タイトルの数字が被っていたのを訂正致しました。ありがとうございます。
さて、今正に西の空に傾きかけた太陽の下、連装砲だけでなく魚雷発射管を、爆雷投射機を、全ての艤装を身につけて海に立つ私の前には一人の艦娘が。
「んっふっふ、演習一発目が如月ちゃんとだなんて楽しみ!さあ、睦月の実力を見るにゃしぃ!!」
私と同じ単装砲を右手に持ち、私と同じ魚雷発射管を両足に備え付け、私と同じ爆雷投射機を腰に引っ掛け、私と同じ艤装を背負い。しかし、私とはまるで違う明るい笑顔で、睦月ちゃんは私の前に立っていた。
「うふふ、そういえば睦月ちゃんと演習するのは初めてよねぇ。……負けないわよぉ?じゃあ、青葉さん。審判、お願いしますね?」
言葉と共に一旦睦月ちゃんから視線を離し、私と睦月ちゃんの真ん中に立ってくれている青葉さんに話を向ける。ちょうど明石さんに用があって訪れたらしいところを睦月ちゃんに誘われた彼女は、しかし審判を務めることを快諾してくれたのだった。……なんだか、無性に気が悪いわ。
「はい!恐縮ですがこの青葉が務めさせて頂きます!ええと、あんまり時間をかけても意味がありませんから、短時間で!如月さんは周りをよく見る訓練をしないといけないのですから――そうですね、演習中に飛んでた鳥の数、覚えておいて下さい。後で答え合わせですからね?」
「ええ、分かりました。頑張りますね?――さあ、睦月ちゃん!勝たせて貰うわよ?」
「それはこっちも同じこと!行くよっ、如月ちゃんっ!?」
「ええ、いつでもどうぞっ!」
「――それでは、始めっ!!」
声を印として鳥を確認。空を西へと向かうのは四羽、それを頭に記録する。青葉さんの声が終わるのと同時に連装砲を睦月ちゃんへと向ける。対する睦月ちゃんも全く同じように此方へと砲口を向けていて、思わずくすりと笑ってしまう。……やっぱり姉妹、ということなのかしら。
「えぇい!」
「当たってぇ!」
同時に放たれた砲弾が空中で交差し、お互いの身体へと迫る。四肢を振り身体を動かすことでそれを回避し、十分に狙いをつけた砲撃を試みるために距離を取ろうとする。――そこで、初めて私と睦月ちゃんの間に差が生まれた。
「チャンスぅ!いざ参りますよーっ!」
……前に出てくるなんて。睦月ちゃんらしいとは言え、こう詰められると対処に困るわね。それでなくても私は近距離砲撃は苦手なのだし。ともかく、このまま詰められるとあまり良いことは無さそう。独り言ち、睦月ちゃんに背を向け加速しながら――
「あらあらぁ。こんなに簡単にチャンスをあげちゃ、みんなに笑われちゃうわねぇ」
――目と連装砲だけを後ろへ向け、狙いをつけて発砲。放った一撃は予想以上に良いところへ飛んで行ったけれど、回避される。……あ、睦月ちゃんの後ろに鳥が三羽。
「ひゃあ!うー、やるねえ如月ちゃん!でも私だって負けないよ!」
背後から連射される模擬弾を、右に左に滑りながら回避する。菊月ちゃんみたいにぴょんぴょん跳べればいいのだけれど、流石にあれを見様見真似で実践する気にはなれない。その代わりにと言っては可笑しいけれども、航行能力なら菊月ちゃんよりも上だと自負しているけれど。向かいから飛びくる二羽の海鳥を視界に収めつつ、私も口を開く。
「私だって、負けるつもりはないわ。ほら、こんな風に――ねっ!」
背後から追いすがる睦月ちゃんへ向けて、背部から取り出した爆雷を投擲。勿論これも菊月ちゃんが始めたことで、今では艦隊の駆逐艦にはある程度浸透した攻撃方法だ。あらゆるものを頭から締め出し、意識を睦月ちゃんへ集中。後手に、放物線を描いて放り投げた爆雷が睦月ちゃんに向かって吸い込まれ――
「ふあぁっ!?」
「よし、今がチャンス……!」
炸裂。鈍く光る鉄の塊から弾けた塗料が、睦月ちゃんの艤装と服をカラフルにペイントした。一瞬だけ硬直する睦月ちゃんへ向けて反転し、連装砲を構えようとし、
「ふふふ、チャンスと言ったね如月ちゃん!この瞬間こそ、睦月が狙っていたことにゃしぃ!」
「えっ?……きゃあっ!」
――被弾。連装砲を握る右手と、右の肩に一発ずつ連装砲の一撃を受ける。いざ撃とうとした私が先に撃たれていたけれど、理由は自明。睦月ちゃんが私よりも先に構えていて、私よりも先に砲撃していたからだ。
「いやん、もうっ」
……やられたわねぇ。爆雷での硬直が演技だったのかどうかは分からないけれど、その切り返しや、被弾を利用することは素直に凄いと感心しちゃう。流石はお姉ちゃん、と言ったところなのかしら。
「よし、ここで押し込んじゃう!――主砲も魚雷もあるんだよっ!!」
「うふ、ふふふ!――魚雷って太いわよね?さあ、行くわよっ!!」
視線が交錯し、今度もまた鏡写しのように同時に魚雷を発射する。回避行動を取ろうとした瞬間に、一瞬だけこのまま前に出るべきだと言う考えがよぎる。
……それと同時に脳裏に浮かんだのは、菊月ちゃんの戦い方だった。馬鹿な、と一蹴し、回避行動を取りつつ、しかし思考は止まらない。これは演習だけれど、本番を想定するならば回避行動を取らなければならないのは決まっているじゃない。それは恐怖から来るものかも知れないけれど、決して間違いではない。
だから、そう。まるで恐怖を感じていないかのような
「――にゃあっ!?」
「ふわあぁぁぁっ!?」
思考を中断させるかのように、睦月ちゃんの放った雷撃が私の身体を強く揺さぶる。衝撃と振動、僅かな痛み。同時に炸裂し、私を覆い尽くしたオレンジの塗料がぽたぽたと垂れる。それを認識すると同時に、青葉さんからの声が届いた。
「はい、そこまでですっ!!」
「あちゃー、これは……」
「……引き分け、かしらね?」
顔に垂れてきた塗料を拭い睦月ちゃんを見ると、同じように頭から塗料を被った彼女も顔を拭いながら頬を掻いている。って、頭?……ああもう、髪にまで塗料が付いてるじゃない。あとで念入りに洗っておかないと。
「そうですねえ、塗料の付着具合から見れば引き分けでしょうけれど――如月さん、鳥の数覚えてます?」
「あ。ええと、確か……九羽?」
「はずれです、十二羽でしたね。途中から集中が偏っていて、戦場全体の俯瞰が疎かになっていたようです。と言うわけで、作戦目的を加味して勝者は睦月さんです」
「およ?およよ?やったあ!やったにゃし、如月ちゃんっ!」
ぎゅむっと飛びついてくる睦月ちゃんを抱き留めて、小さく苦笑。少なからず悔しかったのだけれど、睦月ちゃん相手にそんなことを考えるのも無駄に思えてきてしまう。
「うーん……負けちゃったわね。流石はお姉ちゃん、かしら?」
結局そんな言葉を漏らして、私は睦月ちゃんと笑い合うのだった。
あー菊月。