ES_004_敗北の否決
ブザー音とともに火蓋は切って落とされた。
途端、オルコットの手に巨大なライフルが召喚される。《白式》がその武器の情報を伝えてきて──六七口径BTレーザーライフル《スターライトmkⅢ》。それが展開と同時に発砲。つまり、試合開始と同時にトリガーが引かれたのだ。
ライフルの銃口が瞬き、青い光が放たれる。
ガッ、と。そのレーザーは鋭い風切り音をともなって、《白式》の肩部付近のシールドバリアーをかすった。
そう、かすった。
(かすった、か)
俺はオルコットがトリガーに指をかけた瞬間、真横に跳んで、そのレーザーから逃れていた。完璧に回避、とはいかなかったが、それでも直撃を免れただけで御の字だろう、
シールドバリアー。それはISの周囲に展開される、エネルギー質のバリアーのことだ。PIC、量子格納とも並び、ISをISたらしめる機能でもある。
シールドエネルギーによって発生するそれは、大口径のハンドガンはもちろん、ミサイルやビーム兵器もほとんど完全に受け止めることができるという、それこそ規格外の性能を誇っている。既存の兵器ではまったくとダメージを与えられないのだ。世界を席巻するのもうなずける。
そしてISの試合ってのは、そのバリアーに攻撃を当てて、エネルギーをゼロにさせれば勝ちである。ちなみにシールドエネルギーの総量は、機体によって差があるものの、大体『1000』ポイントぐらいである。参考までに、この《白式》は1000ポイントだ。
それは言わば、数値化された俺の生命。
(……まさか、避けるなんて……!)
──セシリアは驚愕していた。
それは、レーザーを初見で回避されたからである。当たったといえば当たったのだが、しかしそれでも困惑するには十分だ。
直撃しなかった。手を抜いたつもりはない。先手必勝のつもりで、体の芯目がけてトリガーを引いた……はずなのに。
レーザーはその性質上、風向の影響を受けにくいため、かえって軌道が読みやすいとされる。とはいえ実弾などよりも断然に速い。しかしそれを避けたのだ。素人同然でもある一夏が。
確かに今は専用機をまとっていよう。だがそれでも、一夏はそもそものIS搭乗経験が皆無に等しいのだ。《白式》の性能が高かろうと、登場者が自身が凡庸であればその程度の力しか発揮できないはずだ。
セシリアの搭乗時間は『高速稼働訓練』を含めて五〇〇時間を超え……それはいうに及ばぬほどの努力と苦労が詰まっている。全力で取り組んできた。全霊で走ってきた。幾多のライバルを
それなのに織斑一夏という男は、そんな数多をいとも容易くいなしたのだ。偶然かもしれない、まぐれかもしれない。しかしそうであればなおのこと、その程度で淘汰されてしまう実力ということで。
ゆえに当惑。この一週間は遊んでいたわけでもないのだろうが……それでも。そんな付け焼刃に自分の過去は負けるのか──?
いささかに深読みしすぎで誇大解釈。
──だからこそ、さらに胸の炎は燃え上がる。
(わたくしは、負けません)
切り替える。
驚愕はそのまま怒りに変換され、気炎が指向性のある敵意に変わる。矛先は無論、織斑一夏。
偶然だろうが実力だろうが、しかしそれでも勝てないのは嫌だ。当たらなくても、結果として勝てればいい。
勝つために努力したのだ。誇りを守るために戦ってきたのだ。
ならば切り替えろ。度し難いほどに遺憾であるが、今は怒りよりも勝利への渇望を。
再びトリガーが引かれ、青い閃光が迸る──。
「────っ!!」
辛うじて躱したのもつかの
ウィングスラスターを吹かす。俺の脳天直撃コースを突っ走っていた閃光をこれまたかするように躱し、直後に二発目が胴体を狙っていた。
俺は咄嗟にPICで左腕を空間に固定、さらに右側のスラスターだけを正面に噴射する。そうすることで、左腕を軸に身体が右回りの機動で回転する、二発目を回避──ハイパーセンサーが後方からの狙撃を察知した!? 速やかな三発目。
止まらない、途切れない。オルコットの狙撃が常に的確なタイミングで放たれる。先手を取られた!
(クソ……
右脚を狙う閃光をももを振り上げるように躱せば、途端に反対の左脚に光条が走り、そうやって下半身に意識が向くと、当然のように上体が標的になる。それを反転して避けると、そもそもの機動力を奪おうと、ウィングスラスターへ射撃が集中する。
どれもこれもバリアーをかすめるが、しかし直撃だけは免れる。だけど流れは完全にオルコット。このまま一方的に展開すれば、負ける。
(装備──なんか装備は!)
ウィンドウのステータスを見ると、どうにも《白式》は近接格闘型の機体らしい。ということは盾やなんかの防御装備があるはずなのだ。
近接戦闘を主とするISには、物理シールドなどがほぼ確実に搭載されている。理由は単純で、射撃装備に対抗するため──『敵に近づくため』である。なにせ量子格納によって、信じられないほどの射撃装備を有することのできるISだ。そんな弾幕に丸腰で挑むなんてそれこそ無茶で、それに対応するために防御装備を搭載するのだ。つまり、自分の武器が届く範囲まで、盾で防いで突っ込むわけだ。無理矢理に突破するということ。《打鉄》の物理シールドや分厚いアーマースカートがいい例だろう。……まぁ
目前にウィンドウが現れ、そこに《白式》の装備一覧が表示される。
【──展開可能武装、近接特化ブレード《雪片弐型》──】
「なっ?!」
俺は思わず声を上げた。驚愕を吐き出していた。
《雪片》だと? 《雪片》って千冬姉が使っていた武装じゃないか!
──ブリュンヒルデ、織斑千冬。
俺の実姉、千冬姉は、ISの世界大会『モンド・グロッソ』の優勝者である。しかも現在二連覇中。
ブリュンヒルデとは、モンド・グロッソの優勝者に与えられる称号だ。加え、公式試合は全戦全勝で、それどころか、とある一試合を除いては、
ともあれ。そんな世界最強の操縦者様の武器が《
疑問。わからない。だけどもとより、考えたってしかたないだろう。理由はとにかく、あるのだったら使わせてもらう。無条件で与えられるのは真っ平だが、しかし《白式》使うと決めた以上は、決断した以上は、とことんまで使う。
だけど今欲しいのは武器じゃなくてシールド装備だ。《雪片》なんてものがある以上、なおのことそれを生かせる装備が必要だ──が。
(……《雪片》しかねぇ!?)
いくら確認せど、一覧に表示されるは《雪片弐型》の一つのみ。なんてこったい。一覧というのは、『一つ』を『ご覧』あれ、という意味らしい。上手いこと言うな、じゃねぇよ! どうするんだよ!
依然射撃は続いている。絶え間なく、延々と。俺も手を休めずに回避行動をとるが、しかしかすめるレーザーが着実にエネルギーを削っていく。もはや時間の問題か。
しかたない。ないのだったらしかたない。これしかないなら、
「これでなんとか、するしかねぇだろッ!」
イメージする。あるべき剣の形を、役割を、存在を。その手の内に、確固たる武器の存在を想像する。──武装展開の前工程。
ISに重要なのはイメージである。ISには搭乗者を理解しようと、擬似的な意識まで備わってるんだ。人間そのものの想像や思いが重要なのは明白だろう。そして武装を展開する手段として、呼び出したい武装の名前を声に出すというものがある。言葉にすることによって、より強くイメージを定着させるのだ。それこそ俺みたいな初心者は、そうでもしないと武装の展開は成功しないだろう。
しかし俺には、そんな手順は必要ない。
必要なのがイメージなら……そんなもの、とうに俺の心で完成している!
走る想像は溢れ出す。たちまちひかる粒子が収束し、秒とかからず、右手に一振りのブレードが現れた。全長は俺よりも長いかという、刀型の大剣。
《雪片弐型》。色も形も瓜二つ。俺の記憶とまったく遜色ない大型ブレード。
幾度も目にしてきた理想の残像が、そこに顕現した。
【──敵ISの武装展開確認。近接特化ブレード《雪片弐型》──】
(ゆ、《雪片》ですって?!)
──二度目の驚愕は至極まっとうなものだった。声にならない、というのはこういうことかもしれない。
しかし当然だ。なにせ、あのブリュンヒルデの武装が目の前に現れたのだから。驚くなというのは無理な話。
ISに関わる者のなかに、《雪片》の存在を知らぬ者はいないはずだ。それほどまでに織斑千冬というのは桁違いで、段違いで、異常だったのだ。無論、セシリアも千冬を尊敬している。憧れぬ搭乗者はいないだろう。
そんな恐れ多いブリュンヒルデの装備を、あろうことか、素人が、男が、手にしているのだ。驚愕しないわけがないだろう、憤怒しないわけがないだろう、敵意が膨れないわけないだろう。
(……それも、弟の特権ですか?)
そも《雪片》自体が篠ノ之博士のお手製だ──それはつまり、《白式》も篠ノ之束の特製ではないのか?
ああなんと憎たらしい。いよいよもって、許容などできようか。勝ち取ろうとしない者に、掴み取ろうとしない者に、与えられるだけの者に、自分をとやかく言う、資格はない。
(ですが、それよりも……)
闘志を滾らせる一方、気がかりなのは《雪片》の
その圧倒的な性能、あるいは特殊性に対抗するというのが、第三世代ISのコンセプトであったりするが……。
と、そう考えて『ありえない』とかぶりを振る。そうだまず、《白式》は第一形態だし、そもそも
馬鹿な妄想を断ち切る。打ち切って、標的に焦点を合わせる。
なんにしたって装備はそれ一本。だったら近づけさせなければ問題ない。射撃戦闘のセオリーに倣い、接近を許さない。
驚愕を飲み下し、青い光条が空を走った──。
俺の右手には《雪片弐型》。攻撃力ならピカイチの大刀だが、そも近づけないなら当たらない。加えシールド装備はなく、接近するのは容易ではない。──だけど負けるわけにはいかない。
光条が空を渡る。回避する裏側、目まぐるしく思考する。勝利への糸口を掴もうと、今持ち得る最善を模索する。
オルコットの戦闘スキル。残りのエネルギー。スラスター・ブースター、ともに出力は高い。アリーナの形状。彼我距離。反応の遅延。《雪片》の面積・重量、盾には小さい・刀身の重心は一定。勝利条件──。
(……これしか、手はねぇか!)
頭部を狙ったレーザーを躱し、次弾が発射されるまでのその刹那。俺は機体を急反転、直後に加速。オルコットに向かって直進した。
盾もないし完全に避けるのも無理。だったら簡単、残される手なんて吶喊のみだ。
シールドエネルギーがゼロになったら負けである。ならば、ゼロにならなければ問題ない!
「うぉおおおおおおおおっ!!」
真正面からレーザーが走る。咄嗟に《雪片》を振り薙いで切り裂くが、飛散するレーザーがシールドを削る。そもそも防御兵装じゃないブレードで防げるとはつゆほども思ってない、だから減速せずに突き進んだ。
無傷で済ませようなんて考えちゃいない。肉を切らせて骨を断つ、なんて大それたことでもないけど、痛みに手をこまねいてるだけじゃ負けてしまう。だから飛ぶ。
彼我距離は残り一〇メートルもない。届く!
瞬間、俺はPICとスラスターの逆噴射で急停止した──ビビビッ! と、数瞬後に俺がいただろうその場所を、
間一髪。俺はその寸前で、無数のレーザー照射から免れた。
しかし休む暇はない。すぐさま、新たな光線が放たれる。
【──自立機動兵器《ブルー・ティアーズ》を確認──】
(自立機動って……ビットか!)
回避に移る裏側、《白式》がデータを開示した。
ビット。操縦者の手元を離れて行動する、独立兵器。
吶喊する中、ハイパーセンサーでなんとか捉えることができた四つの影。嫌な予感はズバリ的中で、急停止は正解だった。改めてオルコットを見れば、
心のなかで悪態をつくが、現実はそんなの待ってちゃくれない。
ビットが迫る。出し惜しみはしないと言わんばかりに、先の戦いは序の口だと言わんばかりに、四基が四基、多角的に線を引く。前後上下左右三六〇度縦横無尽。三次元的な機動を描いて、至るところで青い閃光が瞬く。
それはまさにレーザーの雨。乱れ撃ちとはこのことか──いや、『乱れ』なんてそれこそ一切ない。正確に、精緻に、見とれるほどに精密に。さっきのライフルに比べれば幾分ズレがあるものの、それでも的確と形容するに相応しい光の瞬き。
ひねり、止まり、回転して、加速して。止まないレーザーの雨を、それでもと避け続ける。かする。擦れる。削り取られる。エネルギーは半分を切っている。──遠い!
そんななか、一瞬だけ弾幕が薄くなった。
どうやらビットがエネルギー供給のために、ビットベースへと帰還しているようだ。その数は二機、ビットの半数──今しかねぇ!
「あ──ああああああああっ!」
◇
「また……躱した」
ぽつり。その口調は思わずといった風のもので、聞くからに自身の意思が混ざっていないものだった。呆然としている、といえばいいか。
山田真耶は信じられないと言わんばかりに、その試合模様を観るしかなかった。
アリーナの管制室。そこには真耶のほかに、千冬と箒の姿もある。その三人の視線は、大型の空間投影ディスプレイへと注がれていた。そのモニターに現在進行形で映し出されるは当然、一夏対セシリアの模擬戦である。
そうやって試合を見守るなか、真耶は呟いたのである。躱した──そこには、『あり得ない』というある種驚愕の色がありありと。
試合開始の直前、《白式》の調整を終えて管制室にやって来た千冬と箒。そのとき真耶はすでにこの部屋にいて、試合前のアリーナの点検をしていた。点検とはいってもハード面でなく、ソフト面である。アリーナにはこの二人の試合を拝見しようと、かなりの数の観客(とはいえ全員生徒である)が押しかけていたのだ。スポーツ用のリミッターがかかっているとはいえ、アリーナの遮断シールドは念入りに確認しなければいけないだろう。
件の男性操縦者の試合、加え相手は代表候補生。気にならないわけがない。それは見物客ぐらい集まるだろう。だからそれこそ念入りに、システムチェックを行っていた。
そうして試合開始一〇分弱。今にいたるわけなのだが……。
放たれる閃光。
それをかすりながらも直撃を避ける機影。
目前にて展開される試合模様。
真耶は、一夏に驚愕していた。
当たり前だ。だって一夏は素人も同じ。そのことは真耶だって知っている。
この数日ISの訓練・学習に勤しんでいたのだって聞きおよんでいるが、だとしても、そんなの素人に毛を生やした程度も同然のはず。
それが、今。
回避という一点において……少なくとも瞬殺されない程度において、一夏はセシリアと渡り合っていた。驚かないはずがない。
一朝一夕で追いつけるほど、候補生は近くない。
自賛ではないが、真耶とて昔は候補生であった。ゆえにその苦労は誰よりも理解しているし、自覚している。代表になることはなかったかもしれないが……その道のりの険しさ、言うにおよばず。そして絶賛その道中にあるセシリアには、国は違えど、拍手と声援を投げたいほどだ。
だというのに、未だ決着はついていない。
確かに一夏はブリュンヒルデの弟かもしれないが……けれど結局、弟なだけだ。『強さ』の裏づけにはなり得ない。
事前資料でもそう。容姿に関しては姉弟そろって最上というほかないし、成績に関しても中の上・上の下と悪くないかもしれないが……それこそそれだけだ。言ってはなんだが、誰かと比べて誇れるようなものは、さりとてなかった。スポーツだとか芸術だとか。およそ才能といえるものは見当たらない。強いて言うなら、
いずれにしろ、中学の成績を見るかぎりでは特筆すべきことなんて、失礼だが、『織斑千冬の弟』ということしかないかもしれない。どころか喧嘩沙汰が多い分、むしろ不良の域にいるといってもいいぐらいだ。……とはいえこの数日の授業を通じて、一夏がとても優しい人柄ということは確信しているが。
そういった諸々から下された真耶の一夏に対する評価は、平凡。
ブリュンヒルデの血縁者で平凡とはなにごとか、といわれるかもしれないが、しかし血が繋がっているからって実のところは他人だ。姉が有名だから弟も有名、なんて理屈は成り立たない。あくまで一夏だけにいったら、平凡だ。
それなのに。
キキッ、と。突然、一夏は加速を中止して減速、急停止する。
その直後、ビットによるレーザー照射。回避する。
それなのにまるで、相手の行動を読んでいるかのような動き。
第三世代になることによってようやく実用化され始めた
おかしい。納得がいかない。辻褄が合わない。
彼は、いったい、なんなのだ?
「どうかしたかな、山田君?」
「え!? あ、いや、えーと……」
そうやって真耶が納得いかないという面持ちをしていると、気づいたように千冬が声をかけた。無論、その声色にブレはなく、この試合模様をさも当然としている確然さだった。
あまりにも堂とした語調に、真耶はかえって自分のほうが間違っているんじゃないかとういう錯覚さえ覚える。返事に窮するのもしかたないだろう。
「……その、先生はなんとも思わないんですか?」
「『なんとも』、とは何かな?」
「ですから……織斑くんの、一夏くんの試合模様ですよ」
心底『わからない』という表情の千冬。なんら疑問を感じていないという表情。
少々淀みながらも素直な感想を、疑問を吐き出した。
「ん、ああそうだな。確かに一夏はおかしいな──」
「で、ですよね! 初心者がいきなり候補生と、」
「────完全に躱し切れていないからな」
「…………え?」
「なあ箒、お前もそう思うだろ?」
「ええ、千冬さん」
ポカン。これが漫画の一コマだったとしたら、きっとそんなカタカナが背景に加えられていたことだろう。
唖然とした。開いた口がふさがらない。思考に空白が出来たかのような、
一瞬か一分か。少なくとも単位をもって測れる数瞬をおいて、真耶はようやく思考を再開した。
この人はなんと言った? 『完全に躱しきれていない』? ということはなんだもしかして、織斑一夏はまだ本領ではないというのか? いや、それにどうして篠ノ之さんまで納得しているのだ!?
何度目ともわからぬ驚愕を
「やっぱり遅いですね」
「そうだな。
「その辺りはちゃんと講義したはずなんですけどね」
ため息まじりな箒。しかしそれは落胆といったものでなく、やれやれといった、ある意味慈愛のような色である。
それも含めて一夏であると、理解者の視線だった。
そのとき、ドンッ!! という爆音を上げて、《白式》が黒煙に包まれた。
どうにもミサイルにやられたようで、そのまま一夏は重力をそのままに自由落下していった。
「まったくあの馬鹿は」
けれど、そんな事態に箒の言葉は呆れの一言。『きゃあ』なんて悲鳴はおろか、乙女らしい挙動は欠片もない。
なんとも冷たい態度ともとれなくないが、しかしかえせば、それはこの状況をなんとも思っていないということにほかならず。
「そろそろ一〇分だ」
千冬の台詞を肯定するかのように、画面の向こう側で変化は起こった。
◆
「──
俺が決死の思いで加速してオルコットを間合いに捕えた瞬間、はたしてハイパーセンサーはその笑みまでとらえたかどうか。
エネルギー補充の合間を狙った急加速。《雪片》を振りかぶり飛び込んだその視線の先、ジャコン、なんて駆動音を鳴らして二本のポールスタビライザーが前面へと向けられた。よく見れば、それはスタビライザーなんかではなく、砲口の開いたバレルであると判り。
小馬鹿にされたと理解する頃には、二つの砲口が発砲していた。
そうして放たれるは二基のミサイル。
真っ向から、真正面から。彼我は五メートルもない近距離で、全霊ともいえるトップスピードで、オマケに盾なんて一切ない刀一本で、俺にそれが迫っていた。
白煙を引く弾頭がヤケにスローモーションで、しかしかといって回避できるかといえばそんなわけもなく。刀身による防御は間に合わず、停止しようにも減速は手遅れで、避けようにもミサイルは追尾型だ。少なくとも、今のままでは躱せない。
シールドエネルギーは底が近い。はたしてこのミサイルを受けても大丈夫かどうか。
数瞬後に、敗北が大口開けて待っているかのようなビジョン。
────まだだ。
『ちくしょう』と思わず毒づきそうなのを内心飲み込んで、それでもと渇望する。
それでもと、敗北を拒否する。
俺はまだ負けていない。
オルコットの実力が本物だっていうのは十分理解しているし、《白式》がおかしいのを理由にするつもりもない。
でも、
(負けることだけは──)
負けることだけは、ダメだ。
そんなの絶対認めない。許さない。
敗北からなにかを掴み取るなんて王道展開はいらねぇんだよ。次は負けない? 敗北を知らない人間は愚か? 黙れよ。『負け』を許容する敗北者、そんなもっともらしい生き方を、俺はしたいと思わないんだ。『一期一会』を忌むっていうのは、そういうことじゃねぇんだよ……!
ドン!! という轟音。それは俺にミサイルが命中したことを告げる合図で。
視界で爆炎が咲く。黒煙が膨れる。装甲が煤けて砕けて、PICとは別種の浮遊感……重力に従順な自由落下。
それをどこか遠くに思いながら。
【──
地面に激突する間際、愛しい面影に、手を引かれた気がした。
千冬と箒が名前で呼び合ってますが仕様です。