ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第二話【自己完結型青少年】

 ES_002_自己完結型青少年

 

 

 

 入学式放課後。俺は山田真耶先生(うちのクラスの副担任。すごい優しそう)から渡された鍵と書誌を片手に、帰路をゆっくりのったり歩いていた。

 鍵。学生寮の鍵。

 なにを隠そうこのIS学園、全寮制なのである。

 よし、女の(その)に突入だ! なんて、空元気でもいいから無理矢理に気合いなりなんなりを入れないと体がもたない。放課後だぜ? 授業という頚木から解放された女子生徒諸君が、もう遠慮なしに視線を向けてくる。授業合間の休み時間などまさに序の口。その上で女子しかいない学生寮に行こうってんだ。足がすごく重い。

 そうしてる内に寮に到着。というか寮っていうよりどっかのホテルみたいだ。しかもお高いとこの。

 俺は鍵と一緒に渡された冊子を開き、掲載された地図を見る。

 

「ここが入り口、トイレ、階段、大浴場。ああ、大浴場使いたい……」

 

 俺は大浴場が使えないらしい。いや使えない。なぜか?

 何度もいうけど女の子しかいないんだ。男性用の大浴場があるはずないじゃん。

 織斑一夏は風呂が大好きだったりする。大好きだったりします。大好きなんです。

 

(月イチでいいから使わせてくれないかなぁ)

 

 とかため息ついてる()に部屋の前。1025室。ここが俺の部屋らしい。

 にしても本当にかっこいいな、この寮。道中いたるところから高級感が漂ってきたよ。快適そうだ。

 しかし真に快適かどうかは部屋で、すなわち私室で決まる、と思う。就寝起床に一日が左右される人もいるのだ。それを支える私室が粗雑ならば、ほかがよくても台無しになる。

 いざ()かん。俺は持っていた鍵を差し込み、錠を開け──おや、開いてるぞ。初日だからか?

 まぁいいか。変に頓着しないで部屋に踏み込んだ。

 

「お……おおおお」

 

 一言でいうならすごく綺麗。部屋の中はビジネスホテルもかくやといった風に、それはもう清潔感あふれるものだった。さすが国立。

 という当たり前の感想は荷物とともに壁の隅においやって──俺はベッドに飛び込んだ!

 ぼふん! と急な圧力に布団が空気を吐き出す。

 織斑一夏はホテルとかのベッドに飛び込むタイプの人間だ。まぁでもベッドに飛び込んだり新品のシーツをいじくったりするのって、ホテルや旅館の通過儀礼だよな? ちなみ前面からダイブしてモフモフを堪能中。ああ、このまま寝てしまいた、

 

「おい、誰かいるのか?」

 

 と、俺がお高い布団を堪能していると、部屋の入り口あたりから声が聞こえた。ドア越しなんだろう、響くような、阻まれているようなくもりがある声だ。部屋の外から? 違う、入り口はいってすぐ隣りのドアからだ。たぶんシャワー室からだろう。全室シャワー完備なんだって。すげぇ……ん?

 

「もしかして同室になった者か? うむ、これからよろしく頼むぞ」

 

 なんでシャワー室から声が聞こえるんだ? 確かにこの学生寮、二人一組で部屋を使うとはしっているが、それはあくまで女子同士、同姓同士の話だろう。そして俺は男、なら必然的に個室が割り当てられるはずで……?

 そう疑問に思うのもつかの()。その後の俺の行動は速やかだった。

 脚を一本ずつテキパキと折って腰を落とす。足の親指は重ねるように。手は太もも。そのままももをレールのようにして手を前に出せば、自然と頭は下がる。

 

「こんな格好で悪いな。私は篠ノ之箒だ」

 

 俺はタオル姿の幼馴染を土下座の格好で出迎えた。 

 

 

 ◆

 

 

「もういいぞ、一夏。着替え終わった」

「……おう」

 

 そうして五分ほどお時間をいただいてから頭を上げると、そこには制服姿の箒がいた。

 どうにもこいつが俺と同室らしい。どういうことだIS学園。どうして一五歳の男女が就寝をともにしなくちゃいけないんだよ。そりゃ中学時代は仲のいい友達、女子も交えた複数人でお泊り会(開催地は俺の家)なんてこともやってたから、抵抗が少ないといえば少ない。でも一対一ってのは、な? ちなみお泊り会の時は大抵リビングで雑魚寝だった。不健全? それは俺の中学の友達を見てから言っていただきたい。あの面子ではどうにもこうにもなりはしないさ。だけど紹介はまた今度。そんなことよりこの状況についてどうにかしませんと。

 視線の先には腕を組んだ箒さん。

 

「それにしても出会い(がしら)に土下座とは、お前も随分と安くなったものだな。まるで()()()()()()()()()()?」

「……とはいいますけどね? 実際問題、あれが一番穏便に収まる方法ですって」

 

 思わず敬語になってしまったが、ともあれ土下座して正解だった。

 謝るという思いは伝わるし、なによりシャワー上がり直後の箒を見なくて済む。もしポケーっとつっ立っていたらいったいどんな仕打ちが待っていたのだろうか。

 男が頭を下げるなんてみっともない? オルコットに啖呵を切っておいて矛盾してる? それは違う。プライドってのは傲慢を貫くことじゃない、自分の在り方のことをいうんだ。つまり非を受け入れるというのもまた誇り。でもって今回は俺が悪いわけだから、誠心誠意頭を下げるわけです。

 というか、なんだかんだ、箒もオルコットが気に食わないんだな。頭を下げない『安さ』と頭を下げる『安さ』……皮肉たっぷりだ。

 

「まぁとにかく、私は怒っていない。だからそうびくびくするな。不可抗力だろ? 悪気がないのくらい私にだってわかるさ」

 

 ポーカーフェイス失敗。内心でびくびくと震えていたのがバレた。

 そりゃ覗きまがいをしたあとですから、怒ってないかビビったりもするよ。

 

「それでも、もう一回言っておくよ。ごめん、箒」

「うむ。許す」

 

 同室が箒で本っ当によかった。六年って人をこんなにも変えるもんなんだな。

 これが見ず知らずの他人だったら……恐ろしい。

 

 俺はなんとも思わないとはいえ、恐ろしい。

 

「そんなことよりも、だ」

 

 おい箒。仮にも嫁入り前の娘が自分の裸見られそうになっておいて『そんなこと』で済ませていいのか? 花も恥じらうはずの一〇代女子。男らしすぎるよ。俺がいえた義理じゃないけどさ。

 

「一夏、お前が私と同室なのは間違いないのか?」

「ん、ああ。どうにもそうっぽい。千冬姉に確認とったから間違いないよ」

 

 なんでも部屋が確保できなかったから無理やりこうなったんだって。お相手が箒なのは責めてもの配慮。知り合いの方がまだやりようがあるだろう、ってことらしい。土下座しながら携帯で千冬姉に確認とるさまはさぞ滑稽だったろう。

 

「ふむ。まぁそうとあっては致し方あるまい。これからよろしく頼むぞ」

「おう。こちらこそ」

 

 

 ◆

 

 

「…………」

「……一夏、嬉しいのはわかる。しかし()(たび)の料理は食べるためにあるわけで、決して鑑賞するためのものではないぞ?」

 

 翌日、朝ごはん。一年生寮の食堂。テーブルには同室の箒さんと俺との二名。食堂内は一年生でいっぱい、朝から喧騒に包まれつつある。

 そんななか、俺は無言で目の前にある朝食を凝視していた。

 なぜ? だってさ、

 

「朝飯を作らなくていいなんて久々だ……!」

 

 つまり感激のあまり声が出なかったんだ。

 織斑家は俺と千冬姉との二人暮らし。で、千冬姉は働いている。ともなれば当然、俺が家事の担当になるわけで、俺は小学校の頃から炊事洗濯とやってきていた。主夫歴はすでに七年を数えるぜ。ハンドクリームは必需品だよ。

 しかし今、俺の目の前にあるのはなんだ? 朝ごはんだ! 朝起きて飯が用意されてるのって……これが、感動せずにいられようか。

 

「何を大げさな。料理くらい、私にだって作れるぞ?」

「聞き捨てならんな、箒。お前は家事の大変さを知らんのか?」

「そうは言わんが……」

 

 家事を軽視している男性(今は女性も多いだろうけど)諸君、君達が毎日食べている朝ごはんは、並々ならぬ誰かの苦労の上で提供されていることを忘れないでほしい。

 しかしともあれ、いつまでも眺めてるわけにはいかないので。

 

「いただきます」

 

 食事に一礼、感謝の意。よく味わっていただくことにうぉっこの鮭うめぇ!

 ちなみ今日のメニューは白飯、味噌汁、納豆、鮭の塩焼き、漬物。まさしく日本の朝食のテンプレうぉっ味噌汁が体に染みる!

 すばらしい。すばらしいよIS学園。快哉を叫びたいくらいだ。

 

「……一夏、朝食くらい静かに取れ。はしゃぎ過ぎだぞ」

 

 朝ごはんを無駄に高いテンションでいただいていると、案の定、相向かいの幼馴染みにやんわり咎められた。いやね? 俺だって自分のテンションがおかしいことくらい気づいてますよ。だけど学生寮って初めてじゃん? なんかこう、林間学校とかで泊まったときに感覚が似てるんだよ。中学で部活はやってなかったが、合宿とかってこんな雰囲気だと思う。そういう時ってこう、わくわくして止まらなくなるじゃん。そんなタイミングで完璧ともいうべき朝ごはんさんの登場です。いやでも心が踊りだすよ。

 とはいえさすがにはしゃぎすぎた。もう少しゆっくりと味わおう。うむ、漬物うまし。

 

「それはそうと一夏。お前、オルコットはどうするつもりだ?」

「どうするもこうするも、やれることやってから臨むよ」

 

 オルコット──セシリア・オルコット。

 どこまでも、それはもう純粋に男性という存在を格下としている少女。

 女尊男卑であるこの時代、アイツのように自分を特別視する輩がいても、それはなんら不思議ではない。不思議に思わせない程度の世の中で、そういう考えを許容してしまうような社会情勢。得心するやしないを二の次に、この一〇年でそういう様相を呈し始めた。──もちろん、全部の女性がそういう考えではないということも、ここに強くいっておきたい。けれど、オルコットがそうでないのも事実で。

 いや、彼女の場合は候補生っていうちゃんとした肩書きがあるから、なおのこと拍車がかかってるんだろう。少なくとも、候補生というのは才能だけではなれないことも、ましてやコネなんぞでは絶対に至れないステージであるのは俺だって理解している。才能があって、努力して、それでもなおと諦めなかった者が掴むことができる、候補生。

 ゆえ、そんな奴が自分を誇示するように威張るのは、まぁ理解はできる。それだけ自分に自信を持っているってことで、自分が積み重ねた過去を信じているってことで。候補生ってのはそういうものだ。誇大でも勘違いでもない、真実『特別』な存在だ。だからまぁ、ことさらムカつくわけなんだが。

 そんな相手だ。手を抜いて臨むなどあってはならない。許されることじゃない。

 

「やれること、か」

 

 一方箒は、鮭の小骨を()けながらなにやら考え込むように呟いていた。そして身を一口いただいてから、決心したようにこちらを見る。

 

「ふむ、いいだろう。私も協力してやる」

「本当か?」

「ああ。私もお前と()()()だからな……それに、どうせお前、ISについては教科書以上のことを知らんのだろう?」

「……悪かったな」

 

 いくらISに乗れるといっても、それが発覚したのだってわずか二ヶ月前。それまではそこらの男性諸君と同じ立場だったんだ。付随する知識が乏しいのは目を瞑ってほしい。一応、入学前に配布された必読の参考書は読み込んでいるが……やっぱりそれも知識の上での話。こと実技となると、なぁ?

 

「というか箒。そういうお前こそISに詳しいのかよ?」

「無論、そこらの小娘如きなどよりは心得ていると自負している。敵を知らんと、倒せんからな」

「……敵、ねぇ」

 

 その『敵』とやらがいったいなにを指して言っているのかは訊かないが、言葉だけを聞いてみればそれはなんとも心強い。凜乎とした口調、堂と迷いのない態度。これは頼りになる……なりすぎて、薄ら寒いくらいだ。

 

「オーケー。そこまで言うんだったらその厚意、甘えさせてもらうよ」

「承知した。お前に惨めな(さま)を晒させぬよう、砕身の思いで務めさせていただく」

 

 そうしてともに、残りの味噌汁を飲み干した。

 

 

 ◆

 

 

 学校。四時限目。授業内容、『ISに関する条約・規定・規約について』。

 事前の参考書にも記されていた内容なので理解できないってほどではないが、そもそもそれ以前に、単純に面倒臭い授業だ。

 条約。この世で最もといっても過言ではないくらいに堅っ苦しい語群で記されるルール。見てるだけで頭が痛くなるようだ。教員が山田先生だったのは責めてもの救いだろう。新任らしいけど、授業がすごくわかりやすいんだ。それと千冬姉も教室にいて、山田先生の説明を補足したりしている。

 ふむ。こうして見るとちゃんと教師してる。(うち)ではけっこうだらしないんだけどな。

 

「──そして教科書にもありますが、というよりそれ以前に周知の事実でもありますけど、現在存在するISは全部で『一一〇〇機』。これより数が増えることはありません。何故なら、ISの中心である『コア』の作成技術が一切開示されておらず──」

 

 『コア』。

 それはISの基礎となる心臓部。こいつがないとISは作れない。IS特有の慣性制御も、量子変換も、シールドバリアーもこれがあってこそだ。

 しかしそんなコアも、世界にたった一一〇〇個しかない。ゆえにそれから作られる専用IS、いわゆる専用機を持つ人達──それこそ企業の人間や国家代表だ──は、全女性の憧れともいっていいだろう。

 って待てよ。ということはオルコットも専用機持ちか?

 授業そっちのけで考え込む。専用機。その名の通り所有者のためだけにチューンナップされたIS。なるほど、だったらそれこそオルコットの態度にも合点がいく。一一〇〇機しかないIS。そんななかから自身だけの機体を与えられたのだ。ははあ、それなら威張り具合も加速するよ。いいや、うん。持ってなくても(おんな)じ風だった気はするけど。

 

 

 

「──未だ、ISの開発者である『篠ノ之博士』しかコアを作ることができません」

 

 

 

 だからその言葉は不意打ちにも近かった。個人的な思惟に耽っていた俺の耳でも、それはハッキリと聞きとれて。

 『篠ノ之』。そう、つまりは。

 

「……あの、すみません先生。もしかして篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

 篠ノ之束。

 箒の実姉にしてISを単独で開発した稀代の天才。そして。

 そして、千冬姉の親友だ。

 おずおずといった感じで手を上げるのは確か(たか)(つき)さん。そりゃあ気づくよな。『篠ノ之』なんて苗字そうそうあったもんじゃないし、しかも場所がIS学園ときてる。関連性を疑わないほうがおかしいだろう。

 

「そうだ。篠ノ之は、アイツの妹だ」

 

 そしてあっさりと肯定するお姉さま。そんなに簡単にバラしていいのか? 一応は個人情報だろうに。いや、だからこそさっさと肯定したのか。いずれに知れ渡って己の目が届かないところで爆発するなら、返って自らみんなの前で起爆させたほうが返って管理が届きやすい。それにIS学園のセキュリティはその立場上、あらゆる施設・組織と肩を並べてトップクラスとも名高い。安全だからってことも多分なのか。

 という俺の推察なんて関係なく。千冬姉の肯定に、直後『『『ええええぇっ!?』』』と驚愕の大合唱。ある種つんざくともいっていい、声の大洪水だ。そりゃあ件の、言ってしまえば自分達がここにいる理由とさえなった人物。その身内がクラスメイトなんだ。驚きの声は当たり前。

 騒ぎ出すクラスメイト達。口々に『有名人』やら『天才の妹』やらと──刹那。

 

 

 

「────あの人は、関係ない」

 

 

 斬。

 

 ぞあっ、と。

 その瞬間に疾走したのは、寒気だった。

 その瞬間を切断したのは、なにかだった。

 背筋を這い登る悪寒は脳髄に激突。それは誰しもの体でも発生した感情の駆動、零下の振動。例外はなく、逃れられる者など皆無につき、個々人の個性なんていう世辞も入らない素晴らしい可能性を切り倒して現れる根幹の部分を根切りする墓荒しに似た空寒い冷酷。その感覚は、来ならばボンクラ程度の塵芥になど高尚すぎて知覚すら遠く彼方の生涯決して届かない『一番いいもの』ほどにもおぞましいものであるが、今ばかりは一種のかまってちゃんのごとくにわざわざ、わざとらしく、これ見よがしに、透明に着色させて、打ち放つ。玲々の言の葉に触れた一年一組の女生徒が例外に漏れず、呼気を奪われるように静寂を出力する。明瞭にいって、なにか恐ろしく冷たいものが、女生徒達の口を黙らせたのだ。

 

 そしてそれの発信源は、言わずもがな、箒。

 

 外見はいつもの凜然としたものだった。だけど中身が。内面が零下のように冷え切っている。底冷え、凛冽。凍るは空間、首筋に当てられる言霊は刃に似て。静かな一言だった、だったのに。なのに酷く綺麗に、耳に届いた。その一言だけで、みんなを黙らせた。

 

「すまない、殺気立ってしまって。しかし、私からあの人について語れることは何もない」

 

 ぺこりと頭を下げる箒。しかしその顔に、反省はあれど後悔のような色はなくて。

 そのあとはただ沈黙。いつも通りのぴんとした姿勢に戻った。

 教室の温度は冷えたまま。誰もかも口を開かず、気まずそうに目を逸らす。

 なんだ、これ?

 

「山田先生、授業の続きを」

「えっ? あ、は、はいっ」

 

 沈黙を破ったのは千冬姉。

 困惑気味の山田先生に授業の続行をうながし、ぎこちないながらも授業が再開した。

 俺は内心モヤモヤしたまま、午前の授業を終えた。

 

 

 ◆

 

 

「…………」

「…………」

 

 昼休みの学食は、それはもうすごい人数でひしめき合っていた。こうして二人分の居場所を確保できたのは奇跡に近いだろう。うそうそ、そんな安っぽい奇跡はいらない。運がよかったんだ。そんな程度。

 本日の昼食は鯖の塩焼き定食(日替わり)である。リーズナブルなのがお財布に嬉しい。

 

「この鯖うまいな」

「まったくだ」

 

 俺の対面にいるのはもちろん箒。今までずっと無言だったので、思い切って話題を振ってみたのだけど、思いのほか普通の反応。無視されるかなー、とか予測していたんだけど微笑むように返されて……まぁ、そっちのが不自然なんだけど。というよりまず、体からあふれる凍えるような殺気が収まっていない。

 四時間目。あの時の箒の態度は異状だった。俺が知らない六年の(あいだ)に、いったいなにがあったんだろう。無論、俺はそんなのまったくと知らない。そして理解し合うために言葉は存在する。

 

「なぁ箒。お前、束さんとなにかあったのか?」

「ああ」

 

 おおう。

 速攻即決、即断で返された。簡素な二文字、なのにやたら棘々しい。明らかに『不快』と仰っている。ポーカーフェイスが極まりすぎて返って凛々しい。

 撒き散らすような冷気……なぁ気づいてたか? さっきの授業中、みんなお前に怯えてたんだぜ?

 

「そうか。でも授業中にあんな態度はよした方がいいと思うぜ? あれはしかたないだろ。お前だって──」

「すまないが、一夏。不快だ」

「そうか」

「……喧嘩を売っているというのなら、やぶさかでもないぞ?」

「安いな、お前」

「ッ!」

 

 ガッ、と。いきなり俺の胸ぐらを掴み上げる箒さん。

 きゃあと食堂内に響く悲鳴。周りにいた生徒達が怯えるように……おいおい離せよ。みんな見てるだろ? 怖がってるじゃないか。

 

「離せよ箒。こちとら男ってだけでも注目集めてるんだからさ」

「黙れ。無神経の話を聞くほど、私は大人ではない」

「頭に血が上った輩を慮るほど、俺はできていない」

「…………お前に、」

 

 俯く箒。歯を食いしばるように、吐き捨てるように、続く言葉は怒りそのもの。

 

「お前に、何が(わか)る?」

「なにも」

「ッ、」

 

 苛立たしいと、煩わしいと、鬱陶しいと。

 そういう箒の言葉を、一言で一蹴した。振り戻した顔が、怒りを孕んで俺を睨む。

 

「知るも知らないも、そもそも『知らない』っていうことすら知らなかった」

「…………」

「確かにクラスの()達も不躾だったかもしれないさ。でも、そもそも解りようがないんだよ、他人なんて。そのくせお前は勝手にイラついて、『何が解る』、じゃねぇよ」

「だからってッ!」

「だったら解らないほうが悪いのか? ふざけるなよ。解ってほしいなら話せよ、解り合いたいなら言葉にしろよ。黙ってなにも口にしないで、それで誰も彼もが勝手に察して、理解してくれると思うんじゃねえよ」

「────ッ、」

 

 別に、押しつけるつもりはない。

 この問題は、そもそも正しいなんてことがないんだから。無知である俺にも非はあるし、不躾なクラスメイト達にも罪はあるだろう。第一、頼んでもいないのに自ら身の上話を持ち出すってのもおかしい話で、仮に打ち明けたとして、理解してもらえるともかぎらない。だけど。

 だけど『誰もわかってくれないのがいけないんだ』なんて態度は、おかしいだろ。『何が解る』というその言葉は、それこそ理解し合いたいということの裏返しでもあるんだから。

 お前がもっと別の言葉を使っていたのなら、『部外者はすっこんでろ』『関係ないやつは黙ってろ』『男のくせにでしゃばるな』なんて台詞で激情する人種であったのなら、俺だってこうも正面から食ってかかりはしなかったろうさ。

 

 だが、『何が解る?』というその言葉は。

 明確に、何かを解ってもらいたいという本心がないと、出ない言葉なんだよ。

 

 だったら、そら。織斑一夏がでしゃばらないはずもない。

 自分勝手だろうか? だろうね。自覚してる。上から目線で余計なお節介。でも、うさを晴らすように殺気を撒き散らすのは、違うだろ?

 

「……それでも、」

 

 (いっ)(とき)の沈黙をおいて、ポツリと。俺の胸ぐらを握り締めたまま、箒は言葉を口にする。それは絞り出すようにやっとのことで、か細くて、痛々しい。

 

 

「『あの人の妹』、というだけで注目される気持ちが……お前にわかるか?」

 

 

 それがすべての理由なのか。

 自分とは関係のないことで、ところで、勝手に『自分』が確定されていく。

 カエルの子はカエル。天才の妹は天才。

 篠ノ之束の妹も、天才。

 誰も『個』を見ない。見ようとしない。

 確かに箒はすごいやつだ。剣道でいったら天才の域にいるといっていいだろう。でもそれは、はたして箒自身の実力だと、周りの人間は認めてくれるだろうか? そこになにかしらの評価が付随してやしないだろうか?

 それは思考の停止にほかならないだろう。ジンクスとかセオリーみたいな、前例があるゆえの結果の予想。サラブレットってやつに近い。興味があるのは、血。

 それは多分なによりも重い、と思う。『血は争えない』、そんな言葉が生まれるほどには。なるほど、そも理解することをやめているのならば、こちらがなにをしようが結果として無為に等しい。そりゃあふてくされてしまいたくもなるよ。

 まぁでも、なぁ箒。そんなことはさ。

 

 

 

「はは。だったら箒。俺は『世界で唯一ISを動かせる男』で、『世界最強のIS操縦者の弟』、だぜ?」

 

 

 

「────、」

 

 俺ですら感じていることだ。

 なにも己の境遇を棚に上げて説教しよう、ってわけじゃないんだ。

 知れなかった自分がムカつくし、遠慮のないクラスメイト達の態度にも、正直なところ腹が立つ。

 だけど、でも、だからこそ。そんな程度に負けたくないだろ?

 

「……ふふ。そうだったな」

 

 しばし置いて、やわらかく微笑んだのは箒。先の忌々しそうな怒りはどこへいったのか、ある種清々しさのある表情。

 

「ああすまない一夏。どうやら本当にらしくないが──頭に血が上ってたようだ。うむ、そうだ、そうだな。お前もそうだったな」

 

 ふぅー、っと背筋をぴんと伸ばし、深い呼吸を一回二回。今を鑑みるように目を閉じて深呼吸。

 そうして目を開けば──そこにはいつもの侍少女がいた。

 

「だから私は、ここにいるんだったな」

 

 

 ◆

 

 

「相変わらず、当たらんな」

「そりゃあ、当たるなら避けますとも」

 

 放課後の剣道場。午後の授業を()便()()終えた俺達は、IS学園の剣道場へとやって来ていた。

 道場はそこらの学校にあるものより格段に広く、質もいい。さすが国立。昨日も言ったね。

 そして現在、試合が終わったところである。

 

「動きは悪くないが……竹刀は振らんと当たらんぞ?」

「全国区の実力者に言われてもなぁ。躱すので精一杯だって」

 

 そもそもどうして、俺達は剣道場にいるのだろうか?

 それは今朝の箒の発言だ。対オルコット戦に協力する、ってやつ。ISに関係ない? いや、どうにもまったく関係ないわけじゃないそうだ。

 ISってのは、箒に言わせれば『高性能な鎧に過ぎない』らしい。そして道具である以上、ネックとなるのは搭乗者自身の性能だそうで。こういう武道の動きってのは、ISの戦闘においても応用が可能、どころか有用であるそうな。そういえば千冬姉も剣道やってたなぁ、と、いわれると至極納得である。

 まぁ実をいうと、訓練機の使用が無理だったから、ってのが大分である。すでに二年と三年で貸し出しのスケジュールはいっぱいで、それどころか、一年は授業の実機訓練が始まってすらいないから借りれなかったのだ。基本操作もできない人には許可できないわけです。ということで剣道。

 

「とはいえ、私の勝ちだ」

「……もう一本だ、箒」

「いいとも」

 

 やけに上機嫌の箒さん。そんなに剣道できるのが嬉しいのか……違うな。これは(てい)のいい()さ晴らしだ。だって昼休みに小っ恥ずかしいこと長々とやっちゃったでしょ? どちらが悪いとはいわないといえ、やっぱり全部に納得するわけもありませんて。つーことで、そいつが俺に向けられてるのさ。こいつばかりは、甘んじて受け止めるよ。

 その試合の結果は俺の一本負け。時間無制限の一本勝負で、所要時間は三〇分。躱しに躱し避けに避け、どうにか粘って、一本負け。奮闘した方だろ? 避ける躱すは得意なんだが、やっぱ剣道では箒に分があるよ。俺も小学校の頃は剣道をしていたのだが、というかその通っていた剣道場が箒の実家でそれ以来仲良くなったのだが……さすがに、今の俺じゃあ粘るのがやっとだ。ちなみに中学は帰宅部である。

 しかしもう一本。敵わないことは、諦める理由にならない。というか悔しい。

 

「しかしまぁ、剣道の腕が鈍ってるとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「なんだ、嫌味か? 俺には避けるしか能がないって」

 

 ──織斑一夏は、避けるのが得意だ。

 

「そうじゃない。私程度、などと自分を卑下するつもりもないが……どうしたんだ、一夏?」

「……入院してたから、かな」

「……そうか」

 

 俺の『回避力』が鈍っているという箒の疑問に、俺は単純な理由を話す。

 入院。九月頭から一〇月終わりまで丸々。俺は、およそ二ヶ月間に渡って病室で大人しくせざるを得なかった。身体の感覚がなまるのもしかたないはずだ。

 夏休み最終日。

 決闘。死闘。

 俺は夏休み最終日に、友達と喧嘩して、怪我をしたのだ。

 屋上での大喧嘩。身体中のいたる所の骨が折れて、傷付いて、友と別れた。気が飛ぶまで殴り合って、飛んでも殴り続けて、怪我をして、入院した。

 思い出したくもない──でも忘れてはならない、記憶。

 

「私は、()()()()?」

「ああ」

 

 それは、俺に対する当てつけか。

 あのときとはまるで逆、なにも訊かない。『お前とは違う』、と。

 無論、訊きたいことはあるのだろう。聞かせたいこともあるだろう。そのための『言葉』だろうし、だから俺は箒に問いかけたのだから。……それを、しない。

 押しつけるつもりはない──それはつまり、必ずしも解り合わなくてもいいと、そういう選択もあると。寂しいかもしれないけど、そういう考え方ももちろんあるのだということだ。

 正対する主義、価値観の相違……違う。そんなもっともらしい、小難しい話じゃない。

 単に、意地。

 俺は譲りたくない。つまりそういうだけ。頑固っていうのが手っ取り早いだろう。

 だってこの話は、わざわざと口に出すのもはばかられるくらいにくだらないものなんだ。理解を求めるのは筋違い。そも、ひけらかすなんてもってのほかだ。高々喧嘩の、どこにでもありふれる青春の、一コマ。葛藤も確執も衝突も、そんなの人として生きているならば当然とありふれることで、さして珍しいと声を張るもんじゃない。誰しも体感して経験して、それを積み上げて生きていく。……そんな大それたことでもないか。何度もいうけど、ただの喧嘩だ、こんなの。

 馬鹿二人の、意地の張り合いだ。昔も、今も。

 話そうなんて思わないし、話したいと思わない。第一、話せるような、それこそ大義名分があるような英雄譚じゃない。これは俺達の問題だ。

 だから、これでいい。織斑一夏は、これでいい。

 

 

「──やはりお前は、自己完結だな」

 

「……自己中心よりは、マシだろうがよ」

 

 

 それは誰と比べてのことだろう。

 俺が改めて自分の決定を認識すると、箒の言葉はやれやれとした──それでいて悲しいような──ものだった。

 まぁでも訊いてこないってことは……勘づいては、いるんだろうな。話し合いだけが理解のすべてじゃないし……ああもうかっこ悪いな俺。

 箒にデカいこと宣っておいて、結局自分はだんまりかよ。情けないよ。泣きたいくらいだ。

 

「──いくぜ箒ッ!!」

「ああ、来いッ!!」

 

 だからそんなもろもろとっぱらって、今は箒に負けたくないと、強く願うことにしよう。




コアの数が『1100個』になっています。あしからず。
設定はほかにも変わる予定。少なくともISの範囲内で。
あとカッコイイ女の子は好きです。
箒ちゃんにはがんばってもらいたいものですね!

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