私はあんたの世話を焼く。   作:ルコ

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parallel -9-

 

 

 

 

 

 

「犯人はおまえだ。由比ヶ浜 結衣」

 

 

朝の教室で、俺は生徒の織り成す喧騒を余所に由比ヶ浜へ向かって声を掛けた。

 

突然の言葉に、由比ヶ浜と話していた三浦と海老名さん、そして葉山が動揺する。

 

そんな動揺を意にも介さず、俺は由比ヶ浜から視線を逸らさない。

 

 

「…。何のこと?比企谷くん…」

 

 

ほら。

そうやって目を細めながら、困ったように口角を上げる。

 

おまえが()()()()時の悪い癖だ。

 

俺はその癖を見るや、小さく溜息を吐いて由比ヶ浜の頭を優しく叩く。

 

 

「おまえが思ってる以上に、俺はおまえを知ってるんだよ」

 

「っ…。そっか…、そうだよね…」

 

 

そんな光景を、何が何やらと外野が眺める。

 

見せもんじゃねえんだよガキども。

 

 

「ちょ、ヒキオっ!あんた何やってるし!」

 

「…この世界の三浦も可愛いけど、俺はやっぱり、向こうの三浦と一緒に居たい」

 

「!!?な、な、なっ!?」

 

 

そんな風に顔を染めて慌てふためく高校生の三浦は、やはり俺の知ってる三浦と同じ顔をしていた。

 

柔和に照れる彼女の笑みと、コロコロ変わる喜怒哀楽。

喧嘩をしても後を引くことなく笑いかけてくれる三浦の優しさに、俺は何度も助けられ、何度も好きになって、何度も何度も一緒に居たいと思わされた。

 

だからこそ、この世界に飛んできて、ピンク色のピンキーリングを嵌める彼女に胸を締め付けられる程の痛みを覚えたんだ。

 

 

 

「由比ヶ浜、夢オチだなんて言い訳は出来んぞ?洗いざらい吐け」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

突然の宣告。

 

犯人はおまえだ、由比ヶ浜。と、彼が気だるげな瞳のままに私を指差した。

 

周囲の喧騒は気にならない。

 

あぁ、やっぱりバレちゃった。

 

このどうしようもない世界で犯した私の過ちを、私が恋した彼は見逃してはくれないんだね。

 

 

「…うん。全部話すよ。()()()()…」

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

大学を卒業して数ヶ月。

ようやく社会人生活にも慣れてきた日々に届いたとあるLINE。

 

その内容は、大切な友人と、大好きな彼が婚約を決めたとの連絡。

 

おめでとう!なんて、心にも無い言葉を返しながらも、途端に溢れた黒い何かがお腹の中でグルグルと溢れ出す。

 

この黒い何かの正体を知っている。

 

()()だ。

 

ほんの少しだけの自己嫌悪と、大きく膨らむ嫉妬が、気づけば私の瞳から涙を流していた。

 

思い出すのは高校生の頃。

 

彼の言葉が一つ、また一つと私の心に割り込んで、そっと笑いかけてくれる表情は、今も私の瞼に張り付いている。

 

彼が大好きだった。

 

彼とずっと一緒に居たかった。

 

だけど私の告白は、彼の誠心誠意な断りによって叶うことはなく。

 

……断られたけど嬉しかった。彼が本音で私と向き合ってくれたことが。

 

その後も交友は続き、月に数回は集まって、どうでも良い事を話し、遊び、触れ合い。

やっぱりまだ大好きだなぁ、なんて思って居た頃に、何の冗談か、とんでもない伏兵に彼を奪われてしまった。

 

 

ゆきのんでも、いろはちゃんでもない。

 

 

優美子にーーーー。

 

 

頑張って頑張って、私は彼らを祝福し、おめでとうと口にし続けた。

 

少し奥手なヒッキーには、強引なのに優しい優美子がお似合いだった。

 

2人を見てると、なんだか私も……。

 

 

私も……。

 

 

やっぱりヒッキーと恋人になりたかった。

 

 

 

そんな時に。

 

 

 

ーーー私は若くして悩める人間を導く女神です。

 

と、青髪で青眼の女神様が現れた。

 

あぁ私、ついに頭がおかしくなっちゃったのかなぁ…。と思いつつ、どうせ夢なら、もしくは妄想の世界ならと、その青い女神に悩みを打ち明けた。

 

『好きな人が取られちゃいました。

 

本当に本当に好きな人。

 

時間を巻き戻して、あの頃の彼ともう一度やり直したいです。

 

できるなら、もっとイージーモードな世界で』

 

その打ち明けに、女神様は満足気な表情を浮かべながら両手を広げる。

 

 

ーー悩める子羊よ。ようやく私にも女神らしい事が出来ることに感謝します。貴方の願い聞き入れましょう。

 

 

その瞬間に、私を囲うように当る円状の光。

光は次第に強くなり、暖かな眠気を誘う。

 

 

ーー貴方をイージーモードな世界へ転移させます。素晴らしい世界に祝福をーー。

 

 

 

.

……

 

 

 

で。

 

目を開けるや、そこには鏡に映った高校入学前の私。

 

入学前と言うか、入学式の日の朝だ。

 

これは夢?それとも妄想?

 

いや違う…。

 

夢にしては鮮明で、妄想にしては現実感がある。

 

私はバカだから、こういう非日常な出来事にはすぐさま対応することが出来るんだ。

 

そう、此処はあの女神様が飛ばしてくれた私の過去の世界。

 

それならば、今から私がやるべきことは一つだけ。

 

 

「さ、サブレ〜、お散歩行こっか〜」

 

 

私とヒッキーにとって、無くてはならない1日。

 

この日から全てが始まったから。

 

あの日と同じ行動を取り、あの日と同じ出来事を繰り返すべく、私はサブレを連れて散歩に繰り出した。

 

 

「ほっほっほっ」

 

 

息を上げる程ではない坂道を軽快に登り、歩行者用の押し信号が青くなるのを待つ。

 

白い線だけを踏みながら、10分もしない内にたどり着いた例の通りは、まだヒッキーの姿も黒い車も見当たらない。

 

……。

 

あれ?

 

そういえば、あの出来事を再現するにはサブレをまた危険な目に合わせなくてはならない。

 

それも、今度は無意識ではなく故意的にだ。

 

ふと、突然に足を止めた私を、サブレが不思議そうに見上げていた。

 

はうはうと舌を出すサブレに、私は…。

 

 

「…っ、そ、それなら、サブレじゃなくて私が飛び出して…」

 

 

などと考えている矢先に、見覚えのある黒いセダンが遠くから静かな排気音と共にやってくる。

 

早すぎる…。

それは車の速度ではなくて登場がだ。

運命の繰り返しは間も無く訪れると言うのに、走行車に飛び出す勇気が私には無い。

ただただ脚を震わせるだけで、その運命の交差を見逃してしまうーーー。

 

ーーそう思っていると。

 

 

「おりゃーっ!私の辞典にブレーキの文字はないしーーーっ!!」

 

「…っ!?ば、あいつ…」

 

 

2人の影が私の目前を走り抜ける。

車のブレーキ音と共に鳴り響いた自転車の破壊音。

 

カタカタカタと無残な姿になった自転車のタイヤは虚しく回り続け、その横には腕に擦り傷を負った優美子と、骨折した脚を抑えるヒッキーの姿が。

 

慌てた様子で運転席から現れたドライバーが、何やら電話を掛けながらヒッキーに近づいていく。

 

助けられた優美子の姿は物悲しい程にあの時の私と同じで、その事実こそが、私が辿るべき運命線を物語っていた。

 

 

 

そして、この世界は別世界へと姿を変える。

 

 

 

呆然としている内に、この世界で私が居るべきポジションに、優美子がすっぽりと収まってしまったのだ。

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

そして、俺と由比ヶ浜は奉仕部の部室へと移動する。

朝のホームルームは既に始まっているだろう。

ただ、この際無断欠席だのは考えまい。

この世界はここで終わるのだから。

いや、終わらせるのだから。

 

あの頃と同じ席に着き、これまであらすじを語り終えた由比ヶ浜は、やはりあの頃と同じように、悲しげな瞳を俺から逸らす。

 

あぁ、そう言うことなのね。

 

だから三浦が奉仕部に入ってるんだ。

 

俺に助けられた恩を返すために…。

 

……なるほど、あいつは恩を仇で返すタイプか。

 

 

「青髪の女神ね…。きな臭いなそいつ」

 

「あはは…、でも、結局こっちの世界では優美子にポジションを取られちゃった」

 

 

つまり、由比ヶ浜はこちらの世界へ来て、約2年間を過ごしているというわけか。

 

まぁ、社会人になりゃあ、一度は学生に戻りたいと思うよな。

 

面白い夢を見させてもらったよ。

 

 

「…それで、俺をこっちに呼んだのも、おまえがその青髪女神に頼んだのか?」

 

「うん…。ごめんなさい…」

 

 

曰く、2学年に進級したと同時に、由比ヶ浜は状況を打破するべく手を打とうとしたらしい。

 

クッキー大作戦。

 

彼女は手作りクッキーを俺にプレゼントし、三浦に奪われかねない奉仕部の立ち位置を得ようとしたらしい。

 

 

「…おまえ、そんな食物テロを仕掛けようとしてたのかよ」

 

「テロってなんだし!…ぅぅ、でも、なんか味見したら急に目眩がして…」

 

「自爆しやがった」

 

「それで、気付いたらまた女神様が居たの」

 

「女神様、結構ころころ出てくるね」

 

 

どうやらその時に、彼女は俺を…、α世界線の俺をβ世界線へ転移させるよう女神に頼んだらしい。

 

 

ーーー任せなさい!天然記念物級な根暗ボッチを転移させるくらいわけないわ!

 

 

だと。

 

おい、その女神に合わせろよ。

 

1発ぶん殴ってやるから。

 

 

「…一色に、奉仕部へメールするよう差し向けたのは何でだ?」

 

「ぁぅ…。いろはちゃんを利用して、奉仕部の事を探ろうとしました…」

 

「由比ヶ浜にしちゃ利口な手だな」

 

 

まぁ確かに、三浦に直接聞くわけにもいかないだろうしな。

 

ましてや、2学年になり奉仕部へ入部するまで雪ノ下との交流もなかったのだから。

 

そんな時に誰を利用するかと聞かれれば、性格も良く知れた一色が適任だろう。

 

 

「謎は全て解けたよ。…はぁ、バカのくせに踊らせてくれるじゃないか」

 

「ぐぬぬぬ…。ぅ〜〜〜っ!もう!本当ならこっちの世界で私はヒッキーとラブラブになるはずだったのに!!」

 

「ははは。せめて奉仕部には入部してもらわないとな。それに、たぶんどこの世界へ行こうと……」

 

 

 

ーーー俺は三浦を好きになる

 

 

 

そこは揺るぎない事実で、この世界に飛ばされて尚、俺は三浦を想い続けたから。

 

ピンク色に輝くピンキーリングを何度恨めしく思ったことか。

 

願わくば無理やり外して葉山の顔面に投げつけてやりたいくらいだ。

 

 

「…うん、分かってるよ。ヒッキーの事、私も知ってるもん」

 

「そうか。それならそろそろ終いにしようぜ。高校生を演じるのもそろそろ疲れてきたし」

 

 

つらい社会人生活に戻りたいってわけじゃない。

 

あの日に戻ってあいつの温もりを感じたいだけ。

 

帰ったら頭を撫でてもらおう。

 

寂しい想いをし続けたんだ。

 

これくらいの我儘は聞いてくれるだろう。

 

 

「名残惜しいなぁ。高校生…。やり直しても、結局ヒッキーはヒッキーのままだし」

 

「あぁ、俺は俺のままだ。だからまた、あっちの世界でもよろしく頼むわ」

 

「うん……」

 

 

由比ヶ浜はそう言うと、小さく俯きながら深呼吸をする。

 

そして、この世界に終わりを告げるように、ポツリ、ポツリと言葉を紡いだ。

 

その言葉を、その表情を、その潤んだ瞳を、由比ヶ浜は()()()と同様に俺へ見せつけるものだから、ほんの少しだけ小さな罪悪感と懐かしさを抱いてしまう。

 

 

 

「…私はヒッキーが好き。ずっとずっと好き。これまでも、これからも、ずっと好き。……付き合ってください」

 

 

「…ありがと、由比ヶ浜。…でも悪い。俺はおまえと付き合えない。…三浦の事が大好きだからな」

 

 

「…っ、へ、へへ、ちょっとセリフが違ってるし。…はぁ、でも……。スッキリした」

 

 

 

世界が終わりを告げた。

 

そんな子供染みたやり取りが世界を変える鍵なのだと、薄れ行く景色の中で理解する。

 

由比ヶ浜じゃないが、ほんの少しだけこの世界が名残惜しいぜ。

 

 

ーーーと。

 

 

終わりを感じ始めていた最中に、俺と由比ヶ浜しか居なかった奉仕部の扉が開けられる。

 

ガラガラと音を鳴らす、建て付けの悪いスライドドア。

 

その音の聞こえた方向に顔を向けるや、そこには相変わらずに、俺の目を奪う金糸の髪と、釣り上がって可愛らしい瞳を持つ少女の姿が。

 

 

「ヒキオ?」

 

「…っ。…よう。もう1限始まってるだろ。サボりか?」

 

「あんたが言うなし!」

 

 

気づけば由比ヶ浜は姿を眩まし、そこには俺と三浦だけ。

 

あいつ、先に行きやがったのか?

 

 

「…1人で、何やってんの?」

 

「別に…。少しだけそういう気分だっただけ」

 

「ふーん。てっきり結衣を連れ込んでゴニョゴニョしてんのかと思ったし」

 

「するわけないだろ」

 

 

ゴニョゴニョって…。

 

拗ねているのか、三浦は唇を尖らせながら、ほんの少しだけ怒った表情で部室へと足を踏み入れる。

 

 

「断言してやる。俺はどの世界線に居ようとおまえを好きになる」

 

「ふぇ!?あ、あんた、急に何を…っ」

 

 

好きで堪らない。

誰にも取られたくない。

俺の側でずっと…。

 

やっぱり俺にはおまえしか居ないみたいだ。

 

なんて、いつしか三浦に伝えた言葉が頭を過る。

 

俺の言葉に動揺したのか、キョロキョロとしながら頬を染める三浦を俺はギュッと抱きしめてーーー

 

 

()()でも、俺を選んでくれよ?」

 

「むぉぉ!?え、えっち!?なに!?」

 

 

ジタバタと暴れる三浦を解放し、俺は手の中でピンク色のピンキーリングを転がす。

 

抱き締めた時にそっと奪ってやったソレを、俺は太陽に当てながら鈍く光らせた。

 

 

「ぅぅ…、な、何なんだし…、って、ソレあーしの!!」

 

「おまえにピンクは似合わないだろ」

 

「っ、わ、わかってるし…!」

 

「はは、ならば俺が頂こう」

 

「泥棒!返せし!」

 

「だが断る」

 

 

リングを奪い返そうとする三浦からスルリと逃げ出し、俺はそのリングをポケットにしまった。

 

恨めしそうに、だがどこか楽しそうに、彼女は俺を睨みつけながら地団駄を踏む。

 

こらこら、下着が見えちゃうだろうが。

 

そういう油断が変な男を引っ掛ける原因なんじゃないか?

 

 

「命の恩人なんだろ?俺って」

 

「!!」

 

「その礼ってことで、このリングを俺にくれよ」

 

「…べ、別に、そんなんでお礼か出来るなんて思ってないし…」

 

「ほう。殊勝な心掛けだな」

 

 

可愛らしい彼女をいじめたくなってしまう。

 

甘い香りを漂わせて、いつも俺の側をうろちょろしてくれる彼女。

 

 

うっすらと、どこか世界が俺の意識から離れるような感覚を覚える。

 

 

「時間が無いみたいだ…。三浦、最後のチャンスをやろう。…俺に、何か言いたい事はないか?」

 

 

助けてくれてありがとう。

 

この言葉に何の意味があるのかなんて分からない。

 

それでも、きっと彼女の胸には素直にお礼が言えない事による遺恨がある。

 

だったら、少しだけ大人に俺は、少しだけ幼い彼女を手助けてしてやろうと思ってーーー

 

 

「っ……、あ、あの、ヒキオ。…あの時、助けてくれて、ありがと…」

 

「うん」

 

 

良く言えました。

 

と、俺が頭を撫でてやろうとしたときに、彼女の言葉は終わる事なく紡がれてーーーー

 

 

 

「あ、あの日から、……あんたの事が好き!!」

 

 

 

……へ?

 

こ、こいつ今なんつった!?

 

す、す、す、好き……っ!?

 

なんで!?

 

だっておまえ、()()()()()()()()()は……っ。

 

 

聞きたいことを聞き出そうにも、俺の身体は既に言う事を聞くことなく。

 

頬を赤く染める三浦とそれに驚く俺の姿が遠巻きになっていくと、俺は重たい瞼に耐えられず目を閉じてしまった。

 

 

こ、これが幽体離脱ってやつか…っ!

 

 

 

 

  .

    .

     .

    .

    .

  .

 .

  .

   .

     .

      ☆

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

目を開けるや、そこは見覚えのある部屋の天井。

 

大学に入学してから社会人になった今なお暮らし続けるマンションの一室であることに確認はいらなかった。

 

時計を見るや時刻は土曜日の7時。

 

日付は8月2日。

 

え、また夢オチ?だなんて思おうにも、パジャマのポケットにある冷たい異物の感覚が、やはりあの世界の実像を改めさせる。

 

由比ヶ浜も戻ってるのか?

 

そう思い、俺は自らのスマホに手を伸ばそうとした時にーーー

 

 

「おらーー!起きろヒキオー!!ってあれ?起きてるし…」

 

「…っ!み、三浦…。あれ、なんだか少し老けた?」

 

「ぶっ潰す…」

 

「いや悪い。本当に。今のは失言だったな」

 

 

扉を蹴飛ばし現れたのは大人になった可愛い彼女。

 

いや、先日に籍を入れたのだから今はもう…。

 

 

「俺の嫁。本当に俺の嫁か?嫁なら俺の頭を優しく撫でてくれ」

 

「う、よ、嫁って連呼すんなし!恥ずかしい!」

 

 

そう言いながらも、三浦は俺の側へと歩み寄って、優しい手つきで照れ臭そうに俺の頭に手を置いてくれる。

 

やはり目を逸らして、それでも頬を赤く染めながらーー

 

ーーその薬指に嵌められた指輪をちらつかせた。

 

 

「…うん。やっぱり俺は、どこの世界線でもお前の事を好きになるよ」

 

「な、なに?急に…」

 

「事実を述べただけ。現にβ世界線でも俺はおまえを愛したし」

 

「?」

 

 

それだけ伝えて俺はベッドから立ち上がる。

 

ちらりと見えたカレンダーには8月3日に大きな赤丸が付けられていた。

 

あぁ、そうか…。

 

今日は挙式前日で、だから三浦も少し早起きなんだな。

 

まったく、籍を入れたってのに式まで挙げなきゃならんとはどういうシステムなんだ?

 

なんて、軽口を叩こうにも、ウェディングプランを幸せそうに考えていた三浦の前では口が裂けても言えない。

 

 

「明日、楽しみだな」

 

「…ぅぅ、あーし、上手くできる超不安だし…。き、緊張してきた!これがマリッジブルーか…」

 

「おま、マリッジブルーとか言うなって。こっちが悲しくなるわ」

 

「ひ、ヒキオは緊張しないの?」

 

 

不安げな瞳で俺を見上げる三浦の手を、俺はそっと握ってやる。

 

寝起きでボサボサな髪とだるだるなパジャマが俺っぽい。

 

 

「…あんまり緊張はしないかな」

 

「ぅぅ、なんでだし〜」

 

 

静かに蘇る彼女との出会い。

 

風に飛ばされた三浦のマフラーと、それを拾った俺。

 

春風に迷わされる一筋の光が出会いの始まりだった。

 

だが、運命だとかにしがみつく気はさらさらない。

 

これは必然だ。

 

俺は三浦を好きになる。

 

愛情よりも深い、彼女に抱く俺の恋心が生み出した、世界線を飛び越えた必然。

 

 

だから何度だって、俺は三浦を探し出して抱き締めてやるのだ。

 

 

抱き締めて、ずっと一緒にーーー。

 

 

 

 

「おまえが隣に居てくれるから。だから、ずっと一緒に居てください」

 

 

 

「っ!…へ、へへ。あたぼうよ!!何度だって言ってやるし!あんたの世話を焼けんのはあーしだけなんだかんね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーend

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

……

 

 

 

後日談。

 

 

「おっす」

 

「やっはろー!」

 

「やっはろーです」

 

 

何の因果か、偶々街中で出くわした由比ヶ浜と一色と俺は、ちょうど時間もあるとの事で、近場の喫茶店に入り話すことになった。

 

互いに世界線を行き来した仲だ。

 

俺はこのメンバーを未来ガジェット研究所と呼んでいる。

 

 

「いや〜、ヒッキー。その節は面倒掛けてごめんね?」

 

「おまえね、あれはそんな軽いノリで済ませる話じゃないよ?」

 

「えへへ」

 

「それに、謝るなら一色にも謝ってやれよ」

 

「え?いろはちゃんに?」

 

「……ぎ、ギク…」

 

 

由比ヶ浜は俺の言葉を聞き、不思議そうな顔で首を傾けた。

 

一色はと言うと、肩をビクつかせながら、飲んでいたアイスティーを勢い良く傾ける。

 

 

「ん?…そういえば、なんでおまえは俺だけじゃなく、一色までβ世界線に呼んだんだ?」

 

「ほえ?何のこと?」

 

「え、だからさ、あっちの世界に、俺だけじゃなく一色も呼んだろ?」

 

「…?私、女神様にはヒッキーしか頼んでないよ?ていうか、いろはちゃんもあの世界線に居たの?」

 

 

そう言うと、由比ヶ浜は一色の顔を見つめる。

 

…確かに、あの状況下で俺だけでなく一色を呼ぶ事に何のメリットもない。

 

むしろ、こいつに場を掻き回されると考える方が自然だろう…。

 

そして、明らかに顔を青くして視線を逸らす一色。

 

……。

 

 

「…おい一色。おまえ何か隠してないか?」

 

「あ、わ、私、今日はちょっとアレがアレなんで…。これにてドロンです」

 

 

と、席を立とうとする一色の肩を掴みながら、俺は再度問いただす。

 

 

「吐け。今更怒ろうってわけじゃないんだ」

 

「ぜ、絶対に怒りませんか?」

 

「あぁ」

 

「結衣先輩も?」

 

「う、うん…」

 

 

すると、一色はいつもの憎たらしい笑みを顔に貼り付け、安心したように口を開き始めた。

 

 

「えへへ、実は私も女神様に出会いまして。結衣先輩と同じ願い事をしたんです」

 

「「!?」」

 

「いやはや、やはり乙女の恋心とは底がありませんね。世界線を変えてでも先輩を手に入れようとするなんて。あ、今のセリフはいろは的にポイント高いです」

 

 

驚愕の事実である。

 

一色は由比ヶ浜云々を介さず、自発的にあの世界線へ来ていたようで。

 

……あぁ、だからこいつはリーディングシュタイナーを持ち合わせていたわけか。

 

 

「ま、まぁ、別に驚かされたが怒ることじゃねえよ。むしろ、解決に手を貸してくれたわけだしな」

 

「ですです。あ、ちなみに、女神様に頼んで三浦先輩の小指にピンクのピンキーリングを嵌めさせたのも私です」

 

「……は?」

 

「三浦先輩は葉山先輩を好きだと、先輩に誤認させるためです」

 

「な、な、な…、おまえ…」

 

「だってぇ、あの世界線の三浦先輩は既に先輩を意識してたしー、先輩も三浦先輩の事が大好きだから直ぐにくっついちゃうじゃないですかぁ?」

 

 

このクソ後輩…。

 

悪びれもなくなんたる事実を言いやがる。

 

つまりはアレか?

 

俺は由比ヶ浜だけでなく、こいつにまで踊らされていたわけか?

 

 

「…一色、覚悟は出来てるな?」

 

「おっとそうは問屋が卸しませんよ?さっき約束しましたもんね!怒らないって!」

 

「いろはちゃん、それはちょっと…」

 

「ゆ、結衣先輩!恋は戦争ですよ!ルールなんて無いんです!!」

 

 

「「……」」

 

 

 

 

「あ、あははー。…ぁぅ、これが悲しきピエロの末路ってわけですか…」

 

 

 

 

 

 

ーーーーend

 

 

 

 

 

 

 

 





割と長めになってしまった…。

コメ欄で鋭い人が多くて。
何度か内容を改変しながら進めたら、最後はもう自分でも訳が分からずに…。

いろはちゃんにはいつも、報われない役目を背負わせてしまって申し訳ないと思ってます。

青髪女神はもちろんアクア。
もはや収集付かないと思って頼りました。

あと挙式日の8月3日は言わずもがなってことで。

ヒッキーに三浦を優美子呼びさせなかったのはポリシーです。

後日談含め、今回が本当の最終話です。

長い間ありかとうございました。

(°▽°)

さて、このすば×ダンまち、SAO×俺ガイルの続きを書こうかな…。



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