私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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新年明けましておめでとう御座います。
今年もよろしくお願い致します。

はい、三が日終わったし四日に投稿しようと思ったら早速遅刻しました。もっと頑張らないと、ですね!


ザ・秋刀魚ハンターズ、その十

ぱちり、と目を開ける。

ざわざわと五月蝿い周囲を見渡せば、右も左も艦娘だらけ。一応は全員詰めているようだが、これでは少し狭いと言わざるをえない……かも知れない。

 

「さて、皆さん。飲み物と秋刀魚は行き渡りましたか?」

 

壇上に立つのは間宮さん。いつもの割烹着に加え、紙コップに入ったお酒を片手に持っている。その彼女の呼びかけに応えめいめいに声を上げる艦娘たちを横目に、俺はちらりと空を見上げた。天候は良く、青空のもと、俺達は中庭にいる。吹きつける寒風も、艦娘達の熱気の前に少し和らいでいるような気がする。

視線を落とせばこれまた目の前には、バーベキュー用のコンロと網。山と積まれた秋刀魚の切り身。そしてコンロの周りには、開会を今か今かと待ち続ける仲間達。そのはしゃぎように、少しだけ溜息を吐く。

 

「――大変長らくお待たせしました! 提督も御着席頂きましたし、これより秋刀魚漁作戦打ち上げの酒宴を開会したいと思います。みなさん、御起立をお願いします」

 

間宮さんの言葉に続き、レジャー用の折り畳み椅子から立ち上がる面々。続くように菊月()も立ち上がる。片手に持った紙コップには、なみなみと注がれたオレンジジュース。酒も飲めるのだが、今日は駆逐艦にはこれらしい。

 

「それでは、僭越ながら私間宮が乾杯の音頭を取らせて頂きます。みなさん、今回の作戦行動は本当にお疲れ様でした。お陰様で秋刀魚の缶詰は沢山作れましたし、資材も十分に確保できたと聞いています。それでは、このみなさんの奮闘と秋刀魚の大漁を祝し――乾杯っ!」

 

乾杯、と鎮守府中庭に響き渡る間宮さんの声と、それを覆うような乾杯の大合唱。全員が紙コップの中身を空けると、直ぐさま香ばしい音が聞こえ始めた。

 

「っしゃー! 食べるわよーっ!!」

 

「……陽炎、行儀が悪いぞ。腹が減っているのは分かるが、せめてきちんと焼けるまで待て」

 

「そうですよ。――あら、陽炎さんは塩焼きではなくタレで焼いているのですか。そちらも美味しそうですね」

 

菊月()のいる席に座る艦娘は四人。そのうちの一人である陽炎は、菊月()の眼の前に座り秋刀魚を焼いている。その陽炎の隣に座るのは神通で、此方は火の弱いところで秋刀魚を焼きつつ酒を飲んでいるようだ。そして、俺の隣に座るのが、

 

「んー、焼くのも良いけどさ。ボク(・・)はお刺身が食べたかったなー。ね、菊月もそう思わない?」

 

――皐月(・・)。睦月型駆逐艦にして菊月()の姉、皐月その人がそこにいた。

 

「……いや、別に。それよりも私は、お前がここに居ることの方が驚きなのだがな。聞けば、姉妹で知らなかったのは私だけだとか」

 

「別に隠してた訳じゃないって。単に菊月が出撃しまくってたから、ボクと会わなかっただけだろ」

 

「……まあ、そうなのだがな。しかし皐月、どうしてこの鎮守府へ来たのか教えてくれないか。秋刀魚漁の為だけに来た訳では無いのだろう?」

 

「ま、だけってことは無いね。秋刀魚漁のお手伝いもしに来たけど、基本的にみんなが出撃してる間の鎮守府周辺の警備とかを任務として行ってたんだ。で、今度はそれが終わったからこっちで訓練をさせて貰うってわけ」

 

「……訓練を?」

 

「うん」

 

皐月の言葉に引っかかりを覚えた俺は、眉間に指を当てて考え込む。そんな菊月()の様子を見て、あはは、と笑いだした皐月は口を開いた。

 

「別にそんな大掛かりなものじゃないよ。単にボクが今の実力じゃ満足できなくなったから、司令官に頼んでこっちに出向させて貰ったんだ。ほら、やっぱり戦力の充実してるこっちの方が良いでしょ? それに、最近軍刀ばっかり使い過ぎてまともな砲雷撃戦の仕方が鈍ってる気がしたし、刺激が欲しかったんだ」

 

「……ふむ」

 

確かに皐月はミッドウェイにいた頃から向上心――あるいは闘争心だが――が強かった。そして、その皐月が言うのだから嘘は無いだろう。ならば、と考え視線を上げる。その先に居るのは……神通。

 

「……ならば、神通。済まないが皐月と――それと、私に。もう一度訓練を施してくれはしないだろうか」

 

「――あら。皐月さんはともかく菊月、あなたもですか」

 

「……ああ。私もこの頃、砲雷撃以外の手段を使った戦い方に染まってしまっているからな。……結果を出せばとは言うが、それにしても我ながら邪道に過ぎると痛感している。本来なら、陽炎との勝負に勝って駆逐艦としての戦い方を教授して貰うつもりだったのだが――」

 

ちら、と陽炎の方を伺う。名前を呼ばれたからか視線を上げた彼女は、此方を……菊月()と皐月のことを、じっと見つめていた。

 

「――まあ、負けてしまった以上時間を取らせることは出来ない。本来ならお前に頼むことも気がひけるのだが……私にとって『教官』は神通しかいない。……お願いしても良いだろうか、神通」

 

「ボクもお願いするよ、神通さん。菊月の師匠だって言うのなら確かだろうし、そうでなくてもあなたの名前はボクでも知ってる程だし。お願いしますっ、神通さん」

 

二人揃って頭を下げて、神通の言葉を待つ。――が、帰ってきたのはくすくすという笑い声だった。

 

「……神通?」

 

「ふふ、二人とも真面目なのですね。でも、その前に私の横の方が言いたいことがあるみたいですよ、菊月?」

 

視線を上げて、神通の横に座る陽炎を見遣る。腕を組み指を小刻みに動かす陽炎は、何故だか怒ったような呆れたような、不思議な表情をしていた。

 

「ええ、あるわよ沢山あるわよ。っつーか菊月、アンタ本当に私にそんなこと頼もうとしてたわけ? あんな変な衣装とか着せたアンタのことだから、てっきりステージで歌わせたりするのかと思ってたんだけど」

 

「それも考えはした。……だが、やはり私はお前の戦い方に惹かれたのだ。駆逐艦の戦い方と言うなら、私はお前の右に出る者は知らないからな……」

 

「褒めすぎよ。って、そんなことはどうでもいいのよっ! いい、菊月。あたしを見くびらないで。あたしは、仲間のために時間を使うことに躊躇いを覚えたりしないわ。どうせアンタのことだから、第一艦隊をやる上で仲間に迷惑はかけられない、とか思ってのことでしょ?」

 

陽炎の言葉に静かに頷く。確かにその通り、陽炎の言ったことは菊月()――『俺』と『菊月』の何方もが考えたことと同じ。訓練をやり直すことは、仲間のために出来ることは無いかと二人で考えた結論だ。

 

「ほら、やっぱり。仲間のために、なんでしょ?――あたしは、そういう仲間(ヤツ)が大好きなのよ。だから、いつでも頼んなさい。演習だろうと訓練だろうと、出撃の無い時は付き合うわよ」

 

そこまで言って、陽炎は破顔する。少し照れた風に、にかっと太陽のように笑う彼女の顔に、菊月(俺達)は暫し見惚れてしまった。

 

「ふふ、纏まったみたいですね。勿論私も陽炎さんと同じ意見です。最も、私も私ですっかり錆び付いてしまっていますから自己訓練も兼ねてですけれど――みなさん、頑張りましょうね」

 

皐月と二人、はいと大きく返事をする。そうして菊月()は、ちょうど良く焼きあがった秋刀魚を口に運ぶ。口の中で噛み締めたそれから、俺はじんわりと海のにおいを感じたのだった。




なぜ皐月が登場したか、賢明な読者の皆様ならばお分かりいただけるであろうと思います。

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