんからな。儂にはこっちの方が合っていたというだけだ」
ドルハンが右耳に取り込んでいるイヤーバグは聴力がアップするだけのムシ。確かにそれだけ聞けばあげはの下位互換と勘違いしそうになるが、当然そんな事は無い。レーダー系のムシは人間界でいうところのアンテナと同じ。体内にいる間はその精度は殆どなく、本格的に使うには体内から出す必要がある。あげはがカロリアの体から一々出てくるのは、何も彼女がお喋りだからというだけではない。体内から出る事によって、その力を使っているのだ。だが、あげはは戦闘能力を殆ど持たないムシであり、常に外に出しているのは危険である。かといって体内にしまっていては、そのレーダーの役割を果たせない。
「護衛という任務についた時、常に周囲に気を張れるムシが必要だと思いイヤーバグを入れた」
「こいつのためか?」
「ああ。エミ様に救って頂いた際、この命はエミ様の為に使うと決めたからな」
「おい、聞いたか。もうちょい大事にしてやれよ」
「ああっ……もしこの状況下でテロリストたちに捕まってしまったら、わたくしはどうなってしまうのかしら……だって、だって、この場にはわたくししか魔法使いがいないんですもの! 魔法使いを憎んでいる汚らわしい連中の魔の手がわたくしにあはぁん!」
「駄目ね、聞いてないわ」
「教育に悪いからあまり見せたくないのう……」
既にトリップ済みのエミにダークランスの言葉は届いていなかった。あげはとじいさまの言葉が悲しく木霊する。ダークランスとカロリアが心配だからと着いてきたエミだが、ある意味一番心配なのは彼女自身だ。
「でも、地下にこんな工場があるなんてなぁ。この並んでるのは一体何なんだ」
目の前にあった棚に並んでいる液体の入った小瓶に手を伸ばすダークランス。瞬間、カロリアとドルハンが声を上げる。
「さわっちゃだめ!」
「触るな!」
「えっ!?」
「ひゃん!」
その大きな声にダークランスだけでなく、トリップしていたエミまで反応を示した。カロリアが手を伸ばし、ダークランスが取ろうとしていた小瓶を手に取り、その中の液体を数滴自分の掌に落とした。
「やっぱり。これ、猛毒。かろでもぴりぴりする」
「えっ!?」
「何していますの! すぐにお捨てなさい! 急いで手も洗わないと……」
「かろは平気。でも、普通の人だったらこれ、触っただけで死にかねない」
「……こちらのガスは脳構造を崩壊させて狂わせる代物、こちらの液体は口にすると病気になる代物ですな」
心配するエミに大丈夫だと答えるカロリア。ムシ使いは毒に強い体勢を持つため、この程度の毒ならば問題ない。だが、普通の人間はひとたまりもない恐ろしい代物だ。同じくムシ使いのドルハンも冷静に工場の中の物を手に取る。どれもこれも恐ろしい代物ばかりだ。
「これが二級市民のやりかたですの? 腐っていますわね……」
「……違う」
「えっ?」
「おいら、間違えたかもしれない……ランスはどうか判らないけど、とーちゃんやロゼや真知子ねーちゃんがこんな組織に協力してるとは思えない……」
大きな組織にランスがいると当たりをつけてペンタゴンに潜入したダークランスだったが、ルークもランスと共に行動をしているはず。どんな理由があろうとも、ルークがこのような代物を許容するとは思えない。そう考えたダークランスは、自らの先走りを後悔した。
「無駄足って事ですわね。仕方ない、さっさと帰りますわよ……って、何を剣を振りかぶっているんですの!」
「ここの毒薬、全部ぶっ壊す!」
「剣で割ったりなんかしたら毒薬が跳ね返りますわ! ガスなんかどうするつもりですの!!」
「はーなーせー!」
無謀にも剣で毒瓶を破壊しようとしていたダークランス。慌てて取り押さえるエミと、じたばたともがくダークランス。いつの間にやら二人とも声が大きくなってしまっている。
「二人とも、そんなに騒いじゃ……」
「……遅かったようだ。足音がこちらに近づいてくる」
ドルハンの右耳は確かにその音を捉えていた。まだ距離はあるが、物音に気が付いたのだろう、こちらに駆けてくる音が聞こえる。
「なんですって!? は、早く逃げますわよ!」
「でも、この毒は……」
「……仕方あるまい」
そう呟いたドルハン。見れば、いつの間にか左足の脛の辺りが奇妙に盛り上がっている。突起物のような先には穴があいており、そこから小さな白い球体がボコボコと産み落とされていた。
「おじちゃん。それ、もしかして……」
「エミ様、ここをこのまま野放しにするのも危険かと。奴らの狙いは魔法使いの殲滅。この毒ガスによっていずれエミ様にも危険が及ぶ可能性が……」
「判ってますわよ! わたくしに命令を許した覚えはないわ!」
「申し訳ありません……ですが……」
「……仕方ないですわね」
相変わらずドルハンには態度が厳しいエミだが、この工場を野放しにするリスクは彼女も重々承知していたのだろう。
「さあ、いきますわよ」
「おい、結局放っておくのかよ!」
「そうじゃありませんわ。近接戦闘しか能の無い脳筋のおガキ様は黙って見ていなさい」
真空斬を使えるから脳筋じゃないと反論しようとしたダークランスだが、その口をエミが塞ぐ。そのまま工場の出入り口まで下がったエミ達は工場の中を振り返る。
「とくと見なさい。魔法使いの実力と偉大さを。雷の矢!!」
エミの放った魔法は一直線に進み、先程ドルハンが産み落とした白い球体にぶつかる。直後、その球体が爆発した。
「うわっ!?」
「やっぱり! マインレイヤーバグの卵!」
そう、先程ドルハンが産み落としたのはマインレイヤーバグと呼ばれるムシの卵。その卵は強い衝撃を与えるか、一定時間経つと小規模の爆発を起こす。エミの放った雷の矢で着火した卵は爆発を起こし、その衝撃で近くにあった卵も次々と誘爆していく。あっという間に工場の中は火で包まれた。
「すっげー……」
「ふふん、わたくしの凄さがようやく判ったようですわね」
「いや、すげーのはおっちゃんだし。お前の使ったの、ただの初級魔法だし」
「むきーっ!」
「口喧嘩してないで、早く逃げないと捕まっちゃう……」
カロリアとドルハンに促され、ペンタゴン兵が来る前になんとか逃げ遂せたダークランスたち。逃げる最中、もう一つ爆発物を取り扱う工場を発見したため、ついでに破壊しておいた。しかし、その事がペンタゴンの更なる怒りを呼び、現在の逃亡劇へと繋がるのだった。
現在
-ペンタゴン基地 地下2階 物陰-
「気を付けろ、そこに落とし穴があるぞ」
「おっと」
物陰で休んでいたダークランス一同。うろうろと歩いていたダークランスの目の前に落とし穴の罠があったため、注意を促すドルハン。
「なんか落とし穴の多い基地だな」
「でも、下にとげとげがある訳ではないみたい。ただ下に落とされるだけの罠」
「それなりの高さがあるから、油断していたら結構なダメージにはなりますわね。今度奴隷観察場に取り入れようかしら」
カロリアがあげはを出して落とし穴の下の構造を探る。かなり広い部屋。恐らく地下3階。しかし、落とし穴の真下にとげのような罠は無い。落とされても多少痛いだけで死には直結しなそうだ。
「このまま暫く身を潜めて、出入口の辺りの警備が落ち着いたら隙を見て脱出するしかありませんわね。ランスがいないのでしたら、ここに留まる意味はないですし」
「……エミ様、あちらから複数の足音が近づいてきます」
「なんですって!? それじゃあ、早く逃げないと」
地下1階へと繋がる階段の方から多くの足音が降りてくる音。恐らくペンタゴン兵だろう。ドルハンの報告を聞き、慌てて逆側に駆けだそうとする一同。しかし、すぐその足が止まる。
「だめ、こっちからも足音が……」
「さっき撒いた連中か!」
「どうするんですの!? このままだとわたくしたち、気持ちい……じゃなかった、恐ろしい拷問を受ける事になりますわよ!」
ここまで何とか逃げ遂せてきたが、流石に万事休す。相手の方がこの基地では勝手知ったるといったところか。
「……娘、落とし穴の下に危険な罠はないのだな?」
「うん……おじちゃん、もしかして……」
「それしか方法はあるまい。エミ様、儂に捕まってください。小僧と娘もだ」
「えぇっ、ドルハンに触るなんて汚……」
「言ってる場合じゃねーだろ! それに、おっちゃんは汚くねーよ!」
げし、とエミの尻を蹴飛ばし、落とし穴の前に立つドルハンの体に密着する三人。
「しっかりと捕まっていてくだせぇ」
そして、そのまま一歩歩みを進めた。パカリと床が開き、落下する四人。エミが悲鳴を上げそうになるよりも一瞬早く、ドルハンが左腕を高々と上げた。ボコりとその腕から六枚の羽根を持ったムシが姿を現し、その羽を高速で動かして落下速度を緩める。
「ひっ……」
「すげぇ! 空飛んだ!」
「流石に四人分の体重は支えられませんが、落下の衝撃は緩められます。下に降りたらすぐにまた隠れますぞ」
「あげは、準備」
「はいはーい」
腰のあたりにしがみ付いたカロリアが額からあげはを出し、地下3階の構造を調べて安全そうな場所を探る。探索はあげはに任せ、カロリアはジッとドルハンを見上げた。
「おじちゃん、やっぱり凄いね。かろ、まだ半人前だから……」
「なら、儂と共にいる間に少しでも吸収しろ。最早この世に同胞はいない。先達からムシの扱い方を吸収するのは今を持って他ないぞ」
「……うん!」
ダークランスたちの逃亡劇はまだまだ終わりそうにない。
-ペンタゴン基地 地下1階 通路-
「森の中にこんな施設が……」
「いや、あたしらがいた時よりも大分立派になってるぜ」
「ネルソン……見栄っ張りだから……」
捕まえたペンタゴン兵に道案内をさせ、森の中の秘密基地へと辿り着いたルークたち。シャイラが驚いたように基地の天井を見上げ、シャイラがコンコンと壁を叩く。大分しっかりとした作りだ。相当の金を掛けたのだろう。セスナの言う見栄っ張りという評価は存外当たっているのかもしれない。
「まあ、有効な手段でもあるけどね。拠点がみすぼらしいレジスタンスと立派なレジスタンス。どっちに入りたいかって話よ」
「あー、成程ですかねー」
「そういう意味では、決して無駄な出費という訳ではありませんね」
ロゼの言葉に納得するトマト。真知子の言うように、一見無駄な出費に見えるが決してそうではない。レジスタンスになろうとしている二級市民たちは、基本的にまともな教育は受けていない。見た目を豪華にする事は判りやすく力を誇示する事となり、かなりの効力を発揮するのだ。
「よっと」
「ぐあっ……」
入口を守っていたペンタゴン兵をルークが斬り捨てる。これで先を守る物はいなくなった。
「がはは! では先に進むぞ」
「待って、罠があるかもしれないわ。先頭を歩くなら私が……」
「そうですね、ネルソンならそれくらいやっていてもおかしくありません」
ランスが気分よく進もうとしたが、かなみが待ったをかける。ここは野生のダンジョンではなく、人工の秘密基地。どんな罠があるか判ったものではない。先頭を歩くのならば、罠に特化した自分やシトモネが一番。ウルザもそれに同意し、小さく頷く。すると、パットンが近くに倒れ込んでいたペンタゴン兵の体を起こしあげた。
「よお、どんな罠があるか教えてくれねぇか?」
「だ、誰が……」
「じゃあ死ね」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「おいおい……」
当然、殺したのはパットンではない。後ろから近付いてきたランスが持っていた剣で斬り捨てたのだ。
「こいつはハズレだ、次」
「仕方ねえな……おい、どんな罠があるか教えてくれねぇか?」
「ひっ……」
今の光景を見ていたのだろう。近くに倒れていたペンタゴン兵が近づいてきたパットンを見て悲鳴を上げる。いや、正確にはその背後で剣を構えているランスに対して怯えていたのだが。
「て、天井を見ながら進めば良いんだ」
「天井?」
「ほ、ほら。灯りがついている通路と、ついていない通路があるだろう」
「あ、本当だ」
ペンタゴン兵の言うように、天井には灯りが消えているものがいくつかあった。
「灯りがついている場所の真下には落とし穴がある。だから、灯りがついていない通路を歩けばいいんだ」
「成程! よーし、行くぞ!」
「はい、ランス様!」
「あ、ちょっと待って! 真偽を確かめてからじゃないと……」
かなみの制止を待たず、一歩踏み出してしまうランスとシィル。瞬間、その床がパカリと開いた。
「ぎゃぁぁぁぁ……」
「あーれー……」
「ランス! シィルちゃん!!」
落下していくランスとシィル。マリアを始め、一同が一斉に落とし穴の方に駆けよる中、ルークはすぐさまペンタゴン兵の胸に剣を突き立てた。
「ぐふっ……ごぽっ……」
「逆か?」
「……ペンタゴンに……栄光あれ……」
血を吐き出し、絶命したペンタゴン兵。それを見下ろしながらパットンが口を開く。
「大した忠誠心だ」
「ルークさん! やっぱり逆です! 灯りのついていない通路の真下に落とし穴があります」
「やられたな……」
すぐさま真偽を確認していたかなみがそう報告する。ランスはペンタゴン兵の罠にまんまと引っかかってしまったのだ。
「ランスー! シィルちゃーん! 大丈夫ー!?」
「……だいじょ……す……」
「……早……迎えに……い」
「声が遠くて聞こえにくいですが、多分大丈夫のようですねぇ」
「ほっ、よかっただす」
マリアの呼びかけにシィルとランスの声が返って来る。タマネギの言うように、大した怪我は負っていないようだ。胸を撫で下ろすロッキー。
「ランスだけは死んでても良かったのに」
「同感」
「残念だ」
「……聞こ……たぞ……志津……プリ……じじぃ……後で覚え……」
「ふっ、存外元気そうだな」
志津香、プリマ、ダニエルの三人の悪態を聞き逃さないランスの地獄耳に思わず微笑む殺。ことのほかランスの事が気に入っているようだ。
「ルーク、放っておいてもいいんじゃない?」
「流石にそうもいかんだろ。他に落ちた奴はいるか?」
志津香の物言いに苦笑しながら、ルークは周囲を見回す。流石にそんな奴はそうそういるはずがない。
「隊長、ルシヤナが普通に落ちましたー☆」
「トマトさんもランスさんたちとほぼ同時に落ちていましたね……」
「バーナードがいねぇ! あいつ、私たちに心配は掛けまいと無言で落ちやがった!」
割といた。頭を抱える一同と爆笑するロゼ。
「ウルザ、ひとまずグリーン隊は……」
「そうですね」
ルークはウルザに判断を任せる。普段はブラック隊のリーダーとして行動を決めるルークだが、今は更にその上の立場のウルザがいる。
「グリーン隊は一度下に降りてランスさんたちと合流してください」
「まあ、落ちた人数がグリーン隊の方が多いし、何より隊長が落ちてるからね」
「はぁ……結局あいつの行動に振り回される訳か……シィルも大変ね」
「いや、案外シィルちゃんも天然よ」
ため息をつくプリマ。ランスと共に行動するようになってから、常に振り回されっぱなしだ。一番の被害者であるシィルに同情するが、それは違うと口にするのは志津香。長い付き合いだからこそ判る。シィルがランスに振り回されているのは事実だが、案外シィルも天然だ。
「そうなると、この穴に落ちるのが早そうですね」
「そうだな。その後はどうすればいい?」
「このフロアまで上がってきてください。私たちはこのフロアの奥に進みます」
「了解だ。すぐに合流するから、先に進んでてくれ」
「ああ、任せた」
割と豪胆な提案をするリズナと、それに同意するパットン。一部の隊員が本気かという表情を浮かべているが、落ちても死なない事は実証済み。合流するにはこの方法が一番手っ取り早いのは確かだろう。ルークもそれに同意し、頷く。
「よっしゃ、いくぞ」
「ひぃぃ……怖いだす……」
「本当に大丈夫なのかしら……」
「なーに、最悪下で俺が支えてやるさ」
そう言い残し、覚悟を決めて次々と穴に落ちていくグリーン隊の面々。ブラック隊からも2人程尊い犠牲者を出してはいるが、立ち止まる訳にはいかない。何せここは相手の基地内部、目的は速やかに達成しなければならない。
「それで、俺たちはこのフロアを進めばいいんだな?」
「はい。私がいた頃は、このフロアよりも下はありませんでした。恐らく、階下は倉庫目的で使っていると思われます。ネルソンや幹部たちの部屋があるのは、恐らくこのフロアです」
「了解だ、行くぞ」
「これ以上落ちるなよ。付き合いきれんぞ」
「まあ、このメンバーなら大丈夫でしょ。少しだけ怪しいのもいるけど」
「おい、あたしらを見ながら言うな!」
「かつての汚点は一生ついて回るのね……」
先程ウルザはパットンにこのフロアを進むと告げていたため、その理由を問うルーク。ウルザの予想は当たっている。ネルソン他幹部の部屋はこの地下1階フロアにある。ダニエルと志津香のどこか棘のある言い回しにシャイラとネイが文句を言いつつ、一同はフロアを先に進んでいった。
-ペンタゴン基地 地下2階 通路-
「よっと……」
「あんがと。でもパンツ見えたやろ、後で金貰うで」
「そりゃないだろ……」
最後に降りてきたコパンドンをパットンがキャッチし、これにてグリーン隊の面々が全員地下2階フロアへと降り立った。コパンドンがきょろきょろと周囲を見回すと、グリーン隊に交じってトマトとバーナードの姿が見えた。
「不覚……トマト一生の不覚ですかねー……何故ルークさんと離れ離れになってしまったですかねー……」
「振り返らないのがプロの鉄則だ」
「いや、振り返って反省しろよ☆ 射るぞ☆」
泣きながら跪いて床を叩くトマトと、対照的に腕を組みながら仁王立ちをしているバーナード。そんなバーナードにメガデスが辛辣な言葉を投げるが、ある意味当然と言えよう。
「まあ、こっちはどうでもええわ。で、ランスはどこや?」
「それが……」
「ん? なんかあったんか?」
「更に下のフロアに落ちたみたいです。シィルちゃんも一緒に……」
マリアの指差す先には、穴の開いた床があった。天井を見上げると、灯りがついていない。どうやらこのフロアにも落とし穴があり、ランスとシィルは更に下に落ちたようだった。
「天丼はボケの基本。流石ランス、恐れ入るわー……」
「本気で言っているなら恋は盲目、そうでなければ最大限の皮肉ですね」
しげしげと穴を見つめるコパンドンと、クスリと不気味に笑うタマネギ。果たしてコパンドンの真意はどちらか。
「となると、もう一回落ちんとな。今度は一番に行くで、とりゃ!」
「やれやれ」
「…………」
「だから無言で落ちないでくださいって」
ランスと合流すべく、コパンドンと殺とバーナードがまず穴に落ちる。パットンは先程最初に降りて皆を支えていたため、今度はそれをしなくていいのかと口を開く。
「おいおい、降りるなら俺が下で……」
「見つけたぞぉぉ!!!」
「っ!?」
突如、通路に怒声が響き渡った。皆が穴に注目していたため、接近する者たちへの反応が遅れたのだ。驚き振り返れば、迫る巨体がそこにいた。強烈なぶちかましを受け、されどパットンは足を踏ん張りその場から動かずに相手を睨み付ける。
「よぉ、久しぶりだな」
「お前らか! ロドネーの工場を破壊したのは!」
「はぁ? 何のことだ?」
「いや、いい! お前、殺す! あの時の決着をつける!」
パットンに突進を仕掛けてきたのは、ペンタゴン幹部のキングジョージであった。治安隊本部での戦いの際、パットンとは少なからず因縁を持っている。工場爆破の犯人捜索に当たっていた彼は、そのまま遊撃部隊として基地内を回っていた。そして偶然、パットン達を見つけたという訳だ。その目には最早パットンしか映っていない。
「キングジョージ様! 我々の使命は奴らの捕縛……」
「他の連中は任せる。俺はこいつをやる!」
「駄目だ、こうなったキングジョージ様はもう提督の言葉しか通じん。俺らで他の連中を片付けるぞ」
「元々そのつもりだ。覚悟しろ、アイスフレーム!」
遅れてやって来たキングジョージの部下たちはすぐさま説得を諦め、マリアたちに視線を向ける。剣兵に弓兵、中々の数が揃っている。
「とりあえずお前らは下に降りろ。こいつの相手は俺がする」
「えっ!?」
「あいつを放っておく訳にはいかねぇだろ。来なきゃへそ曲げるぞ」
「確かに……」
パットンの物言いに驚いたマリアだったが、確かに助けに来た人数が少なければランスはへそを曲げそうだ。
「まあ、あれだ。俺はこいつだけで手一杯になりそうなんで、少しで良いから手練れを置いていってくれ。相手の数が多いから、出来れば全体攻撃を使える奴がいいな。それと、その護衛を出来る前衛」
「となると魔法使いよね……シィルちゃんは下だし……私はもう魔法は……」
キングジョージと対峙しながら、割と余裕を見せつつ注文を出してくるパットン。全体攻撃となればやはり魔法使い。だが、シィルは既に下に落ちているし、マリア自身は以前のフィールの指輪騒動で魔力を殆ど失っている。物理的な全体攻撃要員であるコパンドンと殺も既に下だ。チューリップで複射する事も可能だが、やはり魔法使いに比べると巻き込める数が劣る。
「火爆破!」
「ぐぁぁぁぁ!!」
その時、火柱がペンタゴン兵を包み込んだ。悲鳴が聞こえる中、薙刀を構えた女性が凛と構える。
「私が使えます」
「そうか! リズナさんも魔法を使えるんだった!」
グリーン隊にはシィルやマリアといった優秀な後衛が揃っていたため、リズナを前衛に回していた。だが、リズナは前後衛どちらもこなす万能型。状況に応じて、このように後衛に回る事も出来る。その横からスタッと剣を構える影。トマトだ。
「それじゃあ、前衛はトマトにお任せですかねー!」
「負担がでかくなると思うが、良いのか?」
「本音を言うと、これ以上ルークさんと離れたくないですかねー! 地下3階とか行きたくないですかねー!!」
「成程。だが、この二人なら文句ねえぜ」
トマトの本音に苦笑するパットンだったが、まあ気持ちは判らなくもない。それに、この二人ならば戦力としては十分だ。
「ほら、さっさと行きな」
「気を付けてください」
「嬢ちゃんたちもな」
落とし穴に落ちていくマリアたちを見送りながら、パットンは再びキングジョージと対峙する。
「さて、やるかい?」
「がぁぁぁぁ!!」
キングジョージの武器である鉄針とパットンの手甲がぶつかりあい、けたたましい音が通路に響いた。瞬間、トマトも飛び出し、リズナも詠唱を始める。
「さっさと蹴散らしてルークさんと合流ですかねー!」
「負けません!」
「怯むな、かかれっ!!」
-ペンタゴン基地 地下3階 大倉庫-
「あたた……」
落ちた際に尻もちをついたマリアは痛むお尻を擦りながら立ち上がる。目の前には、先に降りたメンバー。だが、明らかに人数がおかしい。多すぎるのだ。そして、すぐに気が付く。ランスたちもまた、ペンタゴン兵たちと対峙していた。
「ははは! やっぱりお前が落ちてきたか! まさか2度も落とし穴に引っ掛かる馬鹿がいるなんてねぇ!」
「なんだとぉ! 貴様、殺されたいらしいな!」
「ランス様、落ち着いてください……」
「判りやすい挑発やなぁ」
落とし穴の先にいたのは、エリザベスから命を受けてここに待機していたロドネーと多数のペンタゴン兵。直接的な戦闘力はキングジョージやフットに劣るが、ロドネーには搦め手がある。そして、その手段が特に有効な相手は……
「君らのような馬鹿だって事さ! ははははは!」
「おい、勝手に混ぜるな。私たちは巻き込まれただけだ!」
「えーい、うるさい!」
「ひゃん!」
自分は馬鹿じゃないと主張するプリマの胸を揉みし抱き物理的に黙らせるランス。半泣きのプリマを他所に、挑発をしてくるロドネーを睨み付ける。
「馬鹿という方が馬鹿だ。お前はこの極太マジックで額に馬鹿と書いたうえで殺してやろう」
「その発想が馬鹿の極みだね。でも、死ぬのはお前らだよ」
そう言いながらマントを翻すロドネー。そのマントの裏には、大量の試験官が取り付けられていた。瞬間、バタンという音がする。ランスたちが落ちてきた穴の閉まった音だ。
「治安隊での戦いは僕の本気じゃあない。密閉された空間でこそ、僕は力を発揮するのさ!」
-ペンタゴン基地 地下3階 小部屋-
「なぁ、争う声がするって、おいらたちを追っかけてきた連中は誰と争ってるんだ?」
「いいから静かにしてなさい。どちらにせよ、わたくしたちには不都合な相手ですわ。ここに隠れてやりすごすのよ」
地下3階に隠れていたダークランスたち。一早く誰かが口論する声をドルハンとカロリアが察知し、こうして身を潜めていたのだった。
「んー……かなりの人数がいる事は判るけど、誰がいるかまでは判らない。かろ、耳はおじちゃんほど良くないし」
「…………」
あげはレーダーで状況を探るカロリアに対し、ドルハンは一筋の汗を流していた。聴力に特化した彼の右耳は、確かにあの男の声を拾っていた。
「(いる……あの男が……だが、この状況で会わせるべきか……エミ様にも危険が及ぶ。それに、本人が覚悟しているとはいえ、この小僧に復讐の道を歩ませて良いものか……)」
「なぁ、おっちゃん。何か聞こえたか?」
純粋な疑問をぶつけるダークランス。その目を見据えながら、ドルハンの頬を流れていた汗は静かに床へと落ちるのだった。
-ペンタゴン基地 地下1階 通路-
「ぎゃぁぁぁ! ハズレ引いたぁぁぁ!!」
「うるせーぞ、ポンパドール」
ゼス博物館に展示されている『おかゆフィーバーの叫び』のようなポーズで叫んでいるポンパドールを横目に、フットは口に咥えていたパイプから煙を立ち昇らせる。
「ああ、まだ良い」
武器を手に取って構えようとする他のペンタゴン兵たちを手で制し、フットは目の前に立つアイスフレームの面々、とりわけその中心に立つ人物をその目で見据える。
「よう。爺さんに肉体労働させて、お前さんらしくないぞ」
「フット……」
「儂なら構わん」
「相変わらずウルザには優しいねぇ」
「…………」
古巣であるペンタゴン基地に乗り込んでも、これまで毅然とした態度を取ってきたウルザとダニエル。だが、フットを前にして明らかに態度が変わる。そしてそれは、二人だけではなかった。
「おっさん……」
「…………」
「よう、三人娘。相変わらずやかましそうだな」
シャイラとセスナも悲しげな瞳でフットを見つめる。遂にこの時が来てしまった、そんな悲観した目だ。一度息を呑み、ネイが口を開く。
「ねえ、フット。ネルソンのところへ案内してくれない?」
「提督のとこに行って、どうするつもりだい?」
「それは……」
「今している事がどれ程愚かな事か、説得をします」
ネイに代わり、ウルザがその問いに答える。そのウルザの顔を真っ直ぐと見据えながら、フットは問いを続けた。
「応じなかったら?」
「それは……」
言いよどむウルザ。一度ため息をつき、フットは視線を横にずらす。戦闘方面でのリーダーであろう、解放戦の英雄。ルーク・グラントに。
「お前さんはどうなると思う?」
「戦闘は避けられないだろうな」
「だよなぁ……いや、もう始まっちまったっていう方が正しいのかねぇ……」
「そうかもしれんな」
ここに来るまでに多数のペンタゴン兵たちを捻じ伏せてきた。それに、階下から戦闘の音も微かに聞こえてきている。恐らくランスたちもペンタゴン兵と衝突したのだろう。
「でも、ネルソンが応じてくれれば戦闘は止まるわ!」
「応じると思うかい?」
「それは……」
「……だよな。だったら、ここを通す訳にはいかねぇな」
コキコキと首を鳴らし、静かに武器である錨を構えるフット。それに呼応するように、後ろに控えていたペンタゴン兵たちも武器を構えた。
「フット……」
「悪いな、ウルザ。俺は男だ。受けた恩はきっちり返さなきゃ気が済まねえのさ」
「ネルソンに……?」
「ああ。俺は提督に救われた。肉体的って事じゃなく、まあ精神的にな。ああ、こんな道もあるのかってな」
パイプを放し、口から煙を吐き出すフット。多くは語らない。経緯など、語る必要もない。そう言わんばかりの口ぶりだ。
「だけど、ネルソンのやっている事は間違っているわ!」
「提督の全てが正しいと思っちゃいないさ」
「えっ!?」
思わぬ反応に驚いたのは、こちら側よりもむしろペンタゴン側。フットの後ろに控えている者たちはさして動じていないが、ポンパドールの後ろに控えている兵たちはざわざわと動揺している。どうやらフットの部下たちは薄々フットのスタンスに勘付いていたようだ。それでもなお、フットについてきた。
「でもな、ここまで来たらもう後に引く事は出来ねぇ」
「止めて……戦いたくない……」
セスナが絞り出すように声を出す。だが、フットは首を横に振る。
「やらなきゃならねえ、ここまでこじれちまったんだからな。俺は提督の目指す世界を作りたい。その為にゃ、方法は何でもいいんだ。間違っていると思っても、その世界が作れるなら進むしかねぇんだ。だが、お前さんたちはその方法は駄目だという。じゃあぶつかるしかねえだろ」
「間違った方法で進んでも、国は滅びるだけだわ!」
「じゃあ、ウルザ。お前さんは今、前に進めているか?」
「っ!?」
ウルザの反論にフットはスッと悲しげな視線を送る。言葉に詰まるウルザ。アイスフレームのリーダーとして、活動は続けている。だが、本当に今自分は前に進めているのか。言い返せない。自信が無い。私はまだ、家族を失ったあの時から一歩も前に進めていないのではないだろうか。
「例え間違っていようと、多くの犠牲を生んでいようと、提督は前に進んでいる。ウルザ、立ち止まっちまったお前さんとは違う」
「私は……」
「お前さんには出来ない事を提督はしている。それだけで俺が提督につく意味、提督と共に戦う意味がある」
「フット……」
「辛かったのは判るぜ。だけどよ、それでもお前さんは進まなきゃいけなかった。それが、上に立つ者の責務だ」
家族を失い、自らも大怪我を負った。だがそれでも、ウルザは前を向いていなければいけなかったとフットは口にする。心だけは折れてはいけない。だが、ウルザは折れた。そのウルザに、未だ進み続けているネルソンを否定する資格は無い。
「理解は出来るな」
「ルークさん!」
「おい!」
それまでフットの言葉を聞いていたルークが静かに漏らす。それは、ウルザを擁護する言葉ではなく、フットの意見に賛同する言葉であった。驚いた声をあげるかなみとシャイラ。だが、ルークは言葉を続ける。
「だがそれでも、あんたはネルソンを止めるべきだった」
「……後悔が無い訳じゃあねぇさ。もしあの時俺が進言していたら、あの時もうちょい手心を加えてりゃあ、ここまでペンタゴンも過激派にならなかったんじゃないか。毎日のように思っている」
「…………」
「だがそれでも、動き出しちまったんだ。進むしかねえんだよ。今の状況だって最悪だ。こっちは碌な戦力もねえ。目の前には解放戦の英雄、かつてのペンタゴン八騎士が二人、エース格だった三人娘、他にもより取り見取りの精鋭たち」
治安隊本部の戦いで少なからずルークたちの実力は目の当たりにしている。ハッキリいって、この状況下では勝ち目は薄い。それ程までに相手は精鋭揃い。
「だけどよ……ここで止まる訳にはいかねぇんだよ!」
「……成程、似ているな」
その言葉を聞き、ルークは何かを確信したように言葉を発した。そしてそのまま剣の切っ先をフットに向ける。
「ルーク!」
「やっぱり……戦うしかないの……?」
「ああ。そうじゃなきゃ、こいつは止まらない。全員、構えろ」
セスナの問いにハッキリとそう答えるルーク。そんなルークを見据えながら、フットはある問いを投げた。
「似ているってのはどういう意味だ? さっき呟いただろ」
「言葉通りの意味だ。お前に良く似た相手を知っている。その男も、自らの道が間違えていると思いながらも、忠誠を誓う主の為に決して止まる事が無かった」
「へぇ……」
ルークの脳裏を過ぎったのは、かつて対峙した人類最強の戦士。
『ここで止まる訳にはいかんのじゃぁぁぁぁ!』
病に侵され、肉体は傷つき、なおもルークの前に立ちはだかった強敵。ルークはまだ、あの男の立っていた位置にまで至れていないという自覚もある。
「フット、お前ここで死ぬ気だな」
「っ……!?」
「まあ、負けた方はそうなるだろ。全力で対峙するって事は、そういうこった」
ルークの問いかけに当然だとばかりに答えるフット。敵対する組織同士の殺し合い。それが今の状況だ。
「させないぞ」
「何?」
あの時も、生かしたいと思った。未来のため、出来れば死んで欲しくない人物だった。
『ふん、ワシを生け捕りにでもするつもりだったのか? 甘いわ!』
『そのようだな……これ以上未練を持って戦えば、今度こそ殺されかねん』
だが、それを成すには力が足りなかった。自分よりも格上の相手を生け捕る事は叶わず、全力で殺すしか道は無かった。だが、今は違う。目の前の相手も紛れもない強者。だが、それを理解してもなお事を成すだけの力と自信が今はある。
「ゼスの未来のため、お前はここで殺さない。生け捕りにさせて貰う」
「なっ!?」
どこか清々しい顔でハッキリとそう口にするルーク。周囲の者がその宣言に驚く中、遥か彼方、異世界にいる魔王だけが静かに笑った気がした。
[その他]
イヤーバグ
聴力を上げるムシ。センサーバグの下級ムシとされているが、センサー型と違い常に効力を発揮できるという利点もある。ドルハンは右耳に取り込んでいる。
センサーバグ
多種多様なセンサー持つムシ。かなりの効力を発揮するムシだが、アンテナのように外に出さないと最大限の効力を発揮出来ないという弱点も持つ。カロリアが取り込んでいる『あげは』はこのムシに当たる。
ニードルバグ
毒を生成し、針攻撃を行うムシ。ムシ使いの扱うムシの中でも最上級に厄介なのがこのムシだ。カロリアが取り込んでいる『毒やん』はこのムシに当たる。また、ドルハンも左肩に取り込んでおり、女の子刑務所の戦いではカオルを毒に追いやっている。
ガードバグ
自らを巨大な盾として宿主を守るムシ。カロリアが取り込んでいる『じいさま』はこのムシに当たる。また、ドルハンも右肩に取り込んでいる。
マインレイヤーバグ
爆発する卵を生み出すムシ。爆発自体は小規模だが、複数の卵を誘爆させればそれなりの威力になる。ドルハンは左足に取り込んでいる。
フライングバグ
短時間だが空を飛ぶ事が出来るムシ。基本的にはムシの羽で飛ぶため羽音が鳴ってしまい、隠密行動には向かない。ドルハンは左腕に取り込んでいる。
[状況おさらい]
【地下1階 通路 VSフット・ポンパドール隊】
ルーク、ロゼ、志津香、かなみ、真知子、シトモネ、セスナ、シャイラ、ネイ、インチェル、珠樹、ナターシャ、ウルザ、ダニエル
【地下2階 通路 VSキングジョージ隊】
パットン、リズナ、トマト
【地下3階 大倉庫 VSロドネー隊】
ランス、シィル、マリア、ロッキー、コパンドン、プリマ、メガデス、タマネギ、殺、ルシヤナ、バーナード
【地下3階 小部屋 潜伏中】
ダークランス、カロリア、エミ、ドルハン