ES_007_有閑話_水魚の交わり、暮と逸
「お掛けになった電話は現在電波の届かない場所にあるか、『魔法の言葉』がないとかからないよーん☆」
「『月が綺麗ですね』」
「『死んでもいいわ』──むふん。ちーちゃんってけっこうロマンチストだよね」
「なあに。私程度、メルヘンチストには遠く及ばんよ」
「ふふ。でもそんなちーちゃんが実はグリム童話大好きだっての、私はよーく知っているのだ」
「
「うんうん、二人ヘンゼルとグレーテルね。あの写メは今のケータイの待受なの!」
「何だ、まだあの携帯使っているのか。私は気にせんと言っているだろうに──とはいえ、お前が『魔女』で私が『実母』だったけどな」
「でも、ノリノリだったじゃない?」
「等身大お菓子の家は壮観だった。まさか庭付き一戸建てとは、毎度ながら恐れ入ったよ。よもや地下室まであるとはな」
「ふっふーん! お菓子の家はみんなの夢。
「驚いたな。私の愛では不服か?」
「なにを恐れ多い。不満も不備も悉く、ことちーちゃんに限って、そんなことは一切絶対ありはしないよ──もっとも、私は貴女を畏敬してはいるけどね」
「畏敬、な。全く、光栄だよ」
「えっへへー」
「ところで束。観ていたか?」
「んー、なにがー?」
「
「おやおやちーちゃん。いくら世紀の大天才篠ノ之束さんだって、さすがに知らないことは話せないよ。その言いよう、まるで束さんが至るところに隠しカメラ仕掛けてるみたいじゃないか!」
「この学園の設計にまで関わっておいて何を言う。箒の部屋に仕掛けたカメラの数々、まさか知らぬ存ぜぬを口には出すまい?」
「あっ! だから箒ちゃんの部屋だけ映らなかったのか!!」
「それは同室は一夏だ。可愛い弟のプライベート、幾ら相手がお前だろうと、守らなければ姉の恥だ」
「くそぅ。あたかも妹の私生活を覗こうとする私がお姉さん失格みたいじゃないかよぅ……」
「私の部屋のは外してないだろう? それで許せよ」
「毎朝カメラの前でポージングありがとう!」
「どういたしまして。しかしなるほどな、どうりで学生寮をスケルトン・インフィルにさせたかったはずだ」
「そりゃあ内装の変更が簡単だもん。『なにか』を仕掛けるのにもってこいじゃないか」
「普通はマンション等の住宅でやるんだがな。その点、やはりお前は流石だよ。人を言い
「褒めてるのかディスってんのかわかりゃしないよ!」
「無論、感心の一念だ。私とて、お前を畏敬しているのだからな」
「──ふっふん。光栄だね。まぁとはいっても、その実、設計はセンスの欠片もありはしないと自覚してるよ。建築的芸術ってのはなかなかどうして、奥が深い。絵画を素晴らしいと思える感性とはまた別物だ」
「そう蔑む程の事でもないだろう? お前の感性芸術性、とても私には真似出来んよ。私とて芸術品を『美しい』と感じる心はあるし、それを礼賛する事も出来る、が。それを創るとなるとまた別だ──言うまでもないがな」
「加えて
「
「実用性に特化させればいいだけだからね。アルゴリズミック・デザインなんて頭のおよろしい奴らのパズルみたいなもの。その点サグラダ・ファミリアはスゴイよ。建築家になろうとは思わないけどね」
「はっ。お前がガウディに成ってしまったら私は困るな」
「私も路面電車にはねられるのはゴメンだよ……でもなにより感心しちゃうのは、なにげに私の話に平気でついてくるちーちゃんだよ。なんだかんだ博学だよね!」
「所詮は学年次席だ。厚顔無恥、装模作様。知ったか振りだ。ほんに、お前と話していると、己が無知な気がしてならないよ」
「それは私にこそ言わせてほしいな。私は貴女と伴にいると、自分が無能な気がしてならないよ」
「くくく」
「ふふふ」
「さて、赤裸々な告白等は切り上げて──それで束、どうなんだ?」
「うんとね。実のところ、私はまだ観てないの。ちょうど終わってから目が覚めたところ」
「ほう? それまたどうして。
「あのねあのね、興味どうたら以前に前日まで徹夜で《白式》を調整していた親友に向かってそれはないんじゃないかな! 人間は寝ないと生きられないんだよ! 早朝にやっとこさ終わらせたんだから夕方までぐっすりしててもバチは当たらないと思うの!」
「ナポレオンは三時間しか寝なかったらしいがな」
「睡眠時間を削るなんて愚か者のすることだよ。
「『時間の使い方の最も下手なものが、まずその短さについて苦情をいう』──ほとほと
「あと、寝ないとお肌に悪いしね。一〇時から二時はお肌のゴールデンタイムなのにさ!」
「お前の肌はいつも瑞々しいな」
「そういうちーちゃんもちゃんと一〇時に寝るの、私は知ってるよ!」
「教師の朝は早いんだよ、無職。とはいえ、有難う。改めて、満腔の謝意を贈らせて貰う」
「どういたしましねぇ待ってその『無職』の一言を看過すると束さんの名誉に関わるからちょっと待っ」
「────白式が、
「────へぇ」
「驚いたよ。まさか
「そうだねぇ。私は一夏、いっくんを語れるほど理解してないけどさ。でも私が信じる貴女が信じる人ならば、私だってびっくりだ」
「『いっくん』か……ふふ。何かしたようだな?」
「私がなにもしなかった時なんて、あったかな?」
「
「失敗せずにたどり着いた成功って、素敵じゃない?」
「是非も無い。ふっ、それは『いっくん』と呼びたくもなるか……しかし、大丈夫なのか?」
「うん?」
「搭乗者が私から一夏に移っただろう。IS適正に影響ないのか?」
「だーいじょーうブイ。《白騎士》はいつでも、いつまでも! ちーちゃんのために存在するんだよ!
「それを聞いて安心した。幾ら私といえど、入学者全員に会って判断するというのは難しいからな。ランクが動くと面倒だ」
「あ、一応続けてるんだね。どう? 今年はいいが子いた?」
「そうだな。去年に比べれば随分と、どころか天と地だよ」
「去年も一昨年も、誰もいなかったからね」
「特に編入組、候補生が良い。今月中に中国から一人。後は、先になるが、ドイツとフランスからも来るらしい。ドイツは正直
「──箒ちゃんは?」
「前に話した通り。あいつからは
「そう」
「悔しいなら、見返してみろ」
「見返す? もとよりなにより、この件に関しては譲らないよ。ちーちゃんこそ、私を見返してみてよ」
「無論だ」
「それにしても、そっかぁ。いっくん《白式》に乗っちゃったのか……あれ? これってゴーレムⅢ作った意味ないよね?」
「元から乗せる予定だったのが早まっただけだ。前倒しにしても問題なかろう。自ら細工をしておいて、些か以上に白々しいよ」
「それでも人はわからないからね、その可能性に心が踊るんだよ。とりあえずよかったぁ。今日乗っても大丈夫なようにしといて」
「果たして本心からなのか。ともあれ礼を言うに厭はない、というか、何だ。『Ⅲ』まで出来ているのか?」
「ふっふん? こちとら有能な助手がいるからね……あれ、もしかして中国の子って」
「ん? それがどうかし──ああ、成程。そういうことか。ああ、ああそうだ。
「オーケイグッジョブオールライッ! これはまたまた、面白くなりそうだね」
「ふん。全ては訊かんよ。下手な種明しなど、興を削ぐ以外の何ものでもない」
「そもそも話すつもりはないから安心してよ。ちーちゃんは演者然としていればいい。
「もしも神がいるというなら、私はお前という友を持てた事に膝を折ろう」
「感激の至り。──ただ、最後に一つ」
「どうかしたか?」
「────『あなたの幸福は?』」
「────『たたかうことだ』」
「ふふ。お休みちーちゃん」
「ああ、お休み束」