私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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今回は菊月(偽)が寝てた時の大型作戦の一幕。


幕間『その名は』

――飛び交う砲弾、風に乗る硝煙。前方を埋め尽くすのは深海棲艦の群れ、そして群れ。その思考を憎しみと悪意に塗り固められた、同胞ども。――哀れだ、と、私はそう思った。

 

「なあ、大和」

 

展開した艤装、私達大和型の象徴でもあるその三連装砲で敵を沈める。あれは軽巡。あれは戦艦。狙い澄ました一撃は漏れなくそれらを撃ち抜き、巨大な暴力がきゃつらを爆散させる。反撃に放たれた砲弾は、片手で薙ぎ払った。弾け砕ける砲弾が海面へと直撃し、飛沫を上げる。

 

「あら、珍しいわね武蔵。あなたが戦闘中に声をかけてくるなんて」

 

「そうでもあるまい。私は存外に、口達者なものだぜ」

 

「うふふ、そうかしら。それで、内容は? 新しい敵艦かしら、それとも負傷でもしたかしら。見たところ、撤退の必要はまだ無いようだけれど」

 

「ん、いや。――何ということはないのだ、ただ、何となく声をかけてしまった」

 

言ってから、顔を背ける。『何となく』恥ずかしくなった。視線を向けた先には敵艦。背後から聞こえる、姉のくすくすという笑い声を聞きながらそいつを沈めた。

なんというか、こう、この世界に武蔵として生を受け、それなりに剛毅な性格をしていると我ながら思うが。やはり姉には勝てない。……恥ずかしい。多分私の頬は、少しばかり赤いだろう。

 

「あら武蔵、耳まで真っ赤よ」

 

「そんなにかっ!?」

 

私は柄にもなく恥ずかしくなり、勢いよく振り返る。振り返ってからはっ、と気がついた。

 

「いえ、よく見たらほっぺたがちょっと赤いだけね」

 

「……この作戦が終わり次第、貴様を酔い潰してくれる」

 

「え、ええっ? 武蔵、これ、そんなに恨まれること? いつもは許してくれるじゃない」

 

「……何となく気に障った。今日は許さないぜ、運が悪かったと思うのだな」

 

「……何となく、ね」

 

飛来した砲弾を鷲掴みにし、握りつぶす。じんと痺れた手を振るいつつ眼鏡を直し狙いを定める。――砲撃。攻撃の反動で態勢を崩していた戦艦の胴を容易く食い破り、深海棲艦は一撃で爆散した。

敵艦撃破。幸いにして周囲の敵艦はひと段落ついたようで、背後から空母や戦艦連中の集まってくる駆動音が聞こえる。だからだろうか、姉の言葉にふと、手を止めた。

 

――『何となく』。そう言えば最近よく使う。いつからか正確には思い出せないが、おそらく――あの風変わりな、小さな駆逐艦と接触してからだろう。そして、多分、こういう風にあれこれと思索するようになったのもそれからだ。

額に人差し指を当てる。眉間には皺が寄っていた。

 

「武蔵、そろそろです。艦隊のみなさんと、連合艦隊。どちらももうすぐ揃うそうですよ」

 

私はその声に顔を上げた。目の前にはこちらを向いて微笑む姉――大和の姿。ふと、ならば姉はどうなのかと思った。

 

「ああ、分かった。――ところで大和」

 

「はい、どうかしましたか武蔵」

 

「私は最近よく『何となく』と使うようになったが、大和、お前はそんなことはないのか。別に言葉でなくてもいい、『何となくこうする』、『何となくこう思う』、そんなことはあるのか」

 

「無い――いえ、殆ど無い、ですね」

 

即答。それに対し、私は、

 

()()()()()()()()

 

想像していた通りの答えに、想定していた通りの返事を返す。当たり前だ。私達艦娘は、もとよりそのように造られてはいない。

 

「『精神の不安定な揺れ動きに行動を任せることはあるか』、ということよね、武蔵?」

 

「ああ。だが――まあ、今回は私が馬鹿らしい。そういうのは、()()()の専門だ。憎しみと怒りと悪意、常に揺れ動く幾多の不安定な感情をもとに破壊を生む深海棲艦の。我々と違い、学び、成長することすら出来ない亡霊のな」

 

「そうね。でも、あなたのその変化は良いことだと私は思うわ。あの子からの影響だろうけれど、その方が見ていて可愛らしいもの」

 

「――っ、からかうのは止めろ、皆が来た!」

 

背後から迫る敵艦を掃討し終えた仲間たちが、大和の前にずらりと並ぶ。赤城、加賀、金剛、その他錚々たる顔触れの並ぶ連合艦隊は、間違いなくこの鎮守府最強――いや、あるいはこの海で最も強いとすら言えるかもしれない。彼女らの精悍な顔つきに恥じぬよう、私も浮ついてはいられないだろう。

 

「お疲れ様です、みなさん。此方の艦隊――おそらく敵姫級の取り巻きの一部、先遣部隊は殲滅しました。其方はどうですか」

 

「こっちも問題nothingネ。敵予想侵攻ルート上に点在していた艦隊は、みんな海の藻屑デース。また、さっき出現した軽巡と駆逐、輸送級からなる敵艦隊(enemy)も撃破完了ネ」

 

「その軽巡艦隊に関しては不自然なところもあったけれど、現状どうすることも出来ないから此方へ合流したわ。今のところ索敵には何も反応は無いけれど、私と赤城さんで警戒は続けます。何かあればすぐに伝達を――と、まさか言い終わる前に報告する羽目になるとは思いませんでした」

 

加賀と赤城は、偵察機が向かっているであろう方角を見遣る。視線に釣られ、私も同じように其方を向く。そして、全身にかかるプレッシャーが一段と強くなったことを感じた。

慣れ親しんだこの間隔。皮膚が粟立ち、戦意が高揚する。

 

「――敵深海棲艦群、姫級。はっきりと艦種は判別できないけれど、艦載機を発艦させているわ――空母、いえ、水上機母艦かしら」

 

「敵艦載機と航空戦に入ります! みなさん、戦闘準備を!」

 

加賀、次いで赤城。その言葉に、艦隊の先頭に躍り出たのは金剛だった。それに続くのは彼女の妹たち、そして連合艦隊。頼もしい、と改めて感じる。

 

「――制空権を確保! 敵艦隊、来ます!」

 

既に敵深海棲艦の姿は視認できる位置にある。やはり姫と言うべきか、その取り巻きの数は圧倒的に多い。しかし、たったそれだけで我々が負けるものか。気勢を上げる金剛達。それに続けと私も艤装を構え、狙いを定め――

 

「――っ!?」

 

瞬間、海が爆ぜた。私達の背後(・・)の海が。

 

「――何だ、何が起こった!!」

 

理解が追いつかない。突如として生まれた天に向かって伸びる瀑布が、敵も味方もを巻き込む大波を生む。ひっくり返る者は流石にいないが、足を取られてしまうのも事実。加えて、余りのことに振り向いてしまったのが悪手だった。正面に位置していた深海棲艦群――我々よりも爆心地から遠い彼奴らは態勢をすぐさま立て直し、此方へ砲撃を仕掛けてくる。一瞬の間に制空権が奪い返され、砲弾の雨が降り注ぐ。そして、水柱の中からそれ(・・)が姿を現した。

 

「ドコダ、ドコダ駆逐()ァァァァァァンッ!!」

 

怒りと憎しみと悪意で破壊を撒き散らす深海棲艦、その権化とも言えるそれ。ある意味で見慣れたその姿、その咆哮。飛行場姫は出現と同時に担いだ大剣を振りかぶり、猛烈な速度で此方へ向かってくる。標的は――艦隊の最後尾に位置する、二人の空母。必死に制空権を取り戻そうとしている二人は、反応が遅れる。

 

ぞっ、と背筋が凍る。

 

「っ、危な――」

 

言いかけた私の目に映ったのは、一直線に二人めがけて飛び出した姉の姿だった。全力で突き進み、赤城と加賀のもとへ辿り着き、二人の間を抜ける。しかし速度を落とさずに、そのまま迫る飛行場姫へ向けて突貫し、

 

「……ぐ、うおっ……!!」

 

再度、海が爆ぜる。腕で顔を庇うのと同時に響く、耳を劈く鉄音と衝撃。それらによって生まれた先程よりも大きな揺れ、それは今度こそ深海棲艦群まで伝播し、敵も味方もが動きを止める。戦闘中とは思えないほどの静けさに、私は耳鳴りすら感じた。ばしゃばしゃという水音が、妙に耳に届く。そしてそれらが晴れた時、私は目を疑わざるを得なかった。

 

「もう、私に――」

 

そこにいたのは飛行場姫。そして――

 

「――敗北はありません」

 

海すら抉るほどの加速と踏み込みで放たれた飛行甲板の大剣を、突き出した右腕一本で掴み止めている、大和()の姿だった。

 

「グ、コノ……!」

 

「借りを返す、という意図はありません。あの時敗北したのは、私の練度が足りなかっただけですから。しかし、それを二度とは繰り返しません――行きますよ、深海棲艦っ!!」

 

黒く鈍く光る大剣の刃に、大和の指が食い込んでいる。その手からは血が流れ出し、ところどころ皮膚が裂けた腕を伝って海へと落ちている。その腕を思い切り引き、我が姉は大剣ごと飛行場姫を引き寄せる。そして、

 

「キサマ、キサマガァァアッ!!」

 

「全砲門、開け――撃てえっ!!」

 

三度目の爆発。46cm三連装砲、そして大和にだけ搭載された試製51cm連装砲が炸裂し、極至近距離で飛行場姫の身を穿つ。一瞬の後、空高く黒煙を棚引かせながら舞い上がったその身体は、力なく海面下へと没した。

 

「チ、キサマラ――」

 

「深海棲艦よ、聞きなさい」

 

大和はそのまま右腕を大きく回し、掴んだ大剣をぐるりと回す。一度だけ宙を舞ったそれの、今度は柄を大和は掴み取る。その動作に、私の心は大きく震えた。凛とした佇まい、海原を踏みしめる全身の力強さ、そして表情。敵わない、と素直に思った。

 

「怨嗟に固まったあなたたちの魂の奥底にも、我が名は刻まれているはずです――その魂が、私達の片割れである限り」

 

両足を開き腰を落とし、掴んだ大剣を肩に担ぐ大和。その全身から燐光(キラキラ)が立ち昇ろうとも、動くものは、動けるものはそこにいなかった。

 

「我が名は大和――戦艦、大和」

 

深海棲艦に動揺が走る。それはその戦艦の名故か、それとも大和の名を持った国への感情故か。それがどちらにせよ、私は『何となく』奇妙な安心を抱いた。

 

「……護国の刃! いざ、推して参ります――!!」

 

その言葉とともに、大和が駆けた。大和型の機関を最大限に回転させ、踏み出す一歩ごとに爆発的な加速を生む。私はそれを知っている、あの風変わりな駆逐艦が、ドイツで見せたあの航法。それを、大和は私達に魅せる。

 

「ワ、ワタシハ……ワタシタチハ……!」

 

「ちぇすとぉぉぉおッ!!」

 

敵姫級の前に、深海棲艦が集まってゆく。それはあたかも姫を守ろうとするかのようで、きっとそれは憎しみに染まった魂ですら動かす大和に打たれての事なのだと感じる。そして、大和はそれらを推力だけで吹き飛ばし――たった一刀のもとに、姫級を両断した。

 

「今は沈みなさい。……願わくば、あなたたちの魂が安らかにあらんことを」

 

「……ソウ……ソウナノネ……あり、がとう……」

 

胴体に走った大きな傷、そこから溢れ出る青黒い体液。それをものともしないような穏やかな笑顔で、姫級は大和へそう言い……崩折れるようにばしゃりと沈む。それを見届けた直後、大和も膝から崩れ落ちた。片手に握っていた大剣は手放され、深海へと沈んでゆく。

 

「っ、大和っ!!」

 

まさか、どこかに負傷があるのか。飛行場姫との激突は、無理をしていたのではないか。感じた恐怖をかき消すように駆け寄り、その身体を抱き起こす。

 

「大和、おい大和! どうした、しっかり――」

 

ぐぅ、という間の抜けた音。見れば、大和の顔は耳まで真っ赤だった。思わず噴き出す……全く、この姉は。

 

「その、ね? さっきので張り切り過ぎちゃって、燃料を全部……帰りの分まで使っちゃって。その、お腹が空いて動けないの」

 

「……艤装に乗せて、おぶって帰ってやる。帰ったら間宮を奢れよ」

 

差し出される右手をぐっと掴み、身体を引き起こす。私の知っていた華奢な手はいつの間にか豆だらけの、すこしだけ固いものに変わっていて、そのことに私はふと笑みを漏らすのだった。




Q.深海棲艦なんか斬撃耐性無かったっけ

A.大和にそんなちゃっちいのは効きません!!!!

というわけで大和回でした。性能がダンチなので、大和にならこれぐらいは出来ますという。ただし燃料は一回ですっからかんになるので、これを使いまくって攻略とかは出来ません。

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