ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第177話 親と子

 

-ムシ使いの村 南南西-

 

「トー・チャン

 GI480~532

 サエルーナ国12代国王。文武共に優れた良王であったが、ヘルマン共和国の建国を目論んでいたザナゲス・ヘルマンとの一騎打ちに敗れ死亡、サエルーナ国は併合される。だが、愛娘であるカリコリルリ姫を騎士のビッグアーサに預け国外逃亡させる事に成功させ……」

「ロゼさん、手を貸してください! トマトさんが前のめりに倒れながらぶつぶつと訳の判らない事を言っているんです!」

「インチェルちゃん、ロゼさんならこっちで笑い転げてますわー」

「ぐぅ……」

「セスナさんが睡眠という名の現実逃避を……」

 

 開幕カオスであった。魔剣の方ではなく、文字通りの混沌。現実逃避する者、笑い転げる者、困惑しつつも比較的冷静である者、居候の発言に絶句し立ち尽くす者、そして、涙目でその当事者に迫る者。

 

「ルークさん……」

 

 ルークの目の前には、呆然とした表情でありながらもその目に大量の涙を溜めているかなみの姿があった。対応を間違えれば、即座に大泣き間違いなし。

 

「(どうしてこうなった……)」

 

 涙目のかなみを前にしたルークは珍しく額に汗を掻いていた。今はダークランスを捕まえるのが最優先のはずなのに、何故だかこちらの対処の方が急務に思えてしまう。それだけの重圧が今この場にはあった。笑い転げながらも、わくわくした表情でこちらを観察しているロゼがただひたすらに恨めしい。その手に持ったカメラは何だ。その映像をどうするつもりだ。突っ込みたいが、突っ込めない。

 

「っ……!?」

 

 そんな事を考えていたルークの肩にポンと手が置かれる。ゆっくりと振り返ると、そこに立っているのは志津香。かなみと違い涙目ではない。意外な事に、ルークを睨んでもいない。肩に置かれた手に強い力を込める事もなく、ただただ真剣な表情で真っ直ぐとルークを見据えながら静かに口を開いた。

 

「説明して」

「(……怖っ)」

 

 カメラを構えていたロゼが思わず心の中でそう呟いてしまう程、いつもとは別ベクトルの怖さがそこにはあった。足を踏んで来ない事が逆に恐ろしい。真の恐怖は暴力に非ずという事を志津香はその身を持って体現していた。こんなどうでもいい場面で。

 

「はぁ……」

 

 一度大きく息を吐いてから、ルークは志津香とかなみ、更には後方で今なお混乱している者たちにも言い聞かせるように口を開く。

 

「ちゃんと説明をするから、少し待っていてくれ」

「…………」

「……はい」

 

 先程までの呆然とした表情でなく、今のルークは真剣な表情をしていた。ただのスキャンダルではなく、もしかしたら厄介事に巻き込まれているのかもしれない。そう感じ取った志津香はルークの肩に乗せていた手をスッと引っ込め、かなみも小さく頷いてルークから一歩離れた。

 

「…………」

 

 そのままルークは丘の上に立つダークランスを見上げる。重圧に思わず釈明を先行しそうにもなったが、今優先すべきは当然こちらなのだ。

 

「……降りてこい!!」

 

 一喝。戦闘以外ではあまり激昂する事の無いルークのその怒声は、まだ知り合って日の浅いインチェルや珠樹には衝撃的なものであった。いや、付き合いの長い者たちにも十分驚きに値する行動だ。気の抜けていたトマトや眠りこけていたセスナも思わず目を覚ます。そんな中、かなみだけがどこか不思議な感覚を抱いていた。

 

「(ルークさんのこの言い方……)」

 

 忘れようはずもない。あの時と似ているのだ。

 

『それは真の忠臣ではない!!』

 

 自分の間違いを諌め、忠臣としての真の在り方を示してくれたあの時と。人生の先達として正しい道を示す、まるで師や親のような物言いであると。

 

 

 

-ムシ使いの村 南南西 丘の上-

 

「やべっ……とーちゃん、本気で怒ってる……」

 

 ルークの怒声を受け、ダークランスの体に緊張が走る。思わぬ再会に嬉しくなりつい声を掛けてしまったが、今の自分は母の傍にいるという約束を破ってしまっている身。怒られるのは当然だ。自分が悪い事をしているのは判っている。父に怒られ、素直に家に帰らなければいけない事も十分に判っている。

 

「(でも……おいら……)」

 

 それでも、あの男を許す訳にはいかなかった。出会う前だったならば、素直にルークの言う事に従ったかもしれない。だが、もう出会ってしまった。いる場所も、その強さも、そしてやはり許せない存在である事も確認してしまったのだ。ここで帰れば、旅立ちの時の決意も、先程の敗戦時に抱いたリベンジの決意も全て無駄になる。もう動き出してしまったのだ。目的を達成せずに帰る事など出来ない。

 

「……とーちゃん、ごめん! おいら、やっぱりあいつが許せないんだ!!」

「っ……」

 

 ダークランスがそう叫び、すぐさまきょろきょろと辺りを窺う。どちらに逃げるべきか探っているのだろう。すると、そのダークランスの手がギュッと握られた。

 

「えっ?」

「こっち」

 

 ダークランスの後ろに立っていた褐色の少女がその手を引く。理由は判らないが、逃がしてくれるようだ。ダークランスも素直にそれに従い、褐色の少女と共に後方に走り去っていく。その後姿を見ながら、真知子が眉をひそめる。距離があるため顔はよく見えないが、ダークランスの手を引いているのは恐らく女の子だ。だが、ざっちゃんではない。これまでルークの家でのみ生活をしてきたダークランスには知り合いと呼べる少女はざっちゃんしかいない。では、あの少女は何者なのか。

 

「(あの娘は一体……?)」

「真知子ねーちゃん! 後の説明よろしくー!」

「……!?」

 

 ルークに続きこれまた珍しく真知子の目が見開かれる。この場を更に混乱させるのを避けるため、真知子はあえてこれまで無言を突き通していたのだ。それなのに、まさかのキラーパス。突き刺さる視線を受けながら、ちょっとだけ先程のルークの気持ちが判る真知子。これは正に針のむしろ。

 

「第177話 親友の裏切り」

「真知子さぁぁぁん!! どういう事ですかねぇぇぇぇ!!」

「違うんです、トマトさん。落ち着いて! 落ち着いて話をしましょう!」

 

 ロゼの煽りを受けてトマトが真知子に詰め寄って来る。肩に手を置かれて勢いよく揺さぶって来るため、真知子の首がガクガクと勢いよく前後に揺れる。必死に弁明をしながらも、運よく自分だけ難を逃れたロゼを恨めしそうに睨む真知子。丁度ルークも同じようにロゼを恨めしそうに睨んでおり、それに気が付いたロゼはウインクをしながら舌を突き出しきゃぴんという擬音を振りまいた。今世紀稀に見るレベルのてへぺろである。

 

「(ぶん殴りたい……)」

「(ロゼさんもこちら側だと暴露してしまおうかしら……)」

 

 一同に詰め寄られながら、ルークと真知子はそんな事を考えるのであった。

 

 

 

-ムシ使いの村 村外れ-

 

「あっちの方に行けば、多分さっきの人たちに会わずに村から抜けられるよ」

「あ、ああ。ありがとうな」

 

 村外れまで連れて来られたダークランスは少し困惑しながらも素直に礼を言った。少女が指差した荒れ地の方向に真っ直ぐ走れば、すぐにこの村から抜けられるらしい。ランスにはまだ勝てないし、ルークに見つかってもアウト。となれば、この場は撤退あるのみだ。

 

「ごめんね、手を握っちゃって。嫌じゃなかった?」

「別に嫌じゃないけど、何でそんな事聞くんだ?」

「…………」

 

 少女の質問の意図が判らず、首を傾げるダークランス。どこか驚いた風の彼女に対し、今度はダークランスが問いを投げる。

 

「……お前、この村に住んでるのか?」

「うん」

 

 コクリと頷く少女。ここまで引っ張ってきてくれた少女は、この荒れた廃村を勝手知ったる風で走っていた。その事から少女がこの村で暮らしているのではないかと思ったダークランスであったが、その予想は当たったらしい。

 

「一人でか?」

 

 だが、どうして少女はこんな荒れた村に一人で暮らしているのか。そう思って再度問いを投げるが、少女は首を横に振る。

 

「一人じゃないよ」

「えっ? 誰か他にも人間がいるのか?」

「ううん。でも、かろは一人だけど一人じゃないよ」

「……?」

 

 『かろ』とはこの少女の名前だろうか。どうやらこの村の人間はこの少女一人らしい。だが、一人だけど一人じゃないとはどういう事か。少し思案するダークランスであったが、すぐに今の状況を思い出してハッとする。

 

「って、話し込んでる場合じゃなかった! 早く逃げないと!」

「……さっきの人たち、悪い人なの?」

「え、いや……中には悪い人間もいるけど、良い人間もいるぞ。おいらのとーちゃんもいる」

「お父さんから逃げてたの?」

「いや、まあ、色々あって……」

「駄目だよ。仲良くしないと」

 

 めっ、という感じに怒られるダークランス。別にルークと何かあった訳ではないのだが、説明が難しい上にこちらにも後ろめたい事があるため、反論できず口ごもる。というか、目の前の少女に対しては何故か強く出にくいのだ。

 

「(あれだ、ざつ姉にちょっと似てるんだ……)」

 

 何かとお姉さんぶって来る同居人の顔を思い浮かべながら自分の心情に納得するダークランス。

 

「どうしてこの村に来たの?」

「おいらはあの中にいた人間の一人を追って……」

「じゃあ、あの人たちはどうしてこの村に?」

「詳しくは知らないけど、解毒剤がどうとか言ってたような」

「解毒剤……? あっ、もしかして……」

 

 ランスに挑む前、本当にランスかどうかを確認するために少しだけ後をつけていた。その時に斧を持った小柄なおっさんが、本当に解毒剤があるのかどうとか言っていた気がする。その事を少女に話すと、何か思うところがあるのか考え込む。

 

「もし何か知ってるなら、協力してやってくれ」

「良いの?」

「ああ」

 

 少女の問いにハッキリと頷くダークランス。この場に来ているのがランスだけならばこんな事は言わなかったが、ルークも来ていたとなれば話は別。別行動を取っていたが、目的は同じだろう。となれば、父の役に立ちたい。勿論、あっちの父ではなくルークの方に。

 

「んじゃ、おいらはそろそろ行く。色々とありがとうな」

「ううん、別に……」

 

 ぐぅぅぅ、というお腹の音が少女の声をかき消す。それはダークランスの腹から発せられたものではない。少女の腹からだ。

 

「あう……お腹すいた」

「……こんなのしかないけど、やるよ」

 

 ダークランスも道中適当に狩ったモンスターで食事をしていたため、手持ちの食料に大した物はない。道具袋から飴を一つ取り出し、それを少女に手渡す

 

「飴ちゃん! 良いの?」

「ああ。世話になったしな」

「ありがとー」

「じゃあな」

 

 喜ぶ少女を尻目に、ダークランスは村から離れるべく走り去っていく。それを見送る少女。そして、ダークランスの姿がすっかり見えなくなった頃、どこからともなく声が響いた。

 

「口は悪いけど良い子ね」

「うん。コロコロ、うまうま。飴ちゃんおいちい」

 

 この場には少女一人しかいない。だが、少女は何かと会話をしている。一人だけど、一人じゃないという謎の少女。彼女もまた、この後にある人類と魔人の大戦に大きく関わる事になる。

 

 

 

-ムシ使いの村 北西-

 

「あ、ランス様。あちらに家のようなものがいくつかあります」

「よし、行くぞ! きっとルークの奴はサボっているだろうからな。今の内に先に解毒剤を見つけるぞ」

「ルークさんがサボる訳ないでしょ」

 

 村の中を駆け回るランス達。根拠のないランスの物言いに思わずマリアが突っ込むが、実は半分当たっていた。決してサボっている訳ではないのだが、現状ランスの方が真面目に任務をこなしているという珍しい状況になっているのであった。

 

 

 

-ムシ使いの村 南南西-

 

「まず言っておきたいのは、あの子は俺の子供じゃない」

「まあ、何て酷い。認知しないなんて。よよよ……」

「いい加減放り出すぞ」

 

 ルークの横で『釈明会見』と書かれた紙を持ったロゼがわざとらしくウソ泣きをする。そんなロゼを一睨みしながら、ルークは再度正面に向き直る。ルークの正面には、ロゼ以外の面々が揃っていた。訝しげに聞く者、何故か正座している者、聞き方は人それぞれである。

 

「ルークさんの子供じゃ……ないんですか……?」

「本当に……?」

「ああ」

「本当ですよ。情報屋のプライドに賭けて、私が保証します」

 

 かなみとセスナの問いにルークがハッキリと頷き、真知子が助け舟を出す。既にあの子の存在を真知子が知っていた事はばれているが、そんな事で信用を無くすほどの浅い付き合いでもない。ましてや情報屋としての矜持まで賭けているのだ。ホッと息を吐く一同。

 

「いやー、トマトは最初から判っていたですかねー。これっぽっちも不安になんて思っていなかったですかねー!」

「いや、どう見ても一番ショック受けてましたよね?」

「インチェルちゃん。リアクションは一番でしたけど、本当に一番ショックを受けていたとは限りませんわ」

「そうなの?」

「はいー」

 

 急に元気になりだしたトマトに対してインチェルが即座に突っ込みを入れるが、珠樹がその見解は違うぞと釘を刺す。ショックを受けていたのはトマト一人ではない。その度合いの大きさは傍目では順位付けなど出来ないのだ。

 

「つまり、ルークさんはあの子の親じゃないって事ですね」

「……いや、俺はあの子の親だ」

「ぐぎゃー!」

「ああっ! トマトさんが女の子が吐いちゃいけないような悲鳴で前のめりに……」

「はぁ……」

 

 またも騒ぎ出すトマトやインチェルを他所に、志津香がこれ見よがしに大きくため息をついた。

 

「つまり、あの子はルークの子供じゃないけど、ルークが親代わりをしているって事でいいの?」

「ああ、そういう事だ」

 

 ルークが頷いたのを見て、志津香がつかつかと近寄って来る。そしてそのまま、ルークの足を勢いよく踏み抜いた。

 

「つっ……」

「言い方が紛らわしいのよ! この状況で更に混乱させるとか馬鹿なの?」

「ルークさん、私も今の言い回しはどうかと……」

「うん……」

 

 志津香の怒りは尤も。比較的冷静な真知子とセスナが同意したのも当然と言えるだろう。確かに言い方が悪かったなと反省しながら、されどルークは言葉を続ける。

 

「悪かった。だが、そこだけは譲れないところでな……」

「…………」

「あの子がどう思ってくれているかは判らない。だけど俺は……今の間だけでも、あの子の親父でありたいと思っている」

 

 ルークが『今の間だけ』と言ったのは、いずれランスとフェリスが和解した時の事を考えての事だ。いくらルークが親代わりをしていようとも、あの子の父親はランス一人なのだ。でも、今の間だけでも自分が父親の代わりになれれば。そう思っての発言だ。子供にとって親の存在は大きい。その後の成長を大きく左右する程に。幼くして両親を、それも自分のせいで亡くし、更には魔想夫妻に心を救われたルークは、親というものを普通の人よりも一層尊い存在として見ている節があった。

 

「……思ってくれてるんじゃないの? とーちゃん、何て呼び方してるんだし」

 

 だからこそ、志津香のそんな言葉がルークには少しだけ嬉しかった。

 

「……だと良いんだがな」

「ルークさん……」

「また、厄介事に巻き込まれているのね」

 

 心配そうに見つめるかなみと、再度ため息を吐く志津香。二人だけでなく、この場にいる者の誤解は解けた。もしや隠し子ではないかと慌てもしたが、これまで積み重ねてきたイメージが良い方に働いてくれた。もし信用を積み重ねていなかったら、こんな簡単には信じてくれなかっただろう。

 

「それで、どういう事情で親代わりに? あの子の名前は? あの子の親って、私たちの知ってる人?」

 

 志津香が確信に迫る質問をする。だが、ルークはゆっくりと首を横に振った。

 

「すまん。言えないんだ」

「えっ?」

「何かギルドの任務が絡んでいて、守秘義務的な事情があるとかそういう事ですか?」

「……個人的な事情だ。だが、あの子についてはまだ何も言えない」

 

 かなみが思わず声を漏らし、シトモネが真剣な表情で問いかける。その問いに沈痛な面持ちで答えるルーク。その返答に眉をひそめる志津香。

 

「名前も言えないっていうの?」

「ああ」

 

 ルークの返答に志津香は更に眉をひそめる。名前が言えないというのはいくらなんでもおかしな話だ。志津香はすぐさま真知子に視線を向けると、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「ごめんなさい、黙っていて」

「真知子も口止めされていたって事?」

「ああ、真知子さんには黙っていてくれと俺が頼んだ」

 

 ルークがそう補足する。真知子は何も悪くなく、好きで皆に隠し事をしていた訳ではないのだと。それを聞き、先程倒れ込んでいたトマトが笑顔で立ち上がる。

 

「いやー、トマトは信じていましたですかねー。親友は裏切ってなんかいないという事をー」

「友情復活。感動ですわー」

「そ、そうかな……?」

 

 頬に手を当てて感動する珠樹と、何か違うんじゃないかと汗を掻くインチェル。相変わらず振り回され続きのインチェルである。

 

「真知子さんは決して抜け駆けなんかしないですかねー。はっはっはー」

「…………」

 

 そう言って笑うトマトの横で、ばつが悪そうにスッと視線を逸らす真知子。その所作に珍しくトマトが気が付く。

 

「……真知子さん?」

「ふふふ」

 

 笑いながらも再度視線を逸らす真知子。トマトがそちらに回り込み、真知子が視線を逸らす。暫しそんなじゃれ合いをしていると、志津香がある疑問をぶつけてきた。

 

「真知子はあの子の名前とか、誰の子供なのかは知っているの?」

「正直に言いますと、知っています。ですが、言う事は出来ません」

「情報屋としての守秘義務?」

「はい」

 

 情報屋の守秘義務だと断言する真知子だったが、それだけではない事を志津香は察していた。それだけなのであれば、わざわざルークが内密にするよう頼むはずがない。情報屋として、守秘義務など当然の事なのだから。顎に手を当て、考え込む志津香。

 

「(あまり親の事を知られたくないって事よね。名前を隠すのは、そこから親を推測できるからと考えるのが普通かしら。そこまでして親を隠す理由として考えられる可能性は……)」

 

 考えに耽っているのは志津香だけではない。少しばかり落ち着いた事もあり、かなみやセスナ、シトモネやトマトもあの子について思考を巡らせていた。

 

「(国際問題に関わるとか……? 例えば、パットン皇子の隠し子。それなら、リーザスには言えないというのも頷ける)」

「(遠目だったけど少し肌が黒かった。なくはないけど、ちょっと珍しい。それに隠したいとなると、生まれの問題? 人間とモンスターとの間に生まれた子供とか……?)」

「(まさか、キースさんの隠し子!? ハイニさんが可哀想でルークさんが協力を……? あ、有り得る……)」

「(もしトマトがルークさんと結婚したら、あの子は義理の息子! いやー、そんな、まだ結婚なんて早いですかねー!)」

 

 トマトだけ明後日の方向の考えをする中、四人の中で最も正解に近づいていたのはセスナ。生まれの問題。確かにそれはある。ダークランスは、人間と悪魔の間に生まれた子供。それも隠さなければならない事の一つだ。だが、更に確信に近づいている者がいた。

 

「(私たちの知り合いの子供……? それなら言えないのも頷ける。例えば、サイアス……)」

 

 知り合いの男の中でも特にそっち方面にだらしがなさそうな人物を思い浮かべる志津香。サイアスはルークの旧友であり、ウスピラに惚れているのは周知の事実。その辺りの事情から、ルークが彼の隠し子を預かっている可能性はある。そして、もう一人。

 

「(あるいは……ランス……)」

 

 そう、ランスの子供であればルークが隠すのにも合点がいくのだ。以前からルークはランスに甘いところがある。シィルを悲しませないため、仲間たちの間に混乱を生まないため、ランスの隠し子をルークが引き取るのは十分に考えられる。あの子供は、ランスの子供ではないのか。だとすれば、マリアやシィルに知らせるべきではないのか。そんな事を考えていると、ロゼがパンパンと手を叩いた。

 

「ほらほら、いつまで突っ立ってるの。今は解毒剤を探すのが先でしょ」

「あ、はい。そうですよね」

「まあ、ぶっちゃけると私もあの子の事は知ってたんだけどね」

「えぇぇぇぇぇ!!」

「いえーい。今明かされる衝撃の真実ー!」

「それなのにあれだけルークさんと真知子さんを煽ってたんですか!?」

「酷過ぎる……」

 

 ロゼのカミングアウトに一同が絶句するが、この打ち明けのタイミングは案外ファインプレーであった。今更知っていた事を隠す必要性もなく、何より子供の事を考えていた面々の注意を引けた。確信に迫っていた志津香も、思考の糸が切れる。

 

「(……まあ、有り得ないか。ランスには避妊魔法を掛けているってシィルちゃんが言っていたし、何よりあの子は結構大きかった。今のランスの年齢を考えれば、計算が合わない。サイアスの方ならまだ有り得るけど、ルークが引き取る理由には欠けるわね。そういう事があったら、サイアスの事をちゃんと怒りそうだし)」

 

 これならば、マリアやシィルに伝える程の事ではない。悪戯に混乱させては、それこそランスの逆恨みを買いかねない。それは非常に面倒だ。いくらランスがだらしないとはいえ、心配しすぎかと自身の考えを苦笑する志津香。それと同時に、少し前の出来事に合点がいく。

 

「ああ、あの時三人で話していたのはその事だったのね」

「あー」

「成程ですかねー」

 

 かなみとトマトも続くように声を漏らす。トマトと真知子が到着した際、真知子はルークとロゼだけに対して内密の話があると言い、自分たちを部屋の外に出した事があった。あれはあの子の話をしていたのだろう。それを受け、コクリと頷く真知子。

 

「あの時はすいません」

「まあ、納得いったから良いわ」

 

 志津香が肩を竦める。水臭いとは思うが、色々と事情があるのだろう。自分とて、復讐の事で皆に言っていない事はある。仲間とはいえ、一から十まで全てさらけ出す必要などないのだ。ようやく話が落ち着き始めたのを確認し、ルークが口を開く。

 

「そういった事情から、あまり騒ぎにはしたくないんだ。申し訳ないが、他の仲間たちには黙っていてくれないか?」

「ウルザ様やグリーン隊の人にもですか?」

「ああ。ランスやメガデス辺りに知れたら、間違いなく大騒ぎになるからな」

「はい、判りました」

「トマトの口はミミちゃんの外箱よりも堅いですかねー」

 

 インチェルが頷き、トマトが口にチャックするような仕草をする。他の者たちも次々と頷いてくれた。ひとまずはこれで大丈夫だろう。勿論、絶対に内密にしてくれるかは判らないが、不安要素ではかなり上位にいたかなみと志津香を何とか出来たのが大きい。後は、ランスとシィルにばれないようにすればいい。

 

「よし、行こう。少し時間を取り過ぎた」

「そうですね。今は早くカオルさんの解毒剤を探さないと!」

 

 

 

-ムシ使いの村 中心部-

 

「遅い! 今まで何をやっていた!!」

「すまんな。色々と事情があったんだ」

 

 ランスの怒鳴り声が村の中に響く。先行していたグリーン隊にようやくブラック隊が追いついた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。とはいえ、ダークランスの一件だけが原因ではない。

 

「途中にやけに生活感のある家があっただろう?」

「ああ、あったな」

 

 ルークが言うのは、村外れにあった半壊した家の事だ。他の民家が荒れたままだったのに対し、その家だけは比較的綺麗に片付いていた。食器や洗濯物まで置いてあり、少なくとも誰かが住んでいる、あるいは最近までそこに住んでいたのは明白であった。

 

「だから、家主が帰ってこないかと思ってそこで少し時間を潰していたのよ。というか、何であんたたちはそれをしてないのよ」

「あの、私たちも少しの間はその家に留まっていたのですが……」

「ランス様が10分程で飽きたって言って出て行っただす」

「はぁ……そんな事だろうと思ったわよ」

 

 シィルとロッキーの説明を受け、ため息をつく志津香。いつまで経ってもランスたちも家主も現れないため、ルークたちもその家を出て先に進んだのだ。何人か残していこうかとも考えたが、それをしなかったのには理由がある。あの家で暮らしていたのは、洗濯物などから見て女の子と思われる。もしかしたらダークランスと一緒にいた少女かもしれない。となれば、先程自分たちの姿を見て警戒し、待っていても家には帰ってこない可能性が高い。そう考え、家で待つのを止めたのだ。

 

「その様子じゃ、解毒剤は見つかってないのよね?」

「ふん、お前らもだろう?」

「何か変わった事はあった?」

 

 暫し情報交換の時間となる。そんな中、マリアの口から驚くべき言葉が出た。

 

「変わった事といえば、さっき変な子供が襲い掛かってきたのよ」

「変な子供?」

「(……っ!? 既に会っていたのか……)」

 

 ロゼがわざとらしく聞き返すが、当然ブラック隊の面々には先程会ったダークランスの顔が浮かんでいる。ルークも表情には出していないが、内心苦虫を噛み潰していた。

 

「10歳くらいかな?」

「それくらいですね」

「そう、それくらいの男の子が急に襲い掛かってきたの」

「凄い強かっただす」

「そうですねぇ。将来有望そうでした」

「まあ、俺様の敵ではなかったがな!」

 

 リズナが頷いたのを確認し、マリアが説明を続ける。ロッキーとタマネギがその子供の強さや将来性を語る中、それを歯牙にもかけなかったランスはふんぞり返っていた。

 

「それで、その子供は?」

「逃げて行った。器用に急斜面を登って行って、追う事も出来なかった」

「(私たちと出会うよりも多分前ね。後だったら、とっくに村から逃げ出しているでしょうし)」

 

 殺の説明を受け、ロゼがタイムテーブルを頭の中で組み立てる。ランスに負け、その後自分たちと会ったのだろう。ランスと出会い、許せないという感情が爆発したからこそ、ルークの言う事も聞かずに逃げたと考えると合点がいく。

 

「ん? お前たちは会わなかったのか?」

「……ああ、会わなかった。その代わり、女の子のような人影は見たな。すぐに姿が見えなくなったが」

「馬鹿者。可愛い女の子ならちゃんと捕まえておけ」

「(ルークさん……)」

「(そういう体でいくって事ね。了解)」

 

 ルークの返答を受け、ブラック隊の一同がそういう方針なのかと心の中で頷く。自分たちは、先程の子供と出会っていない。ましてやルークが親代わりをしているなど、知りもしないのだ。

 

「女の子という事は、先程の家に住んでいる子でしょうか?」

「可能性はあるわね」

「でも、見られちまったって事はもう帰ってこないんじゃねーか☆」

「使えん」

「そう言わないでよ。まだあの家を見つける前だったんだし、何よりかなり距離は離れてたんだから」

 

 リズナの意見にプリマとメガデスが頷く。こんな荒れ地に少女が二人も三人もいるはずがない。同一人物である可能性は高いだろう。警戒させた事をランスが咎めるが、かなみがムキになって反論する。

 

「とにかく、今日はこれ以上の探索は難しいわね。すっかり暗くなってきた事だし」

「見える見えるでもう少し頑張りますか?」

「めんどい。止めだ、止め」

「まあ、モンスターを呼び寄せちまうし効率は良くないだろうな。今日はここでキャンプをして、明日の朝から探索を続けよう。昼過ぎまでに見つからなければ、当初の予定通り別の方法に切り替える」

 

 暗いダンジョン内で重宝するミニ太陽を作る魔法、見える見える。だが、その明かりにモンスターも寄って来てしまう事も多々ある。効率を考え、ここはしっかりと休んでおくことにする一同。

 

「じゃあ、おらが食事を作るだす」

「あの、手伝います」

「あ……」

 

 率先して手を挙げたロッキー。だが、シィルが手伝うと聞いて少しだけ戸惑う。それは、この国では当然の事。魔法使いと二級市民。その間にある遺恨はそれ程大きいのだ。だが、ロッキーは何かをグッと堪えるようにし、言葉を絞り出した。

 

「……じゃ、じゃあ、お願いするだす」

「はい!」

「(へぇ……)」

 

 その反応を見た志津香が少しだけ驚いたように表情を変える。シィルだから、リズナだから許せる。そうではない。魔法使いだから許せない。それがこの国の当然の感情。だが、ロッキーはそれとは違う反応を見せたのだ。これまでも比較的拒絶反応が少ないとは思っていたが、一緒に炊事をするのを許す程とは思わなかったのだ。そんな光景を見て、静かに笑うのはルークとタマネギ。

 

「頑張っているようですねぇ」

「ああ、そうみたいだな」

 

 ハニワの里の温泉で話したように、ロッキーはゆっくりと自分の気持ちと向き合っているようだ。

 

「美味い!」

「おいしー!」

「おい、おかわりだ! 大盛りで持ってこい! さっさとしろ!」

 

 その後、予想以上に美味いロッキーの料理に感嘆したり、

 

「そういえば襲ってきたガキ、お前と同じ真空斬を使ってきたぞ。知り合いじゃないのか?」

「真空斬はコツさえつかめば簡単な技だ。噂によると、ブラック仮面という仮面の戦士も使えるらしいし」

「ああ、そういえばそうでしたね」

「ただの偶然か」

「(いやいやいやいや……)」

 

 ランスとシィルの天然ぶりに一同が心の中で突っ込みを入れたり、

 

「後ろを振り返ると……そこには!」

「ひぃぃぃぃ!!」

 

 学生のように怖い話で盛り上がったり、

 

「さっき夕飯が足りてなかったって言ってただろ。携帯食だけど、食べるか?」

「ありがとなー。うまうま」

「ほら、溢してるぞ。腹も出てるし、風邪ひくぞ」

「(なんかルークさん、妙にルシヤナちゃんに優しい気が……)」

 

 妹と同じ隻眼という事から妙にルシヤナに優しくしているルークに一部女性陣がやきもきしながら、夜は更けていった。

 

 

 

翌朝

-ムシ使いの村 中心部-

 

「ランス様……ランス様……起きてください……大変なんです……」

「……なんだ? どうした?」

 

 早朝、熟睡していたランスはシィルに体を揺すられて目を覚ました。シィルがこのような起こし方をしてくるのは珍しい。何事かとランスが体を起こすと、他の者たちも既に目を覚ましていた。どうやら最後に起きたのはランスのようだ。

 

「ランスさん、これが……」

 

 リズナが手に持っていた小瓶をランスに見せてくる。そのラベルには、『ムシ使いの解毒剤』と書いてある。目を見開くランス。

 

「なんだこれは!? 本当に解毒剤なのか?」

「多分ね」

 

 他の者よりも薬の知識があるプリマが肯定する。

 

「俺様が起きる前に探しに行ったのか? がはは、殊勝な奴らだ」

「違うわよ」

「トマトたちもさっき起きたばかりですかねー」

「そうしたら、ロッキーさんの枕元にこれが……」

 

 一同が起床すると、ロッキーの枕元に何故か解毒剤が置かれていたのだ。調べてみれば、どうにも本物のようである。だが、一体何故。ルークが一同に確認を取る。

 

「昨晩の見張りは珠樹、シトモネ、ルシヤナ、タマネギの順番だったな。何か変わった事は?」

「何もありませんでしたわー」

「同じくです」

「……ごめん。お腹一杯でちょっとだけうとうとしてた時間がある……」

「特に異常はありませんでしたね」

 

 モンスターの急な襲撃に備え、交代で番をするのは冒険者の常識。今回はこの四人だったが、どうやらルシヤナはうとうとしていた時間があるようだ。恐らく、その時間帯に薬を置かれたのだろう。ルークの傍に近寄ってきていれば気配で気が付けただろうが、グリーン隊とブラック隊で隊毎に固まって寝ていたため、ロッキーとルークの寝ていた場所は離れていた。そのため、来訪者の気配に気が付けなかったのだ。それでも来訪者が殺意を持っていれば気が付けたかもしれない。となれば、来訪者はこちらに危害を加える気はなかったのだろう。

 

「ごめんよ……」

「その油断が仲間を危険に晒す事になる。次から気を付けるんだぞ」

「ん……」

「(やっぱりなんか優しい!?)」

 

 反省するルシヤナの髪をわしわしと撫でるルークを見てショックを受けるかなみ。

 

「しかし何で枕元なんかに? 季節外れのサンダークロスか?」

「人の家に勝手に侵入して怪しげな物を置いていく赤い格好の不審者の事ね」

「止めてください、ロゼさん!」

「いやー! 子供の頃の夢が穢れるー!」

 

 絵本の題材にも良く用いられる、12月25日にやってくるというサンダークロスの言い伝え。本来はメルヘンな伝承も、ロゼの手に掛かればただの不審者である。頭を抱えて悶絶するインチェル。

 

「でも、とにかくこれでカオルさんを助ける事が出来ますね」

「おお、そうだな。急いで戻るぞ」

「はい、ランス様」

 

 そう、理由はともかくかなみの言うようにこれでカオルを救う事が出来るのだ。サイアスに頼むという奥の手を使わずに済んでホッとするルークの横に立ち、真知子が静かに口を開く。

 

「ルークさん、この薬を置いたのは恐らく……」

「ああ。ダークランスと一緒にいた女の子の可能性が高いだろうな」

「もしかしたら彼女は……」

「そうかもしれないわね」

 

 いつの間にかロゼも近くに立っており、話に加わって来る。廃墟となった村を見回しながら、どこかいつもよりも優しい口調で言葉を続ける。

 

「まだ生き残りがいたなんてね……」

「……難しいかもしれないが、調べておいて貰えるか?」

「判りました。ですが、あまり期待はしないでおいてください」

 

 ムシ使いの村に暮らしている謎の少女。彼女はもしかしたら、ドルハンとは別のもう一人のムシ使いの生き残りなのかもしれない。彼女は廃墟となったこの村で何を思い、どのように暮らしてきたのだろうか。ルークが真知子に調査を依頼するが、いつもよりもその反応はよろしくない。というのも、ムシ使いについての資料は殲滅作戦の際に多く処分されてしまったため、調査が難しいのだ。

 

「放っておく訳にもいかないからな」

「そうですね……」

 

 だが、ムシ使いは今も忌み嫌われている。もし彼女が本当にムシ使いの生き残りならば、今後魔法使いに命を狙われる可能性は高いのだ。出来る事ならば、救ってあげたい。そう思うルークと真知子であった。

 

「よし、帰るぞ!」

 

 こうして、ムシ使いの村の探索は完了したのだった。

 

 

 

-ゼス 琥珀の城-

 

「全く、いつまでわたくしはこうしていればいいんですの?」

「ぷるる……お願いだから言う事を聞いてくれ、エミ。これ以上お前を危ない目に遭わせたくないんだ」

 

 一方その頃、ラドン長官の根城である琥珀の城では怒り心頭といった様子のエミの姿があった。この数日、厳重な警備の琥珀の城から一歩も出る事を許されていない。これでは籠の鳥だ。

 

「お父様、わたくしの事ならご心配なく。あの程度の賊に負けるわたくしではありませんわ」

「負けたんじゃから大人しくしておかんか」

「ぐっ……」

「ふむ、何か……?」

 

 自信満々な口調の笑みだったが、老兵の一言にバッサリと切り捨てられる。その老人は、父であるラドンがエミの警護の為に呼んだ手練れ。四将軍、カバッハーン。エミの睨みに臆した様子も無く、平然と返事をする。エミはすぐさまラドンの近くに駆け寄り、ひそひそと言葉を交わす。

 

「お父様、あの生意気な老人は何とかなりませんの!?」

「ぷるる……雷帝はちょっと、その……あまり強く出れないぷる……」

 

 四天王の千鶴子には強く出ている各長官勢も、古強者であり長くゼスの国政に関わってきたカバッハーンには強く出られない者が多い。学生時代に教師であったカバッハーンから文字通りの雷を落とされた者も多く、未だにどこか苦手意識があるのだ。

 

「まあ、たまの休暇と思ってゆっくりしていてくださいな」

「ふん。バカンスの時期は自分で決めますわ」

 

 自分の警護に当たっているのは、四将軍の内三人。雷の将軍カバッハーン、氷の将軍ウスピラ、そして炎の将軍サイアスだ。この中であれば圧倒的にサイアスが話しやすいため、エミも愚痴はサイアスにぶつけている。それを笑いながらも軽く流すサイアス。手玉に取られている感じがして癪だが、他の二人の反応よりは圧倒的にマシだ。

 

「本当ならばムシ使いの村に行って、ドルハンを強化する予定でしたのに……」

「今出歩くのは危険ですね。また今度にしてください」

「心配しすぎですわ! 四将軍は臆病者の集まりだというのかしら?」

「国を守護する者として、臆病者なくらいが丁度良いんですよ」

 

 まさか自分がこの判断に救われていたとは思っていないエミはぷりぷりと怒るが、サイアスはそれを適度に流す。

 

「でも、予想が外れた……?」

「そうだな。来るならこちらだと思っていたが、どうやら別の場所に行ったようだ」

「ムシ使いの村が本命じゃったか。いや、ワシ等が動いたのに勘付いて目標を変えたと考えるべきかの」

「有り得ますね」

 

 四将軍の予想では、ルークはこの琥珀の城に来ると思われていた。だが、どうやらムシ使いの村に向かったようだ。対決は遠のいたなとサイアスが苦笑していると、部屋の中に外の見回りをしていたキューティが入って来る。

 

「ラドン長官」

「ぷるるっ! そうでしたね。キューティ隊長は今日までの約束でしたぷるね」

「はっ。治安隊本部を長く空けてしまっておりますので、申し訳ありませんが私とミスリーはこれにて失礼させていただきます。後任の者がすぐにやってきますので。盲目ではありますが、魔法の腕は私以上の……」

「説明はいりませんわ」

 

 しっしと無下に扱うエミ。女の子刑務所で口答えをした件で、どうもエミには嫌われてしまっている。キューティはそのままラドンとエミに一礼し、サイアスたちにも一声掛ける。

 

「後の事はお願いします」

「まあ、もう少ししたら俺たちも適当に掃けるさ。毒の有効日数を過ぎたら、レジスタンスがここに来る事はないだろうからな。それに、俺らもあまり長い事持ち場を離れる訳にもいかんしな」

「後任はあの者か。ふむ、楽しみじゃわい」

「キューティはこれから治安隊本部に……?」

「はい。仕事が溜まってしまっていますので」

 

 ウスピラの問いに頷くキューティ。ラドンにも言ったように、暫く本部を空けてしまっているので仕事が溜まっているのだ。

 

「ミスリーもいるし大丈夫だとは思うが、最近は更にレジスタンスの活動が活発になっている。気を付けろ」

「はっ! ありがとうございます!」

 

 敬礼をし、部屋から出ていくキューティ。その背中を見送りながら、四将軍たちは当ての外れた後の数日、どのように暇を潰すかを考えるのだった。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 グリーン隊詰所-

 

「ご心配をかけて申し訳ありませんでした」

 

 グリーン隊の詰所でカオルが頭を下げると、一同がワッと歓声を上げる。件の解毒剤の効き目は本物であり、ダニエルでも進行を遅らせる事しか出来なかったムシ使いの毒をあっという間に解毒してしまったのだ。完治したカオルは病み上がりであるため万全とはいえないが、こうして皆の前で話す事が出来る程度には回復していた。後数日もすれば、戦闘にも参加できるだろう。

 

「いやー、治ってくれて本当に良かったよ」

「俺様に感謝しろよ」

「あ、でも、元はといえばランス様を庇って……」

「ギロリ」

「あぅ……なんでもありません……」

「こらこら、シィルちゃんを睨まないの」

「くすっ」

 

 わいわいと騒ぐ一同。仲間の命が救われたのだ。喜ばないはずがない。すると、詰所の入口からルークとセスナが顔を覗かせる。

 

「ランス。喜んでいるところ悪いが、ウルザが呼んでいたぞ」

「ウルザちゃんが?」

「隊長、副隊長は集合だとさ。カオルは出られるか? 無理ならそう伝えておくが」

「いえ、大丈夫です」

「そうか、とりあえず無事で何よりだ」

「ありがとうございます」

 

 隊長、副隊長の招集。それは、新たな任務を告げるもの。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「カオルさん、もう大丈夫ですか?」

「ウルザ様、ありがとうございます。もう大丈夫ですので」

「無理はするなよ」

 

 ウルザとダニエルにも見舞われているカオル。何せついこの間まで死の瀬戸際だったのだ。無理からぬ事だろう。

 

「それでウルザ様、話というのは?」

「そうだ。どんな用件で呼び出したんだ?」

「それを今から説明する」

 

 サーナキアとランスが口火を切る。既にこの場にはサーナキアとアベルトも揃っており、各色の隊長は揃っていた。副隊長で参加しているのは、セスナとカオルの二人。ブルー隊とシルバー隊の副隊長は仕事中だったようだ。

 

「ラドンの奴隷観察場は知っているな?」

「ああ」

「当然だ。無理矢理そこに捻じ込まれていたんだからな」

 

 ランスは奴隷観察場に入れられ、ルークはラドンに冒険者として招かれた。細かな点は違うが、今回の冒険の始まりはどちらも奴隷観察場だったとも言える。

 

「噂でしかないが、どうもそこにヘルマンの皇子がいるらしい」

「なんだと!?」

 

 一同が反応を見せるが、一際大きかったのは意外にもルークであった。それを少し気にしながら、サーナキアが話を続ける。

 

「ヘルマンの皇子が何故そのような場所に?」

「目的は不明だ」

「ゼスの内情を調べるにしても場所が少し変ですね」

「それに、皇子自らというのも気になる……」

 

 アベルトとセスナも首を傾げる。何故そんな場所にヘルマンの皇子がいるのか。

 

「出来る事ならば接触を試みたい。上手くいけばヘルマンの支援を受けられるかもしれんし、敵対したとしても人質に取る事でヘルマンを利用できる」

「ガセネタである可能性は?」

「十中八九ガセネタだろう」

「ですが、万が一という事がある、という事ですね?」

「ああ、そうだ」

 

 ガセネタの可能性は高いが、あまりにもリターンが大きい。今はラドンが琥珀の城に戻っているため、奴隷観察場の警備も手薄なはず。騙されたつもりで探ってみても損はない任務であるとウルザとダニエルは判断したのだろう。

 

「ではボクが真偽を確かめて……」

「サーナキアは女だから無理だ。あの奴隷観察場には、男しか入れない結界が張ってある」

「ぐっ……そういえばそうだった。あの時もボクが入っていれば、決してランスなんか連れて来なかったのに……」

 

 ダニエルの言うように、奴隷観察場には結界が張ってある。そのため、以前奴隷観察場への偵察はサーナキアではなくアベルトが向かい、結果としてランスとロッキーを引き抜いてきたのだ。悔しそうに当時の事を思い出すサーナキアを他所に、アベルトが手を上げる。

 

「じゃあ父さん、今回もぼくが行きますよ。あそこには何度も行っているし、状況も把握している」

「うむ、そうだな……」

 

 話が纏まりかけている中、無言の者が二人いた。ルークとランスだ。二人とも何やら考え事をしている様子だ。

 

「(皇子か……うぅむ、アベルトと皇子。なんだかモテモテで美形な響きがしてムカつくぞ。俺様よりモテる事はないだろうが、芳しくはない)」

「それじゃあ、今回はアベルトに……」

「いや、ウルザちゃん。ここは俺様が行こう」

「えっ!?」

「ランスさんがですか? 今回の任務に美女は関係ありませんよ?」

「ふん、丁度気が乗ったのだ。あそこならば俺様も勝手を知っている」

 

 美女が絡まない仕事だというのにランスがやる気を見せた事に驚く一同。だが、ランスの言うように、確かにランスも奴隷観察場の勝手は知っている。

 

「それで、その皇子の名前は?」

「パットン・ヘルマン皇子です」

「…………」

「じゃあ、決まりで良いな? 今回の任務は俺様が……」

「いや、俺が行く」

「ん?」

 

 ランスが眉をひそめる。ほぼ自分で決まりかけていたところに、これまで無言であったルークが割り込んできたのだ。

 

「何だ急に?」

「パットン皇子は戦死したと言われている。だが、もし本当にパットン皇子が生きているのなら、俺を恨んでいる可能性が高い」

「何故だ?」

「いや、今更何言っているんだ!」

「解放戦の英雄か……」

 

 ルークの言葉の意味が判っていないランスにサーナキアが呆れ、代わりにダニエルがその単語を口にする。解放戦の英雄。ヘルマンの野望を砕き、リーザスを救った救国の英雄。それがルークに与えられた通り名。だが、裏を返せばヘルマン国からは恨みを買っている。人類最強の男トーマを殺し、皇子パットンの野望を砕いた男なのだから。

 

「もし上手く仲間に引き入れられたとしても、人質としてここに連れてきたとしても、俺の存在を知れば暴れる可能性が高い」

「だから……ルーク隊長が行くの……?」

「ああ。先にその不安を取り除いておく必要がある。仲間になるにしても、戦うにしてもだ」

「確かにな……」

 

 ダニエルが頷いたのを確認し、ウルザはランスにも視線を向ける。だが、ランスは別に反論するでもなく、ふんと鼻を鳴らしながら椅子に深く腰掛けたままであった。

 

「それじゃあ、今回はルークさんにお願いします。気を付けてください」

「ああ、了解した。すまんが、ランスもそれでいいか?」

「……ふん。美形だったら殺して来い」

「珍しくやる気を見せたと思ったら、それが目的か!」

 

 ランスの言葉にサーナキアが憤慨するが、ルークは気にせず会話を続ける。

 

「そうだ、タマネギを貸してくれ。バーナードと二人は何かこう、空気が重そうな気がする」

「一日1000ゴールドでいいぞ」

「というか、もうタマネギをブラック隊にくれ。あいつは使える」

「セスナかインチェルか珠樹と交換ならいいぞ」

「……珠樹なら……いや、今更交換もないな。駄目だ」

「じゃあこっちも駄目だ」

「(どちらかというと、今のはルークの方が我儘を言ってた気がする……)」

 

 珍しいやり取りにサーナキアが突っ込むべきかどうか迷う中、ダニエルが真剣な表情でルークを見据える。

 

「大丈夫なのか? 最悪、殺し合いになるぞ」

「…………」

 

 ダニエルの言葉を受けたルークは、パットン皇子に連なる者たちの姿を思い出す。

 

『ヘルマンの行く末を……皇子の行く末を……見られない事だけが心残りじゃ……』

『それと、一つ聞かせてくれ。パットンは……本当に死んだのか……?』

 

 トーマ将軍。ヒューバート。彼らだけではない。パットン皇子の野望を砕いた事が、どれだけの人から希望を奪ったか想像するのも難しい。自分だけの力で解放戦を勝ち抜いた訳ではない。だが、ルークはある決意をしている。

 

「ああ。それが俺の責任だ」

 

 『解放戦の英雄』という名を背負う者として、その恨みは全て受け入れる。

 

『私……おじ様に伝えてない……大好きだったって、お父さんみたいに思っていたって……伝えてないの……あぁぁぁぁぁ……』

『復讐を止められないのなら、いくらでも俺を付け狙え。殺される気はないが、いくらでも付き合わせて貰う。それが……俺に出来る唯一の事だ……』

 

 そう、あの時彼女に誓ったのだ。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 拠点入口-

 

「それじゃあ、これが奴隷観察場の見取り図になります。大したモンスターはいませんが、気を付けてください」

「ああ」

 

 先の会議から小一時間後、準備を終えたルークたちは拠点入口にいた。衛兵のワニランからアベルト手製の地図を受け取り、ルークが後ろに立つ二人を振り返る。一人は無言のまま親指を立て、もう一人は眼鏡をくいと上げる。

 

「行くぞ」

「…………」

「わざわざ指名を受けたからには頑張らせていただきますよ」

 

【ブラック隊参加メンバー】

 ルーク、バーナード、タマネギ(グリーン隊よりレンタル)

 

 

 

数時間後

-アイスフレーム拠点 拠点入口-

 

「ふぁ……」

 

 ルークたちが拠点を出てから数時間後、時刻は既に昼を回っていた。ガサガサと物音がしたのでそちらに視線を向けると、丁度近くの森で鍛錬をしていたシャイラとネイ、ナターシャの三人が戻ってきたところであった。

 

「あ、お疲れ様です」

「お疲れ。ワニランも毎日見張りは大変だろ?」

「皆さんよりも危険は少ないですから」

「あくびする余裕くらいはある?」

「み、見てましたか?」

「ははは!」

 

 決して嫌味ではなく、少しからかう口調でそう口にしたナターシャの言葉に顔を赤くするワニラン。それを見た三人がドッと笑う。

 

「ルークはもう出たんだよな?」

「はい、シャイラさんたちが森に出た少し後に出発しました」

「そうか、解放戦の英雄は不在か。それは残念だ」

「っ……!?」

 

 後ろから響いてきた男の声にいち早く反応したのはシャイラとネイであった。すぐさま武器を取り、振り返る。そして、眉をひそめた。

 

「ネルソン……エリザベスも……」

 

 そこに立っていたのは、ペンタゴンのリーダーであるネルソン。後ろにはエリザベスを筆頭に、20人程部下を連れている。

 

「ふむ。無事に解放されたようだな。心配していたのだぞ」

「よく言うわ……」

「本当だとも。一度は信念を共にした同士だったのだから」

 

 シャイラが女の子刑務所から解放された事を喜ぶネルソンであったが、どこかその大げさな口調にわざとらしさを感じていた。後ろの信奉者たちは気が付いていないだろうが。

 

「ウルザは息災かな?」

「何の用?」

「残念だが、今日は一兵卒である君に話がある訳ではない。リーダー同士の問題なのだ」

「っ……」

 

 ネルソンは武器を抜いていない。だが、彼の後ろに控える信奉者たちが目で威圧する。彼の言う『かつての同志』に向けているとは思えないような視線で、提督の邪魔をするなと。

 

「では、ウルザの元まで案内して貰えるかな?」

 

 




[人物]
ウスピラ・真冬 (6)
LV 33/42
技能 魔法LV2
 ゼス四将軍の一人にして氷の魔法団団長。ルークのレジスタンス入りに関しては特に大きな反応を見せず。彼と友人であるサイアスが戦うつもりならば、自分も容赦はしないというスタンス。

カバッハーン・ザ・ライトニング (6)
LV 42/56
技能 魔法LV2
 ゼス四将軍の一人にして雷の魔法団団長。ルークのレジスタンス入りに関しては何故か肯定的であり、戦うのを心待ちにしている。エミの警護は千鶴子が長官連中に押し切られ、四将軍三人派遣という大がかりなものに。

トー・チャン (オリキャラ)
 かつてザナゲス・ヘルマンと死闘を演じた良王とかなんとか。アリス作品からのゲストキャラでも何でもない完全なオリジナルって凄く久しぶりな気がする。それがこんなので良いのかは不明。全部トマトのせい。サエルーナ国はアリスソフト作品の「AmbivalenZ」より。カリコリルリ、ビッグアーサはアリスソフト作品の「大悪司」より。


[その他]
サンダークロス
 子供に聞かせる言い伝えの一つ。普段は大陸の北におり、悪人を懲らしめて報酬を得る。そしてその報酬を使い、年に一度12月25日にサンダークロスの存在を信じる良い子にプレゼントを贈ると言われている。子供の頃は素直に喜び、成長するにつれて誰がプレゼントを置いていたのかを徐々に察していく。それが大人になるという事。昨年のクリスマスにはルーク宅にも出没。ダークランスとざっちゃんが喜ぶ中、「忙しいのに悪いな」「なぁに、こっちも楽しんでやってるさ」とかそんな会話があったとかなんとか。なんだこの家族。
 また、余談だがランス6には「季節外れのサンタか?」というランスの台詞があり、ランスクエストマグナムには「サンダークロスなんてガキの頃に聞いたっきりすっかり忘れていた」というランスの台詞がある。ランス世界にはよくある事。細かい事は面白ければどうでもいいのだ。

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