私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ディムは菊月の話を書きたいと思っていた。
だから、一日一話書き続けた。
でも明日、菊月の進水日だという事実が現れた。

明日の更新に、かぶさってくるもの。

ディムは困惑した。
自分は進水日に何も出来ないのかって。

でも、ディムは
とりあえず何か書きたかった。だから、

先に明日の分と遅刻分を纏めて投稿することにした。


そいつは「菊月バカ」って呼ばれたいらしいわ。
  何もかもを書き尽くし、菊月の可愛さを告げる一人の作者。


未知の戦線、そして。――【挿絵有り】

頭がゆっくりと稼働し、意識が浮上する。徐々に聞こえてくる周囲の音は、どうやら俺がどこかの治療施設にいるのであろうことを示している。全身くまなく動くことが出来ないのは良いが、不思議なことに眼が開けられない。あたりには誰もいないようで、幸いとばかりに俺は全身の力を抜いた。

 

「…………あ゛、んっ」

 

口を開けて、声を出す。菊月の麗しい声は無残にも枯れてしまっている。何か飲み物を飲みたいとも思うが、動くことが億劫だとも感じる。それ以前に、何も見えないし動けないのだが。再び口を閉じ、じっと待ち続ける。がちゃりと音を立てて扉が開いたのは、そこそこ経ってからだった。

 

「ふぅ、あっちもこっちも怪我人ばっかり。ええと、昼の定期薬を投与したら、次は軽症の患者さんのところへ行って、それで――」

 

聞き覚えのある声。だが、彼女は前線基地へは出てきていなかった筈だ。何をする、何をしたいと言う訳でもないが、取り敢えず存在ぐらいは示してみようと口を開き声を発する。

 

「……あか、し……?」

 

「っ!?き、菊月さんっ!?眼が覚めていたんですか!」

 

がたん、ばさん、とプラスチックと紙の束が落ちる音を響かせたあと、大きな足音が俺の方へと近づいてくる。ベッドの隣で止まった明石は、少し早口で俺に話しかけてきた。

 

「ああ、良かった!菊月さん、今回もひどい怪我で運ばれて来ましたから。あ、ここは第十一号作戦の前線基地じゃなくて鎮守府ですよ。菊月さんだけじゃなく、あの時菊月さんと一緒に出撃していた人はほとんど皆んな一度帰投しています」

 

「……海域は?」

 

「はい。菊月さんが沈みかけたあの戦闘の結果からお伝えしますね。あの戦闘は、作戦目標の装甲空母姫の撃破だけならば成功しました。砲火を浴び、撤退しながらですが大和さんと武蔵さんが決められたそうです。しかし、損害は多く全ての艦隊は撤退。中破艦以下は前線基地で傷を癒しつつ確保した戦線の維持、大破艦は鎮守府へ戻り傷を癒して再出撃しました」

 

「そう、か。……つづ、きは?」

 

「続きですね。第十一号作戦自体は、未だ継続中です。菊月さんがここに運ばれてきてから三日経ちました、今はE3海域を攻略中です。E3からE5までは立地や敵戦力を鑑みて第一から第三艦隊に主力を集結させて、多段攻略に臨んでいます。あまり、成果は芳しいとは言えないですけれどね」

 

「そう、か。ありが、とう、明石……」

 

「構いませんよ。それよりも、菊月さんはきちんとお休みしていて下さいね?修復材だけじゃ治りきらないところを怪我しているんですから。いつもみたいに飛び出していかないでください」

 

「……怪我?」

 

身体が動かないのは体感して分かるが、それだけでは無いということだろうか。喰らったのは砲撃だけの筈だが。そんな疑問を乗せて明石に問いかけてみれば、少しひそめるような声で明石は俺に教えてくれた。

 

「ええと、ですね。菊月さんが受けたのは、『港湾水鬼』と命名された深海棲艦と『泊地水鬼』と命名された深海棲艦、その二体の主砲が五発と艦載機からの爆撃が十発前後」

 

一息入れて、明石はもう一度話し出す。彼女がこれほど躊躇うほどに、今の俺の状態は酷いのだろうか。

 

「次いで、全身にくまなく放たれた爆撃が菊月さんの持っていた艤装の弾薬に誘爆、単装砲が弾け飛んだことで両腕を、魚雷が爆発したことで両足を、対潜爆雷が破裂したことで胴体を。胴体以外はそれぞれ千切れる寸前にまで吹き飛んだのです」

 

「…………、そう、か」

 

「加えて、爆撃のうち幾つかが菊月さんの顔と頭を直撃。喉と髪を焼いて、その。――眼を、潰しました。修復材を転用した点眼薬を使うことで修復は可能ですが、時間は掛かります。作戦への復帰は、正直に言って厳しいでしょう」

 

「……分かっ、た。ありがとう……」

 

明石の手が俺の身体に延び、頭をゆっくりと持ち上げる。目に巻かれていた、おそらく包帯であろう長い物が外され、片目ずつ点眼薬を差される。言われた通り、開かれた目が風景を捉えることはない。もう一度包帯を巻き直され、手渡された飲み薬を飲み干すのを確認した明石は足早に部屋を後にした。

 

「…………っ、ぐ」

 

腕を動かす。二の腕あたりまでは感覚があるのだが、その先は痺れているようで何も感じることが出来ない。筋肉は動くが神経がつぶれているのだろうか、手を握っているのか開いているのかすら分からない。

 

足を動かす。此方はもっと単純に、膝から下の感覚がない。動かそうと思っても動かせず、力を入れることを断念する。弛緩しきった足には、もしかしたら麻酔でも打たれているのかも知れない。

 

最後に、全身を動かす。胴体も、腕も、足も、どこも中途半端にしか機能しない。明石には戦いに出るなと言われたが、この状態では戦うどころか立つことすら叶わないだろう。

 

だがまあ、この無様な有様こそ俺には相応しい。俺の考えなしの行動が、また『菊月』を傷つけたのだ。何の役にも立たない俺は、ずっと此処にいれば良い――

 

そんなことを考えながら、俺の意識は闇に落ちていった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

こうしてベッドに横たわったままで、どれぐらいの日が過ぎただろうか?正確ではないだろうが、それでも明石に昼の点眼だと起こされた回数は既に十に迫っている筈だ。

最初の日以来、彼女と長く言葉を交わすことも無くなった。薬を差される際に少し相槌をうつ程度。投薬を終えれば、俺は目も口も閉ざす。それでも彼女は俺に、今の戦況だけは伝えてから部屋を去ってくれる。

 

見舞い客も、それなりに居るらしい。姉妹達を始め川内達、天龍や龍田、武蔵といった何度か肩を並べた艦娘達。大半は作戦後の見舞いらしい、俺の寝た夜にちらりと顔を見に来るだけらしいが、他ならぬ卯月だけは三日と開けず様子を見に来ている。

確かE3に割り当てられていた彼女は、作戦の終わった今時間が余っているのだろう。起きている時に言葉を交わす艦娘は、最早彼女と明石だけになっている。腐っている俺のところを訪れたとしても楽しいことなど無いだろうに、昨日も点眼の後直ぐに来て色々な話をしてくれた。

 

「……館内放送。もう、昼前か……」

 

明石から伝えられる話、卯月から伝えられる話。そして全館に放送される鎮守府からの告知を鑑みると、現在の状況も見えてくる。

 

――第十一号作戦。作戦はいよいよ中盤を通り過ぎたところ。夏の海の暑さとひっきりなしに襲ってくる深海棲艦の物量は、次第に艦娘達を押し潰しつつあったらしい。E4を攻略し、『港湾水鬼』と名付けられた新型深海棲艦を撃滅したことで、それも落ち着いたようだが。

 

――深海棲艦。現れた新型、その名は『港湾水鬼』、『泊地水鬼』。名前から察するに、どちらもが俺の知る二体の深海棲艦の上位互換であるらしい。そのうち片方、港湾水鬼は既に水底へ沈められた。今鎮守府では、残る泊地水鬼と奴の君臨するE5を攻略すべく温存していた戦力を結集しているらしい。また、各地に点在させた艦娘達を呼び戻せない訳もある、という。

部下を従えず単騎で海を駆け、作戦中の艦隊へ奇襲を掛けてまた消える。深海棲艦特有の艤装……ではなく、身の丈の倍はあろうかという巨大な剣を携えたその深海棲艦は、その名は、嘗て俺と神通が追い払った……『飛行場姫』。

 

「……鉤爪の義手、か。げほっ、そちらの方が馴染み深いのだがな」

 

――飛行場姫。俺と神通が片腕を吹き飛ばし退却させたものと同一個体とみられる深海棲艦。喪った片腕には黒く禍々しい鉤爪の義手を備え、その腕で以って馬鹿みたいな大きさの剣を振り回すという。神出鬼没、いきなり現れて艦娘へ剣を叩き込みまた消える、飛行場姫に与えられた損害は最早無視できない程になっているらしい。

 

「……最早……」

 

既に幾度か交戦し、遭遇した神通率いる艦隊が彼奴の振るう剣を砕いたこともあるという。しかし、不利になると見るや直ぐさま撤退し行方をくらます飛行場姫は中々仕留められないらしい。また、剣を砕いて以降は嘗て艤装として纏っていた滑走路を繋ぎ合せたものを剣として扱っていると聞く。だがまあ、もうこいつと戦うことも無いだろう。

 

「……最早、関係無い……」

 

頭の中を占領していた一切のことを捨て去り、寝そべったベッドへと身体を預ける。

腕を動かすと、指先までしっかりと感覚が通っていることが分かる。曲げて伸ばすと、力は弱いものの自在に動く。足を動かすと、同じく筋力は落ちたであろうが思う通りの挙動をする。膝から下も、きちんと身体に触れるシーツと掛け布団の感触を確かめることができる。

だが――それら全てがどうでもいい。飛び上がって、未だぼやけた視界しか確保できない身体のまま海へ飛び出すこともしない。ただ、こうして寝転がって一日を無為に過ごすだけ。明石には『菊月さんが大人しいなんて雨でも降るんじゃないか』なんて笑って言われたが、返す言葉を持ち合わせていなかった。

 

「……菊月」

 

寝転がったまま、深く自分の内側へ没入する。身体の内側、そして心の内側。あらゆる思索を離れ、この身体の底の底まで沈んでゆく。いつか、『菊月』の幻に触れたのと同じやり方。

 

「無駄、か……」

 

しかし――俺に語りかけるものも、触れるものもそこにはいなかった。『菊月』の声が聞こえない。しかしそれも、最早分かりきったことだった。こうして自己の奥底へ潜ることも、何度やっても菊月に触れられないことも、この十日ばかりで繰り返し尽くしたことだからだ。

そうして、俺はまた沈んだ頭でつらつらと、取り留めもないことを考える。この無意味な堂々巡りで、何かが解決する筈もないということも分かっている。それでも、ここにいる限り『菊月』は決して傷つかない。もう何にも、心を動かされることはない筈だ。

 

――それでも、唯一心に残り続けている疑問が一つ。

あの時どうして、俺は長月を庇ったのだろう……?

 

夢うつつのまま、点眼の時間を迎える。包帯を取り、歪んだ視界の端に捉えたのは一通の置き手紙。明石に聞けば、先程卯月が置いていったものだという。内容は簡潔に、一文だけ書いてあった。

 

『私達の秘密の場所で待つ』、と。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「遅かったぴょんね、菊月」

 

「……で?」

 

『私達の秘密の場所』。差出人が卯月だと言うのならば、指定された場所は言わずもがな俺と卯月が二人で剣の稽古をしていた場所だろう。案の定、卯月がそこへ立っていた。それだけではなく、何故か川内や神通、那珂ちゃん、明石に武蔵までもがそこに居ることに疑問を感じる。

 

「……わざわざ呼び出して、何の用だ?」

 

「何の用だ、ぴょん?うーん、そうぴょんね。まずは説明ぴょん。ここにいる武蔵と、船渠で準備中の大和率いる連合艦隊がようやくE5の攻略に乗り出すぴょん。大体の見立てでは、今回の行軍でE5も制圧出来るみたいぴょん。でも、その為には邪魔な深海棲艦――飛行場姫に対処する部隊が必要ぴょん。うーちゃんは、神通率いる艦隊でそっちを務めるぴょん」

 

「……そうか。役に立たぬこの身だが、せめて武運を祈っておく……」

 

話を切り上げ、踵を返そうとする。背後から卯月の声がかかった。

 

「おーっと、話はまだ終わってないぴょん。菊月、ここにいるのはみんなこれから出撃する艦娘だぴょん。沈む気なんて更々ないけど、何が起こるか分からないのも戦場ぴょん。だから、心残りだけは解消してから出撃しようってうーちゃんがみんなに呼びかけたぴょん」

 

「……心残り、だと?」

 

「ええ、その通りですよ菊月。私達の心残り、それは――」

 

別方向から掛けられるのは神通の声。視界は不鮮明だが、どうにかそちらの方を向く。その瞬間――

 

ぱぁん。

 

響き渡る音と、頰に残る熱い痛み。頰を張り飛ばされたのだと理解するまでに、少し時間が必要だった。久し振りに感じる衝撃、軽いものだったがよろめいて尻餅をつく。

 

「……ぐ、っ」

 

「それは、腑抜け切ったあなたに喝を入れることです、菊月。私たちが、あなたを優しく慰めるだけの女だとでも思っていましたか?そんな筈は無いでしょう。勝手に不調に陥って、陰気な顔を晒したまま、立ち直る気配もない。そんな戦友にかけるべきなのは、慰めでは無いでしょうっ!」

 

襟首を掴まれ、引き立たされる。ぱぁん、続く平手は川内、そして那珂ちゃん。

 

「ここに居ない人も、みんな戦ってるんです!」

 

明石の言葉。左頬に飛んできた平手は、三人のものよりも軽い。

分かっている、そんなことは。だが、どうすれば良いのだ?俺に何をしろと言うのだ。こんな無力な俺に。

――何を、だと?そんなこと、言われずとも分かっているのではないか?

 

「思い出せ、お前の意思を!菊月、お前はこんな腑抜けだったのかっ!?」

 

武蔵の言葉。平手というよりもむしろパンチのような衝撃が頭を揺らす。

俺の意思。みんなを守りたい?だが、それは菊月の意思だ。『俺』はただ、菊月だけを守りたいだけなのに。

――そうか?お前は本当に菊月『だけ』を守れれば良いのか?

 

「歯を食いしばりなさい、菊月っ!あなたを、あなたを待っている人は、ここにいるだけじゃない!如月、長月、三日月、あと鎮守府の駆逐艦のみんな、そして他のところにいる姉妹の分の喝っ!――目を、醒せぇっ!!」

 

卯月の言葉。何よりも大きく頭を揺さぶったその平手。右頰に走るその衝撃に、視界がさらに歪んでゆく。後ろに倒れる。声を上げる暇もなく、俺の意識は暗転した。

 

 

 

気がつくと、俺は鉄の上に立っていた。

 

周囲を見回す。空も周囲も、濃い霧に囲まれて遠くを見ることが出来ない。かろうじて見えているのは自分が立っている鉄の床と、そこからそびえる幾つかの建造物。

――いや、違う。あれは建造物ではないし、ここは床でもない。

咄嗟に走り出し、甲板(・・)の端にたどり着く。想像通り、甲板から見下ろした先は海。そして、俺が立っている船体に記された文字は『23』。霧の中を歩き、建造物と見間違えた砲台に近づく。そのまま進み、目にしたのは艦橋。

 

ああ、間違いない。

これは菊月だ。駆逐艦、菊月だ。

 

そう判断した瞬間、背後に気配が現れるのを感じる。――白い髪に、小さな身体、黒い服装。振り返れば案の定、そこに立っていたのは『菊月』だった。

 

「……菊月っ、俺は……ぐっ!?」

 

何を言えば良いのかも分からないが、何かを口走ろうとする。それが形を持つ前に、目の前の菊月が俺の鼻っ柱を思い切り、ストレートのパンチで殴りつけた。卯月の一撃を食らったように、よろめき後ろへ倒れる。背中や後頭部が甲板へと触れた際に感じたのは衝撃――そして、幾つもの感情。

 

「…………」

 

これは知っている。嘗ての菊月の乗組員、数多の英霊の意思だ。頑張れ負けるなと、エールを送られる。それは『菊月』に向けてのものだ、『俺』に向けたものじゃない。嫌気がさし、それらを振り切り立ち上がろうとした『俺』の耳にある意思(ことば)が響いた。

 

『思い上がるな若造。お前が守るだと、俺達の(ふね)を舐めるな!』

 

え、と声が漏れる。間違いなく、今の言葉は俺に向けてのもの。起き上がることも忘れ、言葉達に耳を傾ける。

 

『操艦が甘いぞ、若造。それで菊月(俺達のふね)を操っているつもりか!』『知識も何もあるか、若造。泣き言を言うぐらいならば、さっさと立って戦え!』『傷は男の勲章だ、若造。傷つかない(ふね)がどこにある!』『俺達と、そして菊月の望みは知ってるだろう、若造。誰かを守りたい、それをお前は成せるんだぞ!』『自分を信じろ、若造。何もなくても、積んだ訓練だけは裏切らねえだろう!』

 

どれもこれも、俺を叱責する厳しい言葉だ。その一つ一つが、俺の心へ染み入り解きほぐしてゆく。俺の勘違い、思い上がり。それらがすべて洗い流される。そうして最後に、彼らは揃って言うのだ。

 

俺達が駆った最高の艦(菊月)は、お前に任せたんだ。俺達以上に、俺達が悔しがるほどに操ってみせろ!――期待してるぜ、若造!!』

 

瞑った両目から、つうっと涙が落ちる。重い、重すぎる期待。だが、彼らに応える術は俺の中にあるはずだ。第十一号作戦なんて、艦これのゲームには無かった。だから『俺』には何もない?

――いいや、俺には積み重ねた訓練と鍛えた身体、心がある。

 

左頬に触れる。

ずきずきと痛むそこからは、仲間達の友情を感じる。

右頰に触れる。

ほんのりと熱いそこからは、姉妹達の愛情を感じる。

 

そのどちらもが、菊月()の血肉となって身体の中を流れている。

 

菊月を傷つけない、そんなことは出来ないだろう。これからも俺は、『菊月』を傷つけながら戦うことを気にする筈だ。……俺は弱い。弱い男だ。だが、そんな弱い男だって、傷を背負って立つことぐらい出来るのだ。菊月を傷つける痛み、それを上回る痛みを知っているのだから。あの時、長月を――姉妹を、仲間を庇ったのがその証左。

 

『俺』は『菊月』なのだ。菊月(じぶん)と仲間、何方が大切かなど言う必要がない。菊月()――俺の願いは、みんなを守りたい、それだけなのだから。

 

「……ああ」

 

倒れた俺の眼前に、『菊月』の手が伸ばされる。それを掴むと同時に、意識が浮上してゆく。その刹那、聞きなれた菊月の声で『ありがとう』と聞こえた。

 

「共に、行こう……!」

 

目を開く。

霧がかった空ではなく、真っ青に澄み渡った空。俺を心配そうに覗き込んでいる明石の顔が鮮明に見える。少しばかり時間が経ったのだろう、周囲のみなは既に出撃してしまったようだ。

 

「あの、菊月さん?」

 

躊躇いがちに、明石が声をかけてくる。それに応える前に、自らの内側へ意識を向ける。今までとは完全に異なる感覚。うっすらでもぼんやりでもなく、『菊月』の意思と存在がより近く感じられる。

そして、『俺』も。最早『菊月』の意思を媒介するだけの存在ではなく、確かな意思と心がある。

 

「……ああ、すまないな明石。私はもう平気だ……」

 

すっくと立ち上がり、目を瞑る。

 

高揚する二つ(・・)の魂。今までの、変に絡まった俺と菊月の魂ではない。意思を源に力を発揮する艦娘の身体ならば、この二人分の意思は大きな力となる。そして、『俺』は艦娘純正の魂ではない。恐らく死んだ俺は、どちらかと言えば深海棲艦に近い魂なのだろう。ならば、こんなことだって出来る筈だ。

 

「明石。一つ聞くが……」

 

目を見開く。朱鷺色の瞳には、紅蓮の稲妻がばちばちと光る。全身から立ち上る気焔は、『菊月』の放つ燐光(キラキラ)と、『俺』の放つ――深海棲艦上級(elite)のような、真紅の(オーラ)

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……海へ出たい。艤装はあるか?」

 

菊月()は、呆然とする明石へ向けて、頰を張られた意趣返しの意味も込めて楽しげに微笑んだ。




というわけで、昨日の遅刻分と今日の分、ついでに明日の分を纏めて六千字書くぜ!のつもりで書いてたら七千五百字になってました。仕方ないね。菊月が可愛いからね。

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