Fate/EXTRA BLACK   作:ゼクス

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今回でフリートのサーヴァントの正体は大よそ分かると思います。
あのサーヴァントです。


1-7 兆候

サクラ迷宮/一層(白野side)

 

『さて……白野さん。貴女は今の拷問部屋をどう思いますか? キアラさんが言っていた、シールドを開くために必要な〝ミス遠坂の秘密”だと思いますか?』

 

「…それは違うと思う」

 

あの拷問部屋は凛の秘密では無いと思う。

 

確かに遠坂凛は危険人物だ。

しかし、あんな邪悪な事をする人間では無かった。

記憶は欠けているけれど、それは間違い無い筈だ……多分だけど。

 

「貴様の意見に同感だ。アレは日常的に殺人を、しかも大量にしていなければ不可能な所業だ。やったのは恐らくサーヴァントの方だろう。拷問と殺人に名を馳せた反英霊だからこそ出来る所業だ。無論、遠坂凛とか言う小娘が命じた可能性も残っているがな」

 

『ボクも同意見です。確かに正気でないせいで命じた可能性は在りあますが、ミス遠坂の秘密と言うからにはもっと面白可笑しなものでしょう。秘密は他にもある筈です。先ずは迷宮内をすみずみまで探索してみて下さい』

 

言われて私は前へと歩き出す。

凛の秘密を見つけて、拷問部屋の惨劇を行なった者が誰なのかを知る為に。

 

ブラックを伴って更に迷宮の奥へと進んで行く。

途中何度かエネミーが襲い掛かって来るが、私が指示を飛ばすまでも無くブラックが倒して行く。

前回とは明らかにブラックの動きも力も違っていた。動きに関してはエネミーを倒して行く度に、スムーズになって行く印象を感じる。

 

いや、実際に動きは良くなって来ている。

つまり、言っていた通りブラックはエネミーを倒して行く度に奪われた力を取り戻し、更に今の体にも慣れて行く。

 

……このままでは不味い。ブラックは本当の味方では無いのだから。

私は最初エネミーに襲い掛かれた時、〝何か”をしようとした。その〝何か”を取り戻さなければならない。

 

そう決意を固めながら通路を歩いていると、夕日が良く見える広間のような場所に辿り着き、ブラックの足が止まった。

一体何なのかと、ブラックの影から覗いてみる。

 

「ああもうっ、醜いバカをしたわ。よりにもよって、岸波さんの前であんな醜態を晒すなんて!」

 

あれは、凛?

どうやら夕日に向かって、何やら悶絶しているようだ。

 

警戒しながらブラックの横に立つように一歩踏み出すと、凛は此方の気配に気付いて振り返った。

 

「ッ! 岸波さん!? ど、どうして此処に!? い、何時の間に侵入して来たのよ!! 本当、油断も隙も無いんだから。今すぐ迷宮に叩き出してやるわ!」

 

凛の宣言にブラックが身構える。

サーヴァントを呼ぶ気なのかと、私も警戒する。

 

しかし、光と共に現れたのはあの赤いランサーでは無く……エネミー?

 

「な、なによ! 残念そうな顔で黙っちゃって……私は月の女王なの。貴女みたいな虫、直接相手にしないのよ! だから、その……手加減してあげたわけじゃないんだからね!!」

 

叫び終えると共に、凛は転移してその場から消え去った。

 

「少しは歯応えがありそうだ。俺の背後に移動しろ」

 

ブラックの指示に私は従い、背後に移動すると共に、ブラックは敵に飛び掛かった。

 

 

 

サクラ迷宮/一層。

 

 凛が召喚した球体状で中心に眼らしきモノが在るエネミーに対し、ブラックは左腕のドラモンキラーを振り被る。

 

「ムン!!」

 

 今までの迷宮内に配置されていたエネミーならば直撃を与えた一撃。

 しかし、エネミーはブラックの攻撃を素早く浮かび上がる事で躱した。ブラックは自らの攻撃が躱された事に僅かに目を細めるが、すぐさまエネミーに向かってジャンプすると共に右足を振り抜く。

 今度は蹴りが当たると思った直前、地上に居た白野が何かに気が付いたように叫ぶ。

 

「体を捻って!! 早く!!」

 

「何っ!? クッ!!」

 

 白野の指示に驚きながらも、ブラックはエネミーに当てる筈だった右足に軌道を変えて体を捻る。

 同時にエネミーから突起のような物が複数飛び出し、眼から強力なレーザー-『デットライン』-が放たれた。直前に体を捻っていたお蔭で直撃を受ける事は無く、ブラックは危なげなく地面に着地する。

 

(コイツ!? 俺でさえ放たれる直前で無ければ気が付けなかった敵の攻撃に気が付けただと!?)

 

 内心で驚愕しながら、ブラックは白野に僅かに視線を向けた。

 ブラックもエネミーが強力な攻撃を放ってくるのは、放つ直前になって気が付いた。躱す事は出来ずとも、防御するのは間に合った。だが、重要なのは其処では無く、白野がブラックよりも先に敵の攻撃に気が付いた(・・・・・)と言う点だ。

 

(……まさか……いや、今の件は後回しだ!)

 

 脳裏に浮かんだ可能性を打消し、ブラックはエネミーが放った強力なレーザーを躱し、瞬時に肉薄する。

 

「邪魔だ!!」

 

 エネミーに急接近すると共にブラックは右腕のドラモンキラーを、次に左腕のドラモンキラーと連続で叩き込む。

 響く轟音と共にエネミーの動きは目に見えて鈍くなり、好機と判断したブラックは右足を掲げてエネミーに踵落としを叩き付けた。そのまま地面にエネミーはめり込み、機能を停止して消滅した。

 

『お疲れ様です。戦いに慣れて来たようですね』

 

 白野が持つ端末からレオの賞賛の声が響いた。

 

『そしてミス遠坂のあの態度。もう秘密は掴んだも同然かと』

 

『いや、しかし……余りにも分かりやすぎないか? 秘密は思えんほど露骨だったが』

 

『秘密なんて、案外そんなものかもしれませんよ? とはいえ、決め手に欠けているのは事実です。サクラ、ミス遠坂の反応は今どこに?』

 

『凛さんの反応は、シールド付近で途絶えています』

 

『では一旦シールドに戻って、ミス遠坂との再接触をはかりましょう。此方に気付いた以上、ミス遠坂はランサーと合流する可能性があります。その前に追いつけると良いのですが……』

 

「待て……アレは何だ?」

 

「えっ?」

 

 ブラックの声に白野がブラックの視線の先に目を向けてみると、オレンジ色に輝く四角い箱のような物が通路の先の奥に回転しながら浮かんでいた。

 

「アレは? もしかして『アイテムフォルダ』?」

 

『そのようですね。表側のアリーナにも在りましたが、此方のアリーナにも在るとは……白野さん、一応調べて見て下さい。もしかしたらミス遠坂の秘密に繋がる物が入っているかもしれません』

 

「分かった」

 

 レオの指示に白野は従い、『アイテムフォルダ』に触れる。

 触れると同時に『アイテムフォルダ』は開き、マフラーのような物が白野の手に握られた。

 

「こ、これって……もしかして『礼装』?」

 

 『アイテムフォルダ』から現れた『礼装・鳳凰のマフラー』を持った白野は、脳裏に浮かび上がって来た記憶に戸惑いながらもマフラーを見つめる。

 『礼装』とはサーヴァントに対してマスターが補助攻撃、強化魔法、回復魔法などを施せるようになる力を宿した物。一つの『礼装』には補助攻撃、強化魔法、回復魔法のどれかの一つが宿っている。その力は総称として『コードキャスト』と呼ばれている。

 

(……思い出した。私は表で『礼装』を使ってサーヴァントと一緒に戦っていたんだ)

 

 脳裏に浮かんで来た記憶に従い、白野は今手に入れた『鳳凰のマフラー』を装備した。

 

「それで、その『礼装』とやらにはどんな力が宿っているんだ?」

 

「えぇと、『heal(16)』。サーヴァントとの傷を癒す効果が在るみたい」

 

「ほう……まぁ、装備しておいて損は在るまい。だが、何故『礼装』とやらが、いや、『アイテムフォルダ』が迷宮に在る?」

 

「そ、そうだよね。此処は表のアリーナじゃないし」

 

 表側のアリーナに『アイテムフォルダ』などが置かれていたのは、一種の参加者達への救済処置。

 しかし、サクラ迷宮は明確な敵の陣地。其処に『アイテムフォルダ』が置かれているのは不自然。一体どういう事なのかと白野は装備した『鳳凰のマフラー』を見つめる。

 

「……まぁ、気にしても仕方は在るまい。とにかく、今はシールドの下に向かうぞ」

 

「う、うん」

 

 此処で考えても仕方ないと白野も思い、ブラックと共に来た道を引き返すのだった。

 

 

 

サクラ迷宮/一層・シールドの前

 

「いや、いやああああああ!! お願い、助けて! もう逃げないから!!」

 

 ブラックと白野が道を引き返している頃、シールドの前では悲劇が起きようとしていた。

 

「そ、そんなので突き刺さないで!!」

 

 旧女子制服を着た緑色の髪のNPCの少女は、目の前に立つマイクスタンドを思わせる長大な槍を持った赤いランサーに懇願した。

 しかし、ランサーは嗜虐に満ちた笑みを浮かべながらNPCの少女に語りかける。

 

「もう? もう、ですって? 二度目があるのは人間だけよ。ねえ、哀れなウサギさん? 特別に私が嫌いな言葉を教えてあげる、それは〝脱獄、反逆、口答え”。ウサギはウサギらしく、可愛いだけで良かったのにね!」

 

 ランサーはゆっくりと手に持つマイクスタンド型の槍を掲げる。

 

「そんな……いや、やめてぇ!! 消えちゃう! 今度こそ消えちゃうから!!」

 

「はぁ? そんな生ぬるいオチ、私が許すわけないじゃない。アナタ達は家畜。私が飽きるまで吸血課金地獄で甚振られる運命なの。分かったらサッサと檻の中に戻る事ね!! アハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ランサーは高笑いしながら、NPCの少女に向かって槍を振り下ろした。

 しかし、次の瞬間、少女とランサーとの間に影が素早く割り込み、ランサーの槍を手に握る細身の西洋剣で防ぎ、辺りに甲高い音が響いた。

 

「なっ!?」

 

「あたたたた……凄い一撃だこと。防ぐだけで手が痺れちゃったよ」

 

 ランサーの一撃を防いだ相手は呆然とするNPCの少女を護るように立ちながら、握っていた西洋剣とは別の手に持ち変え、手を振りながら苦笑を浮かべた。

 自らの一撃を防いだ相手に、ランサーは警戒を強め、僅かに後方に退がる。

 

「……アナタ、サーヴァントね?」

 

「正解。クラスや真名を教えたいんだけど、こっちじゃマスターが駄目だって言ってね。表だと構わなかったんだけどなぁ」

 

「あら、珍しいわね、ソレ。普通クラスはともかく真名は隠すものじゃなくてね?」

 

「うちのマスター曰く、『勝手に行動OK!! 縛るなんてつまんないことしませんから、じゃんじゃん好きに行動して良いですよ!!』が、方針なんだよ。しかも実体化を常にしていても良いって、話が分かるマスターなんだよね。でも、こっちだと実体化はともかく、クラスと真名の名乗りは駄目って言われてるからさ。まぁ、それ以外は好きにして良いって言うから、こうして出て来たんだけどね」

 

 痺れていた手の感覚が戻って来たのかを確認する様に何度も握り直し、改めて西洋剣を構え直す。

 

「やる気? さっきの私の軽い一撃だけで手が痺れているようなアナタが、私に勝てると思っているの?」

 

 先ほどランサーが防がれた一撃は、ただ槍を振るった程度の攻撃でしかない。

 その程度の一撃で手が痺れているようでは、ランサーの全力の攻撃を相手が防げる訳がない。それを分かっているのか相手は苦笑を深めるが、それでも退く気配は無く、剣を構える。

 

「まぁ、確かにボクじゃ君の相手には不足かも知れないけど、これでも英霊だからさ。理不尽に虐げられている相手を見捨てるなんて事だけは出来ないんだよね!」

 

「……不愉快ね、アナタ」

 

 ランサーは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、NPCの少女を護るように立つサーヴァントを睨み付ける。

 其処には研ぎ澄まされた殺意が溢れていた。ランサーの目の前に立つ英霊は、間違いなく善性側の英霊。悪性側の反英霊であるランサーにとって、これ以上に無いほどに相性が悪く嫌いな相手だった。

 

「良いわ。アナタも捕らえて、徹底的に家畜小屋で痛めつけてやるわ!!」

 

「やれるものなら、やってみな!!」

 

 ランサーが叫びながら突撃すると共にサーヴァントも握っていた西洋剣を投げつけた。

 自らの武器を手放した相手の攻撃をランサーは嘲笑う。飛んで来る西洋剣を槍を振るう事で弾き、そのままサーヴァントに向かって飛び上がり、槍を振り被る。

 

「貰ったわ!!」

 

「それは、どうかな!」

 

「なっ!?」

 

 悪戯が成功したような笑みを浮かべると共に、サーヴァントの手の中に新たな武器が出現した。

 ランサーはその武器の姿に目を見開き、サーヴァントは会心の笑みと共に黄金(・・)に輝く武器をランサーに向かって突き出し、勝負は一撃の下に決まった。

 

 

 

サクラ迷宮/一層・シールド前(白野side)

 

ブラックから戦闘の気配が感じると聞き、シールドの前に駆け付けた。

その先には、通路の床に倒れてもがいているランサーの姿が在った。

 

「クッ!! よくもよくも!! 私をこんな目に!!」

 

……これは一体どういう事だろうか?

あの狂気のランサーが床に倒れ伏しているばかりか、悔しげに何度も床を殴っている。

 

『…これは正直驚きましたね』

 

端末からレオの驚きの声が聞こえて来る。

私も同じ気持ちだった。てっきりシールドの前で待ち構えているとだろうと思っていたが、凛の姿は無く、ランサーだけしか姿は見えない。

そのランサーもどう言う訳か私達に気が付かず、怒りに満ちた顔で床を悔しげに何度も殴りつけている。一体何故ランサーは立ち上がらないのかと目を凝らしてみると、ランサーの足は膝から下が無くなっていることに気が付く。

 

「正確に言えば無くなっているのではなく、霊体化しているようだな。しかし、一体誰が……いや、それよりも今は確かめるチャンスか!!」

 

ブラックが叫ぶと共にランサーに向かって飛び出した。

ランサーは急接近するブラックに気が付き、目を見開いている。立ち上がる事が出来ないランサーにブラックは右腕を振り下ろす。

 

決まった!!

 

私はそう思ったが、ブラックが腕を振り下ろすと同時にランサーの背中から何かが広がり、空へと舞い上がった。

 

「フフン! ちょっと驚いたけど残念だったわ」

 

なっ!?

空中に翼を広げて浮かんで余裕さに満ちた顔をしているランサーに私は驚いた。

その背に広がっているのは紛れも無く翼! 尻尾や角だけでは無く、更に翼までもランサーは持っていたのか!?

 

「やはりか。貴様の尻尾や角、そして感じていた気配に憶えあると思ったが、案の定だったか」

 

私と違い、ブラックは平静なまま宙に浮かぶランサーを見つめていた。

どうやら先ほどの一撃はランサーを倒す為のものではなく、ランサーの手の内を図る為のモノだったらしい。

 

「ランサー、貴様は〝竜”に関係する者だな」

 

「あら、よく気が付いたわね。そう! 私は確かに〝竜”に関わる高貴なる者よ!!」

 

「貴様が高貴かどうかは知らんが……おい、下がって居ろ。戦うぞ」

 

……確かにブラックの言う通り、今のランサーはどう言う訳か両足が膝から下が霊体化していて弱体化している。

こうして対峙しているにも関わらず、両足が戻らないところを見れば、明らかにランサーの意志では戻せないようだ。どうせ倒さなければいけない相手。此処で少しでも手の内を知っておくのは悪くない。

 

私がブラックの指示に従って下がると共に、ブラックはランサーに向かって飛び掛かり、ランサーはマイクスタンドような槍を構えて急降下して来た。

 

 

 

サクラ迷宮/シールド前

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「たあぁぁぁぁ!!!」

 

 ブラックのドラモンキラーとランサーの槍は激突し合い、互いを吹き飛ばそうと鬩ぎ合う。

 しかし、その鬩ぎ合いは一瞬で勝負が付き、ブラックは後方へと押しやられてしまう。

 

「何っ!?」

 

「フフン!! まだまだ行くわよ!!」

 

 余裕の笑みと共にランサーは槍を振り抜き、ブラックはそれをドラモンキラーで防ぐがすぐに弾かれてしまう。

 両足が地についていないと言うのに、ランサーの力は今のブラックを上回っていた。小柄な体の割にランサーはパワータイプだったのだ。力が落ちているブラックでは、今のランサーの攻撃を受け止めるのは難しかった。加えて言えば、ランサーは空中から自由自在に攻撃できるの対し、ブラックは地上からしか攻撃出来ない。ジャンプして攻撃しようにも、ランサーは現状でのブラックのジャンプの最高点よりも飛び上がってしまえば、其処まで。

 迂闊に飛び上がれば、自由に空を飛べるランサーの餌食になってしまう。

 

「ほらほら!! 反撃ぐらいしてみなさいよ!!」

 

 甲高い音と共にブラックの両腕がランサーの槍に寄って跳ね上げられた。

 ランサーは背の翼を羽ばたかせて、止めを刺す為にブラックに向かって突進する。

 

「止めよ!!」

 

「ブラック!!」

 

 自らのサーヴァントの危機に白野は叫ぶ。

 だが、槍を突き出す直前、ゾクッとランサーの背に強烈な悪寒が走り、無理やり翼を動かして攻撃を中断する。

 

「……えっ?」

 

 チャンスだったと言うのに攻撃を止めたランサーに白野が疑問の声を漏らした。

 あのまま行けば間違いなく、ブラックに深手を負わせる事が出来た筈。なのに、ランサーは攻撃を止めた。そうして白野は気が付く。

 ランサーの体がまるで何かを恐れるかのように震えている事に。

 

「…な、何よこれ? 何で私が震えているのよ?」

 

 自らが震えている事に誰よりも疑問を持っているのは、ランサーだった。

 だが、ランサーは確かにあの攻撃の瞬間感じたのだ。あのまま攻撃していれば、その先に待っていたのは取り返しのつかない〝何か”。そして巨大な〝何か”に食い殺される自身のイメージだった。

 

「……在り得ない! 在り得る訳がないわ!! この私が! 『ハンガリー』でも名高い鮮血の唄歌いである〝竜の娘”である私に、恐れる事なんて無いわ!!」

 

 ランサーは体を包む恐怖を振り払うように槍を振るい、顔を下に向かせて立ち尽くしているブラックに向けて構える。

 自然体にしかブラックは見えない。だが、白野も感じ取った。今不用意にブラックに触れてしまえば、恐ろしい事が起きる。たった一度のミスが取り返しのつかない事に繋がってしまう。

 しかし、既に覚悟を決めたランサーは心に宿った不安を振り払うために槍を構える。

 

「行くわ……」

 

「ちょっとちょっと! 何勝手に戦っているのよ、ランサー!!」

 

 突然シールドの方から声が響き、凛がシールドを素通りして走って来た。

 

 

 

サクラ迷宮/シールド前(白野side)

 

……凛!!

 

私はシールドの向こう側から現れた凛の姿に、戦況が不利になった事を悟った。

ランサー単騎でも今の自分とブラックでは対抗が難しかったのに、此処でマスターで在る凛までもが加われば逃げる事さえ絶望的だ!

しかし、現れた凛は私達に構わず、ランサーに向かって問い詰める。

 

「言っておいたはずでしょう!! 『はくのんとは私の許可が無ければ戦う』なって! と言うか、何でアンタ、膝から下の足が無いのよ?」

 

「こ、これはその……ね?」

 

何かランサーの様子が可笑しい。

恥ずかしがるように凛から視線をそらしている。

 

「戦っていたのは間違いないみたいだけど……まさかと思うけど、真名に繋がるような事は言っていないでしょうね?」

 

「えーと………うん。ちっとも口走ってないわ、私。パーフェクト。まさにパーフェクト・サイレンス。寧ろ会話さえしていないレベルよ」

 

真名に繋がるキーワードは〝竜の娘”

 

「しっかりバラしているじゃない!!」

 

「ち、違うわ、私の責任じゃないのだわ。其処のリスマスターの誘導尋問が達人の域に達していただけなのだわ」

 

いや、私は関係ないし、余り話もしていない。

どうやらランサーは私に責任を擦り付けようとしているらしい。しかし、間違いなくランサーはブラックと視線を合わさないようにしている。

どうやら、私も感じた何かをランサーは私以上に感じたと見て間違いない。

 

「はくのん…………じゃなかった、岸波さんにそんな甲斐性ある訳ないでしょう!? 基本善人で底抜けに間抜けなんだから!!」

 

「あら、問題はないじゃない。間抜けなマスターと三流サーヴァントに秘密の一つや二つ、知られたところで怖くないわ。って言うか、見なさいリン。あいつら全然強くないわよ? 貴女も来た事だし、丁度良いわ。此処で決着を着けましょう」

 

凛の登場で浮足立っていた空気が一変する。

ランサーの提案を凛は無言で受け止め、吟味する様に私と動かないブラックを見回している。

 

不味いと私は感じる。もしも凛がランサーの提案を受け居れてしまえば……

 

……待て? 今どっちに不安を思った? 凛と共にランサーが襲い掛かって来る事?

それとも……凛とランサーが襲って来てしまう(・・・・・・・・)事のどちらを、私は不安に思った?

 

「ほら。女王として命令して良いのよ。月の裏側から出ようとする者は何であれ始末する。それが私達のルールでしょ、リン? 先ずは、そう! 其処のサーヴァントを潰して拷問室へ。次にそのマスターの手足をもいで迷宮の入り口においておく。それで、そいつを助けに来る校舎の生き残り達を一人一人捕まえて殺して行くの!!」

 

なんて事を考えるんだ、あのサーヴァントは!!

 

残酷な考えに私は恐怖する。あえて倒した生き残らせ、次の犠牲者を呼ぶ為の餌にするなんて

 

「……そうね。それも在りね。この娘、放っておくと何時の間にか逆転するタイプだし。捕まえた他のマスター達みたいに、私の足下に跪かせるのも悪くないわ」

 

そんな、凛!!

 

……信じられない。どんな経緯で彼女が月の女王になったのか分からないが、それでも彼女の本質は変わらないと信じていたのに!!

 

「でも、それじゃつまらない。此処までレベルダウンした相手と戦っても張り合いがないでしょう。『遠坂は常に気高く、優雅たれ』。とっくの昔に廃れているけど、家の家訓なの。それに今の貴女も万全じゃ無いわ」

 

「そ、それは!?」

 

凛は未だに戻る傾向が見えないランサーの両足に目を向けた。

やはり、アレはランサーの意図して起きているモノでは無いようだ。となれば、他の者にやられたモノと考えるべきだが、一体誰が?

 

「翼が在るから戦えるかもしれないけれど、不安の種が在るなら攻めるのは止めるべきよ。先に帰っていてランサー。こんな万全な状態の貴女なら簡単に倒せるザコ、相手にする必要はないわ」

 

「……まあ、此処は貴女の城だし良いわ」

 

凛の命令にランサーは従い、あっさりと退出した。

恐らく自分達の本拠地に転移したのだろう。

 

「やけにあっさりと私の命令に従ったわね」

 

……間違いない。

拍子抜けたような顔をしている凛を見て確信した。遠まわしに凛は此方を助けてくれた。

 

その思惑はどうあれ、ピンチに陥った岸波白野の命は見逃してくれたのだ。

 

「ふ、ふん。何その目は? 良い事、私は弱い者いじめはしないって言っただけよ。別に貴女を気遣った訳じゃないの。次も懲りずに忍び込んで来たら、その時は本気で搾り取らせて貰うわよ」

 

ふん、と顔を背けて凛は冷たく言い放った。

 

……ドクッと、左手に熱い電流が走った。

勝手に左手が凛の胸に吸い寄せられように持ち上がって行く。

 

「な、何よ? いきなり悲しそうな目をしちゃって。その目を止めなさいってば! 私は女王様だって言ったでしょ!? って言うか女王様って呼びなさい!! 良い今回のは情けをかけて、特別に見逃してあげただけ!! ぜっったいに勘違いしないでね!! 私は貴女の事なんて何とも思っていないんだから」

 

『……これは』

 

『来てしまったな』

 

端末から聞こえて来るレオとユリウスの声に同意する様に、ドクン、と左手が疼く。

キアラに渡された術式が鳴動している。

 

同時に私の目に、凛の胸の中心で根付いているモノが映り込んだ。

ああ……間違いない。これが……

 

「な、なにこの空気? 見逃してあげたのは私の筈よね? 何で憐れむような目で私をみ、見て……っていた!? 何!? いきなり胸が、苦しく……」

 

『岸波さん今です! それが凛さんのシールドを破る〝秘密”です!!』

 

桜の声に頷くまでも無く、勝手に体が動き出す。

両足が地を蹴り、矢のように駆けだす。まるで凛の体に引き寄せられているようだ。

 

突然の事に理解が追いつかないまま、私の左手は凛の無防備な胸に溶け込んでいき、瞬間、凛の胸の裡に秘められた嗜好が閃光のように脳裏に走り抜けた。

そして私の体が凛の体を通り過ぎると共に、強固だった筈のシールドがガラスの割れるような音と共に砕け散った。

 

「っ……な、何よ、今の?」

 

「凛!?」

 

聞こえて来た声に振り向いて驚いた。

凛の体が消えかけている。

 

まさか……今の接触で致命的なダメージを与えてしまったのか!?

しかし、透明になっている以外、傷も出血も凛には見受けられないが……

 

「くっ……分身が保てない。無敵の筈の欲身(エゴ)を消す秘策を持っていたんて……侮っていたわ、岸波さん……貴女は、やっぱり私が女王になる為の最大の障害ね」

 

……いや、あの?

 

恨み節全開で睨まれても、正直困る。

勝手に私を過大評価しないで欲しい。

 

「でも、勝負はまだこれからよ。この私は四分の一(クォーター)に過ぎないんだから、全然痛くないわ」

 

一体凛は何を言っているんだ!?

四分の一(クォーター)に過ぎないとは、一体どういう意味なのか!?

 

そんな私の疑問に答えるように、端末から桜の声が響く。

 

『岸波さん! 今の凛さんの言葉で分かりました! 迷宮に入ってからずっと計測していた生命反応の正体は、迷宮そのものから発生していたものです。IDは凛さんです! その数値から逆算すると、其処に居る凛は本体から流失した意識の一部だと思われます。容量的に言えば、迷宮の四分の一(クォーター)ですから』

 

桜の説明は今凛が言っていた言葉と符合する。

しかし、精神の一部が流出しているばかりか、勝手に活動する事など可能なのだろうか?

 

「ふん、貴女達には無理でしょうけど、『ムーンセル』の秘密を知った私には可能なのよ……良い事。何で負けたのかよく分からないけれど、今回は負けてあげるわ。でも、最後にこれだけは言っておくわ! 此処で消えるのは私の都合だから、決してアンタの為じゃないんだからね!!」

 

そう言い残すと共に、透明だった凛は消え去った。

最後の最後まで分かりやすすぎる秘密だったような気がする。

 

『……とにかく、其処に居た凛さんの反応は消えました。迷宮からの生命反応は依然としてありますから、命に別状はないと思われます。また、岸波さんが入手したデータにより、凛さんの隠していた心が判明しました。『SG』その一の嗜好は……』

 

『ストップ。ソレを知るのは白野さんだけにしておきましょう。ミス遠坂の名誉の為にも……ところでサクラ、今の『SG』と言うのは何の略称ですか?』

 

Secref(シークレット) Garden(ガーデン)の略称です。ムーンセルのライブラリに登録されていた名称ですので、今後は『SG』で統一しますね。また、シールドの先の通路に比較的に安定した構造体を探知しました。其処に桜の樹から直接移動できるショートカットを作成出来そうです』

 

『それは結構。今後の探索が楽になります。白野さん、サクラの指示に従ってショートカットの作成を終え次第、一時帰投してください。今後の方針を決定しますので、休息をして疲れをとった後、生徒会室で合流しましょう』

 

了解。

私はレオの指示に従い、シールドの先の通路に進もうとする。

だけど、その足はフッと止まり、無言のまま立ち尽くしているブラックに目を向ける。

 

……様子が可笑しい?

まるで目覚めかけた何かが、再び眠りにつこうとしているかのようにブラックの気配が治まって行く。

 

「……クククッ……そうだ……忘れていた……アレだ。アレこそが俺が本当に求めていた……だ」

 

……暗く、しかし確かにブラックの声音には喜びが在った。

 

その声に私は思った。

もしかしたら……さっきの戦いで、助かったのは私達じゃない。本当に助かったのは、ランサーや凛の方では無いのかと……

私はそう、何かを喜んでいるブラックの姿を見て思った。

 

 

 

サクラ迷宮/????

 

「ほうほう、で、連れて来たのがその子ですか?」

 

「うん、そうだよー」

 

 マスターの疑問にサーヴァントは笑みを浮かべながら頷き、自身の背後で不安そうにしている様子を伺っているNPCの少女に顔を向けた。

 余程ランサーに酷い目に合わされていたのか、震えながらNPCの少女は助けてくれたサーヴァントの羽織っているマントを強く握っている。其処には明確な恐怖に対する意思が宿っている。本来ならばNPCには在り得ない現象。マスターである女性はその様子に笑みを浮かべる。

 明らかに普通では起こりえない事態。自我が無い筈のNPCには起こりえない筈の明確な意思が見える行動。ランサーの地獄のような拷問によってNPCの少女には何か変化が起きたのは間違いない。

 何よりも女性でさえそう簡単に手が出せなかったランサーの拷問部屋から、少女が逃げ出している事態おかしいのだから。もしかしたらランサーが甚振る為にワザと逃がした可能性も在るが、それでも抗うと言う意志をNPCの少女は示した。

 

「フフフッ、面白いですね。偶然か、はたまた必然か。とにかく、面白いですよ。まぁ、先ずは治療を行ないましょう。そのままだと不味いですし」

 

「ちゃんと治してあげてよね、マスター」

 

「言われなくても治して上げますよ。その後は、ちょっと実験に付き合って貰いますけどね」

 

「…何をする気なの? まさか、この子を利用するとかじゃないよね? それだったら流石にボクも黙ってないよ」

 

「そんなつもりは無いですから、安心しなさい。寧ろこの迷宮だと彼女の為になる事ですからね」

 

 女性はそう告げると共に、白衣の中から道具を取り出し、NPCの少女の治療に取り掛かるのだった。




もしもランサーが戦闘を継続していた場合、完全にブラックは起きていました。
その場合、高確率で凛も巻き添えを食らっていました。

そしてフリートと一緒に居るサーヴァントが助けたNPCの少女は、後々で重要な役割を担う予定です。

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