私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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言ってた通りに閑話で提督編です。わりとガラッと雰囲気変わるかもです。


閑話、割と深刻な提督の事情、その一

 我が鎮守府では、全体起床時間をマルロクマルマルと設定している。

 

「――うむ、朝一の陽射しはやはり眩しいな」

 

 故に、俺は――この鎮守府を統括する提督である俺は、だいたいいつも朝五時より少し前に目を覚ますようにしていた。

 理由と呼べる程の理由ではないが、こうなった原因は幾つかある。その内の一つは元々俺が早起きだからで、二つ目は今が日の出の早い夏だからだが……勿論、そんなことだけを理由としてはいない。提督という業務上必要であるから、早起きをしているのだ。

 

「――提督、作戦完了です。報告をしても?」

「構わない、入ってくれ」

 

 寝間着から着替え終わり、顔を洗い、身嗜みを整え、寝室の真横の執務室へ繰り出して数分後。その業務の一つが向こうからやって来た。もう一度鏡で顔をチェックし、その後彼女を招き入れる。

 

「軽巡洋艦神通、作戦報告に参りました」

 

 朝一で行われる俺の仕事。それは、遠征に出していた艦娘の作戦報告を処理することである。

 基本的に、この鎮守府では遠征任務は夕方過ぎから夜、翌日朝に掛けて行われることが多い。何故なら、昼間はどの艦娘も別の任務に就いているからだ。それは出撃であったり、迎撃であったり、はたまた鎮守府近海の警備であったりと様々であるが、数の限られた艦娘を運用するに当たっては昼間から彼女らを遠征に出す余裕は存在しないのだ。

 よって、遠征隊に割り当てられた彼女らは、通常業務終了後に遠征へと出立する。出立し、帰還し、その内容を書類に纏め次第俺の元を訪れる手筈となっている。それを捌くことが、朝起きて始めてする仕事となる。

 

「神通隊は――北まで出て貰ったのだったな。撃破敵数も多い、海域の治安維持もこの所は問題無いレベルだ。これならば、大本営からも燃料を融通して貰えるだろう――良くやった、神通」

「い、いえ! そんな――恐縮です」

「神通と共に出撃した遠征隊の面々は、本日は鎮守府待機だ。各自疲労を抜き、不測の事態に備えられるようにしておくように。神通はこの旨をメンバーに伝えること。以上だ」

 

 戦場とは打って変わって弱気になる神通に軽い愛らしさを覚えつつも退室を促す。同様の報告を数件受け、それらを適切に捌けばやっと朝食の時間だ。この頃には、およそ全体起床時間を少し回った頃となっている。

 

「あら、おはようございます、提督さん」

「ああ、おはよう間宮さん。今朝はまだ、皆は来ていないようだな」

「と言うより、提督さんの来るのがいつもより早かったんですよ、ほら」

「なるほど。まあ、それはそれとして俺はいつものを頼む」

 

 まだがらんとした食堂には、しかし既に良い匂いが立ち込めていた。そこで一手に厨房を切り盛りする間宮さんと言葉を交わし、朝食のトレイを受け取る。載っているものは白米、塩鮭、味噌汁に出汁巻、きんぴらごぼう、そして熱い緑茶。このラインナップは、俺にとって譲れないものの一つだったりする。――と、柄にもなく朝食に胸を躍らせていると久し振りに見る顔を見つけた。

 

「よう、霧島。隣良いか」

「あら、司令じゃありませんか。おはようございます、隣どうぞ」

 

 許可を取り、腰を下ろす。手を合わせて食材と間宮さんに感謝をすれば、さっそく鮭を口内に放り込んだ。噛むたびに流れ出る鮭の旨味と強めの塩味が、白米に箸を進ませる。この塩味があるから、この緑茶もより美味く感じるんだよなあ――などと一人感慨に耽っていると、右隣の彼女から視線を感じた。

 

「どうしたね、霧島。言っておくがシャケはやらんぞ」

「いえ、シャケはいりません。気になっていたのは、最近司令と金剛お姉様は上手くいっているのかと」

「なんだ、そんな事か――いや、お前達にとっては『そんな事』では無いな。……まあ、何だ。あいつにはいつも助けて貰ってるよ。もう金剛無しじゃいられない位にな」

「それを聞いて安心しましたよ、司令。安心しましたので、私はお先に失礼させて頂きますね。今日の任務は久々に此処での出撃ですので」

「基本的に出向ばかりだからなあ、お前達。まあそれを決めてる俺が言う事でも無いんだが――せめて数日は楽しんでくれ、またな」

 

 離れていった霧島を見ながら、そう言えば彼女は制服だったなと思い至る。基本的に朝食時は私服、あるいは寝間着で食事を摂る艦娘が多い。それに比べて彼女は制服、久し振りの古巣で気合が入っていたのかと苦笑し――

 

「ああ、違うな。『今まで此処以外に居た』から制服なんだろう。霧島、あの後すぐに出向だったしな」

 

 ――それをノーと断じた。

 朝食時は私服、あるいは寝間着で食事を摂る艦娘が多い、これは事実ではあるが共通項ではない。正確に言えば、『この鎮守府において』、あるいは『この鎮守府である程度の期間を過ごした艦娘』に限って、朝食時に私服や寝間着を用いる。それも、丁度一年と少し前を発端として。

 

「原因っつーか何つーか、まあ分からないでもないが。実質好影響しか出てないんだよなあ」

 

 本人の不気味さは別として、という言葉を最後の緑茶と一緒に飲み下して、トレイを持って立ち上がった。間宮さんにそれを返却し、人の増えつつある食堂を後にする。これからは、執務の時間だ。

 

「深海棲艦の上位個体が増えつつあるだろー、鬼や姫の出現頻度とその強靱さも上がりつつあるだろー、にも関わらず全体数は減ってるように見えるだろー、そんでもって南西海域はいっそ不気味なくらいに静まり返ってるだろー。懸念事項は山積みだし、いっそ戦線を押し戻してるのが不思議な位だし、全く嫌になってくるね。最近は、大本営も資源の融通量を全体的に減らしてるみたいだし」

 

 呟きながら、今日やるべき内容を整理する。戦局に関しては午後から会議を行うとして、資源備蓄を増やす方向に舵を取るか、それとも海域奪還に舵を取るか。

 実質、艦娘の質や量、装備、その他戦備において、この日ノ本の国に置いて最高戦力を揃えているのは我が鎮守府なのだ。俺達が先陣を切らなければという思いもある反面、どれだけ我々が精鋭であろうとも戦えない時は戦えないのだと言う事実も眼前に横たわっている。

 ままならないものだ、と気取りながら執務室のドアを開く。当然のごとく机の側に立っていたのは、大淀だった。

 

「――あー、そうか」

「提督、おはようございます。――って、どうされましたか?」

「いや、お前の顔を見てもう一つ懸念事項を思い出しただけだ」

 

 溜息を吐き、執務机の椅子に座る。机の上にすでに用意されていた書類やファイルに目を通す前に、俺は大淀へ問い掛ける。

 

「大淀」

「はい」

「本日マルナナマルマルまでの段階で、『轟沈』艦娘はどれ位増えた」

「――呉で一、リンガで一、トラックで一、合計で三隻です」

「――そう、か」

 

 俺は、大きく――本当に大きく、溜息を吐いた。




閑話、わりと長くなりそうな予感。

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