私が菊月(偽)だ。   作:ディム

209 / 276
普通に難産で何回か書き直しました。
投稿が遅くなり申し訳ありません。


ザ・秋刀魚ハンターズ、その四

こんこんこん、と三回ノック。ここ数日で何度も訪れた、睦月型の寝室の次あたりに居慣れてしまったその部屋の扉を叩く。はーい、という、これも聞き慣れた返事と共に扉が開かれ、中から桃色の髪がひょこりと顔を出した。

 

「あら、菊月さん。こんにちは、艤装の件ですか?」

 

「……こんにちは、明石。……そうだ、陽炎から伝えられ居ても立っても居られなくなってな。お前のことだ、既に試作機は完成しているのだろう? 良ければ見てみたいと思うのだが……」

 

「ふふ、問題ありませんよ。今日は時間、大丈夫ですか? もし大丈夫なようなら、試験起動やその他諸々、溜まりに溜まってた菊月さんへの用事を片付けたいんですけれど」

 

「……ふむ、今日は何もない筈だ。それに、私からもお前に頼みたいことがあるし、な。……そうだな、今日は一日お前のところで時間を潰すことにしよう……」

 

「構いませんよ。そうと決まれば立ち話も何です、中へ入ってください」

 

「うむ……」

 

明石に開けてもらったドアをすり抜け、室内へ。工廠の隣の一室を通り過ぎ、導かれるままに工廠へ。並べられた机や機材、用途のよく分からない機械達の向こう側、鋼鉄製の作業台の上にそれ(・・)は鎮座していた。

 

「……っ、これか……!」

 

全体的な造形は、如月や卯月が背負っているのとほぼ同じ。睦月型駆逐艦の船尾推進部を模したものと、煙突部が一つになった形をしている。違いがあるとすればその大きさだろうか。五番艦――『皐月』以降に向けて製造されたこれはその体格に合わせたように、既存の物より一回りほど小さく造られていた。

同じく、煙突部も菊月()達の頭より少し低い位の高さに留められている。後尾船体の両側には手持ち艤装をマウントするラックが設置されており、今まで以上に取り回しが楽になりそうな印象を受ける。

 

そして、更に――

 

「……明石、この色は……?」

 

――白色。船尾推進部も煙突も、どこも余すところなくマットなホワイト。真っ白に塗装されたそれは菊月()の意表を突き、動きを止めさせる。そこへ、菊月()後ろから覗き込むように明石が顔を出した。

 

「ああ、その色ですよね? 何と言ってもまだ試作機ですし、実際の動作テストも未だです。そんな状態できちんと塗装する必要もありませんので、一目見て試作機と分かるようにカラーリングを変えているんですよ」

 

「……成る程な。……で、これは動かせるのか……?」

 

「はい、勿論。睦月型の皆さん用に調整した缶を載せてますし、無茶な体勢になった際のバランサーもきちんと設置してます。通常速力も向上する筈ですし、使い方によっては万能に活躍させることが出来ますよ」

 

「ほう……、そいつは良いな」

 

「というか作ってて思ったんですけれど、菊月さん達――いえ、菊月さん。よくこれ(・・)無しで今までやって来れましたよね。普通に航行して砲雷撃戦をするだけならまだしも、あれだけ無茶な動きをしておいて何も装備していないって艦娘(ふね)として相当辛かった筈なんですけれど」

 

明石の言葉を受けて、俺は暫し考え込んだ。『俺』が菊月()として目覚めてから戦い、此処に至るまで。重ねた戦いは数十を超え、その中で明石の言う『無茶』をした回数も両手の指では足りないほど。……それでも、菊月()はその無茶を辛いと思ったことはない。動き辛いとも、戦い辛いとも。

 

「……いや、分からん。私にとってはそれ(・・)が無いのが普通だったし、それ(・・)が無くとも戦い生き抜いて来なければならなかったのでな。大方、慣れたのではないか?」

 

「うーん、そうなんでしょうか。――まあ、分からないことを考えても仕方ありません。それより菊月さん、もう少しお時間を頂いても宜しいですか?」

 

「……?ああ、別に構わぬが……。何をするつもりだ、明石」

 

「いえ、前々からさせていただこうと考えていて出来なかった菊月さんの調査を――あの、菊月さんが巻き上げる炎の調査をさせていただきたいな、と思いまして」

 

いいですか?と聞きたげな表情で此方を伺う明石。菊月()よりも遥かに背が高いというのに、小首を傾げる動作が妙にさまになっていた。思わずくすり、と笑みを漏らす。

 

「ああ、構わん。此方から頼みたかったぐらいだ」

 

「よかった。では、あちらのベッドに横になってください。少し固いですけれど、枕も――」

 

「おっと、明石。時間がかかるようなら、先に此方からの頼みを伝えても良いか?」

 

「――はい?」

 

明石の言葉を遮り口を開けば、彼女は一瞬惚けたような表情を見せた。そのきょとん、とした明石の顔は見ていて飽きない――『俺』が見ていて飽きないのだが、此方も外せない用事なのだ。

 

「その頼みなのだがな。……明石、お前は私と陽炎がこの秋刀魚漁でどちらが多く取れるか競い合う事になったことを知っているか?」

 

「そのことでしたら、はい。菊月さんについて私に聞いてきた陽炎さんが、勝負を仕掛けてやると息巻いていたのをちょうど目の前で見ていましたから。私も、その時に菊月さんへの伝言を頼んだのですけれど」

 

「……そうか、ならば話が早い。その際に、お互いの高度かつ冷静な駆け引きの結果互いに普段と異なる衣装を着たまま勝負をすることになってな。その、私と陽炎の分の衣装の作成を明石に頼みたいのだ」

 

「なんだ、そんなことですか。良いですよ、任せてください! どんな服にするのかはもう決まっているのですか?」

 

「ああ、勿論だ。耳を貸せ――」

 

菊月()の言葉に従うように、膝を曲げて屈み耳を寄せる明石。その耳元に口を近づけ、構想を囁く。始めは興味深げだった明石の顔が、次第ににんまりとした笑みに変わるのが見て取れた。

 

「ええ、ええ。確かに承りましたよ。デザインも此方で考えておきます」

 

「……助かる。私から頼みたいことはそれだけだ、あとは……ベッドに横になれば良かったか?」

 

「はい、お願いします。検査を始めたら、恐らくすぐに眠りに落ちてしまうと思いますけれど、それが正常ですので気にしないで下さいね」

 

「うむ……」

 

明石の指すベッドに横たわりつつ、掛けられる言葉に返事を返す。鉄製の、少し高めのベッドに敷かれたマットとシーツは清潔な白さをしたいたものの、少しの埃っぽさを感じた。仰向けになり、脱力する。手足や指の先、身体、腹、胸や首、そして頭に小型の機械を取り付けられる。それらからはケーブルが伸び、一際大きな機械につながっていた。

 

「……私の知る健康診断とは、些か趣が異なる気がするが……」

 

「あー、菊月さんは艦娘の健康診断を知りませんでしたか。初めてですからまあ、当たり前ですよね。――それじゃ、健康診断を始めますよ」

 

「ああ、始めてくれ……」

 

菊月()に声をかけた明石が、ケーブルの繋がった機械のボタンを押して行く。ぶーん、という安っぽい音と共に、装置が唸りを上げ始めた。

 

「あ、そうそう菊月さん。秋刀魚漁の勝負、いくら小さいものとはいえ私闘に数えられかねないものなんですからちゃんと提督に報告しておいて下さいよ? でないと、罰ゲーム云々の前に提督から怒られます」

 

次第に遠くなって行く菊月(俺達)の意識に、明石の声が届く。それに答えようとして口を開き――そこで、菊月(俺達)の意識は暗転したのだった。




罰ゲーム=衣装じゃないですよ。うふふ。
高度な駆け引きの結果、衣装のまま秋刀魚漁をすることは確定です。
そこから更に追加罰ゲームが。

そして!
お竹様(@taketi)が菊月(偽)のSD絵を描いてくださいました!
URLは下記!!
https://twitter.com/taketi/status/657830930027966464
フル装備仕様となっておりますので是非!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。