私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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穏やかではない。

一応書いておきますが、この小説は全年齢向けです。あーるなことは起こりません。
でないと、既に菊月(偽)は三日月に夜這われていますし。

それを頭に置いた上で、どうぞ。


穏やかな朝と昨夜の宴、前編

窓から入る朝の日差しに、意識が無理やり覚醒させられる。差し込む朝日が全身を照らし、冷えていた部屋を少しずつ温めはじめた。昨夜はいつ寝たかも分からないが、しっかりと睡眠態勢に入っていた菊月()の全身にも満遍なく光は降り注ぐ。

 

暖かい。……というよりも、暑い。

 

此処に来て初めて感じるような暑さに、なんとも言えない微妙な感覚が呼び覚まされる。何故か息苦しいし、身動きも取りづらい。妙な柔らかさも感じる。身体を捩らせてみても、結果は同じだった。息苦しいのも、動き辛いのも、謎の感触を全身から感じるのも同じ。

 

布団を被って寝たからだろうかなどと考えを巡らせ、昨夜のことを思い返してみても浮かんでくるのは祝勝会のことばかり。どうやって眠りに就いたのかは一向に思い出せず、無性に苛立った。

 

「……む、ん……!」

 

こうしていても埒が明かない。とりあえず目を開けなければ、今の状況も分からない。何故かふつふつと滾る苛々に身を任せ、少し湿った空気を一気に吸い込み目を開き――

 

「…………は?」

 

――菊月()の目に入ってきたのは褐色の肌をした人の首筋(まごうことなき武蔵の首筋)と、たわわに実った極上の双丘(間違える筈もない武蔵の胸)だった。

 

「…………な、これ――もがっ!?」

 

「んー、っふぅー……」

 

驚き、叫び声を上げそうになった菊月()が、眠ったままの武蔵に強く抱きしめられる。それと同時に菊月()の顔が武蔵の胸の間に強く押し付けられ、至上の柔らかさと美しい形を持った双丘に埋もれた。

 

「……っ!!もがが……っ!!」

 

菊月()を抱き締めた武蔵の両腕が、菊月()の肌を優しく撫でながら移動する。片腕は菊月()の後頭部へ回り、菊月()の顔を胸から逃さないようにがっちりとホールド。

もう片方の手は、武蔵に比して大幅に小柄な菊月()の腰と尻をしっかりと捉え抱き込み、武蔵の身体へ密着(・・)させた。

 

――そう、密着(・・)。武蔵の褐色の肌と、菊月()の真っ白な肌がぴたりと触れ合う。どちらも上質で柔らかな肌をしているだけに、少しの隙間もなくくっつくがそれは重要なことではない。いや、大事件ではあるのだがそれよりも重大な問題がある。

 

「………!?……!!?!?」

 

そう、腕が、背中が、腹が、胸が、全身の()()が密着しているのだ。混乱の極みの中、自分の全身に意識を回し、それでも信じられず抱き抱えられたままの頭を下へ向け視界を確保し……確信した。

今現在において。菊月()も武蔵も、互いが一糸纏わぬ姿で絡み合っているという事実。即ち、端的に言えば、菊月()と武蔵が、裸で同衾している。

 

「……なっ!――もごご」

 

武蔵の鍛え抜かれてはいるが女性的な美しさを損なっていない柔らかなお腹と、菊月()の小さく白く保護欲を掻き立てられる此方も柔らかなお腹が、ぴとりとくっつく感覚。むにゃむにゃと普段では考えられないような声を漏らしながら動かした武蔵の脚が、菊月()の両脚の間へと差し入れられた。

 

「……っ!!」

 

ヤバい。色んな意味で、『俺』的にヤバい。何時の間にか武蔵の両脇の向こうへ突き出していた両腕を揃え、全霊の力を込めて武蔵の身体を押し拘束から逃れようとする。しかし、現実は無情だった。

 

「ん〜う〜――っ、むにゃ」

 

菊月()と武蔵の地力には、大きな差が存在する。全身の力を振り絞っても拘束からは逃れられず、悶えれば悶えるほど逆に抱きしめられる現状に何か蟻地獄めいたものを感じる。ふぅ、と大きな溜息を吐くと、幸せそうに眠る武蔵の身体がくすぐったそうに悶えた。

 

――いったいどうしてこうなった。現状の原因を探る為、そして何よりも現実から一旦逃避するために、菊月()は武蔵の腕の中で昨夜の出来事へ思いを馳せた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「皆の者、ビールは行き渡ったか?全員持ったな?それでは、今回の作戦の大成功と各員の奮闘を讃えて!――乾杯っ!!」

 

『『『乾杯ーーっ!!』』』

 

提督の号令のもとで、高らかに掲げられたジョッキがぶつかり合い小気味好い音を立てる。そのまま口をつけ、並々と注がれたビールを一息で飲み干す。一口ごとに、カラカラに渇いた喉が満たされてゆく。だんっ、と勢いよくジョッキを机に叩きつければ、菊月()は満足げに息を吐き出した。

 

「ああ、いい飲みっぷりだね?菊月はコッチもイケるのかい」

 

「……レーベか。ああ、それなりに飲む方だとは思うが……やはり、美味いのが一番の理由だろう」

 

ジョッキを空けた直後に此方へ声を掛けてきたのはレーベ。机に何本も置かれている瓶を手に取り、自分とレーベのそれぞれのジョッキを再び酒で満たし乾杯。

 

「……うむ、やはり美味い。……お前はあまり飲まないのか?」

 

「僕は、あまり得意ではないんだ。ああ、人並みには飲むけれどね?それでもビスマルクや、マックスには届かないかな。あの二人、凄く、その――酒豪だから。多分、今回も何人かに吹っ掛けるんじゃないかな」

 

「……そうか。まあ、酒豪と言えばウチにも何人か居るな。そのうち一人は、此処にも来ているぞ……?」

 

「え?――うーん、誰だろう。でも、多分武蔵だよね?」

 

レーベの言葉に、口元だけの笑みを浮かべて返答する。正解、その意図を正しく読み取ったであろうレーベはくすりと笑みを零し口を開いた。

 

「やっぱり。戦艦だから、っていうのもあったけど――なんというか、風格が出てるもんね。全然違うよ」

 

「……言わんとしていることは分かる。あいつは、放っておけばそのまま延々と飲み続けるような奴だ。……実を言うと、酔うこと自体は速いのだがな……」

 

「えっ?それ、ほんと?」

 

「ああ。酔ったところで飲むペースは落ちぬし、それどころか気分が良くなってより速く盃を空けるようになるが。……いつも、自分で潰した大和――ああ、武蔵の姉だ。その大和に絡みながら笑っているのさ……」

 

レーベと会話を弾ませつつ、件の武蔵を探して視線を彷徨わせる。そう、確かこの後――

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……むぐっ!?」

 

突如寝返りを打った武蔵か態勢を変え、うつ伏せになる。それなりに感じる重みとより密着してくる柔らかい肌に、思わず回想から引き戻された。無論、武蔵の胸も更に押し付けられる形となった。

 

「…………っ!………っ、ぷはぁっ!?」

 

顔を横に向けることでどうにか息を確保し、周囲の全てを意識しないよう目を瞑る。全身から伝わる武蔵の身体の感触を努めてシャットダウンしつつ、菊月()はもう一度昨夜の出来事へ埋没するのだった。




ちなみに恋愛的要素もありません。姉妹愛と戦友愛です。

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