数日後 マルタ島鎮守府 高塚執務室
「これはどう言う事ですか! 少佐!?」
「……すまん、どう言う事かの『どう言う事』がわからん」
朝からやって来た筑波少尉の怒声の様な質問に高塚は『訳がわからん』と言いたげに聞き返す。
「ですから! 警備隊の火器の管理や訓練の個人選択の幅や、ドイツやイタリア、更には民兵隊との交流、その他諸々の事についてです!!」
「いや、何かおかしいか?」
「おかしいです! こんなの、自衛隊法に書かれた記述から逸脱しています!」
「逸脱もなにも…そもそも、ここはマルタだ。自衛隊法等の日本の法律は適用外だが?」
「ですが、鎮守府は大使館等の扱いで法律は日本の物が適用されます!」
「おいおい…確かに一般的にはそうだ。だが、ロシア,ドイツ・イタリアから地上兵力まで出してる現状で日本の法律を押し付けてみろ。早速、国際問題になるし、少佐風情が上級者2人に敵う訳ないでしょうに…いま、こうしていられるのは彼方さんとここの提督と親戚の副官の仲が良くて、しかも海軍だから、柔軟に対応出来るからこそだ」
「援軍を出しているのですから、此方の指示に従うのは当然でしょう!」
「『ウチはウチ、外は外』で済んでしまう理屈だな。それにそれが出来る人間が何人いる? 陸には多分、居ないぞ。語学だけじゃあない、理論的に説得出来る人間がいるのか?」
「う…ぐ……」
筑波少尉は思わず口を噤んだ。
暫くして
「若いのに頑固な石頭だったな……別の意味で心配になってくるよ」
筑波少尉が帰った後、高塚は『疲れた』と言いたげにあきつ丸へ呟いた。
「頑固なのは別に悪い事ばかりではありませんが…あの状況での頑固は…」
「まあ、確かに問題しか生まんな。故に人は難しいんだが」
額に手を宛て、『困って頭が痛い』とジェスチャーをする。
「それにしても……あれは無いかと…」
「まったくだ。遂に陸自も石頭かイエスマンしか量産出来なくなったか…終わりだな」
少しオーバーながら天を仰ぐ高塚だった。
高塚の執務室を退出した筑波は平静を装いつつも、内心はドスドスと歩きたいのを堪えていた。
筑波は高塚と違い速成組(教育期間約3ヶ月。本来の幹部課程教育は約9ヶ月。しかし、高塚の時は部内受験で基礎教育を受けていた為&急速補充する為に約6ヶ月だった。その後、更に短縮された)で、成績はそこそこであったから、エリート意識は皆無である。
但し、若くて(20歳)生真面目であった事が災いし、『統率・精強は法規・訓練にて成り立つ』と教え込まれた為か、それを主眼に置いていた。(間違いでは無いのだが…)
故に『自衛隊法で定めた事柄から逸脱する運営方針』へ高塚に噛み付いた。(無論、高塚の方が上手なのだが)
最初こそ、内心を表に出ない様にしていたが、皮肉な事に筑波には(まあ、高塚がある意味稀有なのだが)人生経験が少なく、いつの間にやら収まらぬイライラが自然と顔に出てしまっていた。
故に道行く艦娘が意識的に廊下の隅に避けていたのだが、本人は思考に忙しく、周りを気にしていなかった。
そのまま周りを気にせずに仕事に戻るべく筑波は廊下を歩いていった。
暫くして
「……なんですか、これは?」
昼前、まだ昼食時間には30分程余裕がある時間帯にフラリと筑波は調理場に立ち寄り、並べられていた多数の弁当を指差しながら訊いた。
「これから遠征に出る組に出す弁当だくま」
「手作り弁当の方が美味しいにゃ」
「(語尾にツッコミたいが…)だが、これでは手間とコストが掛かり過ぎはしないか?」
「憲兵さん曰く『下手にコストの話をしたら自衛隊みたいに何も出来ない』って言ってたくま」
「(またかよ…)だが、レーションでもいいような…」
「確かにレーションも美味しいけど…食べ続けろと言われたら、民兵隊とか海兵隊のレーションがいいにゃ」
「……………」
球磨と多摩の返答に筑波は内心、頭を抱える。
『美味しい』と有名である自衛隊のレーションより手間とコストが掛かる手作り料理か外国軍のレーションを選択すると聞いて、『また統制から外れてる』と言いたくなった。
「それに『兵を大事にしない者は戦に敗るる事、必須なり』だくま」
「兵を大事に? 何を言うんだ、いつ如何なる状況でも戦える様にするのが軍人だ。大事にすると言って軍規まで緩ませるなんて言語道断だ」
筑波は堂々と正論を述べたつもりだったが……
「イタイくま」
「イタイにゃ」
もの凄く平然、かつ可哀想な目で球磨と多摩から言われた。
「あれは…確かに憲兵さんも頭を痛めるくま」
「憲兵さんの苦労がわかるにゃ。艦長達が聞いたら呆れるにゃ」
そう言われ、急に自分が場違いな空気の中にある気がしてきた筑波は居心地悪そうに「失礼した」と言うと、調理場から出て行った。
今回を含めたそんなこんなの結果、個人的事情も踏まえて後々に筑波はとんでもない問題を巻き起こす事になるのだが、本人はまったくと言っていい程、そんな事になると思っておらず、逆に高塚達からは『それ』に関して注視していたとは思ってもみなかった。
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