ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第180話 最後まで共に

 

-ゼス 治安隊本部 14階-

 

「(おいおい、マジかよ……)」

 

 武器のぶつかり合う音を四方から聞きながら、その男は心の中でそう言葉を漏らす。ペンタゴンの中で事態に一早く気が付いたのは、ペンタゴンに入る以前から傭兵としてその身を戦場に置いて来ていたフットであった。

 

「どうした? もうおしまいか?」

「がはははは! 相手にならんな!」

 

 迫りくるペンタゴン兵を次々と屠っていくアイスフレームの面々。中でも先頭に立つあの二人は物が違う。剣を構えたままそう問うルークを前に、思わずペンタゴン兵の足が止まる。気圧されているのだ。だが、無理もない。何せ相手は解放戦の英雄。潜り抜けてきた修羅場の数も、戦闘力も、ただの構成員が太刀打ちできるものではない。だが、もう一人の男の強さもまた異常。女の子刑務所で見た時はただ威勢の良い坊主程度にしか思っていなかったが、そうではなかった。恐らくあの二人が、アイスフレームの二大エース。

 

「失礼します」

「乱戦だから狙いを絞って……チューリップ、発射!!」

「炎の矢!」

 

 カオルが得意の柔術でペンタゴン兵の体をくるりと引っくり返し、頭から勢いよく地面に叩きつける。中々にえぐい攻撃だ。後ろで見ている治安隊も思わず顔を歪めている。その後ろではマリアとシィルが遠距離攻撃で前衛を援護している。構成員たちは女と侮って正面から突っ込んでいっているが、あえなく返り討ちにあっている。当然だとばかりに舌打ちをするフット。

 

「(練度が違ぇな……)」

 

 ルークとランスの二人だけではない。この場にいるアイスフレームは精鋭ぞろい。少数精鋭なれど、総戦力ではこちらを上回っているのではないだろうか。そう思わせるだけの力量差がある。これでは幹部でもなければまともに渡り合えないだろう。

 

「キングジョージ! あの二人を止めろ!」

 

 エリザベスからの指示を受け、キングジョージがランスとルーク目がけて武器を振るった。

 

「(間違いじゃあねぇけどな……)」

 

 良い判断である事はフットも認める。これ以上あの二人を野放しにしていては、こちらの戦力が無駄に削られてしまう。そう考え、エリザベスはペンタゴン最強であるキングジョージに指示を出したのだ。そう、その判断は間違えていない。この場で勝利をもぎ取りたいのであれば、あの二人は早急に止めなければならない。見誤っているのは別の事。

 

「ん? おわっ!」

「おっと」

 

 後ろに飛びずさってキングジョージの一撃を躱す二人。直前まで立っていた床が抉られ、破片が飛び散る。それだけでキングジョージの一撃の重さが判るというもの。キングジョージは右拳にはめた武器を床にめり込ませたままギロリと二人を睨み付け、今度は左手の武器を横薙ぎに振るう。

 

「っ……」

 

 階下にまで響くのではないかという衝撃音の後、目を見開いたのはキングジョージであった。突如割り込んできた大男が自分の攻撃を右腕で受け止めていたのだ。棘の部分を上手い事防具で防いだとはいえ、あまりにも無謀。自分の攻撃は例え防いだとしても、相手の体を吹き飛ばすだけの威力がある。だからこそ、相手がその場で微動だにしない事にキングジョージは驚いたのだ。俯いていた大男、パットンがギロリとこちらを睨んでくる。

 

「痛ぇなこの野郎!!」

「ぶぐっ……」

 

 勢いよく顎の下をかち上げられる。左拳でのアッパー。キングジョージがそう理解した瞬間、それ以上の衝撃が今度は腹部を襲った。

 

「がっ……」

「うぃ」

 

 かつての仲間、セスナのハンマーがキングジョージの腹にクリーンヒットした。フルスイングから放たれたその渾身の一撃は、必殺と言っても言い過ぎではない威力を持つ。だが、キングジョージは歯を食いしばり、二・三歩程の後退で食い留まる。

 

「ぐがぁぁぁ!」

「タフだな」

 

 咆哮するキングジョージ。それを見て感心したように呟くパットンの左右から飛び出す二つの影。ルークとランスだ。キングジョージの一撃を後方に飛んで躱した二人は、パットンが間に入ってキングジョージの攻撃をガードしたのを見るや否や、すぐさま攻撃に転じたのだ。

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

 恐らくはペンタゴン最強であるキングジョージを一気に潰すチャンス。マリアの声援を受け、ルークとランスはキングジョージ目がけて剣を振るおうとする。だが、突如二人の足が止まった。

 

「ちっ……」

 

 足を止めたルークの目の前すれすれを錨が勢いよく回転しながら通り抜けていく。すぐさま視線を横に向けると、手を伸ばした形でこちらを向いているフットの姿があった。今の武器を投げたのはフットだ。もし当たっていれば、ルークといえど手痛いダメージを負っていただろう。

 

「どわっ!? 貴様、何をする!」

 

 ランスもまた、目の前に放られてきた黒い玉を上手く躱していた。床に落ちて破裂したその玉からは、毒々しい色の液体が広がっている。それを投げたのは、こちらもペンタゴンの幹部であるロドネーだ。そのロドネーにフットが目で合図する。

 

「(おめぇも気付いたか、ロドネー)」

「(気付かない訳ないだろう……ムカつくけどね)」

 

 エリザベスが見誤っていたのは、キングジョージをぶつければこの二人を止められると思った事。キングジョージが大きく息を吐き、パットンとセスナから貰った攻撃で崩れていた呼吸を整える。そして、武闘派である幹部三人がランスとルークを見据える。

 

「(キングジョージ一人でどうにかなる相手じゃないね、くそっ……)」

「(この二人を相手にするとなると、俺ら幹部全員で掛かる必要があるな)」

「……殺す!」

 

 思案する二人とは対照的に、キングジョージは武器を振りかぶって相手に突っ込んでいく。これがペンタゴン最強。相手の力量も状況も立場も関係ない。ただ提督の理想を邪魔する相手を排除する究極の猪突猛進。それがキングジョージの長所でもあり、短所でもある。

 

「やれやれ、世話が焼けるよ!」

 

 ロドネーがキングジョージを援護すべく投げた毒玉であったが、ランスたちに届く前に全て撃ち落されてしまう。突如飛んできた数え切れぬ程の矢によって。少し離れた場所に立つその打ち手は、渾身のドヤ顔をこちらに向けている。

 

「モロミちゃんスペシャル☆」

「……むかつく奴らだよ、全く!」

 

 ランスとルークの二人を倒すためには幹部全員で掛かる必要がある。それがフットの考えであったが、そうもいかない事は重々承知。背中に背負っていた新しい錨を手に取り、自身に向かって投げられたナイフを叩き落とす。カランと音を鳴らしながら地に落ちるナイフを聞きながら、フットは目の前に立つ見知った二人の手練れを見据える。強敵はランスとルークの二人だけではない。

 

「キングジョージの援護にいきてぇんだけどな……」

「おっさん……全力でいくぜ!」

「はぁぁぁぁ!」

「やれやれ、じゃじゃ馬に懐かれちまったもんだ!」

 

 シャイラの投げナイフとネイの剣を同時に錨で捌きながら、フットはどこか嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。

 

「炎の矢!」

「うわととっ」

 

 志津香の魔法をバタバタと足を動かしながら躱すポンパドール。その志津香に野次を飛ばすのは、仲間であるロゼ。

 

「やーい、また外した」

「うるさいわね!」

 

 イライラとした口調でロゼに文句を言う志津香だったが、どこか腑に落ちない。確かに乱戦であるため初級魔法での援護しかしていないが、ここまで一人の相手に魔法を躱された事があっただろうか。とぼけた顔をしているが、実はあの少女はとんでもない強者なのではなかろうか。

 

「ポンパドール様! マントが焦げてます!」

「ぎゃぁっ!」

 

 躱し損ねていたのか、もくもくと煙を上げるマントの端をバンバン叩いて火を消すポンパドール。その姿を見ながら、まさかなと自嘲気味にため息を吐く志津香。もし本当に彼女が強者ならば、とっくにキングジョージの援護に向かっているはずだ。

 

「はぁっ!」

「どりゃりゃりゃりゃ!!」

「ぐっ……がぁぁぁぁ!!」

 

 ルークとランスの攻撃を受け、苦しそうに咆哮するキングジョージ。中々のタフネスぶりだが、いずれ限界も来るはず。

 

「(このままなら負ける事はないわね……後の問題は……)」

 

 周囲を見回したロゼがそう考えた瞬間、事態は動いた。慌てた様子でこの階にペンタゴン兵が駆けこんでくる。どうやら階下から駆けあがってきたようだ。息も絶え絶え、ネルソンとエリザベスに向かって口を開く。

 

「ほ、報告します! はぁ……はぁ……ぐ、軍が到着しました!」

「なんだとっ!? 率いているのは誰だ!?」

「よ、四将軍のアレックスとサイアスです」

「四将軍が二人だとっ!? 馬鹿な……」

 

 あまりの大戦力に絶句するエリザベス。次いで、隣に立つネルソンが一度天を仰ぎ、ゆっくりと口を開く。

 

「時間切れだな……総員、撤退する」

「はっ!!」

 

 ネルソンの言葉にペンタゴン兵たちが一斉に声を上げる。その殆どが今まで戦っていたアイスフレームに執着も見せず、素早く退き始めるのだった。そんな中、執着を見せる者も僅かにいた。

 

「……ここまでなのか?」

「ああ。だが、今日のところはだよ。ふん!」

 

 キングジョージの問いにロドネーが答える。どちらもまだ戦い足りないといった様子だ。だが、提督の命令は絶対。キングジョージはパットンを見据え、左手をグッと前に突き出した。

 

「……さっきのは得意な方の手じゃない」

「あ?」

 

 何を言われているのか判らず、思わず呆けた顔になるパットン。そんな反応お構いなしといった様子で、今度は右手を前に突き出すキングジョージ。

 

「俺、こっちの手の方が得意だ」

「ああ、利き腕って事か」

「こっちだったら、お前は耐えられてない」

 

 先程パットンが耐えた一撃は左手での攻撃。利き腕じゃないから耐えられたのだと言いたいのだろう。中々に負けず嫌いな性格のようだ。ニヤリと笑い、くいくいと人差し指を動かすパットン。

 

「なら、試してみろよ」

「……次だ」

「おら、いくぞ!」

 

 キングジョージを抑えるようにフットが肩を掴み、笑いながらこちらを振り返る。

 

「じゃあな。シャイラ、ネイ、次までにもうちっと強くなっとけよ」

「あら? あんたたち、負けたの?」

「負けたよ! わりーかよ!!」

「フット強いんだからしょうがないじゃない!」

「やっぱりこちらの方が安心しますね」

 

 地面に寝転がっているシャイラとネイがきぃきぃと騒ぐ。ヘタレの方がシャイラとネイらしいという、何気に酷い事を言うシィルであったが、ここはこの二人を返り討ちにしたフットを褒めるべきであろう。

 

「おっと、逃がすか!」

「ランス隊長、追う必要はありません」

「それよりも、早く私たちも撤退しないと……」

 

 ペンタゴンに追撃を掛けようとするランスだったが、それをカオルに止められる。元々ペンタゴンと戦い始めたのは成り行きでの事。あちらが撤退をするのであれば、無理に戦う必要もない。今はシィルの言うように、自分たちも撤退するのが先決。

 

「アイスフレーム!」

 

 すると、後方から声を掛けられた。声の主は治安隊長のキューティ。アイスフレームとペンタゴンの戦いが始まった後は、展望台の端に戦えなくなった部下たちを集め、彼らを守るように立っていたのだ。既に治安隊は立つ事すらままならない者が殆ど。戦いに混ざれなくて当然だ。

 

「お、キューティちゃんか。何だ?」

「…………」

 

 唇を噛み締めるキューティ。いくらルークたちが知り合いでも、それは治安隊の長として本来口にしてはいけない言葉。だが自分の、そして部下の命を救って貰った身としては、その言葉を言わない訳にはいかなかった。

 

「……協力、感謝する」

「がはは! それならお礼は身体で……」

「ランス、流石に時間がない。行くぞ」

 

 ルークに急かされ、ランスが舌打ちをしながらも撤退すべく展望台から出て行こうとする。流石に四将軍二人というのはランスにとっても相手にしたくない敵なのだろう。今の自分たちでは彼らを捕まえる事は出来ない。何せ立っているのは僅か数名なのだから。

 

「だけど、次は必ず捕まえます!」

「ああ、期待して待っている」

 

 そうルークは言い残し、アイスフレームもペンタゴンに続いて展望台を後にしたのだった。嵐の後の静けさとはこの事か。静かになった展望台に治安隊員のため息が漏れる。戦いは終わったのだ。

 

「完敗ね……みんな、まだ気は抜かないで! まずはアレックス様かサイアス様の部隊と合流します!」

「はい!」

「キューティ隊長、私はペンタゴンを追います」

「無理はしないで、ミスリー。まずは合流が先よ」

 

 ボロボロではあるが、先程まで休んでいたお陰で動ける程度には回復した。ペンタゴンを追おうとしたミスリーであったが、それを諭すように制止するキューティ。確かにペンタゴンは追うべき相手だが、単独行動は危険すぎる。まずは軍と合流すべきだ。

 

「立てない者には手を貸してあげて!」

「(それにしても、レジスタンスもキューティ隊長の名前を知ってたな)」

「(やっぱり凄い……)」

 

 知らぬところで部下から羨望の眼差しを向けられるキューティであった。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 12階-

 

「あ、ルークさん!」

「かなみ、どうした」

 

 12階まで降りてきたルークたちの前にかなみが駆けてくる。理由はすぐに察しが付いた。

 

「軍が入ってきた事を伝えに来たんですけど……」

「がはは、情報が遅いな。とっくに知っているぞ」

「ぐっ……だ、誰が入って来たかまでは……」

「四将軍のアレックスとサイアス。残念、とっくに知ってるんだなー」

「ぐぬぬ……」

 

 ランスとメガデスの物言いに悔しそうにするかなみであったが、こちらがそれを知れたのは偶然。かなみが自分たちを心配して来てくれた事をまず労うべきだろう。すぐさまフォローを入れるルーク。

 

「ありがとうな。それで、他の皆は?」

「先に脱出しました。まだ軍が到着して間もなかったですし、包囲される前に抜けられたはずです。でも、今は施設の周りを完全に包囲されています」

「となると、簡単には脱出出来ないか……」

「帰り木じゃ駄目なのか?」

「ここで帰り木を使っても、ワープ先はこの施設の入口ね。それじゃあ包囲は抜けられないわ」

 

 パットンの問いにロゼが答える。帰り木も決して万能ではないのだ。正直、ルークたちにとってもこれ程包囲が早いのは想定外であった。出動するとしても、四将軍クラスは一人だと予想していたからだ。どうしたものかと一同が考えを巡らせる中、カオルが口を開く。

 

「こんな事もあろうかと、事前に隠し通路を調べてきてあります。ついて来てください」

「おお、やるな」

「(事前にねぇ……)」

 

 カオルの正体をルークから聞いているロゼは苦笑してしまう。どんな『こんな事もあろうかと』なのか。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 6階-

 

「アレックス様!」

「治安隊の……無事でよかった」

 

 ルークたちが隠し通路を通っている頃、キューティたちはアレックス隊と合流していた。すぐさま怪我の酷い者に応急手当てが施される。部下たちが胸をなでおろす中、アレックスとキューティは情報交換をしていた。

 

「そうですか……ガルシア本部長が……」

「アレックス様。それで、ペンタゴンの連中は?」

「各個捕縛中です。ですが、施設内に出来た爆薬で空けた穴などを使い、分散して逃走しているため、中々捕まえ切れていないのが現状ですね」

「それでは……」

「いえ、施設の周囲を軍で囲んでいます。例え施設から脱出出来たとしても、必ず外で捕まります」

 

 ペンタゴンを逃がすつもりはない。万全の状態で迎え撃つアレックス隊。そんなアレックスとキューティの会話にミスリーが割って入る。

 

「あの、私はまだ動けます。ペンタゴン捕縛に参加させてください」

「君は確か闘将の……」

「ミスリーです」

「判った、誰か彼女と一緒に行動してくれ」

 

 アレックスが部下に声を掛ける中、キューティが再度心配そうに声を掛けてくる。

 

「ミスリー、無理はしないで」

「心配しないでください、キューティ。深追いはしません」

 

 確かにミスリーは他の治安隊に比べてまだ多少の余裕がある。とはいえ、軽傷ではない。ここは無理せずアレックス達に任せるべきなのだが、どうにも先程からミスリーはペンタゴンを追いたがっているように見える。何か思うところがあるのだろうか。キューティが心配する中、アレックスの部下がこちらに駆け寄ってきた。

 

「アレックス隊長! ペンタゴンの幹部が率いている部隊を見つけたと報告が!」

「判った、僕が出る! キューティ隊長、申し訳ありませんがここに残って部下を率いてくれませんか? すぐに戻りますので」

「えっ? あっ、はい!」

 

 アレックスが数名の部下を引き連れて駆けていく。本当ならば自分もまだミスリーと共に行動するつもりだったが、この場を任されてしまったとあっては勝手に動く訳にもいかない。部下たちを治療してくれているアレックス隊の隊員に頭を下げながら、ふとキューティはミスリーがいなくなっている事に気が付いた。

 

「ミスリー……?」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 7階-

 

「がっ……あっ……」

「お見事です、サイアス様」

 

 倒れ込んだペンタゴン兵たちを見回しながらそう口にするゼス軍兵士。先程鉢合わせたペンタゴン兵を、サイアスが圧倒的な力で一網打尽にしたのだ。

 

「それが俺の仕事だからな。それよりも、しっかりと捕らえておいてくれよ」

「死んでないのですか?」

「それなりの装備をしていたそいつとそいつは殺してない。貴重な情報源だ」

 

 あれだけ派手に燃やしているように見えながら、その実しっかりと観察し、火力を調整していたのかと驚愕する兵たち。だが、サイアスは小さくため息を吐く。

 

「(本来なら全員殺さずに捕らえたいところなんだがな……)」

 

 貴重な情報源という事もあるが、二級市民の現状に同情的であるサイアスは、ペンタゴンといえど可能な限りは生かしたうえで捕縛したいと考えている。だが、今はそうも言っていられない。治安隊本部が占拠され、多くの死傷者を出し、今なおクーデターは収まっていないのだ。全員生かしたまま捕縛といった理想論に時間を掛けている余裕はない。

 

「(状況が状況だし、無茶は出来んか……)」

 

 自らが操るのは、数ある属性の中でも最も殺傷力に優れている炎魔法。国に牙を剥く者があれば、例えそれが自国の民でもいくらでも燃やし尽くす。それが、国を守護する四将軍の務めなのだから。

 

「んっ……?」

「サイアス様、あちらにも残党が……」

「……構成と数は?」

「4名。軽装なので、恐らく下っ端と思われます」

 

 報告を聞き、ふむと軽く頷くサイアス。

 

「なら、悪いがそちらは任せた。俺がいなくても十分だろう」

「えっ? サイアス様はどちらへ?」

「少し野暮用が出来た。この場は任せた」

「お一人でどこかに向かわれる気ですか!? 危険です!」

「なに、すぐに戻って来る」

 

 部下の制止を聞かず、サイアスは駆けて行ってしまう。その先に見えるのは、ある程度の地位にいる者しか知らぬ秘密の通路。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 10階-

 

「本当に誰もいない。カオルさん、よく調べてましたね」

「事前調査は大事ですから」

 

 明かりの少ない暗い通路を歩きながらそう口にするマリア。事情を知っている者は苦笑し、そうでない者は単純にカオルに一目置く。

 

「しかし、暗いな。シィル、明るくしろ」

「そんなの駄目に決まってるでしょ。そんな事したら、ゼスの連中に見つかるわよ」

 

 志津香の言う通り、この通路はアレックスやサイアスも知っているであろう通路。下手に目立つような事をすれば、たちまち見つかってしまう。だが、通路の先から突如ボッという音が鳴ったかと思うと、目の前の通路が明るくなった。

 

「ん? 何だ?」

 

 ランスはそう言って通路の先に視線を向けた。人影が一つ。手の平から炎を出し、通路に明かりを灯していた。人影を見て身構えていた一同であったが、その顔を見て自然と構えを解く者が出てくる。

 

「サイアスさ……将軍」

「はぁ……」

「ん? 何だ、敵じゃねぇのか?」

 

 かなみやマリアたちが緊張を解いたのを見て、未だに拳を構えていたパットンが不思議そうに首を捻る。サイアス将軍は確かに現状敵対する相手ではあるが、話の通じる相手である事は闘神都市の戦いで重々承知している。それに何より、ルークの旧友だ。

 

「(よかった、サイアス将軍であれば話が通じるわね)」

 

 カオルもまた、心の中で息を吐いていた。アレックスかサイアスに出会えれば、自分たちは無事に脱出出来ると確信していたからだ。千鶴子から自分の潜入の事は聞いているかもしれないし、例え聞いていなくとも自分と彼らは面識がある。察しの良い二人であれば何かあると勘付いてくれるだろうし、そうとなればこっそりと事情を話してここから脱出させて貰えばいい。そう考えていたのだ。

 

「(でも、これで無事に……)」

 

 自然とルークに視線を向けたかなみであったが、すぐに眉をひそめる。ルークの表情が今なお真剣なものであったからだ。

 

「ルークさん……?」

「…………」

 

 ルークが静かにブラックソードを抜いたのと同時に、サイアスが手の平の上の炎を消して駆けだした。

 

「えっ!?」

「おいっ!」

 

 周囲から声が上がる中、サイアスは助走をつけたまま勢いよくルークの顔に向かって炎を纏った足を蹴り上げた。対するルークもブラックソードを素早く構え、サイアスの蹴りを正面から受ける。ガキン、という金属音が鳴り響く。どうやらサイアスは足の装飾に金属か何かを仕込んでいるようだ。だからこそ、剣を蹴り上げても平然としている。

 

「ら、ランス様!」

「……はん、くだらん」

 

 睨み合う二人を前に、慌てふためく一同。パットンや志津香に至っては、既に臨戦態勢に入っていた。だが、ランスだけは慌てることなく、シィルの問いをくだらないと一蹴して耳をほじった。それと同時に、ルークとサイアスも表情を崩す。

 

「ふっ……すまんな、ペンタゴンと間違えた」

「まあ、そんな事だろうと思っていたさ」

「へ?」

 

 スッと足を地に降ろすサイアス。周囲が呆気に取られる中、サイアスはそのまま言葉を続けた。

 

「民間人の方、でよかったかな? ここは危険だから避難してくれ」

「この馬鹿二人はじゃれあってただけだ」

「えぇっ……」

 

 ランスが呆れたように口にする。何の事は無い。ルークとサイアスは久々の再会がてら、拳を合わせたに過ぎないのだ。自分たちがどれ程焦ったと思っているのかと声を漏らすマリア。次いで、志津香がルークの脛を軽く蹴った。

 

「気付いていたなら先に言いなさいよ」

「今回に限っては、文句はこの将軍様に言ってくれ」

「同罪よ」

 

 志津香の文句を受けるルークを見てサイアスは軽く苦笑し、チラリと視線をカオルに向ける。一度だけ視線を交わらせた後、すぐに視線を外して懐から魔法製品であるトランシーバーを取り出す。

 

「あー、聞こえるか。十数名の民間人を保護した。これからそちらに送る、どうぞ」

「(事情は把握している、という事でしょうかね……)」

 

 わざわざ自分に視線を向けてきたという事は、千鶴子から話は聞いているのだろうと納得するカオル。そうでなければ、いくら知人とはいえあからさまに怪しい自分たちを簡単に通したりはしないはずだ。

 

「……話はついた。この先に正規兵がいるから、保護して貰ってくれ」

「ありがとうございます、サイアスさん」

「はて、知り合いはいないはずだがな」

 

 シィルの礼に対し、わざとらしくすっとぼけるサイアス。一応、そういう体でいくという事なのだろう。そんなサイアスに対し、カオルが一つ注文を出す。

 

「あの、先程治安隊の方と少し揉めてしまったので、出来れば治安隊の方とは鉢合わせたくないのですが……」

「ああ、判った。伝えておく」

 

 民間人が治安隊と揉めたというのは少し無理のある話だが、互いにそれがただの設定である事は判っているため、深く突っ込んだりはしない。自分たちの正体を明確に知っている治安隊と鉢合わせれば、そこで問題が起こるかもしれない。それでは折角のサイアスの好意を無駄にしかねない。再びトランシーバーで部下に報告した後、サイアスはルークに向かってこんな言葉を口にした。

 

「ああ、お前は少し残れ。話がある」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 8階-

 

「この辺りにはペンタゴンはもういないようだな」

「ああ、別のところに……えっと、ミスリーだったかな? どうした?」

 

 ミスリーと共に行動していた二人の魔法兵がそんな事を話す中、ミスリーがふと壁の穴の前で立ち止まった。それを不思議そうに見る魔法兵たち。アレックスの部下であるため、魔法の効かないミスリーに対しての嫌悪感は普通の者よりも少ないようだ。

 

「あの、この穴は……」

「ああ、ペンタゴンの連中が爆弾で空けた穴だろう」

「……誰かが通った跡が微かにあります。侵攻した時の者じゃない、足跡の方向からして、後退した時のものです」

「なんだと?」

「……調べてみるか」

 

 ミスリーが見つけたのは、壁の穴へと入っていく足跡であった。明らかにここを通っていった者がいる。二人の魔法兵もそれを確認して頷き、三人で穴の先へと進んでいった。本来であれば入る事の出来ない壁の中を進み、別の穴から出る。その先には更に別の壁の穴。そんな道ではない道を通った先には、普段は大きな会議に使用している広い部屋があった。クーデターの影響で壁やら何やら破壊され、瓦礫が散らばる向こう側にその者たちはいた。

 

「お前は……」

「くっ、追いつかれたのか!?」

「あれは……」

「間違いない! ペンタゴンのリーダー、ネルソンだ!」

 

 ミスリーたちの視線の先にいたのは、ネルソン、エリザベス、ポンパドールという大物三人であった。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 10階-

 

「それで、俺だけ残したのはどういう理由があっての事だ?」

「お前の口からちゃんと確認しておきたくてな」

 

 通路の壁に背を預け、腕組をしながらサイアスがそう口にする。他の皆は先に行かせ、今この場にはルークとサイアスしかいない。

 

「大体の事情は千鶴子様……正確にはアレックス経由だが聞いた。アイスフレームに王が期待している事、カオルが潜入している事、その辺の事情だな」

「そうか」

「さっきは確認しなかったが、ここにはペンタゴンを止めに来たって事でいいんだよな?」

「ああ。キューティたちを見殺しには出来なかった」

「同じレジスタンスでありながら、過激派のペンタゴンと対立しているアイスフレームか……」

 

 一度顎に手を当て、頭の中でアイスフレームの情報を整理するサイアス。

 

「そのアイスフレームにお前も協力している、という事でいいんだな?」

「ああ、そういう事になるな」

「以前話していた下からの改革というやつか。こう言っちゃあなんだが、何もお前が協力する事もないだろう。これは俺たちの国の問題だ。それに、アイスフレームに大した義理もないんだろう?」

「まあ、確かにな。知り合いがちらほらいた程度で、正直命をかけて協力する程の義理は無い」

 

 ルークが正直な気持ちを口にする。ランスやセスナたちがいたとはいえ、やはりアイスフレームに協力するのはサイアスでなくても無謀な事をしていると思うだろう。

 

「だが、自分から王に上と下の同時改革を進言した手前な」

「それだけか?」

「そうだな……後は、今が無理してでも動くべきだと思った。そんなところか」

 

 後どれ程の猶予があるか判らないが、後十数年、いや、早ければ数年の内に魔人間の戦争は激化する。それまでに人類を纏める必要がある。多少の焦りがあったと言えば、嘘ではない。そんなルークの答えを聞き、サイアスは一度ジッとルークの瞳を見据えた。

 

「例え俺らと戦う事になってもか?」

「……ああ、その覚悟だ」

 

 暫しの静寂の後、先程と同じようにサイアスが苦笑して表情を崩した。

 

「まあ、そりゃそうか。だが、その機会はなさそうだな。何せ事情を知っちまった。余程の状況でもない限り、ガチでやりあう事は無いな」

「そうだな……アイスフレームは過激な任務は殆どない。そんな事態もまず起こらないだろ」

「ただ、雷帝だけには気を付けろよ。あの爺さんは事情を知っていてもガチでやりかねんぞ」

「それは……いや、ありえるか……」

 

 少しげんなりした声を出すルーク。強者との戦いは望むところだが、自分の若い頃を知っているカバッハーンにはやはり苦手意識がある。

 

「正直、少し期待していたんだけどな」

「何がだ?」

「お前とガチでやり合う機会だよ」

「ああ、そういえば随分と長い事やってなかったか」

 

 もう随分と前、出会って暫くの間は稽古がてら真剣にやり合う事もあった。だが、ルークが魔人界に飛ばされてから一度もサイアスとは真剣に戦っていない。もう十年以上にもなる。

 

「それじゃあ、今回の件が終わったら一度やるか?」

「そうだな……」

 

 ルークの問いに、サイアスは一度思案する。今回の件が終わったら。その言葉を一度噛み締め、ゆっくりと口を開いた。

 

「いや」

「ん?」

「全部が終わってからやり合うとしよう」

「全部が……?」

「ああ……お前の夢が、全部終わったらな」

 

 いつもと変わらぬ口調で、ハッキリとそう口にしたサイアス。以前から薄々気が付いてはいたが、今確信に変わる。サイアスは、自分の目指す『狂人の夢』に気が付いている。人類と魔人の共存という夢に。

 

「……長くなるぞ?」

「なに、いつ帰るか判らない友人を待ち続けていた期間に比べりゃマシだ」

 

 サイアスは一度肩を竦めてから言葉を続ける。

 

「俺の力も必要なんだろう?」

「ああ」

 

 迷うことなく、ルークはその問いに頷く。

 

「なら、ついていくさ。最後までな」

「…………」

「最後まで、お前の隣に立っているよ」

「ああ、頼りにしている」

 

 これが、確認したかった事。ルークの目指す夢の中に、自分の力は必要とされているのかという事だ。わざわざ確認しなくても、内心は判っていた。それでも、ルークの口から確認したかったのだ。新たに生まれた誓い。この誓い、決して破る訳にはいかない。

 

「……さて、そろそろ行くか」

「ああ、そうだな……ん?」

 

 先に気が付いたのはルーク。次いでサイアスもすぐに気が付く。元々ルークたちが歩いてきた方角の通路から、一人の女性がやってきた事に。この場に似つかわしくない白衣を身に纏った薄い金髪の女性。少しそばかすはあるが、美人の部類だろう。

 

「あっ……助けて……」

「なんだ? どうした?」

「私、逃げそびれてしまって……それで怖くって……」

「ふむ……」

 

 怯えた様子の女性であったが、ルークとサイアスはその女性に近寄りはしない。彼女をしっかりと見据えながら、静かに口を開いた。

 

「その白衣に付いた血はどうした?」

「これは……」

「俺には、返り血にしか見えないがな」

「これはね……そうだヨ! 人を殺したからだヨ!!」

 

 瞬間、サイアスが目を見開く。その女が奇声と共にこちらに向かってきたからだ。驚くべきはそのスピード。警戒していたこちらを嘲笑うかのような尋常でない速度で間合いをつめ、自身の首筋目がけてメスを振るってきたのだ。手に込めていた魔力を放つのは間に合わない。体勢を崩しながらも咄嗟に攻撃を躱すサイアス。すんでのところで躱す事に成功したが、もし自分の反応が遅れていても死ぬことは無かっただろう。

 

「やる気か?」

「ケケケケケ!」

 

 先程まで自身が立っていたところにメスは振るわれなかった。すんでのところでルークが剣で弾いていたからだ。奇声を上げたのを合図とし、ルークはすぐさま看護師目がけて剣を振るった。手加減はしていない、本気の速度での攻撃。

 

「ケキャーッ!」

「っ……」

「なんだと!?」

 

 再度サイアスが驚愕する。いや、声には出さなかったがルークも驚いたはずだ。目の前のいかれた看護師は、全速のルークの攻撃を後方に飛んで躱したのだ。だが、ルークは動揺する事なく、後ろに飛んだ看護師に向かってすぐさま大地を蹴る。

 

「ケケケケケ! 脳髄、脳髄、脳髄グシャー!!」

 

 看護師もまた、足を地に付けたと思うとすぐさまルークに再度向かってきたのだ。振るわれたルークの剣に対し体をクルリと翻して躱し、そのままルークの腕目がけてメスを振るう。肘を素早く上げてその一撃を回避し、ルークは看護師の腹部目がけて蹴りを放つ。だが、その一撃も当たらない。返す刀でメスを顔面めがけて投げつける看護師。

 

「(速いっ! まぐれじゃない。こいつ、何者だ!?)」

 

 投げられたメスを捌きながらルークが驚く。ランスを力の剣とするならば、自分はどちらかというと速さに特化したタイプ。近接戦闘での斬り合いであれば、ここまでついて来られる者はそういないはず。この看護師、速さだけならば自分と同等。下手すればあのリックにも及ぶかもしれない。

 

「はぁっ!」

 

 大振りしたルークの隙を見つけ、看護師がメスを振るおうとする。が、突如殺気を感じ、すぐさま後方に飛びずさった。

 

「(殺気も感じるか、本物だな。だが……)」

 

 ギロリと看護師を睨み付け、ルークが剣を横薙ぎに振るう。本来ならば射程外。当然振るわれた剣は空を切る。だが、ルークのこの攻撃はその当然の射程を覆す。

 

「真空斬!」

「ゲギャッ!?」

 

 闘気の塊が腹部に直撃し、口から涎を吐き出して吹き飛ぶ看護師。

 

「やったか!?」

「……ケケケケケケケ!!」

 

 地面に倒れ込んだ看護師だったが、サイアスの言葉に反応するように飛び起きる。まるでバネ仕掛けのおもちゃのような異常な飛び跳ね方だ。同時に、ズルリと白衣の中から胸当てが落ちた。あれを腹に仕込んでいたから、真空斬を耐えられたのだ。その胸当てにもベットリと血がついている。恐らく、道中殺した相手から奪ったものなのだろう。

 

「思い出した! あいつ、血まみれ天使だ」

「血まみれ天使?」

「ケケケ! ケケケ! ケケケケケ!!」

 

 そしてそのまま、通路の壁を逆走していき、ペンタゴンが空けたであろう壁の穴の中に逃げ込んでいった。

 

「本名サマール・ハッピネス。通称、血まみれ天使。理由も無く数百人を殺した狂人だ。この治安隊本部に封印されていたはずだが、ペンタゴンが封印を解いたのか?」

「俺が追う。あのスピード、俺じゃなきゃ追いつけん。サイアスはペンタゴンの残党を」

「すまん、頼んだ!」

 

 言葉少なに駆けていくルーク。あのような狂人を野放しにしていては、仲間たちにも被害が及ぶかもしれない。今この場で奴のスピードについていけるのは、自分かかなみしかいない。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 8階-

 

「ありゃー、追いつかれちゃいましたねー」

「くっ……」

 

 エリザベスが息を呑む。ここまでの陽動に兵を使ったため、今この場には自分とネルソン、そしてどこか頼りないポンパドールの三人しかいない。この三人で、先程の戦いでも猛威を振るっていたこの機械人形から逃げきれるのか。

 

「どうする? アレックス様に伝えに行くか?」

「いや、今からじゃ伝えている間に逃げられる。俺たちで捕まえるんだ」

「…………」

 

 魔法トランシーバーは貴重品かつ、まだその精度はあまり良くない。元々持たされていないし、少し距離が離れているこの場所では持っていたとしてもアレックスに連絡できたか微妙なところだろう。ミスリーがいつでも飛び掛かれるよう構える。どうすべきかとエリザベスが必死に頭の中で考えを巡らせる中、彼女の尊敬するネルソンが思わぬ行動に出た。

 

「まあ待て。まずは話がしたい」

「……提督?」

「君は確かミスリーと言ったな」

「何故私の名前を?」

「先程、お仲間が君の事をそう呼んでいたはずだ」

「確かに私はミスリーですが、何か?」

 

 ジリ、と間合いを一歩詰めるミスリー。そんな彼女を片手を広げて制止しながら、ネルソンは意外な言葉を口にした。

 

「我々の同胞にならないかね?」

「なっ!?」

「提督、何を!?」

 

 敵味方双方が驚愕する中、ネルソンは何を驚くのかと言わんばかりに言葉を続けた。

 

「先程から見ていたが、君は魔法使いではない。そして、仲間たちから疎まれている」

「っ……それは……」

「君の体は魔法を弾いていたようだが……成程、そうか。魔法使いにとっては確かにその体は脅威だ。迫害されても仕方がない」

 

 今気が付いたかのように口にしているが、ミスリーと他の魔法使いとの関係性はとうに気が付いていたのだろう。

 

「迫害されても仕方がない。そう、今のこの国では。それが間違えているのだ!」

「貴様、何を……」

「何故魔法を使えないだけで差別されなければならないのか。何故魔法を弾くだけで疎まれなければならないのか。腐っているのだ、この国が。魔法使いの思想が!」

 

 後ろの魔法兵たちがネルソンの言葉を止めようとしたが、それを遮るように語気を強めて言葉を続けるネルソン。その迫力に、魔法兵たちはどこか威圧されていた。ネルソンに武力は無い。だが、その言葉は時に人を圧倒するだけの力を持つ。

 

「ミスリー君。魔法使いの中にいたからこそ、君には見えているはずだ。魔法使い共がどれだけ腐っているかを!」

「…………」

「ならば、我々の同胞になれ! 今こそ立ち上がれ! 共に魔法使いを打倒し、新たな国を造り上げるのだ!!」

「馬鹿な事を! 打倒されるのは貴様ら二級市民だ! 魔法も使えぬ分際で……」

「その考えが間違いだと何故気が付かない!」

 

 穏健派のアレックスの手前、大っぴらに口にした事は無かったが、この魔法兵たちも二級市民の事は下に見ていた。だからこそ、咄嗟にこんな言葉が口に出た。睨み合う両者の間に立ち、俯いていたミスリーがゆっくりと言葉を口にした。

 

「何故、500年以上も経ってなお争い合うのですか……」

「ん?」

「ミスリー、何を……?」

「何故、共に手を取り合い、生きていく事が出来ないのですか?」

 

 顔を上げたミスリーは真っ直ぐとネルソンを見据える。機械人形の顔では、表情を読み取る事は出来ない。だが、ネルソンには彼女が泣いているように見えた。悲しげな口調から感じた訳ではない。確かにそう見えたのだ。

 

「……魔法使いにも、魔法使いでない人にも、良い人も悪い人もいます。皆、同じ人間です」

「だから、手を取り合えと? 遥か彼方より続く迫害の歴史を流し、奴らを認めろと? ふざけるな! 機械人形風情に何が判る!」

 

 我慢の限界が来たのだろう。エリザベスが間に割って入り、ミスリーに怒声をぶつける。だが、ミスリーは真っ直ぐとネルソンたちを見据えたまま言葉を続けた。

 

「判ります。ずっと昔、貴方がたのいう遥か彼方の迫害も、私は知っています」

「何を……」

「……では、どうしろと? 共に憎しみ合うこの今をどう変えろと」

「共に、少しずつ我慢をすればいいだけです。魔法使いはそうでない人を自分たちと同じ人であると認め、魔法使いでない人は迫害による憎しみを少しだけ我慢する。初めこそ、ぶつかりあうかもしれない。でも、いつか必ずお互いの良い所が見えてきます」

「……理想論だな。まるで何も見えていない。まるで子供の絵空事だ」

 

 ネルソンがバッサリと切り捨てる。そう、そんな事で争いが無くなるのであれば、これだけ長きに渡って人は争っていない。

 

「子供です」

「……何?」

「私は子供です。ならば、一番理想の未来を目指して何がいけないのですか?」

「…………」

「こいつ、さっきから何を……」

 

 自分たちよりも過去の事を知っていると言ったかと思えば、今度は自分を子供だと言う。馬鹿にされているのかとエリザベスが声を荒げる中、ポンパドールがパンパンと手を叩いた。

 

「提督、エリザベスさん。いつまでも付き合っているのは時間の無駄ですよ」

「……ああ、そのようだな」

「ここは私が時間を稼ぐので、お二人は先に逃げてくださいな」

「なっ! だが、それでは……」

「エリザベスさん、何よりも優先すべきは提督を無事に逃がす事でしょう? それに、私の逃げ足の速さは知っていますよね?」

 

 ポン、と無い胸を張るポンパドール。少し迷いを見せるエリザベスと違い、ネルソンは即決する。

 

「この場は任せた。我らは先に行く」

「はいはーい、お任せを」

「待て、逃がすか!」

 

 ミスリーの後ろに立っていた魔法兵が炎の矢を放つが、それは壁に当たって四散した。少し距離があった事もあり、ネルソンとエリザベスは部屋から出て行ってしまった。すぐさま追おうとするミスリーたちだが、ポンパドールが仁王立ちで道を塞ぐ。

 

「どいてください!」

「んー、これでも幹部だからどけませんねー」

「ならば、殺すだけだ!」

「あの世で後悔するがいい!」

「……もう聞こえないかな?」

 

 構える三人を前に、ポンパドールはチラリと後ろを見る。ネルソンたちを気にした様子だ。壁もあるし、ネルソンとエリザベスは自分が心配で引き返してくるような人間でもないだろう。もうこちらの声も音も聞こえないはずだ。

 

「喰らえ、炎の矢!」

「雷の矢!」

 

 先手とばかりに魔法兵二人がポンパドール目がけて魔法を放った。瞬間、目の前にいたはずのポンパドールの姿が忽然と消えてしまった。驚愕するミスリー。

 

「(嘘っ! どこに……)」

 

 周囲を見回すが、姿が見えない。慌てて後ろを振り返ったミスリーの目に飛び込んできたのは、丁度たった今頭を潰された二人の魔法兵であった。

 

「えっ……」

 

 グチャリという音と共に倒れ込む魔法兵。振り返るポンパドールの頬には彼らの返り血が飛んでいる。そして、その両足は何故か真っ赤に染まっていた。

 

「……本当、力を隠して馬鹿どもに付き合うのって大変ですよねー」

「くっ……」

 

 呆気に取られていたミスリーが再度拳を構えたと同時に、ポンパドールはまるで陸上選手のようなクラウチングスタートの体勢を取ったのだった。次いで、何かミシミシという音が聞こえてくる。ミスリーの位置からは死角になって見えないが、その音はポンパドールの両の足から鳴っていた。筋肉がビクビクと震え、血液が尋常ならざる速度で足の中を駆け巡る。

 

「力を溜めてー……」

 

 ペンタゴン幹部ポンパドール。またの名を、魔人ジークの使徒オーロラ。彼女は何故か人間にばれないというその変装能力を買われ、本隊よりも先行して人間界に入っていた。そんな彼女はペンタゴン内でももっぱら諜報活動を行っており、表立って戦闘には参加しない。では、彼女は弱いのか。そんなはずはない。彼女は、単騎であのマジノラインを突破してゼスに侵入できるのだから。

 

「もっと溜めてー……」

 

 では、彼女はどのようにマジノラインを突破したのか。何の事は無い。飛び越えたのだ。まるでちょっとした段差を越えるかの如く、ひょいひょいと跳躍してあの人間界と魔人界を隔てる高き壁を越えて見せたのだ。

 

「せーの……」

 

 それを可能にするのは、変装以外に保有するもう一つの特化能力。掛け声と共に大地を蹴ったポンパドールは、その姿を消した。否、一瞬の間にミスリーの懐に入り込んだのだ。

 

「どーん!!」

「っ……!?」

 

 足の筋肉の異常発達。これがポンパドールの保有するただ一つの戦闘能力だ。跳んではマジノラインを軽々超え、走れば大陸中を一人で郵便配達する事を可能とする。そして、敵に向ければ必殺の威力を誇る一撃になる。腹部にめり込んだその一撃により、ミスリーのボディからパラパラと破片が落ちる。闘将のボディを多少なりとも砕いたのだ。何の武器も技もない、ただのキックによってだ。そのまま壁へと吹き飛ぶミスリー。背中から叩きつけられ、悶絶しながらも顔を上げる。

 

「あれ、まだ生きてるんですか?」

「っ!?」

 

 目の前に、彼女はいた。吹き飛ばされた自分とは間合いがあったはず。その間合いを、ポンパドールはミスリーが顔を上げるまでの間に詰めたのだ。感じるはずがないのに、背筋が冷たくなるのを感じた。まるで異質の強さ。彼女は本当に人間なのか。

 

「よっと!」

 

 考える暇も無く、頭を思い切り蹴られて地面に吹き飛ぶ。まるで躊躇が無い。息を吐くように、人間を殺す事の出来る攻撃を繰り出してくる。ようやく判った。先程の二人は彼女に頭を蹴られて死んだのだ。では、彼女はどうやって間合いを詰めた。

 

「ジャンプを……」

「正解」

 

 ドゴッという音が部屋に響き、ミスリーがゴロゴロと床を転がる。顔を上げた瞬間、再度腹部を蹴られたのだ。先程ポンパドールは尋常ならざる跳躍をし、そのまま降りがてら一人の頭に踵落としを見舞った。そして、着地と同時にハイキックでもう一人の頭を吹き飛ばしたのだ。勢いよく転がっていたミスリーだが、体を使ってグッと踏みとどまりそのまま回し蹴りをポンパドールに放とうとする。

 

「残念」

「あっ……」

 

 だが、放つ寸前で思い切りその足を踏み抜かれる。ポンパドールの顔を見上げるミスリー。自分を見下ろすその顔は、まるでゴミでも見るかのような冷たい表情であった。違う。認めたくはない。だが、自分とはレベルが違う。

 

「んー……あの親父は魔法が効かないあんたを欲しがっていたみたいですけど……」

「ぐっ……」

「私的には、あのムカつく奴を思い出すから闘将はぶっ壊したいんですよねー」

「ムカつく……奴……?」

「という訳で、ここで死んでください」

「っ……!?」

 

 力を込めた右足をポンパドールが振り抜こうとした瞬間、部屋の壁が盛大に崩れ二人の侵入者が現れた。

 

「ケケケケケ!!」

「いい加減逃げ場はないぞ、血まみれ天使!」

「はぁっ!? な、なんですかー!?」

「ルーク・グラント!?」

 

 自分の変身を見抜きかける苦手な相手が、血まみれの看護師と共に壁をぶち破ってきた。流石に想定外の事態過ぎて混乱するポンパドール。その声に反応し、新たな獲物を見つけた血まみれ天使が奇声と共に駆ける。

 

「ケケケケケ! 脊髄、脊髄、脊髄ビュルルルー!」

 

 ポンパドールに向かってメスを振るう血まみれ天使。その攻撃を素早く躱し、ギロリと睨み付ける。

 

「誰に向かって!」

「ケケケケケケケ!」

 

 びょんとバネのように飛び跳ねてポンパドールの回し蹴りを躱す血まみれ天使。ポンパドールは即座に自分と同じタイプ、足のばねが常人のそれと違う相手である事に気が付き、面倒臭そうに舌打ちをする。

 

「ちっ……」

「お前、ペンタゴンのポンパドールだったな。お前がミスリーを……」

「はっ!?」

「ルーク、気を付けてください!」

 

 ルークの言葉を受け、ポンパドールが勢いよく振り返る。完全に見られた。言い訳ご無用のこの状況。いや、さっきまでならミスリーを即座に気絶させた上で、

 

『ミスリーを倒した奴は逃げてきましたー。きゃは! ジーク様素敵!』

 

 とか言えたかもしれないが、血まみれ天使とかいう気狂い看護師に向かって素早い蹴りを放っているのも思い切り見られた今となってはもう遅い。しかも、ミスリーには気を付けてくださいとか余計な事まで言われた。

 

「(というか、これ! あのランスとかいう人間が封印解いた奴ーっ! だから勝手な事すんなって言ったのにーっ!!)」

「ケケ?」

 

 ダンダンと床を踏むポンパドール。破片が飛び散り、その威力を思いっきりルークたちに見せてしまっているのだが、興奮状態のポンパドールは気が付かない。

 

「(しかも、よりにもよって大嫌いなこいつに実力がばれるなんてー! ここまでペンタゴンの連中にも必死に隠してきたのにーっ!!)」

「成程。ペンタゴン最強はキングジョージでもフットでもなく、お前だったのか」

 

 わしわしと頭を掻き散らすポンパドール。ひとしきり暴れ、はぁはぁと息を吐いた後、バッと勢いよく顔を上げた。

 

「よし、殺そう!」

「……やってみろ」

「ケケケケケ!!」

 

 ポンパドールが足に力を込め、ルークが剣を構え、血まみれ天使が狂ったように笑う。高速の領域に足を踏み入れた者たちの戦いが始まる。

 

 




[人物]
血まみれ天使
LV 25/25
技能 殺人LV1
 8年前、一晩で255人を殺した伝説の殺人鬼。本名はサマール・ハッピネス。看護師に成り済ましているだけで、別に看護師という訳ではない。殺す事に理由は無く、ただ殺したいから殺すという狂人。バネのような高速の動きから繰り出す攻撃は驚異の一言。その速度は原作ランス6中でも発揮されており、強制的に仲間を攻撃して離脱させたり、全敵キャラ中同率2位の速度を設定されていたりする。


[技能]
殺人
 人を殺す事に長けた才能。こんな技能があるなら、あいつにも付けとけばよかったなとちょっと後悔。誰とは言わなくても多分判るはず。ケケケケケじゃなくて、クカカカカの奴。

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