私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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如月如月。


彼女のいない鎮守府、その二

部屋へ戻って、ぽすんとベッドに腰掛ける。私よりも先に、同じように小さく座っていた三日月ちゃんが、小首を傾げて此方を見つめてくるのがなんとも可愛らしい。そういえば三日月ちゃんの顔をじっと見つめたことはなかったな、なんて思いながらその金の瞳を見つめていると、目をぱちくりとさせ三日月ちゃんは口を開けた。

 

「――?どうしました、如月お姉ちゃん?」

 

「ううん、なんでもないわよ。それより、今日の遠征は大丈夫?確か南方海域だって聞いたけれど」

 

「はい。でも、旗艦を引き受けてくださったのが那珂さんですから平気です。お姉ちゃんは、いつものお仕事ですか?」

 

「そうねぇ。最近ちょっとおかしな深海棲艦も増えてるし、そうなるかしら。あとは、それに加えて一昨日の出撃のレポートかしらね。今日は海には出ないけれど、みんなの為に頑張るわね?」

 

「はいっ!――あっ、もうこんな時間。艤装の点検と遠征があるので、失礼しますね、如月お姉ちゃん」

 

「はーい。忘れ物は無い?ハンカチは持った?……うん、ならよし。気をつけて、怪我のないように行ってらっしゃい」

 

手のひらを広げて、部屋を出る三日月ちゃんにふりふりと手を振る。ぱたんと静かに閉まった扉を確認すれば、私は気持ちを切り替えて自分の机の引き出しを開ける。そこから取り出した紙の束を机の上に置くと、しんと静まり返った寂しい部屋にぱさりと音がした。

 

「さぁって、私もこれを終わらせないとねぇ。うぅーん、多すぎてやになっちゃう」

 

出撃の結果、海域の様子、深海棲艦の編成。数々の資料を横に置きながら、七ミリの罫線が引かれたルーズリーフを前にシャーペンをノックする。少し罫線の幅は大きいけれど、私にはこれぐらいが使いやすい。それに、書いたときに見やすいことだって重要だと思う。

 

「……うふふ、誰に言い訳をしているのかしらねぇ、私は。――あ、これ」

 

かりかりと順調に動いていたペン先がぴたりと止まる。私の目に映っている資料のページはちょうど一昨日の戦闘の戦績が記されているところで、此方の出撃した艦娘の名前と被害の程度、そして沈めた深海棲艦の数と種類が並べられている。その中には、今はいない妹の名前も見られた。

 

「私が軽巡と駆逐を一つずつ、三日月ちゃんは駆逐を二。長月ちゃんと卯月ちゃんで、二人で雷巡を一。あとは旗艦の神通さんと、菊月ちゃんの戦績(スコア)だけど……」

 

菊月ちゃんの戦績に、あの目の色と同じ紅いマーカーで線を引いてみる。強調された文字は『戦艦ル級旗艦(flagship)二、重巡リ級上級(élite)一』というもの。そのうち重巡は神通さんと一緒に沈めていたはずだけれど――

 

「……ちょっと、目を疑っちゃうわよねぇ」

 

――駆逐艦が単騎で、しかも昼戦で叩き出す戦果としてはちょっと度を超えている。砲雷撃を駆使し、敵に突っ込み、至近距離で首を刎ねるか魚雷を直接ぶつけるか。そんな無謀な戦い方で、これだけの戦果を上げる彼女。目を閉じれば今でも思い出せる、菊月ちゃんがその手に握る白刃を煌めかせ、接近されて呆然とするル級の首を掻き切ったところを。

……そして、その代償として何時ものように大破したことも。

 

「何時ものように、だものねぇ。――はぁ、お姉ちゃんとして自信無くしちゃう。お姉ちゃんなんだから、菊月ちゃんを……ううん、みんなを守ってあげなくちゃならないのになぁ」

 

雷ちゃんじゃないけれど、もっと頼って貰いたい。前に出ては傷ついている菊月ちゃんを見る度に、あの傷は私の代わりに負っているものなのではないかと思ってしまう。それが、どうしようもなく……

 

「……いけない、あまり変なことを考えてちゃ駄目よね。お仕事なんだから、早く済ませて司令官のところへ持っていかないと。はやく済ませて訓練もしないといけないわねぇ」

 

どうしようもなく、なんだったのか。迫り出して来た気持ちは、切り替えたから分からないけれど、きっと切り替えられる程度のものだったのだろう。いつもみたいにそう結論付ければ、私はもう一度ペンを動かし出す。

『駆逐艦菊月、昼戦にて――』。書き始めたペン先の速度は、さっきと全く同じスピードだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

こんこん、と執務室の扉を軽くノック。どうでも良いけれど、実は私はこの木を叩く音が好きだ。司令官からの返事が無かったらもう一度叩こうかな、なんて思っていると、部屋の中から二つの声が聞こえた。

 

『Hey!この時間に来るのは如月デスネー?』

 

『ああ、もうそんな時間か。入ってくれ』

 

「はい。睦月型駆逐艦二番艦『如月』、レポートと資料の提出に参りました。――うふふ、お邪魔でしたか?」

 

「大丈夫デース、私とテイトクはずーっと一緒に居ますカラ!」

 

ちょっと残念がりながら音を立てないように扉を押し開き、執務室へ踏み入り踵を揃えて挨拶する。私に返される二つのそれを受けてから、片手に持った資料の束を秘書艦の金剛さんへと手渡した。

 

「フム?作戦報告書に敵戦力の評価書、残りモ――Yes、バッチリデース!Congratulations!」

 

「なるほど、確かに受け取った。詳しい内容は、後で私が改めておこう。御苦労だったな、如月」

 

「いえ、艦隊のためになるならばなんだってします。……まあ、本当のところは艦隊と妹と、あとは『あなた』の為なんですけれどね……うふふ?」

 

ちょっとだけ声音を変えて、冗談めかして司令官を誘惑。乗ってくる筈がないのは分かっているけれど、つい楽しくてやってしまう。やっぱり、予想通り金剛さんが食いついてきた。

 

「Hey!ちょっと如月ィー、冗談なのは分かってるケドそういうのはやめて欲しいデース!テイトクは、私のなんだからネー!」

 

「いや、ふむ。そうか、如月か。良いかも知れないな」

 

「テイトクぅー!?ちょっと、ちょっと酷いデース!」

 

金剛さんを真ん中に、司令官と二人でくすくす笑う。

 

「うふふ、冗談です。でも司令官?あまり女の子に酷いことしちゃいけませんよ?でないと、そのうち愛想を尽かされちゃいます」

 

「そうか、肝に銘じておこう。感謝するぞ如月」

 

「うふっ、まあ金剛さんが愛想を尽かされたなら私が貰っちゃうだけなんですけどね?」

 

「――如月ィ!表へ出るネー!!」

 

「ご冗談を。第一艦隊――いえ、常設第一艦隊の総旗艦を務める金剛さんに私が敵うものですか。それじゃ司令官、あとはごゆっくり?」

 

金剛さんの手をひょいと掻い潜り、一礼して執務室の外へ。扉を閉めるのと、その扉に何か堅いものがぶつかる音がするのを同時に感じる。訳もなく、少し晴れた気分を引っさげつつ、私はゆっくりと訓練に向かうのだった。




如月もかわいいよね?

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