私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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いやあ、遅れました。
でもまあ今年の面倒ごとは全部片付いたので、これからは投稿ペースを戻せる筈です。

では、遅れた分せめてもの増量版。どうぞ。


ザ・秋刀魚ハンターズ、その六

水面を滑る足の横から、白い飛沫が高く舞い上がる。日が昇ったばかりの海は既に金の光に照らされていて、思わず足を止めて溜息でも吐きそうになるほどに美しい。そんな海を、菊月()達は駆けていた。吹き付ける風にたなびく髪、潮風のにおい。もう冬を感じさせるような秋風に、思わず菊月()は呟く。

 

「――寒いな」

 

「当ったり前でしょこの馬鹿! あんたがこんな時期に、こんな薄っぺらい服着せるからでしょうがっ!!」

 

思わず、と言った風に叫ぶチャイナドレス姿の陽炎へ視線をやれば、彼女も寒そうに震えていた。まあ、徹頭徹尾彼女の言う通りなのだが、『俺』にだって引けない時くらい存在するのだ。――今がその時かどうかという問いには、あえて触れないでおくことにする。

 

「……しかし、何だ。陽炎、其方の面子は流石に実力者ばかりではないか。全員、揃いも揃って第一艦隊なのだろう?」

 

「ええ、その通りよ。あんたと競い合うって話をしてみたら、わりとみんな乗ってきたのよ。――私と、吹雪と、阿武隈と、瑞鳳。気を抜いてるなんてことは無いでしょうけど、『本気でかかる』程度じゃ追いつけやしないわよ」

 

陽炎と並走しながら、その後ろに追随する三人の艦娘を見遣る。彼女の口から名前の出たうちの二人、吹雪と瑞鳳は改二及び改となっているようで、その装いも俺の知る通りのものだ。しかし――最後尾、軽巡阿武隈。その姿、纏う服装に提げる艤装、それら全てが『俺』にとっては未知だった。きりりと引き締まり前を向き、強い意志を宿したその瞳から恐らく彼女も改二――如月と同じように、『俺』が知らない改二――なのだろうとアタリをつけた。

 

「……ん? どうかしたの、菊月ちゃん?」

 

じろじろと眺め過ぎただろうか。菊月()の視線に気付いた様子の阿武隈が、その人懐っこい顔をこちらへ向けて問い掛けてきた。航行速度を落とし彼女と並走すると、彼女は朗らかな笑みを浮かべる。ぱっちりと開いたその目に愛嬌を感じた。

 

「……いや、何でもない。ただその服が見慣れなかったというだけだ……」

 

「ああ、確かにねー。他の長良型のみんなとは違うし、あたしもこうなった時は驚いたけど。あたし的にはこの服が気に入ってるかな!」

 

胸を張りながらそう答える阿武隈に、感謝を述べて再び前へ。先頭を行く陽炎と並べば、海の先へと視線を遣った。そのまま、しばらく無言で海を進み続ける。時折飛び立つ軽空母たちの艦載機以外に音は無い――そんな時、不意に陽炎が口を開いた。

 

「そういやあんたって、神通さんとどんな関係なのよ」

 

「どんな、か……? そうだな、私としては師のような、姉のような感覚を抱いているが。彼女には――神通には世話になり通しだ。頭が上がらん……」

 

言って、後ろを振り返る。菊月()の率いる艦隊の最後尾、この寒さだというのに震え一つ見せない神通を見る。彼女は、ふわりと此方に微笑んで見せた。

 

「あたしとしては、あの神通さんを呼び捨てに出来る駆逐艦がいるって時点で信じられないんだけどね。話を聞くに、あんたも神通さんに嚮導を受けてたみたいだし」

 

「……そうなのか。私の時は、神通の方から呼び捨てで良いと言われたからな、その辺りはよく分からぬ……」

 

「神通さんの方から――って、はぁっ!?」

 

何よそれ、とでも言い掛けた陽炎が、ぴたりと口を噤んだ。此方へ目配せ。無論何が起こっているのかなど、菊月(俺達)は既に把握している。背部艤装から単装砲を抜き取り、真っ直ぐに構えた。

 

「……龍鳳、索敵は」

 

「はい、問題ありません。接近する潜水艦、四ですっ」

 

「あと、どうやら増援もいるみたいね。遠くにだけれど、それぞれ潜水艦四隻の艦隊が二つ、かな」

 

「そうか……感謝する」

 

航行速度をゆっくり落とし、戦闘に備え爆雷の準備をした。潜水艦に備え、隊列を単横陣に組み替える。菊月()の艦隊と陽炎の艦隊が距離を離して横一列に並んだところで、陽炎が口を開く。

 

「ねえ菊月、提案があるんだけど。今接近してる敵艦隊はしょうがないとして、倒した後は別れて行動しよっか。競争してるのに同じ道のりで仲良くやってるのもそもそもおかしい話だし」

 

「……ああ、そうだな。このままでは勝負にならないだろう。武運を祈るぞ」

 

「あはは、まだ目の前の敵を倒してないじゃない。そういう台詞は、もうちょっと取っておいてよ」

 

「違いない……。陽炎、私達はお前に合わせる。号令を……」

 

そう言った菊月()の顔を陽炎は眺めたあと、俺の率いる他の艦娘を見た。次いで、自分の艦隊を省みる。よし、と一言だけ呟き彼女は、

 

「――よぉし! 両舷全速、全艦出撃よっ!!」

 

声に応えるように、菊月()は駆ける。俺達の上を先行する艦載機が対潜攻撃を掛けたそのポイントへ突撃し――爆雷を投射。並走していた神通と三日月も、同じように攻撃を開始した。

 

「まずは、これで……!」

 

投射すればすぐに身を翻し、雷撃に警戒を払いつつ動き回る。足元、海面下から響く轟音と揺れる水面。どうやら、放った爆雷は命中したようだ。

 

「残りはいくらだ、龍鳳!」

 

「残り、二です! ――ちょっと待って、増援が速い!?」

 

「なに……っ、神通、三日月、警戒を! 龍鳳、敵艦種は!」

 

「水上艦――軽空母と軽巡、どちらも旗艦(flagship)ですっ!」

 

ちっ、と舌打ち。同時に考えを巡らせる。軽空母の旗艦(flagship)に軽巡の旗艦(flagship)、どちらもこの海域――鎮守府近海対潜哨戒任務で出現する可能性のある敵艦。本来ならば、適切な編成をした場合には遭遇することは無い筈なのだが、まあ命を懸けている(ゲームじゃない)のだから敵が流れてくることだってあるだろう。

 

「……考えてみれば、当たり前のことだがな……!」

 

「何よ、独り言!? つべこべ言う暇があるんなら、さっさと沈めるわよっ!」

 

「……私たちが、か?」

 

「私たちが、よ。本当は阿武隈さんと神通さんに任せたいところだけど、足の速さと身軽さなら私たちの方が上でしょ? 接近されて艦載機を落とされる前に沈めるなら、私たちが行かなきゃね!」

 

「成る程な……。よし、付き合おう。往くぞ、陽炎!」

 

「仕切んないでよっての!!」

 

無線で神通と少しだけ遣り取りを交わしてから、未だ対潜警戒を続ける仲間たちへ背を向け駆け出す。俺達へ標的を定めたのか、次々に放たれる艦載機が視界いっぱいに広がった。

 

「ね、どっちをやる?」

 

「……軽空母を!」

 

「なら、あたしは軽巡ね! 菊月、仕損じるんじゃないわよ!」

 

短かく二言投げ合い、それきり互いに目線を外し全速で敵に突き進む。迫る艦載機へ向けて対空攻撃として単装砲を放つも、殆ど効果はない。ちっと舌打ち、同時に右へ大きく跳躍。放たれた雷撃を回避する。着水と同時に、飛沫が高く舞い上がった。衝撃を殺すために身を屈めつつ、単装砲を背部艤装にマウントする。

 

「厄介ね。対潜装備なんだから対空なんて面倒だってのに――って、あ、あんた何やってんのよっ!」

 

「何、だと? 決まっている――」

 

単装砲を仕舞い込んだ菊月()の動きに驚いたのだろう、陽炎が今日何度目か分からない大声を上げる。だが、それに応えている暇は無い。全身に満ちる真紅の気焰(オーラ)、推力を凝縮し集中させた両足、そして抜き放ち両手で握り締めた『月光』。それら全てに力を込めて、

 

「――彼奴を沈めるだけだ……!!」

 

跳躍。身体を吹き飛ばすような風圧に真っ向から逆らい、たった一足で艦載機の群れを突っ切った。その勢いを殺さないまま、弓のように引き絞った全身を弾けさせ、軽空母――『軽母ヌ級』の正面にまっすぐに『月光』を突き入れた。

 

「これで、沈め……っ!!」

 

怒号とも悲鳴とも付かない耳障りな叫び声を上げる軽母ヌ級。突き入れた『月光』を足場に、その頭頂部へ飛び乗る。菊月()を振り落とそうとする彼奴が悶える暇すら与えず、同じく逆の腰から抜き放った『護月』を脳天へ突き刺す。噴き出す体液(オイル)。だが、力を込めて二、三度抉れば彼奴は全身から漂わせていた黄金の光を消滅させた。

 

「そら、道は開いたぞ。あとはお前の仕事だ、陽炎……」

 

「――っ、非常識! けどまあ、あんた、面白いわねっ!」

 

突き刺さったままの二刀を引き抜きつつ陽炎へ声を掛ければ、彼女は好戦的な笑みを浮かべつつ此方へ返事を返した。そのまま陽炎は、軽巡の砲撃を掻い潜りつつ敵へ肉薄する。その動きは、駆逐艦としての模範と言えるほどに完成されていた。

 

「……凄いな。あれは、見習わねば……」

 

小柄で速い身体を活かし、最小限の動きで砲撃を回避する。放たれる雷撃を連装砲からの一撃で吹き飛ばし、噴き上がる水飛沫を目眩しに接近。外しようのない位置に陣取り、お手本のような雷撃。それだけで、軽巡は海の藻屑と消え去った。

 

「ふぅ。どうやらあっちも終わってるみたいだし戻りましょ、菊月。それにしてもあんた、酷い格好ね」

 

「ああ……。しかし、災難だった」

 

降りかかったヌ級の体液を振り払いつつ陽炎と合流し、ゆっくりと仲間の元へ帰還する。これで終わりではなく、むしろ今日はこれからが本番。少しばかりの憂鬱さを感じつつ、菊月()は溜息を吐いたのだった。

 




イベント?

進んでませんとも。

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