私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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せーふ。


N.a.K.A.

青葉に連れられて姉妹たちの列から離れる。事前の打ち合わせ通り、怪しまれることなく離脱出来たことだろう。『菊月』と二人、同調しほくそ笑む。くふふ、と変な笑い声が漏れた。

 

「……で、準備は?」

 

「そうですねぇ、今のステージ企画がのど自慢みたいですから、あと一時間と言ったところでしょうか。準備にはまだまだ余裕がありますね」

 

言われて、耳を済ませる。確かに、今向かっている方角から軽快な音が聞こえてきている。成る程、確かにこの様子ならだいぶ『余裕』がありそうだ。

 

「……そうだな。先ずは控え室に向かうとしよう……」

 

「ええ、そうですね。いやー、それにしても青葉、今日のライブが楽しみですよ!」

 

「……そうなのか?」

 

「勿論ですよっ!最初は単に興味だけだったりしたんですけど、今はもうお二人の歌を聴くだけで身体が勝手に動いちゃうと言いますか!ほら、今日の新曲の――『水雷戦隊』も、気づいたらダンスも歌詞も覚えちゃってまして!」

 

そう言うと、腕と上半身の振り付けを実演してみせる青葉。その振り付けは、菊月()や那珂ちゃんに劣らないレベルだ。実を言えば、彼女が振り付けや歌を気に入ってくれていることも、こっそり一人で練習していたりしたことも知っているのだ。

しかし、以前見た時よりも完成度が上がっている。この分なら、企画している『アレ』も問題なく行えるだろう。

 

「……しかし、意外だな?取材対象として興味を惹くことはあっても、そこまで気に入られているとは……」

 

「なーに言ってるんですか、菊月さん!私だって、好きでも無いものを取り上げたりしませんって!」

 

「……なんだ、むず痒いな……」

 

「恐縮ですっ!」

 

二人で並んで夜道を歩く。殆どの出店も終わりつつある時間帯だ、艦娘達の大半はもうステージの方へ移動し終わっているのだろう。ステージを観ていない者は屋台の片付けか、それとも賑やかなのに興味がない者か。故にすれ違う艦娘は無く、一歩ごとに聞こえてくる歌声と少し割れたようなBGMが近づいて来る。それに伴って、菊月()の心も高揚して来た。

 

ステージ裏、簡易控え室の前に到着する。予想通り、俺達よりも先に那珂ちゃんがそこで待っていた。

 

「遅くなったな、那珂ちゃん。調子は?」

 

「もうバッチリっ!菊月ちゃんはどう――って、あはっ!聞くまでもないよね!」

 

「勿論だ……。端的に言えば、絶好調という奴だな……」

 

那珂ちゃんと二人、こつんと拳をぶつけ合う。フラッシュが焚かれ、その様子を青葉が写真に収めた。光が走る。

 

「……良し。此処から見る限りでは、スポットライトは完璧に動いているようだな。全体MCも霧島か、あれなら全て終わったあとにうまいマイクパフォーマンスを入れてくれるだろう……」

 

ちらり、と青葉を見る。菊月()の視線に頷き、彼女も口を開く。

 

「はい!さっき確認した限りでは、三方向に設置したカメラは全部動いていました!記録に関してはバッチリです!」

 

青葉の言葉に大きく頷く。目を閉じ、息を吐いてから――開いた目を、那珂ちゃんへと向ける。彼女は、心の底から楽しむように笑っていた。

 

「んじゃ、最後は那珂ちゃんのお仕事(・・・・・・・・・)の結果報告だよねっ!」

 

「はい?那珂さんの――ですか?私の記憶が正しければ、那珂さんは雑務に関して何もしていなかった筈ですけれど。夏祭り直前の打ち合わせでも、何も言ってませんでしたよね?」

 

青葉の視線が菊月()を捉える。しかし、俺はそれに対して何も返さない。ただ那珂ちゃんを促すと、彼女はにんまりと笑った。

 

「那珂ちゃんがなにをやったか、説明するよりも見た方が早いと思うんだよねっ。ね、菊月ちゃん?」

 

「……ふふ、そうだな……」

 

「えっ?ええっ!?」

 

狼狽える青葉。それを尻目に移動し、那珂ちゃんと二人で控え室の扉を開け放つ。青葉は沈黙し、身体を強張らせ、そして顔を真っ赤にした。

 

―――――――――――――――――――――――

 

『やっほーっ!!みんなーっ、ノッてるかーっ!!』

 

舞台の上から、那珂ちゃんの声がマイクに乗って響き渡る。菊月()はそれを、ステージ下の昇降機で待機しながら聞いていた。

 

のど自慢大会も終わり、艦娘達が気を抜いた瞬間をついてのサプライズ登場。そこから初めの一曲で、観客の心を一気に掴むことに成功した。マイクとスピーカーで響かせる音で、屋台の方へいた艦娘も呼び込む。菊月()も数曲でメインを張り、二人で散々歌い尽くし――これから、最後の曲に移ろうかというところ。途中、ステージ最前列に揃いの応援法被を来た姉妹達が控えていたのには驚いたが……これが、最後の曲だ。

 

『というわけで!最後の曲、新曲に移る前にっ!!私の仲間達を改めて紹介しちゃうねっ!!リフト、オンっ!先ずは――』

 

がこん、と昇降機が音を立てて登り出す。ポーズを決め、数秒でステージへ。色とりどりのスポットライトが菊月()を照らす。立ち位置は、那珂ちゃんの左側。

 

『さっきも歌ってくれたよねっ、みんなも知ってる菊月ちゃんっ!私が本格デビューするきっかけとなった曲を作るのに協力してくれて、そこからずっとの付き合い!最高の仲間なんだよっ!』

 

観客へ向けてポーズを変える。沸き立つ歓声が、『俺』と『菊月』の心を震わせる。それをひとしきり堪能したあとで、スポットライトへ指を向ける。すると、スポットライトは菊月()から移動し別の場所を照らし出した。那珂ちゃん右側、誰もいないところだ。

 

『でもでもっ、那珂ちゃんの仲間は菊月ちゃんだけじゃないんですっ!今までは裏方、でも今日からはステージ(ここ)で肩を並べて歌うアイドル仲間っ!その名も――青葉ちゃんですっ!』

 

せり上がる昇降機に押されステージに現れる、見慣れた艦娘。その顔は赤く染まっており、その姿は菊月()と那珂ちゃんと揃いのアイドル衣装に包まれている。ちらりと様子を伺えば、顔は赤いながらも瞳にはしっかりと炎が燃えていた。

 

『那珂ちゃんと、菊月ちゃんと、青葉ちゃん!三人揃って、私達は初めて最高の形を迎えたんですっ!チーム名は――【Naka and Kikuduki/Aoba】!頭文字を取って、【N.a.K.A.】っ!!これが、私たちの完成系っ!!』

 

那珂ちゃんのマイクパフォーマンスに、観客のボルテージが上がってゆく。かく言う菊月()も、武者震いが止まらない。青葉も、そしておそらく那珂ちゃんも。きっ、と前を向く。その瞬間、スポットライトが俺達だけを照らしつける。センターに那珂ちゃん、その左右に青葉と菊月()。準備は万端、憂いも不安も無い。

 

『コールは覚えた?覚えてなくても、さっき巻いたパンフレットに書いてるからちゃんと読んでノッてきてよっ!?今日はこれでシメなんだからっ!!曲は――【初恋っ』

 

マイクを構え、笑顔を浮かべる。さあ、行こう。

 

『――水雷戦隊】っ!!さあ行くよ、いち、にっ、さんっ、ハイっ!!』

 

三人の声が一つに重なり、何処までも響いてゆく。これが、俺達アイドルグループ【N.a.K.A.】の躍進の始まりだった。




後書き書いてたら遅刻したよちくしょう。

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