繋がれた手に勢いよく引っ張られ、前のめりになりながら駆ける。速度を出すことで感じる風は、海の上のものとは違って新鮮だった。
「ほらっ、お姉ちゃんこっちですよっ!」
「こらっ、落ち着け三日月……!」
二時間ほどバスに揺られ、辿り着いた高速道路のサービスエリア。昨今の例に漏れず様々な屋台や店の並んだそこは、『俺』にとっては見慣れたものであっても『菊月』――ひいては艦娘たちにとっては未知の領域。まるで見たことのない世界だからか、駆逐艦だけでなく様々な艦種の艦娘たちが勇んではしゃぎ回っている。かく言う
「落ち着け、って言われてもお姉ちゃん! 落ち着けないですっ!」
「分かったからせめて手を離せ、あと速度を落とせ! 思い切り速度を出しているからお前のスカートが捲れそうなんだぞ……!」
立ち止まろうとする
「……いいか、三日月。お前が物珍しさを感じるのも分かる。分かるが、我々は艦娘なのだ。あまりはしゃいで無様を晒す訳にもいかないのは分かるだろう」
「それは――分かりますけど」
「そして、もう一つ。ここに居るのは私達だけではないということだ。ほら、提督お手製のしおりの注意事項の欄にもあっただろう? 『常に周囲に目を配り、守るべき市民に迷惑をかけるべからず』とな」
話が進むに従って、三日月はしゅんと項垂れてゆく。日頃から三日月を犬っぽいと思っている
「ごめんなさい、お姉ちゃん。お姉ちゃんやみんなとお出かけできて、こんな見たことのないところに連れてきてもらって、ちょっと浮かれてたみたいです。――駄目ですね、私」
「……反省したのならば構わない。それに、浮かれているのは
「お姉ちゃん――はいっ!」
落ち込んだ顔から一転、花の咲くような朗らかな笑顔に転じた三日月。その三日月にウインクすると、
「すっごいぴょん!! おっきいっぴょん!! 楽しいっぴょん!!」
吹き抜ける一陣の風のように、俺と三日月の間を駆け抜けていった卯月によって、その手は思い切り弾かれた。
「……どうやら、エスコートの前に浮かれた馬鹿者を怒らねばならんようだな――卯月っ!!」
去りゆく背中に大声をかけ、三日月と二人で追いかける。エスカレーターや階段を登ったり降りたりの末に挟み討ちで引っ捕えるまで、
――――――――――――――――――――――――
「ふう……」
思わず溜息が出た。といっても憂鬱な気分ではない、むしろはしゃぎ過ぎて疲れたくらいだ。だからこの溜息は――おそらく、『俺』がこの光景から想像しているものについて。
「……何の変哲もない、普通の、『よく見知ったサービスエリア』だよなあ……」
サービスエリアなんて、一部の特徴的なそれを除けばだいたい同じような施設だ。だからこそ、ここを訪れた際に俺は既視感を覚えた。『俺』が『菊月』でなかった頃に見た光景と、この光景を重ねて。
「…………」
今、眼前に広がる施設や屋台には艦娘達がひしめいている。それぞれが誰だかは彼女達が私服を着ていようと理解できる。それは『菊月』の視点。しかし、彼女達を私服を着たただの女の子と見做した場合は――それは、ただの人間の視点となる。
例えば、今屋台で買い食いをしている赤城と加賀を見て艦娘、正規空母だと見抜ける一般市民は――少なくともこの世界には――いないだろう。生き生きと笑いあっている彼女達をその視線で見た時に、俺はただの人間としての感覚を思い出してしまったのだ。
「……まあ、初めて感じた割に中々心地良いがな」
そして、その『ただの人間の視線』が俺に感じさせたものは郷愁の念だった。ただの人間の視点から見る懐かしい光景。しかし、
懐かしく、それでいて不思議な、ともすればこの世界のどこかに人間の『俺』がいるんじゃないかなんて妙な思考を笑い飛ばし――残っていたのは、もはやそれらに未練の欠片すら残していない『俺』の思考だった。
「……何を今更。当たり前、だな」
懐かしくはあるが、未練はない。
そしてなにより、そこには守るべき姉妹がいて、頼るべき仲間がいて、そして――菊月がいる。なら、『俺』にとって大切なものは何方かなど考えずとも自明だろう。
「私は菊月だ。今も、これからもな」
そう呟けば、飲み終わったジュースのペットボトルをゴミ箱に突っ込みベンチを立つ。俺は懐かしい風景と重なる視界に背を向け、足取り軽く姉妹の待つバスへ歩き出したのだった。
ちなみに長月と如月はうーちゃんの監視を命ぜられてましたが隙をついて逃げられました。
みんなかわいいですね。