ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第五話【矜持咆哮】

 ES_005_矜持咆哮

 

 

 

 ────気づいたときには、すでにそれが確固としてそこにあった。

 

 気づいたとき。ゆえに『いつから』という疑問に対して、適切な解は示せない。

 もしかしたらここ最近のことかもしれないし、この世界に生を受けた瞬間から、ひょっとすれば前世も前世、(かみ)()の頃からそうだったのかもしれない。いいやきっと、『アイツ』と出会ったその瞬間からか……少なくとも、それを心に生き続けていると胸を張って言える程度の昔から、俺はともにあったのだ。さすがにここ最近やら神代やらというのがありえないとしても、なんにしたって、今からみれば瑣末なことだ。

 だって現在、『それ』は確かなものとして、俺の根幹として、強く心の底に根づいているのだから。

 理由はわからない。理屈でもないだろう。倫理やら利害やら、はたまた理念といったものとも、ちょっと違う。いいやでも、はたからみたら理念とか理想とか、そういった言葉で括れるものだとは思う。しかし純然たる事実として、それは存在の根幹とともにあった。魂の誓言。

 『それ』は俺という存在の根源であった。

 俺が俺として走り続けるための、部品やら燃料やらといった以前の、『走る』という概念そのもの。

 だから、だろうか。

 

 だから黄昏に咲く桜の騎士に、俺は強く憧れるのだろうか──。

 

 強く、気高く、美しく。堅く、鋭く、麗しく。

 圧倒的な強さでもって、徹底的な信条をもって、絶対的な存在でもって、その人は在り続けていた──続けている。

 おそらく、俺がそう言ったらその人はにべもなくやんわりと否定するだろう。そのさまを連想するのはそれこそ難くなく、失笑とも嘲笑ともつかない表情で、きっと『全く』と呟くのだ。無情とか謙遜とか、そういった類いのものじゃなく、本当の純粋に、『そうじゃない』と確信しているのだろう。それこそがその人の信条だったのか。憮然という言葉の本来の意味は、きっとそういう彼女を指すに違いない。

 俺が見続けてるそれは副産物にすぎないと……自嘲気味に口にするのだ。

 でも、彼女は彼女だった。

 その姿に憧れたのだ。それを美しいと感じたのだ。それが尊いと感動したのだ。その気持ちに、嘘はない。

 ゆえにきっと……いや、絶対になくならない。

 俺の内側の中心で輝き続けるそれが、失われるはずなんてないと確信している。それはもう俺だから。それこそが俺だから。それに手を伸ばし続けるのが俺なのだから。

 内に懐く『それ』の体現者、それの後ろ姿。

 いつかそれに追いつくと。

 

 

 俺の誓いは、変わらない。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 差し伸べられた『手』を見たのは錯覚か。

 気づけば俺は、アリーナのグラウンドに一人立ち尽くしていた。尽くして……そう、それこそすべてを燃焼し切ったような、灰色の感情。内部にあるのは炭も同然か、感情も感覚も、およそ生命に必要とされるものが欠如している。絶望的な喪失感。落ちた自分への失望感。

 地面にはクレーター。舞い上がる土煙。観客はどよめいて、墜落したのだということは認識できた。

 ……墜ちたのか。俺は、あそこから。

 遥か上空。視線の先には青い機体──それを()る金髪が、笑みを帯びて見える。(ここ)は私のものだと、そう主張するがごとき図々しさ。

 空を追われた。空を奪われた。

 四肢をまとう装甲はひび割れて、砕かれて、生身を露出して、その本来の役割をなさないと視覚に訴えている。節々の鈍痛。切り傷でもあるのか、出血もままみられる。どくどくと、生命の流出。空を抱いていた翼はもがれ、全能感は消え失せ、脚は地についた。

 右手は剣を握っている。それでなにかを掴むなんて不可能で。剥がれた装甲、左手は素手……そこに感じた温もりは、きっと流れ出た血液が伝っていっただけだろう。

 視界が遠かった。音が遠かった。感覚が遠かった。

 すべてが俺を置き去りにして、ずっと先を進んでいるような──否。

 

 否、俺がすべてを置き去りにしている。

 

 その空隙、まさに万劫。意識が光の速さでブッ飛んで、刹那が延々引き伸ばされたような時間感覚。(たが)う中身と(そと)()

 空白。無地で無垢で純粋な、俺だけの空白。

 外と中にズレがでて、開いた隙間が拡大する。置き去る速さが速いほど、取り残されて距離が開く。二つの(あいだ)が白になり、俺の中身は空白へと変容する。

 ゼロだった。(ゼロ)で、(ゼロ)で、(ゼロ)で──(ゼロ)だった。

 織斑一夏という存在は、今この瞬間ゼロになった。

 

 

 

 ────いいや違う。

 

 

 

(……まだだ)

 

 俺は決してゼロにならない。

 未練とか根性とか奇跡とか、そんな要素の一切のない、純粋生粋の大前提。

 喪失、落胆。馬鹿を言うな、寝ぼけてんのか。与えられたものに満足してんじゃねぇよ。墜とされたことに打ちひしがれてる暇ないだろ。失くしたわけじゃない。失ったわけじゃない。

 俺がゼロなんてありえない。その理由を知っているだろ。

 憧れたんだ。追いかけたんだ。輝かしいと手を伸ばしているんだ。

 永劫不滅、永久不変、永遠不屈──俺のなかに在り続ける『それ』が、なくなるはずなんてないだろう!

 

(まだ、負けていない)

 

 『それ』が白く瞬いて、満たしていた空白を身体の隅へと押しやっていく。感情が生まれる、感覚が起きる。光になったなんて錯覚を笑い飛ばして、中身が(そと)()と邂逅する。中身は燃料、(そと)()は部品──そして『それ』を根幹に。再構築とか再誕とか、そんなそれっぽいものじゃない。

 ただただと、気に入らない『ゼロ』を追い出す単純作業。

 無いことをゼロという。空っぽのことをゼロと称す。人には絶対にゼロの部分があって、だからそれを満たすために生きているのだ。

 

 ゼロじゃなくても、ゼロはある。

 

 だからゼロというのは悪いことじゃない。生きることが悪のわけない。むしろそこが広い分、きっとたくさん詰め込める。俺はそのゼロがきらいなだけ。生を否定しているんじゃなくて、ゼロであり続けることが我慢ならないだけ。なににも満たされず、成れず、変われない。そんな空白がいやなだけ。俺はその空白を淘汰したい。そのなかをいっぱいにしたい。

 その隙間をなにで満たすかは人それぞれだろうけど、俺がそこに内包したいのは決まっている。

 

 とどのつまりゼロなんて、『一』に至るための道程なのだから。

 その『飢え』は必ず、俺の力になる。

 

 圧迫されて圧縮されて、追いやられて居場所をなくして。行き場を失った空白が流出する。俺の内側を確固として、ゼロの存在を体外へと追いやって──いいや、外界という居場所を与えられたそれは形をもって、俺だけの『()()』を出力する。それがかたどる。

 ──初めてISに触れたとき、俺は確かに思ったんだ。空に。あの大空に。願ったんだ。

 だから、なぁ《白式》。お前は俺のためにあるんだろ? だったら俺が望む形は一つだけだ。

 俺は、蒼穹(あそこ)にたどり着きたい。

 『それ』を胸に、渇望をともに……いこうぜ《白式》。

 ()()()()()()()

 

 

 

 刹那、砕けた《白式》が発光し──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 光が像を結ぶ。閃光が輪郭を縁取る。ひかる粒子が集束して質量を持つ。

 煤けた装甲は磨かれたように一新され、砕かれた腕部は無骨を捨ててしなやかに。図太いだけだった脚は、きっと贅肉をこそいだらこんな感じだろうという、たくましさを帯びて。視界はクリアー。透明なまでに世界が鮮明。もぎ取られた一対の推進翼は、ずんぐりとした殻を破り、四枚の(たい)(よく)へと昇華した。さしずめそれは、空を掴まんばかりの雄々しさか。

 輝かしい白の装甲と、細部を縁取るわずかな青。ともに青空を思わせる清爽の具現。

 溶ける。皮膚と装甲との境目が、混ざり合って溶け合って、それすらも俺なのだと、外殻と肉体とを曖昧にする。ISと融合する。

 右手に大刀、名を《雪片弐型》。確然とする意識の中で、握る手のひらはより一際と鮮烈に。

 左手は(から)。あるのは青いマニピュレーターのみ。しかしだからこそ、それがいい。

 どこまでも機械的、純白の騎士の鎧。

 

 今ここに、姿を持った(ゼロ)が顕現した。

 

 

 

「……一次(ファースト)移行(シフト)……?」

 

 ──はたして幾度目となる驚愕であったか。その回数は両手の指折りで数えるに足る程度だが、しかしそんな数字の上での話なぞ関係なかった。愕然としたのだ。候補生が、候補生が一般人に驚きをおぼえているのだ。

 喫驚するセシリア。その視線の焦点、そこに現れた真っ白のIS。

 つい先刻までねずみと大差ないみすぼらしい灰色をたたえていた装甲は、しかし突然の閃光とともに打ち払われ、新たに目線が向かう先、地に立つは清潔なる白の姿。

 一次移行(ファースト・シフト)。それしかあり得なかった。

 ISが個人の専用機となる前段階、初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)によるパーソナライズ。戦う前に行われるべき必須作業。

 それが。今。

 目の前で行われ、完了していた。

 そしてそれが示すは一つの事実。

 

(初期設定のまま……わたくしと渡り合っていたっていうの……!)

 

 舐められていた、という屈辱よりも、しかし圧倒的なのは驚愕の重み。

 落としたのだ。墜おとしたはずなのだ。

 ビットによって行動を制限し、あえて隙をつくり、誘導した上でミサイルによるカウンター。徹底した。本来ならば素人には振るわれないだろうビットまで持ち出して、奥の手たるミサイルまで用いて、その末見事、撃墜した。勝利のために手を尽くした。尽くしたのだ。

 それなのにどうして、

 

「どうしてあなたは立ち向かってくるんですのッ!!」

 

 

 

 オルコットが喚いていた。

 悲痛な、ともすれば泣き出しそうな声だった。激情が響いていた。

 なぜお前は倒れないのだと、なぜ起き上がるのかと。

 俺は地面を踏みしめながら、けれど痛ましさすらある彼女の声に、なんら感情をブレさせることはない。

 冷徹、じゃなくて。

 冷酷、でもなくて。

 ただ一念。たった一つの答えを俺のなかで回している。俺の心に走らせて巡らせて、ほかの一切とを受けつけない強固な決意を持っている。無感動でも無感情でもなく、すでに決した俺の思いの前で、いまさらお前なんかの怒りに尻込むはずなんかないだろう。躊躇うなんておかしいだろう。

 どうして立ち向かう? それこそいまさら、簡単だ。

 

「負けたくないからに、決まってるだろ」

 

 その一言に尽きる。その一言で片がつく。

 面倒な理屈やら理論やら、至極もっともな大義名分。そんなの四の五のこねくり返す前に、織斑一夏は知っている。

 負けてはいけない。負けるのはダメなんだ。

 負けていては(そこ)にいけない。負けていては誰かを守れない。負けていてはあの人に追いつけない。

 ゆえにつまり、俺なんてもんは終始それで完結し、解決しているからこそ突っ走る。

 難しい説教もありがたいご高説も、それにならなきゃ意味がない。

 自分に素直に、自分に真っ直ぐ。

 だから俺は負けたくない。

 負けたくないなら乗り越えろ。乗り越えて飛び越えて、敗北を否決して証明しろ。

 織斑一夏を、証明しろ。

 

 

 

()くぞ、セシリア・オルコット。(そこ)は俺の場所だ」

 

 

 

「黙りなさいッ!!」

 

 吼えるオルコットに呼応して、四基のビットが動き出す。

 その機動はさっきを精密と例えるなら、獰猛。

 荒々しいと称してあまりある気迫でもって、四頭の猟犬が牙を剥く。速い。早くて、速い。感情の迸る猛々しさ、ある種盲目的な鋭い軌道。

 それを認識する()に、その銃口が一斉に瞬いた。レーザーの威力が倍増されてるかと見まごうかのかという、裂帛の射撃。

 その凶牙を。

 とっ、と軽く地面を蹴ってサイドステップ。PICでわずかに浮遊し、足首のスナップで()ねるイメージ。

 俺はその一連の動作でもって、迫る光条を完全に回避した。

 

「なっ!?」

 

 空から息を呑む音が降ってきた気がするが、しかし考えれば単純なこと。

 俺で焦点を結ぶレーザーだ。だったら必然、そこからズレれば当たらない。

 先ほど俺が立っていた位置に、さらなるクレーターが創造される。赤く焼ける土、舞うは砂煙。その軌跡を見るに、躱すのが遅れていたら、俺の四肢はバターになってグラウンドを塗りたくっていただろう。まぁシールドバリアーがあるからあくまで想像だけど。

 

(……動ける)

 

 がしゃり、とマニピュレーターを開閉する。握り締めるように、確かめるように。その動作に遅延はない。ちゃんと俺の意思で動いている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人馬一体。俺と《白式》が繋がっている。俺そのものがISになったような、いや、ISが俺になったような。ともすれば不気味なまでの一体感。

 これならいける。これならできる。

 

 ──さぁ、飛び立て。

 

 地面を蹴り上げると同時、ゴゥ! と四枚のウィングスラスターが唸る。轟々と大気を無理矢理に破るさまは傲岸にすぎ、空を渇望して一層と吼え猛る。圧倒的な加速力。新たに与えられた四枚の大翼は、音速すら突き放さんと、力強くエネルギーを放出する。

 その迅速が向かうは蒼の騎士、オルコット。もうじき夕暮れへと移り変わる大空を背景に、未だ飛び続ける蒼の翼。

 (いくさ)()にあるまじき驚愕を携えるそのさまが、今ではひどく近かった。

 

「ッ!」

 

 しかしそれでも候補生。惚けていたのも一瞬か、速やかに放たれた青の一条は、賞賛で讃えるに値する。大口径のレーザーライフルが真っ向から閃光を飛ばす。

 むしろ惚けていたのは幸いか、先に加速に入ったゆえ、俺が軌道を変えるのは容易ではない。カウンターレーザー、候補生は運まで味方につけるか。

 まぁもっとも。

 

 ボッ! と、《白式》が()()()方向転換する。

 

 今の《白式》ならば、問題はない!

 紙一重とはこのこと。脚部をかすめるように回避して、直後にPICの方向転換。オルコットへと(はや)()ぶ。──捕えた。

 

「《インターセプター》ッ!」

 

 俺が《雪片》を振り下ろすのと彼女が武装を展開するのは同時だったか。

 ギャギン!! とした金音は、火花を散らして俺達の前に咲き誇る。

 ライフルを投げ捨て、代わり、現れたのはショートブレード。片手で担架できるそれが、バリアーを裂く寸前で《雪片》を押し止めている。こんなものまで持っていたのか。

 ギギギ。耳障りな鍔迫りは、質量の差か機体の差か、わずかながら俺に分があるようだ。

 しかしかといって単純に押し切れないのはオルコットの技量だろう。近接特化である《白式》を前に、《ブルー・ティアーズ》はなおも一本のブレードでもって立ちふさがる。

 

「さっすが、候補生。射撃だけじゃなくて、近距離戦までこなすのかよ」

「…………」

 

 パワーアシストがあるとはいえ、単純な競り合いならばやっぱり筋力というのは重要なファクターだ。アシストされるべき地の筋力が高ければ、やはり得られる結果も増大する。正味俺だって男の子、力比べで負けるものか。

 

「……じゃ……りません」

「あ?」

「ふざけるんじゃ、ありません……!」

 

 火花の向こう側、俺を見据えたその目は赫怒の一色。キッ、とした鋭利な眼光は、燃えるが如き鋭さで怒りを放っている。最早怒りというより、憎悪か。

 その瞳は、見とれてしまいそうな綺麗な瞳は、ただただ燃ゆる蒼の激情だ。純粋というほかない真っ直ぐな視線が、怒りを孕んで俺と繋る。線を結んで火花を散らす。

 

「男のくせに……努力もしてないくせに……」

 

 憤怒のもと、吐き出されるのは無自覚か。

 (こころ)(うち)で叫びを上げているような、悲痛な声。

 

「与えられる、だけのくせに……!」

「……与えられる、ね」

 

 ようやく、オルコットの本心が聞けた気がした。

 『努力』。

 つまり彼女は、終始これの有無に苛立っていたらしい。その怒りは至極もっともだ。候補生である彼女なら、なおのこと当たり前の感情だろう。

 国家代表や候補生、その他企業に属するテストパイロットの方々。そういった人達は、いってしまえば努力家にほかならない。

 才能だけではダメで。努力だけでもダメで。

 その二つを持った上でさらに己を磨き続けて──オルコットは、そこにいるんだろう。

 だから許せないんだ。

 努力しない者が、与えられる者が、勝ち取ろうとしない者が……許せないんだ。

 結果や報酬っていうのは対価が必要だ。代償を払って手にするべきだ。

 そんななか、俺みたいなやつのこのこ現れて、専用機を与えられる……候補生じゃなくったって『ふざけるな』ってところだろう。むしろ俺だってそう思ってるぐらいだ。

 だからそんな俺が馬鹿にされるのは甘んじて受け入れる。努力の有無以前、その怒りはもっともだ。

 でもさ、だから納得できないんだよ。

 

「……だからってさ」

「……なんですか?」

「なんでそんなお前が、ひとを馬鹿にしてるんだよ」

 

 お前の苦労を『理解できる』なんて知った風なことは言わないよ、言えないよ。そんなことを軽々しく口にするほど、軽薄じゃないよ。その努力は、想像を絶してあまりあるに違いない。知ったかぶって共感するなんて、それこそ最低の侮辱だろう。

 ひとの努力なんてそう簡単に推し量れない、共感できない。認め称賛はできども、『理解』などと自尊することは自分勝手の極みだ。オルコットだってそんな安々とした同感同意、願い下げて蹴り返すはずだ。

 そんな誰よりも努力をしてるお前が……どうして誰かを馬鹿にしてるんだ? 『自分だけが努力している』だなんて態度をとれるんだ?

 苦しかったろう、辛かったろう。投げ出して逃げ出したいことだってあったろう。

 それでも走って、求めて、足掻いて貫いて──そうしてお前は候補生の座に至ったんだろう?

 なのにどうして他人を見下せる、罵れる。知ってるはずなんだろう? その辛苦、その苦難。誰しもなにかと戦っていると、理解しているはずだろう?

 なぁおい英国貴族、お前の『誇り』ってその程度なのかよ。

 

「……男に聴かせる言葉なんて、ありませんわ」

 

 静かに告げられた言葉は、けれどやっぱり見下したもので。やはり『男のくせに』というのに帰結した。

 それだけは譲れない、といった頑たるもの。

 火花咲く鍔迫り合いのなか、俺達の思いは決裂する。その善悪を問う前に、曲げられないものがあるのだと主張する。

 互いに退けず、譲れず、許せない。意地を張り、意思を貫き、矜持を(うた)う。しかし目の前に立ちはだかる者がいて。

 退けないのだから踏み込むしか道はなく、譲れないのだから押し通り──許せないのだから許さない。

 ならば否決して貫き通せ。互いに譲れないなら、なんてことはない。己のために乗り越えろ。それだけだ。それだけでもって誓言に従事しろ。自分を謳い上げろ!

 そうして均衡が崩れる。

 フッ、と一瞬オルコットのブレードから力が抜ける。押し切ろうと力んでいた俺は、急に応力がなくなったことで姿勢が前のめりへと崩れ──次に行われるであろう攻撃を予知して、右に向かって急加速。

 直後、オルコットの腰部に備えられたミサイル砲が発砲した、瞬間に爆発。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────ッ!」

「く……っ!」

 

 近距離でのミサイル発射。自分を巻き込んでまで、俺に当てるつもりだったんだろう。一見すると自殺行為にみえるそれだが、しかし現状、俺とオルコットのシールドエネルギーは天と地だ。その戦法は現時点にかぎり、正攻法とも呼べる。

 自分を省みない、勝利への執念。

 それを予期して回避したとはいえ、しかしさすがに距離が足りないか。側面から爆風が襲いかかる。ただでさえ少ないエネルギーに、追い討ちをかける爆炎が鬱陶しい。

 しかし予測していたからこそ、俺はそれを利用する。

 爆風に吹き飛ばされることを活用し、スラスターでさらに加速する。一次移行(ファースト・シフト)によって増強した出力が、追い風を受けて跳ね上がる。緊急回避。

 ──しかしそれすらも織り込めるのが候補生か。

 

 俺が加速したその先へ、()()()()()()()()()()()()

 

(八本──?!)

 

 驚愕は俺の番か。瞬く閃光は見間違えなんかじゃなく八つ。()()()()()()()()()()()()()

 それを認識するより速く、俺の意思はスラスターへと送られる。

 ゴゴゴゥ!! と大気を打ち震わす噴射音。四枚のウィングスラスターを別々に動作させ、青い猛攻に挑みゆく。大出力のスラスターにもの言わせた力技。PICも総動員させるが、それでも体に負担がかかる。

 だけどそれすら、躱し切って生き延びる。

 

 

 

(これも──!?)

 

 ──自身のシールドバリアーすらも犠牲にした攻撃は、しかしまた躱された。

 しかもとっておきもとっておき、八枚のブルー・ティアーズを使ったのにだ。

 《ブルー・ティアーズ》には常時展開させている四枚のビットの他に、予備としてのビット一式が格納されている。しかしそれは、あくまで予備としてのビットであり、多重に展開するためのものではない。それをなかば無理矢理に稼働させた。

 そんな無茶を選択肢に入れなければならないほど、織斑一夏は常軌を逸していた。……しかしそれも、破られた。

 確かにブルー・ティアーズ八枚運用というのはそもそもの集中力が段違いで、狙いだって当然に逸れる。

 しかしそれを差し引いても、全部避けるなんて信じられなかった。腹の底から悔しさが這い登る。

 なんで、どうして、と。苛立たしいまでに当たらない。冷静さに欠いている。それを自覚はするが、しかしさすがに自制がきかない。

 

『なんでそんなお前が、ひとを馬鹿にしてるんだよ』

 

 そんな時。ふと、脳裏を()ぎったのはその一言。

 今眼前にて忌々しいまでに回避するその声が、思い出された。意図してのことじゃない。さりとて心に残った覚えもない──いや、だからこそ引っかかるのか。

 

(……お父様)

 

 その言葉に引っ張り上げられて、想起するは父親の言葉。

 今は亡き、最愛たる父親の一言。

 ……それを改めて口にする必要はない。

 その言葉はずっと、セシリア自身の胸に刻まれている。心の核として、確かに存在の中心で輝いている。

 だから──諦めるな。狙いを定めろ、トリガーを引け。

 セシリア・オルコットは、『強い』のだ。

 

(『弱い男』なんて──)

 

 多重展開のビット射撃を躱し切る寸前、再びミサイルを発射させた──。

 

 

 

 回避という一点において俺は自信があるが、しかしさすがに限度はある。

 放たれた二基のミサイル。タイミングはバッチリビットの回避直後、絶妙だった。ハイパーセンサーで察知はできたが、しかし即座に稼働できるスラスターがなかった。

 けれど負けられないから、死力を尽くして抗うのだ。

 

(お──おおおお!)

 

 ミサイルが迫る、その軌道上。俺は()()()()()()()()()()()。ロングブーツを脱ぐ感覚に近いか。大気に触れる素足。蒸れていたのか、ひんやりとした外気がくすぐったい──などと感じる暇もなく。

 ドドンッ! 俺に着弾する前に、分離した脚部へと激突した。広がる爆炎、増殖する黒煙。間一髪の攻防。

 

「なっ……!?」

 

 その驚愕にも慣れたものだけど、まぁ俺だったとしても驚いていたね。なにせ自身を守る装甲を手放したのだから。……でも馬鹿だとは思わない。そうまでしてでも負けられないのだ。

 たゆたう黒煙。煙幕として澱んでいるその向こう側、オルコットはビットを向けようとはしていなかった。ハイパーセンサーがあるといえど、やはり闇雲に打ち込むのは下策と判断したのか。しかし、そこからは煙幕が晴れた途端に打ち抜くという気概が感じられる。全霊の闘志。

 今改めて、ぞくりとした戦慄を感じた。

 ──だから、お前の力を使わせてもらうぞ《雪片弐型》。

 負けられぬ。諦められぬ。認められぬ。だから超える。

 俺の憧れの投影よ、俺の渇望の具現よ。俺はお前をとことん使いたおすと決断したのだから。

 夕暮れよ。俺の想いに応えてくれ。

 《白式》よ、ともに黄昏を駆け抜けよう!

 

「お──らぁああッ!!」

 

 俺は煙幕を突き破り、そして《雪片》を投擲した。

 

 

 

「────っ!!」

 

 ──飲み込む息を気力で制した。もはや驚愕なんて関係ない。目前すべてを踏破して、己を貫き主張する。

 そして迫るは《雪片》と《白式》。ブレードから持ち替えたライフルのスコープのなか、二つの標的が現れた。

 回転して唸る大刀雪片。全力をもって投げ放たれたのか、それはすでに一個の遠距離武装。

 それをもってしてもセシリアは冷静だった。《雪片》を投げつける。それはそれで脅威だろう。しかしそれはチャンスでもある。

 なにせ《白式》には、《雪片》しか武装がないはずだからだ。無論、セシリアは《白式》の装備を知らないが……おそらく、というか確実に遠距離装備はない。今まで頑なに接近しようとしていたのだし、そも初心者がいきなり射撃戦闘を行うとは考えにくい。少なくとも、接近しなければ真価を発揮しない装備しかないはずだ。なのに、その《雪片》を自ら(ほう)ったのだ。これが好機でなくてなんという。

 

(まずは、撃ち落とす)

 

 《雪片》を投げた意図はわからないが、少なくとも避けるなり撃ち落とすしなければ、当たる。

 そしてセシリアの選択は撃墜。回避後に《白式》を狙うという手もあるが、しかしそれだと射撃体勢を整えるという工程を踏まなければならない。ならばすでに万全である現状のまま、連射したほうが全然早い。

 躊躇わず、トリガー。

 ガィン! と弾ける金属音。撃ち抜かれた《雪片》が光の粒子となって消えていく。所有者の手元を離れたのだ。必然、量子化して格納され……まて、量子化、だと?

 

(まさか──!?)

 

 

 

 オルコットが真上を見上げたが、もう遅い!

 彼女が呆と視線を向けた先、そこには、

 

 

 ────()()()()()()()()()()

 

 

(雪片ァ!!)

 

 ──武装の再展開。

 右手に握る大刀に、呼びかけるように思いを巡らす。すると灰色の刀身に光が走り、そこをなぞり開いて『展開』する。そのさまは、巨大な鍔とでもいうか。刀身のない刀──だから刃を想像しろ。唯一無二の、霊光の夢幻。結末に至るその武威を。

 そして現れるのは青白い輝く光の刃、エネルギー刀。

 真なる《雪片》が現れた。

 

(……負けないから)

 

 黄昏を迎える大空のなか、白の翼が落下する(とんでいく)

 それは辿るような軌道。幾度なく見た──焦がれ続けた彼女の姿。

 その軌跡をなぞって、俺は飛ぶ。

 

(俺はもう、負けないから)

 

 落下して加速する機体。素足で空を踏み締める。四つの大翼で空を背負う。

 展開した《雪片》が輝きを増して、走る渇望が加速する。

 さぁ決めるぞ織斑一夏。曲りなりにも雪片(こいつ)を握っているのだから、無様なさまはさらせない。

 走れ、走れ、走り抜け。この黄昏を疾駆しろ。明日(あした)へと向かうこの瞬間、一分一秒、刹那すらも飛翔しろ。今を切り抜け、()()を欲しろ。

 すでにこの身はそのためだけの存在に他ならず。空白をまとう白の翼。それが求めるその一念、それだけの単細胞になり下がれ。

 

 

(『アイツ』にだって、負けないから──!!)

 

 

 そして、俺と残像が重なって。

 

 

 

「ォォオオオオオオオオッ!! ────零落白夜ッッ!!!!!!」

 

 

 

 俺はオルコットを、切り裂いた。

 

 

 

 

 

『試合終了。勝者なし──ドロー』




織斑一夏は負けたくないのです。

2014_09/20
五話タイトルを【零落白夜】→【矜持咆哮】に変更。

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