菊月の帰還、ということで、自分も遅筆ながらまた書き進めていきたいと思います。
どこまで出来るか分かりませんが、完結だけはさせますので。
今しばらくお付き合い下さいませ。
……そして。
菊月、おかえりなさい。
押しては押され、押されては押し返し。一部海域を奪還してからは多少なりとも優勢だった戦局は、徐々に五分に戻りつつある。それはひとえに、深海棲艦どもの繰り出す戦力に依るものだった。
提督から召集を受けて、明石との会話を切り上げて向かったミーティングルーム。そこに座る艦娘たちと共に提督から聞かされた話は、深海棲艦の増えつつある海域への出撃要請。それだけならばいつも通り、準備をして出撃するだけの任務だが、その日告げられた内容はただの業務通達ではなかった。
「――新型の深海棲艦が確認された。それも、一種や二種でもない。最低でも五種以上の新型、それも鬼や姫に分類されるべき脅威が、新たに確認された」
その瞬間、会議室の空気が淀んだのがはっきりと理解できた。勿論、ここに集う誰も深海棲艦に遅れを取る気はない。恐れを抱きもせず、疲れを不満にもしない。戦うものである彼女ら艦娘は、心を折ることなどしはしない。
しかし、それでも。そんな艦娘をして、苦難と困難を明確に感じさせるほどの衝撃が、その報告にはあったのだ。
我々と協力関係にある他国のいくつかはそれら新型を中核とする深海棲艦舞台に抑えられ、こちらへ援軍を寄越すことなど出来ない。下手をすれば壊滅するかも知れないそれらへ助けを送りつつ、我々は自らに迫る別の新型を排除しなければならない。
敵の数は多く、こちらの戦力は疲弊し磨耗する。艦娘だけならともかく、艤装や弾薬、燃料の問題もある。かく言う
「――ああ、了解した。どれだけ敵がいようとも、私たちがそれを討ち払ってみせる。今、戦えぬ者が立ち上がれるようになるまで。眠る者が目覚めるまで。私たちが人を護ろう。さあ、我に続け仲間たち。このビッグセブン、長門がお前たちを率いる」
「お前にだけは任せておかないさ、長門。奴等に膝を屈する訳にいかないのは私も同じ。いや、ここに居る誰もが――否、艦娘の誰もが等しく抱いている感情だ。戦艦武蔵、たとえ一人になろうとお前だけに任せる気はしないさ」
立ち上がる長門、続く武蔵。その勇姿は艦娘を鼓舞し、満ち足りた戦意は戦う力へとダイレクトに変換される。仄かな燐光を纏う、部屋に集った艦娘たち。それを見て頷き、直近の作戦概要を説明しだす提督。
――そこへ、
……一瞬の間に伸びた思考が、海風の前に収束する。ふう、と息を吐けば、腰に備えた無線からアラームが鳴った。作戦開始の合図だ。
周囲には誰もいない。同じ艦隊の仲間は、離れたところで各々の役割を果たすべく待機している。艦隊の構成は六隻――
「……菊月、出る」
誰に聞かせるでもなく独り言ち、両脚に力と推力を籠める。左腰から『月光』を引き抜き、飛び出す準備をする。航路の確認も、弾薬のチェックも必要ない。今からやることは、極めて単純にして――極めて、慣れた戦闘方法だからだ。
左腰には『月光』。その下には軍刀と同じように造られたナイフが三本。右腰には同じく手斧が二丁。両手には黒いグローブ、首にはマフラー。背部艤装には爆雷だけを積み、それ以外に艤装の類は装備していない。砲も、雷撃も、いずれも。
「まさか、また
敵は未だ、彼方水平線の向こう。そこへ向けて――推力を解放した。
爆音を立てて弾け飛ぶ水面。一歩ごとに舞い散る飛沫が、
腰に下げた無線からアラームが鳴る。観測している加賀からの、敵艦隊が動き出したという合図。俺の目にも、雲霞のごとく黒雲を形成する艦載機が見えた。それを見据えながら――俺は、もう一歩
いや、一歩ではない。こちらへ向けて殺到する艦載機どもへ、針路を曲げることなく更に一歩。ぐん、と加速し、彼奴らの蠢く中へ突貫する。
「ぉ、お、おおぉぉぉお……!!」
左腰から『月光』を引き抜き、飛来する砲撃の雨を斬り払う。両断し破砕した破片が頬を掠めるが、怯まず更に前へ。殺到する駆逐級、軽巡、重巡の砲撃からも、身を躱さずに更に前へ――立ち塞がるあらゆるものを、全て無視してただ前へ突き進む。
「見え、た……っ!」
踏み出した瞬間、背中に熱を感じる。背後から放たれた砲撃が一発、命中したようだ。だが前へ。敵艦載機の群れを突っ切り、敵陣へ爆撃の雨を敢行する友軍の艦載機をも無視し、俺は跳ぶ。狙うは――
「そこか、旗艦ッ!」
跳びだしたまま宙空で手斧を引き抜き、構え。振りかぶり、目標は眼下の深海棲艦の親玉――海月を思わせるシルエットをした姫へと向かって、手斧を叩き下ろす。
「あぁ、あ、あぁぁああぁあっ!!」
「ナニ、ナンナノ、ァァァァアッ!!?」
身を攀じろうとした姫の肩口へ、肉を食い破り突き刺さる手斧。それを支えに、『月光』を眼前の敵の胴体へ。堅い肉を突き破る感触とともに噴き出す青黒い
「ッ、沈め、沈め……っ!」
「イヤァッ、イヤァ……ッ!! ハナレロ、ォッ!」
「ぐ、うっ……!」
海月姫の手が、俺の腹を打ち据える――激痛が走り、
……これこそが、
「悪いが、貴様だけに拘っている訳にもいかぬのでな……! さあ、沈めッ!」
暴れる海月姫へしがみ付いたまま、再度片手を腰へと伸ばす。掴み取ったふた振り目の手斧を横に大きく振りかぶり――彼奴の脳天めがけて、斜めに振り下ろす。鈍い手応え。彼奴の身体から力が抜けてゆき、しかしそれでもまだ砲を動かす力は残っている。しぶとい、流石は深海棲艦。異形の化け物だ――と漏らしながら、俺は彼奴に突き刺さっている斧とナイフ、『月光』を引き抜く。そのまま、憎々しげにこちらへ手を伸ばす化け物から逃れるように彼奴の身体を蹴り、跳び退り、
「こいつはおまけだ。大人しく沈んでゆくのだな……」
爆雷を投擲。放り投げたそれは彼奴の胸元へと吸い込まれるように飛んでゆき、眩ゆい閃光を放ち炸裂する。炎に包まれ、黒煙を上げて崩折れる深海棲艦。瞬間――
『見えたわ、菊月。首尾は?』
「沈めたはずだ。が、確証はない。手筈通り頼む」
『了解したわ。気をつけてね』
無線越しに聞こえる加賀の声。此方を気遣う感情と冷静に作戦を遂行しようとする意志の混ざり合った声音に返答し、後ろへ思い切り跳ぶ。ただでは逃さん、と放たれる取り巻きどもの砲撃のいくつかを受けつつも、離脱を優先し――充分離れ切った頃、そこへ目掛けて爆撃が開始された。先程、突入の援護をしてくれた加賀だけでなく、控えていた艦娘全員による飽和攻撃。主力空母への被害を最小限に留めるための戦法は、思いの外よく機能したようだ。
「作戦成功、かな。とりあえすは……っ、くうっ。流石に厳しいが、まあ直ぐに迎えは来るだろうさ……」
先程砲弾が命中したところがじくじくと痛む。が、予想していたよりも遥かに軽微な損害で作戦を終えることが出来たのも事実。内心の『菊月』も、満足げに頷いている。
『月光』に付着した体液を振り払い、鞘へと収める。見上げれば、加賀の艦載機が此方へと向かって来るところだった。それへと手を振り、無事だと示す。一つ伸びをすれば、
菊月、おかえりなさい……っ!!