私はあんたの世話を焼く。   作:ルコ

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parallel -6-

 

 

 

 

 

 

 

「マークシート式のテストなら全部答えられる自信あったし」

 

「そりゃマークを塗り潰すだけだからな」

 

 

俺はカルピスの入ったグラスへ刺したストローから口を離し、参考書とノートをテーブルいっぱいに広げた三浦へ答える。

俺の答えが不服だったのか、三浦はほんの少しだけ頬を膨らまして唇をとがらせた。

 

 

「あーし、塗り絵とかめっちゃ得意だかんね」

 

「知らねえよ」

 

 

中間考査明け休み真っ只中。

 

昼過ぎのサイゼには、学生と主婦が談笑に励むべく席を囲う。

見渡せば、ちらほらと見覚えのある総武高校の姿が。

彼ら彼女らは揃って緊張感の無い会話に場を盛り上げていた。

 

無駄にテンションが高い…。

 

そりゃテストが終わればテンションも上がるか。

 

 

ーーーそれなのに、どうして三浦は参考書とノートを広げているかと言うと

 

 

「…おまえ、このままじゃまた追試だぞ」

 

「ぐっ…。だ、だから勉強してんじゃん」

 

 

中間考査で赤点を取ったがために行われる追試に備えているわけで…。

三浦は目に涙を浮かべながら、周りがテストから解放された休日を満喫する中、こうしてひたすらにボールペンを握っているのだ。

 

 

「つうかよ、勉強教わるなら雪ノ下に頼めよ」

 

「バカにされるし。それだけはあーしのプライドが許さない」

 

「はぁ」

 

「ちょっと!ため息禁止って言ったでしょ!?」

 

「おまえと居るとため息しか出ねえよ」

 

「ぐぬぬぬ」

 

 

進まぬ勉強。

 

交わらぬ会話。

 

先ほどから1ページも捲られる事のないノートには、無駄にクオリティーの高い落書きが増えていくだけ。

 

…こいつ、パンさん描くのめっちゃ上手いな。

 

 

「もういい!勉強なんてしたくない!」

 

 

ガタンっと、三浦はテーブルを叩いて立ち上がる。

 

周りの客も居るんだよ…。

 

本当にこのバカは唐突におかしくなるんだから。

 

 

「…追試に落ちたら放課後に補習だぞ?」

 

「知らん!あーしにもカルピス持って来て!!うんと甘い原液のカルピスを待って来て!!!」

 

「カルピス持って来たら勉強するか?」

 

「ふん!」

 

 

…殴りたい。

 

この目の前に居る可愛い奴を優しく殴って抱き締めたい。

 

俺の良く知る三浦も、偶にこうして癇癪を起こしてはワガママになったものだ。

そんなときは優しくかまってやると少しづつ心を開いてくれる。

そっと頭を撫でてやると、途端に笑顔になって『へへ、やっぱヒキオにはあーししか居ないし!』なんて。

 

……。

 

可愛いすぎる。

 

 

「補習になったら遊べなくなっちゃうぞ?」

 

「へん!補習なんて逃げ出してやるし!」

 

「逃げたら平塚先生におヘソを取られるらしい…」

 

「っ!?」

 

「頑張って勉強したら、今夜の夜ご飯は三浦の好きなハンバーグにしてやる」

 

「え!?マジで!?……って、なんでヒキオに夕飯の献立を決められなくちゃいけないんだし!」

 

 

…あ、そっか。

こっちの三浦とは一緒に暮らしてないんだった。

 

なんかこうして話してると、この三浦は本当に葉山が好きなのかと疑ってしまうな。

その小指に光るピンクのピンキーリングが確かな証拠であろうが…。

 

 

さて、冗談はさておき、そろそろこのバカに本気で勉強をさせないとな…。

 

三浦にはしっかりと大学に行き、俺と出会ってくれる運命線を辿ってもらわないといけないから。

 

頼むから、変な男に引っかからずに俺の所へやって来てくれよーーー、と切に願いながら、俺は席から立ち上がり、自分の分と三浦の分のグラスを持つ。

 

 

 

「カルピス。原液でいいんだよな?」

 

 

「ん。…へへ、ありがと」

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

「ばいばーい!」

 

「ん。気をつけて帰れよ」

 

 

大きく手を振る三浦に、俺は手を小さく振り返す。

追試対策を終えて別れるや、三浦の背中を見送ることに若干の切なさを感じつつも、夕日が照らす俺の長い影が三浦に届く事はない。

 

手を繋いで歩いた時間よ…、早く戻って来てくれ。

 

早くこの夢を覚まして、あの暖かい彼女との時間を…。

 

 

「嘆いても始まらん…」

 

 

始まらないけど終わりもしない。

そう、この覚めぬ夢は特に終わらないのだ。

 

赤い夕日が照らすカーペットのようなアスファルト。

俺はどうしてこの道を1人で歩いているんだ。

影を重ねて歩いたあの日は戻ってくるのだろうか。

 

 

ふと、彼女の明るく柔らかい声が胸に疼く。

 

 

ーーヒキオ!いつまで寝てんだし!

 

 

……っ。

 

 

振り返るも、そこには誰の影も無い。

気付けば頬を落ちる一粒の涙が地面に染みを作っていた。

 

会えないだけでこんな悲しいなんて思いもしなかった。

 

こっちの三浦も可愛いけど、やっぱり俺は()()()に会いたいよ。

 

会って抱き締めたい。

 

ギュッてしてやると細める目も、柔らかい身体も、甘い香りも、すべてが愛おしい。

 

 

「…くそ。なんだってんだよ。恥ずかしいポエムが頭に浮かびやがる。今ならJKに流行る歌詞が書けそうだ」

 

 

そんな独り言。

 

俺の独り言は誰にも聞かれる事なく静かに消えていくーーー。

 

消えていくはずだった…。

 

 

「…比企谷くん?ポエム?JK?…って、なんで泣いてるの!?」

 

 

そして彼女はーーー

 

ーーー由比ヶ浜 結衣は現れる。

 

 

まるで俺の心の隙を縫うように、その懐かしい姿のまま、俺をゆるりと擽った。

 

そうだ。

こいつはいつも、俺が弱ったときに現れて、柔らかい所をそっと突いてくるんだ。

 

決まって彼女は不安げな顔で俺を心配してくれる。

 

甘く。

 

誰よりも甘く。

 

 

彼女は俺を想い続けて。

 

 

「あ、あの、これハンカチっ…。本当に、何かあったの?」

 

「…いや、目にゴミがな」

 

「…?」

 

 

ピンク色のハンカチを受け取るも汚す事なく、俺はそれを畳んで彼女へ返す。

ハンカチを返す際にほんの少しだけ触れた由比ヶ浜の手はすごく暖かかった。

 

 

「悪い、助かったよ。…それよか、由比ヶ浜こそこんな所で何をしてるんだ?」

 

「へ?あー、私は夕飯を食べに来たの。ほら、向こうにサイゼがあるでしょ?今晩はママが町内会の温泉旅行で出掛けてるからさ」

 

「おまえの料理スキルは壊滅的だし、サブレのドックフードを食う訳にもいかんからな」

 

「りょ、料理出来るもん!何を言ってるのかな比企谷くんは!」

 

 

嘘をつけ。

おまえが調理室で黒焦げのダークマターを錬成させたのは忘れないからな。

そして味見とばかりに食わされたこともこの舌が怨念として覚えてる。

 

 

「夕飯にサイゼか…。悪くない選択だが、若い子が1人で行くには少しばかり治安が悪い」

 

「な、なんか歳上の人みたいな言い方だね」

 

 

決して大袈裟な言い方ではなく、由比ヶ浜くらいに可愛い女子高生が1人で出歩こうものならば、世の肉食系男子が放っておかないであろう。

 

実際、コイツと出掛けると、俺が一緒に居ると言うのに声を掛けられる事が多々あった。

 

それこそナンパからカットモデルまで異種様々…。

 

無自覚に無防備で、どこかヌけている女の子は、いつもこうして俺に心配をかけるんだ。

 

一つ、俺は小さな溜息を吐きながら、由比ヶ浜の頭に手を置いて、その柔らかい髪を撫で上げる。

 

 

「ふぇ!?」

 

 

撫で心地の良い頭から手を離すと、由比ヶ浜は少しだけ残念そうな表情を浮かべて、名残惜しそうに俺の手を見つめた。

 

 

「きゅ、急に女の子の頭を触っちゃだめだよ!」

 

「あぁ、それはすまんな。なんか撫でたくなってな…」

 

「ぁぅ…」

 

「怒るなよ。…お詫びと言っちゃあれだが…」

 

 

頬をほんのりと染める由比ヶ浜に、あの頃の面影と思い出を重ね合わせていた。

 

純粋で優しい彼女をーーー

 

ーーー俺は。

 

 

 

「ウチに来いよ。飯くらい食わしてやる」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

でーーー。

 

 

「お、お邪魔します」

 

「おう。お構いなく」

 

 

落ち着き無く当たりを見渡す由比ヶ浜を連れ、俺は玄関の戸を潜る。

 

玄関口には父さんと母さんの靴がない。

 

どうやら今夜と仕事で会社に泊まるらしい。

 

社会人ってのはやはり大変で、どこかゆとりの少ない人種なのである。

 

 

「緊張しなくてもいいぞ?両親は居ないしな」

 

「えぇ!?そ、それってつまり!?」

 

「…。つまりって何だよ。…心配すんな。おまえみたいな青臭いガキに手は出さん」

 

 

身体だけは一丁前に成長している彼女をリビングへ通し、俺はソファーへ座るよう促した。

 

小町が居ない…。

 

ん?出掛けてんのか?

 

と、思っていると、食卓に置かれたメモ用紙が視界に入る。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

サイゼが小町を呼んでいる!

 

ーーーーーーーーーー小町

 

 

……なんで?

 

なんかサイゼの人気がヤケに高い気がする。

 

 

「え、えっと…、あははぁ、やっぱり少し緊張するね…」

 

「ふむ。…ほら、うちのバカ猫を貸してやるからコイツで落ち着け」

 

 

バカ猫ことカマクラが俺の足回りを彷徨った。

俺はソイツを持ち上げて、由比ヶ浜の膝へと移動させる。

 

少し重いのは小町が今夜のエサを沢山あげたためだろう。

 

 

「うわぁ。カーくん柔らかくて気持ち…」

 

「……」

 

 

カーくんは柔らかいのか…。

 

普段から引っ付きまとい邪魔臭いデブ猫も、由比ヶ浜から言わせりゃ柔らかくて気持ちが良いらしい。

 

 

ふと、頭に()()が引っかかる。

 

 

小さな小さな違和感。

 

…いや、その違和感前にもほんの少しだけ感じた気が…。

 

ただ、それを確かめようにもその違和感は曖昧に正体を隠し、詮索させまいと雲と化す。

 

 

「…ん?どったの?」

 

「…。いや、何でも。由比ヶ浜、カレーで良いか?小町が作り置きした2日目のカレーだぞ」

 

「いいともー!2日目のカレーは世界で一番美味しいからね!」

 

 

やったー!と、大きく手を挙げて喜ぶ由比ヶ浜の顔が、俺の頭に掛かった引っかかりを忘れさせた。

 

その幸せそうな顔と暖かい声に、思わず俺も頬を緩ませる。

 

 

 

「それじゃあ準備しますか」

 

 

「私も手伝う!」

 

 

「だめ。絶対…」

 

 

 

 

 


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