そして、ヲ級率いる空母部隊は……。
マルタ島鎮守府 提督執務室
『敵編隊接近。バレアレス隊、これより、対空戦闘を開始します!』
その通信の後にスピーカーから対空砲火が鳴り響く。
既に神鷹・祥鳳から鍾馗・零戦が迎撃し、幾らか数は減っている筈だが…。
「……今さら言うのもなんだけど、大丈夫なの?」
バレアレスの保護者とも言っていいカルメンが心配そうに訊いてきた。
「神鷹と祥鳳は同規模の対空戦闘を経験しているから大丈夫だよ」
そう言いつつも滝崎の表情も険しい。
確かにバレアレス隊を信頼していない訳ではない。
だが、その対空戦闘の時は第四艦隊が本気で対空砲火で弾幕を張ったからであって……今回は訳が違うと言う事情があったからだ。
(頼む……みんな、頑張ってくれ!)
心中で祈るしか無い滝崎だった。
同じ頃………霧島隊
「バレアレス隊がヲ級の機動部隊の攻撃を受けているそうよ」
旗艦霧島の言葉に蒼龍が即座に反応した。
「霧島、私達のところからも援護を…」
「いや、神鷹が居るから大丈夫や。それより、ヲ級を見付けた方がええで」
蒼龍の意見に龍驤が自らの意見を挟む。
「龍驤! それでいいの!?」
「神鷹は迎撃専門の防空空母や。それに搭載しとる鍾馗はウチらの零戦の短所を充分カバーできる。もし、バレアレス隊を助けんねんやったら、ヲ級をはっ倒す方がええで」
「……龍驤さんは神鷹とは同じ艦隊でしたね。わかりました、敵機動部隊の撃滅を方針にします」
霧島は龍驤の意見を支持した。
「むぅ…」
「大丈夫やて、蒼龍。それより、なんか気になる事があるや」
「なんですか、それは?」
霧島の問いに龍驤はハッキリと答えた。
「罠なんは解る…けど、なんでわてらの事も考えずにバレアレス隊に攻撃隊を差し向けたか…や」
その頃……扶桑隊
「バレアレス達が攻撃を受けていますね」
「はい…でも、神鷹が居ます。大丈夫ですよ」
鳳翔の問いに扶桑は静かに答える。
だが、扶桑も滝崎の様にあの戦闘の事を知っている為、内心は穏やかではない。
「そうですね……あっ、敵艦隊を発見しました! 戦艦を含む艦隊です」
偵察に出していた97艦攻からの報告に扶桑は頷く。
「これより、敵艦隊を撃滅します。川内、水雷戦はお願いします」
「了解! 夜戦じゃあないけど、水雷戦も任せてよ!」
同時刻……バレアレス隊
「対空戦闘は経験が無いんだけど…大丈夫なの?」
「このまま輪形陣で相互に援護し合えば切り抜けれます! 各自の回避行動は制限されますが、一番有効な対処法です!」
神鷹と祥鳳の鍾馗・零戦の迎撃により、減少した敵編隊の攻撃を神鷹・祥鳳を中心にした輪形陣で迎え討っているバレアレス隊。
そんな中でシュペーの疑問にバレアレスが弾幕を張りながら答えた。
「フェニックス、セントルイス、そっちは?」
「そこに居るデカブツよりは対空戦闘の迎撃があるから、大丈夫よ」
「セントルイス! シュペーさんに喧嘩を売らない!」
「……後でボコボコにしてやるわ」
「……大丈夫なのかな…本当に…」
気を使って声を掛けたのに、喧嘩の発端になってる事に涙目になるバレアレス。
「大丈夫ですよ、バレアレスさん。フェニックスもセントルイスも、対空戦闘は経験があります。私が保証します」
そう言ってフォローを入れる神鷹。
「神鷹は2人を知ってるの?」
「ヤー、でも、それは戦闘の後に…敵機、左舷から来ます!」
「ありがとう、くらいなさい!」
その頃………深海棲艦空母部隊
「………………」
旗艦の空母ヲ級は少し苛立っていた。
本来ならフェニックス、セントルイスを救助する救助部隊を包囲し、そこから駆け付けて来るであろう敵部隊をヲ級達が叩く…筈だった。
しかし、偵察の結果、接近する救助部隊の中にヲ級に似た艦娘…神鷹…と祥鳳が居たと解った瞬間、ヲ級は救助部隊を全力で叩く事に方針を転換してしまった。
なぜ旗艦のヲ級が方針転換をしたのか……これについては本人も曖昧な回答しか出せない。
何故なら、前回の輸送船団襲撃を失敗させた面子の中に神鷹が居た、と言う事もあれば、頭か心中の奥底にある『何か』が神鷹と祥鳳に対して拒否反応を示したから、と2つの事情がある。
つまり、ヲ級は前回の失敗と『何か』が告げる因縁と言う、ある意味『私怨』を優先してしまったのである。
だが、確かに私怨は混じっているが、結局敵を叩くと言う事には変わりはない。
しかし、頑なに抵抗するバレアレス達にヲ級は新たに攻撃隊を送り出す事を決め、帽子の様な艤装から機体を発艦させるべく、艤装の口を開けた。
次の瞬間、ふと見上げると……手に届きそうな至近距離に複数の99式艦爆が投弾態勢に入っていた。
旗艦のヲ級は慌て艤装の口を閉じた。
だが、爆弾自体を避ける事は出来ずに次々に命中する。
しかし、旗艦ヲ級の被害は未だマシで、僚艦のヲ級は開いていた艤装の口に250キロ爆弾が次々に飛び込み、ミッドウェーの様に誘爆・轟沈した。
しかし、それだけでは終わらない。次の一手、雷撃隊が高速で接近してくる。
随伴の僚艦が対空砲火の弾幕を張るが急な事態で明後日の方に飛んでいく。
そうこうしている内に雷撃位置に到達した雷撃隊は魚雷を投下し、次々に離脱する。
魚雷はヲ級と随伴艦に襲い掛かる……ヲ級は必死の回避で一発で済んだが、随伴艦は撃沈するか、大破した。
そして、攻撃隊は悠々と引き上げる……だが、これで終わりではない。
ヲ級が空を見上げた瞬間……新たに砲弾が降ってきた。
30分後……マルタ島鎮守府 提督執務室
「扶桑隊より入電。敵戦艦部隊の撃滅に成功、との事です!」
大淀からの報告に松島宮、カルメンはガッツポーズをし、滝崎は頷く。
「これでマルタ島周辺海域安定化が完了したな」
「あぁ……ただ、結果的にバレアレス隊を囮にしてしまった」
「でも、バレアレスの神鷹が発進した二式艦偵がいなかったら、霧島隊が一方的に敵空母艦隊を叩く事は出来なかったわよ」
カルメンが言った通り、霧島隊が索敵も出さずにヲ級艦隊の発見・攻撃出来たのは敵攻撃隊捕捉の為に発進させた神鷹の二式艦偵がそのまま敵攻撃隊の進行方向を逆行し、ヲ級艦隊を発見したからだ。
故に連絡を受けた霧島隊は素早く攻撃隊を発進させた……ちなみにあのタイミングに攻撃出来たのは偶然である。
「鈴谷隊も敵水雷戦隊を撃滅した。バレアレス隊も救援シグナルを出していた2人を回収、今は帰還中。確かに囮になったが結果論だ。彼女達も解ってくれるさ」
「あぁ……そうだな」
松島宮の言葉に滝崎はそう言いながら頷く。
「まあ、それは置いといて、今はマルタ島周辺海域安定化の完了を喜ぼうではないか。漸く我々は大きな一歩を踏み出したのだからな」
「大き過ぎて、面倒事が増えるけどな」
「それは言わない事だぞ」
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