3日後 マルタ鎮守府内松島宮執務室
「予想はついていたが、なかなかの難所だな。西部地中海中央海域は」
松島宮の発言に執務室に集まった面々は頷いた。
いま居るのは松島宮の他に滝崎、加賀、霧島、カルメン、バレアレス、シュペー、シェロン、ベルタン、ヴァリアント、と各部隊の代表格が集まっていた、
「西部方面はここが落ちればジブラルタル海峡・ヘラクレス門を抜ければ大西洋だ。故に大西洋から援軍をリアルタイムで派遣出来るし、向こうも後がないからな」
「でも、そうしないとスペインもフランスも困るんだけどね」
「上層部も二正面作戦には懲り懲りだからな。少しでも地中海側からの圧力を減らしたくて、矢の催促だ」
ウンザリした様子でシェロンが大袈裟に両手をあげる。
「でも、皮肉な話よね。希望を捨てないといけないって」
「どう言う事だ、カルメン?」
カルメンの言いように松島宮が訊いた。
「ジブラルタル海峡を通る時に両岸に山があるの。それが門柱に見えるから『ヘラクレスの門』。そして、昔の船乗りの間に言われていたのが『汝この門を通る時は希望を捨てよ』。まあ、この場合、希望を捨てるのは深海棲艦なのか、私達なのか、それはわからないけど」
それを聞いて誰もが困惑した表情を浮かべる…1人を除いて。
「何と言われようとも、指揮を執る人間が希望をうしなってみろ。打開できる状況も打開出来る訳がない。それに、艦娘の希望を奪えだと? 冗談じゃあない、希望を奪えば彼女達は乗り越えられないし、深海棲艦に突き落とす様なものだ。そんな事、出来るか」
むすっとした表情で憤慨を口にする滝崎。
「やれやれ、お前が熱心なのはわかるが、それを言うには相手が違うであろう。それはともかく、そうなれば相手の様子を見つつ、じっくりとこう略するしかあるまい。急かしたところで意味もないしな」
この一言で本日の集会も終了した。
暫くして……滝崎の執務室
「今回も難しそうですね」
「あぁ、なにせ、西部の最後の海域で深海棲艦も大西洋からの増援を直接回せるからな。手こずるのは当然だろう」
そんな会話を不知火と交わしながら滝崎は書類処理を行う。
「ですが、それで大丈夫なんですか?」
「期間が決められてる訳じゃあないんだ。それに下手に急かして大損害を被ってみろ、スペインにしろ、フランスにしろ、せっかく奪還された海域が奪いかえされて、1からやり直しさ。そんな責任を負いたい国なんてないよ」
「……そう言う物でしょうか?」
「そう言う物さ。まあ、日本としてはあまりヨーロッパの政治に口出したく無いからね。だから、基本的に従うけど、まさか皇族提督に無理強いをさせる訳にもいかないからね。まあ、そこら辺は上手くやるさ」
そう言いつつ、滝崎は書類を次々に片付けていった。
暫くして……鎮守府屋上
「いや〜、元リゾートホテルだけあって眺めはいいな」
書類仕事を終え、気晴らしに鎮守府の屋上に上がってみた滝崎はその見晴らしの良さに感服する。
「プールもあるし、デッキチェアーやパラソルもある。ちょっとしたバカンスならいけるな。こんな時でなければの話だけど」
落下防止柵に寄り掛かり、屋上を見渡して滝崎が呟く。
「汝この門を通る時は希望を捨てよ、だって? ふざけるな、彼女達と英霊達の決断と悲劇、犠牲の上に築かれた希望を捨てるなんぞ、死んでも出来るか。そんな事をしたら、あの世で合わせる顔なんぞあるか」
奥歯をギリリと噛み締める滝崎。
その時、ドアの開く音がした為、そっちに自然を向ける。
「副官さんですか? 珍しいですね」
「雪風か。いや、なに、気晴らしに屋上に来てみただけだ」
「そうですか」
そう言って雪風は滝崎の所に寄ってくる。
「今回の海域も難しそうですね」
「あぁ、敵さんも後が無いからな。ちょっとやそっとでは抜けられないな。今回も皆に迷惑を掛けそうだ」
「それは……仕方ないですよ…それに希望を捨てる海域ですから」
「おいおい、幸運艦がさい先の悪い事を言わないでくれよ…と言うか、誰から聞いたんだ?」
「バレアレスさんからです。それに雪風は厄病神の死神でもありますから」
どうも、話が暗い方向に向きはじめた。
「……幸運艦は重しにしかならないか?」
「幸運艦と言っても雪風は偶々生き残っただけです…比叡さんも結局は見捨ててしまった『死神』ですから」
「(なるほど…確かに雪風にとっては悔いが残るよな)なあ、雪風。君の言いたい事もわかるけど、それはそれで比叡が悲しむよ?」
「……副官さん、何を言ってるんですか…雪風は比叡さんを見殺しにしたんですよ! いえ、それだけじゃあありません、神通さんも大和さんも…みんな、みんな!!」
今や涙でぐしゃぐしゃな顔で言い放つ雪風。
それを滝崎は優しく抱きしめる。
「知ってるよ。君が歩んだ航跡、苦悩、悲しみ、中傷…でもね、だからこそ、乗り越えないといけないんだよ。君はまた、そんな光景を見たいかい? 遭遇したいかい? そんな決断を迫られたいかい? それが嫌なら、そんな事にならない様に乗り越えて、抗わないと…そうでないと歴史に抗った俺が馬鹿みたいじゃあないか」
「……どう言う事ですか、副官?」
「馬鹿な副官の戯言さ。おっ、あれは羽黒じゃあないか?」
大鳳に続く形で建造で出てきた羽黒が周囲をキョロキョロしながら地上にいた。
「あっ、本当です! ハグハグ〜、上ですよ〜!」
先程の事も忘れて下に居る羽黒に手を振る雪風。
そして、雪風の声に気付いた羽黒も手を振る。
「すみません、副官。雪風、行きますね!」
「あぁ、行って来なさい」
そう言って雪風を見送る滝崎。
そして、再び1人になった滝崎は呟く。
「もう2度と希望を失ったりしない。受け取った希望を自ら傷付け、捨て去らない為に……いま、出来るのは、彼女達を支えてやる事だな」
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