Fate/EXTRA BLACK   作:ゼクス

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1-3 生徒会勧誘

旧校舎/二階通路。

 

生徒会室から出ると共に、ブラックは私の目の前に実体化した。

どうやらレオの言っていたとおり、ブラックは旧校舎に居る他のマスターに心当たりが在るらしい。

伊達に二階の教室で待機せずに、校舎内を歩き回って居なかったようだ。

 

「先に言っておくが、期待は全くするな。寧ろ一人勧誘出来たら良い方だと思うんだな」

 

いきなりの諦めろ宣言!?

ど、どれだけ旧校舎内のマスター達は特殊な者達なのだろうか。

幸先がいきなり悪くなって来た事に、心が暗くなって来る。

 

「先ずこの校舎内に人間は生徒会室に居る連中以外は、四人だ」

 

四人……この旧校舎の大きさを考えれば、数は少ない。

と言う事は、ブラックが言う四名以外はNPCだと見るべきだろう。

 

「二階と一階にそれぞれ二名ずついる。この階から説得して行け。三年の教室に一人。もう一人は廊下を忙しなく歩き回っていた筈だ。一階の方は俺と貴様が会った図書室の前に居た筈だ……そして最後の一人だが…用務員室で引き篭もっているぞ」

 

はい? ……引き篭もっている?

どうやら引き篭もっている相手には呆れを覚えて居るのか、ブラックは苦々しげに顔を歪めている。

 

「全く……強大な気配を感じて行って見たが、まさか、あんなモノに従っているとは……ムーンセルの選定基準は良く分からん……とにかく、俺が出来るのは此処までだ。説得は貴様がするんだな」

 

呆れ返っているブラックが言い終えると共に、霊体化した。

いや、分かっていた事だ。其処に居るだけで異質な気配を発するブラックが、初対面の相手に警戒を持たれない訳がない。

私だってまだ警戒心を持っているのだから。やはり、私が説得を頑張るしか無いようだ。

 

とにかく、先ずは二階の廊下を歩き回っていたと言うマスターを探そう。

 

「え……お前、岸波じゃないか!? 」

 

…探そうとした瞬間、聞き覚えの在る声が掛けられた。

振り向いてみると、其処には青い髪の青年-『間桐シンジ』が顔を輝かせながら此方を見ていた。

仕草を見る限り、どうやらシンジはレオと違って私の記憶通りの人物だと見ていいだろう。

 

「良かった……ようやく話が分かるヤツが出てきたよ! で、君もアレだろ? 気がついたらこの校舎に居たクチだろ? なぁ、出口らしきものを見なかったか?」

 

シンジの質問に首を横に振るう。

そもそも私はまだ保健室で目覚めたばかりなのを説明する。

 

「保健室で眠っていた? へぇ、そんなところがあったんだ。ま、こっちに来たんとか寝込むとか、ボンクラな君らしいけど! 期待を外さない三流ぶりだねぇッ!」

 

記憶通りのエリート思想、自意識過剰さ。

しかし、あの〝日常”でイヤと言うほど味わって慣れてしまったのか、此れと言った反感は覚えない。

……それに、シンジは確かに自意識過剰だが、優秀なのは間違い無い。生徒会にスカウトするのも良いだろう。

今私は、レオを中心として月の裏側から脱出する為のチームを集めている事を説明した。

 

「……はぁ? 生徒会ぃ? 此処から脱出する為に居るマスター達で手を組む? ハッ、お断りだね! 此処から脱出するなら勝手にやってれば? 僕は天才だからね、凡人達とは組まないのさ。誰の手も借りないよ」

 

それは無謀なのでは無いのだろうか?

幾らシンジが優秀だとしても、今回の件は一人で解決出来る問題とは思えない。それともシンジもサーヴァントと一緒に居るのだろうか?

 

「へっ? サーヴァント? お前、サーヴァントを連れているのか!?」

 

「……まぁ、一応ね」

 

自信なさげに返答した。

 

ブラックはどう考えても通常のサーヴァントの枠組みから外れた異質なサーヴァント。

一応、契約はしているが、何時見限られて離れられても可笑しくないだろう。

 

一方、質問したシンジの方は慌てると言うよりも恐れに近かった。

もしやと思って質問してみる。

 

「シンジのサーヴァントは、どうしたの?」

 

「……いないよ。どうも、此処に来る時にはぐれたみたいだ。ま、『聖杯戦争』に戻ればすぐ帰って来るさ。それに早めに『聖杯戦争』に復帰しないと不味いだろう? 七日以内に(トリガー)を二つ集めて、決戦場に向かわないと不戦敗で負けになっちゃうのは、知っているだろう?」

 

七日間……二つの(トリガー)……決戦場……不戦敗……言われて思い出して来た。

 

『聖杯戦争』は七回戦までのトーナメント方式で、先ず対戦相手が通達される。

そして七日間の準備期間の間にムーンセルが用意したアリーナ内から二つの(トリガー)を集め、決戦場に赴き、敵マスターと戦うのがルールだった。

 

決戦場での戦いでも、二つの(トリガー)を集められなくても〝敗北”となる。

そして敗者に与えられるものは……

 

「ふん。負けたら死ぬって言う奴だろ? バカらしい。いざとなったらログアウトすれば良いだけの話さ。古臭い脅し文句だよ」

 

本当にそうなのだろうか?

……違う気がする。古臭い脅し文句などでは無く……本当に〝敗北”すれば……その先に待っているのは……

 

「な、なに暗い顔しているんだよ!? 今戻れないのは、この校舎だけ地上と回線が繋がっていないだけだろう! なあに、ムーンセルは神の頭脳なんだ。その内助けを寄越してくれるさ。何故かって? 優勝候補たる僕がここに居るんだ。ムーンセルが使いを寄越さない訳ないだろ? 運営側もスターを放っておくわけがないからね!」

 

ムーンセルの助けを待つ。それも一つの選択かも知れない。

……だけど、私は待つ事は出来ない。シンジを生徒会にスカウトするのは無理のようだし、次は三年の教室に居ると言うマスターの方に向かってみよう。

 

 

 

旧校舎/三年の教室

 

「ええい! どいつもこいつも腑抜けたNPCのような(ツラ)をしおって! まともなマスターは何処に消えた! 小生のような益荒男はこの世界に嫌われたと見える!! まさに大・根・絶ッ!!」

 

騒がしい男が三年の教室に居た。因みにNPCのようなも何も、教室内に居る彼らはNPCである。

 

「エロエムエッサイムエロエムエッサイム! 我は求め訴えたり! 神仏よ、我に艱難辛苦を与えたまえッ!! 具体的に言えば、とにかく殴りがいの在る好敵手を! このままではモンジ、癒されすぎて骨抜きになってしまいます!」

 

……必死に記憶を探る。

だけど、どうにもフィルターが掛かっているかのように、全く彼の事を思い出せない。

 

うん。金髪の美女を神と崇めていた男の事など全く思い出せない。

私は自分の記憶に無い男をNPCだと判断し、後でムーンセルに抗議をしようと心に決めて教室から出ようとする。

全く……ブラックもちゃんとマスターとNPCの区別が出来て欲しい。

 

「むっ! 貴様、マスターだな! サーヴァントの気配を感じる事から見て、間違いない!!」

 

……目が合ってしまった。

 

このまま無視して現実逃避を行なっても付きまとわれそうだ。

認めるしかない。この屈強な修行僧を思わせる男がブラックの言っていた三年の教室に居るマスターで在る事を。

 

「やはりそうか! 見たところ中々の面構え。正に地獄にキューピッド、であるな。小生の名前は臥藤(がとう)門司(もんじ)。あらゆる神学を走破し、あらゆる真理に至ったスーパー求道僧である。とは言っても、此処ではお主と同じ一介のマスターに過ぎぬ。まぁ、サーヴァントはもう居ないのだが」

 

…サーヴァントが居ない。

どうやら彼もシンジと同じように、サーヴァントが居ないマスターのようだ。

しかし、サーヴァントが居ないと言う事は、もしや彼は敗北したマスターなのだろうか?

 

「いや、それがな。我が神は『ショウジキナイワー』と神託を残して立ち去られたのだ。その後、気が付けばこの桃色校舎にぽつんと一人居たのだ」

 

……何となく、彼のサーヴァントだった者の気持ちが分かるような気がする。

とは言え、今は猫の手でも借りたい状況だ。色々とガトーは扱い辛そうだが、生徒会室に誘ってみよう。

 

「ほう。マスター達による脱出計画とな。おぬしら、ここから出るつもりだったのか?」

 

当り前だ。と即答する。

こんなところに閉じ込められているのだ。一刻も早い脱出を考えるのは当然だろう。

 

「ふむ。小生は脱出する気はなかったぞ」

 

何故だろうか?

いきなり全く見覚えのない場所に連れて来られたのだ。脱出を考えるべきでは無いのだろうか?

 

「確かに外は人外魔境のようだが、この旧校舎には危険が何一つも無い。寧ろこの校舎は善き思いで満ちている。しかも時間の概念すらない。何時間過ごそうと日にちが経たず、善き思いで満たされたこの場所は桃源郷か竜宮城であろうよ」

 

……驚いた。そんな見方もあるのか。

ガトーの言う通り、この校舎は今のところ安全だ。

ここが通常の世界から切り離された〝月の裏側”だとしても、留まっている分には何の危険も無いかもしれない。だけど、それが何時まで続くかが分からない不安は残る。

 

「小生は修行の場は選ばん。寧ろ新天地は心躍る。この新天地で修練を積むのもまた良しだ」

 

……どうやらガトーは此処から脱出する気が無いようだ。

違う人材を探しに行こう。

 

「まぁ、生徒会には参加するがな」

 

……はい?

いや、貴方此処で修行するとか言っていなかっただろうか?

 

「荷物をまとめ次第、其方に合流する故。では、小生の活躍にこうご期待!!」

 

言いたい事を言って、ガトーは教室から出て行ってしまった。

とりあえず、協力者は一人得られたが……レオから何か言われそうな気がする。

残り二人……どうかまともな人物で在る事を願う。

 

 

 

旧校舎/図書室前。

 

「まぁ、またお会いできましたね、白野さん」

 

一階に降りて図書室前に居ると言うマスターに会う為、図書室前に辿り着くと尼僧服を纏った女性に声を掛けられた。

しかし、尼僧と彼女を読んでも良いのだろうか? 尼僧服はボディラインを強調しており、美貌を際立たせている。その女性には憶えが在った。〝前の校舎”で教師として赴任して着た人物。

確か名前は……藤村……大河?

 

「藤村大河……ですか? おかしいですね、私はそんな愛らしい名前を語った記憶はないのですが?」

 

尼僧は困ったように顔を伏せた。

やはり、藤村大河と言うのは彼女の名前では無かったようだ。となれば、彼女は藤村大河と言う役割を与えられていた『聖杯戦争』の参加者であるマスターの一人なのだろう。

 

「私は殺生院(せっしょういん)キアラと申します。教師の役割で予選をこなしていました。白野さんとはその時知り合いましたね」

 

女性……キアラは淑やかに微笑んだ。

再会を心の底から感謝するような、暖かな眼差しと声音。

 

思わず、状況も忘れて赤面してしまう。

 

「あの黒いノイズに襲われた時は覚悟を決めましたが、貴方は無事だったのですね。本当によかった」

 

――――ちょっと待った。

 

いま、『黒いノイズに襲われた』と言った?

 

「えぇ、予選で飲み込まれました。ですが、幸いこの通り大事なく、足もあれば手もあります。夢か現かとお迷いでしたら、その手で直に触ってみるのはいかがでしょう? さぁ、遠慮なさらずに」

 

清らかな衣擦れの音をたてて、キアラは片手を私に差し出して来た。

意識しているかどうかは分からないが、その所作はあまりにも柔らかで、女性的だ。

同性でも見惚れてしまう艶めかしさに、ドキリとしてしまう。

 

落ち着かなければ、今はそんな状況ではない。

それよりも大事なのは、彼女と私が同じ境遇に在った事だ。

 

キアラも私と同じ校舎にいて、黒いノイズに飲まれたのか?

 

「はい。私、このような服装ですから逃げる為に走ったものの転んでしまって、あえなく黒い泥に飲み込まれてしまいました。その時、一階から階段へ向かう貴方に声を掛けたのですが、其方は覚えておいでですか?」

 

憶えていないと答えて首を振った。

 

……助けを求められたのに、見捨てた事実に後ろめたさを覚えて視線を落としてしまう。

 

「いえ、良いのです。余りご自分を責めないで下さい。あの時はああする事が最善でした。それに……今の後悔だけで私は報われました。ほんの少し話しただけの私の命を悔やんでくれるほど、貴女は私を想ってくれたのですから」

 

殺生院キアラは、見捨てた筈の私に『ありがとう』と心の底からの礼を述べた。

 

……胸に温かいものが灯る。

 

キアラの言葉が此方の罪悪感を気遣ったものだとしても、そこに込められている〝感謝”は本物だった。

 

他人の行動と人格を包み込むような柔らかな微笑み。日常では見られない、慈悲を感じさせるキアラの細やかな所作。これほどの人物ならば生徒会に参加してくれるかもしれない。

キアラは参加してくれると確信して、レオと生徒会に関して声明する。

 

「……生徒会ですか。確かに此処から外を目指すのなら、皆さんで手を取り合うのが上策でしょう。ですが、私は生徒会には参加出来ないのです。ごめんなさい」

 

……ッ!?

そんな、他のマスターならともかく、彼女が生徒会参加を断るなんて!?

理由を聞かせて貰わないと、とてもじゃないが納得できない!

 

「理由は明白です。真剣に脱出を目指す者の中に『ここから出る気のない者』が混ざっては士気に関わりましょう。残念ですけど、私は既に脱出は不可能と認め、心が折れてしまっています。これでも自分なりに脱出を試みましたが、私の力では力不足なのです。それは私のサーヴァントも同じようです」

 

サーヴァント?

どうやら、キアラにはガトーやシンジと違ってサーヴァントが居るらしい。

 

「脱出する気が無いと言っても、私は白野さん達を否定しません。寧ろ応援したく思います。ただ私の力では足りないのです。きっと私は最後の最後で皆様の足枷になってしまうでしょう。そうならないように距離をとっておきたいのです」

 

……其処まで言われてしまえば引き下がるしかない。

マスターとサーヴァントの能力は、そのマスター自身が一番把握している。

キアラが自分の力では不可能だと判断している以上、他人である私が口をはさむのは無責任だ。

 

「ふふ、本当に困った人ですね。そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。この殺生院キアラ。自分の命を優先する不徳の身ですが、陰ながら応援はさせて頂きます……貴方も聞いていましたね、『アンデルセン』」

 

キアラの呼び掛けに応え、水色の髪色をした美しい、と言って良い少年が瞳にひねくれた絶望の影を宿しながら現れた。

彼がキアラのサーヴァントだろう。同時に殺生院キアラは本当に生還を諦めているのだと納得した。

『聖杯戦争』に於いて真名は、何よりも隠すべきものなのにあっさりと彼女は口にしたのだから。

 

本当に『聖杯戦争』に戻る気はないから、全ての手の内を見せてるのだ。

 

しかし、アンデルセンと言えば、本名は『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』。

『人魚姫』や『マッチ売りの少女』で名高い、世界三大童話作家の一人の筈。

なるほど、確かに彼の偉業は作家に関する事。ガウェインのように戦いでの逸話などは伝わっていない。

キアラのサーヴァントは、確かに直接戦闘には向いていないようだ。となれば、クラスは恐らく『キャスター』だろう。

 

「三文以下の言葉ですが、貴方の批評も役には立ちましょう。この方に助言をしてさしあげなさい」

 

「……ふん。ただいま紹介に与った、三流サーヴァント、アンデルセンだ……何のクラスなのかはもう察しているようだな。最低なマスターに相応しい、低俗な英霊だからな。しかし、呆れるほど凡夫の顔だな? 苦悩も、悲哀も無く、ただこの世界に投げ出された被害者面。良いぞ、悪くない。道化とはそうでなくてはならない」

 

容姿と違ってその口から飛び出したのは、批評とも取れる毒に満ちた言葉だった。

 

「うん? 何だその顔は? 助言でも欲しいのか?」

 

「う、うん」

 

「それなら初めから言え。良いか、他人を信じるな。女を信じるな。特に、其処に居る女だけは避けて通れ。その女の全ては常人にとって毒だ。肉体、言葉、思想、結末。その女は言うなれば、強すぎる光だ。迂闊に見れば、目は潰れてしまうだろう。聖人の説法は凡人には耐えられぬものだ。その女はその中でも特に始末が悪い」

 

「……もう、口をあければ酷いことばかり。私には今回の事態を解決する意志も能力も無いのですと、告白しただけなのに。アンデルセン。貴方は外に出すより箱の中の方がお似合いかしら?」

 

「フン。語れと言われたから語ったまで。そして走り出したら最後、俺の悪筆はとまらんぞキアラ。まぁ、俺が言うまでも無く、其処の毒婦を警戒している奴がこの場には居るがな」

 

鋭い眼差しをアンデルセンは、私の背後に向けた。

其処にはブラックが居る。どうやらアンデルセンが言う、キアラを警戒している相手と言うのはブラックの事らしい。

 

「其処に居る毒婦のオーダーに従って助言してやる。貴様と共に居る奴は、『暴虐の化身』だ。扱い方を誤れば、貴様自身も暴虐の飲まれるだろう。だが、貴様が歩みを止めなければ最恐の力になるだろう。故に、止まるな。浪費するな。空費するな。望みを果たしたいのならこんなところで批評家の声なぞ聞かず、馬車馬のように働け、駄作で終わりたくなければな、若きマスターよ」

 

「ふふ。こういうサーヴァントですけど、仲良くしてあげてください。根は素直ないい人ですから」

 

そ、そうなのだろうか?

正直キアラのとりなしがなければ、もう助言など聞きたくはないと思えるほどの毒舌家なのだが。

 

ともあれ、キアラは生徒会室入りを断ったが、出来る限りの協力はしてくれるらしい。

もしかしたら時が経てば気が変わって、生徒会に入ってくれるかもしれない。今はそれで良しとして、最後のマスターが居る用務員室に向かおう。

 

キアラとアンデルセンと分かれ、一階の通路を歩く。

そして曲がり角に入って二人の姿が見えなくなると、ブラックが実体化する。

 

「……あの女には気を付けろ」

 

いきなりの発言。いや、このサーヴァントの行動は何時もいきなりが多いので、もう慣れて来た。

だが、どうやらアンデルセンが言っていたようにブラックはキアラを警戒しているらしい。一体何故だろう?

 

「貴様には分からんだろうが、アンデルセンと言う奴の言葉は正しい。アレは並みの人間には強過ぎる猛毒だ。気を付けろ」

 

もう言う事は無いと言うように、再びブラックは姿を消した。

一体何なのだろうか? どうにもブラックは桜と言い、キアラと言い、私が味方だと思う相手に対して警戒を持ち過ぎている。理由も話さないので尚更に不信感が募りながら、用務員室へと向かう。

 

 

 

旧校舎/用務員室。

 

遂に最後のマスターが居ると言う用務員室に辿り着いた。

ブラック曰く、相手は用務員室に引き篭もっているらしい。一体どんな人物なのかと思いながら扉のノブに手を掛ける。

どうやら鍵は掛かっていないらしい。意を決して扉を開ける。

 

「ふふふ、何とも快適な所を見つけたッス。この校舎のデットスペースを利用して衣食住は全てただと来た。どんな状況でも引き篭もれるスキルこそ最強。ジナコさんはやっぱりもう此処から出ないッスよ~♪」

 

……居た。

カタツムリのように布団に包まって、PCを弄っていた。

惰眠と惰性と駄肉をほしいままにしている彼女には身に覚えがある。確か名前は『ジナコ=カリギリ』。

 

記憶では〝前の校舎”でも用具室を占拠していた女性だ!

 

「ん? 風通しが良くなったような?」

 

振り返ったジナコと私の目が合う。

 

「ぎゃーーーーーッス!! 何スかアンタ! 人の聖域(サンクチュアリ)に土足で踏み込むとか訴えるッスよ!?」

 

勢いよくジナコは立ち上がると共に、その勢いのまま私にタックルをかまして来た。

そのまま部屋の外に追いやられて、背後の壁にぶつかりそうになる。しかし、ぶつかる直前、ブラックが背後に実体化し、私を受け止めてくれた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!! アンタまた来たッスね!! ロックロックロック!! もう今度は超厳重に鍵をかけてジナコさんのターンエンドッス!」

 

しまった、呆気に囚われている隙に用務員室の扉に鍵が掛けられてしまった。

声は届くようだが、もう用務員室の扉を開けるのは難しい。何重ものロックが掛けられていると見て良いだろう。

とりあえず、ブラックの腕の中から出よう。

 

「……あ、ありがとう」

 

「行くぞ。ソイツに期待するのは間違っているからな」

 

いや、待て。

さっさと用務員室から離れようとするブラックに、慌てて私は声を掛けた。

一応彼女は旧校舎内に居るマスターなのだ。呼び掛けなければならない。

 

「つーか誰ッスかアンタ! 新聞と課金とお説教はたくさんッスよ! 永遠に訪れない一昨日に来て下さいッス!!」

 

……何という拒絶振りだろうか?

正直ももう駄目だと分かり切っているが、それでも一応生徒会に関して説明する。

 

「生徒会? 此処から出る? ……結構ッス。ボク、此処から出たくないし、勝手にやっていれば良いッス。大体レオってあのリアル天才のお子様の事っすよね? 妬み辛みでつらつらとスレを回されたくなかったら、ジナコさんに関わるなと警告しておいてくれッス。まぁ、覗き見ぐらいはしておくッスけどね」

 

それ以上は言う事は無いと言うように、用務員室内からカタカタとPCを弄る音が聞こえて来る。

覗き見は正直どうかと思うが、情報が共有出来ていると言うのは説明する手間が省ける。

 

しかし、……この得体のしれない校舎で彼女を独りにしておくのは危険な気がするのだが……

 

「貴様が何を考えているのか分かるが、奴の事は放っておけ。奴自身が引き篭もっている事を決めているのだからな……それに奴をどうにかするのは、現状では不可能に近い……奴には過ぎた〝サーヴァント”が護りについているからな」

 

サーヴァント!?

つまり、ジナコはサーヴァントを連れたマスター!? なら尚更に生徒会に入って欲しいが、あの様子とブラックの言葉から考えて説得は無理だろう。

 

此処は一先ず退こう。しかし……本当にブラックの言った通り、四人中一人勧誘するのが精一杯だった。

その一人もアレだし。とりあえずは生徒会室に戻って報告しよう。

 

 

 

旧校舎/生徒会室

 

「お帰りなさい、岸波さん。人材集めの方はどうでした?」

 

正直に言って、全然駄目だったとしか答えようが無い。

椅子に座りながら自分の成果を思い出して暗くなってしまう。そろそろ勧誘に成功した唯一の人物が来るだろうと思いながら顔を伏せていると、生徒会室の扉が開く音が響く。

 

「しからばご免! 我こそは地獄に垂らされた蜘蛛の糸!」

 

あぁ、来てしまったと思った。

唯一自分が成し遂げた成果に、私は泣きそうになってしまう。

しかし、空気を読めない相手は、レオに向かって名乗りを上げる。

 

「臥藤門司、お呼びと聞いて、即・托・鉢ッ!」

 

「……モンジ・ガトー? ……彼は、貴女が?」

 

はい。私の唯一の成果です。

でも、私は悪くない。誰でも良いと言ったのはレオだ。

何よりも、旧校舎に居たどのマスターも我が強過ぎる相手だったのだ。一人だけでも説得に成功した事を褒めて欲しい。

 

「ふはははは!! 西欧財閥の次期当主よ。小生をスカウトするとは心得ている! しかし、当主殿では、いかにも他人行儀。此処は同じ生徒会の仲間としてレオ会長、とお呼びすればよいかな? 因みに小生にはサーヴァントは居らぬが、小生はナウテのマスターなのでご安心召されよ!」

 

もう黙って欲しい。

生徒会室内に満ちる居心地の悪い雰囲気に、胃が痛くなりそうな気がして来た。ブラックに命じてガトーを窓から叩き落とそうかと危険な考えさえ浮かんで来る。

 

「……仕方が在りませんね。ガトーさんには校舎の見回りやトイレの雑務などして貰いましょう。一応モンジ・ガトーは一角の人物らしいですし、それで岸波さん。他のマスター達はどうだったのですか?」

 

残りのマスターであるシンジ、ジナコ、そしてキアラに関して報告する。

シンジはガトー同様にサーヴァントが居らず、生徒会は気に食わないと拒絶。

ジナコにはサーヴァントが居るらしいが、姿は確認出来なかった上に、当人は用務員室に閉じこもっている。一応此方の様子はモニターをすると言っていた。

 

そして殺生院キアラは生徒会の行動は支援してくれるが、生徒会には参加せず、また一緒に居るサーヴァント、アンデルセンは直接的な協力をするタイプでは無かった。

 

「ふむ、出たくないと〝出る気がない”ですか……サーヴァントを連れているらしいジナコ=カリギリは、後ほど改めて説得するにしても……キアラさんはちょっと分かりませんね」

 

「レオ? 分からない、とはどう意味なのでしょうか? 殺生院キアラとは我々も一度会っていますが、徳の高い人物でしたが」

 

「……そうですね。考えすぎかもしれません。ただちょっと引っ掛かりのようなものを感じたので。まぁ、校舎内のマスターの内、半数が生徒会に参加したので良しとしましょう」

 

校舎内のマスターは全部で七名。

生徒会に参加したのはレオ、ユリウス、ガトー、そして私の四名。

サーヴァントが、ブラックとガウェインだけなのは不安が残るが、今のところこれ以上の人員は望めないだろう。

 

「人員不足はいずれ解決するにしても、ある程度のメンバーが集まったのなら行動する時です。サクラ。中に入る為のゲートの方は完成しましたか?」

 

「…はい、緊急時ですので特別処置として許可しました。ですけど、やはり私は反対です。内部のスキャンが全くできませんし、モニターさえ出来ない状況なんです。安全の保証は出来ません。そんなところに岸波さんを送り込むのは……」

 

桜は言葉を濁らせながら、此方を伺う。

……事情は分からないが、桜は此方の身を案じているようだ。

 

「しかし、現状はそれしか手段はありません。これはボク達の判断です。AIである貴女に責任は負わせませんよ」

 

「…………分かりました。けど、それなら私にも手伝わせて下さい。皆さんの健康管理が私の存在意義ですから」

 

「それは此方からもお願いします。現状、人手が足りませんから、当面はボクとサクラだけで白野さんのパックアップをします」

 

「待て待て。お主らは何をするつもりなのだ? 小生と岸波にも説明してくれんか?」

 

「これは失礼しました。白野さん、説明が前後しましたが、貴女にはこれからサーヴァントと共にアリーナに潜って貰います」

 

アリーナ……?

確か、『聖杯戦争』の為に用意された構造体。

対戦相手が決まったマスターは、七日の間に階層ごとに作られたアリーナ内で(トリガー)を探し、またはトレーニングをしたり、相手の情報を探ったりして最後の決戦場に赴く。

 

そのアリーナが、この旧校舎にも在ると言うのか?

 

「いえ、アリーナらしきものです。この旧校舎の校庭に在る桜の樹の下に、表側に向かっている構造体を発見したんです」

 

「では、アリーナを抜ければ外……月の表側に戻れるかも知れんのだな?」

 

「その可能性は高いです。未確認アリーナでは格好がつかないので、桜の樹の下に在る事から、アリーナの名前は『サクラ迷宮』と名付けました」

 

外界に通じていると思われるサクラ迷宮。

 

其処を調査するのが、私とブラックに託された役割らしい。

しかし、それならば、レオとガウェインの方が確実なのでは?

 

「いえ、残念ですが、それは無理です。現状バックアップの人材がボクとサクラ二人では足りないのです。何せ未知の領域ですから、常に白野さんをモニターし、緊急時には此方にログアウトさせる。その手の魔術師スキルを白野さんは持っていないでしょう」

 

レオの言う通り、私にはそんな器用な真似は出来ない。

何しろサーヴァントと契約しているだけで精一杯なのだ。

電子戦、後方支援スキルが無い以上、私に出来るのは足での現地調査が最大限に出来る事だ。

 

「理解が早くて助かります。此方の準備は白野さんが人材集めをしている間に終えています。バックアップは行ないますので、白野さんは〝桜の樹”に向かって下さい。ゲートは桜が開いてくれます」

 

「………はい。管理者権限で樹の中に入るゲートを作りました。後は岸波さん次第です」

 

「小生が行ってはいかんのか? 岸波だけではなく、小生も行けば探索は捗ると思うのだが?」

 

「止めておけ。アリーナである以上、内部にはエネミーが居る。オレやお前では一体は倒せるかも知れんが、それが限界だ」

 

「兄さんの言う通りです。それにサクラ迷宮がボクらの知るアリーナと同じとは限りません。サーヴァント一体で二人を護るのは難しいかもしれないのですから」

 

そうか。

原則として、サクラ迷宮に入る事が出来るのはサーヴァントを連れたマスターだけ。連れて居なければアリーナ内に居るであろうエネミーの餌食になってしまう。

 

「以上です。校庭に向かってください。サクラ迷宮初突入ミッションを開始します。いわゆる処女航海という奴ですね」

 

「あ、あの……そう言う言い方は、ちょっと……」

 

「何故です? 極めてノーマルな単語をチョイスしたのですが?」

 

いや、同じ女性として私には桜の気持ちが分かる。

私も、もしも白野迷宮の処女航海なんて言われたら桜と同じ気持ちになるだろう。

とにかく、レオのデリカシーの無い発言は無視してサクラ迷宮に向かう事にした。

 

 

 

旧校舎/校庭

 

「あの樹が」

 

校庭に出ると共に件の桜の樹を見た私は、確かに校舎内とは違う妙な形の魔力を感じた。

あの樹の下にサクラ迷宮へと続くゲートが在るのだろう。

 

「あ、あの……」

 

校舎から出た直後、転移して来たらしい桜に呼び止められた。

見送りに来てくれたのだろうか?

 

「……気を付けてください。迷宮の中は〝彼女”の領域です。もし出会ってしまったら、絶対に逆らったりしないように」

 

彼女……?

 

今の言いぶりだと、〝彼女”と言うのが迷宮の主……いや、この事件の元凶のように聞こえる。

まさか、桜は〝敵”が何であるか知っているのだろうか?

 

「やはり、貴様は〝奴”について知っているようだな」

 

ブラック!?

突然実体化したブラックは、厳しい眼差しを桜に向けていた。

もしかしてブラックも事件の元凶に関して何か知っているのだろうか?

 

「……危なくなったら、すぐに帰って来て下さい」

 

桜はブラックの質問に答える事無く、再び転移して姿を消した。

無視されたような形になってしまったが、ブラックは機嫌を悪くした様子は無く、何かを納得しているかのように頷く。

 

「なるほど……情報が明かせないのはどうやら奴自身の意志と言うよりも、規律に近いものか。それを破って忠告に来たとなれば、あの娘を警戒する必要は無さそうだな」

 

「…どう言う事なの?」

 

いい加減ブラックには隠している事を教えて貰いたく、厳しい声で質問した。

 

「答えても構わんが、その場合、貴様は少なからずあの小娘に不信感を抱くぞ。これから迷宮に入る前に不安要素少ない方が良い。迷宮から戻ったら話してやる」

 

ブラックはそう告げると共に、桜の樹に近づく。

軋むような音が鳴り響き、桜の樹が揺れると同時に、桜の樹はせり上がった。

現れたのは暗闇に満たされて先を見通す事が出来ないゲートだった。

 

確かに今は他の事に意識を向けていられない。

桜の事は気になるが、今は調査の方に集中しよう。月の裏側に構築された未知のアリーナ。

果たして、ゲートの先には何が待ち受けているのだろうか?


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